2008年10月03日

「……に見える」という罠

 今日は気分を変えて、こんなページを紹介しよう。
 何の予備知識もなしに見ていただきたい。

北岡明佳の錯視のページ










 これは見た人間はおそらく全員、最初は「アニメーションだ」と思ったはずである。僕もそう思った。
 しかし、これは静止画なのだ。
 ウソだと思うなら、1匹の「蛇」だけじっと観察してみればいい。実は回転なんかしていないことが分かる。
 なぜこう見えるのかという原理の説明はあるのだが、不思議なのは、説明されてもなお、回転しているようにしか見えないということだ。

 こうした錯視・錯覚の例は日常生活でもある。
 たとえば月の大きさ。地平線近くにある月は、天頂近くにある月より大きく見える。誰が見てもそう見えるのだ。
 じゃあ、地平線近くの月は天頂の月よりも近くにあるのか……というと、そんなことはぜんぜんない。地球からの距離は変わらない。(厳密に言うと、天頂にある時の方が地球の半径分だけ接近するので、6000kmほど近い)

 よく超能力者を擁護する人が使うフレーズに、「私がこの目で見たから確かです」とか「トリックなんかありませんでした」というものがある。
 そういう人はトリックを100%見破れるとでも思っているのだろうか。僕もテレビでマジシャンの演技をよく見るが、1回見ただけではトリックが見破れないものがほとんどである。何度もビデオで見直して、ようやくタネが分かってくる。
 人間の目なんか信用してはいけない。目は実に簡単にあざむかれる。

 9.11陰謀論者のお得意の論法は、ツインタワーが倒壊する映像が「爆破解体に見える」というものである。「爆破解体に見えるから爆破解体だ」というのだ。
 しかし、実際の爆破解体では、建物の倒壊がはじまる直前に、建物全体に仕掛けられた爆薬がいっせいに爆発するのが見える。ツインタワーではそんなものは見えない。
 そもそも、ビルを爆破解体するには、ただ爆弾を置けばいいというものではない。確実に破壊するには、柱に穴を開けて爆薬を詰めこむ作業が必要だ。しかも大きなビルの場合、爆薬の総量は何百kgにもなる。大勢の人が出入りしているビルに、こっそり仕掛けるなんて不可能なのだ。
 だいたい、何でそんな手間をかけて爆破解体しなくちゃならんのか。旅客機を突っこませるだけで十分ではないか。
 つまり理屈からするとそんなことはありえないのだが、陰謀論者は「爆破解体に見える」という理由で固執し続ける。

 アポロ陰謀説もそうだ。
「本物の月面のように見えない」
「スタジオで撮影したように見える」
「飛行士をワイヤーで吊ってるように見える」
「スローモーションのように見える」
 見える、見える、見える……根拠はもっぱら素人の主観である。
 僕などは高校時代、アポロ15号で月面車が月面を走行する様を初めて見て、車輪が巻き上げる砂塵が正確な放物線を描いて落下すること(真空中でしかありえないことだ)に感動したものだが。
「影の向きがおかしい。光源がいくつもある証拠だ」
 などという者もいる。光源がいくつもあったら影もいくつもできるだろうが。だいたい、あんな広いスタジオだか砂漠だかを一様に照らさせる単一光源って何だ。そんなもんないぞ、太陽以外には。

(先回りして言っておくと、「じゃあこれはどう説明するんだ」という類の質問はお断りする。9.11陰謀説については奥菜秀次『陰謀論の罠』を、アポロ陰謀説については『人類の月面着陸はあったんだ論』をお読みいただきたい。あなたの疑問はすでに説明済みだから)

 今回の神舟7号疑惑も、構造は9.11陰謀説やアポロ陰謀説とまったく同じである。
「泡に見える」
「水中で撮影したように見える」
「吊っているように見える」
 根拠はこれだけである。
 すでに説明したように、旗の挙動を見る限り、水中で撮影したものでないことは明白である。松浦氏も指摘しているが、動画の最初の00:07あたりで、飛行士が旗を振った拍子に、旗がくるりと軸に巻きつく場面がある。水中ならこんな動きはありえない。旗の材質が何か分からないが、あんな薄くて面積の大きいものなら水の抵抗を受けるから、常に軸にひっぱられるようにしか動かないはずである。
 水中ではないのだから、泡もありえない。
 にももかわらず、依然として陰謀論者は「泡に見える」「水中で撮影したように見える」と言い続ける。
 間違いでも百万回言ったら正しくなるとでも思っているのか。

 もし「××に見えるから××だ」という論理が許されるなら、地平線近くの月は地球に近いことになる。北岡氏の「蛇の錯視」はアニメーションということになる。マジシャンはみんな魔法で物体を浮かしたりウサギを出していることになる。
 主観に頼って判断するのは危険だ。重視すべきは正しい知識と正しい論理なのである。

追記:
 さらに先回りして言っておくと、以下の類のコメントは禁止させていただく。投稿されても削除する

・前の2つのエントリですでに説明済みのことを「説明しろ」「コメントしろ」という要求。(説明済みのことに説明を要求するのはトンデモさんの特徴である)
・松浦氏のブログにある説明を読まずに書いたことが明白なコメント。
・「エキサイトしすぎ」「落ち着け」「ニコニコや2ちゃんねるに本気で腹を立てなくてもwww」などというコメント。あなたにとってはどうでもいい問題かもしれないが、僕ら科学を愛する者たちにとっては、疑似科学や陰謀論が広まるのは重大問題なのだ。
・問題の本質から目をそらし、「バカ」発言の是非にこだわるコメント。
・それでも「泡に見える」「水中撮影に見える」と主張する頑固なコメント。
・神舟問題とは関係ない中国への批判。どこかよそでやってくれ。



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この記事へのコメント
今まで、会長の心情も知らず「もちつけ」とかのコメントを書き込んでしまい、申し訳ありません。

すこし話がそれますが、京都大学工学部情報学研究科の逢沢準教授の著書に、『京大式ロジカルシンキング』(2008年、サンマーク文庫)というものがあります。その中で、「MECE」という概念が紹介されています。

MECEとは、
M=Muturally:お互いに
E=Exclusive:重ならず
C=Collectively:全体を
E=Exhaustive:網羅して
のことです。

また、ある証拠から仮説を形成するに当たり、他の仮説でも説明がつくかどうかを良く判断する必要があります。


なぜ、この話を出したのか。


VTRで何かが横切ったという証拠から、確かに「あれは泡だ」と言う仮説はたてられるかもしれません。しかしながら、他の可能性は?それこそ、フケだとか、スペースシャトルの剥離片だとか、スペース・デブリだとか、他にも仮説がたてられるでしょう?
ゲームをし過ぎている子供がテストの成績が悪い、という証拠に対し、ゲーム脳という仮説もあるでしょう。けれども、単に勉強してないだけ、という仮説もあるでしょう?
某邦画が「死霊の盆踊りの10分の1以下の感動と衝撃しか無いゴミ映画」「友情や愛情を破壊するクズ映画」と言われるという証拠に対し、主役がカスだという仮説もあるでしょう。けれども、他にも、意味もなく登場するカメオだとか、監督がダメだとか、そういった仮説も考えられるでしょう?(もっとも、この映画の場合すべて当てはまるのだから哀しい限りである)


話がそれすぎてしまいました。
要は、一つの仮説が思い浮かんだとしても、それだけで満足してはいけないということです。これを心がけただけで、トンデモ説を信じる罠から避けられる可能性が高くなります。
Posted by Xbeta at 2008年10月03日 22:15
 ご紹介の図柄は本になってますね。先日見かけて、立ち読みしていたらめまいがした(^^ ほんと何度見てもうねうね動いてみえるのは不思議ですね。
 月の錯視はこんな見方をするとよりはっきりします。天上にある月の大きさはだいたい腕を伸ばした時の人差し指の爪と同じくらいの大きさなんです。で、登り始めたでっかい月に自分の指を近づけてみるとあら不思議。さっきまであんなに大きくみえていた月が見る見る縮んでしまいます。
 一度おためしあれ。
Posted by コワファイター at 2008年10月03日 22:37
削除される系のコメントかもしれませんが一言。
山本さんも検証動画を作ってニコニコに上げたらどうでしょう。

それが動画時代のスマートな反論方法だと思います。
Posted by 黒田 at 2008年10月04日 11:45
立命館大学の土曜講座で北岡先生の講義がありますよ。今日の午後2時からなので、いますぐですけど。予約不要入場無料です。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/kikou/doyokozakikoh.htm
Posted by harabai at 2008年10月04日 12:12
人間にもインプリンティングがあります。
どうも、最初に見聞きしたことをそのまま信じてしまうことが多いようです。
特に雑学が好きだと自負している方に多いようで、人に話しているうちに引っ込みが付かなくなるのでしょうね。
柔軟な思考があれば、他説というのはまた新しい話のネタだと思うのですが中々そこまでは考えないようですね。

ただ今回のことは間違いなく山本さんの言う方が正しい。
もし、ねつ造だとするならば多分宇宙開発よりも莫大な労力を費やしたとんでもないねつ造だと思います。
賞賛することはあってもバカには出来ませんね。
Posted by berius at 2008年10月04日 16:15
P.S.

ニコニコ大百科の神舟7号の記事が素敵なのでリンクを貼らせてもらいます。

http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%A5%9E%E8%88%9F7%E5%8F%B7

トンデモ説とその反論が両方掲載されているあたり、なかなかいい構成ではないかと思います。
このリビジョンの核部分を作成したのはニコニコ大百科編集者(プレミアム会員)の一人、"甘味一筋二十年"氏。素晴らしいです。
Posted by Xbeta at 2008年10月04日 19:09
初めまして。前回の記事を拝見し、酷い状況だったニコニコ大百科記事の編集に役立たせてもらいました。
http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%A5%9E%E8%88%9F7%E5%8F%B7
…のように見える、ということだけで事を推し量ることは確かに危険ですね。
上記URLの記事でも書きましたが、水中であると仮定した上で疑問を投げかけているように感じます。
少し考えれば気づくような事をおかしいと感じ、疑問にする。さらに調べようともしない。
ある種の思考停止状態、更にその先入観も中国であるという事から始まっている。
軽い趣味程度しか科学に関する知識はありませんが「僕ら科学を愛する者たちにとっては、疑似科学や陰謀論が広まるのは重大問題なのだ。」には同感です。
Posted by 甘味一筋二十年 at 2008年10月04日 20:28
http://web.mit.edu/persci/people/adelson/checkershadow_illusion.html
この「チェッカー・シャドウ錯視」も面白いですね。
これまで何人かの知人や同僚に上記のサイトを紹介しましたが、大抵はロクに確認もしないで「インチキ呼ばわり」されます。
ちょっとPCの知識があればピクセルの比較なんかすぐにできるのに・・・
Posted by EBCDIC at 2008年10月04日 21:40
>EBIDIC氏

確かに違う色に見えてしまいますね。しかし、確認もせずにインチキって…
あと、英語が読めれば、その人の証明の記事に気づくと思うんですけどね。(左下の"proof"のリンク)

で、またニコニコ大百科のあの記事を見てみたら…
ハンドルネーム"名無しさん@自作小説書いてます"なる人が自分も紹介した「京大式ロジカルシンキング」その他を紹介されているので笑いました。

ニコニコにも良識派が少なくとも2人(掲示板書き込みを含めたら10人くらい?)いるのでうれしい限りです…

ってなんでそんなこと話す羽目になったんだろう?
Posted by Xbeta at 2008年10月05日 11:24
9.11陰謀論は、旅客機一機が突っ込んだ程度で倒壊する設計ではなかったといった説が根拠になってて、しかも自由落下速度(ほぼ)で崩壊。
その謎に対して、じゃあ爆破解体か?という一つの短絡的な考え方が出ているに過ぎないのでは。
陰謀論者の全てが「爆破解体に見えるから」という理由に固執してるわけではないと思います。
都合の悪い部分は触れなかったり、著者本人も全てが分かっているとは書いてない奥菜氏の著書で疑問が全て説明されているという書き方は、陰謀論者と一緒です。
Posted by まーご at 2008年10月05日 17:28
>黒田さん
>山本さんも検証動画を作ってニコニコに上げたらどうでしょう。

反対意見の人が、水中で同じような映像が撮れる事を証明するのが先でしょう。
心霊写真の謎を暴くのと一緒です。
多分、頑張ってみて気づくと思いますよ。
宇宙に行って撮ってきた方が早いって。
Posted by berius at 2008年10月05日 20:21
>>宇宙に行って撮ってきた方が早いって。

「NASAは月面着陸が不可能だということに気づき、捏造映像を超一流の映画監督、スタンリー・キューブリックに依頼した。

しかし完ぺき主義者のキューブリックは地球上のスタジオでの撮影は不可能と結論。月面ロケを敢行しその映像を撮った」

とゆージョークを思い出しました。
あんだけ大掛かりな特撮するくらいならたしかに、実際にEVAしたほうが安上がりですよね。
Posted by psymoon at 2008年10月09日 03:30
>2008年10月05日 20:21
>berius
>>黒田さん
>>山本さんも検証動画を作ってニコニコに上げたらどうでしょう。
>
>反対意見の人が、水中で同じような映像が撮れる事を証明するのが先でしょう。
>心霊写真の謎を暴くのと一緒です。
>多分、頑張ってみて気づくと思いますよ。
>宇宙に行って撮ってきた方が早いって。


宇宙では気泡は飛ばないから無理です。
デブリ?
どんな軌道で飛ばせば再現出来るのですか?
Posted by chinafree at 2008年10月09日 16:14
 えーと、「捏造支持」の人が証明するのなら、宇宙空間ではなく、
「水中で、映像と同じ様な動きをする、同じ大きさ位の気泡の映像」
を作りましょう、ということなのでは?
 これなら、宇宙まで行かなくても作成可能なのでは?
宇宙に巨大な水槽を持っていって、水を入れて、適当に回転させて映像を作ってもかまわないですが。

「~の様に見える」=「~が実際に起きている」と簡単に信じてしまうのなら、
 「宇宙人と会った事がある」と主張する人が
 「(特殊)相対性理論は嘘である」と信じ込んでしまうのも仕方ありませんね・・・

 20万[km/s](光速の2/3倍)の速度がだせる空飛ぶ円盤を、その人に向かって飛ばすだけで、60万[km/s](光速の2倍)で飛んでいる様に「見せる」事ができるのですから。
Posted by だぁく・はんど at 2009年02月05日 20:33
今さらですいません。
このページを読んで、
「自分の目で見た物でも、簡単に信じるな。人間は自分の見たいものを見るものだ」
って台詞を思い出しました。
原典が思い出せないんですが(笑)。
海皇記だったかなあ。

これ、科学の真髄だと思います。

科学的思考と、「信じる」という人間の精神活動は、実は相容れない事が多々あるものです。
人は見たいものを見たがるもので、信じたいものを信じ、理解できないものを無視するか拒絶するか攻撃するものなのです。

科学とはそんな個人の思惑など無視、と言うか歯牙にも架けず、世界の有り様を記述する冷徹なシステムです。

「お前がどう言っても、現実は変わらんし、お前が言うほど世界はややこしくはない。だが、お前が理解できるほど単純でもない。何を根拠に、なにを理解したつもりになっているのかは知らんが、この世界を理解しきるのに人間の寿命程度で足りる訳ないだろ」

以前、姪っ子の友人(当時14歳)に言った言葉です。
で、こう続きます。

「だから、科学って言う方法論があるんだ。何が正しいのか、何が間違っているのか、思考と、検証と、考察を積み重ねて、現実を理解するための方法論が」

なんと言うか、我ながら偉そうですね。



で、

陰謀論を信じる人達って、あの娘とおんなじだなあと思うわけですよ。
自分が持っている知識と、高々数十年の経験だけで、さも世界を知り尽くしたかのように語り、これが真実だと自信満々に胸を張り自説を展開し、問題点(間違いでさえ無い)を指摘しても認めないか、はぐらかす。へたすると逆ギレされることも。

え?お前はどうなんだって?
そりゃ、人間ですから、間違うこともありますし、思い違いもあるでしょう。
でもそれを認めて、考えを改めることはできます。
恥ずかしい話ですが、30歳近くまで一般相対論を信じてませんでしたから。
Posted by jzy at 2013年08月29日 08:56
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