2010年01月18日

【訃報】柴野拓美氏

 日本SF界の影の功労者と呼ぶべき柴野拓美(小隅黎)氏が、16日、肺炎のために亡くなられた。83歳。
 一昨年、自宅にインタビューにうかがった時には、もう目が悪くなっていたものの、喋り方ははっきりしていて、まだまだお元気のように見えたのだが。記憶もかなり確かで、貴重な逸話をたくさんうかがうことができた。
 この方がどれほど偉大な業績を残したか、昨年出した同人誌『僕らを育てたSFのすごい人 柴野拓美インタビュー』のまえがきから抜粋しよう。


 世の中にはすごい人がいる。
 たとえば手塚治虫や石ノ森章太郎なんていう人は、作品の点数だけ見ても目がくらむ。一生のうちによくぞこれだけの作品を、水準を維持して書き続けられたものだと、ため息が出る。
 SF界でも、たとえば小松左京とか筒井康隆とか星新一とかいった人たちは、膨大な数の作品を書いている。すべてが傑作ではないにしても、高い割合で傑作が含まれていることに驚く。まさに偉大。自分の書いてきた作品数と比べて、「この先、いくらあがいても、この人たちには絶対追いつけない」と、絶望に近い心境にかられる。
 作品以外でも、初期のSF界には偉大な業績を残した人がいる。
 それがこの柴野拓美氏だ。
 柴野氏は1926年、石川県生まれ。1957年、日本初のSF同人誌『宇宙塵』を主宰、その編集に携わった。驚くべきことにこの同人誌、57年5月の創刊号から72年12月の170号まで、途中で何回か抜けはあったものの、15年以上も、ほぼ毎月出ていたのである(現在では柴野氏は退かれ、発行ペースは落ちているものの、1~2年に一度は新しい号が出ている)。
 これだけでも信じられない話である。いったい今、月刊で同人誌を出せる人なんているだろうか?
 掲載作品も優れていた。小松左京、星新一、筒井康隆、平井和正、眉村卓、光瀬龍、豊田有恒、今日泊亜蘭、広瀬正、石原藤夫、半村良、山野浩一、横田順彌、梶尾真治、山田正紀、田中光二、夢枕獏……日本を代表するSF作家の多くが、アマチュア時代あるいは無名時代に、一度は『宇宙塵』に寄稿したことがあるのだ。『宇宙塵』に作品が掲載されたことがきっかけでプロデビューした人も何人もいる。他にも、野田昌宏、長谷邦夫、荒俣宏、辻真先、荒巻義雄、宮武一貴といったのちの有名人も、小説やエッセイや論文を寄稿している。
『宇宙塵』はプロへの登竜門であり、当時の日本のSFファンのサロンだった。柴野氏がいなかったら、『宇宙塵』が無かったら、日本SFの人材は今よりずっと貧しいものになっていただろう。
 柴野氏はまた、「小隅黎」というペンネームで、海外SFの翻訳も手がけている。ラリー・ニーヴン、ハル・クレメント、J・P・ホーガン、アンドレ・ノートン、E・E・スミス……その総数は50冊以上。他にもノンフィクション本の翻訳も何冊もある。
 古いアニメファンなら、「小隅黎」という名前に見覚えがあるのではないだろうか。『科学忍者隊ガッチャマン』『宇宙の騎士テッカマン』などのタツノコアニメで、SF考証を担当していたのも柴野氏なのである。
『エイトマン』の原作者である平井和正氏を『少年マガジン』に紹介したのも柴野氏である。また、筒井康隆、眉村卓、豊田有恒といった『宇宙塵』の作家たちは、『鉄腕アトム』『エイトマン』『スーパージェッター』などのSFアニメの脚本を書いていた。
 日本SF大会をはじめたのも柴野氏である。その中のディーラーズ・ルームでは、日本各地のSF同人サークルがテーブルを並べ、同人誌を売っていた(今も続いている)。
 その日本SF大会を模して開催されたのが、1972年から10回続いた日本漫画大会であり、その日本漫画大会に反発し、そこからディーラーズ・ルームだけを独立させるという発想で生まれたのが、75年から開催されたコミックマーケットである。ちなみに、コミックマーケットの生みの親の一人である故・米澤嘉博氏も、作品こそ発表していないが『宇宙塵』の同人であり、よくSF大会にも参加していた。生前、「コミケはSF大会から生まれた」と発言していたという。
 また日本SF大会では、70年代中頃から、ファンによるコスチュームショーが行われ、参加者がSF映画やアニメやファンタジー作品のコスチュームで会場内を歩き回るのも当たり前になっていた。それが日本におけるコスプレの起源である。
 あなたが今、コミケ会場でこれを読んでおられるのだとしたら、周囲を見回していただきたい。同人誌の即売、コスプレ、テレビアニメ、SF小説……柴野氏がいなかったら、これらはみんな存在しなかったか、まったく違った形になっていたかもしれないのだ。
 僕らが子供の頃に見たアニメやマンガ、若い頃に夢中になって読み漁ったSF小説、そして今も参加しているSF大会やコミケ……その多くに、柴野氏は間接的に関わっていたのだ。僕らが今ここにいるのは、柴野氏のおかげのようなものだ。
 SF界では知らぬ者のいない柴野氏だが、SF界を一歩離れると、知名度は低い。こんなすごい人なのに、世間に知られていないのが歯痒い。それがこの本を作ろうと考えたきっかけである。
 また、日本SFの創成期についても、知らない人が多いのではないかと思われる。特に50年代の空飛ぶ円盤ブームや、その中で生まれたUFO研究団体が『宇宙塵』誕生の母体であることは、広く認識されているとは言いがたい。
 バタフライ効果と言うべきか。もし1947年にケネス・アーノルドが空飛ぶ円盤を目撃しておらず、円盤ブームが起きなかったら、今の日本のSF・マンガ・アニメの状況は、ずいぶん違っていたはずである。
 僕らがなぜ今ここにいるのか。その意味を問い直すためにも、歴史を見直す必要があると思う。

* 文中では「空飛ぶ円盤」と書いたが、アーノルドが見た飛行物体は「円盤」ではなかったので、「UFO」と書いた方が良かったかもしれない。

 なお、『SFのすごい人』の中でも触れたのだが、『神は沈黙せず』に登場する超常現象研究家の大和田老人は、柴野氏をイメージして書いたことを明らかにしておく。大和田と同じく、いつもにこにこと笑顔を絶やさないが、曲がったことが嫌いで、怒ると怖い人だったそうである(僕は怒ったところは見たことはないが)。
 何にせよ、亡くなられる前にインタビューできたことは光栄だと思っている。


タグ :SF

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この記事へのコメント
ご冥福お祈りします。
私は柴野拓美さんを山本さんのブログで初めて知りました。
Posted by ウォッカ at 2010年01月29日 20:01
小説離れの時代かもしれない。映画 漫画
テレビ ラジオ 子供の頃 読んだ 小松左京さんの 短編集 まぼろしの21世紀 今 
若い子達に教えても 面白いという。
(筒井康隆の 富豪刑事 赤川次郎 孤独な独裁者 ほか)  おもしろいものは わかってもらえる。若い子達に SF 科学に 興味を持つ手貰う事も 今の日本に 必要なことかもしれない。理系という教育カリキュラムが 複雑すぎる 難しい。
Posted by 村石 太2516号フローム名古屋ツーユー at 2010年02月27日 11:20
孤独な独裁者でなくて さびしい独裁者でした。華麗なる探偵(タイトル覚えるの下手)まだ 読んでいないです。
Posted by 村石太マン&ダルタニアン at 2010年08月17日 10:35
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