2016年10月07日

そろそろ『シン・ゴジラ』の感想を書く

 もうかなりの人が観ただろうから、ネタバレを恐れずに『シン・ゴジラ』の感想を書いてもいいかと思う。
 もっとも、主なところはすでに多くの人が指摘しているのだが……。

 まず、過去作品へのオマージュ。
『ゴジラ』(84)をはじめ、『日本の一番長い日』や『エヴァンゲリオン』、『ナウシカ』の巨神兵などとの類似については、すでに多くの人が語っているけど、意外に『ゴジラ対ヘドラ』の名を挙げる人が少ないように思った。
 だって、第一形態、第二形態、第三形態……と姿を変えて上陸してくるって、明らかにヘドラがヒントでしょ?
 だから、ゴジラがさらに進化して飛行能力を有するようになるかも……という説明で、戦慄したんである。「今度のゴジラ、飛ぶの!?」と。
 だって、蒲田くんからの劇的な変態を見せられたら、もう一段階の変態ぐらいはアリだと思っちゃうよ。まあ、大半の観客はそこまで行くとは思ってなかっただろうけど、『ゴジラ対ヘドラ』を知ってる人間にとっては、ゴジラが飛ぶというのは、冗談抜きで、十分にありえることに思えたのだ。特撮ファンだけに通じるミスディレクションかも。
 まあ、さすがに空を飛ばれたら、もう手の打ちようが何もなくなっちゃうからね。

 あと、攻撃を受けるたびにそれに反応して強くなる怪獣というと、『ウルトラマン』のザラガスが有名だけど、僕はむしろ『ウルトラマンマックス』のイフを連想した。あの「何をやっても無駄」「世界はもう終わりかもしれない」という絶望感は、『シン・ゴジラ』に通じるものがあると思う。

 僕が感心したのは、これまでの怪獣映画のどれよりも、自衛隊の兵器が正しく運用されていたこと。
 僕も『MM9-invasion-』を書いた時に、東京のど真ん中にいきなり宇宙怪獣が出現したら、自衛隊はどう対応するかを考えた。まず戦車は出せなかった。あの短時間で地上部隊は展開できないから。だから航空戦力中心。
 この映画でも、最初にゴジラに立ち向かうのはアパッチ。30ミリチェーンガンとかヘルファイア対戦車ミサイルとか70ミリロケット弾だとかを撃ちまくる。
 これまでの怪獣映画って、戦車や自衛艦が怪獣に近づきすぎてやられるシーンがよくあって、「そんなに近づいちゃだめだろ」っていつもツッコんでた。この映画ではゴジラの尻尾に叩き落とされないよう(この時点ではまだ、ビームを吐くことは分かっていない)、ヘリは十分に距離を置いて攻撃していて、「ああ、そうそう、これが正しいんだよね」とうなずいてた。
 個人的にすごく嬉しかったのは、二度目の上陸の時に登場したMLRS(多連装ロケットシステム)! 『MM9-invasion-』でも怪獣にとどめを刺すために出したけど、たぶん今の陸自の兵器の中で最強。怪獣の動きが鈍ったところで、遠距離からM31を撃ちこむというのは、まったく正しい運用だ。
 まあ、それでも倒せないのがゴジラなんだけど。

 もうひとつ、僕がこれまでの怪獣映画で、ずっと不満に感じてた点がある。
 それは人間ドラマの部分が、怪獣の大暴れするシーン(以下、便宜上、「怪獣ドラマ」と呼称する)と関係ないことが多いということ。

『地球最大の決戦』のサルノ王女暗殺計画とか。
『宇宙大怪獣ドゴラ』の宝石強盗団とか。
 それ怪獣の話と関係ないだろ! というストーリーがよくあったわけですよ。
『ガメラ対バルゴン』のニューギニアのくだりとかも、無意味に長いよね。

 怪獣ものじゃないけど、『日本沈没』(2006)の、これから死を覚悟の任務に向かおうとする草彅剛と柴咲コウのラブシーンも、むちゃくちゃ長かった。もう観てていらいらして、「お前、さっさと死んでこい!」と言いたくなるぐらい(笑)。
 だって『日本沈没』で観客が見たいのはスペクタクルでしょ? ラブシーンが見たいなら他の映画でもいくらでもあるじゃない。なんで『日本沈没』でそんなところに尺取らなくちゃいけないの。自分たちが何の映画を作ってるのか分かってないの?

 しかも日本の映画だからこれぐらいで済んでるんであって、海外の昔の怪獣映画はもっとひどい。『原始怪獣ドラゴドン』なんて、尺の大半が単なる西部劇だ(笑)。

 最初から最後までずっと怪獣を暴れさせ続けるのは、予算がかかりすぎるし、観客もダレる。だから、「人間ドラマ」で尺を埋める。そこまではいい
 でも、その埋め方がまずいと、怪獣ドラマと人間ドラマが乖離してしまう。
 とは言っても、怪獣が現われたら普通、一般人は逃げちゃうからね。「怪獣ドラマ」と「人間ドラマ」は両立させるのが難しい。
『クローバーフィールド』や『グエムル』では、怪獣がいる場所に愛する人が取り残されていて、それを助けるために一般人が怪獣に接近するという構成になっていた。でも、そんな手は何度も使えない。

『MM9』では、「怪獣対策を練るチーム」という設定にして、登場人物たちが怪獣とからむ必然性を作った。
 読んだ方ならお分かりだろうけど、『MM9』の中での気特対の日常描写は、ほんとに必要最小限。たとえば、さくらがプライベートで何やってるかなんて、まったく描かれていない。これ以上削ったらスカスカになるというところまで削ってある。
 何でかというと理由は簡単。怪獣ものの主役は怪獣だから。怪獣と関係のない日常描写は、『MM9』の本質からはずれる。 だからなるべく描かない。
 怪獣ものにおける「人間ドラマ」というのは、あくまでフレーバー、料理で言うなら隠し味のスパイスでなくてはいけない。それがなかったらつまらないけど、ありすぎると邪魔になる。

 たとえば『MM9-invasion-』のヒメと一騎のラブコメ展開にしても、ちゃんと分析していただければ、すべて、スカイツリーと雷門でのバトル、皇居でのリターンマッチを盛り上げるためのお膳立てであることが分かるはず。怪獣もののメインはあくまで怪獣の大暴れのシーンであって、「人間ドラマ」はそれに奉仕するためにあるんである。
 もちろん僕は怪獣映画に「人間ドラマ」は不要だとは思っていない。料理を美味しくするためのスパイスは必要だから。
 でも、塩を入れるべき料理に砂糖を入れるような、「スパイスの入れ間違い」は勘弁してほしい。
 あと、スパイスを料理の本命の食材だと思いこむのも勘弁してほしい。

 そのへんを誤解したのがドラマ版の『MM9』。スパイスが美味しいからといって、スパイスだけで料理を作ろうとした。そりゃあ美味しくなるわけがないよ。

『シン・ゴジラ』のいいところは、ゴジラの大暴れとその対策だけに絞りこんだこと。
「映画には人間ドラマがなくてはならない」というのは錯覚だ。いや、人間ドラマがある映画ももちろんあっていいけど、そんなもん無くていい映画もある。
 男女の愛とか、親子の愛とか、犯罪とか、社会批判とか、そんなものはこの映画に要らない。無駄な尺を取るだけだ。主役はゴジラ。それ以外の要素、つまり「人間ドラマ」はフレーバー。そう割り切って作られている。
 樋口真嗣監督は、『日本沈没』や『MM9』だけでなく、『ローレライ』や『進撃の巨人』など、同じ失敗を繰り返してきた人だ(上からの要望を断れない人だと言われてる)。今回の成功は、やはり脚本と総監督を手がけた庵野秀明氏の功績だろうと思う。

 だから「この映画には人間ドラマがない」という批判に対しては、こう開き直るべきだと思う。

「それがどうしたの? だってげんに怪獣映画として面白いでしょ?」

 あと、もうひとつ。切実なお願い。これは『シン・ゴジラ』に限ったことじゃないけど、作品に余計な意味を読み取らないでほしい。製作者が意図していなかったり、あるいはわざわざ排除した要素を、勝手につけ加えないでほしい。

シンゴジラで民衆がコールをするシーンは「ゴジラを倒せ」か「ゴジラを守れ」かどっちなのか!その真相は意外にも?
http://togetter.com/li/1033468

 ↑これなんかまさにそれ。
 庵野総監督はこの映画を、右にも左にも偏向しないように配慮して作っている。露骨なイデオロギーなんか入れたら作品がつまらなくなると分かっているからだ。
 なのに、何でわざわざ偏向した意味をつけ加えなきゃいかんのだ。
 つーか、怪獣映画をそんな観方して面白いの?
 素直に「怪獣ドラマ」を楽しめ。頼むから。
 



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この記事へのコメント
人間ドラマが何かという定義によるのかもしれませんが、
シン・ゴジラにもちゃんと人間ドラマは濃厚にあったと思っています。
人間ドラマとは何も家族間の情やすれ違い、男女間のそれ、等ベッタベタの日常ドラマの事ではないでしょう。
登場人物たちがちゃんとバックボーンを感じさせ画面の外側の風景を纏っていたので絵空事ではない血肉あるリアリティを其々持っていたと思いました。
Posted by ろぼ at 2016年10月07日 22:34
こんにちは
最初はゴジラの変身がヘドラのオマージュとは気付きませんでしたが、
「有翼化し、大陸横断の可能性もある」
というセリフがあったので、やはりヘドラのオマージュなのかもしれませんね!
Posted by ぼんさん at 2016年10月08日 00:49
僕はMM9にドラマから入って、小説へ行った方なので、山本先生は結構批判的みたいでショック。
確かに人間ドラマとのバランスは良くないのかも。ダブルヒロインあたりが。
シン・ゴジラからの流れでMM9の続編とか劇場版見たい気もする。もちろん続投高橋一生で。
Posted by ヒュリウス at 2016年10月08日 10:35
なるほど、左様なことだったのですね。樋口監督の弱点を知りました。
ところで、現有の公的機関が怪獣に立ち向かうときにどのような意思決定プロセスを経るかという提示をした点で、MM9がシンゴジラに与えた影響があるのではないか?と想像を楽しんでいます。
真実はわかりませんが。
高橋、松尾の2ショットはMM9ドラマ版やん、とスクリーンに無言のツッコミ。
Posted by 京都のサラリーマン at 2016年10月08日 12:38
謎残し観る人に色々な解釈させて楽しい映画でした。モスラの小説は三人の純文学作家の合作で、その一人、堀田善衛と宮崎駿は懇意の仲で敬愛し何度も対談されてます。ナウシカを観てもらいたく宮崎駿と鈴木敏夫はビデオデッキ片手に自宅訪問し王蟲登場シーンで喜ばれたと話あります。庵野秀明はゴジラの尾に巨神兵にして、先達の意思を引き継いだはず、もし、続編があればナウシカの世界に突入してたでしょう!(^^)と考察
Posted by 錨 at 2016年10月08日 15:15
シンゴジラは2回見ました。元々、同じ映画を何度も見に行くような人間じゃないんですが・・・。
私も庵野監督は特定のイデオロギーは排除して映画を作ってると思いましたが、どうしても偏った見方というか解釈をする人は出てくるだろうとも思いました。まあ、仕方ないんでしょうね。

ところで、「ゴジラVSデストロイア」で提唱(?)された「ゴジラ原子炉説」を補完したような設定でしたね。あさりよしとお氏に「マンハッタン計画以前の核認識」などと酷評された同作ですが、私はゴジラ原子炉説というアイディアそのものは面白いと思ってましたので、今回は少し嬉しかったですね。

それにしてもゴジラの第1形態から第3形態に至るまで、まったく動物としての感情というか意識のようなものが感じられなかったのはよかった。「得体の知れない怖いモノ」という感じがよく出てたと思います。

難を言えば、アメリカ大統領特使のあの方でしょうか。好きな女優さんなんだけど、あのセリフ回しはやり過ぎじゃないでしょうかねえ。英語重視ならマッサンのあの方の方がよかったかも。
Posted by カルスト at 2016年10月08日 17:23
まっていました! 山本弘先生の「シンゴジラ」の感想が聞きたかったです。いやぁー、そのとおりです。
嬉しくなってコメントしてしまいました。って、「MM9」のドラマシリーズは…。やはり先生も不満だったんですね。なんで、あん中途半端な「パトレイバー」になってしまったんでしょう? なんか、すごく残念な気持ちなってしまいましたが。「シンゴジラ」を観た時に思ったのが、先生の「MM9」でした。いやぁー、「ウルトラマンマックス」のイフでしたか。さすがです(笑)って、さっそく「ウルトラマンオーブ」ギャラクトロン。「ジュウオウジャー」スモウトロンが出てきましたが。なんか、みんな分かってるんですよね。怪獣映画を盛り上げようという気持ちがつたわってくるんですよね。って、先生の「神は沈黙せず」の映画化ってないんですか? 僕は、あの作品こそ映画化してほしいのですが…。
本当、先生のブログ、Twitterはいろんなことを考えさせられます。すみません、ミーハーなことを書いてしまいました。
山本先生、もっとブログで映画、海外ドラマのことを書いてくださいね。先生、ネタバレとか気にせずに書いてくださいな。ブログがおろそかなのが寂しいです。
Posted by 馳夫 at 2016年10月09日 11:28
シンゴジラにも「人間ドラマ」はあったと思いますがねぇ
実際、あれだけ会話シーンがあって、ドラマが起きてないはずが無いでしょう
「人間ドラマが無い」って言ってる人は「人間のプライベートな場面でのドラマが無い」と言いたいんでしょうね
家族や恋人が出てこない、とかそんな話だと思います
個人的には、矢口やカヨコのプライベートなんて見たくも何ともないですが(笑)
そういうのが無いと、感情移入できない人もいるのかも知れませんね
Posted by esa90 at 2016年10月10日 13:25
最初の『ゴジラ』の公開時から半年後に『ゴジラの逆襲』を完成させた商魂たくましい(笑)東宝さんなので庵野監督にも次のゴジラのオファーが来ているでしょうね。

まあ他のブログや掲示板の大多数の意見と同様に私も「先にエヴァを完結してください!」と言う意見です。出演声優の麦人さんや清川元夢さんは現在レギュラーお持ちでお元気ですが高齢ですから・・。
Posted by ジャラル at 2016年10月11日 21:50
>京都のサラリーマンさん

「怪獣を攻撃することの法的根拠」という問題は、『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)ですでにやられてるんですよ。
 同じことをやっても二番煎じになりますし、そういう議論に枚数を取られたくなかったので、『MM9』世界では怪獣対策基本法というものがすでに存在していて、「MM9以上の怪獣は攻撃してよい」ということにしてあります。だから『シン・ゴジラ』への影響は『ガメラ 大怪獣空中決戦』の方が大きいと思います。
Posted by 山本弘山本弘 at 2016年10月12日 18:10
>怪獣もののメインはあくまで怪獣の大暴れのシーンであって、「人間ドラマ」はそれに奉仕するためにあるんである。

MM9シリーズで逆に私が感心しているのは前半のラノベ的ラブコメイベントなどが後半でがっつり本筋に絡んでて見事な伏線になってることですね。
もっともMM9シリーズ以外にも妖魔夜行やソードワールドノベルでもそういうのが見られて、やっぱり山本先生はすごいと思ってます。
展開にいろんな意味で無駄がありませんもの。
Posted by ドードー at 2016年10月13日 23:20
多分エヴァンゲリオンは完結しないでしょう。
残念ですが。

完結しないことが、売りになっている気がしますので。
Posted by あさくま at 2016年11月09日 15:52
おいらの言いたい事を言ってくれた(´;ω;`)
ありがとう!ありがとう!
スパイスでマズくなると分かってても、あえて
やってる人が居るのよ。
要は他人の作品が潰れようがどうでもいいの
よね。
名作が量産されたら困る人達が居るのよね。
Posted by ロクデナモス超元帥 at 2016年11月15日 23:14
>今度のゴジラ飛ぶの?

多分、続編作るとしたら、背ビレをながーく
伸ばして高速回転させてヘリコプターみたい
に飛ぶんだと思うよ!壮観だな!
Posted by タプリーン中毒 at 2016年11月15日 23:22
アクション表現においてエポックメイキングとなった『るろうに剣心』三部作ですら、
泣きの場面になった途端に画面が停滞する邦画の悪弊から逃れられてなかったことを思うと格段の進歩を感じます。
願わくばこの進歩が日本映画界の点で終わらずに線に繋がり、面に拡がってくれんことを。
Posted by Jura-Tester at 2016年12月15日 15:55
シンゴジラは面白かった。怪獣映画ではあるがふつうの大人が観賞しても楽しめるようオタク的要素をできるだけ排除した構成には好感(ただ台詞が多いので子供にはきついかも

ただ史上最強の傑作怪獣映画とまではいかず素直な良作といのが個人的な感想です
Posted by asobin at 2017年07月10日 20:03
突如出現した巨大生物に対する、
官僚や学者や自衛隊の奮戦としては、
「ガメラ大怪獣空中決戦」が先行し、
ゴジラに薬物を飲ませて機能停止させるのは
「ゴジラVSビオランテ」が先行し、
爆弾を満載した列車を突入させて敵に大ダメージを与えるのは
山本先生もお好きなある戦争映画があるという、
無数のオマージュだけで成立しているといっていいゴジラでしたが、
それで面白いのは、先行作品へのリスペクトがあり、
個別のアイデアを整理して、新しいゴジラの物語へ応用(再利用)した
脚本が上手いからでしょうね。
Posted by わなっせ at 2017年08月07日 09:34
短編で良いので、その後の東京駅周辺の風景、見たいもんです。で、実は予告編。
MM9、そうだったんですか…?
分析なんて、そんな不遜な。
Posted by 理力不足 at 2017年11月23日 17:50
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