2014年08月09日

「アルジャーノンに花束を」は駄作になるところだった!

 今月号の〈SFマガジン〉はダニエル・キイス追悼特集。キイスをめぐるいろいろな記事が載ってるんだけど、中でも興味深かったのは、長編版『アルジャーノンに花束を』(早川書房)の訳者の小尾芙佐さんが紹介している話。最初に中編版の「アルジャーノンに花束を」が書かれた時のエピソードである。

> 作品を書き上げたとき、まず読んでくれた親友フィル・クラスの「これはまちがいなく古典になる」という言葉に自信を得て、これを〈ギャラクシイ〉誌にもっていった。ところが編集長のゴールドから手直しを迫られた。「結末がうちの読者には暗すぎる。チャーリィは超天才のままアリス・キニアンと結婚する。そして幸せに暮らす」こういう結末にすれば掲載しようという彼の言葉にキイスさんは愕然とし、黙ってその場を立ち去った。(後略)

 えええええーっ!
 H・L・ゴールドって有名な編集者だけど、そんなマヌケなこと言ってたのか! そんなことしたら、あの名作が台無しになっちゃうだろ!
 キイスが親友のフィル・クラス(SF作家のウィリアム・テン)にこのことを話すと、「もしきみが結末を変えようなんて気を起こしたら、おれはきみの両脚をバットでたたき折ってみせる」と言われた。 その言葉に勇気づけられたキイス、今度は〈F&SF〉誌に送って採用された。
 同誌1959年4月号に掲載された中編版「アルジャーノンに花束を」は、1961年2月号の〈SFマガジン〉に稲葉明雄氏の訳で掲載され、日本でも知られるようになる。
 その後、キイスはこれに加筆して長編にするのだが、「またもやハッピー・エンドを要求する編集者に拒絶された。そしてさらに大手出版社二社にも断られ、追い打ちをかけるように別の出版社からも拒絶の手紙が送られてくる」という有様。キイスの絶望、いかばかりか。
 その後、ハーコート・ブレイス&ワールド社の編集者に認められて、ようやく出版されるのである。

『アンネの日記』や『ハリー・ポッターと賢者の石』にも、「こんなものは受けない」といくつもの出版社に断られたという話があるけど、世の中には見る目のない編集者というのが、けっこういるものらしい。
 僕の場合、幸いにも、「結末を変えろ」などと言われたことは一度もないんだけど……。
 もしかしたら、世の中には、編集者の理不尽な要求通りに作者が書き換えてしまって、駄作になってしまった作品がけっこうあるのかもしれない。


タグ :SF

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この記事へのコメント
漫画ですけど途中からバトル路線になってグダグダになった「妖怪のお医者さん」がどうもそんな感じだったかと。
13巻の巻末漫画を読む感じだと……。まあ、佐藤先生も立ち直って紆余曲折の末に原点回帰してまとまりましたが。
でも、私は今でも思います。あの作品にバトルは要らなかったと……。
Posted by ドードー at 2014年08月09日 21:16
まあ作者と編集者との間に意見の相違が起こることはそこそこ漏れ聞く話ではありますが。
実際は世に出なければ分からないんで、編集者の言ったようにした方が売れたのかもしれない、ということも考えられるわけですが。

どちらにせよ、名作と信じで作品を曲げなかったキイスの勇気には深い敬意を。
Posted by その方が売れたのかもしれない at 2014年08月09日 21:51
台風の雨ヤバス。明日映画観に行くけど出てきたら水浸しなんてことないことを祈る…
まあ、編集者が改変を要求してそれがヒットした、という経験があるのでしょうね。「俺のソウルが変えろという」なんてことなんだろうw 自分の小さな成功が、ほとんどの物事に通用すると思い込む、ということなのでは? 博打の心理だと思いますよ。一度大当たりするとまた当たると思ってやって結局破産するというw

私は家庭菜園やっているので、その手の質問サイトをよく見ますが、回答に「本にはこうやれと書いてあるが、それは失敗しするからこうしろ」という書き込みが結構多い。自分がそれでうまくいったからセオリーは間違いだ、という訳です。そんなのたまたまうまくいっただけなんだけど、自分が成功するとほかの方法は失敗すると思い込んで「親切にもw」それを人に「強要」するんですよね。そういう回答には一応突っ込み入れるんですけど、後を絶ちませんw
Posted by しんや at 2014年08月10日 00:01
> もしかしたら、世の中には、編集者の理不尽な要求通りに作者が書き換えてしまって、駄作になってしまった作品がけっこうあるのかもしれない。

アニメ劇場版「風の谷のナウシカ」とか?
Posted by 黒木政仁 at 2014年08月10日 08:30
出会いとは…一期一会。

何かを伝えたい、表現したいという思いが様々な因子と絡みつつ紆余曲折を経て世に生まれ、遠く離れた全くの他人に何かしらのメッセージが伝わる事そのものがひとつの奇跡だと思うのです。

良縁に恵まれる事もあれば、「俺の知ってる○○と違う」「どうしてこうなったww」とトラウマ化してしまうパターンもある。「内容は良いけど吹替えが…」とか。
ひたすら同じモチーフで作品を作り続ける人もいれば、制作サイドとモメるのがお約束の映画監督もいる。好みの作家やジャンルに耽溺する者もいれば、作業的に流行をなぞるだけの者もいる。

これからも、ひとつでも多くの素敵な出会を体験したいものです。
Posted by 活字スキー at 2014年08月10日 10:58
確かTVドラマのチャーリー役の俳優も敵に回って改変を迫ってきたんですよね。「チャーリーと僕」という本に載っていたんですが、今探すとamazonでも原書しかありませんでした。

※当時のアメリカの慣習で、TVドラマ化するとその俳優にも作品の権利が生じた。

※最初のTVドラマでも最後にチャーリーに知力が戻る演技をすることになっていたが、生放送の本番中に俳優に何らかの力が働いて動けず、原作通りの幕引きになったという。
Posted by のばな at 2014年08月10日 21:51
アメリカの娯楽映画にはハッピーエンドバージョンとそれ以外の結末が撮影されていて、関係者試写会の反応でどちらを上映するか決めるという話を聞きました。何でも「ランボー」で最後にランボーが大佐の前で自殺するヴァージョンがあるそうで・・・見たい!
Posted by ジャラル at 2014年08月11日 12:31
パラレルワールド物のネタになりそうなお話ですね。
Posted by N at 2014年08月12日 00:36
もし今指輪物語が出版社に持ち込まれたら、はたしてそのまま出版されるのだろうか?
Posted by 誰でもない at 2014年08月18日 16:18
>>編集者の理不尽な要求通りに
>>作者が書き換えてしまって、
>>駄作になってしまった作品

ジャンプの打ち切りマンガの何割かはそうなんでしょうね。稀に名編集者の力で名作になることもなくはないらしいですが。

そういえば、イチローも最初の2年は芽が出ませんでしたが、それは彼の独特のフォームをコーチが矯正しようとしていたかららしいです。仰木監督になった途端、自由なフォームで打つことが許されて、一気に首位打者ですから、驚きの話です。野茂も似たような感じでしたね。

『のだめ』に「「ブラームスにコッセルやヨーゼフがいたように 歴史に名を残す音楽家には才能だけじゃなく 人との大事な出会いがあるものさ」というセリフがありますが、本人の才能だけでなく、「才能を見抜いて伸ばす」という才能を持った人との偶然の出会いが必要なのですね。こればかりは運なのかもしれないですね。
Posted by ねここねこ at 2014年08月18日 23:37
最近だと渡瀬悠宇が『アラタカンガタリ』は『サンデー』の編集者の指示に従って仕方なく本来描きたかったものとはかなり違った作品を描くことになったとネットで暴露して話題になっていました。
Posted by UL at 2014年08月19日 23:54
山本先生、こんにちは。著作・ブログともにとても楽しんで拝見しております。

実は、私は最近デビューしたばかりのラノベ作家なのですが、似たような経験しました。編集の意見でデビュー作は応募作と別物レベルでの改稿を要求されました。
まぁ、わたしの場合は未熟さが原因だと思いますが、「自分の納得いかない意見は問答無用で却下」する編集の頑なな態度には正直何だかなぁ、と思いました。もうすこし話し合えれば、嫌でも納得できるのですけどね(苦笑)

いつか、どこかでお会いできれば、ここに書き込んだことを話させて貰いたいです。これからも頑張ってください。応援しています。
Posted by 匿名希望 at 2014年08月20日 14:44
 興味深いお話ですね。まさか、アルジャーノンの花束の結末が変わっていたかもしれないなんて、はじめて知りました。

 山本先生は「理不尽な要求通りに作者が書き換えてしまって、駄作になってしまった作品がけっこうあるのかもしれない。 」と仰っていますが、逆も真なり、で書き換えないがばかりに駄作、書き換えたからこそ名作、ってのも、きっとあるんでしょうね。
 それから、連載長編ものだと、人気があるが故にあまりにも連載が続いて作者が疲れてきて、無理やり作品を終わらせようとして編集部の意向を無視して、いかにも読者が望まないようなストーリーの持って行き方をするケースもあるみたいですね(苦笑)。

 のばなさんとジャラルさんのカキコミも「そうだったんだ!」と思いました。ハッピーエンドバージョンとそれ以外の結末が撮影されていて、関係者試写会の反応でどちらを上映するか決める方式、いいですね。私は幼少期に「オグリキャップの有馬記念奇跡のラストラン」をリアルタイムでTVで観た影響か、ハッピーエンドを求める体質になってしまっているので(笑)。
Posted by デーリイスポルツ at 2014年09月01日 07:09
 おはようございます。

 以前のコメントだけでは不充分と思い、付け足します。山本先生の仰りたいこととは外れてしまいますが、確かに悲しい結末を否定するわけではないです。でも僕は「現実は色々と悲しいことが溢れているんだから、せめてフィクションはハッピーエンドであってほしい」と思うんです。

 僕が以前、当サイトのコメント欄で園田競馬に関するカキコミをしたように、僕は競馬ファンでもあるのですが、競馬も名馬に関する悲しい話が幾つもあって、小学生のときから色々見聞きしてました。
①「幻の馬」トキノミノル
②「「悲運の貴公子」テンポイント
③「黒い刺客」ライスシャワー    などなど。
特にライスシャワーは大好きな馬だったので、リアルタイムで観ていたレース中の骨折ですぐに安楽死処分されたのはショックでした。

 それから、僕の好きな芸人さんって、寂しい・悲しい晩年の人が何人もいてはるんですわ。(何で関西弁?)
 横山やすしさんと、その師匠横山ノックさん、そして最近では笑福亭小松さん。
 小松さんは若き日のハチャメチャなエピソードが松鶴一門の芸人らしくて好きでした。クラシック音楽の作曲家が人間的にどうか?と思われるような言動をしていてもその作品が否定されないのに、小松さんはがん克服落語会で日本縦断を達成してからが…。クスリで身を滅ぼして、患者さんを勇気づけたことが全否定されるとはなぁ…。

 遅いコメントと、長文・乱文失礼致しました。
Posted by デーリイスポルツ at 2014年09月17日 07:06
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