2014年06月20日

フィクションにおける嘘はどこまで許される?(後編)

 ただし、フィクションならどんなデタラメでも許されるわけではない。
 慎重にならなくてはいけないのは、扱う対象が実在の人物や団体である場合だ。
「1人でも不快に思う人がいるなら、その言葉を使うのを控えるべきだと思うんです」というのは明らかに非現実的な極論だけど、なるべくなら誰も傷つけない方がいいに決まっている。

 僕の体験で言うと、『MM9』を書きはじめる前、「この話では絶対に自衛隊を悪者にしない」という誓いを自分に立てた。
 これは政治的信条とかとは何の関係もない。『MM9』の世界では怪獣は自然災害であるという設定なのだから、怪獣と戦う自衛隊を悪者にすることは、げんに自然災害の現場で救助活動をしている自衛隊の方々に対して失礼になると考えたのだ。
 これは『MM9』だからであって、他の物語だったら、ストーリーの都合上、自衛隊を悪役にする場合もあると思う。日本政府とかアメリカ政府とかCIAとかの陰謀も、必然性があるのなら、フィクションの中で描いてもいいだろう。
 また、作品を通して現実の何かを批判したい場合には、もちろん批判の対象を不快にすることをためらうべきじゃない。
 僕の作品の場合だと、たとえば「アリスへの決別」を読んだら、表現規制賛成派の人は不快に思うはずである。でも、彼らを批判するために書いた話なんだから、当然のことだ。
 逆に言えば、必然性がないのに実在する誰かを悪者にしちゃだめだ。

『美味しんぼ』がまずかったのは、フィクションではなく「福島の真実」と主張していたこと。そして、福島に関する悪評を立てて、げんに福島に住んでいる人たちを傷つける内容であったことだ。
 反原発を主張したり、政府や東電を批判するのはかまわない。言論の自由だ。しかし、福島の一般の人たちは被害者ではないか。震災の苦しみから立ち直ろうとしている無辜の市民を妨害するようなことをやっちゃだめだろ。

『美味しんぼ』とコンセプトが似ているマンガに、『MMR』がある。かたや新聞社の記者、かたやマンガ雑誌の編集者が主人公。実在の人物を作中に登場させてリアリティを出し、非科学的な理論を展開して読者を不安する手法も似ている。(スタートしたのは『美味しんぼ』の方が早いんだけど)
 しかし、『美味しんぼ』以上にデタラメな内容の『MMR』に対し、『美味しんぼ』のような激しいバッシングがあったという話は耳にしない。
 その理由のひとつは、前述のように、リアルっぽい作品ほど嘘を書いた場合の反発が大きいということ。『MMR』ぐらい荒唐無稽で間違いだらけだと、逆に「間違ってる」とツッコむのも空しくなる。
 もうひとつ、いくら悪く書いても、三百人委員会やレジデント・オブ・サンは抗議してこないということ(笑)。そういう組織や人物が実在しないと分かっているから、スタッフも安心して大嘘がつけるんだろう。

 繰り返すが、なるべくなら誰も傷つけない方がいいのだ。
 作家というのは常に、「これは誰か無辜の人を傷つけないだろうか」と悩みながら書くべきだと思う。

 それにからんで、SF界で有名な例に、「『豹頭の仮面』事件」がある。
 1979年、栗本薫〈グイン・サーガ〉シリーズの第1巻、『豹頭の仮面』が出版された。その中に「癩(らい)伯爵」という悪役が出てきた。癩病に冒され、全身が醜いできものに覆われ、膿を垂れ流し、悪臭を放っているという、すさまじいキャラクターだ。そのおぞましさ、嫌らしさ、邪悪さが、これでもかというぐらいねちっこく描かれていた。(もちろん、本物の癩病=ハンセン病は、そんな病気ではない)
 僕はリアルタイムで読みながら「これはまずいんじゃないか?」と心配したのだが、案の定、ハンセン病患者の団体から抗議を受けた。現在、出回っている『豹頭の仮面』は書き直されたバージョンで、癩伯爵は「黒伯爵」という名に変わっている。
〈グイン・サーガ〉の世界では、この世界にあるものと名前は同じでも、実際は違っているという設定である。たとえば「ウマ」という生物は、我々の世界の馬と同じものではなく、あくまで異世界の生物なのだそうだ。
 だから作者はおそらく、癩病も我々の世界の癩病ではなく、ファンタジー世界の架空の病気という認識で書いたのだろう。
 しかし、架空の病気なら、わざわざ「癩病」という現実に存在する病気の名をつける必然性はまったくなかったんじゃないだろうか? 架空世界の架空の病気に架空の名前をつける手間なんて、ごくわずかだ。
 しかもその患者をおぞましい悪役として描いたのだから、これはもうどう考えてもアウトだ。
 SFやファンタジーのような架空世界を描く場合でも、配慮は必要だ。

 故・栗本薫(中島梓)氏に関しては、もうひとつ、僕がいまだにどうしても許せないことがある。2002年にブログでやらかした、北朝鮮拉致被害者に対する問題発言だ。

>44歳で生存が認められた蓮池薫さん、大学が「復学を認めた」そうですけれども、いま日本に帰って44歳で大学生に戻っても、もう、蓮池さんには「あたりまえの日本の平凡な大学生」としての青春は戻ってこない、それは不当に奪われたのですが、そのかわりに蓮池さんは「拉致された人」としてのたぐいまれな悲劇的な運命を20年以上も生きてくることができたわけで、 それは「平凡に大学を卒業して平凡に就職して平凡なサラリーマン」になることにくらべてそんなに悲劇的なことでしょうか。

 これを読んだ瞬間、同じ作家として愕然となった。
 この人は現実に存在する拉致被害者を、小説の登場人物のように考えている!
 確かに小説の中であれば、「たぐいまれな悲劇的な運命」に翻弄されるキャラクターの人生は、「平凡なサラリーマン」のそれより魅力的だ。でも、拉致被害者の体験は小説ではない。現実なのだ。それが分かっていない。
 現実の拉致被害者の方の心境を想像してみれば、「そんなに悲劇的なことでしょうか」なんて残酷な言葉は出てこないはずだ。
『豹頭の仮面』事件も結局のところ、現実に存在するハンセン病患者の方に対する想像力の欠如が原因だったんじゃないかと思うのである。

 今、作家や編集者は、どこも差別問題に過敏である。「下手なことを書いて人権団体から抗議を受けないか」とびくびくしている。
 それは間違っている、と僕は思う。問題は誰かを傷つけるかどうかであって、抗議はその結果にすぎない。抗議さえ受けなけりゃいいってもんではない。
 注意すべきなのは「抗議を受けるかどうか」じゃなくて「人を傷つけるかどうか」だ。そこを絶対に間違えないように。


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この記事へのコメント
末期には作品が公式やおい本と化していたという、故・栗本薫(中島梓)氏はそんな事を言ってたんですか。
まあ、自分に置き換えて考えてみると、悲劇の主人公よりかは平凡な人間の人生が良いですね。
自ら冒険を望んだわけでなく、自ら望んでそうなったわけじゃない場合はなおさらですよね。
Posted by ドードー at 2014年06月21日 02:11
栗本薫氏のグインサーガの件は知りませんでした。ですが、拉致被害者の方に対するコメントはよく憶えています。このコメント、拉致から二十数年後に帰国すること(できること)を前提に書かれていますよね。実際には、蓮池さんをはじめとする拉致被害者の方々が帰国できたのは僥倖とも言うべきものだったはずです。拉致されたまま北朝鮮で生涯を終えたとしても、同じ事を言えたんでしょうか?
フィクションの嘘については、どこまでが許されるかという線引きは難しい気がします。最終的には作者のセンスの問題ということでしょうか。読者側にもそれなりのセンスが問われそうですが。
Posted by カルスト at 2014年06月21日 10:37
 山本さん こんにちは

駄文ながら意見を書かせていただきます

歴史的聖人には奇跡が多く
ブッダは生まれてすぐに7歩歩いて「天上天下唯我独尊」と言ったとか
イエスの奇跡だとか 聖人の奇跡とか
科学的にありえないことがまかり通ってますが、それをことさら悪質なデマと言ってる人は現代にはほとんどいません

ですが、イエスの生きていた時代、彼はデマを広げる悪人として殺されます
当時の為政者は、彼の奇跡が怖かったからです

現代日本では、福島で鼻血を出すことや、福島へ行って楽しめないで、疲れてしまうことや、福島の農産物を「美味しくない」と言うことはタブーであり、危険視されるようです
特に為政者はそれを強く否定し、あるいは黙殺します
 なぜなんでしょう?

原爆被災地に「原爆ぶらぶら病」と呼ばれる人たちがたくさんいました
もちろん、「ぶらぶら病」は科学的証明はなく、医学的に認められてない病気です
でも確かに、疲れやすく定職に就けない多くの人たちがいました
 彼らは、はたして救われたのでしょうか?

我々は「福島の人たちのため」と言いながら、自分たちの都合の良い「フクシマ」を押し付けてるのではないのでしょうか?
なぜ、我々は福島で起こってること、福島の人が言ってることを、すべてありのまま受け入れることができないのか?

新潟には福島から放射線被害を恐れて避難してる人がまだたくさんいます
彼らは福島に戻ろうか、戻らないかで悩んでいます
そんな彼らに「科学的根拠がない、あなた方は間違っている」
と言うのが、果たして正しいことなのか、どうなんでしょう?

こと、こんなことになって一番傷ついた人たちと、一番守られてる人たちは、誰なんでしょうか?

よく考えてみませんか?

駄文申し訳ありません
Posted by 越後人 at 2014年06月22日 04:01
> もうひとつ、いくら悪く書いても、三百人委員会やレジデント・オブ・サンは抗議してこないということ(笑)。
逆に(当時犯人が分からなかった)松本サリン事件をネタにした回は欠番になってますね。
「予言が当たってる事になるとマズい」と言うのは中々稀有な例だと思います。
Posted by Rick=T at 2014年06月22日 12:46
「怪獣と戦う自衛隊を悪く書かない」を
ご自身の矜持っぽく書いてますが
失礼ながら、単に話に絡まなかっただけでは
ないでしょうか?

自衛隊はともかく軍、警察の中に
(特にお偉いさん) 卑劣な者、不正を働くものがいたり
あるいは、市民の犠牲もいとわない作戦など
「守護者の中の悪」を入れて、しっかり作品として成り立ち
なおかつ特にだれも傷つけないものはたくさんあります

「福島で放射能で鼻血が出ている人も多い」
は、やっぱりリアリティがあるからだめなんでしょうか?

手塚治虫先生の「MW」なんてすごいですよね
「在日米軍の毒ガス漏れで離島の住人が全滅したが
日本政府のお偉いさんがもみ消した」www
Posted by 東郷ビール at 2014年06月22日 20:45
 直前のエントリとも関連しますが、フィクションを蔑む人間って「想像力が乏しい、あるいは欠如してる」んじゃないか……と思ってしまいます。
 
「美味しんぼ」は、今まではかろうじて「美食」「美食対決」という物語があり、それに付随する形で「日本は悪い、昨今の社会や政治は悪い」と主張する……という構造がありましたが。
 非科学的な根拠を以て、日本憎し・日本叩きしたら、反発を喰らう。そして「自分は正しい。だから自分への批判や反論は間違い」などと言っても、納得されないし、さらなる反発を喰らう……とは思わなかったのでしょうか。
 それこそ、想像力の欠如。というか、これって短絡的に「中韓憎し」と叩くネトウヨと同じだろ……と。

 エントリの主旨と少々離れてしまいますが。
 心無い表現をするのみならず、心無い言動をしてしまう人間、思いやりの無い人間って、どこか「想像力」に欠けている……と思う事しばしです。
 もっと言ってしまえば、いじめをする人間。
 追及され批判されると、必ず出てくるのが「そんなヒドイ事だとは思わなかった」という言い訳。他者に散々迷惑をかけていても、それに対してその人間がどんなに苦しんだのか。それを考える力が全く欠けている。
 だからより残酷に、より非人道的になれる。相手が自分と同じ、傷つく人間だとは欠片も思えない。

 実在の人間や団体を扱う時は、無礼の無いように注意する。
 自身の下手な扱いにて、対象となった「実在する人物や団体など」がどのような迷惑をこうむるのか。
 そのあたり、考えない事には、無神経かつ独善的なものにしかならず。
 この事を、自分自身も良く心得ておきたいと思います。
Posted by 塩田多弾砲 at 2014年06月23日 02:36
>越後人さん

 僕は「危険」と「不安」は分けて考えるべきだと思うんです。人はまったく安全なものにまで不安を抱いたり、逆に危険なものに対してまったく不安を抱かない。「危険」と「不安」はイコールじゃないし、正比例もしていない。
 たとえば、夜中の墓場を「幽霊が出るんじゃないか」と不安がるのは、科学的根拠はまったくありません。でも、人間心理としては否定できないですよね。
 それと同じで、放射能を不安に思う心理までは否定しちゃいけないと思うんです。
 そりゃあ、福島に行って疲れてしまう人だっているでしょう。墓場に行った後で体調が悪くなったのを「霊の祟りだ」と思う人がいるように、それを「放射能のせいだ」と思ってしまう人もいる。
 でも、「墓場に幽霊が出るのは事実だ!」と騒いだり、お墓の近所に住んでいる人に「こんなところに住んでいると幽霊に祟られるぞ! 引越ししろ!」と脅したりしたら、そりゃだめだろうと思います。
 あなたも、自分が抱いている感情が「危険」なのか「不安」なのかを見極めてください。そして、それを口にすることが誰かを傷つけるかも……と考えてみてください。

 僕は少なくとも、あなたの「福島の農産物を「美味しくない」と言うことはタブーであり」という発言は、福島差別であり、福島の人を傷つけるものだと考えます。現在、出荷されている福島の農産物は、他県のものと基本的に同じなのですから。墓場に幽霊がいないと同じで、福島の農産物だけが特別に不味いと感じるのは、明らかに錯覚です。
 福島の農産物を「美味しくない」と言うことは、タブーだからではなく、差別だからいけないのです。その違いを認識してください。
Posted by 山本弘山本弘 at 2014年06月23日 18:11
この問題は非常に難しく微妙な物であるので、今後の自己の言動について参考にするため、具体例を挙げた形で質問させて頂きたいと思います。

1:「ホロコーストは連合国の謀略だった」という結論のサスペンスドラマを、日本で放送する。
2:大戦時の日本軍の行動を詳細に資料で検証した上で、日本軍を悪役として描いた1970年代が舞台の架空戦記。
3:重大な原発事故の影響で発生した凶悪なミュータントと人類が、凄惨な死闘を繰り広げるSFアニメ。
4:一流スポーツ選手が、先天的な障害者の施設で、「どんな困難も、努力と根性と忍耐があれば必ず乗り越えられる」とスピーチする。

以上4つについて、どれが許されどれが許されないか、山本先生のお考えをお聞かせ頂ければ幸いです。
Posted by nns at 2014年06月23日 18:41
>東郷ビールさん

 えーと、すみません。あなた、僕の文章をちゃんと読まれたうえで書かれてますか? あまりにも誤読がひどいんですけど。
「他の物語だったら、ストーリーの都合上、自衛隊を悪役にする場合もあると思う」と僕ははっきり書きましたが、あなたの目に入りませんでしたか?
「福島で放射能で鼻血が出ている人も多い」と書いちゃいけないのは、リアルだからじゃなく、嘘であるうえに、福島の人を傷つけるからですよ。
Posted by 山本弘山本弘 at 2014年06月23日 18:52
実在の団体がモデルであっても、政党や企業等ならそれっぽい名前の架空の団体を出せばすみますが
自衛隊や警察などの官庁関係だと難しいですよね

自衛隊がモデルの専守防衛隊や、財務省がモデルの経理省を登場させてもしっくりこないしw
Posted by キャラメイクって名前でいつも迷う at 2014年06月23日 21:11
>塩田多弾砲さん
>フィクションを蔑む人間って「想像力が乏しい、あるいは欠如してる」んじゃないか……と思ってしまいます。
>追及され批判されると、必ず出てくるのが「そんなヒドイ事だとは思わなかった」という言い訳。他者に散々迷惑をかけていても、それに対してその人間がどんなに苦しんだのか。それを考える力が全く欠けている。

 私は、テンムー(天然無能)や哲学的ゾンビを思い出しました。自分の好きなことしか触れず、考えない人間もいるのかなぁ…と。
Posted by toorisugari at 2014年06月24日 00:08
>山本さん
>ドードーさん

 『グイン・サーガ』は迫力のある傑作と思っていただけに、癩伯爵のようなことがあったとはショックです。更に作家ご本人が、被害者の心労を無視した発言をしたことはもう…
 今となっては叶わぬことですが、栗本薫さんが作家としてその辺りをどうお考えになっていたか、同じ作家として山本さんがインタビューなされたり議論なされたら、もっとはっきりしていたと思います。
Posted by toorisugari at 2014年06月24日 00:14
あれれ、ちゃんと送れたかな?
Posted by 越後人 at 2014年06月24日 11:33
社会人になって愕然。本を読まない人がいる!!
どこかの受け売りなんですが、現状に満足している人には物語は必要ないんですね。
リアルで大恋愛してればハーレクインロマンスが不要なように、フィクションが不要な人もいる。いざ非フィクションが必要になった時に、判別ができないのか??

真実なんて表現者の数だけあるのに、「〇〇の真実」と銘打つのは、ギャグでなければ己の思想のプロパガンダでしかなく、傲慢さを感じます。あ、純粋に学術的な分野では、真実はどこかにあると思います。
当方は、書籍・まんがももりもり読むタイプなんですが、今回の一連の美味しんぼはNGです。
自分の判断するポイントのひとつに、描き手が作品に愛を持ってるか。乙嫁なんて溢れまくってますな。もちろん高評価です。いいのは認めた上で「馬の尻尾の描写が納得できない」という知合いがいました(笑)。

栗本さんもそうですが、ある程度有名になると(実は業界内の狭い範囲だが)、まわりが見えなくなるんでしょうか。孤高のゲージュツカだったらいいけど、みんな現実社会で生きてるのにねえ。
Posted by じろう at 2014年06月25日 11:41
> 福島の農産物を「美味しくない」と言うことは、タブーだからではなく、差別だからいけないのです。その違いを認識してください。

なんか誤解を招く表現のような。福島の農産物をことさらに「福島産だから美味しくない」と喧伝するのはいけない。ならわかりますが。福島産に限らず自分が不味いと思ったとしても感想に留めておくべきですよね(傷んでいる可能性があるならともかく)。美味しく食べてる人もいるんですから。
Posted by Rick=T at 2014年06月26日 11:02
 日本では(でも)、差別される側の視線がまだ足りないと思います。一見、「先進国」のフランスでも、同様のようで、あのバカな新聞に、「労働は自由をつくる」とドイツ語で書き入れてやれば、強烈な批判になる、とあの時思いました。

 そういえば、昔、やけど患者を差別的に描いたホラー映画がありました。USAのいくつかの州では、その故かどうか、上映禁止になったそうです。
Posted by 理力不足 at 2014年06月30日 19:15
嘗てのファンとして栗本先生を弁護しますとグインのあれは国枝史郎先生の「神州纐纈城」の纐纈城主がモデルではないかと。栗本先生はああいう伝奇物のファンみたいですし。時代が国枝先生の頃とは違うのを失念されていただけで。

拉致被害者の件は弁護しようがないです。まあ栗本先生の母校は左翼系ですから、北朝鮮を悪とするのはタブーなのかも知れません。
Posted by ジャラル at 2014年07月01日 12:51
 「黒伯爵」、モデルは『神州纐纈城』の纐纈城城主あたりかな? と、思い読み返してみたら、作中の『奔馬性癩患』の描写は確かに凄まじいが! 架空の病気であることは誰の目にも明らかなように描かれていて、グイン・サーガよりよほど配慮されているという印象でした。1925年の作品なのに…
 『神州纐纈城』、テクスチャーは時代劇なのに本質はアーサー王伝説を彷彿とさせる洋風ファンタジーなので、余計に比較してしまうんですよね。
Posted by 魔道化マミった at 2014年07月05日 16:16
>越後人さん
横レスで悪いんですが

>我々は「福島の人たちのため」と言いながら、自分たちの都合の良い「フクシマ」を押し付けてるのではないのでしょうか?
なぜ、我々は福島で起こってること、福島の人が言ってることを、すべてありのまま受け入れることができないのか?

これはむしろ、雁屋哲を始め、反原発運動家に対して言うべきセリフだと思います。

福島の人間の多くが「鼻血なんて出てない、病気になってない」と言ってるのに、「病気になってるに決まってる」「隠してるんだ」ってデマをぶつけている。
 ツイッターなどでは、現地の人間が安全だと言ってるのを、遠くに住んでる活動家が嘘吐き扱いして罵倒する光景を、たくさん見ることができます。
 自分たちに都合のいいフクシマを押し付けているのは、明らかに雁屋哲たちのほうです。
Posted by ますだじゅん at 2014年07月08日 11:06
原発事故で悪のミュータント云々ですが、ローダンのリライトバージョン、ローダンネオでは、悪というわけでもないですが、広島長崎の原爆の影響でミュータントが誕生したというのを、福島事故の影響という設定に変更されてますね。しかもその放射線で、数年でガンで死ぬ患者とかも出てくるし、なんだかなあという感じです。当時ドイツでも公共放送を筆頭にさんざん実態以上に煽られていた影響なのかもしれません。
Posted by marupe at 2014年07月12日 10:31
栗本薫の発言は不謹慎だと思いますし、普通の人生への敬意が欠けていることが透けて見えるのが失策だと思います。
が、一面の真実は含まれていて、誰もそういうことを
言わないのであれば誰かが言うべきだったと思うんですが。

拉致されたり、監禁されることは悲劇です。
でも、拉致された人生が悲劇だったかは究極的には
本人にしかわかりません。
哲学者や数学者は牢獄の中でも自由に居られる、、、
圧政を正当化する奴隷の道徳となってはいけませんし
一般的に自由と健康と富はそれらがない状態より善だと考えますが
北朝鮮に拉致され不条理と戦い続けた人生は
悲劇として一方的に憐れまれるものではないようにも思われます。

北朝鮮政府は邪悪ですし拉致は許されざる犯罪であることは
前提として認めますが。
Posted by Taka at 2014年10月09日 22:43
Takaさん
あなたに赤ん坊がいるとしましょう。
それで、
ある晩、あなたの夢に神様が出てきてこういったとしましょう。
「お前の息子は将来のある時点で”北朝鮮に拉致られる”ことになっている。
 だが、今回だけ、私はお前に選択の余地を与える。
 お前がこの拉致を回避させたいなら、私の力でそうしよう。
 もっとも、私が干渉するのはこれだけで、
 以後のお前の息子の人生は、運と、お前の息子の選択次第だが。
 さあ、どうする?」
高尚なあなたの答えはきっとこうでしょうね。
「私はどちらでもかまいません。
 神様、あなたの好きなようにしてください。
 拉致される人生が悲劇かどうかは究極的には本人にしかわかりませ んから」
Posted by kirin at 2014年11月16日 11:38
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