2013年11月13日

「インディアナポリス」問題:「差別語」はなぜ生まれたか

 そもそもなぜ「差別語規制」「禁句集」なんてものが生まれたのか。その歴史的経緯を知らない人が多いようなので、解説しておく。
 1970年代まで、マスコミには言葉の規制なんてなかった。
 僕がよく例に挙げるのは、『ウルトラマン』の第2話、これからバルタン星人との交渉に赴こうとするイデ隊員が言う。

「そりゃあ僕は宇宙語に関してはかなり気ちがいさ。でも、本当の宇宙人と喋った経験はないからね」

 この場合の「気ちがい」という言葉には侮蔑的ニュアンスはない。自分は宇宙語を熱心に勉強しているという肯定的なニュアンスで発せられている。
 僕が子供の頃、日本人はみんな「気ちがい」という言葉をごく普通に使っていた。差別的な意味なんかなかった。それどころか、イデ隊員のように、何かのジャンルのエキスパートが誇りをもって、自らを「気ちがい」と呼ぶこともあった。
 もちろん精神障害者を「気ちがい」と呼んで侮蔑する奴はいたが、それは侮蔑の感情をこめて使用していたからいけないのである。
 だいたい、よく見てほしい。「精神障害」とか「精神異常」という言葉に比べて、「気ちがい」って悪い言葉だろうか? 一方が「障害」「異常」と決めつけているのに対し、「ちがい」にすぎないと言っているのだ。
「障害」「異常」と「ちがい」――どっちがより穏やかな表現だろうか?

 あるいは「朝鮮人」という言葉を考えてみれば分かる。もちろん「朝鮮人」という言葉自体に差別的な意味なんかない。でも、差別主義者が侮蔑の感情をこめて「この朝鮮人め!」と言ったら差別になる。
「シナ」という言葉もそう。この言葉を使いたがる人間は必ず、「シナという言葉に差別的意味はない」と主張する。それは確かにそうなんだけど、問題は「中国」という言葉があるのにわざわざそれを使わず、「シナ、シナ」と連呼する奴は、たいてい中国嫌いだということ(笑)。つまり「シナ」が差別的なんじゃなく、それを差別的文脈で使うのが問題なんである。
 どんな言葉もそうなのだ。辞書に載っている定義だけではなく、その言葉が発せられた状況が重要なのである。

「バカ」という言葉も、恋人に対して優しく発すれば、愛の言葉になる。
「君は頭がいいねえ」という言葉も、皮肉っぽく発すれば侮蔑になる。

 単語単位ではなく、その前後を見て、どんなニュアンスで発せられたかを確認しないと、差別発言かどうかは判断できない――当たり前だけど。

 1960年代から70年代にかけて、テレビや出版物の中での差別発言に対して、人権団体が強硬に抗議するという例が何度もあった。
 ほんの一例を挙げるなら、1973年7月19日、フジテレビの『三時のあなた』にゲストとして出演した玉置宏氏が、「お子様がもし歌手になりたいといえば、どうしますか?」と質問され、こう答えた。

「大反対します。この世界には入れたくないですねえ」
「どうしてですか?」
「そりゃ、だってもっと、素晴らしい世界がありますよ。特殊部落ですよ。芸能界ってのは」

 この「特殊部落ですよ」という発言のせいで、玉置氏は部落解放同盟の糾弾を受けた。
 注意していただきたいのは、玉置氏が糾弾されたのは「特殊部落」という単語を使ったからではないということ。「素晴らしい世界」の反対語として「特殊部落」という比喩を用い、「入れたくない」と言ったからである。つまり単語の使用に対してではなく、それが差別的比喩として使用されたことに、解放同盟は抗議したのである。
 こうした例が相次いだことから、マスコミ各社は対策を余儀なくされた。
 しかし、ここで大きな間違いを犯した。

「差別発言をやめる」のではなく、「“差別語”を使わない」という選択をしたのだ。

 この場合の“差別語”とは、この時にマスコミ各社が作った禁止語リストに載っている言葉である。つまり「気ちがい」「部落」はもともと“差別語”ではなく、マスコミによってNGワードに指定されたことによって“差別語”になったのである。
 先にも述べたように、「“差別語”を使う」=「差別発言」ではない。「部落」とか「気ちがい」という言葉を使っていても差別ではない発言はいくらでもある。
 反対に、リストにある言葉をまったく使わなくても、その気になれば差別発言なんかいくらでもできる。

 有川浩『別冊 図書館戦争Ⅰ』(メディアワークス)に、木島ジンという作家が出てくる。こいつは過激なバイオレンス小説を書いていて、青少年にも影響を与えているのだが、メディア良化委員会はこいつを取り締まれない。なぜなら、メディア良化委員会の定めた「違反語」を一つも使っていないからである。

>このひまわり学級が!
>自営巡回ゴミ漁りはそれらしくゴミ箱で今日のメシでも食ってろ!
>識字率は九十九%以上の日本で貴重な残り〇・数%に出会うとは思ってもみなかった。

 木島ジンはこうした反社会的・差別的な小説を、メディア良化委員会への挑戦として書き続けている。すごく嫌な奴だと思うんだけど、言ってること自体は正論なんで、余計に苛立つ。
 しかし、「このひまわり学級が!」には恐れ入った。確かに「ひまわり学級」はNGワードに指定できないもんなあ。

 木島ジンの場合は自覚的にやってるわけだけど、それを無自覚にやってる奴も多い。
 ちょっと前、ネットで、差別発言を連発しているくせに「差別発言なんかしていない」とうそぶいている奴を見たことがある。「まるですぐウッキーってなるどっかの国の人みたいだ」という表現をやたら連発するんだけど、具体的に国名を書いていないから差別じゃないと言い張るのだ。
 ああ、よくいるよなあ。「キ××イ」とか伏字にさえすれば差別発言ではないと思いこんでる奴とか(笑)。


 ふざけんな。


 これはマスコミの「“差別語”狩り」が生み出した弊害のひとつと言えよう。NGワードさえ使わなければ、あるいは伏字にしたり「トーシツ」とかいう隠語を使えば差別にならないと思いこんでいる奴がいかに多いか。
「“差別語”を使う」=「差別発言」ではないということを、もう一度みんな、頭に叩きこんでほしい。それが差別発言かどうかは、単語単位じゃなく、文脈によって判断しなくてはならないということを。

「禁止語」「言い換え集」が生み出したもうひとつの重大な弊害は、それがすでに問題となった言葉だけじゃなく、まだ問題になってない言葉、どこからも抗議が来ていない言葉まで先回りして禁止してしまったということだ。
 もう一度言う。「盲船」や「片腕」にいちいち抗議する人なんてどこにいるの?
 いないよね?
 しかし、「禁止語」に加えられたことで、事情を知らない若い編集者の間に、「○○という言葉を使ったら100%抗議が来る」という迷信が生まれてしまっているのである。
 そう、これはまさに現代の迷信。「○○に触れたら祟りがある」と思いこんでいるのだ。
 そういう考え方こそ差別なんだけどね。



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この記事へのコメント
「シナ、シナ」と連呼する奴はたいてい中国嫌いであるということ(笑)

そうだったのですか!高島俊男にも困ったものですねえ・・。と言いつつ僕も東シナ海という言葉を使っていましたから、同罪ですが・・。中国のことが好きなのに・・不明を恥じます。

それにしても僕は今小さい家に住み、子供には将来もっと大きい家に住んでもらいたいなあと思っているのですが、自分が今住んでいるところを「ウサギ小屋」という比喩を用いて「いつまでもここに住ませたくない」ということも抗議の対象になるんですか・・。子供には素晴らしい豪邸に住んでほしいと思っているだけですが・・。

勉強になりました!
Posted by 勉強不足でした at 2013年11月14日 02:47
>そりゃあ僕は宇宙語に関してはかなり気ちがいさ

このセリフ、テレ東の「ウルトラマン列伝」では「宇宙語に関しては確かですからね」に変えられてました。あまりにも違和感がなかったので「もしかして山本先生の記憶違いでは?」と思いDVDで確認したらちゃんと「気ちがい」って言ってました。どうやって差し替えたのでしょうか?
Posted by 餃子少年 at 2013年11月14日 06:25
最近は「朝鮮」も避けるべき語句のようですが。
「朝鮮人参」が「高麗人参」に言い換えられています。
ナインティナインの「ゴチになります」で初めて朝鮮料理屋に行ったとき、温厚な料理人が岡村が「朝鮮人参」と言う度に「高麗人参!」と、何度も言っておりました。
Posted by てんてけ at 2013年11月14日 12:51
〉「障害」「異常」と「ちがい」――どっちがより穏やかな表現だろうか?


個人的には、先生の論旨に全面的に同意なのですが、残念な事にそうではない人間も少なくないのが現実ではないでしょうか。

塩野七生さんの著書(『海の都の物語』だったような…うろ覚え)の中で「理性的な人間が犯してしまう最大の誤りは、相手も理性的であるだろうと期待する事である」といった警句が引用されていたのが忘れられません。


私事になりますが、しばらく疎遠になっていた幼馴染みと久しぶりに飲みに行った際、相手があまりにDQN臭い発言を垂れまくるのに我慢が出来ず、「俺とお前は別々の人間だから、何事も無条件に同意や同調をする訳ではない」とかなりオブラートに包んで意見したところてきめんに逆上し、速やかに絶交されました。

客観的に一人一人の「ちがい」を確認、容認するという行為を完全に拒否したような彼の態度に、寂しいとか悲しいというよりもただひたすら虚しさが身に染みました。


…という訳で僕は三次元には友達が少ない!
あと、『盲目にして白痴の神』がNGだとしても、『な〜んにも見えてないおバカさん♪邪神タンマジ天使!?』みたいに置き換えればたちまち萌えまっしぐらのSAN値直送だってばよ!
Posted by 活字スキー at 2013年11月15日 21:00
さっきウルトラマン列伝を録画したディスクを確認したら「そりゃあ僕は宇宙語に関してはかなりさ。」と言ってました『きちがい』のところだけ上手くカットしたんですな・・・
Posted by 餃子少年 at 2013年11月17日 01:39
 話す言葉と文字による表現を混同して考え、区分できていない人が多いのかもしれません。
Posted by toorisugari at 2013年11月20日 02:47
 部落解放同盟の反論、全く持ってその通りです。しかし、解放同盟の反論を参考にしたかの様なやり口を在特会がしています。京都朝鮮学校襲撃事件について桜井誠氏曰く、『在特会主催(主体?)じゃないんですよ』。米田隆司氏曰く、『「ネットに出回ってる在日特権リストはデマ」在特会が公式サイトに載せたことは無い、私も言った事は無い』。在特会の関与は濃厚としか見えないのに、確たる証拠はと言うと…。まるで悪意あるデマの被害者の様に振舞う在特会には嫌悪感を覚えます。

 安田浩一先生がどこかで「彼らを甘く見ていた…」と述懐されていましたが、私も改めてその恐ろしさを目の当たりにしている気がします。1226万円の支払い判決を聞いた時には「これで決まった!在特会は終わりだ」と喜んだのですが、ぬか喜びに過ぎなかった様です。安田浩一先生が仰った重慶爆撃での大虐殺、山本弘先生の仰った南京での大虐殺、辛淑玉先生や李信恵先生の仰った強制連行や従軍慰安婦(なんと11歳の少女まで!)。多くの知識人が日本人の行ってきた蛮行を語ります、しかし在特会の人々の心には届かない。それどころか怒りの炎を燃やし、歴史修正活動を続けています。

 山本弘先生、市民社会フォーラム第123回学習会において安田浩一先生とお話をされるのですね?。是非その場でレイシズムに走る者達に届く言葉を発して下さい。日本の非道な過去を指摘された時、悔し涙と共に暗く浅ましい報復を決意する者達に届く言葉を発して下さい。無敵くんには敵わないと諦めないで下さい。手前勝手な希望ばかりで申し訳ないと思います。しかし非難、嘲笑、暴力をも含めた合法も非合法も問わない圧力に在特会は未だ耐えています。非合法な暴力など容認できません。そこで文筆のプロならではの言葉の力を見せてください、学習会を楽しみにしています。
Posted by 弓タロー at 2013年11月20日 21:00
>勉強不足でした さん

 僕の文章の主旨をまったく理解されていないようですね。「シナ」という言葉自体は差別語ではないということや、「単語単位ではなく、その前後を見て、どんなニュアンスで発せられたかを確認しないと、差別発言かどうかは判断できない」という箇所を読み飛ばされましたか?

>餃子少年 さん

『ウルトラマン』の再放送でのカットは、かなり前からですね。最近はカットに気づかれないように編集技術が向上してるんでしょうか?
Posted by 山本弘山本弘 at 2013年12月03日 18:52
朝鮮やシナは極東アジアみたいなニュアンスかな
具体的には韓国があるので朝鮮は使いにくく
支那と呼ぶのは倭国と呼ばれるようなもので居心地が悪い

これは差別というより政治ですね
台湾国や琉球王国と呼べば積極的な意図を読み解こうとするみたいな

ヨーロッパでも地中海の人たちと呼べばニュアンス変わるでしょう

情勢不安を間接的に言い表すことで国家として認めない侮蔑的なニュアンスになるのでしょう
典型的には領土問題がある場合は土地の名称を使いにくいですよね
Posted by 匿名 at 2014年11月12日 15:19
>「部落」とか「気ちがい」という言葉を使っていても
>差別ではない発言はいくらでもある

これは確かにおっしゃる通りです。しかし、その「差別ではない発言」にまで人権団体が過剰反応してきた歴史があることも事実です。

具体的に言うと、1974年、森敦『月山』の紹介記事に対する糾弾事件というものがありました。これは共同通信による記事が福岡の『夕刊フクニチ』に掲載されたもので、「密造酒をつくり飲み交わす雪に閉ざされた部落の人々の生活は外界の俗世間とは隔絶した別世界である」という記述が問題になったものです。

この「部落」は被差別部落の意味ではありませんでしたが、部落解放同盟八幡地協が差別表現としてこれを問題視し、『フクニチ』の編集局長を呼び出して「掲載したフクニチの姿勢が問題だ」「社長を呼べ」「部落は被差別部落と同一語だ」「おまえは被差別者か。そうでなければ差別者だ」などと吊るし上げ、掲載紙の回収を迫る事態に発展しました(『差別用語』汐文社、1975年、pp.60-61)。

ですから、NGワードに指定されるにはそれなりの背景があったことにも留意すべきでしょう。マスコミが人権団体への差別意識から勝手に用語規制を始めたわけではありません。まず最初に人権団体による過剰な抗議があり、それに対する防衛反応として過剰な用語規制が始まったのです。
Posted by SSS at 2015年04月10日 23:43
差別用語というものについて考えるなら
まず第一にその差別用語と呼ばれている言葉によって耐えがたい不快な思いをする人達のことを考えなければいけません。
表現の自由だのなんだのというのはそんなの二の次です。
なぜかというと、もともと表現の自由というのはどんな場所でどんなことを言ってもいい自由というのとは違うものだからです。
汚い言葉ですが、人に向かって必要性もないのにゴミ屑だの蛆虫だのと言ってはいけません。
差別用語を使ってはいけないというのはこれと同じことです。
たとえばキチガイという言葉で考えてみましょう。
この場合はキチガイという言葉は精神障がい者にとってはゴミ屑、蛆虫と同じ意味の言葉となります。
キチガイという言葉をほめ言葉として使っているなどどいう人間はことごとくこのことが分かっていません。
たとえば誰かに蛆虫、ゴミ屑と言われた後にこれいい意味でいってるんだよ、などと言われてそれで納得する人間がどこにいますか?
言葉というのは人それぞれその言葉に対して感じることが異なるものなのです。
いい意味でいっていようが何だろうがそんなことは関係ありません。
それを認めるなら上で書いた、蛆虫と言った後にこれはいい意味でいっているんだ、などという言い草もそれで通用することになります。
あれこれ書きましたが、差別用語に対する一番の対策、それは棲み分けを徹底することです。
本にせよ、テレビ番組にせよ、差別用語らしきものを使っているものは注意書きなりレーティングなりをすればいいのです。
それが一番現実的だと思います。
それからどういう言葉を差別用語とするのかについてですが、これは難しい問題でケースバイケースとしか言いようがありません。
とりあえず私は、何かの言葉を差別用語として認定するには、まずその言葉が差別用語として使われた実例を挙げるべきだと思います。
その実例の数や歴史からその言葉が差別用語かどうかを判断するのがいいと思います。
ちなみに上で上げたキチガイという言葉ですが、これはまず間違いなく差別用語です。
なぜなら、現在進行形で完全に精神障がい者に対する差別用語として使っている事例が多くあるからです(主にネット上で)。
Posted by 高山 at 2015年08月18日 05:44
>高山さん

 多忙のためにお返事が遅くなって申し訳ありません。
 反論しようとしたんですが、結局のところ、上の本文で書いたことの繰り返しにしかなりません。
 悪いのは「気ちがい」という言葉自体ではなく、それを悪意を持って使用することです。
 あなたのお歳は存じませんが、僕が若い頃には「気ちがい」という言葉は今ほど苛酷なニュアンスはなかったんです。おそらく当時の精神障害者の方々も、普通に(悪意なしに)「気ちがい」と言われても、「ゴミ屑、蛆虫と同じ意味」とは感じなかったはずです。
 マスコミが禁止語に指定し、使ってはいけないという風潮が生まれたことで、逆に「気ちがい」には危険なニュアンスが生まれ、刺激の強い言葉になっていったんです。
 ある言葉を使用禁止にしても、どうせ差別者は別の隠語を思いついて使ってきます。イタチごっこです。そして禁止された言葉は新たに強烈な「差別語」に生まれ変わります。だから言葉を使用禁止にするのは、逆に被差別者を傷つける言葉を新たに増やすだけで、無意味な行為です。
 追放すべきは言葉ではなく、悪意を持って言葉を用いる者たちのはずです。
Posted by 山本弘山本弘 at 2015年09月14日 18:02
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