2013年11月13日

「インディアナポリス」問題:『神は沈黙せず』の場合

 今回のような悶着が起きるのは、これが最初ではない。というか、小説家なんてやってると、しょっちゅうぶち当たる問題なんである。
 これまで体験したいちばん笑える例は、2006年10月、角川書店から『神は沈黙せず』の文庫版を出した時のことである。当時のmixi日記からそのまま引用する。

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 角川より連絡。『神は沈黙せず』の文庫版のゲラにまたチェックが入ったので見てほしいという。
 はて、ゲラはもう返したはずだが……と思ったら、何でも『TVブロス』が抗議を受けたという事件があって、角川も差別問題に今まで以上に過敏になっているという。
 ちなみに『TVブロス』の差別問題というのは、あるライターがカンヌ映画祭についての記事の中で「エタヒニン」という言葉を使ったというものらしい。そんなことを書くライターもライターだが、通してしまった編集者もバカである。要するに差別問題に関する知識も関心も自覚もまるでなかったわけで、問題になるのは当たり前ではないか。
 それでこっちまでとばっちりを食うんだから、たまったもんじゃない。

 返ってきたゲラの量が、けっこう多い。例によってびっしりチェックが入っている。
 だが、チェック箇所を見て大笑いである。さあ、みなさんもいっしょに笑っていただきたい。

>ネットに流れた情報だけを盲信した人々が
>精神病院に入院させられているとか
>地球が狂いはじめているのではないだろうか
>まったく根拠のない盲信にとらわれていて
>狂信的な熱情にかられて行動した
>たちまち悪臭漂うスラムと化した
>自分の中にも狂気がひそんでいる可能性
>強いボスに盲従する猿たち
>いみじくもドーキンスが言ったように、「盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)」なのだ。
>兄は狂っているのだろうか。
>超能力者の言葉を盲信する
>宗教的盲信から信じたのでもない
>論理ではなく盲信で動いてるんじゃないか
>狂信的な集団
>よく発狂しなかったものだと
>悲しみのあまり狂乱したことも
>怒り狂った群集によって
>頭のおかしい人間が行なった未熟な犯行にすぎず
>狂信的な宗教独裁国家
>ポルターガイストの荒れ狂う施設
>兄の精神に問題があるかのように言うなんて!
>熱狂的な加古沢ファン
>熱狂的に受け入れられた
>その熱狂の蔭に隠れて
>精神錯乱が多発した
>結束と狂信性を強めた
>ファンの狂騒に踊らされることは決してなかった
>熱狂的な快哉
>狂気と正気の境界線をどこに置くか
>混沌となった感情が荒れ狂った
>狂気に蝕まれている自分に言い聞かせた

 ぜいぜい、書き写すだけでも大変だ。これでもチェック箇所の半分ぐらいなんである。
 つまり「狂」「盲」という字すべてにチェックが入ってるんである。たまらん。
 だいたい『ブラインド・ウォッチメイカー』を他にどう訳せと? つーか、「ブラインド」はOKで「盲目」はダメという根拠は何だ?
 いちばん笑ったのは、

>私はぽかんと口を開けた。盲点だった。

「盲点」にもチェックが!?(笑)そりゃ盲点だったわ。いやもうこれは床にひっくり返って笑ったよ。

>馬丁の娘
>老婆の横顔

 という部分にもチェックが入った。「馬丁」も差別語とは知らんかったよ。つーか、これをどう言い換えろというのだ?
 なぜ「老婆」が差別語認定されているのか、編集さんも首をひねっていた。おそらく、かつて「婆あ」という侮蔑的表現が問題になったことがあって、そこから拡大解釈して「婆」という漢字すべてを自粛することになったのではないかと想像するが、今となっては真相は分からない。

>電波系
>サイコキラー

 という単語にもチェックが入った。「サイコ」という言葉がまずいらしいのだ。冗談じゃねえよ! ヒッチコックの映画はどうなるんだよ!? つーか、「サイコキラー」なんて言葉、日常的に使ってるだろ。

>かなり節操のない日本的キリスト教徒だったようだ

 という部分にもチェック。「『日本のキリスト教徒は節操がない』と誤読されるおそれがあるのでは?」というのである。いねーよ、そんなひねくれた誤読する奴。お前だけだよ。

>日本各地の福祉施設に収容された何千人もの子供たち

 という部分にもチェックが入った。「収容」という言葉がいかんので「預けられた」に改めろという。なぜ? 分からん。

 さらに笑えたのが、アメリカ国内でイスラム原理主義者やキリスト教右翼によるテロが起きるというくだり。校正者の意見によれば、

「フィクションですが、偏見を助長するおそれがあるのでは?」

 アホかああああーっ!
 実在の集団による犯罪行為をフィクションの中で描いてはいかんというのなら、スパイ小説もポリティカル・フィクションも書けんようになるわーい!
 出版業界で生きる人間が、自分の首絞めてバラバラにして埋葬するようなことを言い出すんじゃねえええーっ!

> あるいは、ネットでベストセラーになったコミック『サンバーン』の作者、三崎純へのインタビューという話もあった。参考のために読んでみた私は、すぐに編集者に電話をかけ、「この仕事は別の人に回して」と依頼した。身障者の少女をレイプし、いじめ抜いた末に殺害する主人公の姿と、それをギャグを交えてあっけらかんと描く作者の姿勢は、私には反吐が出そうなほど不快だった。紙の本が出版物の主流で、出版業界のモラルが守られていた時代には、とうてい陽の目を見なかった作品だ。こんなものを描く人物がいることにも、それを夢中になって読む大衆がいることにも、やりきれなさを覚えた。

 という部分にもチェックが入った。だからさ、主人公は差別意識に対する激しい怒りを表明してるんだよ? あんたちゃんと文章の意味、理解してる?
 25章のこんなくだりにもチェックが、

> テキサス州アマリロの市庁舎では、玄関ホールの天井から長さ五メートルもある巨大な足がぬっと突き出した。職員や市民を驚かせただけで、すぐに消えてしまったものの、監視カメラには人間の一〇倍ぐらいのサイズがある白い素足がはっきり映っていた。明らかに黒人の足ではないことから、白人優越主義者はまたもや「神は白人であるという証明だ」と主張した。
> ところがその四日後の夕刻、今度はニューメキシコ州フォート・サムナー郊外の住宅街に、巨大な裸の黒人が出現した。それは一〇人以上の目撃者たちの前で、身長一・二メートルから六メートルまで大きさを自由に変えたという。今度は黒人たちが「神はやっぱり黒人だった」と主張する番だった。

 どこがまずいと思います?
 なんと、「黒人」という単語すべてにチェックが入ってるのである! ええー、「黒人」もNG用語!? んなアホな!

『神は沈黙せず』をお読みになった方ならお分かりのように、この小説には僕自身の、身障者差別・人種差別・民族差別に対する強い嫌悪が随所に反映されている。
 差別問題を扱うのだから当然、差別的発言をする登場人物も出てくるわけだが、それにすべてチェックが入った。「朝鮮の手先」「あつらは犯罪者ばっかりだ」とかである。
 だからさ、この小説は差別を糾弾してる内容なのに、何でびくびくして自粛しなきゃならんわけ? おかしいじゃん!

 最初は笑ってたが、だんだん腹が立ってきた。
 この校正者の野郎、自分では何も考えてない。機械的に「狂」「盲」という字を検索しているだけである。ある表現が差別に当たるかどうか自分で判断することを放棄して、著者に全責任を押しつけている。それはつまり、「私は差別問題なんか分かりませーん」「責任とりたくありませーん」と宣言しているようなもんではないか。
 そういう意識こそ差別なんだと、どうして気づかん!?

 でもって、これまで小説の中で差別問題を何度も描いてきた僕が、何で今さら糾弾を恐れなくちゃなんないんですかい!?
 こわくないよ、そんなの。万が一、同和団体に糾弾されたって、これまで自分が書いてきたものをずらっと並べて、「あなたの方こそ不勉強です。これを読んでください。僕はこういう作家です」と、逆に教育してやるよ。

 ちなみに、サーラ外伝「死者の村の少女」は、「名もなき狂気の神」の暗黒司祭に支配された村が登場する。こいつはもろに気ちがいである。だもんで「狂気」「発狂」「狂う」という表現がストレートに頻出する。
 先日、ゲラが返ってきたが、案の定、表現にはほとんどノーチェックである。そりゃそうだ。僕は差別表現にならないよう考えて書いてるもの。
 それを角川の編集さんに愚痴ったら、

「いや、ファンタジア文庫とは影響力が違いますから……」

 えー、でも部数だけ見たら、『サーラ』の方が『神は沈黙せず』より売れてるんですけど(笑)。

【追記】

 後で編集さんから電話。校正者のチェックの入ったゲラを1枚送るのを忘れてたんで、いちおう確認してくれという。
 どういう箇所かというと、

>カメラは群集にもみくちゃにされながら、感激して涙ぐむ中年女性、興奮して喋りまくっている黒人男性、大声で歌っている若い娘、狂ったように踊り回る少年、きょとんとしている幼児、複雑な表情で群集を整理している警官を映し出していた。

 はーい、みなさん、もうお分かりですね。「黒人男性」と「狂ったように踊り回る」にチェックが入ってたの(笑)。
 編集さんも笑って「これはもうスルーでいいですよね」と言う。スルーだスルー、みんなスルー!

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 ちなみにこの時の体験は、短編「七パーセントのテンムー」(『シュレディンガーのチョコパフェ』に収録)に反映させている。今後も、僕を怒らせたら、即座に小説のネタにするからね(笑)。

 誤解されないように、二点注意しておく。
 角川書店の本でこんなにも厳しいチェックが入ったのは、後にも先にもこの時だけ。文中にもある『TVブロス』事件の影響で、角川書店全体が「また抗議が来るのでは」と過敏になってたらしい。いや、いくらなんでも「黒人」とか「サイコキラー」と書いたぐらいで抗議なんか来ませんってば。
 また、この時は担当編集者(『去年はいい年になるだろう』にもご登場いただいた主藤雅章氏)が大変に理解のある方で、校正者のばかげた指摘を「こんなのはみんな突っぱねましょう」と言ってくださったので、まったく直さずに済んだ。

 ただ、角川で差別表現が議論になったことがないわけではない。
『神は沈黙せず』の最初の単行本の時、ヒロインの台詞で一箇所、差別表現じゃないかと主藤氏に指摘され、議論した挙句、結局、僕の方が確かに差別表現だと認めて書き直したことがある。
『アイの物語』の時は、アンドロイドが「狂う」という表現が差別的ではないかという指摘が校正者からあり、主藤氏と二人で悩みまくって、結局、「機械であるアンドロイドの場合、時計が“狂う”のと同じであり、差別表現ではない」という結論に達し、校正者を納得させた。
 こんな風に、作家と編集者がいっしょになって「差別表現かどうか」を考えるのが正しい姿勢だと思う。

 ただ、すべての編集者が主藤氏のように理解があるわけじゃなく、中には作家の意志を無視して書き換えを要求してくる人もいるということは知っておいてもらいたい。



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この記事へのコメント
狂気にとりつかれた悪役キャラが大好きな(故に、名も無き狂気の神の信者とかは大好きでした)私としては死活問題ですよ。これは!
私が今も買ってる本がある富士見書房は角川書店と合併しましたが、角川書店の理不尽な校正係の方針で、私の生き甲斐を奪うこんな理不尽な事はやめてほしいですよ。本当に!
角川書店を信じたいです。
Posted by ドードー at 2013年11月14日 03:47
幾つか、現在の状況とは、もう合っていないと感じましたので、書き込ませていただきたいと思います。

差別用語の禁止は、出版社の建前としては、誰かに対する「配慮」なのでしょう。
あるいは、かつては「配慮」だったのでしょう。
でも、今現在においての実際は、もう、そこではないのだろうと思います。
出版社と言えど営利企業であり

・本を出すのはお金を儲けるためである
・本を出すための全てのお金は出版社が出している

こういう状況であるので、簡単に取り除ける些細なリスクはできるかぎり排除する。
そういう経営的判断なのでしょう。
とくに今は出版不況で、マニアな小説でも一応の売り上げを確保できたような時代ではありません。
大手ではない出版社で、元々が差別的なラブクラフトを取り扱うような出版社であれば、なおさら腰が引けるはです。
それが良いか悪いかは、金を出す方・もらう方、と言った立場によると思いますが、山本さんが出版社の株を口を出せる程度に所有していたり、ご自身が設立した出版社で出版-流通の費用をまかなっているのであれば、ころっと反転させられる程度のものだと思います。

ただ……差別的な用語を、差別的な意味合いで使った方が、売れるというのも、おそらくは事実で、たとえば本家ラブクラフトが、差別的な、過去の時代を描いたものであることを利用して、ある特定の場所と時期に設定した日本を舞台とし、ある特定の人々に対する差別用語を連発させたものを作家に書かせて、それを集めてアンソロジー集として販売することもできるんですよね。
そして、そういうものの方が、現状ではネットで話題にし易く、売れる。
この場合、ただ当時の日本の状況を忠実に写し取ったのだと言えば、差別用語をキャラクターに言わせていても、作品に差別意識をこめたものではないと言い切れる。
でも、それを「差別用語連発w」とか言って楽しんでいる連中の中にはあきらかな差別意識があるんです。この場合には、人を差別することのできる自分という優越感がエンターテインメントになっているわけですから。
そして、それが、かつては2ちゃん、今ならツイッターによって拡散され、共通の「盛り上がる話題」として定着する。ツイッターはリアルタイムでリツィートできるので、今の方がひどいですね。
盛り上がってる人たちは、あるいはカジュアルに、あるいは社会正義感から、あるいはコミュニケーションとして、それを行っているので、本人に悪意の自覚はない。社会が悪いと思っている。
これが今の日本の、とりわけネットに親しんできたオタクたちの現状で、例の某デモやカジュアルなデモに参加者が大勢集まってしまった原因でしょう。
そんなのは特殊な例だと、かつては笑い飛ばせたのかもしれません。
これが、今のオタクや、ネットの中のオタクに近いたち、の主流なんです。
これは僕の主観ですけれど、これは若い人が「ゆとり」だったのではなく、三十、四十、五十ぐらいまでの、もう人生がどうにも変えられなくなっちゃった人たちが、そこに大勢入ってる感じです。出てくる話題やセンスがおっさんくさい上に、ツイッターでハッキリと愚痴ったりするので。(ラノベやアニメがそこを狙っているのは確かでしょうけれど)

現状、ほとんどの人たちが「文脈の中の単語の意味」なんて、理解できていません。
2ちゃんにおけるアニメのレスを読んでいると、単に読解力がない場合も多々あるように見受けられますが、他にも化学的に反応してしまうだけの人(「不愉快です」が「マイナスの言葉だから」不快だ、と同じ事ばかり書きこむ人はなんなんでしょう……)、そもそも理解する気がない人たちもゴロゴロしています。

割と最近のことですが、楽しい国語の勉強の時間と称して、「チョン」「シナ」etcの語源は差別用語ではないと書いた記事が、ヤフーに掲載され、マトモな人たちにツイッターで槍玉にあげられ、あっという間に消されました。ツイッターが珍しくいい方へと機能した事件でした。
こう書くと、「言葉狩り」に対しての抗議に、うるさい人たちが文句つけて消させたようにも思いますよね?
でも、実際は違うんです。
「言葉狩り」に対しての抗議を装った、差別用語の陳列だったんですよ。ところが、その文脈には差別意識は表出していない。
「言葉狩り」への批判は、現在、こういう利用の仕方をされるようになっているんです。
もちろん、メディアが「言葉狩り」をしたことで、つけいるスキを与えた、と言う見方もできるでしょう。
でも、こういう人はきっと、「言葉狩り」がなければないで、他のもっと露骨な方法で記事を書くと思います。

なにも解決方法を示していませんが、かような状況がツイッター後の日本のネット世界であり、ネットの中だけでなく現実に飛び出してしまっているのが昨今であり、出版社が差別用語や差別的な意識に、肯定にせよ否定にせよ、敏感になる理由だと思われます。

正直なことを言うと、「オタク・イズ・ビューティフルは間違ってたんじゃないかな……」などと思ったり、「みんな、ネットのやり過ぎで鬱病か鬱病になりかかっているんじゃないかな……」とか思ったりもしますけど……。
鬱病者に対する差別発言ではなく、現実問題として。
Posted by とおりすがり at 2013年11月14日 19:33
うわぁ、まるでギャグのようにしか思えませんが、これが現在の出版業界の一面なんですね。
そういえば以前、確か筒井康隆氏だったと思うのですが、昨今の自主規制のために「つんぼ桟敷」という言葉が使えないと嘆いておられました。私も、言葉自体に差別的意味はないのに、差別用語が含まれていると言うだけで使用禁止にするのはいかがなものかと思います。
そういえば、件の編集者さんのものらしきブログを拝見しましたが、社長と業界内のNGワード集に責任転嫁している感じでしたね。「誰か一人でも不快に感じるのであれば、そのような表現は慎むべき」というのは、非常に恐ろしい考え方だと思いました。件の編集さんはまじめな方のようにお見受けしますが、こうした考えがいかに怖いものなのか分かってないんでしょうか?
Posted by カルスト at 2013年11月14日 22:29
>当時のmixi日記からそのまま引用

 今mixiは経営難だと聞き及んでいますが、山本さんのコミュニティーは大丈夫ですか?
 それはともかく、ここの引用、『毬江がテレビに出なかったわけ』の記事(http://hirorin.otaden.jp/e17559.html)にもお書きになられていましたよね。(『TVブロス』の差別問題から「逆に教育してやるよ」の部分まで)言葉は暴力になりえますが、それを「取り締まる」のもまた暴力なんですよね…

>作家と編集者がいっしょになって「差別表現かどうか」を考えるのが正しい姿勢だと思う。

 同感です。本は会話ではなく一方的に読んでもらうものである以上、出版までの推敲には最大限力を注ぐべきだと思います。
 ところで、このような問題に直面したとき、山本さんは美月さんとはどのような会話をなさっているのですか。以前ツイッター成りすましのデマを見破られたというエピソードを記事になさっていましたが…家族で問題について話し合い、は基本ですよね。
Posted by toorisugari at 2013年11月23日 02:13
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