2012年06月13日

レイ・ブラッドベリ逝く

 僕がブラッドベリ作品でいちばん好きなのは「対象」 Referent(1948) という短編。

 少年の前に宇宙から降りてきたのは、形も名前も持たない純粋な“対象”だった。だが、人間にレッテルを貼られることによって姿を固定されてしまう。少年がそれをボールだと思えばボールに、母親だと思えば母親に。そのため、“対象”は地上に縛られ、宇宙に帰ることができなくなってしまう。

「わたしに名前なんぞつけないでくれ、レッテルなんぞ貼らないでくれ!」
 と“対象”は叫ぶ。
「わたしは対象なんだ!」

>(前略)「ほんとうなんだよ、子供さん! 何世紀も何世紀も重ねられてきた思考が、君の原子をこねあげて、現在のきみの姿を形造ったのだ。だからもしきみがその信念を、きみの友だちや先生や親御さんの信念を、すっかりひっくりかえし、ぶちこわすことができたら、きみだって姿を変えることができるんだ。つまり、きみも純粋な対象になることができるんだ! 自主独立、正義、自由、人間性、あるいは時間、空間、そしてまた幸福の追究者といった、なににでもなれるのだよ!」
(川村哲郎・訳)

 初めて読んだ時、「レッテルなんぞ貼らないでくれ!」という“対象”の悲痛な叫びが僕の心を揺さぶった。
 ブラッドベリの寓意は明瞭だ。この世界には、人間を鋳型にはめようとする力がある。物語の中で少年がやったように、誰かに自分の思いついたレッテルを貼る。「あいつは××だ」とか「○○ってのはみんな△△なんだ」とか。そうやって自由を奪い、可能性を奪い、地上に縛りつける。
 レッテルを剥がしてみれば、その下には豊かな可能性があることが分かるのに。


 しかし、これでもう、40~50年代の欧米SFを支えた巨匠は、みんな行ってしまったことになるなあ……。


タグ :SF

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この記事へのコメント
>しかし、これでもう、40~50年代の欧米SFを支えた巨匠は、みんな行ってしまったことになるなあ……。

世代はいつか必ず移りゆくものとはいえ、寂しいですね。
Posted by 村川順泰 at 2012年06月13日 14:32
お晩でした。


ワタシは、『火星年代記』意外はほとんど読んでいませんが、ブラッドベリ氏の作品は、ワタシにとって食い付き難いモノでした。


訃報を期に読み直しましたが、「読み辛い(┳◇┳)」


Fよりも、スペオペが似合った莫迦ヲヤヂで御座いました。
Posted by 孤星 at 2012年06月13日 21:47
高校時代「何かが道をやってくる」は愛読書の一つでした。
残念です。

もう一人のレイはお元気でいてもらいたいものです。
Posted by 幻の激昂 at 2012年06月14日 08:23
 自分が同氏の作品集で好きなのは「恐竜物語」ですかね。
 当時、「原子怪獣あらわる」の原作となった「霧笛」が収録されてるからと読んでみたら、孤独に生き続ける恐竜の物悲しさが描かれてて、印象に残っています。
 ずうっと一人ぼっちだったところに、仲間と同じ鳴き声が。期待とともにかけつけると、それは偽物だった。その時に感じ取った絶望は、いかほどのものか。

 リドサウルスのような、現代によみがえり破壊と大暴れを行う恐竜ではなく、古代から現代まで孤独に生き続けた恐竜……ってとこが、胸に響きました。
「いかずちの音」や「ティラノサウルス・レックス」も良かったですね。特に前者は、タイムトラベルするのは、パラドックスを起こさないように物凄く気を使う物だと、初見時に思ったものです。
 そういえばこの二編、「レイ・ブラッドベリ劇場」で映像化されてましたっけ。後者は最後のオチに大笑いしたもんです。


>レッテルを剥がしてみれば、その下には豊かな可能性があることが分かるのに。

 恐竜に対しても、この言葉通り様々な「可能性」を見出し、それを作品として昇華していますね。恐竜を、単に獰猛で恐ろしげな古代生物……というレッテルを張っていたら、ここまで様々な物語は作り出せはしません。
 改めて、レイ・ブラッドベリの偉大さを実感するとともに、惜しい方が亡くなられたと思うばかりです。

 
 
Posted by 塩田多弾砲 at 2012年06月14日 11:38
 一般紙でも流石に『華氏451度』『火星年代記』といった代表作を挙げて報じてましたね。
 ブラッドベリ作品は一通り読んでいたつもりでしたが、『対象』は未読です。自身が「SF作家」というレッテルに抵抗していたブラッドベリらしいというか・・・
 火浦功の短編『ゲンジツおじさん』が同一テーマに逆方向から照射した作品として思い出されました。レッテル貼りに執着する男の狂気が一周回って現実を改変し始める展開と同人誌的な脱力オチが火浦節(^^;
Posted by 魔道化マミった at 2012年06月17日 08:55
レッテルを貼ろうという意志は、今の世の中でも健在ですね。私も含めて。
正しい評価は必要ですが、それだけに固執してはならない…素晴らしいメッセージですね。私も読んでみたいと思います。
Posted by 取手呉兵衛 at 2012年06月17日 13:35
本当に寂しい。「恐竜物語」を追悼再読しました。
Referentという作品は記憶になかったのですが、これ、ギャンゴ?とついつい考えてしまうのは怪獣好きのサガなのでしょう。
Posted by Nekono at 2012年06月19日 15:12
良くも悪くも、人間はラベリング効果の影響を大きく受けてしまうものですよね。
もっとも、私などは「SFファンである」というレッテルを自らに貼り、SFの啓蒙のためにと、ことさら周囲に喧伝しているのですが…。

ともあれ、ブラッドベリがもうこの世にいないのだと思うと、胸に大きな穴が開いたような寂しさを覚えてしまいます。
Posted by ポコイダー at 2012年06月19日 22:17
人間を鋳型にはめようとする力がある

最近になって、先生の書いたサーラの冒険の存在を知り、拝読させて頂きましたが、二巻でこの言葉が作中に使われてましたね。
いや、だから何なんだと言われればそうなんですが・・・でも何となく今回のブログ記事を読んで、先生は「対象」からそういう「鋳型にはめる力」というイメージを得たのかなぁって思いました。
Posted by リブロース at 2012年07月27日 04:39
 レイ・ブラッドベリ氏に続き、ハリーハウゼン氏も…
 本当、世代はいつか必ず移りゆくものとはいえ、寂しいですね。ご冥福をお祈りします。
Posted by toorisugari at 2013年05月08日 23:56
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