2011年12月26日

『万里の長城は月から見えるの?』

 今年が終わる前に、ここ一か月のほどの間に読んだ面白い本をまとめてご紹介したいと思います。

武田雅哉『万里の長城は月から見えるの?』(講談社)

「万里の長城は月から見える唯一の人工物である」
 もちろん間違いである。万里の長城は全長は長くても、幅は10メートルほどしかない。それを38万キロ離れた月から見るのは、幅1ミリの糸を38キロ離れたところから見るのと同じだ。見えるわけがない。
 本書は、明らかに誤ったこのトリビア(ガセビア)が、いつ頃からあり、どのように拡散したかを検証した本。デマや都市伝説の虚構を暴いた本はよくあるが、ただひとつのガセビアにこだわって掘り下げたという点でユニークである。
 このガセビアにはいくつものバリエーションがある。月面に立った宇宙飛行士の証言(言ったのはアームストロングだとかオルドリンだとかサーナンだと言われている)だとするものもあるが、実際は18世紀の文献にすでに見られるという。月だけではなく火星からでも見えるとする説もある。
 月ではなく「宇宙から」とするバージョンもある。しかし、高度400キロの軌道上から見下ろしたとしても、40メートル向こうの幅1ミリの糸を見るようなもので、まず視認は不可能である。ただ、太陽が低い角度にあって、長城が大地に長い影を落としている状態なら、その影が見えるのではないかという主張もある。(もっとも、実際に見た飛行士はまだいないらしい)
 特に広まったのは中国である。アメリカの宇宙飛行士が宇宙から万里の長城を見たとする逸話が、国語の教科書に載ったこともある。中国人にとって、万里の長城が宇宙からでも見えるというのは、大きな誇りだったのだ。
 だもんで、2003年、神舟5号で宇宙を飛んだ楊利偉飛行士が、テレビ番組で「長城は見えませんでした」と発言すると、大センセーションが起きた。教科書の記述を削除すべきかどうかで議論が巻き起こったという。本書にはその騒動も詳しく紹介されている。

 しかし、中国人だけを笑うわけにはいかない。日本の書籍やテレビ番組でも、「万里の長城は宇宙から見える」という話が紹介された例がいくつもある。もちろん欧米でもだ。有名なリプレーの『信じようと信じまいと!』にも出てくる。
 笑ったのは、19世紀なかば頃のヨーロッパには、「万里の長城など存在しない」という説があったということ。そんな巨大建造物など作り話だというのだ。今のように気軽に中国観光に行ける時代ではなかったから、実在を疑う者がいたらしい。G・N・ライト卿という人物がわざわざ、この「万里の長城はなかったろう論」を批判する文章を書いているほど。いつの時代、どこの国にも、副島氏のような人物がいたということか。

 著者はあとがきで、この本を「シロートの手慰みの仕事」と謙遜しているが、そんなことはない。巻末の参考資料一覧を見れば、著者が実に膨大な資料を調べまくったのが分かる。この熱意には頭が下がる。
 だって、『スター・トレック ヴォイジャー』からの引用まであるんだよ!(117話「蘇るジェインウェイ家の秘密」で、ジェインウェイ艦長とニーリックスの会話の中に、「(万里の長城は)21世紀までは、地球の軌道上から肉眼で見える、唯一の、人の手による構造物でした」というくだりがあるのだ)
 また、火星について触れたくだりで、ウェルズの『宇宙戦争』、バローズの『火星のプリンセス』あたりは当然としても、ハミルトンの「ベムがいっぱい」にまで言及されているのには、ちょっと感動した。しかも参考資料リストを見ると、この人、今では入手困難なハヤカワSFシリーズ版の『フェッセンデンの宇宙』で読んでるのだ。SFファンなんだろうか。
 著者の名前は記憶になかったんだけど、著者略歴を見て思い出した。あの『翔べ!大清帝国』(リブロポート)の人か! あれも面白かったなあ。



同じカテゴリー(最近読んだ本)の記事画像
ビブリオバトル・チャンプ本『ゲームウォーズ』
同じカテゴリー(最近読んだ本)の記事
 星新一『きまぐれ星からの伝言』 (2016-09-14 18:05)
 『六花の勇者』で考えたこと (2015-10-12 15:45)
 ビブリオバトル・チャンプ本『ゲームウォーズ』 (2015-01-09 19:40)
 『ガンダムビルドファイターズ マニアックス』 (2014-11-07 14:35)
 原田実『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書) (2014-10-06 10:54)
 『これが基本だ!リージョン・オブ・スーパーヒーローズ』 (2014-10-06 09:50)

この記事へのコメント
万里の長城を境にして植生が違うので、軌道上からでも長城の場所は判る、という話を聞いたことがあります。
Posted by 垂直応力 at 2011年12月26日 22:27
はいはい、ジェインウェイ艦長のご先祖(演じるのはやっぱりケイト・マルグルー)が、バイオスフィアな六本木ヒルズ建設の技術者になる話ですね。今度観直してみよっと♪

 オレが万里の長城の話を読んだのは、学研の「まんがひみつ」シリーズみたいな名前の、地理だか遺跡の巻だったよーな…。国際宇宙ステーションからの日本の映像も、この前NHKで観ましたが、冷静に考えたら、そら見えんわなぁ(-.-;)
Posted by ギルス at 2011年12月28日 19:07
長年の疑問が解決しました。有難うございます。
高速道路や新幹線はどうなんだろうってずっと思ってましたので。八チ(マルハナバチ?)が超音速でって話もありましたね。世にソエジーの種はつきまじ。
Posted by 理力不足 at 2011年12月28日 22:34
「万里の長城は~」、自分が最初にそれを知ったのは、確か学研ひみつシリーズの「古代遺跡のひみつ」の記述からでした。で、そっからずっと信じてた次第。お恥ずかしい。

 まあ、実際にあれだけの巨大な建造物ですから、「宇宙からでも見えるだろう」と思い込んじゃうのも無理からぬ事でしょうけど。
 
 しっかし、「長城なんかあるわけがない」って方々。なんか今も昔も、トンデモない事言う人間ってのは居るもんだなあと、妙なとこで感心(呆れともいう)。
Posted by 塩田多弾砲 at 2011年12月30日 18:43
山本先生、お久しぶりです。そして「明けましておめでとう御座います!!」(笑)

…先生、いっその事「実際に、月から長城がハッキリと見える」(肉眼だろうが望遠鏡や双眼鏡を使おうが、そんなのは本質的な問題ではありません)という設定で SF 作品を書いてみては如何ですか?勿論、如何にも本当らしそうな理屈、大嘘だけど、実際にありそうな理論をコネまわして…実際に先生が書けば、面白くなると思いますが…

あ、あともう一つアイデアが在る事を今、思い出しました!!まぁ、これは所謂「歴史改変モノ、オルタネイティヴ・ヒストリーもの」ですが「もし進化論の言い出しっぺが西洋人ではなく、日本人等のアジア人だったら、西洋人は21世紀になった今でも進化論を全く認めてないかもしれない」という私の(勝手な)推測がベースです。そう、そういう前提で、ある西洋人の少女を主人公にして、その少女の目を通して見た21世紀のアメリカ合衆国の社会やヨーロッパ社会、そしてアメリカ人やヨーロッパ人の日本観、日本人観というものを描き出すというものです(言葉を替えて言えば「進化論の方が『トンデモ』だと見なされている社会、そしてその構成員の日本観、日本人観を、一人の西洋人の少女の目を通して描き出す」という事です。勿論、此方も「進化論は1887年〔明治20年〕に、日本人のナントカの太郎佐衛門という人が、世界に先駈けて提唱した」とかのニセの歴史をでっち上げてね…)。

…如何ですか?まぁ、私が書くよりは先生が書いた方が格段に面白くなると思いますので、一応アイデアを提供致しました…
Posted by DRAKO(ドラーコ) at 2012年01月25日 21:17
どうも今晩は。この前の追加です。あの明和電機の社長、土佐信道(1967~)氏は「“人類のコミュニケーションツールが「紙粘土」だけになった世界”を描いたSFを読みたい。ぜったい面白いと思う」と Twitter で tweet してました。一応、御参考まで(まぁ勿論、氏には無断で此方に転載した訳ですが…)。
Posted by DRAKO(ドラーコ) at 2012年01月31日 21:16
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。