2011年07月29日

小松左京氏死去

 第一報を聞いたのは昨日の昼、編集者からの電話だった。慌ててネットで調べて事実だと知った。
 以前からお体が悪いらしいということは耳にしていたので、「ああ、やっぱり」という印象だ。
 人間が不老不死ではない以上、しかたのないこととはいえ、時代を担った偉大な人が次々に亡くなっていくのは悲しい。

 前に小松氏の短篇集『すぺるむ・さぴえんすの冒険』(福音館書店・2009年)のために書いた解説(以前にも一部をこのブログに載せたことがあるが)があるので、それを引用して弔辞に代えたい。
 この文章を書くために小松氏の作品リストを調べていて、短篇の本数を数えるのがやたらに大変だったのを記憶している。その作品のほとんどがデビューから20年以内に書かれていることと、自分も処女長編から20年経っていることに気づいて、あまりの差に愕然となったことも。
 なお、収録作品を選出したのは僕ではない。いや、いいセレクトだとは思うけど。
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解説 偉大なSFの巨人
                山本弘


 小松左京さんは間違いなく日本で最高のSF作家です。
 一九三一年生まれ。雑誌記者やラジオの漫才台本の作者などの職業を経て、一九六二年、『SFマガジン』一〇月号に掲載された「易仙逃里記」でプロ作家としてデビューされました。代表的な長編には、『日本アパッチ族』『エスパイ』『復活の日』『明日泥棒』『果しなき流れの果に』『見知らぬ明日』『継ぐのは誰か』『こちらニッポン…』『さよならジュピター』『首都消失』『虚無回廊』などがあります。一九七三年の『日本沈没』は大ベストセラーになり、二度も映画化されました。短篇はデビューから二〇年間に約二五〇本も発表されており、同じぐらいの数のショートショートもあります。
 その作品傾向もバラエティに富んでいます。現代日本を襲う異常事態を描いた『日本沈没』『首都消失』のような社会派SFや、『果しなき流れの果に』『さよならジュピター』『虚無回廊』のような壮大なスケールの本格SFがあるかと思えば、爆笑のドタバタ・コメディやパロディや社会風刺、ぞっとするホラーやサスペンス、軽いオチのついたショートショート、しんみりした人情話、子供向けのSF童話、大人向けのエロチックな小説……小松さんが書いていないジャンルを探す方が難しいぐらいです。しかも苦手なジャンルというものがないのか、どんな話もとても上手いのです。小説だけでなく、エッセイやノンフィクションもたくさん書かれています。
 僕の場合、小学校高学年の時に、父が買ってきた小説誌に載っていた、「子供たちの旅」や「模型の時代」といった短篇SFを読んだのが最初です。特に「模型の時代」は、人々がプラモデル作りに熱中している未来世界を描いたコメディで、子供心に「こんな面白いものを書く人がいるんだ」と感心したものです。それ以来、多くの作品を読んできて(それでも膨大な全作品の三分の一ぐらいでしかないのですが)、いろいろな影響を受けました。
 今では僕もSF作家です。しかし、最初の長編の出版から二〇年以上になるのに、作品の数でも質でも、この巨人の足元にも及びません。この先も当分、小松さんを上回るSF作家は現われないのではないかと思います。
 その小松さんの短篇の中から、ここに紹介するのはたった六作品です。本当はこの何倍もの数の傑作がひしめいているのですが、一冊の本に載せられる分量には限りがあるので、しかたありません。いわば“小松左京入門編”として、その才能の一端を味わっていただきたいと思います。
 各作品について解説していきましょう。

●「夜が明けたら」
 初出は『週刊小説』一九七四年一月四日号。
 小松さんにはホラー・タッチのSFが多いのですが、中でも特に秀逸なのがこれ。ある夜、平凡な家庭で起きた奇妙な停電を発端に、何が起きたのかがしだいに分かってくるにつれ、じわじわと恐怖が広がっていきます。
 幽霊も怪物も殺人鬼も出てこないし、血の一滴も流れませんが、そんなものなくても、十分すぎるほど恐ろしい話です。なぜこんなことになったのかという説明がまったくないのが、かえって不安をかきたてます。特に、静かだけれど息詰まるラストシーンは、一生忘れられないことでしょう。

●「お召し」
 初出は『SFマガジン』一九六四年一月号。
 SFには「突然、世界中からほとんどの人間が消えてしまう」という話がよくあります。僕も「審判の日」という話を書いていますし、小松さんにも長編『こちらニッポン…』や短篇「霧が晴れた時」があります。
 この「お召し」では、異星人か何かのしわざで、一二歳以上の人間がすべて消えてしまった世界での、子供たちによるサバイバルが描かれます。「夜が明けたら」と同じく、わけも分からずに異常な状況に投げこまれてしまうという、不条理と絶望感に満ちています。最後に語り手の少年が遺すメッセージが、せつない余韻を漂わせます。

●「すぺるむ・さぴえんすの冒険」
 初出は『野性時代』一九七七年二月号。
 こちらは本格SF。遠い未来、人類の運命を背負った一人の男の決断が描かれます。
「夜が明けたら」「お召し」などもそうですが、小松さんの作品には、神のような力を持つ高度な存在が人類に干渉してきたり、原因不明の大規模な異変が世界を襲うという話がよくあります。短篇だと「蟻の園」「人類裁判」「新趣向」「物体O」など。時間と空間を股にかける壮大な物語『果しなき流れの果に』などもそうですが、“宇宙規模の巨大な力vsちっぽけな人間”というテーマが、小松さんはお好きなようです。
 旧約聖書の「ノアの箱舟」の話では、堕落した人類を滅ぼすために神が世界に大洪水を起こし、神からのメッセージを受けたノアとその一家だけは、箱舟を作って洪水から逃れます。この「すぺるむ・さぴえんすの冒険」でも、主人公はノアと同じような状況に置かれるのですが、「私はノアほど素直じゃないし、ノア自身でもない」と言い放ちます。絶望の底にあってもなお、自分の責任と“地球ローカルのモラル”を貫こうとする主人公の行動が胸を打ちます。

●「牛の首」
 初出は『サンケイスポーツ』一九六五年二月八日号。
 元は作家仲間に伝わっていた話を、小松さんが小説にアレンジしたもの。今では多くの人に知られるようになった都市伝説ですが、世間に広まったのはこの作品がきっかけです。近年では、同じパターンの「地獄の牛鬼」「鮫島事件」という話も、ネット上で語られています。
 当然、本当にそんな話があるんだと信じてしまう人もいます。ネット上では、「ついに『牛の首』のルーツを見つけた!」とか「これこそ本物の『牛の首』だ!」というふれこみで、誰かの創作した物語を実話であるかのように語っている人が何人もいるのですが……うーん、正直言ってあまりこわくない(笑)。だいたい、気軽に他人に語れるようなものなら、すでに「牛の首」じゃないだろう、と思うんですが。

●「お糸」
 初出は『SFマガジン』一九七五年二月号。
 最初は「ああ、江戸時代を舞台にした時代小説なのか」と思って読みはじめると……あれれ? 何だかおかしなことになってきます。そう、ここはあなたが教科書で知っている江戸時代ではないのです。下手すればギャグになりかねない話なのに、リアルな描写を積み重ねることで、美しく味わいのある話に仕上がっています。
 それにしても、この世界の魅力的なことときたらどうでしょう。ヒロインのお糸のセリフではありませんが、なぜこんな世界であってはいけないのか、本当の歴史の方が間違っているんじゃないか、という気がしてくるではありませんか。
 別の歴史を描く話としては、他にも「地には平和を」という傑作があります。こちらは昭和二〇年に太平洋戦争が終わらず、本土決戦に突入した日本を描いた話です。

●「結晶星団」
 初出は『SFマガジン』一九七二年九月臨時増刊号。
 遠い未来、地球から一〇〇億光年も離れた遠い宇宙の一角を舞台に、一四個の恒星が結晶状に並んだ奇妙な星団の謎を探る力作です。表面的には本格SFですが、ストーリーはむしろホラー。古代文明の遺跡に残されたメッセージ、不吉な予言、よみがえる邪悪な存在といった、ホラーでおなじみのモチーフがちりばめられており、のちに日本でもメジャーになるクトゥルー神話を連想させます(まったくの偶然でしょうが、この作品が掲載された『SFマガジン』はクトゥルー神話特集でした)。
 しかし、単にホラーの舞台を宇宙に移し変えた話ではありません。ムム族やズス第六惑星人などのユニークな異星人たちや、ワープ装置や無機脳のような超未来のテクノロジーが登場し、驚きに満ちた物語が展開します。まさにSF本来の魅力にあふれた作品と言えるでしょう。

 どの作品についても言えるのは、三〇年以上前に書かれたというのに、ちっとも古くなっていないことです。傑作は時代を超えて面白いのです。
 くり返しますが、ここに収録された作品以外にも、小松さんには優れた短篇がたくさんあるのです。こわい話が好きな方には、「影が重なる時」「召集令状」「くだんのはは」「骨」あたりをおすすめしておきます。「すぺるむ・さぴえんすの冒険」が気に入った方なら、「神への長い道」「人類裁判」「袋小路」なども気に入ると思います。笑える話が読みたい方なら、「新趣向」「模型の時代」「タイム・ジャック」などがおすすめです。
 小松さんのSFを一作も読まずに一生を終えるのは、人生かなり損しています。


タグ :SF

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この記事へのコメント
 今はほとんどSFを読まなくなってしまった一読者ですが、小松左京氏が亡くなったと聞いて、SFを浴びるほど読んでいた時代を思い出しました。

 そんな私が一番好きな小松左京氏の長編は『日本アパッチ族』です。あと一番衝撃を受けたのは『果てしなき流れの果てに』でした。

 ご冥福をお祈りします。
Posted by 昔SFファン at 2011年07月29日 22:50
初めて買った氏の本は「こちらニッポン」でした。
“種明かし”はともかく、誰もいない街を歩き回るというシチュエーションが好きでした。
(山本先生の「審判の日」も読みましたよ)
おぞましい「ウィンク」や様々な短編も楽しませていただきました。

御冥福をお祈りします。ありがとうございました。

蛇足:友人相手にあの設定を使って人力アドベンチャーゲーム(TRPGなんて知らない頃)をやったのが初GM体験だったかも(尻切れだったけど)。
Posted by Rick=TKN at 2011年07月30日 00:03
SFは、小松、筒井、星。


他に北、遠藤、安岡、吉行、開高と華やかだった。


あいにく、小松氏の著作は読んでないと思う。(雑誌のエッセイや対談くらいか)

是非、読むのに参考にします。
Posted by しんたろー at 2011年07月30日 01:44
誰かにこれをみせてやろうではなく、自発的に「これがみたい」と表明した初めての映画が『日本沈没』でした。
後に始まった、TV版の方は面白かったですけど、幼少の自分がみてもなんか理屈に合ってない描写がおおかったような・・・。
旺盛な知識欲と博識は、子供の頃の私には「こうなりたい大人」の筆頭にあげられる人でした。
最近はあまりご活躍されてなくて、鬱気味だと聞いていましたので心配していましたが、非常に残念です。
ご冥福をお祈りします。

不謹慎ですが、生前盟友星新一氏と互いの思考法があまりに違うから、どちらかが先に先に無くなったら、解剖に立ち会って脳をみせて貰う約束があったそうですが、星氏のときに約束は果たせたのでしょうか?
あの世で星氏に弁明ていたりして・・・。
Posted by Sasico at 2011年07月30日 10:33
アマゾンの「日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1) 」のカスタマーレビューに星1つを付けている人たちのレビューが秀逸です。故小松先生は読まれたのかな?
Posted by 戦うキャラメル at 2011年07月30日 21:03
僕が学生時代の日本のSFは、オマージュとは名ばかりの海外の作品の全面的な模倣ばかりだったからなあ・・・・。

無論小松氏も例に漏れず・・。

ただ小松氏の文明論やエッセイは好きでした^^

他のSF作家にありがちな傲岸不遜な
態度など微塵もなく、ペダンティックな詭弁もない。
教えられることも多い博覧強記の作家でしたね。

ご冥福をお祈りします。
Posted by 青橋 由高 at 2011年07月31日 10:13
私も「すぺるむ・さぴえんす」大好きです。ご傷心お察しします。
ですが(失礼ながら)、14日の夏コミ、お待ちしています!
Posted by toorisugari at 2011年08月03日 22:44
私が小松氏の著書を知ったのは、中学生の頃に「果てしなき流れの果に」というタイトルに惹かれて本屋で購入したのがきっかけでした。
最初に読んだのが氏の最高傑作(と個人的には思っています)だったことが、読者的に幸運だったのか不幸だったのかわかりませんが、読了の印象の鮮烈さと余韻が後々までなかなか消えなかったことは今でもよく覚えています。

先月末にネットのニュースで氏が亡くなられたことを知り、お年から考えても驚くことではないのかもしれないと思いつつも、やはりどうにも残念だという感が拭えません。
Posted by hoge at 2011年08月04日 17:57
小松左京さんが亡くなって悲しかったです。
何冊か読んだり、ユーチューブの動画を観たり、調べたりしてかなりのファンになってましたから。
私がSFファンになったのは山本さんなんです、そして小松さんのお名前を知りました。
ご冥福をお祈りします。

去年はいい年になるだろうのレビューを消しました。参考にならないようですから。(笑)
Posted by 小口和宏 at 2011年08月09日 20:27
人は不老不死では無くいつかは来るとは解っていましたが、せめて最期に復興しつつある日本を見せたかったと思いました。
新聞の訃報では小松左京氏は日本は復興すると信じていたそうなので、それを読んで希望を貰いました。

個人的な思い出話を失礼します。
私が小松左京氏の作品と出会ったのは中学3年生の時でした。ファンの方には自明ですが、氏が終戦を迎えた学年です。
そのせいか私が氏の作品をセレクトしたら中学3年生が主人公の話ばかりになるでしょう。

あの時は共感しつつも時代背景が全然違うと思っていましたし、今でも違うと思っています。

しかし3月11日以降という世相と小松左京氏の訃報により「戦後の終わり」をずっしりと実感しました。
訃報に合掌しつつ、戦後という時代の一端を担った小松左京氏のように、新しい時代の到来に立ち向かう決意を新たにしました。

ご冥福をお祈り致します。
Posted by 沖峰ゆいき at 2011年09月02日 14:32
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