2010年11月01日

追悼・首藤剛志氏

 初めて「首藤剛志」という名前を意識したのは、『宇宙戦士バルディオス』の「地球氷河期作戦」というエピソードだった。
「webアニメスタイル」の連載で、この回のシナリオがアップされているので、未見の方は参考にしていただきたい。

http://www.style.fm/as/05_column/shudo30_2.shtml

 科学的には問題おおありのエピソードなんだけど(そもそも地球より小さいガニメデの影で地球全土が覆われることはありえない)、地球を攻撃するために木星の衛星を持ってくる発想に、まず度肝を抜かれた。さらに、下手するとウヨク臭くなる「巨大な敵を倒すために特攻」という話(『さらば宇宙戦艦ヤマト』はこの2年前)が、脚本しだいでここまで化けるということに、僕は驚いた。「こんな話を書ける人がいるのか」と。
 初見の時、「今夜はあなたと一緒にいたい」と言ったデビットが、なぜドアの鍵が開いていることだけを確認して去っていくのか、一瞬、分からなかった。だが、彼の立場になって考えてみれば、それが正しい選択なのだと納得できた(詳しくは書かない。あなたも考えてみてほしい)。彼にとっては、愛する女性が鍵を開けてくれているという事実だけで十分だったのだ。
 いい話である。

 その後、首藤氏が新番組『戦国魔神ゴーショーグン』のメインライターを務めると知り、僕の期待は高まった。
 その期待は裏切られなかった。『ゴーショーグン』はそれまでのロボットアニメの概念をぶち破る、ものすごくしゃれていて面白い番組だった。特に「さらば青春の日々」と最終話「果てしなき旅立ち」には感動した。

http://www.style.fm/as/05_column/shudo41_02.shtml
http://www.style.fm/as/05_column/shudo43_02.shtml

 余談だが、この最終話、僕の住んでいた京都では放映が三ヶ月ぐらい遅れて、悶々となったもんである。待っただけの甲斐はあったけど。

 その後番組『魔法のプリンセス ミンキーモモ』については、多くの人が語っているので、もはや僕が何も言わなくてもよかろう。
 他にも、『ビデオ戦士レザリオン』の「休日戦争」というエピソードは抱腹絶倒の面白さだったし、『さすがの猿飛』の最終話の「愛する人のために死ぬんじゃなく、愛する人のために生きるべきだよ!」という台詞には(「地球氷河期作戦」を思い出して)ひっくり返ったもんである。
 80年代のアニメオタクにとって、首藤剛志という脚本家はとてつもなく偉大な人だった。僕らより下の世代にとっては、『機動戦艦ナデシコ』のホシノ・ルリ三部作の人なのだろうけど。

 そして『アイドル天使ようこそようこ』である。今から20年前、僕はこの番組にハマった。当時、ビデオを全巻買って、同人誌を2冊出した。
 アニメのモデルになった場所を探索するため、仕事で上京するたびに渋谷を何時間も歩き回った。今で言う「聖地巡礼」というやつである。もっとも、今のようにインターネットなどない時代だから、画面を撮影した写真を手に現地を歩き回って、根性で探すしかなかった。〈ムルギー〉でカレーを食べたし、名曲喫茶〈ライオン〉を発見できたのは嬉しかった。おかげで他のどの同人誌よりも詳しいマップが作れたと自負している。
 直後にスタートした『妖魔夜行』シリーズで、舞台を渋谷にしたのも、『ようこ』の影響である。ちなみに妖怪たちの拠点になっている道玄坂のバー〈うさぎの穴〉は、『ようこ』に出てきたバー〈アリス〉がヒント。他にも、「井神かなた」はひっくり返すと「たなか」になり、さらにタヌキだから「た」を抜いてアナグラムすると「かないみか」になるとか、「山杜サキ」→「守崎摩耶」、「山下秀樹」→「八環秀志」、「吉秋久美子」→「九鬼美亜子」……などという名前の由来も、今ならバラしても支障ないだろう。また、『サーラの冒険』の番外編「時の果てまでこの歌を」でモチーフに使った「Singing Queen」という歌は、『ようこ』の挿入歌である。
 特に印象的だった首藤脚本は、第8話「すてきなハンズロフト」。冒頭のようことサキの会話は、あまりの素晴らしさに、何十回聞き直したか分からない。「首藤節」とでも言うべきリズミカルな台詞の妙!
 その首藤節は、のちの『ポケットモンスター』の初期エピソードでも味わえる。特に第1話のサトシやオーキド博士の台詞は、『ミンキーモモ』や『ようこそようこ』にハマった人間なら、そのリズムや言葉遊びに既視感を覚えるはず。

 首藤剛志という人がいなければ、『妖魔夜行』はまったく違う形になっていたことは間違いない。その意味でも、僕にとっては忘れがたい人である。
 その才能とアニメ界に残した業績の大きさに、あらためて敬意を表したい。


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この記事へのコメント
次々と80年代を彩った人達が逝ってしまいますね。
遠ざかる青春が哀しいです。
Posted by 兵器爺 at 2010年11月01日 21:04
首藤氏といえば私はポケモンに関わった人という印象しか無かったのですが、
まさかそのような形で妖魔夜行に影響を与えておられたとは……。首藤氏のご冥福をお祈りします。

実は私も山本先生の作品の影響を受けて、素人ながら、とある商業作品に影響を与えています。
かつて「ソードワールドアドベンチャー」という読者投稿を元にしたシリーズがありましたよね。
あのシリーズを古本屋で見つけて「私も物語作りに関わりたい。投稿したい」と思いましたが
企画は残念ながらすでに終わっていて、グループSNEは読者投稿企画をしてはいませんでした。
そんな気持ちを何年も持ち続けていたら、FEARの方でアドベンチャーと同じ条件の「アリアンロッドRPG」の企画が始まったのです。
私はハガキ職人となり、投稿したアイデアはかなり採用され、リプレイにも影響を与える事ができました。
実は山本先生の小説のキャラを元に作成したキャラを投稿してサプリメント等にNPCとして採用された事もあります。
(もちろん丸パクリではなく要素を抜き出し追加し再構成して元のキャラとは似ても似つかないキャラになってます)
山本先生がソードワールドアドベンチャーの企画をやってくださらなかったら、私は「アリアンロッドRPG」のハガキ職人にはなっていませんでしたよ。
本当に感謝しております。しかし、他者にこのように影響を与えられるクリエイターという仕事は素晴らしいものだとつくづく思います。
Posted by ドードー at 2010年11月01日 22:17
初コメ失礼します
妖魔夜行・・・ガープスのですが、先日GMをしました
かなり好きなシステムです

しかし妖魔夜行にこんな元ネタがあったとは、今度差さがしてみます
Posted by kkr at 2010年11月02日 05:58
山本先生の作品、テンポや定石の「はずし」方が大好きで、いつも気持ちよいなーと思いながら拝読させていただいておりました。こういう好みのルーツに共通点があったのですね。
私も『バルディオス』でひっかかる回のシナリオ担当者として初めて首藤剛志さまの名前を知った口です。で、『ゴーショーグン』『モモ』と只者ではない!と。
『妖魔夜行』のネーミングのアナグラムの秘密に気がつかなかったのは、一生の不覚だった(笑)
それからうん十年…「鏡の国のゴーショーグン」がもう読めなくなってしまったと思うと、とても残念でなりません。
ぜひどこかで、首藤作品へのオマージュをお願いします!!!
Posted by 島田知保 at 2010年11月02日 10:57
まさに今その『妖魔夜行』の「戦慄のミレニアム」を震えながら(おもしろくてwもっと評価されるべき)読んでいるところですが、そ う だ っ た の か(@∀@)
渋谷の描写にふしぎな執念を感じたのはそのせいだったのですね。それにしてもたぬき娘(cv:かないみか)というのは脳内アフレコに最適のキャスティングです。
 首藤氏は惜しくもなくなられましたが、このようにしてアニメ遺伝子はメディアを超え時を越えて継承されていくのだな、と感慨深いものがあります。

 ところでMM9(@スニーカー)第1話を読みました。これはまた心に突き刺さる話で(@∀@)・・・A.ビアスの橋の話のおたく版だと思うのですが、ある意味、それよりも新鮮な悲痛さでした。
それにしても、これからこんな短編が毎回読めるというのは楽しみなことです。
Posted by 九郎政宗 at 2010年11月03日 02:52
バルディオスの驚愕且つ衝撃的な展開→結末に始まり、 ゴーショーグンのブンドル局長の「美しい…」やドクーガグループ(実は悪の秘密結社ではなく、軍需コングロマリットの為、三幹部は「将軍」ではなく、「支店長」や「局長」)から損金の請求が来た時の「勿論、潔く一括払いだ!」と言う個性的な台詞や登場人物達、空モモの犠牲が教えてくれた現実に逃避せず向かい合う事の大切さ、海モモの夢を捨てず求める事の大切さ、皆忘れられない作品群でした。後年、ゴーショーグンのグッドサンダーが「九度山の真田」で、ドクーガが「毒牙」ではなく「徳川家」で最終話が関ヶ原合戦をモチーフにしたのも非常に計算した構成であった事と、やはり空モモの最期は、スポンサーや如何わしい同人誌を書く連中への当て付けだけでなく上記の意味があった事を知り、改めて首藤氏は稀代のアニメ作家であったと実感しました。
Posted by 無限堂 at 2010年11月05日 17:07
西崎義展様のご冥福もお祈りいたします
Posted by toorisugari at 2010年11月07日 20:38
この記事のコメントでこのような事を書くのもなんですが、グループSNEの今月のリーダーズサーカスにて、妖魔夜行復活の計画があるという情報がありました。
計画があるというだけで形にはなっていないかもしれないですが、もし山本先生も参加するのでしたら今後を楽しみに続報を待ってます。
(安田社長いわく、百鬼ではなく妖魔らしいのでミレニアム以降を無しにしたパラレルなのかどうかが気になってます)
Posted by ドードー at 2010年12月29日 23:07
ここ何年か、さまざまな作品で私たちにいろいろなものを与えてくれた方が天に召されていきます。それも知っている人の割合が多くなりました。寂しいことです。
Posted by オオアサジン at 2011年01月29日 08:52
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