2010年04月26日

なぜ人は生命のない機械にまで感情移入するのか

 ジェイムズ・イングリスの「夜のオデッセイ」という短編がある。太陽系外に送り出された無人探査機ASOV(エイソヴ)の、数百億年にわたる壮大な放浪の旅を描いた物語だ。
 ASOVは知能や意識を持つものの、人間のように考えたり喋ったりするわけではない。自分に与えられた使命を黙々と果たすのみ。長い時が流れ、星々は燃え尽き、地球はとっくに滅びているはずなのに、太陽系が存在する方角に向けて律儀に観測データを送信し続ける。
 この物語には人間はまったく出てこない。異星人さえ出てこない。にもかかわらず、感動的なのだ。
「小説は人間を描くもの」と思っている人がいるかもしれない。それは間違いだ。人間が出てこなくても、いや生物さえ出てこなくても、素晴らしい物語は書けるということを、「夜のオデッセイ」は教えてくれる。

 小惑星探査機「はやぶさ」が6月13日に帰ってくる。
 といっても、「おめでとう」と手放しで祝えない。採取したサンプルが入っている(と思われる)カプセルを放出した後、「はやぶさ」自身は大気圏に再突入して燃えつきる予定だからだ。残酷だが、冷たい方程式は変えられない。それが「はやぶさ」の最後の使命であり、運命なのだ。
「はやぶさ」の7年に及ぶ苦難に満ちた旅路については、すでにあちこちで紹介され、多くの人が語っているので、詳しく繰り返さない。初の小惑星への着陸という快挙の裏で、多くのトラブルが続発。絶望的な状況からの奇跡の復活。技術者たちの努力と工夫。「こんなこともあろうかと」という裏技によるピンチからの逆転。満身創痍での帰還。そして待ち受ける最期……あらゆるものがドラマチックだ。
 だから多くのファンが「はやぶさ」を応援し、その帰還を待っている。

 ニコ動では3年も前から、「はやぶさ」を応援するMADが多数アップされている。勇壮なものやかっこいいもの(あの真田さんが出てくるやつとか、『プラネテス』のOPに合わせたやつとか)もあるけど、やはり泣けるものが多い。僕の大好きな歌に合わせてくれた「小さな宇宙船」、MMDによる大作ドラマ「イトカワをねらえ!」、ふざけたサムネで、まさか最後に泣かされるとは思わなかった「とある宇宙の無反動砲」などなど……。

 こちらは初音ミクによるオリジナル曲を、ニコ動の歌い手たちが合唱した応援歌。最初から燃える! そして泣ける!


 こちらも名曲。「荷物の中には何も/入ってないかもしれない」とか「この荷物を下ろしたら/僕の身体は風になる」というくだりで、もう涙がボロボロ。


 4月15日、JAXAのサイトで、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャ・川口淳一郎氏が、こんな文章を発表している。

「はやぶさ」、そうまでして君は。
イオンエンジンによる長期の軌道制御が終了した3月末、君はどうしてそんなにまで、とふたたび思った。けれど、その時、「はやぶさ」の覚悟が何であり、何を望んでいるのかが、わかった気がした。たまごを受け取って孵(かえ)してあげること。それをしなくてはならない。
(中略)
この6月、「はやぶさ」自身が託したいことをやりとげられるよう運用すること、彼が託すことをかなえてやることが、彼自身にとって最良な道なのだと、ようやく悟れたと思う。

 センチメンタルすぎる、と嘲笑う人もいるかもしれない。ただの機械に「覚悟」や「望み」などあるはずがないと。

 そんなことは分かっている。

「はやぶさ」はただの金属のかたまりだ。生命を持たない。意識もない。人の形すらしていない。
 それでも僕らは、その「ただの金属のかたまり」に感情移入してしまうのを抑えられない。涙が出るのを止められない。心から「お帰り」「よくやった」と言ってやりたい。
「はやぶさ」に心がなくても、僕たちのこの想いは偽りではない。

 小説にたとえてみれば分かる。
「はやぶさ」が「ただの金属のかたまり」にすぎないように、小説は「ただの紙に印刷されたインクのしみ」(もしくは「モニターに表示されたドットの列」)にすぎない。本と呼ばれる紙の束には、どこにも頭脳は存在しない。つまり本は意識も心も持たない。キャラクターに心があるように見えるのは錯覚だ。紙の上にしか存在しないものに心があるはずがない。
 にもかかわらず、読者はキャラクターに感情移入する。紙の上のインクのしみにすぎない彼らを、僕たちは生きた人間と同じように考える。彼らが活き活きと動き回っていると感じる。彼らの魅力に萌え、時として本物の人間と同じように愛する。彼らの行動を応援し、彼らの苦悩にともに胸を痛め、悲しい運命に泣き、幸福な結末に喜ぶ。
 物語を読んでいる間――いや、読み終わってもなお、僕らは確かに、彼らに生命と心があると感じている。
 以前、『神は沈黙せず』の中でこんなことを書いた。

 加古沢は笑い出した。「そりゃいくら何でも荒唐無稽だ! 本にものを考える力があるって言うんですか?」
「本そのものにはないよ。その本をめくる人間――サールのような人間が必要だからね。でも、その本と読者をひっくるめたシステム全体は、読者とは別の人格を形成するはずだ」


「はやぶさ」とは「物語」なのだ、と僕は思う。
 彼女(JAXAの公式では男性らしいが、ニコ動では女の子扱いされている)の苦難に満ちた旅路そのものがドラマなのだ。実体としての「はやぶさ」自身に心はなくても、その物語と、それを読む人の心が一体となって、彼女に人格を与える。
 小説のキャラクターが実在しなくても、僕らは彼らに心があると感じ、実在する人間と同じように考える。それと同じように、僕らは「はやぶさ」を心ある存在であるように感じる。
 小説のキャラクターが「生きている」のと同じ意味で、「はやぶさ」も生きている。

「はやぶさ」が帰還する日、僕も含めて、日本中の何万という人が泣くことだろう。



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惑星探査機「はやぶさ」がカプセルを帰還させ、任務を終える日が6月13日。
運命の日が近づく中、「HAYABUSA ~Back To The Earth~」という映画があると聞き、観てまいりました。

公式サイ...
「HAYABUSA ~Back To The Earth~」を観てきました【だからオイラはダメなんだ。】at 2010年05月31日 14:47
この記事へのコメント
初めまして。いつも、著作はもちろんブログも楽しませていただいてます。私も「はやぶさ」の健気さには泣けてきます。古くはボイジャーなど、私たち人類の代わりに冷たく真っ暗な宇宙に挑んでくれる・・と思うと堪らなくなってきます。「はやぶさ」が帰ってくる日・時間に空を見上げて「オカエリナサイ」って言ってあげようと思います。
Posted by chun at 2010年04月26日 23:49
「はやぶさ」といえば『妖星ゴラス』の「隼号」、そして『地球移動作戦』の「ファルケ」も、悲壮な使命を果たす宇宙船ですね。
Posted by わなっせ at 2010年04月27日 23:33
おお、『夜のオデッセイ』!!
私も大好きな作品です。
新潮文庫の『宇宙SFコレクション② スターシップ』(現在絶版ですが、Amazon等で古書が入手可能です)というアンソロジーに収録されていますので、未読の方はぜひ!
山本先生も仰るとおり本当に凄い作品ですよ。
なお、同アンソロジーには、アルジス・バドリスの『闇と夜明けのあいだ』という、これまた凄過ぎる作品も入っていて、お買い得です。


>「ただの金属のかたまり」に感情移入してしまうのを抑えられない。

うちの母親も、昔、農作業で使い倒して乗り潰した軽トラを廃車するときに、わざわざ汗まみれになって丁寧に洗車していました。
「今まで本当に世話になったね…ありがとう…お疲れ様」などと声をかけながら(笑)
子供の頃は、「いくら感謝したって機械には通じっこないし、どうせこの後すぐスクラップになってしまうのに…なんという無駄な行為をしているんだろう」としか思いませんでしたが、大人になって自分の車を持つようになった今では、あの時の母の気持ちが痛いほどわかります。

当然、ニコ動の「はやぶさ」MADにも、号泣というか嗚咽させられてしまいました…。
山本先生、来る6月13日には、ぜひ一緒に泣きましょう。
Posted by ポコイダー at 2010年04月28日 00:04
初めてコメントさせていただきます。
最近になって「はやぶさ」の動画を見まくって泣いています。擬人化されたものでもされていないものでも泣けてきます。こちらのブログでも涙が出てきました。「はやぶさ」スタッフ達の努力・想いにももちろん感動しますが、何より機械である「はやぶさ」がかわいくて仕方ありません。
地球に帰還する日には間違いなく泣くはずです。今からその日を思うだけで泣きそうになります。
最上の「物語」をリアルタイムで楽しめる至福の時を過ごしていることに今回改めて気付かせて頂きました。
Posted by 宇宙好き文系人間 at 2010年04月28日 21:01
スタートレックの「ヴィジャー」を思い出しました。絵画や詩を考えると人が出てこないのに感動を与える小説はもはや芸術です。
燃え尽きる「はやぶさ」、画像を熱望します。
Posted by 理力不足 at 2010年05月02日 10:13
人間は並外れた共感性を持っていますから。
他の動物の共感性って、どれだけ発達しているんでしょうね。
知性は高いがまったく共感性を持たない異星人が出てくる面白いSFはありますか?
Posted by Sasioco at 2010年05月03日 12:25
でも、現政権与党的は事業仕分けの対象らしいですね。「効果が見えない」というのが、その理由だそうですが、その点をどう思いますか?このままだと「JAXA-i」は廃止の方向らしいですが。
Posted by 愚痴屋 at 2010年05月03日 18:48
大好きな長谷川裕一の「鉄人28号」で
「頭脳や心はなくとも、”魂”はあるんじゃねえのか?」
ってセリフを思い出しました。
Posted by 幻の激昂 at 2010年05月07日 17:05
>Sasiocoさん

『マーズ・アタック』のことですね(@∀@)
Posted by 九郎政宗 at 2010年05月09日 07:39
 つい先刻、帰還しましたね。はやぶさ。

 おかえり、そしてお疲れ様と労ってあげたいです。

 いや、ちょっと乗り遅れた感はありましたが、自分もこの一大事に参加したく、和歌山大学のライブ映像を見ましたが。
 帰還したはやぶさを見ると、でもってミクのPVを続けてみると、泣けてきました。
 ただの物体に対しても、心みたいなもんを込めて、感じ取る……ってのを実感しましたね。
 願わくば、はやぶさのミッションが未来の科学発展に対し、重要な一歩となる事を。
Posted by 塩田多弾砲 at 2010年06月14日 00:03
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