2014年10月25日

ムー愛読者はと学会を経てネトウヨになる?

 ものすごくひどい文章を読んでしまった。

ムー愛読者はと学会を経てネトウヨになる?
http://togetter.com/li/721401

>最近は、ムー愛読者→と学会→ネトウヨというコースの中で、と学会の人気がないので、ムー愛読者→放射脳叩き→ネトウヨ がトレンド。

>ムー愛読者→と学会→ネトウヨが、保守本流。自民党でいえば、自由党系の宏池会と木曜倶楽部
>紺碧の艦隊とかの仮想戦記愛読者→陰謀論→ネトウヨ が、保守傍流。自民党でいえば、民主党系の清和会とか番町研

>昔からネトウヨと喧嘩しまくってたクラスタからは、3•11のあと、反原発になった人もいれば推進派も出た。しかし共通して、「放射脳を笑わない」「放射脳叩きにこそ警戒する」という立場だった。昔からネトウヨと喧嘩してた人が、「如何に、と学会がネトウヨインキュベーターか」を知ってたから。

>と学会系、スケプティック系、SF系オタクは視野が狭いのですぐ釣りに引っかかる。歴史問題でもある細かい事実が本当かどうかってことにしか関心がないから、すぐネトウヨ化する。

>山本弘や菊池誠や「と学会」の連中、Twitterその他に散在する反・反原発の連中にとっての反原発運動家というのは、たぶんネット右翼や在特会にとっての朝鮮人や中国人と全く同じような存在になっているんだろうね。「反原発運動家」が日本を支配しているとのトンデモ認識に陥っているんだろう。


 えー、ものすごくツッコミどころだらけで、いったいどこからツッコんでいいやら(笑)。でも、こういうデマはきっぱり否定しとかなきゃいけないだろうな。
 まず基本的なことから。僕はもう半年近く前、と学会辞めてます。まあ、そのへんは単なる情報不足だろうからいいとして。

「ムー愛読者→と学会」とか「と学会→ネトウヨ」なんて流れは聞いたことがない。いや、中には稀にそういう人もいるかもしれないけど、決して「トレンド」「本流」なんかじゃない。

・そもそも僕は『トンデモ本の世界R』で『戦争論』を批判したことで、2ちゃんねるとかではサヨクとみなされているのだが(笑)。(バランスを取るために、左翼系のトンデモ本『買ってはいけない』と並べたんだけど、そういう配慮には気がついてもらえなかった)

・これも前から何度も公言しているが、僕は反原発派である。原発はこれ以上増やすべきではないし、時間をかけて代替エネルギーに転換していかなくてはならないと思っている。

・しかし同時に、差別に対して強い嫌悪も抱いている。だから福島差別を助長し、福島の人たちに迷惑をかけている放射能デマは絶対に許せない。

「放射脳を笑わない」というのもおかしい。誰であれ、あまりにも間違ったことを主張したら、笑われるのは当たり前だ。間違ったことを擁護するのは間違いだ。繰り返すが、放射能デマというのは差別デマであることを認識すべきである。

・2013年の『タブーすぎるトンデモ本の世界』でも、僕は在特会を批判し、嫌韓レイシストたちのデマの数々をあげつらっている。その一方で、いわゆる「放射脳」の人たちのデマも取り上げて、「嫌韓と放射能は似ている」と論じている。

・僕以外の著者も同じで、個々の原稿は右寄りだったり左寄りだったりもするが、全体としてどっちの思想にも肩入れしていないはずである。だから「と学会→ネトウヨ」なんてのは事実無根だ。

・そもそもと学会というのは、本職の占い師も神主も科学者も朝日新聞の記者もいて、思想なんかばらばら。全体としてのイデオロギーなんかない。だから「と学会」とひとくくりにして論じること自体が間違いだ。

「ムー愛読者→放射脳叩き」というのは、もっと分からない。「放射脳」というのは科学や統計を無視して放射能を恐れる人たちであり、当然、それを批判しているのは科学や統計を重視する人たち。でも『ムー』愛読者って、まともな科学から最も遠いところにいるんじゃないのか?

「紺碧の艦隊とかの仮想戦記愛読者→陰謀論」というのも無理がある。確かに『紺碧の艦隊』は陰謀論だけど、仮想戦記のすべてがそうじゃないでしょ?

「「反原発運動家」が日本を支配しているとのトンデモ認識に陥っている」者なんてどこにいるんだろう? むしろ反原発運動は今の日本ではマイナーで肩身が狭くなっているというのは、多くの人の共通認識ではないのかな?

・なぜ肩身が狭くなったかというと、「放射脳」の人たちがあまりにもアホな主張をばらまきまくったせい、というのが僕の印象。だからこそ、反原発運動は「放射脳」を排除しなくてはいけないと思っている。放射能デマは福島の人を苦しめるだけでなく、反原発運動にとっても有害だから。

「と学会系、スケプティック系、SF系オタクは視野が狭い」というのも、ひどい差別意識だ。「細かい事実が本当かどうかってことにしか関心がないから、すぐネトウヨ化する」というのも、どういう論理なんだ? さっぱり分からん。

・これではまるで「細かい事実が本当かどうか」気にするのが悪いことのようである。もちろん、気にした方がいいに決まっている。むしろ事実がどうなのか確認しようとしない者こそ、嫌韓デマにひっかかるんじゃないのか?

 今回、このtogetterで僕がショックを受けたのは、「レイシストをしばき隊」を結成した野間易通氏がkdxだったと知ったことである。恥ずかしながら、これ読むまで知らなかったのだ。著書は読んだことあるのに。
 いやー、『「在日特権」の虚構』(河出書房新社)はけっこう面白い本だと思ったんだけどねえ。正体がkdxだと知って印象が変わっちゃったわ(笑)。

 kdxは2009年ごろにmixiの「懐疑論者の集い-反疑似科学同盟」コミュに現われた。しょっちゅう他人の揚げ足ばかり取っていて、すごくうざかったのを覚えている。本当にどうでもいいことに難癖つけたり嘲笑したりするのだ。僕も何度もからまれた。
 それも誰かが発言すると、数分とか十数分のタイムラグですかさずレスをつけてくるんである。昼も夜も。mixiに四六時中貼りついて、こまめに発言をチェックしているとしか思えない。本人は「自由業」だと主張してたけど、mixiに貼りついていられる自由業って何だよ(笑)。
 その後、僕は嫌になって、「懐疑論者の集い」コミュからしばらく離れていた。何か発言するたびにkdxがいちいちしょうもないいちゃもんをつけてくるのが、鬱陶しくてしかたなかったからだ。

 で、僕が何がいちばんショックだったかって、彼の「と学会系、スケプティック系、SF系オタクは視野が狭い」「すぐネトウヨ化する」という発言である。
 あれだけ「懐疑論者の集い」コミュで頻繁に発言していたのに、彼は結局、僕のことも、と学会のことも、懐疑主義という概念も、まったく理解していなかったのだ。 おそらく最初から懐疑論者やオタクに対して嫌悪を抱いていて、けなしたくて乗りこんできただけだったんだろう。
 彼の頭の中では、「放射能デマを叩く者=ネトウヨ」という単純な図式なんだろう。僕みたいに、反原発で反差別でありながら、放射能デマを叩くというスタンスが理解できないんだろう。
 彼は在特会と戦っていながら、自分自身が差別意識を持っていることを認識していないように思える。

 繰り返す。間違ったことを主張したら、批判されたり笑われたりするのは当たり前だ。右だろうと左だろうと。
 だから僕は、レイシストが流す嫌韓デマも叩くけど、こういうデマも叩くよ。これからも。
  


Posted by 山本弘 at 16:58Comments(61)トンデモ差別問題

2014年10月25日

ライトノベルをめぐる仮説いろいろ

 最近、togetterで取り上げられた話題を中心に。

●最近の男性向けラノベに女性主人公が少ない理由
http://togetter.com/li/728375

 コメント欄ではこんな意見がある。

>男性と女性はなんだかんだいって思考回路が大きく異る。ので文章で全部想像しないといけないラノベでは女性心理を完全にシュミレート出来る能力が必要になる

 いや、その仮説だと、過去に『スレイヤーズ!』『ARIEL』『ヤマモト・ヨーコ』などなど、男性作者が書いた女性が主人公の作品がヒットした理由が説明つかないよね?
 あと、女性でないと女性の心理が描けないというのであれば、同じ理屈で、「宇宙飛行した経験がないと宇宙飛行士の心理は描けない」とか「人を殺した経験がないと殺人者の心理は描けない」とか「美少女にモテまくった経験がないとハーレムものの主人公の心理は描けない」ということになってしまうんだけど、誰もそんなことは言わないはずだ。
 無論、ここ数年のライトノベルに限って言えば、「非常識なヒロインに振り回される男性の語り手」というパターンが多いのは確かだ。その理由? 単純だよ。

『涼宮ハルヒの憂鬱』が大ヒットしたから。

 あれがスタンダードになって、後続の作家が影響を受け、同じようなパターンの作品を書くことが多くなった。さらにそれがジャンルの中の多くを占めるようになり、「ライトノベルとはこういうもの」という誤った固定観念が一部に生まれてしまった。
 まあ、僕も『プロジェクトぴあの』でやったけど、突拍子もない言動をするヒロインを描くのに、ストレートに描写するより、別に語り手を配置して、その視点からワンクッション置いて語る方が、何かと描きやすいのは確かだ。 ヒロインの内面をあえて描かないことで、「こいつ、何考えてんだ?」という驚きを表現できるのである。
 でも、それはあくまで執筆上の手法のひとつにすぎないんであって、普遍的な法則でも、遵守すべき規則でも、ヒットするための条件でもない。
 僕も『ギャラクシー・トリッパー美葉』とか『神は沈黙せず』とか『アイの物語』に収録された作品群とか、女性主人公の一人称の作品を何本も描いている。それが不自然なことだとは思わない。
 だからライトノベル作家が普通に女の子を主人公にしたり、女の子の視点から物語を語りたければ、そうすればいいだけのことだ。自分の頭の中に勝手に規則を作って縛られる必要なんかない。

●【チート?】俺TUEEEじゃない異世界モノ作品【ラノベ】
http://togetter.com/li/727172

>異世界物ラノベというと、とかくチート能力とか俺TUEEEとかが目に付きますが、そういう主人公でない作品って無いかな?から始まりました。
>平凡で普通な主人公がちゃんと頑張る話ってないかなあ。

『サーラの冒険』は?(笑)

 そもそも僕が何で『サーラ』を書いたかというと、当時の異世界ファンタジーというと、主人公がすごい力を持ってたり、王族の血を引いてたり、世界の命運を背負ってたり、巨大な悪と戦ってたりといった話が多くて、それに反発を覚えたからなんだよね。
 特殊能力を持っていなくても、剣が強くなくても、高貴な血でなくてもいい。悪の大魔王と戦ってなくてもいい。ごく普通の少年が精いっぱいがんばって、ちょっとした冒険をする。そんな話があってもいいんじゃないか……と思ったんである。
 で、当たったよ。つーか、僕の小説で、発行部数で『サーラ』を超えるものが未だにないんだよ(笑)。
 誤解を招かないように言っておくけど、僕は「チート能力とか俺TUEEEとか」系の話を否定しない。作者がそういう話を書きたいなら、いくらでも書けばいい。

 要はそれが面白いか面白くないかだ。

 面白いか面白くないかは、当たるか当たらないかは、ジャンルや話のパターンで決まるわけじゃない。個々の作品の出来不出来による。おそらく「俺TUEEE」系の話でも、つまらない話はいっぱいあると思う。 『サーラ』みたいな話でも、下手な作家が書いたら退屈な作品になっていたはずだ。

●ラノベ新人賞で「まるでシリーズ第一巻の様な投稿作品」が過半数を占めているという悩み
http://togetter.com/li/716859

 これも前の話と同じで、既成のライトノベルをいろいろ読んだ結果、「ライトノベルというのはこういうもの」という固定観念にとらわれてるんだろうな。
 シリーズものを書きたいと思う気持ちは分かる。でも、そのためには、まず新人賞を受賞してデビューしなくてはならず、そのためには応募作はきちんと完結していなくてはならない……という基本的なことが理解できてないというのは、やっぱりダメだと思う。

 ダメなのは、「ライトノベルとはこういうものだから、こう書かなくてはいけないんだ」とか「今はこういうパターンの話が受けてるんだから、こういう話を書こう」という考え方だ。
 自分が本気でその話を面白いと思って書くのと、「他の人がこう書いてるから」とか「こう書けば受けるだろう」とかいう考えで書くのは、似てるようでぜんぜん違う。
 分かりやすく言うと、『スター・ウォーズ』が大ヒットしてるからと言って、『惑星大戦争』や『宇宙の七人』や『スタークラッシュ』を作っても当たるとは限らないよ、ということ(笑)。
 いや、個人的には好きなんだけどね、『スタークラッシュ』。あれは映画としてはダメダメだけど、監督が自分の好きなものを自由に作ってるのが分かるから。結果的に当たらなかったけど、好感は持てる。

結論:
 枠にとらわれるな。当たるかどうかなんて気にするな。
 何が当たるかなんて、どうせ誰にも分からない。作家にできるのは、当たる確率を上げるために、少しでもいい作品を書くこと、それしかない。
 どんな作品でもいい。とにかく自分の好きなもの、自分が面白いと思うものを全力で書け。
  


Posted by 山本弘 at 16:32Comments(17)ライトノベル作家の日常

2014年10月25日

『SHIROBAKO』2話が神回だった

 今期のアニメ、『ログ・ホライズン』二期と『ビルドファイターズトライ』はどちらも前作からの安定した面白さで楽しめるし、作画の美しさでは『神撃のバハムート』、ギャグでは『繰繰れ! コックリさん』が一番かと思う。
 しかし、個人的にイチオシしたいアニメは『SHIROBAKO』だ。

http://shirobako-anime.com/

 TVアニメ『えくそだすっ!』を制作しているプロダクションが舞台。これまで、アニメの世界を描いたアニメはいくつかあったけど、この番組はとにかくリアリティが素晴らしい。
 もちろん現実そのままじゃなく、いろいろアレンジされてはいるんだろうけど、「ああ、実際にこうやって作ってるんだろうな」とか「番組の裏側ではこういうトラブルもあるんだろうな」とか納得させられるんである。
 第一話からすでに、原画マンが逃げたり作画監督が倒れたり(もちろんアニメの中でですよ。念のため)というピンチの連続で、スケジュールがかなり苦しくなってきており、『えくそだすっ!』がちゃんと最後まで放映できるか危うい状況。それでも制作進行のヒロイン・あおいやスタッフたちのがんばりで危機を乗りきってゆく。まさに綱渡りで、そんじょそこらのバトルアニメやサスペンスアニメよりはらはらさせられる(笑)。

 特に先日放映された2話『あるぴんはいます!』にはノックアウトされた。
 まず、Aパートのアフレコのシーンがいい。あるぴん役の声優・茅菜夢衣役の茅野愛衣(ややこしいな)の演技にも感心するけど、BGMを「感情につける」「シチュエーションにつける」という意味がすごくよく分かる。
 そこからが大変。アフレコに立ち会った監督が、あるぴんの解釈が違うと言い出し、彼女の過去の設定(それも最初からあったんじゃなく、今思いついたばかりの)を語りだして、ついにはスケジュールがせっぱ詰まっているにもかかわらず、作画リテイクを言い出す。
 ここの檜山修之の演技がまたいいんだわ。昔は勇者王だったのに、最近は三枚目も板についていて、この回でも「いてよーし! みたいな」とか「お姉さんだったわけだー」というあたりがおかしくて、何度も聴き直しちゃったよ。
 この監督、以前に別のアニメでスケジュールを崩壊させた前科があり(あるあるこういう話!)、おかげで自分の演出回が「伝説の作画崩壊回」になってしまった演出家が、今でもそのことを根に持っている……という、アニメ関係者なら胃が痛くなりそうな状況。
 Bパートでは、監督の主張をめぐって、スタッフ全員が集まり、ディスカッションを繰り広げる。このくだり、ほとんど狭い室内だけで展開する会話劇で、アクションなんかないにもかかわらず、見ていてぐいぐい引きこまれる。しかも熱くシリアスに口論している内容が、美少女キャラクターの表現や設定についてなんだから、その落差がたまらない。
 冷静に一歩引いて考えると、何でそんなことで大の大人たちが激論してるんだよとツッコミたくなるんだけど、素人には「どうでもいいこと」に思える部分にこだわるのがプロというものなんだろうな。
 しかも、リアルなだけじゃなく、あおいのピントのずれた発言から、話が思いがけない方向に転がっていって、最後にアニメならではのファンタスティックな表現が炸裂する。このドアホウな展開(褒め言葉)には、深夜にもかかわらず笑い転げた。「『ミスター味っ子』かよ!?」と。
 個人的に、この回は神回認定したい。
 ちなみにアフレコの後で絵の方を直すというのは実際にも稀にあることらしい。『カレイドスター』5話で、そらが空港で泣くシーン、広橋涼が演技を超えてマジ泣きしてるもんで、佐藤順一監督がそれに合わせて絵の方を描き変えるよう指示したという。たぶんそのへんがヒントになってるんじゃないだろうか。(実際、すごい出来だったよ、あのシーン)

 リアルすぎるアニメって、ちょくちょく「これって実写でやってもいいんじゃない?」と疑問に思ってしまうことがあるんだが、この『SHIROBAKO』はまさにアニメであることに意味がある。アニメを愛する人間なら見て損はない。
 なお、ニコニコ動画で公式配信されてるので、見逃した人も今からでも追いかけられる。

http://www.nicovideo.jp/watch/1412927306

 ちなみに、関西では今夜(10月25日深夜)、第3話の放送。ネットでの評判はいいので楽しみである。でも、 「総集編はもういやだ」ってサブタイトルがすごく不吉なんだけど(笑)。
  


Posted by 山本弘 at 16:00Comments(6)アニメ