2014年07月17日

『MM9-destructon-』文庫化の話題など

 昨年5月に発売された『MM9-destructon-』が早くも文庫化です。

http://hirorin.otaden.jp/e277663.html

 文庫版で『invasion』を読まれた方をお待たせしちゃいけないというので、早めに文庫化することになりました。発売は7月30日の予定です。
 今回ももちろん、表紙は開田裕治さん。



 やっぱりギガントが空を割って花吹雪とともに出現するシーンが見たい! と、開田さんに無理を言って描いていただきました。かっこいいでしょ?


 もうひとつ、昨年冬に同人誌で出た辻真先インタビュー『僕らを育てたシナリオとミステリーのすごい人1』が、AMAZONで買えるようになりました。

http://hirorin.otaden.jp/e307724.html

 こっちの方もよろしくお願いします。

 あと、8月には新作『プロジェクトぴあの』が出るんですが、この紹介はまた今度。
  


Posted by 山本弘 at 11:22Comments(5)PR

2014年07月17日

「SF界の巨星・小松左京の素晴らしき世界」

Live Wire 14.7.26(土) なんば紅鶴|山本弘の秘密基地LIVE#36
「SF界の巨星・小松左京の素晴らしき世界」

『日本沈没』『果しなき流れの果に』『復活の日』など、多くの傑作を遺した日本の誇る偉大なSF作家・小松左京氏。その小松氏が亡くなられて、今年の7 月26日で3年目を迎えます。
そこで「山本弘のSF秘密基地LIVE」では予定を変更し、小松左京氏の偉大な業績を振り返るトークイベントを行うことにしました。トークはいつもの通り、SF作家の山本弘。有名な作品だけでなく、あまり知名度は高くないけれども面白い作品を独断と偏見でセレクト、珍しいエピソードとともに紹介します。小松左京漬けの2時間をたっぷりお楽しみください。
(いつもは毎月最終金曜日ですが、今月は土曜日です。お間違えなく)

[出演] 山本弘(SF作家)

[日時] 2014年7月26日(土) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F / Tel. 06-6643-5159)南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 1500円
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

 前売り券のお求めはこちらへ。
http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=77408363
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 すみません、今月はごたごたしていて、告知が大幅に遅れてしまいました。
 本来なら「あなたの知らないマイナー特撮の世界」の回なんですが、小松さんが亡くなられて三年目ということで、こういう企画をやることになりました。
 もちろん『日本沈没』のような小松氏の代表作についても触れますが、それ以外に僕が語りたい話がいっぱいあるんですよ。

 たとえば「模型の時代」!
 みんながプラモデル造りに熱中している未来世界を描いたコメディ。子供の頃、中間小説誌で読んで大喜びし、「小松左京」という名を最初に意識した作品でした。
 当時のSF作家というのは、シリアスな作品を書く一方でハチャメチャなコメディもよく書いてたんですよね。他にも「タイム・ジャック」とか「男を探せ」が好きです。
 ホラー系の作品だと、「夜が明けたら」「牛の首」「くだんのはは」などなど。宇宙SFですが、「結晶星団」も話の構造はホラーですね。「ウインク」とか「生きている穴」とかの気色悪さも強烈に印象に残ってます。あと、「地球になった男」は、こんなアホなことで地球が破滅するってすごく嫌だなとか(笑)。
 他にも、「お糸」とか「お召し」とか「地には平和を」とか、取り上げたい作品は山ほど。テレビシリーズの『宇宙人ピピ』とか『空中都市008』とかにも触れたいですね。
  


Posted by 山本弘 at 10:51Comments(8)PR

2014年07月11日

多重カギカッコや擬音をめぐる話

 あっ、僕も書こうと思ってたら、友野に先越されちゃった。

多重カギ括弧は20年以上前から存在していた~友野詳氏の回想録~
http://togetter.com/li/687745

 きっかけはこういうのだった。

ラノベでカギ括弧を重ねて使うのはズルなのか技法なのか
http://togetter.com/li/686586

 あのー、僕使ってますけど、何か?


 亜季は蓮也の方を振り返った。
「もしかして、蓮也くんも?」
「うん……」
「隙間に入れるの?」
「「「「「入れない!」」」」」
 環夜以外の五人がいっせいにツッコんだ。
――『妖魔夜行 闇への第一歩』

 この手法、複数の人間が同時に同じ言葉を発するのを表現するのに便利なので、僕もたまに使うことがある。
 友野詳によると、誰が発明したのかは分からないけど、〈コクーンワールド〉の頃から使っているという。もう20年以上前だ。

 他にも僕が主にライトノベルから借用した手法はいくつもある。
 たとえば、会話の途中で、「?」とか「!」とか「…………」とか、台詞を書かずに疑問符のみ、感嘆符のみ、あるいは三点リーダのみを書く手法。これ、非ラノベでも使うけど、やっぱりラノベでよく使われる印象がある。 ただ、どれぐらい前からあるのかは、僕もよく分からない。
 たとえば、いちいち“彼は息を呑んだ”とか書くより、「!」と書くだけで、息を呑んだことが的確に表現できる。また、そのキャラが言葉は発していないけど疑問を感じているのが表情に出ている、という場合は「?」。あるいは会話の途中でちょっとだけ沈黙した場合とかは「…………」が有効。


「うん。実は最初からずっともやもやしてるところがあるんだ。それも二箇所」
「二箇所?」
「ひとつは『七地蔵島殺人事件』というタイトルそのもの」
「?」
――『僕の光輝く世界』

「だって……だって……」
 亜季は顔をくしゃくしゃにして言った。
「あたし……友達、一人もいなかったんだもん!」
「…………」
――『妖魔夜行 闇への第一歩』

 他にも、これもたぶんラノベ起源じゃないかと思うんだけど(間違ってたらごめん)、場面転換でもないのに、ある行の前後を一行開けるという手法もある。

「待って! 行かないで! 帰らないで! お願い!」
 そう絶叫すると、彼女はふらふらと廊下に膝をつき、手をついた。額を床にこすりつけるようにして土下座し、心の中の想いを衝動的に絞り出す。

「あ、あたしとセックスしてください!!」

(うわーっ、何言ってんだ、あたしーっ!?)
 亜季は自分で自分の言葉に愕然となった。
――『妖魔夜行 闇への第一歩』

 この場合、「あ、あたしとセックスしてください!!」を目立たせたくて、前後を空白にしているわけである。
 ちなみに、僕がこれを最初に使ったのは、『詩羽のいる街』だった。第一話の語り手、陽生の台詞。


「あの……気になってたんだけど……」
「何?」
 僕はためらった。あまりにも常識はずれな考えだったからだ。だが、これまでの彼女の行動からすると、そう思えてならない。だから思いきって質問した。

「もしかして詩羽さん、お金持ってないの?」

「そうよ」彼女はあっさり認めた。「ようやく気がついた?」
「財布を忘れてきたとか、そういうんじゃなく?」
「うん。持ってない。ここ六年ばかり、紙幣にも硬貨にもまったく触ったことがない」
――『詩羽のいる街』

 これは「お金持ってないの?」をどうしても目立たせたくてやった。目立たせるなら、字をゴシック体にするとか傍点振るとかいう手法もあるんじゃないかと思われるかもしれないが、それをやると、その言葉が「強い」感じがしてしまう。話者が強い口調で言っているかのような印象になるのだ。
 ここは「もしかして詩羽さん、お金持ってないの?」という言葉が、さりげなく発せられたことを表現したかった。でも、読者に対しては目立たせたい。そこで迷った末、前後を一行空けることにした。
 そう決心したものの、かなり心理的抵抗があった。僕は古いタイプの作家なので、「一行空けるのは場面転換や時間経過を表現する場合か、手紙などの文面を挿入する場合」「必要もなしに改行して行数を稼ぐのはアンフェア」という固定観念から、なかなか脱却できなかったのだ。
 しかし、実際にやってみると、ここはこの手法を使ってやはり正解だったと思える。

 あと、そこだけ活字を大きくするという手法もある。ただ、これはギャグになっちゃうんで、あまりシリアスな作品では使いたくない。先の「あ、あたしとセックスしてください!!」も、笑える台詞ではあるんだけど、作品全体としてギャグではないので、迷った末、字を大きくするのは避けた。
 逆に、ギャグであれば字を大きくするのも厭わない。『ギャラクシー・トリッパー美葉』や『地球最強姉妹キャンディ』では何度も使ったな。
 ちなみに、活字を大きくすることを最初に思いついたのも誰かは不明だけど、僕が最初に見たのは1970年代、横田順彌さんの小説だったと思う。原稿枚数を稼ごうとして、登場人物が台詞を勝手に変なところで改行したり、字をどんどん大きくしてゆくという、メタなギャグが秀逸だった。

 擬音の多用というも、しばしば槍玉に挙げられる話題である。
 僕も戦闘シーンで擬音を多用したことがある。


 ピン、ポロロロン。ポロロン、ロン。
 突然、戦場にはまったく場ちがいな、のどかな音楽がひびいた。知絵はそれが携帯電話の着メロだと気がついた。頭がぼうっとしていたのだろう、思わず携帯電話を開き、受信ボタンを押してしまっていた。
「はい、竜崎です――ああ、ママ」
『元気にしてる?』七絵さんの声がした『あのね、今日はクフ王のピラミッドを見物したのよ。それから近くの町でショッピングしたんだけど、とってもいいじゅうたんを見つけちゃって』
 バリバリバリ!
 バンバン!
『あらあら、なんだかうるさいわねえ』
「え、ええ。夕姫がテレビでアクション映画見てるの」知絵はどうにか、平静をよそおった声を出せた。「夕姫ー、ちょっとボリューム小さくしてー」
 バリバリ!
 バリバリバリ!
 バンバンバン!
「ごめんなさい、聞こえてないみたい」
『あらまあ。そう言えば夕姫ちゃん、そういう映画が好きだったわねえ』
「ええそう。もう夢中になっちゃって……」
 バン! バン!
 バリバリバリバリ!
『でも、あんまり銃で殺し合いするような映画、こどもが見ちゃいけないわよ。教育上、良くありませんからね』
「ええ、気をつけるわ」

――『C&Y地球最強姉妹キャンディ 夏休みは戦争へ行こう』

 本物の戦場のど真ん中に、お母さんから電話がかかってくる。周囲では銃声がひっきりなしにしてるけど、そんなことを知らない電話の向こうのお母さんは、映画の効果音だと思いこむ……とまあ、そういうギャグなわけ。
 これは擬音を多用しなくちゃどうしようもない。つーか、読み直してみると、もっとたくさん使ったほうが良かったんじゃないかと思うぐらい。
『キャンディ』は子供向けであることを意識して、擬音も他の小説よりは多めに使ってる。これも場合によりけりで、普通の小説の、それもシリアスな戦闘シーンで、擬音を濫用しちゃいかんと思う。ちゃんと描写しなくちゃいけない。
 いや、いるんだよ。戦闘シーンを「バリバリバリ」とか「ギュンギュンギュン」とかだけで済ませちゃう人が。
 それは効果じゃなく、単なる手抜きだからね?

 あっ、もうひとつ気がついた。この「手抜きだからね?」というの。
 普通、疑問符って、発声者が何か疑問を抱いているシーンにしかつけちゃいけないことになってる。「何?」とか「まさか、そんなことが……?」とか。
 ところが最近の小説、特にラノベだと、疑問文じゃない文章にも疑問符をつけることがよくある。特に相手に確認を求めてる場合。だから僕も、気がついたらよく使ってる。


 亜紀子は一騎に顔を近づけ、にこやかな笑みで言った。
「獣姦はだめだぞ?」
――『MM9 ―invasion―』

 思い出してみると、最初にこういう使い方があるのを意識したのはマンガだ。新井理恵の『X ―ペケ―』で、よく疑問文じゃない台詞に疑問符がついてたよ。
 考えてみれば、そもそも日本語に感嘆符も疑問符もない。たぶん明治時代あたりの誰かが、便利だから使いはじめて、それが定着したんだろう。

最近のラノベってこんなに酷いのな……
http://sonicch.com/archives/28672619.html

 これ、実は釣りである。最初に出てくるのは、「最近のラノベ」ではなく、アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』(1956)の一シーン。つまり60年近くも前に使われた手法なのである。 これを「最近のラノベ」と思いこんでバカにする奴をバカにするというものなのだ。
 2番目の画像は、野﨑まど『独創短編シリーズ 野﨑まど劇場』(電撃文庫)に収録された作品。こういう実験的手法を駆使したギャグ作品集である。これはおおいに笑った。
 こういうタイポグラフィック・ノベルという形式も、昔からある。夢枕獏さんもデビュー当時、『カエルの死』というタイポグラフィ作品集を出していた。
 こういうの。

http://gold-fish-press.com/archives/4972

 もちろん筒井康隆氏の「上下左右」や「デマ」なども忘れてはなるまい。

 あと、僕らの世代で言うと、新井素子さんのデビュー作、『奇想天外』新人賞佳作の「あたしの中の……」(1977)に衝撃を受けた。若い女の子の会話体の一人称。先例がなかったわけではないけど(ご本人は小林信彦『オヨヨ島の冒険』の影響と言っておられる)、SFで見たのは初めてだ。「高校生の女の子がこんな文体でSF書いてる!」というのがショックだったんである。
 もちろん当時、古いSFファンの中には、あの文体に反発していた人もいた。たぶん他の新人賞で、頭の固い審査員だったら落とされてただろう。 新井さんを推したのは、『奇想天外』新人賞の審査員の一人、星新一氏である。まさに慧眼であろう。
 で、当時としては斬新だった「新井素子風文体」だけど、今はもう当たり前。いろんな人が使ってる。神坂一さんの『スレイヤーズ!』がそうだし、僕の『ギャラクシー・トリッパー美葉』もそう。

 もうひとつ、新井さんの作品で印象深いのは、長編『絶句……』(1983)。
 主人公である小説家・新井素子の一人称で書かれたSFなんだけど、途中で作者・新井素子が出てきて(ややこしいな)断りを入れるくだりがある。ここでどうしても三人称のシーンを入れなくてはいけないので、許してほしいと。
 同じ小説の中での一人称と三人称の混在というのは、当時としてはタブーで、決してやってはいけないこととされていた。しかし新井さんはそのタブーに挑戦したわけである。
 これもね、今はもうライトノベルで、みんなごく当たり前に使ってるんだよね。『生徒会の一存』とか『異能バトルは日常系の中で』とか。
 もしかしたら、今のライトノベルの読者が『絶句……』を読んだら、なぜ作者がわざわざ断りを入れるのか分からないのではないだろうか。

 要するに、小説家は昔からいろんな手法を開発したり、タブーを破ったりしてきたわけである。
 その中から、便利だとか優れているとか判断された手法が、他の作家に採用され、小説界に広まって、新たな「正しい日本語」となってゆく。
 だから、どこかの作家が何かタブー破りをやった場合、それがいいと思えばまねすればいいし、そう思わなければまねしなければいい。それだけのこと。

 あと、冒頭の鏡裕之氏の主張だけど、僕は全面否定しようとは思わない。小説を書きはじめたばかりのアマチュアで、まだ自分の文体が完成していない人に対しては、「多重カギ括弧のような手法を使うな」と言うのは正しいと思う。
 だって、筒井康隆さんも夢枕獏さんも横田順彌さんも、ちゃんと普通の文章が書けるうえで、ああいう実験的手法を使ってるんだもの。
 ピカソだって、最初からあんな絵を描いてたわけじゃない。初期の頃は「青の時代」とか「ばら色の時代」とか、普通の絵を描いていた。それに飽き足らなくなって実験的手法を開発したわけである。まともに絵が描けない人間がピカソのまねをしても、単にデタラメな絵になるだけだろう。
 小説も同じ。まだまともな文章も書けないのに、擬音を多用したり、「!」や「?」や「…………」を濫用したり、あるいは一人称と三人称を混在させたら、ひどい代物になる。実例はネット上に多数(笑)。
 ちゃんとした小説の文章が書けるようになるまで、こうした手法の使用は控えるべきだ。初心者のうちから安易にそういう手法に逃げたら、文章力が育たない。
  


Posted by 山本弘 at 18:57Comments(16)作家の日常

2014年07月11日

迷探偵が多すぎる

 6月27日の産経新聞を読んでたら「松本サリン事件から20年」という記事が載っていた。そうか、もう20年も前になるんだ。
 当時、犯人の疑いをかけられた河野義行氏の家には、嫌がらせの電話がひっきりなしにかかってきたという。

 あの事件で、僕はいまだに忘れられないことがある。
 ある晩遅く(確か12時ぐらいだった)、知り合いのX氏(イニシャル書いちゃうと誰だか特定されるので、あえてXにする)から電話がかかってきた。科学に詳しいという定評のある人物である。

「あの会社員(河野氏)が犯人です。間違いありません」

 何でも、河野氏が所有していたという薬品(当時、マスコミで報道されていた)を調べてみたら、それらを原料にサリンが作れることを発見したというのだ。それで河野氏が犯人に違いないと確信したのだそうだ。

「彼を釈放しちゃいけません。自由になったら、きっとまたやります」

 そう力説するX氏。
 いや、でも、仮にそれが事実だとして、僕にどうしろと?
 X氏は、河野氏が面白半分に毒ガスを作る異常性格者だと思っていたようだ。うーん、でも、そんなことを真夜中に僕に電話で長時間、力説するのも、決して常識的な行為とは言えないと思うのだが?
 きっと、薬品からサリンが作れることを発見して、舞い上がっちゃったんだろうなあ。真夜中にもかかわらず、誰かに伝えたくてたまらなくなったのだろう。さすがにパソコン通信の会議室とかに書きこむのはまずいから、オフレコで僕に話したということか。
 ちなみに、河野氏が所有していた農薬からはサリンは作れないとされており、「サリンができる」というのはX氏の勘違いであった可能性が高い。

 翌年、地下鉄サリン事件が起きて、松本サリン事件もオウム真理教のしわざだったことが判明した。河野氏は無実だったのだ。
 その後、某所で会った時に、X氏は僕が「オウムに狙われるかもしれない」と言い出した。当時、僕はオウムを批判する発言をしていたので、彼らの暗殺リストに載っていてもおかしくない、襲撃を警戒して自宅のセキュリティを強化すべきだ、と言うのだ。
 そんな大げさな、と笑い飛ばしたら、X氏は怒り出した。「私が真剣にあなたのことを心配してるというのに分からないのか!?」と。
 もちろん、僕が笑ったのは、1年前のX氏の推理が大ハズレだったことを思い出していたからなのだが。

 さて、松本サリン事件について検索していたら、何と西岡昌紀氏のブログがヒットした。1995年、「ナチ『ガス室』はなかった」という記事を書いて、『マルコ・ポーロ』廃刊のきっかけを作った人だ。当時、僕も『宝島30』誌上で、西岡氏の記事の間違い(信じられないような資料の誤読や、科学的間違いが何箇所もあった)を指摘したことがある。おかげで何年も、ネット上で西岡氏にからまれ続けた(笑)。
 その西岡氏によると、当時、朝日新聞のQという記者がこんなことを言っていたというのだ。

http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/7359880.html
>「松本と言ふ所は、日本海に近いでしょう。だから、日本海側から日本に侵入した北朝鮮の工作員が、先ずは潜伏する場所として、格好の町なんです。だから、北朝鮮の工作員が多いんです。それで、松本でもローラー作戦が有ったんです。私が思ふには、そのローラー作戦が行なはれた際に、松本に居る北朝鮮の工作員が、隠して居たサリンを処分したんだと思ひます。サリンは、加水分解するんです。だから、水と反応させるのが、一番いい処分の方法なんです。多分、それで、あの池にサリンを捨てたんですね。ところが、量が多すぎて、処分しきれず、あんな事件に成ってしまったんだと思ひます。」

 松本のどこが「日本海に近い」ねん!? 長野県のどまん中やろが! 日本地図見て喋れよ!
 さすがに新聞記者が日本の地理を知らないとは信じがたい。もちろん、たとえそんなことを言ったとしても、オフレコだろうから証拠なんか残っていまい。僕としては、西岡氏の記憶違いじゃないのかという気がひしひしとする。
 それに対する西岡氏の感想はというと、

>しかし、数年後、ふと、こんな考えが頭に浮かびました。

>「もし、オウム真理教が、北朝鮮と連携して居たとしたら、Qさんの言った事は、あながち外れて居なかったのではないか?・・・」

 いや、はずれてますから完璧に! どうしようもないぐらいに! 

 松本サリン事件については、マスコミの誤報ばかりが糾弾されている。しかし、河野さんの蒙った精神的被害の責任は、マスコミにだけあるのではないことも忘れてはいけない。当時、巷でも、自分の迷推理を披露する者は大勢いたのだ。
 そして、こうしたことは今でも起きている。いや、ネットが普及した分、誰かの思いついた迷推理が拡散するのも早い。

「“みんなが“結婚した方がいいんじゃないか」は空耳だったようです
http://togetter.com/li/683904

 塩村文夏都議へのヤジ問題。「自分が早く結婚したほうがいいんじゃないか」というのは間違いで、本当は「みんなが結婚したほうがいいんじゃないか」と言っていたんだよ! という説が2ちゃんねるに載り、それを保守速報が取り上げたことで拡散。「NHKによる捏造だ!」と盛り上がる。
 さらには「みんなが」というのは「みんなの党が」という意味だという超絶解釈まで登場。
 その後、ヤジを飛ばした鈴木章浩議員自身が「早く結婚したほうがいいんじゃないか」と言ったことを認めた。「みんなが」は空耳だったのだ。
 にもかかわらず、なおも「みんなが」説に固執する者が何人もいる。
 やっぱり、「真実」に気づいてしまった者は、舞い上がってしまうものらしい。その「真実」が本当に真実かどうか確認しようとせず、拡散したくなってしまうんだろう。

 当たり前の話だけど、現実世界には名探偵なんていない。
 ミステリの世界みたいに、複雑なトリックを駆使する犯罪者がいないってこともあるけど、やっぱりホームズみたいに聡明な人間はめったにいないってことなんだろう。
 で、本当に聡明な人間は、たいした根拠もなしに自分の推理を「これが真実だ!」と拡散したりはしない。実験や調査や統計で確かめられた事実しか述べないか、あるいは推理を披露する時でも、「間違っているかもしれないけど」と、慎重に提示する。
 つまりネット上で、「これが真実だ!」と自信たっぷりに言っている連中の大半は、名探偵じゃなく迷探偵なのだ。ミステリでは、とんちんかんな推理を述べて、捜査を混乱させる役割である。

 特に迷探偵が多く湧くのは陰謀論である。
 911陰謀説、アポロ陰謀説、神州7号陰謀説、「イルミナティ・カード」陰謀説、「ちきゅう」陰謀説……どれもそうだ。根本的に探偵に向かない人間が、まったく非論理的な推理を展開している。

 たとえば911陰謀説。陰謀論者によれば、ペンタゴンに突入したのはアメリカン航空77便のボーイング757型機ではなく巡航ミサイルなのだという。本物のアメリカン航空77便はどこかの飛行場にこっそり下ろされ、乗員乗客は殺害されて、死体をばらばらにされて焼かれ、それがペンタゴンに持ちこまれてばらまかれたのだという。

 何でやねん!

 ボーイング757型機やなくて巡航ミサイルが飛んできたんやったら、大勢の人間に目撃されてしまうやろ!?
 どこかの飛行場にこっそり下ろすなんてできひんやろ!? ボーイング757みたいな大きな旅客機が降りられる飛行場がいくつあるの? そこに墜落したはずの旅客機が着陸したら、大勢の人が目撃してしまうやろ?
 誰が乗員乗客を殺害したの? 「無辜の一般市民を殺害してばらばらにしろ」なんて命令を出されて、はいそうですかと全員が忠実に従うの?
 大勢の消防隊員や救急隊員が駆けつけてきてる現場で、こっそりバラバラ死体をばらまくなんてどうやってできるの?
 そんなことするぐらいやったら、素直に旅客機ぶつけた方が早くない?
 巡航ミサイルを使う理由、どこにもないよね?
 いや、そもそもアメリカ政府の自作自演の陰謀やとしたら、ペンタゴンを攻撃する理由ないよね? ニューヨークでテロ起こしたら十分なんとちゃうの?

 実際、ペンタゴンへの突入の瞬間を目撃した人は何十人もいるが、巡航ミサイルだったと言っている人間は一人もいない。たとえば目撃者の一人、USA Todayのマイク・ウォルターはこう証言している。

「窓の外を見ると飛行機が見えた、それはジェット機だった、アメリカン航空のジェットがやってくる。そして「何かがおかしい。すごい低空飛行だ」と思った。そして私は見た。まるで翼のついた巡航ミサイルのようだった。まっすぐ飛んで行ってペンタゴンに突入した」

 陰謀論者はウォルターの証言の中から「まるで翼のついた巡航ミサイルのようだった」という比喩表現を切り取って、ミサイルだった証拠だとしているのだ。
 だいたい常識で考えれば分かる。ペンタゴンの周囲には道路もあるし街もある。事件が起きたのは午前9時38分。車で偶然、通りかかる人も多いはずだ。突入の瞬間は大勢の人が目撃するに決まっている。一人でも「あれは巡航ミサイルだった」と証言したら、陰謀は瓦解するのである。
 そんなアホなこと、誰がやるか。

 他の陰謀論も同じである。
 たとえば「イルミナティ・カード」陰謀説。いったいどこの陰謀組織が、自分たちの計画している陰謀をあらかじめゲームにして発売するというのか? そんなことをする動機がないだろう。
 僕の知る限り、「イルミナティ・カード」陰謀説を唱えている者の中に、スティーヴ・ジャクスン・ゲームズについての正しい知識を持っている者は一人もいない。
「ちきゅう」陰謀説神州7号陰謀説もそう。初歩的な知識もない人間が迷推理を得意げに披露している。

 なぜ迷探偵がこんなにも多いのか?
 決まっている。名探偵気分を味わえるのが楽しいからだ。
 推理する事件は、大きければ大きいほどいい。特に911同時多発テロとか東日本大震災のような大きな事件なら、「俺は今まさに国際的な大陰謀を暴いている!」という高揚感を味わえる。自分が天才になったと思いこめる。 あいにくとそれは、まったく話にならない迷推理なのだが。
 そして彼らは、自分の迷推理が誰かに対する誹謗中傷であり、その人に迷惑をかけて苦しめるかもしれないとは想像もしない。

 中には迷推理すらせず、何の証拠なしに「犯人は○○だ!」と決めつける奴もいる。迷探偵ですらない奴をどう呼べばいいのか、僕には分からない。
  
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Posted by 山本弘 at 18:28Comments(18)メディアリテラシー