2014年06月20日

陰謀論はメディアリテラシーと正反対

 これは有名な問題なので、ご存知の方も多いと思う。知らない方はぜひチャレンジしていただきたい。
 ここに4枚のカードがある。そのどれも、一方の面にアルファベットが、もう一方の面に数字が印刷されている。

  A  K  4  5

 さて、「母音のカードの裏は必ず偶数である」というルールがあるとする。そのルールが正しいかどうか確認するには、どのカードをめくってみればよいだろうか。なお、めくる枚数はなるべく少ない方がいい。


 先日、メディアリテラシーの欠如の例を二つほど目にした。

原子力規制委員会、報告書内の「ストロンチウム」に当て字を使い検索されないように工作した疑い
http://hamusoku.com/archives/8406764.html
【悲報】電力と原子力の「力」をカタカナの「カ」にして内部文書を検索回避
http://togetter.com/li/677945
「"原子力(りょく)"ではなく"原子カ(か)"で検索すると出てくるpdf資料が「検索避けの隠蔽工作か!?」と一部で話題。
http://togetter.com/li/677948

 原子力規制委員会の報告書の中に、「原子カ(げんしか)」とか「ス卜口ンチウム(すぼくちんちうむ)」という言葉が使われていた。これは検索よけの工作で、都合が悪い資料を隠蔽しようとしているのだ……と、一部の反原発がツイッターで騒ぎ立てたのである。

>原子力 で検索すると普通。
>原子カ(←カタカナのカ)
>で検索すると、専門的なPDFの資料がどっちゃり出てくるよ。

 僕はすぐに読んでみたのだが、べつに隠蔽が必要な文書なんかじゃない。だいたい、隠蔽したいのなら、そもそもネットに上げないんじゃないか?

http://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/tokutei_kanshi_wg/data/0010_06.pdf

 さらに僕は、念のために調べてみた。原子力と関係のない言葉で検索をかけてみたのだ。
「努カ(どか)」「カ士(かし)」「口ボット(くちぼっと)」「口ーン(くちーん)」「アー卜(あーぼく)」「ファース卜(ふぁーすぼく)」「卜イレ(ぼくいれ)」……そうしたら、出るわ出るわ、山のようにヒットした。
 他にも、「エ場(えば)」や「エ学(えがく)」もずいぶんヒットする。
 印刷された文書をOCRで取りこむ際、間違って「力(ちから)」が「カ(か)」、「ロ(ろ)」が「口(くち)」などと読まれてしまうことが多いらしい。また、元がPDF文書の場合、googleはそれを画像として取り入れたうえでOCRで読み取っているという。だからPDF文書に「原子力(げんしりょく)」という単語があると、googleはそれを「原子カ(げんしか)」と読んでしまうことがあるらしいのだ。

 リンク先でも指摘している人がいるけど、これは最初に出した「ウェイソンの4枚カード」の問題と同じである。
 正解は「A」と「5」なのだが、多くの人は間違って「A」と「4」と答える。
 ここで検証するルールは「母音のカードの裏は必ず偶数である」というもので、子音のカードの裏については何も述べられていない。「4」をめくってそれが子音であっても、ルールが破れていることにならない。もちろん母音であっても同じ。つまり「4」をめくることに意味はない。
 一方、「5」の裏が母音であれば、「母音のカードの裏は必ず偶数である」というルールは破れていることになる。つまりルールが守られているか検証するには、奇数である「5」を確認することが不可欠なのだ。
 人は何かの説を検証する際、その説が正しい証拠を探す傾向がある。実際には、間違っている証拠も探さなくてはならないのに。
「原子カ(げんしか)」とか「ス卜口ンチウム(すぼくちんちうむ)」で検索して「陰謀だ!」と騒いでいた人も同じ。陰謀説を補強する証拠ばかり探して、反証を探そうとはしなかったんである。

 他にも、こんな例がある。

水俣病:語り部の会会長宅に中傷電話「いつまで騒ぐのか」
http://mainichi.jp/select/news/20140610k0000m040018000c.html

 水俣病資料館「語り部の会」の会長の家に「そんなに金がほしいのか」などと中傷する電話がかかってきたというニュース。mixiではこれに対して陰謀論を唱えている人がいた。

>変態毎日新聞の自演工作か?差別と言う名の印象操作で馬鹿チョン保護キャンペーン臭プンプンするわ、もう証拠や証明出来ないようなこの手の記事は信用出来んわ、バカヒ新聞もな

 僕はすぐにこの「水俣病 中傷電話」で検索をかけてみた。そうしたら、毎日新聞だけでなく、熊本日日新聞、西日本新聞も報じていることが分かった。

http://kumanichi.com/news/local/main/20140610002.xhtml
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/kumamoto/article/93514

 このうち西日本新聞の発信は「2014年06月08日(最終更新 2014年06月08日 03時00分)」、毎日新聞は「6月09日 18時51分」となっている。どう見ても西日本新聞の方が早い。しかも毎日新聞の記事より詳しい。毎日新聞陰謀説は成り立たない。
 ネットを見ていると、こういう安直な陰謀説を唱えているそそっかしい奴をよく見かける。朝日新聞や毎日新聞のニュースを見ると、何の根拠もなしに「捏造だ」「信用できん」と決めつけるのだ。ちょっとググってみるだけで、他の新聞も報じていることがすぐ分かるというのに、そんな最低限の手間すらかけず、安直な陰謀論に走るのだ。

http://hirorin.otaden.jp/e307586.html

 もちろんマスコミの言うことを何でも鵜呑みにするのは危険だ。
 しかし、最低限の確認作業すらやらずに、「陰謀だ!」とか「捏造だ!」と決めつけるのは、メディアリテラシーとは正反対の愚かな行為である。マスコミには騙されていないけど、自分自身に騙されている。

 あと、「○○は捏造だったからこれも捏造に違いない!」という論法もよく見かけるけど、あれも頭悪いなあ。特に今の朝日新聞の記事を「捏造だ!」と決めつける奴が持ち出すのが、必ず1989年のサンゴ記事捏造事件だってのはどういうことなんだろう。25年も前に1カメラマンが起こした事件が、なぜ今の朝日新聞の記事が捏造である根拠になるのか、僕には理解不可能である。
 ある記事が捏造かどうかを判定するには、記事の内容をちゃんと調べなきゃだめなんだよ、当たり前だけどね。
  


Posted by 山本弘 at 19:24Comments(22)メディアリテラシー

2014年06月20日

フィクションにおける嘘はどこまで許される?(後編)

 ただし、フィクションならどんなデタラメでも許されるわけではない。
 慎重にならなくてはいけないのは、扱う対象が実在の人物や団体である場合だ。
「1人でも不快に思う人がいるなら、その言葉を使うのを控えるべきだと思うんです」というのは明らかに非現実的な極論だけど、なるべくなら誰も傷つけない方がいいに決まっている。

 僕の体験で言うと、『MM9』を書きはじめる前、「この話では絶対に自衛隊を悪者にしない」という誓いを自分に立てた。
 これは政治的信条とかとは何の関係もない。『MM9』の世界では怪獣は自然災害であるという設定なのだから、怪獣と戦う自衛隊を悪者にすることは、げんに自然災害の現場で救助活動をしている自衛隊の方々に対して失礼になると考えたのだ。
 これは『MM9』だからであって、他の物語だったら、ストーリーの都合上、自衛隊を悪役にする場合もあると思う。日本政府とかアメリカ政府とかCIAとかの陰謀も、必然性があるのなら、フィクションの中で描いてもいいだろう。
 また、作品を通して現実の何かを批判したい場合には、もちろん批判の対象を不快にすることをためらうべきじゃない。
 僕の作品の場合だと、たとえば「アリスへの決別」を読んだら、表現規制賛成派の人は不快に思うはずである。でも、彼らを批判するために書いた話なんだから、当然のことだ。
 逆に言えば、必然性がないのに実在する誰かを悪者にしちゃだめだ。

『美味しんぼ』がまずかったのは、フィクションではなく「福島の真実」と主張していたこと。そして、福島に関する悪評を立てて、げんに福島に住んでいる人たちを傷つける内容であったことだ。
 反原発を主張したり、政府や東電を批判するのはかまわない。言論の自由だ。しかし、福島の一般の人たちは被害者ではないか。震災の苦しみから立ち直ろうとしている無辜の市民を妨害するようなことをやっちゃだめだろ。

『美味しんぼ』とコンセプトが似ているマンガに、『MMR』がある。かたや新聞社の記者、かたやマンガ雑誌の編集者が主人公。実在の人物を作中に登場させてリアリティを出し、非科学的な理論を展開して読者を不安する手法も似ている。(スタートしたのは『美味しんぼ』の方が早いんだけど)
 しかし、『美味しんぼ』以上にデタラメな内容の『MMR』に対し、『美味しんぼ』のような激しいバッシングがあったという話は耳にしない。
 その理由のひとつは、前述のように、リアルっぽい作品ほど嘘を書いた場合の反発が大きいということ。『MMR』ぐらい荒唐無稽で間違いだらけだと、逆に「間違ってる」とツッコむのも空しくなる。
 もうひとつ、いくら悪く書いても、三百人委員会やレジデント・オブ・サンは抗議してこないということ(笑)。そういう組織や人物が実在しないと分かっているから、スタッフも安心して大嘘がつけるんだろう。

 繰り返すが、なるべくなら誰も傷つけない方がいいのだ。
 作家というのは常に、「これは誰か無辜の人を傷つけないだろうか」と悩みながら書くべきだと思う。

 それにからんで、SF界で有名な例に、「『豹頭の仮面』事件」がある。
 1979年、栗本薫〈グイン・サーガ〉シリーズの第1巻、『豹頭の仮面』が出版された。その中に「癩(らい)伯爵」という悪役が出てきた。癩病に冒され、全身が醜いできものに覆われ、膿を垂れ流し、悪臭を放っているという、すさまじいキャラクターだ。そのおぞましさ、嫌らしさ、邪悪さが、これでもかというぐらいねちっこく描かれていた。(もちろん、本物の癩病=ハンセン病は、そんな病気ではない)
 僕はリアルタイムで読みながら「これはまずいんじゃないか?」と心配したのだが、案の定、ハンセン病患者の団体から抗議を受けた。現在、出回っている『豹頭の仮面』は書き直されたバージョンで、癩伯爵は「黒伯爵」という名に変わっている。
〈グイン・サーガ〉の世界では、この世界にあるものと名前は同じでも、実際は違っているという設定である。たとえば「ウマ」という生物は、我々の世界の馬と同じものではなく、あくまで異世界の生物なのだそうだ。
 だから作者はおそらく、癩病も我々の世界の癩病ではなく、ファンタジー世界の架空の病気という認識で書いたのだろう。
 しかし、架空の病気なら、わざわざ「癩病」という現実に存在する病気の名をつける必然性はまったくなかったんじゃないだろうか? 架空世界の架空の病気に架空の名前をつける手間なんて、ごくわずかだ。
 しかもその患者をおぞましい悪役として描いたのだから、これはもうどう考えてもアウトだ。
 SFやファンタジーのような架空世界を描く場合でも、配慮は必要だ。

 故・栗本薫(中島梓)氏に関しては、もうひとつ、僕がいまだにどうしても許せないことがある。2002年にブログでやらかした、北朝鮮拉致被害者に対する問題発言だ。

>44歳で生存が認められた蓮池薫さん、大学が「復学を認めた」そうですけれども、いま日本に帰って44歳で大学生に戻っても、もう、蓮池さんには「あたりまえの日本の平凡な大学生」としての青春は戻ってこない、それは不当に奪われたのですが、そのかわりに蓮池さんは「拉致された人」としてのたぐいまれな悲劇的な運命を20年以上も生きてくることができたわけで、 それは「平凡に大学を卒業して平凡に就職して平凡なサラリーマン」になることにくらべてそんなに悲劇的なことでしょうか。

 これを読んだ瞬間、同じ作家として愕然となった。
 この人は現実に存在する拉致被害者を、小説の登場人物のように考えている!
 確かに小説の中であれば、「たぐいまれな悲劇的な運命」に翻弄されるキャラクターの人生は、「平凡なサラリーマン」のそれより魅力的だ。でも、拉致被害者の体験は小説ではない。現実なのだ。それが分かっていない。
 現実の拉致被害者の方の心境を想像してみれば、「そんなに悲劇的なことでしょうか」なんて残酷な言葉は出てこないはずだ。
『豹頭の仮面』事件も結局のところ、現実に存在するハンセン病患者の方に対する想像力の欠如が原因だったんじゃないかと思うのである。

 今、作家や編集者は、どこも差別問題に過敏である。「下手なことを書いて人権団体から抗議を受けないか」とびくびくしている。
 それは間違っている、と僕は思う。問題は誰かを傷つけるかどうかであって、抗議はその結果にすぎない。抗議さえ受けなけりゃいいってもんではない。
 注意すべきなのは「抗議を受けるかどうか」じゃなくて「人を傷つけるかどうか」だ。そこを絶対に間違えないように。
  

Posted by 山本弘 at 17:08Comments(22)作家の日常

2014年06月20日

フィクションにおける嘘はどこまで許される?(前編)

『美味しんぼ』問題に関連して。

 僕が今、ハマってるマンガに、森薫『乙嫁語り』がある。
 前から存在は知ってたけど、読んだことがなかった。少し前に、ある番組で紹介されていて興味を持ったもんで、本屋に行って買ってきた。


 とてつもないマンガだな、おい!
 服や絨毯などの細かい柄をすべて手描きしているのもすごいけど、僕が衝撃を受けたのは第一話で、ヒロインのアミルが馬を駆りながらウサギを射るシーン。驚異的なデッサン力、素晴らしい躍動感。これには恐れ入った。マンガの、それも絵だけで息を呑むなんて、いったい何年ぶりの体験だろうか。
 家に持ち帰ったら、妻も録画していた同じ番組を観ていて、
「何も言わんでも、あんたが買(こ)うてきてくれるんとちゃうかなー、と思てたわ」
 うむ、以心伝心!

 妻の感想は「すごく分かりやすい」「すらすら読める」。それは分かる。19世紀の中央アジアという、日本人になじみの薄い設定、それに絵の情報量の多さにもかかわらず、読んでいて「ここはどうなってるんだろう」と詰まるところがない。リーダビリティが高いのだ。
 たとえば士郎正宗とかもすごく絵は上手いんだけど、アクション・シーンでコマとコマの間が抜けてるもんで、何が起きてるか分からなくて悩むことがちょくちょくある。そういうところがない。
 最初、女性キャラの顔が似てるもんで、「これ描き分けられるのかなあ」「誰が誰か分からなくなって混乱しないか」と心配したんだけど、それもなかった。
 画力、プラス、分かりやすさ。これは驚異だ。
「これはプロの仕事やねえ。趣味でマンガ描いてる人間には真似できひんよ」と妻は言う。でも、そうなんだろうか。これって究極の趣味のマンガじゃないんだろうか。あの服の柄だけ見ても、好きでないと描けないと思うんだけど。

 ……とまあ、ここまではほのぼのした話題だったんだけど。

 ある人から、『乙嫁語り』には批判の声があると聞かされた。歴史に詳しい人たちの間では、あのマンガの評判は芳しくない、「歴史的に間違いだらけだ」というのだ。

 はあ?

 いや、あのマンガって、最初に「19世紀 中央アジア」ってナレーションされてるよね?
 僕はあのアバウトなナレーションで、作者が「歴史的に正確に描くつもりはありません」と宣言していると解釈したんだけどな。中央アジアったってむちゃくちゃ広いし、19世紀ったって100年もあるのだから。
「19世紀 中央アジア」というのは、正確な時代や場所を特定しない、つまりファンタジーですよという意思表示だと思うのだが、なぜそれを読み取ってあげないのだろうか。

 だいたい、「歴史的に間違いだらけ」なんてことを言い出したら、時代劇マンガやテレビ時代劇は全滅ではないか。江戸時代なのに既婚女性が誰もお歯黒つけてない時点で、みんなアウトだ。侍が髷を結ってない、それどころか現代の若者みたいな髪型してるキャラがぞろぞろ出てきて、現代人と同じ口調で話す。戦国時代の武将が乗っている馬がサラブレッドだったり。
 しかし、日本史の専門家が『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』や『遠山の金さん』や『一休さん』を非難してるという話は聞いたことがない。たぶん『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』とかも、歴史に詳しい人が見たら、間違ってるところは絶対にあると思う。でも、それに腹を立てる人はいない。
 テレビ番組やマンガだけじゃない。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」とかも、時代考証的にはまったくデタラメである。
 なのになぜ、『乙嫁語り』が非難の対象になるのだろうか?

 時代物に限ったことじゃない。
『ゼロ・グラビティ』はすごく面白いSF映画だったが、あの映画の科学的間違いを批判する声があると知って不思議に思った。
 もちろん『ゼロ・グラビティ』にも間違っている点はいくつもある。しかし、もっと大きな科学的間違いのあるSF映画なんてゴロゴロしてるのに、なぜよりにもよって『ゼロ・グラビティ』が批判の的になるのだ? 『アルマゲドン』なんかその100倍ぐらい批判されなきゃおかしいはずなのに。
 知り合いのお医者さんの話によると、手塚治虫の『ブラック・ジャック』は割と医者の間の評判がいいらしい。さすがにロボトミーを扱った時は抗議がきたけど、人間を鳥に改造したり、宇宙人の手術をしたりといった突拍子もない話は、医学的にありえなくても、お医者さん的にはOKらしいのだ。
 どうやら荒唐無稽な作品は許容されるが、リアル(に見える)作品ほど「許せない!」と腹を立てる人が出てくるらしい。
 テレビ時代劇の場合、あれはもう日本人にとってスタンダードになっちゃってて、今さら「間違ってる」などと批判するのは野暮である……という認識が浸透してるんだと思う。

 僕が好きなマンガ、徳光康之『濃爆おたく先生』(講談社)にこんなシーンがある。
 巨大人型兵器という設定の不合理性を列挙し、『ガンダム』を「SF失格」と主張するSFマニアの千巣負湾打(せんすおぶわんだ)。それに対して、主人公の暴尾亜空(あばおあくう)がこう反論する。

「なるほど、キサマの言うことは正しい。
 では、今の話と「一年戦争」の他のSF的不合理を改め、
 小説か漫画、アニメなりで作り直したとして、
 そこに、
 そこにワンダーはあるのかい。
(中略)
 いいかッ、キサマが語っているのはSF考証であって、
 SFそのものではない!
 そこにワンダーはかけらもない!
 極論すればSFとはワンダーであり、ワンダーとはおもしろいデタラメだ!
 その「1」のデタラメをデタラメでなくワンダーと感じさせるための「99」のSF考証が確かに必要だッ!
 だがッ、その逆では決してない!」


 僕はこの考えに同意する。というのも、僕自身が「面白いデタラメ」をコンセプトにした作品ばかり書いてるからだ。『時の果てのフェブラリー』も『神は沈黙せず』も『地球移動作戦』も『MM9』もみんなそう。
 もうじき単行本になる『プロジェクトぴあの』もそうだ。『地球移動作戦』の前日談で、ピアノ・ドライブの発明者、結城ぴあのの物語。アイドルにしてマッドサイエンティスト。ありえねーよ!(笑)でも面白いよ。
 今書いてる『BISビブリオバトル部』は、SFではなく現実寄りの話ではあるけど、それでも監修していただいている立命館大学の谷口忠大先生(ビブリオバトルの考案者)に「こんな頭のいい高校生いませんよ」と言われてしまった。分かってますから! フィクションですから!

 だいたいフィクションが学問的に完璧に正しくなくてはいけないっていうんなら、そもそもSFなんか書けない。「光より速い宇宙船」が出てくるだけでアウトだ。タイムマシンも巨大怪獣も超能力も日本沈没もみんな大嘘だ。
 もちろん作者は、その大嘘を、さもありえるかのように、もっともらしく語らなきゃいけない。そして読者の側も、嘘を嘘と知りつつ楽しむスキルを要求される。面白い嘘なら「騙されてあげよう」と思う。
 ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』とかも、あのラストの謎解きは明らかに科学的に間違っている。でも、それまでの物語が知的でエキサイティングだったから許せるのだ。「間違ってるけど、この結末は面白いからOKだ」と。
 優れた作品に対して、「科学的に間違ってるから許せない」とか「歴史的に間違ってるから許せない」とかケチをつける人は、フィクションを楽しむスキルに欠けてるんじゃないかと思うんである。科学考証とか歴史考証というのは、話をリアルに見せて面白くするための要素にすぎない。
『ゼロ・グラビティ』が面白かったのは、可能な限り科学的に正しく宇宙を描写することで、ヒロインの置かれた状況が絶望的なことを印象づけていたからだ。科学的に穴だらけの話だったら、安直な展開がいくらでもありえるわけだから、あれほどの緊張感は生まれなかっただろう。時代物の考証だって、正確に時代を再現することでリアリティが増して面白くなるのなら、いくらでもやればいいと思う。
 逆に言えば、作者が「事実じゃないけど、こっちの方が面白い」と考えたのなら、科学的・歴史的に間違ったことをやってもいいはずなのだ。
 フィクションにとって重要なのは、「面白いか面白くないか」だ。

 あっ、言うまでもないけど、「面白いデタラメ」でないとダメだからね? つまらないデタラメは、ただのデタラメ。つまらないデタラメを書いておいて「フィクションですから」と開き直られては困る。
  

Posted by 山本弘 at 16:34Comments(19)作家の日常

2014年06月20日

『NHK 幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー』

『NHK 幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー』


編著者 NHK「幻解!超常ファイル」制作班
発行 NHK出版
 2014年7月5日発行
 1100円+税

 NHKの同題の番組の書籍化です。僕も取材受けた一人なんで送られてきました。ノストラダムスについて話してます。
 ぶっちゃけ、もうギャラは貰っちゃってるので、売り上げが伸びても僕の懐に入る金が増えるわけじゃないんですが(笑)、面白い本なので宣伝させていただきます。
 民放の作るいいかげんなオカルト番組と違い、懐疑的なスタンスで作られています。こういう番組、もっとあっていいと思うんですけどね。

PART1 UFO&エイリアンの真実に迫る
▼File01 エイリアン・アブダクション~宇宙人に誘拐された人々~
▼File02 江戸時代に現れた謎の円盤と美女
▼File03 スペシャリストが教えるUFO映像の正しい見かた

PART2 神秘の未確認動物・UMAを追う
▼File01 ネス湖のネッシー研究最前線
▼File02 実在する? 謎の獣人ビッグフット
▼File03 日本の未確認生物ツチノコを探せ
 ネッシー、ツチノコだけじゃない まだまだほかにもいる未確認動物・UMA

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ①

PART3 超常現象&都市伝説の裏側を暴く
▼File01 超能力は存在するか
▼File02 ノストラダムスがうつし出す心の闇
 東京最恐ミステリー・スポット 平将門の首塚の真実
 魔のトンネル怪奇事件 ~都市伝説はこうして生まれる!

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ②

PART4 古代文明と遺産・オーパーツの謎を紐解く

▼File01 クリスタル・スカルに隠された秘密
▼File02 恐怖! ツタンカーメンの呪い
 モアイ像が歩いた!?

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ③

PART5 よみがえる伝説 世界の怪物&魔物
 ブルガリア発 “死者のよみがえり”から誕生した吸血鬼伝説
 アメリカ発 無実の人々が次々と処刑された魔女狩り伝説
 フランス発 女性、子どもを狙うジェヴォーダンの巨大獣 謎の野獣伝説
 不思議事件を次々と解き明かす 日本の妖怪博士・井上円了

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ④
  


Posted by 山本弘 at 16:21Comments(3)PR最近読んだ本

2014年06月20日

「SFのネタは科学ニュースから探そう!#2」

Live Wire 14.5.30(金) なんば紅鶴|山本弘の秘密基地LIVE#35

SFのネタは科学ニュースから探そう!#2

 昨年6月の「SFのネタは科学ニュースから探そう!」の第2弾!今回もSF作家・山本弘が、最新の科学雑誌や科学本の中から、SFのアイデアに使えそうな、とびきりエキサイティングな話題を探し出し、楽しく紹介します。
 論文コピペを見つけ出すソフト。二重太陽系をめぐる惑星。人間はなぜ夢を見るのか。サブリミナル効果はどこまで真実か。タコのような軟体ロボット……などなど、取り上げる分野は様々。最新作『僕の光輝く世界』『プロジェクトぴあの』『BISビブリオバトル部』のネタ本も紹介。SFファン、科学ファンは必見!

[出演] 山本弘(SF作家)

[日時] 2014年6月27日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F / Tel. 06-6643-5159)南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 1500円
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

 前売り券のお求めはこちらへ。

http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=74845461
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 すみません、今月の前半はゲラチェックが重なったうえに体調崩して、なかなかブログの更新ができませんでした。
『BISビブリオバトル部』に出てくる本は、どれも僕のおすすめなんですが、今回は特に巨乳のサイエンス美女の明日香先輩のおすすめ本を中心に(笑)。
 いやほんと、『不確定性原理』も『風評破壊天使ラブキュリ』も『冥王星を殺したのは私です』も、ものすごく面白いんですから。
  


Posted by 山本弘 at 16:12Comments(0)PR