2012年04月29日

福島産の野菜による被曝量はどれぐらい?

 それならなぜ、僕は「福島の野菜をじゃんじゃん食べよう」と書いたのか? 理由は簡単である。

1.福島の野菜は安全である。
2.福島の野菜を買うのを避けることは、被災地の人たちを苦しめることである。被災地の野菜を買うことは支援につながる。

 まず、1から説明しよう。
 この4月から、野菜に含まれるセシウム137の基準値は、それまでの1kgあたり500ベクレルから、1kgあたり100ベクレルにきびしくなった。僕はこの「1kgあたり100ベクレル」という基準はナンセンスで、500ベクレルで十分だと思っている。その理由はこれから述べる。

 まず、基準値ぎりぎりの野菜を食べ続けた場合の被曝量を計算してみよう。
 これだけニュースで報じられているのに、いまだにベクレル→シーベルトの換算ができない人が多い。「そんな難しいことは分からない」と、考えるのを放棄しているのだろうか。
 そんなことはない。単純な掛け算だから、この機会に覚えてほしい。放射性元素ごとに算出された「実効線量係数」という数値を、ベクレルに掛けるだけである。

ベクレル×実効線量係数(ミリシーベルト/ベクレル)=ミリシーベルト

 ほら、小学校高学年でもできるでしょ、こんな計算?
 現在、日本人の野菜の平均摂取量は、1日あたり280.9gだそうである。

http://www.5aday.net/data/intake/index.html

 セシウム137を経口摂取した場合の実効線量係数は、0.000013(ミリシーベルト/ベクレル)である。つまり1ベクレル摂取すると、0.000013ミリシーベルト(0.013マイクロシーベルト)被曝する。

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/13.html

 仮に1kgあたり100ベクレルの野菜を一日に280.9g、1年間食べ続けたとすると、

 100×0.2809×365=10300

 で、約1万ベクレルを摂取することになる。これによる被曝量は

 10300×0.013=130

 130マイクロシーベルト、つまり0.13ミリシーベルトである。1年中ずっと食べ続けても、1ミリシーベルトに達しないのだ。(幼児の場合の実効線量係数は大人よりやや高いが、幼児は野菜を食べる量も少ないので、被曝量も少ない)

 しかもこれは、規制値ぎりぎりの野菜を1年中食べ続けるという、現実にはとうていありえない仮定を元にしている。スーパーに行けば日本全国の野菜、さらには海外からの輸入野菜も並んでいる。たまたま手にした野菜が福島産である確率は数十分の一にすぎない。また、福島産の野菜の放射線量がすべて基準値ぎりぎりということもありえない。そのほとんどは、基準値の何分の一、何十分の一という量のはずである。
 そう考えると、福島産の野菜によって被曝する量は、130マイクロシーベルトよりずっと少なく、せいぜい年間数マイクロシーベルト程度の量であると推測できる。その被曝の影響など、まったく考える必要はない。

「でも、もしかしたら検査をすりぬけて、基準値より高い野菜が市場に出回ってしまうこともあるのでは?」

 そう危惧する人もおられるかもしれない。心配ご無用。
 まず、基準値を大幅に上回る野菜が収穫されること自体が少ないことだし、さらにそれが検査をすり抜けて出荷され、あなたの口に入る確率はきわめて小さい。
 たとえそうした基準値オーバーの野菜を食べても、一回ぐらいなら何の影響もない。
 1回の食事で口にする野菜は100g前後だろう。仮にそれが基準値の10倍、1kgあたり1000ベクレルのセシウム137を含んでいたとすると、体内に入る量は100ベクレル。
 その被曝量は、わずか1.3マイクロシーベルト。

「それでも不安だ! 1ベクレルの放射性物質も口に入れたくない!」

 そうヒステリックにわめく方もおられるかもしれない。だが、それは不可能なのだ。放射性物質は自然界にも存在していて、僕らは常にそれを食べているのだから。
 たとえばカリウム40という放射性元素がある。これは天然カリウムの中に0.0117 %の割合で存在している。そしてカリウムは生物にとっての必須元素であるため、カリウム40はほとんどすべての食品に含まれている。
 カリウム1gには30.4ベクレルのカリウム40が含まれている。つまり食品中に含まれるカリウムの量が分かれば、そこからカリウム40による被曝量も導ける。

栄養素別食品一覧/カリウム
http://www.eiyoukeisan.com/calorie/nut_list/kalium.html

 このリストは食品100gあたりのカリウムの量をmg単位で表わしたもの。たとえば、とろろ昆布1kgには、48000mg(48g)のカリウムが含まれていることになる。だからこの表の数字に0.304を掛ければ、1kgあたりのベクレルが換算できる。
 特にカリウム40の多い食品をいくつか挙げよう。

ほうれん草(生) 210ベクレル
するめ 330ベクレル
ビーフジャーキー 230ベクレル
こんぶ(乾) 1600ベクレル
わかめ(素干し) 1600ベクレル
とろろ昆布 1500ベクレル
だいず(乾) 580ベクレル
あずき(乾) 460ベクレル
納豆 200ベクレル
煮干し 360ベクレル
ピスタチオ 290ベクレル
干ししいたけ(乾) 640ベクレル
マッシュポテト(乾) 360ベクレル
フライドポテト 200ベクレル
脱脂粉乳(粉)  550ベクレル

 他にもたくさんの食品に1kgあたり100ベクレル以上のカリウム40が含まれている。生きている限り、これを避けることはできない。
 ちなみに、カリウム40を経口摂取した場合の実効線量係数は、セシウム137の約半分。つまり「カリウム40の200ベクレルは、セシウム137の100ベクレルに相当する」と考えてよい。
 もっと分かりやすく言えば、1kgあたり100ベクレルのセシウム137を含む野菜を食べた場合の被曝量は、同じ重量の納豆やフライドポテトを食べた場合の被曝量と、ほぼ同じなのである。
 4月9日、千葉県白井市で、露地栽培された原木シイタケから、基準値を超える1kgあたり740ベクレルの放射性セシウムが検出された。
 仮にこのシイタケを100g食べて、74ベクレルのセシウム137が体内に入ったとすると、それによる被曝量は0.96マイクロシーベルト。とろろ昆布を100g食べたのと同じぐらいである。(とろろ昆布には1kgあたり1500ベクレルのカリウム40が含まれている)

 だから僕は、「1kgあたり100ベクレル」という新基準をナンセンスだと思っている。この被曝量をカリウム40に当てはめたら、納豆もフライドポテトもするめも煮干しも食べてはいけないことになってしまうのだ。(1kgあたり500ベクレルという基準でも、とろろ昆布はオーバーしてしまうのだが)
 実におかしな話である。この基準を定めた人は、「人工の放射能は自然の放射能よりはるかに危険」とでも思っているのだろうか。

「カリウムを摂取すると被曝するのか。だったらカリウムの入った食品は避けた方がいい」

 そう誤解される方がおられるかもしれないので、事前に警告しておく。それは大変に危険な考えである。カリウムは健康にとって重要なのだ。

http://vitamine.jp/minera/kari.html

 人体は常にカリウムを排出しているが、同時に食物からカリウムを摂取しているため、体内のカリウムの量はほぼ一定に保たれている。カリウムが足りなくなると、低カリウム血症になり、脱力感、無表情、無関心、無気力、うとうと状態、筋力低下、食欲不振、吐き気、いらだち、非合理的行動、重度では筋肉麻痺、横隔膜の不動と血圧低下由来の呼吸不全といった症状が出る。

http://vitamine.jp/minera/kari03.html

 つまりカリウムを毎日摂取することによって健康が保たれているのだ。地球上の生物は、カリウムを利用する体に進化してきた。カリウムなしで人間は生きられない。
 成人の体内には、およそ4000ベクレルのカリウム40が常に存在している。これによって、生殖腺に対して年間180マイクロシーベルト、骨に対して年間140マイクロシーベルト被曝していると言われている。
 当然、人によってカリウムの摂取量は違うから、被曝量にも何パーセントかの個人差があるはずである。普段からほうれん草や納豆や昆布やわかめをたくさん食べている人は、平均的な人より被曝量は何マイクロシーベルトか多いだろう。
 だから被曝量が数マイクロシーベルト増えたところで、それは個人差の範囲内ということである。そんなもので何か影響が出るわけがない。
 カリウム40以外にも、自然界には炭素14という放射性元素もある。炭素は生命を構成する基本元素なので、炭素14もあらゆる食品中に存在する。
 たとえば、でんぷん1kgの中には440gの炭素が含まれている。炭素1gあたり0.23ベクレルの炭素14が含まれているから、でんぷん1kgには約100ベクレルの炭素14が含まれていることになる。
 ちなみに、大気圏内核実験が行なわれていた1960年代には、その影響で炭素14の比率も高くなり、一時期、核実験開始前の約2倍、炭素1gあたり0.45ベクレルに達したそうである。こわいね、核実験。
 成人の体内には約16kgの炭素があるので、約3700ベクレルの炭素14が常に存在していることになる。
 炭素14の実効線量係数はセシウム137の20分の1以下なので、影響も小さい。それでも骨格組織に年間24マイクロシーベルト、生殖腺組織に年間50マイクロシーベルト被曝しているという。

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/3.html

 これが人間の自然の状態なのだ。 

 それでもなお、「1マイクロシーベルトでも被曝量が増えるのは不安だ」という人には、こんなデータも紹介しておこう。日本の県別自然放射線量である。

http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/991115ken.htm

 見ての通り、もともと県によって放射線量には差がある。全国平均は年間990マイクロシーベルトだが、岐阜県では1190マイクロシーベルト、神奈川県では810マイクロシーベルトと、最大と最小で380マイクロシーベルトもの開きがある。
 先に、セシウム137が1kgあたり100ベクレル含まれる野菜を1年間食べ続けると130マイクロシーベルト被曝すると書いたが、これがどれぐらいの被曝量の増加かというと、京都(1030マイクロシーベルト)から隣の滋賀(1160マイクロシーベルト)に引っ越すぐらいなのである。
「滋賀に引っ越したら年間被曝量が130マイクロシーベルトも増加する! こわい!」と思う京都人はあまりいないと思う。

 どれぐらいの被曝量から危険になるかは一概には言えないが、年間数百マイクロシーベルト程度の増加なら、まず心配することはないのだ。
 繰り返すが、基準値ギリギリの野菜を一年間食べ続けても、被曝量は130マイクロシーベルトである。
 だから福島産の野菜を怖がる必要はない。
  


Posted by 山本弘 at 18:57Comments(37)サイエンス

2012年04月29日

僕の原発に対するスタンス

 デマの話の続き。
 最近、よく目にするのが「山本弘は原発推進派だ」というデマである。
 どうやら、前に「福島産の農産物をじゃんじゃん食べよう!」と書いたのが、そうした誤解を招いたらしい。中には僕を「御用学者」と呼んでいる人もいる(笑)。
 冗談じゃない。僕は昔から反原発派である。
 それを証明しよう。まずは『妖魔夜行 戦慄のミレニアム(下)』(角川スニーカー文庫)の第10章から。なお、これを書いたのは2000年なので、ヨーロッパの情勢は現在では変わっている。

「何ということだ……」大統領はまた頭を抱えた。「我々はせっせと原発を作って、彼らが人類を滅ぼすための手助けをしていたのか……」
 現在、世界で使われている商業用一次エネルギーのうち、原子力が占める割合はわずか七パーセント。つまり、少し省エネを実行しさえすれば、世界は原子力なしでもやっていける。化石燃料には資源枯渇や環境汚染の問題もあるが、何十年もかけてゆっくりとソフトエネルギーに転換することは可能だ。
 にもかかわらず、大国が原発を競って建設したのは、核兵器開発とのからみや、電力業界の思惑があったからだ。それに気づいたヨーロッパ諸国は、脱原発に向かって動き出している。九九年一二月に稼動したフランスのシヴォー原発二号炉を最後に、ヨーロッパでは新たな原発の建設計画はない。それでもなお、世界には四〇〇基以上の原発が稼動しており、危険な高レベル放射性廃棄物を休みなく生産している。
 ちなみに、一〇〇万キロワットの原発一基が一年間で生み出す核分裂生成物は、広島に落ちた原爆がまき散らした量の一三〇〇倍に相当する。


 次に2007年の『「環境問題のウソ」のウソ』(楽工社)のエピローグより。

 たとえば僕は原発をこれ以上増やすのには反対である。しかし、「原発をなくすのが正しいことだ」とは言わない。なぜなら、自分の考えが漠然とした不安にすぎず、客観的なデータに基づくものではないと分かっているからだ。
 僕が恐れているのは深刻な原発事故が起きることである。狭い日本で大規模な放射能汚染が発生したら、どれぐらいの範囲が汚染されるか、どれほどの被害が出るか、予想できない。
 無論、原発推進派は「事故なんて起きません。安全対策は完璧です」と言うだろう。もちろんそれは分かっている。本当に安全対策が完璧なら、心配することはない。
 しかし、人間は時として、とてつもなく愚かなことをする。
 たとえば1986年のチェルノブイリ原発事故は、低出力運転の実験中に起きた。この実験中、緊急炉心冷却装置を含むすべての安全装置をカットした状態で、制御棒をすべて引き抜くという、とても信じられない危険な行為が行なわれた。そのせいで原子炉は制御できなくなって爆発した。
 死者2名を出した1999年のJCO東海村ウラン加工施設臨界事故では、正規のマニュアルを無視した手順で作業が行なわれていたのが事故の原因だった。「ウランを大量に集めると自然に連鎖反応が起きる」という原子力についての初歩的知識が、作業員に徹底されていなかったのだ。
 2004年、美浜原発3号機の蒸気漏れ事故では、4人が死亡、7人が重軽傷を負った。事故を起こした配管は、1991年に寿命が切れていたにもかかわらず交換されていなかった。設置時には厚さが10ミリあったが、内部を通る冷却水によって磨耗し、事故当時はわずか1.4ミリにまで薄くなっていた。
 どれも信じられない話である。小説で書いたら「そんなバカなことはありえない」「リアリティがない」と言われるに違いない。でも、これが現実なのだ。
 じゃあ、日本で近い将来、重大な原発事故が起きる可能性はどれぐらいか?
 そんなの分からない。「かなり小さい確率だけどゼロじゃない」としか言いようがない。「原発に勤める職員が信じられないほどバカなミスをやる確率」なんて、誰に計算できるというのか。
 分からない、という点が、僕はこわい。だから少しでも確率を減らしたくて、原発を増やすのに反対している。


 この頃はまだ「漠然とした不安」にすぎず、「これ以上増やすのには反対」という消極的な反原発論だったのだが、危惧していた「重大な原発事故」が起きてしまった後はこう変わる。2011年11月刊行のASIOS『検証 大震災の予言・陰謀論』(文芸社)の巻末座談会である。

山本弘 誤解されないように言っておくと、僕は以前から原発反対派なんですよ。原発はこれ以上増やさない方がいいと思ってたし、福島第一原発の事故が起きてからは特にそう思うようになりました。事故が発生した場合の影響の大きさを考えると、やっぱり原発はやめた方がいい。ただ、今すぐすべて廃止してしまうのは無理がある。電力が足りなくなることで、かえって多くの人が危険にさらされるかもしれない。代替エネルギーを確保しつつ、10年以上かけて、少しずつ廃止していくべきだろうと思うんです。
 ただ、原発が嫌いであっても、「微量の放射線でも危険だ」という極論には与したくない。嘘で不安を煽るのは明らかに間違ってるし、被災者の差別にもつながるから。


 他にも、僕は小説の中でしばしば原子力を否定的に扱ったり、放射線の危険を題材にしたりしている。『妖魔夜行 魔獣めざめる』の中で空母エンタープライズの原子炉が日本近海でメルトダウンを起こしかけたり、中編「審判の日」で原発が爆発したり、『MM9』で放射能怪獣グロウバットを出したり、『地球移動作戦』で登場人物が急性放射線障害で死んだり、『去年はいい年になるだろう』でエクスキューショナーが2万8000発の核ミサイルを撃ちまくったりしたのも、僕の核嫌い、原発嫌いの心情の影響である。
 こうした明白な証明がある以上、「山本弘は原発推進派だ」という根拠のないデマは、二度と言わないでいただきたい。
  


Posted by 山本弘 at 18:11Comments(6)メディアリテラシー

2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(4)

 もちろん、こうしたデマの中には、悪意による捏造も多いだろう。「山本弘はと学会の利益を独占している」とか「トンデモ本大賞の壇上で『新しい歴史教科書』を罵った」なんてのは、明らかに故意に創作されたデマだ。
 その一方、書いた本人も「山本弘はこんなことを書いていた」「あの本にはこう書いてあった」と本気で信じている例も多いようだ。偽記憶症候群(False Memory Syndrome)というやつである。
 偽記憶症候群については、すでに本で何度も取り上げている。これは精神病による妄想とはまったく違う。偽記憶は健康な人間にもしょっちゅう起きていることなのだ。
 あらたに書くのは面倒なんで(笑)、『百鬼夜翔』シリーズの一編、「茜色の空の記憶」から引用させてもらう。

 千絵は微笑んだ。「暗示なんてだいそれたもんじゃない。些細なきっかけで記憶なんて簡単に変わってしまうものなのよ。見たものの大きさ、色、美しさ、時間、場所……何もかもね。人間は常に自分の記憶を書き換えながら生きていると言ってもいいわね」
「でもそれって、日常生活の中のちょっとした思い違いってやつでしょ? もっと強烈な体験だったら、それこそ記憶に強く焼きついて変化しないんじゃないですか?」
「それがそうでもないのよ。一九八六年にスペースシャトルのチャレンジャー号が事故を起こした時、ある心理学者がこんな実験をやったの。事故の翌日、学生たちに『どのように事故のニュースを知りましたか?』というアンケートを出して、その答えを回収したの。それから二年半後、その学者は同じ学生たちに同じ質問をした。するとどうだったと思う? 最初のアンケートの結果と同じものはひとつもなくて、三分の一以上がとても不正確だったの。
 ある学生は、最初のアンケートでは『授業中に何人かの学生が入ってきて、事故について話しはじめた』と書いていたのに、二年半後に同じ質問をされると、『寮の自分の部屋でルームメイトといっしょにテレビを見ていたらニュース速報が流れた』と書いたの。本人は二年半前に自分が書いたアンケートを見せられて、とても驚いたそうよ。確かに自分の筆跡なのに、そんな記憶がまったくない、自分が覚えているのはルームメイトとテレビを見ていたことだって」

 ちなみに、このチャレンジャー号事故についてのエピソードは、E・F・ロフタス&K・ケッチャム『抑圧された記憶の神話』(誠信書房)から引用した。心理学者であるロフタスはこう言っている。

「記憶は手を触れることのできる固形物というよりも、雲や蒸気のように、脳の中を漂うものである」

 この見解には同意せざるを得ない。僕自身、何度か偽記憶を経験しているからだ。昔見たテレビ番組の中に、確かにあったと思っていたシーンが、再放送で見たら無かったのには驚いた。
 だから、「あの本には確かこう書いてあった」と思っても、うかつにその記憶を信じてはいけないのである。
 たとえば「この作品のタイトルが知りたい!@SF板」というスレッドで、こんなのを見つけたことがある。

・日本人作家の短編集。それほど古くはないはず。ハードカバーかもしれません
・以下の三つのような話が載っていたと思います
・実験で「この宇宙は偶然出来たもので、すぐに消える」と知って焦っている男の話
・犯人を捕まえた刑事が、心の中で「殺してやろうか」と思う話
・世界が崩壊してしまったが、少年と出会った少女が希望を見出す話

 えー、1番目のは「闇が落ちる前に、もう一度」、3番目のは「審判の日」だと思うんだけど、2番目のは何ですか(笑)。そんなの、書いた覚えないぞ。
 1番目と3番目があるからまだ分かるけど、2番目だけ見せられても絶対に分からない。作者でさえ。
 これなど、間違ってはいるものの、まったく悪意は感じられない。純粋な記憶違いなのだ。しかも何十年も前の本ならともかく、『審判の日』が出たのは2004年、この発言は2009年なので、5年前の記憶なのである。たった5年で、人の記憶はここまで改竄されてしまうものなのだ。

 当然、こうした記憶の改竄は僕の作品にだけ起きるものではない。他の人の作品に関してもしょっちゅう起きている。
 僕はmixiの『SF(Science Fiction)』というコミュに入っている。その中には「こんな本知りませんか??」というトピがある。その名の通り、よく思い出せない作品について質問するというものだ。僕もちょくちょく回答している。
 それを読んでいると、人間の記憶というのは実にいいかげんで、本人に悪意がなくても、簡単に歪曲や捏造を生み出してしまうことがよく分かる。ジャック・ウィリアムスンの『ヒューマノイド』の舞台が「未来のソビエト連邦」になってる人とか、ロイド・ビッグル・Jr.の「記念碑」をなぜか「ラングリ興亡史」というタイトルで記憶している人とか。
 同じような趣旨の『図書館探偵☆LD』というコミュにも入っているのだが、こっちも面白い。質問者の曖昧な記憶を元に、「この人が言っているのはどの作品のことなんだろう?」と頭をひねるのが、クイズみたいで楽しい。

 だから、記憶が違っていること自体は、ちっとも悪いことではない。それは誰にでもあることなのだから。
 しかし、その間違った記憶を元に誰かを批判するのは悪いことである。
 なぜなら、それは表面上、悪意による中傷とまったく区別がつかないからだ。

 批判を書くなとは言わない。僕の作品が嫌いなら、いくらでも批判していただいてけっこう。言論の自由というものである。
 しかし、その前にソースを確認するぐらいの手間はかけていただきたい。本当に僕の本にそんなことが書いてあるのかを。
 それはあなたの脳が捏造した偽記憶ではないのか。
 これは、山本弘批判を書こうと思っているあなたのためを思って言っている。間違ったことを書いて笑いものになるのは、僕ではなくあなたの方なのだから。
  
タグ :SFデマ


Posted by 山本弘 at 16:41Comments(7)メディアリテラシー

2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(3)

 mixiでも何度かあった。たとえば、『トンデモ本の世界』の中に「菜食主義より肉食のほうが栄養バランス的に合理的」と書かれている、と言っていた人がいた。やはり、そんなことはどこにも書かれていないのだが。
 メールでもたまに来る。たとえば3年前に来たメールは、僕の本のどれかに「重い物体は軽い物体よりも引力が強く働くので早く落ちる」と書いてあったと主張していて、それについて質問してきた。僕がそんな非科学的なことを書くわけがないのだが。
 多いのはやはり2ちゃんねるである。原文を正しく引用しているものはいいのだが、誰かが記憶に基づいて「山本弘はこう書いていた」「こう言っていた」と書いた場合、かなり高い確率で間違っているのである。そんなこと書いてなかったり、あるいは、近いことは書いているが意味がぜんぜん違ってたり。

 たとえば、僕が「『妖魔夜行』やその他の小説では旧日本軍が南京で酷いことをした、朝鮮人の従軍慰安婦に対してひどいことをした、などといった捏造話をしつこく記載している」と批判していた奴がいる。
 僕は『神は沈黙せず』で南京大虐殺についてかなりページを割いたが、『妖魔夜行』では取り上げていない。唯一、「魔獣めざめる」で、ちらっと「南京大虐殺」という単語が出てくるだけだ。そもそも、「魔獣めざめる」の主要な題材は昭和20年3月10日の東京大空襲──アメリカ軍による日本人大虐殺なのである。空襲で愛する人を殺された妖怪が現代によみがえり、アメリカに復讐しようとする話なのだ。
 従軍慰安婦に至っては、『妖魔夜行』でも他の小説でも、一度も取り上げたことがない。「しつこく記載している」と言うのなら、どの本の何ページなのか言っていただきたいものだ。

 また、これは僕だけではなく時雨沢恵一氏を貶めるデマなのだが、こんなのがあった。

時雨沢恵一はギャラクシー・トリッパー美葉をパクってキノの旅を書いたんだぞ
弘が時雨沢を締めたらしぐれ沢がビビって謝ったので弘は太っ腹なところを見せて受け入れた
トンデモだ!ちがう、これはSFだ!とかいう本より


 僕が『キノの旅』と『美葉』の関係について触れているのは、『トンデモ本? 違う、SFだ! RETURNS』(これが正しいタイトル。書名からして間違いまくってる(笑))の178~180ページ、「パクリはどこまで許される?――あの名作の元ネタはこれだ!」という項の終わり近くの一部である。正しく引用しよう。

 最後に、個人的に大変に感激したエピソードを紹介したい。
 時雨沢恵一『キノの旅』(電撃文庫・〇〇年)という小説がある。主人公のキノが、喋るモトラド(バイク)のエルメスと世界を旅して、様々な国を訪れるという寓話的な作品。けっこう人気があり、アニメにもなった。
 この小説を読んだ時、「なんだか『美葉』みたいな話だな」と感じた。『ギャラクシー・トリッパー美葉』(角川スニーカー文庫・九二年)は僕の小説。ヒロインが喋る巡航ミサイルのルーくんにまたがって宇宙を放浪し、いろんな変な異星人の住む惑星を訪れるというコメディだ。もっとも、『キノの旅』との類似は偶然の一致だろうと思っていた。
 だもんで、二〇〇五年の秋に初めて時雨沢氏とお会いした時に、「『サイバーナイト』とか大好きでした」と言われて仰天したもんである。
「『美葉』も読んでました。だからエルメスが喋るのはルーくんの影響なんです」
 そ、そうだったのかーっ!? エルメスの元ネタはルーくんか! まさか本当にそうだったとは思わなかったよ。
 もちろん、これはパクリなんかではない。読み比べてみれば分かるが、『キノの旅』は『美葉』とモチーフが似ているだけで、まったく違う作品である。それどころか、僕は自分の作品の影響を受けた若い作家がデビューし、素晴らしい作品を書いてくれたことを誇りに思う。作家として、こんなに嬉しいことはない。
 さらに言うなら、『美葉』だって僕の独創ではない。主人公のキャラクターは吾妻ひでお『スクラップ学園』(153ページ参照)に大きな影響を受けているし、地球人が宇宙を放浪して変な異星人と出会うというモチーフは、ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』(41ページ参照)がヒントだ。

 僕ははっきり「もちろん、これはパクリなんかではない」と言っているのだが、なぜこれがパクリだということにされるのだろうか? もちろん僕が時雨沢氏を締めたとか、時雨沢氏が謝罪したなんて事実もない(パクリじゃないんだから当然である)。
 だから今度から、「時雨沢は山本からパクった」とか言う奴がいたら、遠慮なしに「バカ」と言ってやってほしい。「そんなことどこにも書いてねーよ、てめーの妄想だろ、バカ」と。

 ちなみにこの「パクリはどこまで許される?」という文章の冒頭で、僕は「2ちゃんねるは役に立たん!」「ほとんどの発言者が記憶と思いこみと悪意だけで書き殴っているために、ガセネタ、間違い、捏造があまりにも多いのである」と書いている。特に筒井康隆氏のパクリ疑惑に関しては、そのすべてが、ネタ元とされる作品より筒井氏の執筆時期の方が先だった(唯一の例外は、本人が盗用を認めて謝罪・封印した短編「邪学法廷」だが、逆に、筒井氏を批判する2ちゃんねらーは誰もそれを読んでいないようだった)。
 その文章がまた2ちゃんねるで歪曲され、新たなパクリ冤罪事件が生まれているのだから、まったく処置なしである。
 改めて言う。2ちゃんねるは役に立たん!
  
タグ :デマSF


Posted by 山本弘 at 15:34Comments(13)メディアリテラシー

2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(2)

 プロになってからもいろんなデマを流されたり、本に間違ったことを書かれたりした。
 たとえば『と学会白書vol.1』(イーハトーヴ出版・1997)に、超常現象研究家の故・大田原治男氏が寄稿された「と学会に反論する」という文章である。

 と学会では、非常に高度な問題を扱った場合は、間違いが多いと言われている。と学会会長の山本弘氏は、夢で予知するなどとはトンデモない事であると、以前トンデモ本に載せたことがある。(後略)

 当時出版されていた『トンデモ本の世界』『トンデモ本の逆襲』『トンデモ超常現象99の真相』、さらに自分の小説まで読み直してみたが、僕は「夢で予知するなどとはトンデモない事である」とも、それに近いことも書いていなかった。大田原氏は僕が言ってもいないことに対して反論していたのである。
 この時は「そそっかしい人がいるなあ」という印象だった。だが、その後も続々と同じようなことを言う人が現われた。

 (前略)彼らが「トンデモ学会」という会を発足させた最初の動機は、彼らの著書によれば、「真面目な本が売れないのに精神世界の本がバカ受けに売れている。だから彼らも精神世界の範疇の本を書く」というのである。未知なる分野に対して、それを究明するために著述するのではなく、金儲けのために著述するというのである。
――楓月悠元『全宇宙の真実 来るべき時に向かって』(たま出版・1998)

 そんな「動機」はどの本にも書かれていない。

 山本氏が以前に書いた『トンデモ超常現象99の真相』(P103~104)の中で、飛鳥説によるヤハウェの公転軌道を、地球と全く同じ軌道として、だからこそ「ケプラーの法則」から見ておかしいと記載しているが、あのままでいいのか?(後略)
――飛鳥昭雄『飛鳥昭雄ロマン・サイエンスの世界』(雷韻出版・2000年)

『トンデモ超常現象99の真相』の該当ページには「ケプラーの法則」なんて言葉は出てこない。

 当然、ネット上にもこういう人間はよくいる。たとえば、検索していて偶然に見つけてしまったのが、『神は沈黙せず』のデタラメなレビュー。書かれたのは2007年らしいが、僕が気づいたのは最近である。

またストーリーの構造から言えば、結局主人公の最終到達点は「神がいようがいまいが自分には関係ない」となるのだけれど、これって中盤で主人公が批判している宗教家の考えと同じだと思うんだよね。主人公はこの宗教家に対して激しく神が実在する証拠を要求する。宗教家は終いには「神が本当に実在するかどうかは我々の宗教にとって重要ではない」と言い出す。主人公はこれを聞いて「宗教にとって神こそが何よりも重要のはずなのに、それがどうでもいいとは何事か」と唖然とする。(この辺うる覚えなのであしからず)。

中盤で出てくる宗教家も、主人公の最終到達点もどちらも「神はいてもいなくてもいい」だ。両者が同じことを言っているのに山本は気づいていないのかもしれない。山本は宗教を超常現象やオカルトという側面からしか見ていないからこういうことになる。

宗教の本質はその時代時代の社会規範や経験則の集大成であり、現代の法律や科学が担っている部分にある。オカルト的要素は味付けに過ぎないわけで、その意味で「神の実在性」もさして重要なことではないわけだ。まあ宗教家にストレートにこれを言うと激怒するが、彼らの言うことをまとめれば結局そういうこと(「神は宗教にとって本質ではない」)にならざるを得ない。言い方を変えれば、社会規範と経験則の集合体を「神」と擬人化しているのだから、大事なのは集合体の方であって、擬人化された偶像ではない。大切なのは集合体である「教え」の方であって、偶像の方は実在していようがいまいがかまわないわけだ。

ところが山本の代弁者たる主人公には、宗教家が神の実在性を”どうでもいい”などということは常軌を逸した暴言としか解釈できない。山本弘は疑似科学批判が本業(?)だから宗教をオカルト的な側面からしかみれないのは仕方ないのかもしれないが、その偏狭さが小説家としての能力にも足かせをはめてしまっている。


 はい、『神は沈黙せず』を読んだ方なら、どこがおかしいかお分かりですね。
「神が本当に実在するかどうかは我々の宗教にとって重要ではない」などと主張する宗教家なんて、この小説には出てこない!
 当然、主人公が「宗教にとって神こそが何よりも重要のはずなのに、それがどうでもいいとは何事か」とか「常軌を逸した暴言」などと思うくだりもない。そもそも主人公が宗教家に対して「激しく神が実在する証拠を要求する」場面などない。7章で主人公がオカルト信者や宗教関係者に問いかけた質問は、「神が実在するなら、どうして悪がはびこるのでしょう?」というものである。神が実在する証拠など要求していないのだ。

 ちゃんと間違いを指摘してくださっている方もいた。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080924/1222297593

 まあ、僕も小説のストーリーを誤って記憶していることはよくある。しかし、長々と書かれた『神は沈黙せず』批判の主要な論拠が、小説の中に存在しないというのは、あまりにひどいんじゃないだろうか。「この辺うる覚えなのであしからず」と書くぐらいなら、該当箇所を確認するぐらいの手間をなぜかけない?
  


Posted by 山本弘 at 15:09Comments(8)メディアリテラシー

2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(1)

 以前、こういう文章を書いたことがある。

山本弘をめぐるデマ
http://homepage3.nifty.com/hirorin/dema.htm

 これを書いたのは2004年のことで、この時点でもうずいぶんいろんなデマが流れていた。その後も様々なデマが流れた。多すぎて全部は書ききれないほどだ。

 僕が自分に関するデマに最初に遭遇したのは、1980年代なかばのアマチュア時代にまで遡る。
 僕は1977年に「スタンピード!」で『奇想天外』誌のSF新人賞で佳作になった。本来ならそれをきっかけに本格的にプロ作家としてデビューすべきだったのだが、できなかった。
 作品が認められ、「これでプロになれる」と有頂天になった反面、「次はもっといい作品を書かなければ」という強迫観念にとらわれ、ぜんぜん小説が書けなくなってしまったのである。原稿用紙を一枚書いては気に入らなくては破り、また一枚書いては破りという繰り返しで、ぜんぜん前に進めない。
『奇想天外』にはその後、確か1本だけ短編を送ったと記憶している。自分でもひどい出来だと分かっていて、当然、ボツを食らった。
 その後約10年間、僕は同人誌に年に1~2回、短編を発表する程度だった。同人誌ならさほどプレッシャーがきつくなく、書くことができたのだ。それでも執筆ペースはひどく遅かったが。
 この間、商業誌に何か原稿を送ったのは、80年代の前半、正確に何年だったかは忘れたが、『SFマガジン』の新人賞に応募して落選したことがある程度だ(ちなみに、その時に書いた話を大幅に改稿したのが、『アイの物語』に収録された「ブラックホール・ダイバー」である)。他には、『ファンロード』によく投稿してたのと、『SFマガジン』の読者投稿ページ「リーダーズ・ストーリイ」にショートショートを何度か送ったぐらい(ちなみに2回載った)。
 そうそう、『アニメック』が『ガンダム』論を募集した時に、ニュータイプをラマルキズム的新人類と位置づける架空理論「あなたもニュータイプになれる……かな?」を書いて送ったら入選したっけな(1980年12月号)。
 だが、当然、そんなものはプロになるための活動ではない。あくまでアマチュア活動である。
 この時期、僕はプロになるための活動をほとんど何もしていなかった。モラトリアムというやつである。
 1988年、『ラプラスの魔』(角川スニーカー文庫)で、ようやくデビューを果たせた。思えば長い回り道だった。

 後になって知ったのだが、80年代のSFファンダムでは「山本弘が雑誌に作品を発表できないのは、不穏当な発言をしたのでSF界から干されたからだ」というデマが流れていたのだ。
 初めて耳にした時はびっくりした。教えてくれたのは同じ同人誌『星群』に所属していた年長のSFファンである。その人は完全にそのデマを信じていた。「いや、そんなことないですけど」と否定したら、「いや、君は知らないだろうけどね……」と、わけ知り顔で説明しようとされたのには参った。
 干されてる本人が干されてることを知らないなんてことがあるか!
 そもそも、作品を送ってないのに、どうやって干されるっていうの? そんなの論理的に不可能だろう。
 他にも何人もの人から同じ話を聞かされた。関西だけではなく、関東のファンダムでも広がっていたようだ。みんなそのデマを信じていた。中には「複数の人から聞いた」という理由で信憑性を覚えている人もいた。複数の人が言ったから正確というわけでもないだろうに。
 そして当然のことながら、その中の誰も、「不穏当な発言」とは何なのか、僕がどこでそんな発言をしたのか、どこから流れてきた話なのかを言えなかった。(今なら「ソースキボンヌ」とか言うところだ)
 SFファンだからといって、思考が論理的というわけではないのである。

 まあ、当時から僕はそういうキャラとして定着していたんだろう。『星群』の合評会(会誌が出た後、必ず作品を批評する会が開かれた)で、みんなが慣れ合いで当たり障りのない感想を述べ合っている中、僕だけが他の人の作品をずけずけと批判したりしていたからだ。一度、あまりにひどい作品があったので、「何でこんなレベルの低い作品を掲載したんですか!?」と、編集長に食ってかかったこともある。
 今から思えば、そもそも同人誌に載るアマチュアの作品がそんなに傑作ぞろいのわけがないのだから、大人げない態度だったとは思うが。
 誰が最初にデマを流したのかは、もちろん確かめるすべはない。誰かが「山本ってああいうことを言うからSF界から干されたんじゃねーの」と冗談で言い出し、それがいつのまにか事実として定着したんじゃないか……という気がする。

 ちなみに『奇想天外』の新人賞でいっしょに佳作になった一人が新井素子さんである。授賞式で初めてお会いした時はまだ高校2年生で初々しく、「この子があんなすごい小説書くのか!」と驚いたものだ。
 その後、足踏みしている僕を尻目に、新井さんは『いつか猫になる日まで』『星へ行く船』『ひとめあなたに…』『グリーン・レクイエム』『二分割幽霊綺譚』などの傑作を次々に発表、たちまち人気作家となる。当時のSF界ではアイドル視されていて、ゼネプロが吾妻ひでおデザインの新井素子メタルフィギュアを出したこともあるほど(僕も買ったけど、どこかに行っちゃった。残念)。若い読者からは「素子姫」と呼ばれていて、『ファンロード』が「素子姫特集」を組んだこともある。
 僕も新井さんの作品の大ファンで、『…絶句』あたりまではほぼ全作品を読んでいた。中でも、地球最後の日々の人間模様を描いた『ひとめあなたに…』は、今でも個人的に新井さんの最高傑作だと思っている。復刻されているので、ぜひお読みいただきたい。チャイニーズスープ!

 もっとも、僕はずっと京都に住んでいて、ぜんぜん新井さんにお会いする機会などなく、遠くから片思いしているだけたった。だもんで、結婚されたと聞いた時にはショックだった……。
 てなことを書いて『ファンロード』に投稿したら、それが後で「山本弘は新井素子に告白してフラれた」というデマに発展していた(笑)。してねーよ! 授賞式の時以来、10年以上、顔を合わせてもいないから。
  


Posted by 山本弘 at 15:01Comments(5)メディアリテラシー

2012年04月15日

「SFマガジンを創刊号から読んでみるPART2」

トークライブLive Wire 山本弘のSF&トンデモNIGHT#9
「SFマガジンを創刊号から読んでみるPART2」
【出演】山本弘(SF作家/と学会会長)
【日時】4月30日(月)
    開場19:00〜 開演19:30〜(約二時間)
【場所】トークシアターなんば紅鶴
     大阪市中央区千日前2-3-9 『レジャービル味園』2F

 グレッグ・イーガンやテッド・チャンもいいけれど、昔のSFだって面白かった!
 1959年12月に創刊され、すでに半世紀の歴史がある『SFマガジン』。80年代以前のクラシックSFを深く愛する山本弘が、その初期の号の中から、今となっては読めない幻の名作、心温まる佳作、奇想天外な怪作、爆笑の珍作の数々を、主観と偏見でピックアップ。素朴だけれど楽しいクラシックSFの魅力を語り尽くします。

 2月にやったイベントの続きです。前回は1号から50号まででしたが、今回は50号から100号を紹介します。ブリッシュ「コモン・タイム」、アンダースン「救いの手」、ムアコック「乱流」、ジョーンズ「騒音レベル」、クレメント「危険因子」などなど、どこにも再録されず、今では忘れられた作品を熱く語ろうと思ってます。

 LiveWire公式サイト(前売券などの情報はこちらから)

【追記】当初「紅鶴」でお伝えしていましたが、同じ建物内の「白鯨」に変更になりました。
  
タグ :PRSF


Posted by 山本弘 at 17:53Comments(1)PR

2012年04月15日

日本トンデモ本大賞2012

 イベントのお知らせを二つ。

日本トンデモ本大賞2012

【日時】2012年6月9日(土曜)18:30開場 19時開演(予定)
【場所】新宿・ロフトプラスワン
【出演】山本弘 with と学会
【主催】と学会
【入場料】前売り・1500円/当日・2000円
【Lコード】32919
 ローソンチケットでご購入ください。

 日本でいちばんトンデモない本を選ぶという恒例のイベント。去年は20周年ということで大規模にやったんですが、今年はロフトプラスワンです。一挙に狭くなりました(笑)。その代わり、去年の前月祭と同じく、ニコニコ生放送で配信され、投票していただくこともできます。日本中どこからでも参加できるわけです。
 じゃあロフトに行かなくてもいかなくてもいいか……というと、そんなことはなく、ノミネート作品発表前の、会員による研究発表の部分はニコ生では流れません。前にトンデモ本大賞に来られたことのある方なら、ここも面白いことはご存じでしょう。
 今年はどんな本が登場するのか、それは6月9日のお楽しみ!

【追記】前売り券は完売しました。どうもありがとうございます!
  


Posted by 山本弘 at 17:12Comments(3)PR

2012年04月15日

『謎解き超常現象Ⅲ』

 ASIOSの新刊です。



ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)
謎解き超常現象Ⅲ
彩図社 1429円+税 4月17日発売

はじめに――超常現象の新たな謎に挑む

第1章 人智を超えた奇跡「超能力事件」の真相

奇跡の超人、ミリン・ダヨ【剣で刺されても出血しない不死身の男】
「血の涙」の秘密【流れ出る赤い涙は神の啓示か?】
サイ・ババ伝説の真相【空中から物を取り出すインドの聖人】
金粉現象の真実【突然、身体から謎の金色の物体が…】
バクスター効果の謎【植物は人間の心がわかるというのは本当か?】
岡本天明の『日月神示』【異能の画家が残した驚異の大予言】

第2章 奇想天外「怪奇・ミステリー事件」の真相

禁断の「田代峠」の謎【東北最大のミステリースポット】
タイタニック沈没はミイラの呪い 【史上最悪の海難事故の驚くべき真相】
中国の巨大ミステリー・サークル【国営通信の新華社も大々的に報道!】
リンカーンとケネディの奇妙な一致 【2人の大統領にあった忌まわしき共通点】
天降異物学事始 【魚、オタマジャクシ、カエル…何かが空から降ってくる】
海外の心霊写真 【写真に現れた心霊は何を語りかけるのか?】

第3章 異星人の襲来!?「UFO事件」の真相

「ホッテル文書」の信憑性【ロズウェル事件を伝える新たな機密文書が公開!?】
アズテック事件の真相 【ニューメキシコ州アズテックにUFOが墜落!?】
イースタン航空機事件【クラシック三大UFO目撃事件のひとつ】
ベルギーUFOウェーブ【5万人が見た! 史上最大のUFO集中目撃事件】
世界各地に出現する菱形UFO【金沢市でも撮影された謎の飛行物体】
ジミー・カーターが目撃したUFO 【夜空に輝く光の正体は?】
その他のUFO誤認例【未解明なUFO目撃情報の真相を探る】

第4章 迫る地球終焉の日「宇宙の謎」の真相

迫りくるベテルギウス超新星爆発【太陽が二つになり、地球は滅びてしまうのか?】
惑星クラリオンの歴史【地球からどんどん遠くなる? 正体不明の星】
エレーニン彗星が地球に衝突!?【ホワイトハウスも対策を講じた地球存亡の危機】
地球空洞説の真実【南極と北極には地球内部に通じる大穴があった!?】
本当にいるか宇宙生物 【地球外生命体と出会える日はくるのか?】

第5章 未知なる怪生物「UMA事件」の真相

スクリューのガー助 【日本の子供たちを驚かせた1枚の写真】
海の怪物「シー・サーペント」【多くの目撃談が存在する伝説の海獣】
ケサランパサランは何者か?【所有者に幸運を運ぶ幻の生き物】
屋久島の精霊「木霊」の写真【『もののけ姫』のキャラクターは実在した?】
比婆山の怪獣ヒバゴン伝説【かつてブームを呼んだ幻のご当地UMA】

第6章 失われた歴史「超古代文明・秘史」の真相

トスカーナのエクスカリバー【実在した、いにしえの“聖剣伝説”】
古代エジプトのフライホイール【エジプトの遺跡で発見された謎の円盤】
トンカラリンの真相 【熊本県で見つかった“古代の地下遺跡”】
源義経=ジンギスカン説の真実【なぜ誰もシーボルト説を知らないのか?】
『竹内文献』に隠された真実【超古代伝承を語る謎に満ちた文献】

おわりに――原動力は不可思議への好奇心

 僕の担当ページは全体の1/3弱です。「エレーニン彗星」や「スクリューのガー助」は、以前にこのブログで紹介した内容に大幅に追記。「地球空洞説」は以前にも『トンデモ超常現象99の真相』で書いたけど、流用じゃなく、新情報を加えた全面改稿。
「イースタン航空機事件」は、『神は沈黙せず』の中でも扱ったけど、その真相を明かします。「スクリューのガー助」は『トワイライト・テールズ』を、「ベテルギウス超新星爆発」は『輝きの七日間』を書くために集めた資料が役に立ちました。
「屋久島の木霊」は、ネットでは知られてるけど、真相を知らない人が多いんじゃないかと思います。「クラリオン」も最近のカヴァーロの本でしか知らない人も多いかと思い、その歴史を紐解いてみました。
 僕以外の人の記事も、「ミリン・ダヨ」、『日月神示』、「田代峠」、「ベルギーUFOウェーブ」、「トスカーナのエクスカリバー」など、どれもなかなかエキサイティングでおすすめです。まさかこんなところで「リアル犬神明」が出てくるとは(笑)。

  


Posted by 山本弘 at 16:58Comments(1)PR

2012年04月04日

新作『名被害者・一条(仮名)の事件簿』

 新作です。

『名被害者・一条(仮名)の事件簿』
講談社ノベルス 840円+税

 なぜか殺人のターゲットになることが異常に多い存在「名被害者」。そんな特殊な属性を持って生まれた女の子の、推理とは縁のないゆる~い日常を描くコメディ。

 内容紹介

 なんか久しぶりに『ギャラクシー・トリッパー美葉』みたいなバカ話を書きました。シリアスな話もいいけど、こういう路線も好きですね。
 リンク先にも書きましたけど、くれぐれもこのタイトルからミステリを期待しないようにお願いします。いちおう「バラバラ殺人」「密室殺人」「猟奇殺人」「見立て殺人」など、ミステリの定番をネタにはしてますが、ミステリのつもりでは書いてませんので。


 
  
タグ :PRSF


Posted by 山本弘 at 17:04Comments(7)PR