2012年04月29日

福島産の野菜による被曝量はどれぐらい?

 それならなぜ、僕は「福島の野菜をじゃんじゃん食べよう」と書いたのか? 理由は簡単である。

1.福島の野菜は安全である。
2.福島の野菜を買うのを避けることは、被災地の人たちを苦しめることである。被災地の野菜を買うことは支援につながる。

 まず、1から説明しよう。
 この4月から、野菜に含まれるセシウム137の基準値は、それまでの1kgあたり500ベクレルから、1kgあたり100ベクレルにきびしくなった。僕はこの「1kgあたり100ベクレル」という基準はナンセンスで、500ベクレルで十分だと思っている。その理由はこれから述べる。

 まず、基準値ぎりぎりの野菜を食べ続けた場合の被曝量を計算してみよう。
 これだけニュースで報じられているのに、いまだにベクレル→シーベルトの換算ができない人が多い。「そんな難しいことは分からない」と、考えるのを放棄しているのだろうか。
 そんなことはない。単純な掛け算だから、この機会に覚えてほしい。放射性元素ごとに算出された「実効線量係数」という数値を、ベクレルに掛けるだけである。

ベクレル×実効線量係数(ミリシーベルト/ベクレル)=ミリシーベルト

 ほら、小学校高学年でもできるでしょ、こんな計算?
 現在、日本人の野菜の平均摂取量は、1日あたり280.9gだそうである。

http://www.5aday.net/data/intake/index.html

 セシウム137を経口摂取した場合の実効線量係数は、0.000013(ミリシーベルト/ベクレル)である。つまり1ベクレル摂取すると、0.000013ミリシーベルト(0.013マイクロシーベルト)被曝する。

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/13.html

 仮に1kgあたり100ベクレルの野菜を一日に280.9g、1年間食べ続けたとすると、

 100×0.2809×365=10300

 で、約1万ベクレルを摂取することになる。これによる被曝量は

 10300×0.013=130

 130マイクロシーベルト、つまり0.13ミリシーベルトである。1年中ずっと食べ続けても、1ミリシーベルトに達しないのだ。(幼児の場合の実効線量係数は大人よりやや高いが、幼児は野菜を食べる量も少ないので、被曝量も少ない)

 しかもこれは、規制値ぎりぎりの野菜を1年中食べ続けるという、現実にはとうていありえない仮定を元にしている。スーパーに行けば日本全国の野菜、さらには海外からの輸入野菜も並んでいる。たまたま手にした野菜が福島産である確率は数十分の一にすぎない。また、福島産の野菜の放射線量がすべて基準値ぎりぎりということもありえない。そのほとんどは、基準値の何分の一、何十分の一という量のはずである。
 そう考えると、福島産の野菜によって被曝する量は、130マイクロシーベルトよりずっと少なく、せいぜい年間数マイクロシーベルト程度の量であると推測できる。その被曝の影響など、まったく考える必要はない。

「でも、もしかしたら検査をすりぬけて、基準値より高い野菜が市場に出回ってしまうこともあるのでは?」

 そう危惧する人もおられるかもしれない。心配ご無用。
 まず、基準値を大幅に上回る野菜が収穫されること自体が少ないことだし、さらにそれが検査をすり抜けて出荷され、あなたの口に入る確率はきわめて小さい。
 たとえそうした基準値オーバーの野菜を食べても、一回ぐらいなら何の影響もない。
 1回の食事で口にする野菜は100g前後だろう。仮にそれが基準値の10倍、1kgあたり1000ベクレルのセシウム137を含んでいたとすると、体内に入る量は100ベクレル。
 その被曝量は、わずか1.3マイクロシーベルト。

「それでも不安だ! 1ベクレルの放射性物質も口に入れたくない!」

 そうヒステリックにわめく方もおられるかもしれない。だが、それは不可能なのだ。放射性物質は自然界にも存在していて、僕らは常にそれを食べているのだから。
 たとえばカリウム40という放射性元素がある。これは天然カリウムの中に0.0117 %の割合で存在している。そしてカリウムは生物にとっての必須元素であるため、カリウム40はほとんどすべての食品に含まれている。
 カリウム1gには30.4ベクレルのカリウム40が含まれている。つまり食品中に含まれるカリウムの量が分かれば、そこからカリウム40による被曝量も導ける。

栄養素別食品一覧/カリウム
http://www.eiyoukeisan.com/calorie/nut_list/kalium.html

 このリストは食品100gあたりのカリウムの量をmg単位で表わしたもの。たとえば、とろろ昆布1kgには、48000mg(48g)のカリウムが含まれていることになる。だからこの表の数字に0.304を掛ければ、1kgあたりのベクレルが換算できる。
 特にカリウム40の多い食品をいくつか挙げよう。

ほうれん草(生) 210ベクレル
するめ 330ベクレル
ビーフジャーキー 230ベクレル
こんぶ(乾) 1600ベクレル
わかめ(素干し) 1600ベクレル
とろろ昆布 1500ベクレル
だいず(乾) 580ベクレル
あずき(乾) 460ベクレル
納豆 200ベクレル
煮干し 360ベクレル
ピスタチオ 290ベクレル
干ししいたけ(乾) 640ベクレル
マッシュポテト(乾) 360ベクレル
フライドポテト 200ベクレル
脱脂粉乳(粉)  550ベクレル

 他にもたくさんの食品に1kgあたり100ベクレル以上のカリウム40が含まれている。生きている限り、これを避けることはできない。
 ちなみに、カリウム40を経口摂取した場合の実効線量係数は、セシウム137の約半分。つまり「カリウム40の200ベクレルは、セシウム137の100ベクレルに相当する」と考えてよい。
 もっと分かりやすく言えば、1kgあたり100ベクレルのセシウム137を含む野菜を食べた場合の被曝量は、同じ重量の納豆やフライドポテトを食べた場合の被曝量と、ほぼ同じなのである。
 4月9日、千葉県白井市で、露地栽培された原木シイタケから、基準値を超える1kgあたり740ベクレルの放射性セシウムが検出された。
 仮にこのシイタケを100g食べて、74ベクレルのセシウム137が体内に入ったとすると、それによる被曝量は0.96マイクロシーベルト。とろろ昆布を100g食べたのと同じぐらいである。(とろろ昆布には1kgあたり1500ベクレルのカリウム40が含まれている)

 だから僕は、「1kgあたり100ベクレル」という新基準をナンセンスだと思っている。この被曝量をカリウム40に当てはめたら、納豆もフライドポテトもするめも煮干しも食べてはいけないことになってしまうのだ。(1kgあたり500ベクレルという基準でも、とろろ昆布はオーバーしてしまうのだが)
 実におかしな話である。この基準を定めた人は、「人工の放射能は自然の放射能よりはるかに危険」とでも思っているのだろうか。

「カリウムを摂取すると被曝するのか。だったらカリウムの入った食品は避けた方がいい」

 そう誤解される方がおられるかもしれないので、事前に警告しておく。それは大変に危険な考えである。カリウムは健康にとって重要なのだ。

http://vitamine.jp/minera/kari.html

 人体は常にカリウムを排出しているが、同時に食物からカリウムを摂取しているため、体内のカリウムの量はほぼ一定に保たれている。カリウムが足りなくなると、低カリウム血症になり、脱力感、無表情、無関心、無気力、うとうと状態、筋力低下、食欲不振、吐き気、いらだち、非合理的行動、重度では筋肉麻痺、横隔膜の不動と血圧低下由来の呼吸不全といった症状が出る。

http://vitamine.jp/minera/kari03.html

 つまりカリウムを毎日摂取することによって健康が保たれているのだ。地球上の生物は、カリウムを利用する体に進化してきた。カリウムなしで人間は生きられない。
 成人の体内には、およそ4000ベクレルのカリウム40が常に存在している。これによって、生殖腺に対して年間180マイクロシーベルト、骨に対して年間140マイクロシーベルト被曝していると言われている。
 当然、人によってカリウムの摂取量は違うから、被曝量にも何パーセントかの個人差があるはずである。普段からほうれん草や納豆や昆布やわかめをたくさん食べている人は、平均的な人より被曝量は何マイクロシーベルトか多いだろう。
 だから被曝量が数マイクロシーベルト増えたところで、それは個人差の範囲内ということである。そんなもので何か影響が出るわけがない。
 カリウム40以外にも、自然界には炭素14という放射性元素もある。炭素は生命を構成する基本元素なので、炭素14もあらゆる食品中に存在する。
 たとえば、でんぷん1kgの中には440gの炭素が含まれている。炭素1gあたり0.23ベクレルの炭素14が含まれているから、でんぷん1kgには約100ベクレルの炭素14が含まれていることになる。
 ちなみに、大気圏内核実験が行なわれていた1960年代には、その影響で炭素14の比率も高くなり、一時期、核実験開始前の約2倍、炭素1gあたり0.45ベクレルに達したそうである。こわいね、核実験。
 成人の体内には約16kgの炭素があるので、約3700ベクレルの炭素14が常に存在していることになる。
 炭素14の実効線量係数はセシウム137の20分の1以下なので、影響も小さい。それでも骨格組織に年間24マイクロシーベルト、生殖腺組織に年間50マイクロシーベルト被曝しているという。

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/3.html

 これが人間の自然の状態なのだ。 

 それでもなお、「1マイクロシーベルトでも被曝量が増えるのは不安だ」という人には、こんなデータも紹介しておこう。日本の県別自然放射線量である。

http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/991115ken.htm

 見ての通り、もともと県によって放射線量には差がある。全国平均は年間990マイクロシーベルトだが、岐阜県では1190マイクロシーベルト、神奈川県では810マイクロシーベルトと、最大と最小で380マイクロシーベルトもの開きがある。
 先に、セシウム137が1kgあたり100ベクレル含まれる野菜を1年間食べ続けると130マイクロシーベルト被曝すると書いたが、これがどれぐらいの被曝量の増加かというと、京都(1030マイクロシーベルト)から隣の滋賀(1160マイクロシーベルト)に引っ越すぐらいなのである。
「滋賀に引っ越したら年間被曝量が130マイクロシーベルトも増加する! こわい!」と思う京都人はあまりいないと思う。

 どれぐらいの被曝量から危険になるかは一概には言えないが、年間数百マイクロシーベルト程度の増加なら、まず心配することはないのだ。
 繰り返すが、基準値ギリギリの野菜を一年間食べ続けても、被曝量は130マイクロシーベルトである。
 だから福島産の野菜を怖がる必要はない。
  


Posted by 山本弘 at 18:57Comments(37)サイエンス

2012年04月29日

僕の原発に対するスタンス

 デマの話の続き。
 最近、よく目にするのが「山本弘は原発推進派だ」というデマである。
 どうやら、前に「福島産の農産物をじゃんじゃん食べよう!」と書いたのが、そうした誤解を招いたらしい。中には僕を「御用学者」と呼んでいる人もいる(笑)。
 冗談じゃない。僕は昔から反原発派である。
 それを証明しよう。まずは『妖魔夜行 戦慄のミレニアム(下)』(角川スニーカー文庫)の第10章から。なお、これを書いたのは2000年なので、ヨーロッパの情勢は現在では変わっている。

「何ということだ……」大統領はまた頭を抱えた。「我々はせっせと原発を作って、彼らが人類を滅ぼすための手助けをしていたのか……」
 現在、世界で使われている商業用一次エネルギーのうち、原子力が占める割合はわずか七パーセント。つまり、少し省エネを実行しさえすれば、世界は原子力なしでもやっていける。化石燃料には資源枯渇や環境汚染の問題もあるが、何十年もかけてゆっくりとソフトエネルギーに転換することは可能だ。
 にもかかわらず、大国が原発を競って建設したのは、核兵器開発とのからみや、電力業界の思惑があったからだ。それに気づいたヨーロッパ諸国は、脱原発に向かって動き出している。九九年一二月に稼動したフランスのシヴォー原発二号炉を最後に、ヨーロッパでは新たな原発の建設計画はない。それでもなお、世界には四〇〇基以上の原発が稼動しており、危険な高レベル放射性廃棄物を休みなく生産している。
 ちなみに、一〇〇万キロワットの原発一基が一年間で生み出す核分裂生成物は、広島に落ちた原爆がまき散らした量の一三〇〇倍に相当する。


 次に2007年の『「環境問題のウソ」のウソ』(楽工社)のエピローグより。

 たとえば僕は原発をこれ以上増やすのには反対である。しかし、「原発をなくすのが正しいことだ」とは言わない。なぜなら、自分の考えが漠然とした不安にすぎず、客観的なデータに基づくものではないと分かっているからだ。
 僕が恐れているのは深刻な原発事故が起きることである。狭い日本で大規模な放射能汚染が発生したら、どれぐらいの範囲が汚染されるか、どれほどの被害が出るか、予想できない。
 無論、原発推進派は「事故なんて起きません。安全対策は完璧です」と言うだろう。もちろんそれは分かっている。本当に安全対策が完璧なら、心配することはない。
 しかし、人間は時として、とてつもなく愚かなことをする。
 たとえば1986年のチェルノブイリ原発事故は、低出力運転の実験中に起きた。この実験中、緊急炉心冷却装置を含むすべての安全装置をカットした状態で、制御棒をすべて引き抜くという、とても信じられない危険な行為が行なわれた。そのせいで原子炉は制御できなくなって爆発した。
 死者2名を出した1999年のJCO東海村ウラン加工施設臨界事故では、正規のマニュアルを無視した手順で作業が行なわれていたのが事故の原因だった。「ウランを大量に集めると自然に連鎖反応が起きる」という原子力についての初歩的知識が、作業員に徹底されていなかったのだ。
 2004年、美浜原発3号機の蒸気漏れ事故では、4人が死亡、7人が重軽傷を負った。事故を起こした配管は、1991年に寿命が切れていたにもかかわらず交換されていなかった。設置時には厚さが10ミリあったが、内部を通る冷却水によって磨耗し、事故当時はわずか1.4ミリにまで薄くなっていた。
 どれも信じられない話である。小説で書いたら「そんなバカなことはありえない」「リアリティがない」と言われるに違いない。でも、これが現実なのだ。
 じゃあ、日本で近い将来、重大な原発事故が起きる可能性はどれぐらいか?
 そんなの分からない。「かなり小さい確率だけどゼロじゃない」としか言いようがない。「原発に勤める職員が信じられないほどバカなミスをやる確率」なんて、誰に計算できるというのか。
 分からない、という点が、僕はこわい。だから少しでも確率を減らしたくて、原発を増やすのに反対している。


 この頃はまだ「漠然とした不安」にすぎず、「これ以上増やすのには反対」という消極的な反原発論だったのだが、危惧していた「重大な原発事故」が起きてしまった後はこう変わる。2011年11月刊行のASIOS『検証 大震災の予言・陰謀論』(文芸社)の巻末座談会である。

山本弘 誤解されないように言っておくと、僕は以前から原発反対派なんですよ。原発はこれ以上増やさない方がいいと思ってたし、福島第一原発の事故が起きてからは特にそう思うようになりました。事故が発生した場合の影響の大きさを考えると、やっぱり原発はやめた方がいい。ただ、今すぐすべて廃止してしまうのは無理がある。電力が足りなくなることで、かえって多くの人が危険にさらされるかもしれない。代替エネルギーを確保しつつ、10年以上かけて、少しずつ廃止していくべきだろうと思うんです。
 ただ、原発が嫌いであっても、「微量の放射線でも危険だ」という極論には与したくない。嘘で不安を煽るのは明らかに間違ってるし、被災者の差別にもつながるから。


 他にも、僕は小説の中でしばしば原子力を否定的に扱ったり、放射線の危険を題材にしたりしている。『妖魔夜行 魔獣めざめる』の中で空母エンタープライズの原子炉が日本近海でメルトダウンを起こしかけたり、中編「審判の日」で原発が爆発したり、『MM9』で放射能怪獣グロウバットを出したり、『地球移動作戦』で登場人物が急性放射線障害で死んだり、『去年はいい年になるだろう』でエクスキューショナーが2万8000発の核ミサイルを撃ちまくったりしたのも、僕の核嫌い、原発嫌いの心情の影響である。
 こうした明白な証明がある以上、「山本弘は原発推進派だ」という根拠のないデマは、二度と言わないでいただきたい。
  


Posted by 山本弘 at 18:11Comments(6)メディアリテラシー