2011年04月23日

「ちきゅう」陰謀説のバカさ加減

(ちょっと気分転換にテンプレート変えてみました)

 ちょっと想像してみてほしい。
 あなたが何も悪いことをしていないのに、ある日突然、ネットで悪評を立てられたら。それもただの悪口ではなく、「あいつは大量虐殺者だ」というおぞましいことを、何十人何百人もの人間が真剣に主張していたら?
 そんな恐ろしいことが、今、この日本で現実に起きている。

「ちきゅう」は2005年7月に完成、JAMSTEC(海洋研究開発機構)が運用している地球深部探査船である。水深3000メートルの海底から7000メートルの深さまで掘削できる性能を有しており、地球内部の解明を目的とする国際プロジェクト、IODP(統合国際深海掘削計画)の主力船の一隻として調査活動を行なっている。

「ちきゅう」公式サイト
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/index.html

 ところが、東日本大震災の直後、この船に陰謀論者たちが目をつけた。
 この船は地下10キロまで穴を掘れる。今度の地震も、震源の深さは地下10キロだった。この船が穴を掘って原爆を仕掛け、地震を起こしたのだ!――というのだ。
 僕が最初に気づいたのはこのブログ。書かれたのは3月20日である。

Kazumoto Iguchi's blog
http://quasimoto.exblog.jp/14462938/

> 私が不思議に思っていたのは、この地震の生じた時に、掘削船地球がどうしてそんな危ない所にいたのかということである。その理由は分からなかったが、どういうわけか、ちきゅうはかなり地震に近い場所にいた。なぜだろうか? そういえば、NZのクライストチャーチの大地震でも地球掘削プロジェクトが存在した。偶然の一致だろうか?

「ちきゅう」は3月11日、青森県八戸港に停泊中、震災に遭遇、津波を避けるため、見学中の児童を乗せたまま沖合に出て難を逃れた。48人の児童は、翌12日の午後1時半すぎ、海上自衛隊のヘリで救助されている。
(読売新聞・2011年3月12日)
 今回の震災の震源地は宮城県沖で、八戸から200キロ以上離れている。つまり地震が起きた時、「ちきゅう」は「かなり地震に近い場所」になどいなかったのだ。
 ちなみに「ちきゅう」は3月15日から、八戸沖80キロの海域で、メタンハイドレートなどの資源調査のため、海底から2200メートルまで掘り進む計画だった。だが、震災で船体の一部を損傷し、掘削計画は中止されている。

【5月3日訂正】
 資源調査ではなく、地球微生物学をメインテーマに据えた「科学研究航海」だったそうです。
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/Expedition/exp337.html


 今回、48人の児童が乗船していたことでも分かるように、「ちきゅう」は見学や乗船体験を頻繁に受けつけており、大変にオープンな体制である。テレビの取材も何度も入っているし、映画『日本沈没』(2006年)の撮影に使われたこともある。多くの人の注目を集めている中、こっそりと宮城沖に出かけていって穴を掘るなど、とても無理なのである。

 さらに言うと、東日本大震災の震源の深さは「10キロ」ではなく24キロである。つまり、「ちきゅう」の掘削能力の限界を2倍以上も超えているのだ。
 実は震災の発生直後、震源の深さが「10キロ」と発表されたことがある。それはすぐに修正されたのだが、陰謀論者の多くは、いまだに「震源の深さは10キロ」と信じているのだ。
 実は地震の第一報が発せられた時、現地の気象台はまだその全貌を把握しておらず、とりあえず「10キロ」とか「20キロ」というキリのいい推定値を発表することが多いのだ。2008年の四川大地震も、2010年のハイチ地震も、当初の速報では、震源の深さは「10キロ」と発表されていた。しかし、データが集まってきて正しい震源の深さが分かってくると「19キロ」「13キロ」に訂正されている。

 しかも「ちきゅう」の掘削能力が7000メートルというのは公称であり、まだそこまで深く掘ったことは一度もない。
「ちきゅう」公式サイトによれば、「ちきゅう」の2000~3000mの深海での掘削能力は1日に70メートルだそうである。
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/QandA/archives.html
 じゃあ、100日で7000メートル掘れるのか? そんなことはない。深く掘るほど地中の圧力が高まるので、掘削は困難になる。実際は7000メートルを掘ろうとすると、1年半から2年かかると言われている。24キロも掘ろうとしたら(掘れると仮定しての話だが)何十年かかるか分からない。
 ちなみに、これまで掘られた縦穴の深さの世界記録は、旧ソ連の「コラ半島超深度掘削坑」である。1970年から19年間かけて1万2261メートル掘ったという。
 ドイツで行なわれた、KTB(ドイツ大陸科学掘削計画)では、まず1987年9月から1年半かけて4000メートルのパイロットホールを掘り、次に1990年から4年かけて9101メートルを掘ったという。かかった費用は5億2800万マルク(422億円)。
 陰謀論者の中には、1995年の阪神淡路大震災も核爆弾による人工地震だと主張する者がいる。当時、ベクテル社が明石海峡大橋のボーリング工事を行なっていた。この工事に偽装して地中に核爆弾を仕掛けたに違いない……というのだ。
 明石海峡大橋の工事が開始されたのは1988年。KTBと同時期である。阪神淡路大震災の震源の深さは16キロ。陰謀論者の説によれば、ベクテル社はKTBどころか世界記録のコラ半島超深度掘削坑をも上回る深さの穴を、誰にも気づかれずにこっそり掘ったことになる!
 さらに言うと、阪神淡路大震災の震源は、明石海峡大橋から2キロも離れている。
 
「ちきゅう」陰謀説にさらに油を注いだのが、911陰謀論者リチャード・コシミズ(ワールドトレードセンターは「純粋水爆」で爆破されたと主張している人物)の4月18日のブログだ。
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201104/article_122.html
大量虐殺兵器搭載の艦船、『ちきゅう』関係者の証言」というひどい題で、こんな動画が紹介されたのだ。

Deep Sea Drilling Vessel CHIKYU Expedition 314-02
http://www.youtube.com/watch?v=Ca9jnd5iJr4

 この動画の中で、「ちきゅう」の掘削操業監督がLWD(Logging While Drilling)というものを紹介している。ドリルパイプの先端近くに各種のセンサーを搭載し、掘削作業と同時に地層の性質を計測するという技術だ。
 その動画の2分あたりのところで、こんな発言がある。

「その他、人工地震等を発生させまして、その地震波を測定するための装置です」

 さあ、これに陰謀論者たちが飛びついた。「ちきゅう」関係者が人工地震を起こしたと認めたぞ! やっぱり陰謀はあったのだ!
 このブログはたちまちコピペされて広まった。検索してみると、実に1400件もヒットする。
 しかし、彼らの誰一人として、この「人工地震」がどういうものなのか検索してみようとはしなかったようだ。
 この人工地震は「ちきゅう」が起こしているものではない。海洋調査船「かいれい」が曳航しているエアガン(高圧の空気を放出することで大きな音を発生させる装置)から発した音波を海底にぶつけ、地層の境界面で反射してきた波を「ちきゅう」が海底に埋めた地震計で検知し、地層の構造を探るというものなのだ。


【参考サイト】
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/special/201003_1.html
http://www.nmeweb.jp/duties_tectonic_mcs2.html
http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/IFREE_center/data/MCS_all.html
http://www.sci.u-toyama.ac.jp/earth/facility_old/facility_old.html

 これは反射法地震探査と呼ばれており、以前から海底の地質調査に使われているものである。このエアガンの発する音波が「人工地震」と呼ばれているのだ。
 ちなみに一回に放出される圧搾空気は最大24リットル。当然、その音のエネルギーは、東日本大震災のエネルギー(TNT爆薬に換算して4億8000万トン)とは比べものにならない。

 上のYouTubeのコメント欄を見ると、エアガンだと説明されてもなお、「エアガンではなくて 純粋水爆で人工地震を起こしたらどうなると思いますか?」と言っている奴がいる。震源の深さの件もそうだが、彼らは正しい情報を耳にする気すらないらしい。
「ちきゅう」はこれまで、紀伊半島沖の熊野灘において、南海トラフ地震発生帯の調査などを行なっている。つまり地震予知につながる研究をやっているのだ。
 そんな人たちが、何の証拠なしに、「大地震を起こして何万人も虐殺した」と非難されている。

 無知であること自体は罪ではない。分からないことがあれば調べればいいことだ。だが、陰謀論者たちはすぐに分かることを調べもせず、無知と怠慢を元に、妄想を膨らませ、あげくに無実の人間を大量虐殺者だと非難するのだ。
 陰謀論者には知識だけではなく、モラルが欠如している。彼らは自分のやっていることが邪悪な行為であることを理解できないのだ。

【4月26日追記】
「ちきゅう」が損傷した経緯が、今月号の『日経サイエンス』に書いてあったので紹介しておく。

> 津波による被害を受けたのは世界最大の科学掘削船「ちきゅう」。大地震が起きた当日は青森県八戸港に接岸、下北半島東方沖での掘削調査の準備を進めていた。大津波警報を受け、急きょ離岸した。万一、大津波で内陸に流されたりすれば、船そのものが大ダメージとなるほか、多くの建物を破壊してしまう事態になるからだ。
> 津波は「ちきゅう」が港内から出る前にやって来た。ブリッジでは操船に全力が注がれたが、全長約200m、総トン数約6万トンの巨大な船体が狭い港内で大きく回転、船尾の推進装置一基が岸壁にぶつかり、脱落した。

 こわっ!
 6万トンの船が大回転って……そんなすごいことがあったのか。光景を想像すると身の毛がよだつ。
 搭乗していた48人の子供たち、生きた心地がしなかっただろうな。
  


Posted by 山本弘 at 12:24Comments(75)トンデモ