2010年12月26日

「去年はいい年だったろう」

 年の瀬も迫ってきたので、今年中に済ませておきたい話題を。

 実は去年(平成21年)、日本はものすごいいい年だったことをご存知だろうか?

平成22年版 警察白書
http://www.npa.go.jp/hakusyo/h22/index.html

 第1章第1節「犯罪情勢とその対策」より、まずは「刑法犯により死亡し、又は傷害を受けた者の数の推移」を見てみよう。

       平成16年 → 平成21年
死者  1397人 → 1054人
重傷者 3479人 → 2832人
軽傷者 4万3314人 → 2万9190人

 次に「財産犯の被害額の推移」。

       平成16年 → 平成21年
現金 1289億2800万円 → 794億6900万円
物品 1969億1800万円 → 1029億3500万円

 次に「殺人の認知・検挙状況の推移」。なお、殺人には殺人未遂も含むし、殺人以外で死ぬ例もあるので、上の数字とは一致しない。

       平成16年 → 平成21年
認知件数 1419件 → 1094件
検挙件数 1342件 → 1074件
検挙率  94.6% → 98.2%

 実は平成19年にも、殺人事件の認知件数が1199件と戦後最低を記録していたのだが、平成21年にはその記録が更新されたのである。そう、去年は日本の戦後最も殺人が少ない年だったのだ。
 しかも検挙率が98%! 日本の警察、優秀じゃん!

「強盗の認知・検挙状況の推移」。

       平成16年 → 平成21年
認知件数 7295件 → 4512件
検挙率  50.3% → 64.8%

「放火の認知・検挙状況の推移」。

       平成16年 → 平成21年
認知件数 2174件 → 1306件
検挙率  69.6% → 69.9%

「強姦の認知・検挙状況の推移」。

       平成16年 → 平成21年
認知件数 2176件 → 1402件
検挙率  64.5% → 83.0%

「略取誘拐・人身売買の認知・検挙状況の推移」。

       平成16年 → 平成21年
認知件数 320件 → 156件
検挙率  72.5% → 89.7%

「強制わいせつの認知・検挙状況の推移」。

       平成16年 → 平成21年
認知件数 9184件 → 6688件
検挙率  39.8% → 53.3%

「路上犯罪」に関しては、もうグラフを見てもらった方が早い。平成13~14年をピークに、「暴行」以外のすべてが減少に向かっていることが分かる。


「主な侵入犯罪の認知件数の推移」

       平成16年 → 平成21年
侵入強盗 2776件 → 1892件
侵入窃盗 29万595件 → 14万8488件
住居侵入 3万7857件 → 2万8363件

 確かに20世紀の終わりから数年間、犯罪が増加傾向にあった時期があった。だが、そのピークは過ぎた。今の日本は急速に犯罪件数が低下する一方、検挙率が増加しており、ものすごい勢いで安全な国になりつつあるのだ!

 他にもある。振り込め詐欺の認知件数は、平成17年には2万1612件だったのが、平成21年には7340件に減少。逆に検挙率は11.7%から77.2%に急増した。
 偽造日本銀行券(つまり偽札)の発見枚数は、平成16年には2万5858件だったのが、平成21年には3433枚に。
「最近、外国人が増えたから、外国人犯罪も増えてるんじゃないか」と思われる方もいるかもしれない。それも違う。確かに平成17年までは増えていた。しかし、「特集:犯罪のグローバル化と警察の取組み」の第1節の2「犯罪のグローバル化の背景にある情勢」を見ると、やはり平成17年をピークに、来日外国人犯罪も大幅に減っているのだ。


       平成16年 → 平成21年
刑法犯件数  3万2087件 → 2万561件
特別法犯件数 1万5041件 → 7275件

 一方、認知件数が増加している犯罪はこういうものである。

・食品衛生関係事犯(食品衛生法違反)及び食品の産地等偽装表示事犯(不正競争防止法違反等)
・廃棄物事犯
・鳥獣の違法捕獲等に係る事犯
・保健衛生事犯
・児童ポルノ事犯
・サイバー犯罪
・覚せい剤密輸

 ただ、これらは本当に実数が増加しているのかは疑問だ。食品の産地偽装なんて、昔からたくさんあったのが近年になって社会的に注目され、通報件数が増えただけではないかと思える。覚せい剤密輸も摘発されるのは一部だろうから、実数が増えているかどうか分からない。児童ポルノ法も平成11年に施行されたばかりの新しい法律で、当初は認知度が低かったことが大きいだろう。
 しかも、児童ポルノ法違反が増えたからといって、子供への危険度が増したというわけではない。第1章第3節「安全で安心な暮らしを守る施策」の中にある「13歳未満の子どもの罪種別被害状況の推移」を見ると、やはり殺人や強姦や誘拐や強制わいせつの犠牲になっている子供は減少していることが分かる。喜ばしいことである。

     平成16年 → 平成21年
殺人 111件 → 78件
強姦 74件 → 53件
暴行 1115件 → 754件
傷害 610件 → 490件
強制わいせつ 1679件 → 936件
公然わいせつ 120件 → 80件
略取・誘拐 141件 → 77件

 ただでさえ少ない日本の犯罪を、今以上に減らす有効な方法はあるだろうか?
 ある。これらのデータをもっとマスメディアが大きく取り上げることだ。
 新聞やテレビは「こんな恐ろしい事件が起きました」というニュースしか報じない。そのせいで犯罪が増えていると勘違いしている人もいる。マスコミ関係者は「犯罪が減っている」「検挙率が上がっている」という情報は報じる価値がないと思っているのかもしれない。そんなことはない。
 衝動的な殺人や暴行を別にすれば、人が犯罪に走るのは、捕まらない自信があることが大きいだろう。犯罪者の多くは、自分が刑務所に入るリスクをかなり低く見積もっているはずだ。
 しかし、「殺人をやっても98%の確率で捕まる」とか「強姦は83%の確率で捕まる」とか「振り込め詐欺は77%の確率で捕まる」といったことが知れ渡れば、そんな無謀なギャンブルに挑戦しようと思う者は、かなり減るのではないだろうか?

 今年の分の統計が出るのは来年の夏ごろだが、去年よりもさらに減っていることを望む。
 では、良いお年を。
  
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Posted by 山本弘 at 20:41Comments(12)社会問題

2010年12月26日

『キック・アス』サイコー!

 12月18日、恒例の『映画秘宝』の2010年ベストテンの原稿締切が迫ってたもんで、テアトル梅田で観てきた。

『キック・アス』公式サイト
http://kick-ass.jp/index.html

 土曜日の11:55からの回だったんだけど、なんと満席で、立ち見が出てた。今どき客が立ち見する映画館があるとは思わなかったよ。
 ストーリーはというと――

 アメコミオタクの高校生(もちろん童貞)のデイヴは、「なぜ現実世界には悪と戦うヒーローがいないのか?」と疑問を抱き、自分がヒーローになろうと決意する。
 eベイで買った緑色のスーツを身につけ、「キック・アス」という名前を考え、夜の街のパトロールを開始するデイヴ。だが、ブルース・ウェインのように体を鍛えていない悲しさ、最初に遭遇した自動車泥棒に逆襲され、重傷を負う。
 それでも懲りないデイヴ。退院するや活動を再開。一般市民を襲っていたチンピラを撃退することに成功する。その活躍がYouTubeにアップされ、たちまちキック・アスは有名人に。
 調子に乗って、同じクラスの女の子を困らせている男をこらしめに行ったキック・アス。だが、そこはギャングのアジトだった。
 彼のピンチに颯爽と現われ、ギャングどもを皆殺しにしたのは、仮面の少女ヒット・ガール。彼女は父であるビッグ・ダディに特訓を受けた、本物のクライム・ファイターだった……。

 予告編だけ観て、ダメなヒーローを描いたぬるいコメディを想像したら大間違いである。これが実に燃える映画なのだ。
 最初のうちは本当にかっこ悪いキック・アス。何の力もないくせにスーパーヒーローに憧れるなんてアホもいいとこなんだけど、ボロボロになっても立ち上がる姿が、だんだんかっこよくなってくるのだ。最後はちゃんとヒット・ガールを助けて大活躍。
 あと、やっぱりヒット・ガールが無性にかっこいい。 11歳の女の子がコスチュームを身にまとい、銃をばりばりぶっ放し、ナイフで突き刺し、ナギナタみたいな武器で敵の脚を切断し……と、華麗なアクションを披露し、悪人たちを虐殺しまくるんである。

 何これ!? 僕のための映画!?

 いやー、楽しいなあ。ツボにはまりまくったよ。
 ヒット・ガールと父親のビッグ・ダディとの親子関係が、狂ってるけど楽しい。防弾ベストが受ける衝撃を体験させるために娘を撃つビッグ・ダディ。ヒット・ガールの方は、誕生日のプレゼントにバタフライ・ナイフを父親にねだる。ネットで新兵器を購入(売ってるのかよ、あんなもん)するシーンなんて、ほのぼのしててたまらない。
 何と言っても、全編にアメコミへの愛があふれているのがいい。ビッグ・ダディとヒット・ガールのデザインが、バットマンとロビンをイメージしているのは言うまでもないけど、ラスト・カットでは「そうそう! 『スパイダーマン』ならこう!」と嬉しくなってしまった。
 笑えるシーンもいろいろあるんだけど、中でも傑作だったのは、クライマックスでヒット・ガールが敵の大ボスの根拠地に乗りこむ時にかかるBGM。ここでこの曲かよ!

 同じ日に劇場版『仮面ライダー』も観たんだけど、そっちはどうでもいい(笑)。スーパーヒーローを愛する者なら、『ライダー』を蹴ってでも『キック・アス』を観るべし。燃えること間違いない。
  


Posted by 山本弘 at 19:41Comments(7)映画

2010年12月12日

タイムリミットが迫る!

「俺を夢見ていた男は、現実には何もできない意気地なしだった」魅祐姫たちに逆に縛り上げられた城主は、泣きながら告白する。「女にもてなくて、出世にも縁がなくて、いつも心の中で社会を恨んでいた。だが、実際には誰一人傷つけることができなくて、妄想の中でうさを晴らすだけだった。あいつは小さな罪ひとつ犯すことなく、愚痴ひとつこぼさず、善人を演じきって世を去った。空しい人生だった。俺はせめて、この世界であいつの夢を実現してやりたかったんだ」
 魅祐姫は「それは違う」と言う。
「現実には誰も傷つけなかったのなら、その人は本当に善人だったのよ。きっとその人は、本当に女の子を傷つけるなんて耐えられなかったと思う。あなたが弱いのはそのせいよ。本気で誰かを傷つけようなんて思ってないから。
 きっとその人は、善人のまま死んだことを後悔していないと思う。その人の遺志を継ぐなら、あなたも悪いことをしちゃいけないのよ」
  ――山本弘『詩羽のいる街』より

 事態が急変しているので、何に重点を置いて書けばいいのか迷うのだが、まずはマイミクさんが紹介してくれたこの動画から。

青少年健全育成条例改正案に関する答弁 その1

 特に大きなツッコミどころは、1:33からである。

> 次に、改正案を規定する理由と、その科学的根拠についてであります。
> 今回の条例改正案は、刑罰法規に触れる性交等や、婚姻を禁止されている近親者間の性交等を、不当に賛美誇張するような漫画等が、一般書棚で販売されている実態があり、これらを閲覧した青少年等が、これらの性交等が、社会的に許されるものと誤解するなど、 これらの性交等に対する抵抗感を弱め、性に関する健全な判断能力の形成を妨げる恐れがあることから このような漫画等を区分陳列の対象としようとするものであります。
> したがって、この改正案は、性犯罪の描写を、閲覧した青少年が、当該犯罪を犯すことを防止する事を直接の目的とするものではないことから、図書類を閲覧した青少年が、当該犯罪を犯すという、因果関係の科学的証明の必要性は生じないものと考えます。

 あまりに論理がデタラメで、最初、何を言ってるのか理解できなかったんだけど(笑)、要約するとこういうことらしい。

・「A 違法な性行為の出てくるマンガを読む」→「B そうした性行為に関する抵抗感が弱まる」→「C 違法な性行為を行なう者が出てくる」
・今回の改正案はA→Bを防止するためのものだから、A→Cの因果関係を科学的に証明する必要はない。

 はあ?
 それだったらA→Bの因果関係を科学的に証明しなくちゃだめだろ!?
 それに、たとえA→Bが事実であっても、実際に犯罪に走らない限り、何の問題もないんじゃないかい?
 では、規制を進めている者は、青少年がB→Cに進むことを恐れているのだろうか? どうもそうではないらしい。

> 次に、今回の改正の基準と、現行の3つの基準との関係についてであります。
> 改正案による基準は、刑罰法規に触れる性交等を、不当に賛美誇張するように描いたものでありますが、これは社会的に許容されていない性交等の描写が、これらの性交等に対する青少年の抵抗感を弱め、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げる恐れがある程度に、至っている物が該当します。
> しかし、こうした漫画等は、必ずしも読み手の性的感情を刺激する度合いが高いとは限りません。同様に、読み手の残虐性を具体的に助長する程度が高いとは限らず、また、読み手が具体的に犯罪を実行しうるまで、犯罪を誘発する程度が高いとも限りません。

「犯罪を誘発する程度が高いとも限りません」って、ちゃんと分かってるじゃん!
 つまりこの改正案の目的は、青少年が犯罪を実行することを阻止するのではなく、犯罪を妄想することを阻止することなのである。
 そんなのおかしいだろ!
 たとえば『ゴルゴ13』の愛読者は暗殺者に対する抵抗感が弱まっているのか。あるいは『ルパン3世』や『まじっく快斗』を読んで泥棒に対する抵抗感が弱まるか。たとえ弱まったとしても、自分がゴルゴみたいな暗殺者になることを妄想したり、ルパンみたいな大泥棒になることを妄想することの、いったいどこが悪いのだろうか。
 性犯罪だって同じだ。頭の中で女性をレイプしたり、頭の中で妹とエッチしたって、いったい何が悪いというのか。それを実行しなければいいだけの話ではないか。
 石原都知事だって女性をレイプする話を書いているではないか。それはもちろん妄想であって事実ではないはずだ。レイプを妄想するのは悪いことなのか?

 ちなみに警察白書(平成22年版)によれば、13歳未満の子供に対する殺人・強姦・暴行・強制わいせつは、現状のままでも減少に向かっている。現在の状態を変える必要などないのだ。




図1-44 13歳未満の子どもの罪種別被害状況の推移(平成12年~21年)

 一時、15日の都議会本会議における改正案可決は決定的と言われていたのだが、角川書店をはじめとする出版10社が東京アニメフェアの参加拒否を表明したことで、情勢が揺れ動いていると言われている。

角川書店や講談社、集英社などのコミック10社会が東京国際アニメフェアへの参加拒否を発表
http://gigazine.net/news/20101210_comic_10sha_taf/

 嘆願書・陳情書は14日(火)正午までに届けば間に合うそうだ。

【緊急告知】漫画でわかる都条例の陳情書の書き方
http://komorebi-note.com/blog/index.php?id=10121101

東京都青少年健全育成条例改正案への陳情書の書き方まとめサイト
http://www15.atpages.jp/~kageyanma/hiji/index.html

【RT希望】 #hijitsuzai  陳情書提出は14日正午まで提出可能です
http://sbxoblaat.blog81.fc2.com/blog-entry-337.html
  


Posted by 山本弘 at 18:58Comments(23)社会問題

2010年12月08日

石原慎太郎『スパルタ教育』より

 12月6日(月)、中野ZERO小ホールで開かれた「『非実在青少年規制』改メ『非実在犯罪規制』へ、都条例改正案の問題点は払拭されたのか?」というイベントに出席してきた。
 たいして宣伝をしたわけでもないのに、開場前から中野ZEROの前は長蛇の列。540人入れるホールは満席。急遽、入れない人は隣りの会議室やロビーにてモニターで視聴していただくことになった。
 結局、会場に入れた人は約850人。入れずに帰った人も含めると、約1500人が来られたそうである。ありがとうございます。
 また、ニコ動の生中継の視聴者は7万人を超えたそうだ。この問題への関心の深さがうかがえる。

 イベントの内容については、すでに多くの方が日記やツィッターで紹介されているが、ここであらためて、僕が紹介した石原慎太郎『スパルタ教育』(光文社・1969年)という本について紹介したい。なお、この本は原田実さんからお借りしたもの。原田さん、ありがとうございます。

 1969年に出版されたこの本、裏表紙の推薦文は三島由紀夫(この翌年、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて割腹自殺する)。当時、大ベストセラーになり、多くの家庭にこの本が置かれていた。



 ご覧の通り、表紙からして「非実在青少年」のヌードである(笑)。85ページの「母親は、子どものオチンチンの成長を讃えよ」というイラストも強烈だ。植木不等式氏も『トンデモ本の世界R』(太田出版)で「実を言うと、、一番オソロしかったのは、このページである」「私と同世代の皆さんで、このページを深く記憶している人、結構いるんじゃないかな」と書いている。



 内容はというと、強い子供に育てるための100ヶ条が書かれている。「12 子どもをなぐることを恐れるな」というのは本のタイトルからして当然としても、

「34 いじめっ子に育てよ」
「39 子どもに酒を禁じるな」
「60 子どもに、戦争は悪いことだと教えるな」
「64 おじぎのしかたを教えるな」
「75 よその子にケガをさせても、親があやまりにいくな」
「81 先生を敬わせるな」

 などなど、今読んでもかなり過激で、反社会的な提言が多い。その過激なところが受けたのだろうと思う。今、PTAの前で、これと同じことを言えるんですかねえ、石原さん。
 また、「50 友だちが一人もいないことをほめてやれ」「54 子どもが夢中になっているときに、就寝を強制するな」「55 子どもの部屋は、足の踏み場がなくても整理するな」などというのは、現代のオタクのことを書いているようにも読めてしまって、ちょっと微笑ましい。
 ちなみに100項目は「父親は夭折することが理想である」というもの。子供が強くなるためには父親は早く死ななければならないと説いている。石原さん、これ書いてから41年経ってもまだ生きてますけどね(笑)。
 さて、僕が会場で読み上げたのは、次の3項目である。

> 23 ヌード画を隠すな

> わたくしの家庭では、妻や、母親は反対するが、わたくしは子どもたちの前でヌード写真の氾濫した雑誌を隠さぬことにしている。
>(中略)しょせん子どもたちは、いつかの時点でナマの裸を知り、裸の肉体の交渉がなんであるかを知らなくてはならない。それを不自然に隠すことのほうがどのように悪い想像力を育て、悪い衝動を子どもたちのなかに培うかわからない。
> わたくしが子どものころ、父親の書斎に当時珍しい世界の裸体画の美術全集があった。意識してか、あるいは不注意でか、家のものも、わたくしたちにその美術書を隠さなかった。わたくしはいつも隠れて、美術全集を書だなから引き出しては開き、その裸体に見入った。
> 現今の子どもは労せずしてそれができるが、いずれにしても幼児のときに見た裸体画の記憶は、子どもに決して不健康ではない。さまざまな想像と情操を育む。
(64-65ページ)

> 25 本を、読んでよいものとわるいものに分けるな

> 活字というものは、そこに書かれた事物以外の想像力というものを人間に培ってくれる力を持っている。だから子どもがどんな本を読んでいようと、親は気にする必要はない。
(中略)
> 確かに、その人間の生涯的な事業のきっかけが、なににあるかを知るものは神のみである。それゆえにも、人間の想像をこえた啓示のきっかけを埋蔵している本を、親がそのわずかな人生経験で、いい本、悪い本と分けて与えるのは、人間として僭越というものではないか。
> 想像力というものは、現実にないものを考える力であって、そうした作業が、いったい現実にどんなささやかなものを触媒として行なわれるかは、だれにも想像がつかない。であるがゆえに、人間の想像力を培う糧である読書を、なにをもってよしとし、なにをもって悪とするかほど、根拠のないものはない。そのよしあしに、親が陳腐で通俗的な道徳をもちこむほど、子どもの大きな将来性をスポイルすることはない。
(68-69ページ)

> 46 子どもの不良性の芽をつむな

> 子どもに不良性があるということと、子どもが不良であるということとは、まったく違う。それを見きわめるのが親の義務であり、子どものほんとうの理解につながる。
(中略。織田信長や水戸黄門が少年時代には不良だったという例を挙げて)
> 子どもの不良性は、単に、それが反道徳ということで終わることもあるが、しかし同時に道徳をこえた既成の秩序、既成の価値への反逆をはぐくみ、従来の文明文化の要素をくつがえして変える大きな仕事を、将来子どもがするための素地にもなる。
(中略)
> 子どもの不良性を、親がけしかけて育てる必要はないが、しかし、単にそれらを既成の道徳を踏まえて恐れ、根元からその芽をつみ取ることは、子どもだけではなく、人間の社会における大きな可能性を、愚かに殺すことでしかない。
(114-115ページ)

 いやー、いいこと言ってるじゃないですか、石原さん!
 無論、石原氏はこの文章を書く際、エロマンガを念頭に置いてはいなかっただろうが、これはマンガにもそのまま置き換えられることは言うまでもあるまい。
 僕が今回の改正案でいちばん腹が立ったのは、このくだりである。

>二 漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの

「漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)」と、露骨にマンガとアニメとゲームをターゲットにしてきている。小説と実写映画は対象外だというのだ。
 言うまでもないことだが、近親相姦や強姦や未成年とのセックスを描いた小説なんて山ほどある。当然、その映画化作品もある。前に紹介した石原慎太郎「完全な遊戯」は女性を拉致監禁して強姦したうえに殺してしまうという話だったし、「処刑の部屋」にも薬を使って女性を眠らせ、強姦するシーンがある。
「処刑の部屋」は昭和31年に映画化されているが、当時、それを模倣した犯罪も起きたそうである。

 少年犯罪データベース
http://kangaeru.s59.xrea.com/31.htm

 しかし、この修正案を作った人間の考えでは、それらは小説や実写映画だからかまわないというのだ。悪いのはマンガとアニメとゲームなのだと。
 何という御都合主義だろうか。これが石原氏の言う「陳腐で通俗的な道徳」以外の何だというのだ。

 少し僕の話をしよう。

 石原氏がそうであったように、僕の父はよく週刊誌や中間小説誌を買ってきては、家の中に置きっぱなしにしていた。僕は小学5年ぐらいからそれを読んでいた。中にはヌード写真はもちろんのこと、宇野鴻一郎、梶山季之、山田風太郎などの、エロいシーンがある小説もいっぱい載っていた。
 いやー、エロかったよ、山田風太郎は! 『天の川を斬る(銀河忍法帖)』は小学5~6年で、『忍法創世記』は中1時代に、雑誌連載でリアルタイムで読んでましたから。『忍法創世記』なんて、いきなり柳生と伊賀の男3人女3人によるセックス対決からはじまるんですぜ。女をイかせたあと、まだその息が荒いうちに、男が再びチンチンを立たせることができたら勝ち、とかいうそんなルールで(笑)。
 あと、小学6年の時に読んだ短編「呂の忍法帖」ってのがものすごくてね。『ムカデ人間』という映画の設定を聞いた時には、「それ、山田風太郎がとっくにやってますから」と思ったもんである。こっちの方が人数多いし、輪になるし。
 しかし、僕がそういう小説を読んでいるのを、父にとがめられたことは一度もない。

 そうした雑誌の中に、筒井康隆、小松左京、星新一といった当時の有名なSF作家の作品がよく載っていた。特に11歳の時に読んだ筒井氏の「アフリカの爆弾」(初出時の題は「アフリカ・ ミサイル道中記」)は僕にとっての人生の転回点になった作品だった。「こんな面白い小説を書く大人がいるんだ!」と、子供心に感激したものである。
 僕が小説の楽しさに目覚めたのは、筒井康隆氏や山田風太郎氏の“不健全”な作品を読んだからである。PTAや教育者や評論家が薦めるような健全な世界の名作しか読んでいなかったら、僕は決して小説家にならなかったはずだ。
 それもこれも、父がヌード写真やエロ小説の載っている雑誌を家の中に置いていて、僕がそれを読むのを黙認してくれたおかげである。
 現代のマンガ家の中にも、若い頃にエロいマンガの載っている雑誌を読んでいて、それがきっかけでマンガの魅力に目覚め、マンガ家を志した者も多いのではなかろうか。

 ロリにしてもBLにしても、今や単なる「反道徳」を超え、ひとつの産業を形成している。石原氏が言うところの「従来の文明文化の要素をくつがえして変える大きな仕事」を成し遂げているのだ。
 だから僕は、「子どもの不良性を、親がけしかけて育てる必要はないが、しかし、単にそれらを既成の道徳を踏まえて恐れ、根元からその芽をつみ取ることは、子どもだけではなく、人間の社会における大きな可能性を、愚かに殺すことでしかない」という主張に賛成するのである。

 誤解をまねかないようにつけ加えておくと、僕は自分の娘にエロすぎるものは故意に与えていない。ヌードや、ちょっとエッチという程度までだ。「親がけしかけて育てる必要はない」からである。そういうものに興味が出てきたら、自分で探して読むだろうし、それが子供の自然な成長だと思っている。
 もっとも、今のところ娘はエロにまったく興味を示さない。伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いはずがない』(電撃文庫)を全巻読んでいて、ヒロインの桐乃と同じく中学二年なのだが、桐乃のようにエロゲをやりたいとは思わないらしい。何にしても、僕が読んでいた山田風太郎に比べればはるかに健全だ。
 娘があまりに健全に育ちすぎてるもんで、「僕ら中学の頃って、もっとエロに興味なかった?」と、妻といっしょに心配しているぐらいである。いや、マジで。
  


Posted by 山本弘 at 15:29Comments(20)社会問題