2010年04月26日

なぜ人は生命のない機械にまで感情移入するのか

 ジェイムズ・イングリスの「夜のオデッセイ」という短編がある。太陽系外に送り出された無人探査機ASOV(エイソヴ)の、数百億年にわたる壮大な放浪の旅を描いた物語だ。
 ASOVは知能や意識を持つものの、人間のように考えたり喋ったりするわけではない。自分に与えられた使命を黙々と果たすのみ。長い時が流れ、星々は燃え尽き、地球はとっくに滅びているはずなのに、太陽系が存在する方角に向けて律儀に観測データを送信し続ける。
 この物語には人間はまったく出てこない。異星人さえ出てこない。にもかかわらず、感動的なのだ。
「小説は人間を描くもの」と思っている人がいるかもしれない。それは間違いだ。人間が出てこなくても、いや生物さえ出てこなくても、素晴らしい物語は書けるということを、「夜のオデッセイ」は教えてくれる。

 小惑星探査機「はやぶさ」が6月13日に帰ってくる。
 といっても、「おめでとう」と手放しで祝えない。採取したサンプルが入っている(と思われる)カプセルを放出した後、「はやぶさ」自身は大気圏に再突入して燃えつきる予定だからだ。残酷だが、冷たい方程式は変えられない。それが「はやぶさ」の最後の使命であり、運命なのだ。
「はやぶさ」の7年に及ぶ苦難に満ちた旅路については、すでにあちこちで紹介され、多くの人が語っているので、詳しく繰り返さない。初の小惑星への着陸という快挙の裏で、多くのトラブルが続発。絶望的な状況からの奇跡の復活。技術者たちの努力と工夫。「こんなこともあろうかと」という裏技によるピンチからの逆転。満身創痍での帰還。そして待ち受ける最期……あらゆるものがドラマチックだ。
 だから多くのファンが「はやぶさ」を応援し、その帰還を待っている。

 ニコ動では3年も前から、「はやぶさ」を応援するMADが多数アップされている。勇壮なものやかっこいいもの(あの真田さんが出てくるやつとか、『プラネテス』のOPに合わせたやつとか)もあるけど、やはり泣けるものが多い。僕の大好きな歌に合わせてくれた「小さな宇宙船」、MMDによる大作ドラマ「イトカワをねらえ!」、ふざけたサムネで、まさか最後に泣かされるとは思わなかった「とある宇宙の無反動砲」などなど……。

 こちらは初音ミクによるオリジナル曲を、ニコ動の歌い手たちが合唱した応援歌。最初から燃える! そして泣ける!


 こちらも名曲。「荷物の中には何も/入ってないかもしれない」とか「この荷物を下ろしたら/僕の身体は風になる」というくだりで、もう涙がボロボロ。


 4月15日、JAXAのサイトで、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャ・川口淳一郎氏が、こんな文章を発表している。

「はやぶさ」、そうまでして君は。
イオンエンジンによる長期の軌道制御が終了した3月末、君はどうしてそんなにまで、とふたたび思った。けれど、その時、「はやぶさ」の覚悟が何であり、何を望んでいるのかが、わかった気がした。たまごを受け取って孵(かえ)してあげること。それをしなくてはならない。
(中略)
この6月、「はやぶさ」自身が託したいことをやりとげられるよう運用すること、彼が託すことをかなえてやることが、彼自身にとって最良な道なのだと、ようやく悟れたと思う。

 センチメンタルすぎる、と嘲笑う人もいるかもしれない。ただの機械に「覚悟」や「望み」などあるはずがないと。

 そんなことは分かっている。

「はやぶさ」はただの金属のかたまりだ。生命を持たない。意識もない。人の形すらしていない。
 それでも僕らは、その「ただの金属のかたまり」に感情移入してしまうのを抑えられない。涙が出るのを止められない。心から「お帰り」「よくやった」と言ってやりたい。
「はやぶさ」に心がなくても、僕たちのこの想いは偽りではない。

 小説にたとえてみれば分かる。
「はやぶさ」が「ただの金属のかたまり」にすぎないように、小説は「ただの紙に印刷されたインクのしみ」(もしくは「モニターに表示されたドットの列」)にすぎない。本と呼ばれる紙の束には、どこにも頭脳は存在しない。つまり本は意識も心も持たない。キャラクターに心があるように見えるのは錯覚だ。紙の上にしか存在しないものに心があるはずがない。
 にもかかわらず、読者はキャラクターに感情移入する。紙の上のインクのしみにすぎない彼らを、僕たちは生きた人間と同じように考える。彼らが活き活きと動き回っていると感じる。彼らの魅力に萌え、時として本物の人間と同じように愛する。彼らの行動を応援し、彼らの苦悩にともに胸を痛め、悲しい運命に泣き、幸福な結末に喜ぶ。
 物語を読んでいる間――いや、読み終わってもなお、僕らは確かに、彼らに生命と心があると感じている。
 以前、『神は沈黙せず』の中でこんなことを書いた。

 加古沢は笑い出した。「そりゃいくら何でも荒唐無稽だ! 本にものを考える力があるって言うんですか?」
「本そのものにはないよ。その本をめくる人間――サールのような人間が必要だからね。でも、その本と読者をひっくるめたシステム全体は、読者とは別の人格を形成するはずだ」


「はやぶさ」とは「物語」なのだ、と僕は思う。
 彼女(JAXAの公式では男性らしいが、ニコ動では女の子扱いされている)の苦難に満ちた旅路そのものがドラマなのだ。実体としての「はやぶさ」自身に心はなくても、その物語と、それを読む人の心が一体となって、彼女に人格を与える。
 小説のキャラクターが実在しなくても、僕らは彼らに心があると感じ、実在する人間と同じように考える。それと同じように、僕らは「はやぶさ」を心ある存在であるように感じる。
 小説のキャラクターが「生きている」のと同じ意味で、「はやぶさ」も生きている。

「はやぶさ」が帰還する日、僕も含めて、日本中の何万という人が泣くことだろう。
  


Posted by 山本弘 at 12:12Comments(10)サイエンス

2010年04月21日

『エスパー魔美』を最初から読んでます

 そう言えば、きちんと全話読んでなかったなあ……と気がついて、現在刊行中の「藤子・F・不二雄大全集」で1から読みはじめた。

 あらためて感心するのは、このSFセンス。とにかく超能力の使い方がうまい。部分テレポートを利用した手術や輸血といったすごい技(これは活字SFでも見たことがない)から、テレキネシスで畳のけばをむしる(笑)というせこい技まで、超能力というものを100%活用しているのだ。
 でもって、「超能力を持った女の子」という設定から、コメディ、サスペンス、ホラー、人情ものと、ありとあらゆるパターンの話を展開してみせる。この引き出しの多さには感心する。並のマンガ家ではまねできない芸当だ。藤子・F先生、やっぱり天才である。

 現在、「藤子・F・不二雄大全集」では3巻まで出ている。僕のおすすめは、2巻収録の「スランプ」と、3巻収録の「凶銃ムラマサ」「サマー・ドッグ」。


「スランプ」は人情話。スランプに陥った魔美と、落ち目になった歌手、交番から銃を奪った男のエピソードがからみ合い、感動的な結末を迎える。安直に魔美の超能力で解決しないところがいい。

「凶銃ムラマサ」は、ガンマニアの少年が作った改造モデルガンをめぐるサスペンス。『魔美』には人間の暗黒面を描く話も多いんだけど、これもそのひとつ。特に199ページの描写はぞくぞくする。

「サマー・ドッグ」は、おそらくファンなら誰もがベストに選ぶエピソード。別荘地で捨てられた犬たちが凶暴化して人間を襲いはじめる話。
 ありがちな結末かと思わせておいて、ラスト1ページでひっくり返すところがたまらない。確かに現実にはこういう結末にならざるをえないわけで……その点では、現実的な問題を最後に超能力であっさり解決してしまう「学園暗黒地帯」よりも、感動は数段上。
 しかも深刻なだけじゃなく、合間にギャグも入っている。普段は真面目な高畑くんが、空を飛ぶ魔美のパンツが見えてデレッとなるところや、決死の覚悟で魔美の料理を口にしたお父さんと高畑くんが「いちおう食えるぞ!! 奇跡だ!!」と泣いて感動するシーンには笑った。
 考えてみれば、最近のマンガやアニメにもちょくちょく見られる女の子の「料理下手」という属性(鍋を爆発させたり、一口食べただけでぶっ倒れる)は、魔美が元祖ではなかろうか。

 高畑くんと言えば、この回で魔美をかばって野犬に立ち向かうシーンの台詞がかっこいい

「まあ見ててよ。生まれて初めて、ぼくは死にものぐるいになるぞ」

 しかもその後、野犬に向かって、

「来るか!! なるべくなら来ないでほしいけど」

 とビビリながら言うのが最高!

 通して見ると、やっぱり高畑くんはいいキャラだと再確認した。
 顔はほぼジャイアンだけど、とにかく頭が良くて、いつも魔美に適切なアドバイスをする。正義感は強いし、思いやりもある。「サマー・ドッグ」も、ラストの高畑くんの優しさが泣ける。
 2人は単なる友達じゃないけど、恋人と言えるほどの関係でもない。この距離感がまた絶妙。
 しかも彼は名台詞が多いんだよね。「高畑くん名言集」が作れそうなぐらい。

 女の子から公園のブランコで、「ね、どっちがはやくこぐか競争しない?」と誘われ、
「どっちがはやく、というのはまちがいだ。競争なら、どっちが高くというべきだ。なぜなら振子の一往復に要する時間は、振子をつるすひもの長さが一定ならつねに不変であるから……」
(「友情はクシャミで消えた」)
 わはは、空気が読めないヤツ!

 エスパーとしての重荷に悩む魔美に、
「大きな力をもつということは、同時に大きな責任をおうことにもなるんだ」
(「どこかでだれかが…」)
 おお、『スパイダーマン』!

 魔美を誘惑する男が、「もしもきみが望むならNASAのロケットをチャーターして、銀河系まで飛んでってもいい!!」とキザなことを言うのを聞いて、
「それは不可能だ。なぜなら、ぼくらの住んでるここが、すでに銀河系だから」
(「恋人コレクター」)
 男に嫉妬したというより、天然で言ってるっぽい。

 しかも超常現象マニアでもあって、よくその方面のうんちくも披露する。これがまた面白い。
 たとえば「大予言者あらわる」というエピソードでは、予言者が現われたという話を聞いてこう言う。

「予知能力なんてのはね、いろんな超能力のなかでも、とくにアイマイなんだ。ニセ者も多い。世界中には何万人もの予言者がいて、しょっちゅういろんな予言をしてるわけよ。だから、ときには偶然当たってもふしぎはないんだ。
 一流の予言者といわれる人だって、けっこう当たったりはずれたりしてる。ところが当たった場合は注目されるけど、はずれた予言なんてみんなすぐ忘れちゃうからね」


 この時代にすでにジーン・ディクソン効果に言及してたとは!
 中でも秀逸なのは、「未確認飛行物体!?」というエピソードで、少年が撮影したUFO写真をひと目でトリックと見破るくだり。この推理が見事。
 ちなみに、「大予言者あらわる」は74年の『ノストラダムスの大予言』ブームの影響もあるが、ハガキを使ったトリックは明らかに椋平虹が元ネタ。「未確認飛行物体!?」は1958年の貝塚事件と1974年の尾道市の事件をヒントにしている。UFOや超能力が好きだった藤子・F先生ならではのエピソードだ。

 しかし、考えれば考えるほど、高畑くんってモテない要素がそろっている。あの顔で、秀才で、理屈っぽくて、おまけに超常現象オタク(笑)。意図的に、当時の少年マンガのヒーロー像の真逆を行った、という感じがする。
 でも、そのいかにもモテなさそうな少年が魔美みたいな子と親しくしているという図式に、当時の男子は親近感を抱いたのではないかな。
 考えてみると、「モテない少年が不思議な能力を持った少女と親しくなる」というのは、まさに今のアニメに氾濫しているパターンではないか。その点でも先見の明があった作品だと思う。
 特に、高畑くんが風呂に入ってるところに、魔美がテレポートで飛びこんでくるシーンなんざ、「あるあるある! 今の萌えアニメにもこういうパターンある!」ってなもんですよ。

 え? 何か忘れてないかって?

 うん、そう。『魔美』を語るうえで、これについて触れないと片手落ちだよね。

 魔美のヌード!

 画家であるお父さんのモデルになっている魔美は、しゅっちゅうヌードを披露するんである。「雪の降る街を」というエピソードなんて、20ページ中14ページにわたって全裸だ。おそらく児童マンガ史上、もっとも多く全裸になったヒロインではないか。
 でも、あっけらかんと脱ぐもんで、ちっともいやらしくないんだよね。自分がモデルになった絵を高畑くんに見られても平然としてるし(高畑くんの方は真っ赤になって絵から目をそらせている)。
 そればかりか、高畑くんが自分のヌードを想像していることをテレパシーで知っても、怒りもせずにこう言う。

「そんなにてれなくていいわよ。あなたぐらいの年ごろの男子が、女子に好奇心を持つのは自然なことだって、少女雑誌の『悩み相談室』にかいてあった」
(「わが友・コンポコ」)

 うーん、何ていい子なんだ魔美! 『エスパー魔美』をどきどきしながら読む男子の心情までフォローしてるね(笑)。

 今、読み直してみて、この作品の唯一の欠点と言うと、やっぱりこの絵柄だろうか。藤子先生の絵柄だからしかたないとはいえ、現代にはちょっと受けない気がする。
 いっそこれ、キャラを現代風に改変してアニメでリメイクしたら受けるんじゃなかろうか? コメットさんがああなったり、猫娘がああなったりするぐらいだから、藤子作品の萌え改変もありだと思うんだけど。 もちろんまったく別人に変えるのは言語道断だけど、1998年版の『ひみつのアッコちゃん』ぐらいのアレンジなら、許容範囲じゃないかしらん。

 もちろん、ストーリーはそのまま! ヌード・シーンもカットしちゃだめ!
  


Posted by 山本弘 at 12:40Comments(20)マンガ

2010年04月21日

今井哲也『ハックス!』

 今日は最近読んでいる新旧のマンガを紹介したい。
 まずは友人から薦められてハマった今井哲也『ハックス!』(講談社)。

 日蚤台高校に入学した阿佐美みよしは、新入生歓迎会で流された自主制作アニメに感動し、アニメーション研究会に入ろうと決意する。だが、そのアニメは10年以上も前に作られたもの。現在のアニメ研は何も活動しておらず、廃部寸前だった。
 しかし、みよしの情熱がみんなを動かしてゆく。最初は彼女の描いたパラパラマンガを撮影してアニメにするだけだったが、しだいに本格的なアニメ製作に移行してゆく。目標は自主制作アニメを作ってニ○動にアップすること!

 設定自体は単純である。しかし、作品にこめられたアニメへの熱い情熱が胸を打つ。
 みよし自身がアニメに関してまったく素人で、(読者とともに)基本的な知識を少しずつ学んでゆくという構成。同時に、パラパラマンガからはじまって、しだいに彼女のアニメ作家としての才能が開花してゆくのが描かれる。それもすごい天才というわけじゃなく、既製のアニメをトレスしているうち、スカートの揺れ方がおかしいことに気づくところなど、地味に才能が光っているのを見せるのが、またいい。
 日常の描写は地味だが、作品のキモであるアニメのシーンは、躍動感あふれるディフォルメされたパースで描かれていて、その落差がアニメの楽しさを表現している。作中作である『アクアス』や『言霊少女』も見たくなってくる。
 特にアニメ制作の過程がわくわくする。キャラを彩色していて、線が切れてるもんで色があふれちゃう場面なんか、「あー、あるあるある」と微笑ましくなる。
 同じような設定の『空色動画』というマンガも読んだけど……作者の方、ごめん。僕は『ハックス!』に軍配上げる。

 ネームも上手い。興奮すると日本語が崩壊するみよしもいいんだけど、2巻CUT.10の、みよしと泰樹と結花の会話なんか、テンポの良さにほれぼれする。
 特に印象的なのは、悪役(?)である映研部長。憎たらしげな表情を見せるわけでも、乱暴な言葉遣いをするわけでもないのに、ものすごく嫌な感じなのだ。特に3巻のラスト近くのシーンの、背中がぞわぞわくるような生理的不快感ときたら……こういうキャラクターを創造できるってすごいわ。
 まだ物語ははじまったばかり。続きが早く読みたい。
  


Posted by 山本弘 at 11:12Comments(1)マンガ

2010年04月20日

『アイの物語』英語版

『アイの物語』英語版『THE STORIES OF IBIS』が、4月20日よりアメリカで発売されています。
(というか、発売されているはず……まだ現物を見ていないので)

THE STORIES OF IBIS
http://www.haikasoru.com/the-stories-of-ibis/

 この「HAIKASORU」というのは、日本のSFやファンタジーを英語圏に翻訳出版している叢書で、これまでにも、神林長平『戦闘妖精・雪風』、乙一『ZOO』、小川一水『時砂の王』、野尻抱介『太陽の簒奪者』、宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』『英雄の書』、高見広春『バトル・ロワイアル』、桜坂洋『All You Need Is Kill 』『スラム・オンライン』などが訳されています。
 ちなみに「HAIKASORU」という名前は、フィリップ・K・ディックのSF『高い城の男』に由来します。「High Castle 」の発音をローマ字表記したのだそうです。(だったら「TAKAISHIRO」でもいいんじゃないかって気がしますが……)

 ネット上では、宣伝の意味で、第1話「宇宙をぼくの手の上に」が公開されています。

http://wordswithoutborders.org/article/from-the-stories-of-ibis/

 訳者は日本人の方です。ざっと見ただけですが、けっこう忠実に訳してあるようです。


I could believe any other story. A sentient warship destroying four Federation battleships, a hyperdimensional vortex swallowing up planets, the vicious shape-shifting mechanoid reaper, the existence of the great Sower who scattered the seeds of intelligent life throughout the galaxy—for all that I could suspend my disbelief. But Shawn killing someone . . .
(原文:他の話なら信じられる。連邦軍戦艦四隻を撃破する生体宇宙船や、惑星を呑みこむ超次元のデルタ渦動、何にでも変身できる凶悪なメカノイド・リーパー、銀河全域に知的生命の種をばらまいた偉大な〈播種者〉の存在なら、いくらでも受け入れられる。しかし、ショウンが誰かを殺したなんて……。)

Before sitting down on the cushion I put out for him, the detective took a slow turn around the center of the room, eyeing various things with a penetrating look. "Hmm . . ." he murmured. It was probably a habit that came with the job, but I couldn't help shrinking in embarrassment. The bookshelves stuffed with science fiction novels, the piles of manga stacked on the floor, the model of the Enterprise hanging from the ceiling, the computer taking up most of the small table, a half-finished drawing, and the toy figures arranged along the top of the monitor were hardly the kinds of things found in a single woman's room.
(原文:私が出した座布団に腰を下ろす前に、刑事は「ほう……」と言いながら部屋の中央でゆっくりと一回転し、室内のあらゆるものを鋭い目つきで観察した。職業柄、というやつだろうが、私はすっかり恐縮してしまった。SFの文庫本がぎっしり詰まった本棚、床に積み上げられたマンガ、天井から吊り下げられたエンタープライズ号のプラモデル、小さなテーブルを占拠しているパソコンと、描きかけのイラスト、モニターの上に並べられたお菓子のオマケのフィギュアなど、女の一人暮らしとは思えない部屋だからだ。)

But I now knew that was an impossible dream. With the developments in space travel all but stalled in real life, I couldn't believe that the age in which civilians could take a casual trip to space would come before I died of decrepitude. Traveling to another planetary system at speeds surpassing the speed of light was physically impossible, and the probability of an interplanetary visitor attempting first contact virtually nil. The human race would likely continue to be bound by earth's gravity, only to die in obscurity without having learned of the existence of multitudes of intelligent species.
(原文: 現実の宇宙開発は停滞していて、私が老衰で死ぬ前に民間人が気軽に宇宙旅行に出かけられる時代が来るとは思えない。ましてや光の速度を超えて他の恒星系に行くなど物理的に不可能だ。異星人がコンタクトしてくる確率も、ゼロではないけども限りなく小さい。おそらく人類という種は地球の重力に縛られ続け、他のたくさんの知的種族の存在も知らないまま、ひとつの星の上で孤独に朽ち果てていくのだろう。)

 いやあ、自分の文章が英語になってるって、感無量でありますな。「アイの物語」の中のTAIの会話はどう訳されてるんですかね。興味津々。
 あと、著者略歴欄にある僕の小説の英訳題。

“February at the Edge of Time ”
“God Never Keeps Silent”
“The Unseen Sorrow of Winter”
“Day of Judgment”

 おお、英語にすると何かかっこいいじゃん!

 この他にも『シュレディンガーのチョコパフェ』の韓国版の話も進んでたはずなんだけど、こっちはすでに発売されてるんだかどうなんだか……ハングルなんてさっぱり分からないから、検索のしようがありせん。「シュレディンガー」とか「チョコパフェ」ってどう表記するのか。そもそも韓国にチョコパフェってあるのか?
 あと、短編「メデューサの呪文」がフランスに訳されるという話もありましたっけ。

 まあ、こういうのってロイヤリティも部数も少ないので、そんなに金にはならないんですけどね。それでも自分の小説が海外の人に読んでもらえるのは嬉しいです。
  
タグ :SF


Posted by 山本弘 at 18:12Comments(8)PR

2010年04月20日

今月のMMD

 今回、専門用語を多用しますが、面倒なのでいちいち説明しません。ついてこれない方はついてこなくてかまいません。

 第4回MMD杯の余韻も冷めないうちから、どんどんすごい作品が出てきている。
 4月に入ってからニコ動にアップされた作品の中から、僕が特に感銘を受けたものをいくつか紹介したい。

【MMD】 りれい将軍


 文句なしに傑作! もう何回も見た。モーションは他の人からの借り物だが、この表情がたまらない!
 コメントでみんな遊びまくってるのも楽しい。「『待たれい』と申せ」には笑った。

 現在、この上様モデルを使ったMMD動画が増殖中。第4回MMD杯が生んだビッグヨーデルのように、局地的なブームとなっている。「上様サーキュレーション」「生き物のような抱き枕魅杏さん」「場閑素(鷹狩)とワールドイズ殿」などなど……
 ホメ春香とかもそうだったけど、突然、何が流行るか予想もつかないのが、ニコ動の面白いところ。

【MikuMikuDance】新番組インドキャッチプリキュア!OP【なますて】


『ハートキャッチプリキュア』第1回放映直後にアップされた「インドキャッチプリキュア」というMADを、MMDで完コピしたもの。
 物量もすさまじいけど、モーションも素晴らしい。これも感動して何度も見てしまった。

【MMD】ネルドラム12.1:るらら♪でTEST的なもの


 まだ試作段階だけど、それでもすごい。ネルのスティックさばきにほれぼれする。
 完成が楽しみである。

【MMD】スーパーアイドルマスターLⅣU!【新キャラクター”ハルカ”】


『スーパーストリートファイターⅣ』の新キャラクター、ハカンのPVを、アイマス+αで再現。元ネタ自体がカオスなんだけど、それがさらに破壊的な内容に。これも中毒性のある動画だ。
 しかし、よくこんな組み合わせを思いつくな。

【探査機はやぶさ】 「イトカワをねらえ!」第二話【MMD】


「はやぶさ」の旅路を描く感動的な再現ドラマ。第1話は4分だったのに第2話は26分もある。最後の予告編があまりにもぴったりで驚いた。
 最終話がアップされるのは6月以降だろうか。見たらまた泣いちゃうんだろうな……。

 他にも、『うる星やつら』のOP・EDをミクで再現したやつとか、「ガミラスの下品な男」とかも、おっさんホイホイで面白かったし、「【霊夢】怒りの顔芸」も笑った。(しかし、霊夢ってこんな役ばっかりだね)

 個人的に注目しているのは、黒豹Pの「【初音ミク】君は人のために死ねるか」という手描き動画。大バカだけど、最高にかっこいい! アップされたのは4月5日だが、18日にはもうそれがMMDモデル化されていたのには驚いた。
 これから人気出そうだな、黒豹ミク。
  
タグ :MMD


Posted by 山本弘 at 16:36Comments(0)ニコニコ動画

2010年04月18日

リチャード・マシスン『運命のボタン』

 2006年の『不思議の森のアリス』以来、久しぶりにマシスンの短編集が出た。何でも表題作「運命のボタン」が映画化され、日本でも公開されるかららしい。
 まあ、出版の経緯はどうでもいい。マシスンの短編ホラーの大ファンとしては、こうして本が出るだけで嬉しい。日本ではまだまだ一般の知名度が低いマシスンが、この機会に多くの人に注目されることを望む。

 まずは表題作。短くてストレート、ブラックなオチの一言が効いていて、星新一氏のショートショートのような味わいの一編。しかしこれ、どうやって長編映画に引き延ばすんだろう? 秘密組織の陰謀とかの話になったりしたら、すごく嫌だぞ。
 テレビの『新トワイライト・ゾーン』では結末が変えられていたのだが、実は僕はそっちのオチもけっこう好き。上手い考えオチになっているのだ。

「魔女戦線」は三十数年ぶりに再読。七人の美少女が超能力を使って敵の兵士を大量虐殺するという、ただそれだけの話。
 発表されたのは1951年。今ならこの設定でテレビアニメになりそうだ。もったいない。しかし、単純なだけにプリミティヴなパワーがある。

「チャンネル・ゼロ」はもう何回も読んだ作品。でもこれ、再録するほどの傑作かな? テレビがようやく家庭に普及しはじめたばかりの時代、テレビがまだ得体の知れないものだった頃だからこそ成立したホラーで、今となっては古い気がする。

「ショック・ウェーブ」は、のちにスティーヴン・キングが多用するようになる、無生物(この場合はパイプオルガン)が意志を持って人間に反抗するという話。考えてみれば、名作「激突!」もこのパターンの話だ。
 こういうのを見ると、やっぱりキングのルーツの1人がマシスンであることが分かる。

「戸口に立つ少女」は初訳。これは傑作! マシスンお得意の、日常の些細な場面からしだいに異常な状況へとシフトしてゆく話だ。「激突!」とか「奇妙な子供」とか「次元断層」とかね。
 この作品の場合、戸口に現われた見知らぬ幼い女の子が「おばちゃまの家の子と遊んでいいですか?」と訊ねてくるのが発端。この少女が毎日やってきて、徐々に主人公の家庭を侵略してゆく様がねちっこく描かれる。すげー怖い!
 ただ、マシスンはミもフタもないオチをつけてしまう悪い癖がある。この作品も最後の一言は要らなかったと思う。少女の正体が分からないままの方が不気味だったろう。

「二万フィートの悪夢」はあまりにも有名な話。有名すぎて、すでにいくつものアンソロジーに入っているから、今さら収録しなくても……と思うのは、僕がマニアだからか。確かにマシスン入門編としては絶対必要なんだけど。

 こういう日本で編まれた海外作家の短編集を読むたびに、「何であれが入ってないの?」と、編者に文句を言いたくなってしまう。この本も、埋もれた傑作SF「旅人」をぜひ入れてほしかった。あるいはホラーで統一するなら、「消えた少女」「死線」あたりを。
 まあ、贅沢な愚痴なんだけどね。


  
タグ :SFホラー


Posted by 山本弘 at 19:11Comments(0)SF

2010年04月16日

『謎解き超常現象Ⅱ』

 ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)の新刊『謎解き超常現象Ⅱ』(彩図社)が出ました。今日(4月16日)か明日あたりに、書店やコンビニに並ぶはずです。
 以下は目次。(僕の執筆分は赤で示しました)


【序章】迫る! 地球滅亡の時「2012年問題」の真相
1. 惑星ニビルは「破滅の星」か?【人類に訪れるアセンションの時】
2. 惑星マルドゥクの接近【その他の2012年問題をブッた切る】

【第1章】常識外れの神秘の出来事「怪奇・超常現象」の真相
3. 石川県で降ったオタマジャクシ【空から降った奇妙な〝雨〟】
4.「ええじゃないか」の真相【日本で最も有名なファフロツキーズ事件】
5. テレポーテーションした山小屋【驚愕、冬の月山で山小屋が移動した!】
6. 池袋のポルターガイスト【江戸時代の奇妙な都市伝説】
7. タクシーに乗る幽霊【振り返ると乗客は消えていた……】
8. サースクの死の椅子【座ると命が奪われる呪いの椅子】
9. 北西航路の伝説『オクタビウス号』【凍りついた船員を乗せて海をさまよう難破船】
10. ツタンカーメンの呪い【発掘者が次々と謎の死を遂げる】
11. 呪われたホープダイアモンド【所有者に死と不幸をもたらす宝石】

【第2章】人智を超えた奇跡の力「超能力」の真相
12.『マダム・モンタージュ』のデタラメ【自称FBI超能力捜査官の透視能力者】
13. ネラ・ジョーンズは本物か?【あの人物も認めた霊能力者】
14. バラート・クラーラの霊視【奇跡の的中率を誇る霊視能力者】
15. ガラスの涙を流す少女【神が与えた奇跡の涙の正体とは?】
16. 神秘、インドのロープ魔術【名うての手品師でも解明不能、奇術の中の奇術】
17. 誰でもできる雲消しゲーム【波動を飛ばしせば雲まで消せる】

18. 腸チフスのメアリ【疫病と呼ばれた女】

【第3章】空飛ぶ円盤の襲来「UFO事件」の真相
19. 自衛隊の戦闘機と衝突したUFO【消えたファントム戦闘機】
20. 遊園地上空に出現したリング状UFO【目撃情報に共通する奇妙な符号】
21. ワームホールから出現するUFO【某番組でも紹介された衝撃の映像】

22.「残りもの」のUFO事件【合理的解釈を拒む奇妙な事例】
23.UFO事件最大の謎『ジル神父事件』【南の島であった神秘的なUFO奇譚】

【第4章】科学という名の落とし穴「疑似科学」の真相
24. 脳は10%しか使われていない?【人間の脳に隠された未知の力】
25.「水からの伝言」の真実 【水は本当に人間の意識を理解しているのか?】
26. マイナスイオンの真っ赤な嘘【「癒しの効果」の発祥はあの番組だった!?】
27. 実は危険なホメオパシー【日本でも密かに浸透しつつある代替療法の恐怖゜】
28. グリセリンの結晶化【ある日突然、液体が結晶化した!?】
29. フリーエネルギーは存在するか?【無尽蔵に取り出せる理想のエネルギー】
30. 人類の母『ミトコンドリア・イブ』【全人類はたった1人の女性の子孫だった】

【第5章】 怪奇、未知なる生物の発見「UMA騒動」の真相
31.「ニューネッシー」の正体【トロール船が引き揚げた謎の死骸】
32. 謎の生物、エイリアンフィッシュ【未確認生物が食べられた!?】
33. 幻の怪蛇ツチノコ伝説【賞金もかけられたUMA界の人気者】
34. パナマの怪生物 「ゴラム」【実在したファンタジー世界の怪物】
35. 南米の怪物『獣人モノス』【奥深い峡谷に潜む謎の生物】

【第6章】太古に栄えた驚異の文明「超古代文明」の真相
36. 超古代文明は核戦争で滅びた【古文書に残された核の痕跡】
37. アンティキテラの機械【紀元前に作られた驚異の精密機械】
38.『ピリ・レイスの地図』の正体【未到達のはずの南極大陸が描かれた古地図】
39. 古代エジプトの電球【今から2000年以上前に電球が存在した!?】
40. 大ピラミッド・クフ王建造説は嘘?【古代史の常識は間違いだった!?】
41. ギザの大ピラミッド建造法の謎【王墓に秘められた神秘の技術】
42.『をのこ草紙』は予言の書か?【現代の世相を言い当てた約280年前の古文書】

「オクタビウス号事件」などという日本ではマイナーな話題から、「空から降ったオタマジャクシ」「ナンシー・マイヤーの透視」「座ると死ぬ椅子」「ワームホールから出現するUFO」「『をのこ草紙』の予言」など、近年の日本のテレビ番組で大きく取り上げられた話題、さらには「ホープダイヤモンドの呪い」「グリセリンの結晶化」「脳は10%しか使われていない」などの、何十年も語り継がれてきた大嘘も暴きます。
 すべてが解明できているわけではなく、「ジル神父事件」のような謎のままの事件も紹介します。そういう不思議な話もまたロマンがあって面白いってことで。
 ロマンと言えば「アンティキテラの機械」。怪しげなオーパーツではなく、実は本当に高度な技術の結晶だった、という話。古代ギリシア人、すげえ!
「ワームホールUFO」の正体も、実際にYouTubeで映像見ると、美しさに感動します。
 
  
タグ :超常現象


Posted by 山本弘 at 13:58Comments(1)PR

2010年04月05日

『MAG・ネット』第一回「初音ミク」特集

『ねとすた』が終わって寂しい思いをしてたけど、代わりに面白い番組がはじまった。

MAG・ネット ~マンガ・アニメ・ゲームのゲンバ~
http://www.nhk.or.jp/magnet/

 第1回の特集は「初音ミク」。そう言えば『ザ☆ネットスター!』もレギュラー1回目はミク特集だったっけ。
 β版の『ラブプラス』特集もなかなかだったんだけど、今回のミク特集も好印象。初心者向けにミクについての初歩的知識をおさらいする一方で、マニア向けのサービスも忘れない。

 まずは3月9日にお台場で行われた「ミクの日感謝祭」ライブの映像。集まったファンが緑のサイリウムを振りまくる中、舞台上で歌い踊るミク。
 スクリーンプロセスというやつで、立体映像じゃないんだけど(さすがに科学はそこまで進歩してない)、本物のファンたちと同じ空間にミクが存在してるというのは、『マクロスプラス』みたいで、センス・オブ・ワンダーな映像。
 もっとも、会場に行ったファンからは「ニコ生で見たかった」という声があったとか。あー、確かに画面にコメントが流れないのは物足りないかもな(笑)。でも、そんな時代はすぐに来るよ。ツイッターとARを組み合わせればね。

 番組内では、「ワールドイズマイン」や「恋するVOC@LOID」がワンコーラス、他にも「みくみく菌にご注意♪」「ぽっぴっぽー」などのさわりがいくつか流れた。
「恋するVOC@LOID」は、『初音ミク』発売からわずか13日目に登場、オリジナル曲としては初のミリオン再生(だったはず)を記録した名曲である。

 番組では、その作者、OSTER projectさんが顔出しで登場。
 女性だったのか!(驚)
 僕も「ミラクルペイント」とか好きなのに、今まで知らなかったよ。今年の春、大学を卒業して、音楽の道に進むのだそうだ。

 さらに第4回MMD杯受賞作品「Chaining Intention」PVの作者、まさたかPが登場。こっちは顔を隠してる。通信販売をやっている会社の若社長なんだそうで、プロになる気はまったくないという。

 それにしても、MMDの力を借りているとはいえ、1年半前まで映像制作をまったくやったことのないアマチュアが、趣味でこんなもんを作ってしまうとは……つくづくすごいと思う。まさたかPも、この時代も。

 さらに番組内では、OSTER projectさんが即興で作ったジングルに、まさたかPが動画をつけるという、夢のコラボが実現。これはニコ動ファンには嬉しい。やるね、NHK。
 それにしても、ミクを足がかりにプロを目指す人と、あくまで趣味でミクを楽しむ人、対照的な二人を上手く選んだと思う。

 他には、話題になった等身大ミクロボットを作ったみさいるPも登場。作業風景が興味深かった。


 野尻抱介(SF作家)戸田誠司(音楽家)濱野智史(情報環境研究者)の3氏のトークも面白かった。
 濱野氏は、キリスト教圏の宗教画を初音ミクの2次創作にたとえる。「神は初音ミクみたいもの」(実体はないけどすがりたい)と考えると、あれだけたくさんの宗教画が描かれた動機が理解できるというのだ。
「ミクは神」じゃなく、「神はミク」という発想。うん、分かりやすい。
 野尻氏の「不老不死のアイドルに人類は初めて直面した」という発言もSFマインドを覚えた。さすが野尻さん。
 だよねー。ミクっていろんな意味で、人類史にとって画期的なムーヴメントだと思うよ。

 他にも、ニュースのコーナーで、痛車フェスや「美人すぎる書道家」と並んで、「非実在青少年」の問題をちらっと取り上げていた。さすがにNHKの立場としては、表立って反対派の擁護はできないだろうけど、多くのメディアが無視する中、ちゃんと取り上げていただいただけでありがたい。

 見逃した方は、4月9日(金)深夜24:20~(BShi)にて再放送があるので、そちらでどうぞ。
 これからの放送予定は、

第2回 4月11日(日)
 特集「マンガ大賞2010」
第3回 4月18日(日)
 特集「マイマイ新子と千年の魔法」

 おおう、片渕監督が出るのなら見なくては。
  


Posted by 山本弘 at 18:34Comments(3)ニコニコ動画

2010年04月02日

こんにゃく入りゼリーは危険か?

 ちょっと前、こんなニュースがあった。

日テレNEWS24
http://www.news24.jp/articles/2010/03/25/07155963.html
こんにゃく入りゼリー 安全対策で初会合
< 2010年3月25日 1:47 >
 こんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせて死亡する事故がこの15年間で22件起きていることを受けて、消費者庁は会合を開き、今年夏までに具体的な安全対策をまとめることになった。

 この時点でもう怪しさ大爆発だ。
 15年間で22件?
 年間約1.5件?
 日本人の約8000万人に1人?
 それってちっとも多くないんじゃない?
 こんにゃく入りゼリーについては、現在、業界団体が自主的に「子供や高齢者は食べないように」といった注意表示を行っている。24日に行われたこんにゃく入りゼリーの安全対策プロジェクトの初会合で、消費者庁・泉政務官は「実際に(人が)亡くなっている現実を重く受け止めなければならない」と述べ、業界の自主規制だけではなく、法規制も視野に入れて対策を行う考えを示した。

 法規制? 8000万人に1人しか死なないもののために法規制?
 いや「亡くなっている現実を重く受け止めなければならない」のは確かだが、こんなにリスクが低いものを法で規制する意味があるのか?
 そもそも、もちを詰まらせる人の方がはるかに多いんじゃなかったっけ?……と思って調べてみたら、案の定だった。

厚生労働省:食品による窒息事故に関する研究結果等について
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/chissoku/index.html
(平成19年度・5ページ)
① 消防本部の回答の概要

 性別は男性50.3%、女性49.7%で、年齢がわかっている595 例の年齢分布は0 歳から105 歳(平均68.4 歳)であり、割合では65 歳以上が全体の76.0%、10 歳未満が、12.0%を占めていた。
 傷病程度では、死亡65 例、重症227例であった。
 原因食品の食材または献立名で記載のあった541 例のうち食品成分表によって分類できたのは、432 例であった。「穀類」が最も多く211 例で、そのうち「もち」が77 例、いわゆる「米飯(おにぎりを含む)」61 例、「パン」47 例、「粥」11 例であった。次いで「菓子類」62 例「魚介類」37 例、「果実類」33 例、「肉類」32 例、「いも及びでん粉類」16 例(内しらたき4 例、こんにゃく2 例)あった。「菓子類」のうち「あめ」22 例「団子」8 例で「ゼリー」4 例、「カップ入りゼリー」は8 例であった。年齢がわかっているもので「もち」「カップ入りゼリー」をみると、「もち」では、「1~4 歳」1 例、「45~64歳」6 例、「65~79 歳」27 例、「80 歳以上」31 例の合計65 例、「カップ入りゼリー」は、「1~4 歳」2 例「65~79歳」2 例、「80 歳以上」3 例で、いずれも高齢者が乳幼児よりも多かった。(後略)

(平成19年度・5ページ)
②:救急救命センター(病院)の回答の概要

 性別は、男性50.9%、女性49.1%であった。年齢がわかっている602 例の年齢は0 歳から105 歳(平均74.7歳)であり、年齢分布は65 歳以上が全体の82.4%、10 歳未満が4.3%を占めていた。
(中略)
 原因食品をみると、調査①と同様に食材または献立名で報告され、複数の食材があがっているものも少なくなかった。記載のあったのは486 例でそのうち食品成分表によって分類できたのは、371 例であった。食品成分表の分類では、「穀類」が最も多く190例で、そのうち「もち」が91 例であった。「パン」43 例、いわゆる「米飯(おにぎりを含む)」28 例、「粥」11例であった。次いで「菓子類」44 例「肉類」28 例、「果実類」27 例「魚介類」25 例「いも及びでん粉類」19 例(内「こんにゃく」8 例)と続いた。「菓子類」のうち「団子」15 例「あめ」6例で「カップ入りゼリー」は3 例であった。年齢がわかっているもので「もち」「カップ入りゼリー」を見ると、「もち」では「45~64 歳」6 例、「65~79歳」44 例、「80 歳以上」41 例、「カップ入りゼリー」は、「5~9 歳」1 例「65~79 歳」2 例で、いずれも高齢者が乳幼児よりも多かった。(後略)

 どう見ても、もちやご飯やパンを詰まらせる人の方が、カップ入りゼリーを詰まらせる人よりはるかに多い。
 ご飯やパンは毎日のように口にするものだから、事故も多いのは納得できる。だが、ほとんど正月にしか食べないもちと比較しても、カップ入りゼリーによる事故は少ない。
 菓子だけに限定しても、あめや団子を詰まらせる事故が、カップ入りゼリーよりも多いか、ほぼ同等。
 
 さかのぼってみると、今年の1月にこんな記事があった。

http://www.news24.jp/articles/2010/01/14/07151547.html
こんにゃく入りゼリー、高い確率で窒息
< 2010年1月14日 14:37 >
 のどに詰まって窒息し、17人が死亡しているこんにゃく入りゼリーの安全性を検討する内閣府の食品安全委員会の専門調査会は、ほかの食品に比べて窒息する確率が高いとする調査結果を公表した。

 13日の会議では、食品ごとの一口あたりの窒息事故の発生率が報告され、こんにゃく入りゼリーを食べて窒息する確率は、肉や魚などに比べて最高で100倍以上高いとする分析結果が発表された。発生率はもちが一番高く、こんにゃく入りゼリーはあめと並んで2番目に高いという。また、こんにゃく入りゼリーの形状について、かみ切りにくく、吸い込んで気道を詰まらせる大きさだと結論づけている。

「高い確率で窒息」「肉や魚などに比べて最高で100倍以上高い」などと書かれたら、そんなに危険なものなのかと思ってしまう。
 これも、実際の研究結果を見たらまったく違っていた。

 食品安全委員会の報告
http://www.fsc.go.jp/senmon/sonota/chi_wg-dai7/index.html
(資料1-3、最終ページのケース1-2および2-2の表を参照)

 一口あたり窒息事故頻度(×10-8)
餅   6.8 ~ 7.6
ミニカップゼリー 2.3 ~ 4.7
飴類  1.0 ~ 2.7
こんにゃく入りミニカップゼリー 0.14 ~ 0.28
パン  0.11 ~ 0.25
肉類  0.074 ~ 0.15
魚介類 0.055 ~ 0.11
果実類 0.053 ~ 0.11
米飯類 0.046 ~ 0.093

 待て待て待て! 何でこれが「肉や魚などに比べて最高で100倍以上高い」「あめと並んで2番目に高い」んだよ!?
 魚の最低値(0.055)とこんにゃく入りミニカップゼリーの最高値(0.28)を比較したって、たった5倍だぞ!?
 あめよりもずっと少ないぞ!?
「ミニカップゼリー」の数字を「こんにゃく入りミニカップゼリー」の数字と混同しているのかもしれないが、それにしても魚の最低値と比較して85倍である。「100倍以上」にはならない。
 これはもはや捏造と言ってよかろう。
 だいたい、この数字からすると、こんにゃく入りミニカップゼリーは、普通のミニカップゼリーよりはるかに安全なんだが。(食べる際に注意するせいかもしれないが)

 3月10日にはこんな記事もあった。

http://www.news24.jp/articles/2010/03/10/07155066.html
こんにゃくゼリーの窒息率「アメと同程度」
< 2010年3月10日 15:53 >
 95年以降、窒息死する事故が相次いだこんにゃく入りゼリーの安全性を検討している内閣府の食品安全委員会は10日、窒息する確率は「アメと同じ程度」であるとする報告書を取りまとめた。

 報告書では、こんにゃく入りゼリーについて、その大きさや硬さから窒息事故が発生しやすいとしたが、一口あたりの窒息する確率はモチよりも低く、アメと同じ程度としている。

 いやいやいや、「アメと同じ程度」じゃないだろ! どう見てもパンと同程度だよ!

飴類  1.0 ~ 2.7
こんにゃく入りミニカップゼリー 0.14 ~ 0.28
パン  0.11 ~ 0.25

 何でこれが法律で規制されなきゃならんのか。規制するなら、何十倍も危険で犠牲者数も多い餅の方だろう。
 ちなみに、年間の窒息事故による犠牲者数は次の通り。

食品(群) 窒息事故死亡症例数(推計数)
餅    1,075.3
米飯類   684.7
パン    509.1
肉類    329.2
魚介類   294.1
飴類    70.2
果実類   684.7
こんにゃく入りミニカップゼリー 1.7

 安全だ! こんにゃく入りゼリーはものすごく安全だ!
 餅なんか1年に1000人も死んでるというのに、何でこんにゃく入りゼリーが危険視されるのか、さっぱり分からない。
 しかも、こんにゃく入りゼリーで窒息死した人のほとんどは、7歳以下の児童か高齢者である。つまり幼児と老人が食べなければ、犠牲者はほぼゼロにできる。おまけに、こんにゃく入りゼリーのパッケージにはすでに、「お子様や高齢者の方はたべないでください」という警告文が入っている。
 つまり、これからさらに犠牲者が出るとしたら、親が警告文を無視して子供に食べさせたとか、老人が警告文を無視して食べたという場合だけ、ということになる。それはもうメーカーの責任ではあるまい。

 これ以上、いったい何を規制しようというのか。

 こんにゃく入りゼリーを規制したら、メーカーが倒産して、失業して首をくくる人だって出るかもしれないではないか。その危険性を考えていないのか。
 それに、消費者庁の会合だの、食品安全委員会の活動にしたって、金がかかっているはずだ。その予算を別のことに回せば、もっと多くの人命が救えるのではないか? たとえば政府広報などで、餅による窒息事故の危険性をもっとアピールするとか。

 世の中には、「目の前にあるどんな些細なリスクもゼロにしなくてはいけない!」と狂信的に思いこんでいる者がいるのだろうか。そのためには規制によって生じる他のリスクは無視するのだろうか。
 あと、ネットで調べてみたら、地元出身の野田聖子をめぐる疑惑もささやかれている。まあ、ここまで理屈に合わないと「裏に何かあるんじゃない?」と勘ぐりたくもなるわな。
  


Posted by 山本弘 at 18:22Comments(11)社会問題

2010年04月02日

ヘドが出るような思想であっても

 31日のエントリを読み直していて、思い出したことを補足。

> あるいは、ネットでベストセラーになったコミック『サンバーン』の作者、三崎純へのインタビューという話もあった。参考のために読んでみた私は、すぐに編集者に電話をかけ、「この仕事は別の人に回して」と依頼した。身障者の少女をレイプし、いじめ抜いた末に殺害する主人公の姿と、それをギャグを交えてあっけらかんと描く作者の姿勢は、私には反吐が出そうなほど不快だった。紙の本が出版物の主流で、出版業界のモラルが守られていた時代には、とうてい陽の目を見なかった作品だ。こんなものを描く人物がいることにも、それを夢中になって読む大衆がいることにも、やりきれなさを覚えた。
――山本弘『神は沈黙せず』18章

 もちろん『サンバーン』というのは架空のマンガである。しかし、これにはヒントとなった実在の作品がある。マンガではなく、ある作家の書いた小説だ。
 こんなストーリーである。
(結末までバラしているが、批評のためにどうしても必要なことなので、ご理解いただきたい。なお、不健全なシーンや暴力シーンを見たくないという方のために、引用箇所は文字色を反転させてある)

 ある夜、ギャンブルの帰り、主人公の礼次が相棒の武井を助手席に乗せて車を走らせていると、バス停に立っている女を目にする。もう深夜で、バスのない時刻だ。
 礼次たちは「駅まで送って上げる」と言って女を車に乗せると、人気のない場所まで行き、バックシートで彼女を強姦する。

「叫べよ! が誰も来やしないぜ」
 着たものをたくし上げながら礼次が言い返した。
 女は尚叫んで身をよじった。
「黙らねえか、良い加減に!」
 シートの背から殆ど全身を逆さにのり出した武井が、叫びながら女の眼の辺りを上から力一杯殴りつけた。女はそれでも叫んだ。が何故か突然、失神でもしたかのように女は温和しくなる。
「よしよし、なまじ言うことをきかないでいるよりそうしてりゃ顔も腫らさずにすむんだ」


 礼次は女を、使われていない兄の別荘に連れてゆく。ここでも武井は女を犯す。

「面倒臭えや」
 言うなり武井が飛びかかった。女は悲鳴を挙げて逃げた。立ち腰で逃げようとする女を、武井が前へ突き飛ばす。女は低い姿勢でよろけながら、いやという程壁にぶつかって投げ出された。手肢を縮めてこばもうとする女を、一本一本、手と足と、引き離して抱き敷きながら武井は言った。
「礼、呼ぶまで向こうにいろよ。気が散るぜ」
「いやっ、いやだ!」女は叫んだ。
「いやでも駄目さ。一つぐらい殴ったからってそう邪慳に言うなよ」
「電気消してやろうか」
「馬鹿言え、結構だ」
 礼次は部屋を出て台所へ水を飲みに歩いていった。その後で、女が何か叫んだ後、また武井が殴りつけるばしっという鈍い音が聞こえて来る。


 女は武井を嫌うが、なぜか礼次に対しては好意を抱いているようだった。様子がどうもおかしいので事情を訊ねてみると、「大船の鎌倉病院」から出てきたばかりだと言う。そこは有名な精神病院だった。(退院したのか脱走したのかは定かではない)
 翌日、礼次たちはパーティに出るので外出しなくてはならない。そこで女が逃げないように柱に縛りつける。

「つかまえるんだ」
 言わぬうちに武井が女を引きずり倒した。
 両掌を後ろにくくり上げ柱に結びつけると、女は頭を振り何やら叫ぶと、盛一杯の抵抗で足をばたつかせる。
(中略)
「野郎、静かにするように、股ぐらにほうきでも突っ込んどいてやろうか。大方それなら奴あ嬉しそうにじっとしてるぜ」武井が言った。


 二人は縛り上げた女を放置して出かけると、仲間の高木たちを呼んで見張りを頼む。礼次たちが出かけている間に、高木たちは女を輪姦する。

 礼次たちが帰って来る翌日の昼まで、夜っぴて五人の男たちが倦かずに代る代る、延べにして二十回以上も、同じことを女に向って繰り返した。
 仕舞いに女は呼吸をするただの道具のように横たわっているだけだった。(中略)

 後が気になってか、礼次たちはひる前に帰って来た。
「畜生、五人がかりでやりやがったな」
「見ろよ、死んだ魚みてえな顔をしてやがるぜ」
(中略)
「何か食わせたか、女に」
「まだだ」
「気のきかねえ奴だ。それじゃ奴あ丸二日何も食ってない訳だ」
「飲まず食わずで丸二日、ただひたすらにいか」
 節をつけて高木が言った。


 礼次たちは、用済みになった女を、高木の知り合いの熱海の売春宿に売り飛ばす。
 しかし、五日ほどして店から電話がかかってくる。女の様子がおかしいので困っている、迷惑だから引き取ってくれというのだ。
 礼次は武井や高木と相談し、女を始末することにした。礼次が店の前で見張り、女が外に出てきたところを、誰にも見られないように車に乗せる。
 礼次は女を海岸に連れてゆき、甘い言葉で油断させておいて、崖から突き落とす。
 殺しを終えた礼次は、武井たちと合流する。

「これでやっと終らせやがった」
「いや、まだあるぜ。明日もう一度、ひと足違いで俺たちがあの店へ女を迎えに行って、それで何もかも完全に終りという訳さ」
「その割にこの遊びは安く上ったな」
 横の灰皿で煙草をひねりながら武井が言った。


 これで終わりである。
 いかがだろうか。精神を病んだ女性を強姦・輪姦・虐待したうえに殺害したにもかかわらず、犯人たちは何の罰も受けない。彼らはわずかのためらいもなく犯罪を実行し、自責の念を微塵も抱かず、すべてを「遊び」と言い切る。
 まったく救いのない話だ。
 女は「二十五六に見える」と描写されていて、「非実在青少年」には該当しない。しかし、この小説が東京都の条例改正案で言うところの「強姦等著しく社会規範に反する行為を肯定的に描写したもの」であることは確実だし、人によっては「犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」と判断するかもしれない。

 そろそろこの小説のタイトルと作者名を書いてもいいだろう。
 タイトルは「完全な遊戯」。石原慎太郎氏(現・東京都知事)が1958年に発表した短編である。
(同じ題の映画もあるが、ストーリーはぜんぜん違うらしい。注意)
 つまり『神は沈黙せず』のヒロインは「完全な遊戯」の存在を知らず、「紙の本が出版物の主流で、出版業界のモラルが守られていた時代には、とうてい陽の目を見なかった作品」と勘違いしている……という皮肉なのである。

 こんな不健全な小説、とっくに絶版? そんなことはない。僕が読んだのはずいぶん前だが、調べてみたら、たった7年前、この作品を表題作にした短編集が、新潮文庫から新たに出ていた。偶然にも『神は沈黙せず』が出たのと同じ年、ほんの1ヶ月ほどの差である。(『完全な遊戯』は9月、『神は沈黙せず』は10月)
 さすがにもう新刊書店には並んでいないが、古書店なら容易に手に入る。僕も先月、資料にするため、新たに買い直した。

http://www.amazon.co.jp/dp/4101119112

 どうでもいいが、先月買った時、古書価格は1円だったのに、今見たら最低価格でも840円(定価は514円+税)。今回の騒ぎで若い世代に存在が知られ、古書価格が釣り上がっているらしい。むしろ1958年に出た最初の版の方が安いんだけど……。
 何にしても、この本がほんの7年前には新刊書店の文庫コーナーに平然と並んでいたことは事実である。もちろん成人向け指定などされていないから、子供でも買えただろう。
 1958年当時、どれぐらい読まれたのかは、よく分からない。しかし、石原氏は当時の大人気作家だったし、半世紀経っても古書市場にかなり出回っているところを見ると、数十万部は売れたに違いない。

「エロゲやエロマンガと文学は違うだろ」などと嘲笑う人がいるかもしれない。
 そうだろうか? 女を強姦して殺すだけの話(本当にただそれだけの話なのだ!)が、はたして「文学」と呼べるのかはさておいても、文字と絵に何の違いがあるのだろうか。マンガなら規制していいが、小説なら許される……という根拠は何だ?
 仮にこの「完全な遊戯」を忠実にマンガ化したら、おそらく「不健全図書」として規制対象になるのではないか。

 当たり前の話だが、小説が読者に影響を与えることはよくある。
 若手作家の中には、若い頃に僕の小説を読んでいたという人が何人もいる。編集者の中にも、中学や高校の頃にライトノベルに夢中になっていて、出版業界に入ることを決めた人がいる。
 僕自身の体験も少し書かせてもらおう。
 11~12歳の頃、父がよく中間小説誌や週刊誌を買ってきていて、家の中に無造作に放り出していた。僕はそれをよく読んでいた。中には山田風太郎、宇野鴻一郎、梶山季之などの小説が載っていて、中にはエロいシーンも多かった。今から思えば、だらしない父だった(笑)。
 そうした小説誌の中に、筒井康隆氏の「アフリカの爆弾」(初出時は「アフリカ・ミサイル道中記」という題だった)が載っていた。ターザンまで出てくるハチャメチャな展開で、「大人なのにこんなアホな小説を書いてる人がいる!」と大喜びした。それ以来、筒井氏の大ファンになり、作品を読みあさった。
 僕がSF作家を志すようになったのも、筒井氏の影響が大きい。言ってみれば、エロ小説の載っている雑誌を父が家の中に放り出していたからこそ、今の僕がいるようなものだ。
 小説には人生を動かすほどの力がある。
 当然、いい影響だけでなく、悪影響だってあるだろう。マンガもそうだが、小説を読んで犯罪に走る者がいないとは、断言できない。だから創作者は自作の影響について責任を持つべきだ、と僕は思っている。

 僕はたとえ小説の中であっても、レイプを肯定的に描かないことを矜持にしている。『妖魔夜行/暗き激怒の炎』や『サーラの冒険』にしても、レイプを徹底して否定的に、忌まわしいこととして描いている。
 それは同人誌で出している18禁小説『チャリス・イン・ハザード』でも同じだ。ヒロインのチャリスに性的虐待を加えようとする者たちは、徹底して悪人として描いており、決して彼らの言い分を肯定しない。チャリスは頻繁に危機に陥るものの、決して悪人にレイプされることはなく、最後は必ず悪に勝利する。
 チャリスをいたぶる方法にしても、現実にはまず実行不可能な手段(視床下部を侵してバソプレシンの分泌を阻害する細菌とか、超純水の過冷却を利用して瞬間凍結とか)を選んでいる。万が一にも、僕の小説に影響されて、まねをしようと思うバカが現われては困るからだ。
『チャリス』はエロ小説である。しかし、僕は誇りを持って書いている。自分で言うのもなんだが「いい話」だと思う。そして、『チャリス』を読んで影響を受け、現実の少女に虐待を加える読者など一人もいるはずがないと、自信を持って断言する。
 レイプ以外の犯罪に関する基準は、もう少しゆるい。たとえば短編「屋上にいるもの」や「地獄はここに」では、連続殺人者が逮捕されないまま終わる。もっとも、これはホラーの定石として許容範囲内だと思うし、どちらも犯人の正体や動機や犯行手段が現実にはまずありえないものなので、模倣されることはないと思う。

 誤解しないでいただきたい。僕は「完全な遊戯」を規制しろとは言わない。けしからん小説だし、不快には思うが、規制すべきではない。むしろ、この国の中で、こうした小説が出版される自由が保証されていることを評価したい。
「レイプを肯定的に描かない」というのは、僕個人の規範にすぎない。作家によって倫理観は違う。もっと潔癖な人もいるだろうし、逆に暴力や犯罪や反社会的行為をもっと肯定的に描いている作家も多い。僕は「完全な遊戯」のような作品は書かないが、その基準を他の作家に押しつけたくない。
「完全な遊戯」にしても、若い頃の石原氏が書きたいと思ったのなら、そしてそれを読みたい人間がいるなら、出版の自由は保証されるべきだ、と僕は思う。
 同様に石原氏も、自分以外の作者が(石原氏の目から見て不健全な)創作物を発表する自由を認めてもらわねば困るのである。

 ちなみに、僕が最近見て感心したのは、こういう動画。



 さすが世界の偉人たちはいいことを言っている。マルクスやニーメラーやハイネの言葉は有名だし、エリカ・ジョングやJ・S・ミルの言葉にも共感するが、僕が最も気に入ったのはノーム・チョムスキーの言葉だ。

「ヘドが出るような
 思想に対しても
 表現の自由が
 保証されなければ
 本物の自由とは言えない」

 その通りだ。
「表現の自由を守る」とは、「自分にとっての表現の自由」だけでなく「敵にとっての表現の自由」をも守ることを意味している。そうでなくてはフェアではない。
 もしあなたが、自分にとって不快な思想を社会から排除することに賛成したなら、いずれあなた自身も排除の対象となる。なぜなら、どんなに健全に見える考えでも、誰かから見たら「ヘドが出るような思想」なのだから。
 無論、その「ヘドが出るような思想」を批判する自由や、「ヘドが出るような思想」を聞きたくない自由もまた、保証されなくてはならないのだが。
  
タグ :表現規制


Posted by 山本弘 at 15:27Comments(10)社会問題