2010年03月31日

『去年はいい年になるだろう』




 2001年9月11日。同時多発テロは起こらなかった。
 24世紀の未来からやって来た500万体のロボット集団〈ガーディアン〉が地球に降り立ったのだ。彼らは歴史を改変するため、圧倒的な科学力で全世界の軍備を解体するとともに、未来の知識を利用してテロや犯罪や事故を未然に防止しはじめた。
 SF作家・山本弘の仕事場にも、カイラ211と名乗る美少女アンドロイドがやってくる。人間を保護する本能をプログラムされている彼らの究極の目標は、「罪のない者が傷つけられることのない世界」だった。
 だが、善意と理想に根ざしたその行動は、世界に思わぬ悲劇をもたらす……。

「作者自身を主人公にしたSF」と言うと、ふざけてんじゃねーのと思われるかもしれませんが、これは大真面目な小説です。
 そもそもSF作家が自分を主人公に小説を書くというのは、そんなに独創的な案ではありません。日本では「レモン月夜の宇宙船」をはじめとする野田昌宏氏の短編群がありますし、小松左京氏、筒井康隆氏、豊田有恒氏などにも、作者自身、あるいは明らかに作者がモデルのキャラクターが主人公という作品がけっこうあります(平井和正氏の「星新一氏の内的宇宙」というショートショートは、特にお気に入りです)。海外作家では、オーソン・スコット・カードの『消えた少年たち』が有名です。
 この小説でその手法を使おうと決心したのは、この物語は政治家でも科学者でもない一市民の目から描くべきだと考えたからです。全世界を巻きこむような大事件だからこそ、「世界」「人類」という大局的なスケールだけで語ってはいけない。巨大な歴史の波に押し流される不条理さは、むしろ歴史の底辺にいる者の視点から描くべきだ、と。
 その主人公としていちばんぴったりだったのが、僕自身だったわけです。

 企画が通るとすぐ、知り合いや作家仲間や編集者に片っ端からメールを出し、作中への出演の許諾をお願いしました。僕が主人公である以上、僕の周囲の人たちも出てこないと不自然だからです。
 返ってきた返事は六〇通以上! まさにうれしい悲鳴です。さすがに全員にご出演いただくのは無理でしたが、なるべく多くの方の出番を作ったつもりです。と学会のメンバーはもちろん、松尾貴史氏、安田均氏、友野詳氏、はぬまあん氏、小川一水氏などなど、有名人もけっこう出てきます。
 多くのアイデアもご提供いただきました。特に葛西伸哉氏からのご指摘は、物語の根幹の部分に取り入れさせていただいています。
 他にも、「『ネットランナー』の付録」「新人声優の色紙」「岡田斗司夫がベストセラー」といったギャグも、ご協力いただいたみなさんからご提案いただいたものです。多くの方からのアイデアを取り入れて一本の話を作るというのは、昔やっていた『ソード・ワールドRPGアドベンチャー』を思い出して、楽しい体験でした。
 これは多くの方の協力がなければ完成しなかった小説です。

 ストーリー自体は、僕の小説には珍しく、かなりネガティヴです。でも、決して陰鬱なだけの話ではありません。随所にギャグがこまめに入っていますし、クライマックスにはスペクタクルもあります。
 個人的には、2001年の僕が、「水色の髪のチャイカ」『アイの物語』『サーラの冒険』5~6巻などの、未来の自分の作品の感想を自分で語っている部分が、恥ずかしいやら楽しいやら(笑)。一部、読者を置いてけぼりにして、作者だけが楽しんでるところがありますけどね。
 なかば私小説みたいな話ではありますが、多くの方にお楽しみいただければ幸いです。


  
タグ :SF


Posted by 山本弘 at 19:27Comments(16)PR

2010年03月30日

「目に見える形で反論を提示する」:Q&A

 前回、前々回のエントリに多数のコメントをいただきました。多忙のため、すべてのコメントにレスを返せないのですが、とりあえず、みなさんの提起された疑問や質問にお答えしたいと思います。

>ただ、どうしても納得いかないのは規制推進派の方々は何故、多くの人々の怒りの言葉に耳をふさいでしまうのでしょうか?
>Posted by ds at 2010年03月18日 19:52t

 簡単に言えば、彼らの動機は「善意」だと思います。
「地獄への道は善意で舗装されている」という有名な言葉がありますが、まさにそれです。
 子供に「良いもの」だけを見せていれば「良い人間」に育つ、それが「良いこと」なのだと思っているのです。それは彼らにとって自明のこと、議論するまでもないこと、異論をはさむ余地すらないことであり、だから「データを示す必要もない」などという発言が飛び出すんだと思います。
 もちろん善意自体は悪いことではないのですが、方向性を間違った善意は、悪意よりもたちが悪いです。悪意から行動する人間より、善意から行動する人間の方が、はるかに熱心ですから。

>残念ながら反論はまったくもって無意味です!! こうしたデータを提示したところで、推進派が意見を変えることはないでしょう。
>Posted by slpolient at2010年03月19日 06:28

 僕も同感です。推進派の中核の人々は、すでに結論は決まっているので、データを突きつけても意見を変えることはないと思います。
 じゃあなぜこういう文章をアップしたかというと、まだこの問題をよく知らない人たち――アンケートを取っても「知らない」「よくわからない」と答える人たちや、固い信念からではなく漠然と「規制した方がいいんじゃないの?」と思っている人たちなら、説得する余地があると思うからです。
 反対する声を増やせば、状況はひっくり返る可能性があります。
 僕らにできる唯一のことは、敵を改心させることではなく、味方を増やすことです。

>「80年代頃からコミックス・コードを破る作品(『ウォッチメン』や『バットマン/キリング・ジョーク』など)が次々に出てきて」
>とあるにもかかわらず、80年代以降の数値に大きな変化が見られません。
>90年頃から減少が始まっているようにも見えますが、その後も減少が続いているかは不明であり、コミックス・コードの影響を語る資料としては、やや根拠に欠けるのではないでしょうか。
>Posted by undo at 2010年03月19日 08:48

 僕はコミックス・コードの影響で犯罪が増えたとは言っていません。もちろん、規制が緩和されれば犯罪が減るとも言っていません。おそらくアメリカの犯罪の増加の主な要因は、コミックスだけではなく、社会全体の変化です。おそらくビートニク世代やベトナム戦争の影響なども大きいはずです。
 重要なのは、「コミックス・コードができたにもかかわらず、犯罪は増加した」という事実です。すなわち、コミックスの影響よりはるかに大きな、犯罪増加の要因があったに違いないのです。
 だから犯罪を減らすには、コミックスの表現を規制するより、まずその要因の方をどうにかしなきゃいかんだろ……という話なんです。

>このまま、プリントアウトして陳情のお手紙に同封したいくらいなのですが、それはまずいですか?
>私も微力ながら、もちろん自分の言葉で手紙を書くつもりですが、こんなに理路整然とした文章にはならないので、特にデータ的な部分は、引用・別添などの形で添えさせていただけたら助かるなあ、と思います。
>Posted by porepore at 2010年03月19日 11:03

 いっこうにかまいませんよ。URLさえ明示していただければ。

>ここでの議論の対象は、18歳以下を含めた人間に対するもので、ここで議論されてる児童ポルノは、規制案のほうも結局18歳未満全般に対するものという事なのでしょうか?
>それとも小学3年とか、4年とか判断力的にもまだまだ幼いし、性欲にも目覚めていないような児童に対するものなのでしょうか?
>理解力が無いのかまったくそこらへんが読みきれませんでした・・・
>そこいかんで問題の深さが変わる気がしているのでどうしても理解したいのですが・・・
>そこらへんの解説もしていただけるとすごく助かります!
>Posted by はち at 2010年03月19日 17:03

 えー、僕もそのへんがよく分からないです(笑)。と言うか、条例改正案を作っている人たちも、そのへんが混乱しているように感じられます。
 昨日(29日)の『PRIME NEWS』(BSフジ)の猪瀬直樹氏(東京都副知事)の言い分では、従来の条例ではロリコンマンガが子供の目に触れてしまうのを防げないから……みたいな説明をしてたんですが、ぜんぜん理屈に合わないんです。
 だって、マンガの中でエッチなことをしているのが、成年であれ未成年であれ、18歳未満の読者には有害と判断される内容であるなら、それを「不健全図書」に指定して販売を規制するのは、従来の都条例で十分なんですよ。何でわざわざ「非実在青少年」なんてものを持ち出したのか分からない。
 ちなみに、猪瀬直樹氏が番組中で槍玉に挙げていた『奥サマは小学生』の作者のブログ。

http://den.blog.ocn.ne.jp/densuke/2010/03/post_acbc.html

> まあ、漫画自体、主人公の担任の先生と生徒の12歳の奥さんの話である訳ですが、主人公が国から子づくりしていいよと言われていて、その中で妄想で、バナナや練乳を使って、わざとセックスを連想される描写はしているものの、直接のセックス描写も無く、せいぜい、ほっぺにチュッで終わっている漫画なのですが(主人公は最後まで童貞です。)、「セックスをしている」と書かれ言われ、ちょっとちがうよ、、、、汗、、、、です。

 僕はこのマンガを読んだことがなく、番組の中での猪瀬氏の発言を聞いていて、てっきりマンガの中で12歳の女の子が本番をやってるんだと思ったんですが(そう勘違いした視聴者は多いはず)、実はやってなかったんですね。
 こういうマンガも、猪瀬氏は規制したいらしいです。

>山本先生は本当に「犯罪がなくなれば社会的な倫理観はどうでもいい」と思っていらっしゃるのでしょうか?
>それとも、人間は進化しない、どんな教育をしてもこれ以上良くなることはないから、その場の「メリット・デメリット」だけで個別に判断するしかない、と思っていらっしゃるのでしょうか?
(中略)
>もし、山本先生が「性はもっと解放されるべき、小さいころから性生活を豊かにすることは人生を豊かにすることだ」という思想の持ち主でしたら、私の心配は無用でしたので、承認していただかなくても結構です。
>Posted by S.A. at 2010年03月19日 20:40

 僕が言ってもいないことに対して反論されても困ります。
 僕には中学一年の娘がいますが、「小さいころから性生活を豊かに」なんて思ってもいません。男友達の家に遊びに行くという時には、「もしいやらしいことを要求されたら断固拒否しろ」「いざとなったら金玉を蹴れ」と教えています。娘をちょくちょく同人誌即売会に連れて行きますが、間違って18禁本を買ってしまわないように、ついて歩きながらチェックしています(サークル参加者側でも、露骨に18歳未満の客には18禁本を売らないように注意しています)。
 子供が過激な本を目にしないように監視するのは、親の義務でしょう? そんなのをお上にまかせるのは変ですよ。

 そもそも「社会的な倫理観」って何でしょう?
 倫理は人によって違います。時代によっても違うし、国によっても違います。たとえば、数十年前まで、同性愛は不道徳な行為とみなされていました(今でもそうみなしている人はいます)。性表現にしてもそうで、30年ぐらい前にはヘアヌードなんかありえなかったんです。今でもヌード写真が認められていない国もたくさんあります。
 この現代の日本に限定しても、様々な倫理観が存在します。人によってみんな倫理観は違います。あなたの信じる「社会的な倫理観」なるものも、実は日本国民の総意なんかじゃなく、あなた個人の倫理にすぎないんです。
 僕だって、耐えられない作品はいっぱいありますよ。スカトロはまったくだめです。同性愛ものは許容範囲ですが、ガチムチ系は苦手です。SMは絵ならまだしも、現実では痛々しくて耐えられません。強姦を肯定的に描いた作品にも不快感を覚えます。
 でも、自分が不快だからといって、そういうものを好む人に対して、「そんなのはやめろ」とは要求できません。
 無論、例外はあります。たとえばヌーディストが街中を全裸で歩くパフォーマンスを披露して「これは表現の自由だ」と言っても通りません。それは他の人の「見たくない自由」を侵害しているからです。どんな倫理観を持つのも自由ですが、それを他人に押しつけてはいけない、ということです。
 僕にとって不快なマンガであっても、愛好家が僕の目に入らないところで楽しんでいるだけなら、僕はそれを許容します。というか、せざるを得ません。
 なぜなら、自分の倫理観を他人に押しつけてもよいことになったら、僕自身が他の誰かから倫理観を押しつけられた場合、拒否する根拠がなくなるからです。
 あなただって嫌なんじゃないですか? アメリカ人から「クジラを食うな。それは倫理に反する」なんて言われたら? あるいはイスラム教徒から「裸の女の写真が載っている雑誌を買うなんてけしからん」とか言われたら?

>ついでにですが山田五郎さんは面白い意見を言っていました。
>この規制は未成年自身も対象になるので同い年の子に対して性欲を持ってはいけないと言うのは健全と言えるのか。
>これは結構感心しました
>Posted by tatsu at 2010年03月20日 01:22

 それもツッコミどころのひとつなんですよね。
 先日の規制反対集会でも出ていた例が、「30歳の男性と16歳の少女が真摯な恋愛の末に結ばれる」という設定の話はどうなるのか、という問題でした。日本の法律では女性は16歳から結婚できますし、16歳でSEXしても(合意のうえなら)まったく違法じゃないはずなんです。
 つまり、16歳の実在の少女が性行為をするのは許されるけど、その少女が同じ16歳の非実在の少女の性行為が描かれたマンガを読むのはだめ……という、何かおかしな理屈になってしまうのです。

>逆に疑問に思ったのは、アニメやマンガで十八歳未満の人間のみを規制するという事ですね。忍たま乱太郎とか、おじゃる丸とか、教育テレビでも成人キャラ出てきますよね? 成人キャラが出た時点でアウトですか?
>Posted by 紫苑 at 2010年03月21日 21:16

 その理解は完全に間違っています。
 条文を読んでください。

http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-cbc1.html

>そういえば都側ではドラえもんもクレヨンしんちゃんも条例には引っかからないと必死に弁明していたニュース記事を読みましたが、上げた作品は以前文部省のか何かの推薦作品になったのがあったなと。
>だとすれば国の推薦された作品は対象外と。
>Posted by 風魔武士 at 2010年03月22日 11:58

 その理解も間違っています。条文によればターゲットは、

>二 年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交又は性交類似行為に係る非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの

 となっています。
 ただ、この条文が曖昧で、拡大解釈が可能だという点が、反対派の人たちが問題にしている点なんです。『風と木の詩』はどう見ても「非実在青少年による性交」を描いていますし、永井豪作品も「性交類似行為」はしょっちゅう出てきます。
 あと、どこまでが「性交類似行為」なのか。ペッティングなんかも含まれるらしいんですが、胸を揉むだけならアウトなのかセーフなのかとか、性器はモザイク入れればいいのかとか、恍惚とした表情でアイスキャンデー舐めたり、顔に練乳がかかったりするのはどうなんだ、とか(少なくとも、昨夜の番組によれば、猪瀬氏はそういった作品も規制したいらしいんです)。
 となると、いったいどこまで規制が広がるのか、見当もつきません。

>それが事実かは分かりませんが海外で一人称視点で銃を向けて撃つというFPSというジャンルのゲームをしていた為に青年が銃を乱射して近隣の人達を殺傷した事件があったという話を聞いた事がありますし、海外でも過激な作品を規制しろという主張はあるみたいです。
>Posted by 通りすがり at 2010年03月22日 12:16

 それが2007年のバージニア大学乱射事件のことであれば、それはデマです。『ニセ科学を10倍楽しむ本』でも書きましたが、チョ・スンヒ容疑者は当初、〈カウンターストライク〉というFPSに熱中していたと報道されましたが、実際には彼の寮の部屋からはゲーム機もゲームソフトも発見されていません。

>都幹部は「『ハレンチ学園』は改正案に該当しない」と弁明に必死だが、「改正案の内容の説明不足だった」と話した。
>と、あるんですが?
>これでもまだ、この条例改正は言論封鎖だとお考えですか?
>私は、賛成派が「表現の自由なんて踏みにじってかまわない」と思っているのではなく、反対派が、「『未成年者』が『暴力や性犯罪を推奨しているかのような漫画やアニメ』を見ても構わない、年齢制限なんて糞食らえ、18禁のアニメでも、子供が見たがったら見せてやっても問題ない、見たいやつが見たいものを見て何が悪い」と思っているのだと思います。
>Posted by チャンピオンレッドいちごのアレは不味いでしょ at 2010年03月23日 10:37

 あなたもS.A.さんと同じく、誰も言っていないことに反対しています。「年齢制限なんて糞食らえ、18禁のアニメでも、子供が見たがったら見せてやっても問題ない」と言っている反対派なんて、僕は一人も知りません。
 少なくとも僕は、中学生の娘に18禁アニメを見せたりはしません。
 すでに多くの方が反論されていますが、あの条文からは「『ハレンチ学園』は改正案に該当しない」とは読み取れません。(そもそもあなたは『ハレンチ学園』や『けっこう仮面』を読まれたことがありますか?)
 もし、永井豪作品がセーフだというなら、後はもうよほど過激なポルノしか残りませんが、それはすでにゾーニングされています。
 あと、昨夜の番組で、猪瀬直樹氏はこんな発言をしてるんですよね。

>猪瀬「2006年のアメリカの判決ですけども、日本のアニメーションをダウンロードしたアメリカの人が、禁固20年という判決が出たんですね。(中略)禁固20年なんですよ、言論表現の国アメリカでもね。だから問題は言論表現の話じゃないんですよ。要するに規範の問題なんですよ」

(ちなみにこのニュース、読売新聞は「禁固2年」と誤報していたそうです)
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/525797.html

 明らかに“アメリカにはこんなトンデモない法律がある、けしからん”ではなく、“日本はアメリカを見習うべきだ”というニュアンスの発言です。
 これにはぞっとしました。猪瀬氏は日本をアメリカのような国にしたいらしいんですよ。ロリコンアニメを所持しているだけで20年の禁固刑になるような恐ろしい国に。
 もちろんそんな国では、もう「非実在青少年」の出てくるエロマンガを描くことなんかできません。猪瀬氏はさんざん「これは表現規制ではない」と繰り返してましたけど、結局、目指してるのは表現規制なんですよ。

>「架空の幼女キャラに対するレイプなどの性犯罪をいくら肯定的に描こうとも、現実の被害者は存在しないのだから、それは表現の自由である。」という主張があるとして、これを、以下のようなアナロジーで置き換えてみます。すなわち、「在日韓国・朝鮮人を現代日本において差別・虐殺する内容のマンガをいくら肯定的に描いても、『現実の』彼らには何ら被害を与えていないのだから、それは表現の自由である。」
>このアナロジーが、本当に妥当なものなのかどうか、ちょっと自信が持てないのですが、妥当であると仮定して進めると、前者を認めるなら、当然、後者も認めなければならないことになってしまう。この点をよく考えてみないと、一部のコメントにも見られる通り、「結局は、お前らみたいな特殊な変態たちが、自分の読みたいエロ漫画を守りたいだけなんだろ?」という揶揄に対して、有効な反論が出来にくいように思います。
>Posted by eua-on at 2010年03月24日 01:36

 確かに「在日韓国・朝鮮人を現代日本において差別・虐殺する内容のマンガ」を描きたい人や読みたい人もいるかもしれません。僕は不愉快なことだと思いますが、そういう欲望を抱く人がいるのはしかたのないことだし、彼らが陰でこっそりそういうマンガを楽しむだけなら、規制はできないでしょう。
 ただ、僕としてはポルノと同じく、ゾーニングは必要だと思います。そういうことはせめて、見たくない人には見えないところで楽しんでくれ、そんな趣味のない人間を不快にするな、と。

 実はつい先日、mixiで偶然、すさまじく差別的なコミュニティを発見してしまいました。知的障害者を笑いものにする発言、罵倒する発言が満載なんです。まったくもって気分が悪くなりました。
 誰にも見られないところでこっそり話してるならまだしも(僕もさすがにそれを取り締まれとは言いませんが)、会員制じゃない公開コミュです。だから誰でも読めます。おまけに、いかにもまともっぽいコミュ名で、「知的障害者」でコミュニティ検索すると6番目にぐらいにヒットします。だから、障害者自身やその周囲の人たちが、間違って読んでしまう可能性が大。僕だってそんな差別的なコミュを探していたわけじゃなく、偶然に見つけてしまったんですから。
 さすがに規約違反でmixiに通報しましたけどね。
 ほんとに、「そういうことは人目につかないところでやれ! それを不快に思う人間も大勢いるんだから!」と声を大にして言いたいです。
 それこそ、ヌーディストが裸で街を練り歩いているような非常識な行為です(こういうたとえに出すと、ヌーディストの方に失礼かな)。

>改めて書きますが、私がこのブログの記事と、マスメディアの記事や報道を見ていて、一番に気になる(というか怒りがこみ上げる)のは、「犯罪率」という単純な数字で良し悪しを切り捨ててしまう方法論と、影響を与えて社会に方向性を与えたのに反省の無い影響力のある方々です。漫画家は「表現の自由」をたてに開き直り反対したり、マスコミは自分たちが風俗産業を煽り立てたりしているにもかかわらず賛成したり、どこをどう見ても将来育っていく子供たちの心配などしているようには思えません。
>Posted by s.a. at 2010年03月26日 04:55

 何度でも言います。僕は自分の娘の心配をしています。「将来育っていく子供たちの心配などしているようには思えません」というのは、あなたの勝手な思いこみです。賛成派だってそうで、子供の心配をしているから規制に賛成するんでしょう。

 僕はむしろ、娘のために、良い国を残したいと思っています。今の日本はたくさんの問題を抱えてはいますが、それでも世界の中でもとびきり自由で、安全な国なんです。
 子供の将来のことを考えるからこそ、自由も安全も手放すべきではないし、日本を今より悪い方向に進ませかねない条例には反対すべきだと思っています。
 少なくとも、単位人口あたりの殺人が日本より8倍以上も多いうえに、「ロリコンアニメを所持していただけで禁固20年」なんて国には、絶対にしたくないです。
  


Posted by 山本弘 at 22:06Comments(12)社会問題

2010年03月23日

「目に見える形で反論を提示する」:補足

 前回、書いた文章について、誤解を招きそうな点があるので、補足したい。

 僕は「表現規制と犯罪の発生の間に因果関係がある」とか「規制すれば必ず犯罪が増える」とは主張しない。文中でも述べたが、相関関係があっても因果関係のない例はいくらでもあるからだ。
 たとえば、トンデモさんの中には「日本人は肉を食べるようになったからガンが増えた」「肉食はガンの原因だ」と主張する人がいる。
 確かに日本人のガンは昔より増えているが、それは日本人がガンになりやすくなったことを意味しない。ここ数十年、医学の進歩によって多くの病気が治るようになり、日本人の平均寿命が大幅に延びた。つまり高齢者が増えた。高齢者ほどガンにかかりやすいから、ガン患者も増えているというだけだ。
 最近出たばかりの安斎育郎編著『これってホントに科学?』(かもがわ出版)には、同様の例として、重要犯罪の検挙率と女性の初婚年齢にも相関がある(初婚年齢が高くなるほど検挙率が下がる)と示されている。もちろん、これは冗談で、明らかに因果関係はない。

 ちなみにこの『これってホントに科学?』という本、僕の『ニセ科学を10倍楽しむ本』と同じく、子供向けのニセ科学警鐘本で、『水からの伝言』、血液型性格判断、マイナスイオン、アポロ陰謀説、ID論などが扱われている。お子さまのおられる家庭におすすめ。

 まったくの余談だが、15日の規制反対集会で、山口貴士弁護士に『ニセ科学を10倍楽しむ本』を差し上げようとしたら、「もう買いました」と言われてしまった(笑)。ありがとうございます。

 話を戻そう。
 僕が強調したいのは、マンガの表現と犯罪の発生の間に正の相関関係(表現が過激になれば犯罪が増える。規制すれば犯罪が減る)がまったく見られないということだ。
 両者に因果関係があると主張したいなら、まず相関関係があることを証明しなくてはいけない。でも、そんな証拠はどこにもない。
 証拠もないのに「アニメ文化やロリコン文化が性犯罪を絶対に助長している」などと決めつけるのは、絶対に間違いである。

 強姦の件数のグラフについても、補足しておきたい。
 前回の記事のコメントにこういうものがあった。

>ネットでバリバリの規制推進派の女性議員さんに性犯罪のグラフの事をメールした方がその女性議員さんから返事がきたようですが、性犯罪について女性は被害届を出しにくいからそのグラフは当てにならない!(要約)と一喝されたと書いていました。
>Posted by とも at 2010年03月19日 04:13

 その女性議員の主張には一理ある。強姦事件の被害者の多くは、訴え出ずに泣き寝入りする。だから実数は認知件数の数倍あると推測される。認知件数は実数を正確に反映してはいないのである。
 ただ問題は、60年代後半からの認知件数の大幅な減少だ。これは「泣き寝入りしている女性が多いから」では説明がつかない。被害に遭っても堪え忍ぶ女性は、昔の方が多かったんじゃないだろうか?
 70年代と言えば、ウーマンリブ(女性解放運動)なんてものが盛んで、権利を訴える女性が急速に増えてきた頃。そんな時期に、強姦されても泣き寝入りする女性が急増していたと考えるのは無理があるのではないか?
 同じ時期、殺人や強盗のような他の凶悪犯罪も減少していたことを考えると、やはり強姦事件の実数自体が減っていたと考えるべきではないだろうか。
 別のグラフも見てみよう。これも前回紹介した、東京都青少年問題協議会専門部会長の前田雅英氏の著書『少年犯罪』(東京大学出版会)74ページからの引用である。





 ……えー、同じページに石原慎太郎(現・東京都知事)原作の映画『太陽の季節』(1956年)のポスターが載ってるんですが(笑)。
 ペニスで障子を突き破るシーンがあまりにも有名な『太陽の季節』は、1955年に発表され、当時、ベストセラーとなった小説。Wikipediaの解説にあるように、高校生の無軌道な青春を描く不道徳な内容だったことから、おおいに騒がれた。一方では若者から支持され、「太陽族」なんていう流行語までできたそうだ。(さすがに僕も生まれる前の話なので、よく知らない)
『少年犯罪』の本文中に『太陽の季節』についての言及はないのだが、こうやって同じページに並べて載せると、まるで石原慎太郎作品が原因で強姦事件が増えたと言っているように見える。まあ、さすがに前田先生もそんなバカなことは言い出さないと思うが……。
 もちろん僕も『太陽の季節』が強姦の増加の原因だとは主張しない。当時すでに無軌道な若者が増えてきていて、『太陽の季節』はそうした世相を先取りして反映していたんじゃないかと思える。
 このグラフでも、60年代後半以降、少年による強姦事件の検挙人員数が急降下しているのが分かる。前田氏によれば、

>強姦罪は、認知件数の他に、届け出られない「暗数」の多い犯罪で、殺人や強盗より統計データの信用性は低いが、相対的な傾向は十分に読みとれる。

 前田氏自身が、「信用性は低いが」と断りつつも「相対的な傾向は十分に読みとれる」と言っているのだから、僕も同じことを言っていいのだろう。
「強姦の認知件数のグラフは信用できない」と言っている人に対しては、「でも、東京都青少年問題協議会専門部会長の前田雅英先生も『相対的な傾向は十分に読みとれる』と言ってますよ」と反論するのがいいだろう。

 ちなみに、僕がなぜ強姦だけでなく殺人の統計も示したかというと、多くの犯罪の中で、殺人の統計が最も信用できるからである。他の犯罪は、強姦と同じく、実数と認知件数の間に大きな開きがあり、実数の増加以外の要因で認知件数が上下してしまうのだ。
 たとえば若者の窃盗事件を見てみよう。これも前田雅英『少年犯罪』69ページからの引用である。



 ごらんのように、少年の窃盗事件の検挙人員率は、50年代後半から増加を続けている。
 でも、ちょっと待っていただたきい。少年の窃盗って、大半が万引きじゃないのか?
 実際、この『少年犯罪』56ページに載っているデータでも、少年の窃盗犯の中で、少年院送りにも保護観察にもなっていない事例が、90%以上もある。少年による窃盗事件の大半が、保護観察の必要もない微罪だということだ。



 僕が子供の頃、まだスーパーマーケットなんてものも少なく、ほとんどの商店は監視カメラなんか設置していなかった。しかもコンピュータによる商品管理なんかない時代だから、万引きの被害に遭っていても商店の方が気づかないという例が多数あっただろう。
 それに万引きに気づいても店主がいちいち警察に訴え出ないとか、万引きした少年を捕まえても警察に突き出さずにお説教や示談で済ます、というケースもよくある。
 だからこのグラフだけ見ても、少年の窃盗犯の実数が増えているかどうかは分からないのである。単に店の監視体制の強化で万引きが捕まる率が高くなったり、警察に突き出すケースが多くなっただけなのかもしれないのだから。

 やはり『少年犯罪』112ページより、占有離脱物横領罪の検挙人員率。



 確かに占有離脱物横領罪で検挙される少年は増えている。
 ところで、占有離脱物横領罪って、どんな犯罪だか、みなさんご存じだろうか? 僕も数年前までよく知らなかった。
 たとえば、拾ったお金をネコババしたり、ゴミ捨て場に捨ててあった自転車を修理して乗り回していると、交番にしょっぴかれてしまうのである。
 冗談みたいだが本当だ。ネットで「占有離脱物横領罪 自転車」で検索すると、捨てられていたり放置されていた自転車に乗っていたら、警官に呼び止められて交番に連れて行かれて調書を取られた……という例がたくさん見つかる。
 拾ったお金をネコババするのはまずいだろうが、捨ててあった自転車をリサイクルするのがなぜ悪いのか、理解に苦しむ。
 もちろん自転車だけではなく、まだ使える粗大ゴミなんかを家に持って帰るのも、占有離脱物横領罪である。警官に見つかったら「交番までご同行願います」となる。まずいなあ。我が家にもゴミ回収の日に拾ってきたぬいぐるみがあるよ(笑)。
 上の罪名別家裁処理状況のグラフをもう一度見ていただきたい。この占有離脱物横領罪、保護観察になる例は窃盗よりさらに少ない。ほんの1~2%程度だ。ほとんどの場合、調書を取っただけで、おとがめなしなんである。どれほどの微罪か、想像がつくだろう。
 にもかかわらず、警官は占有離脱物横領罪を熱心に取り締まる。おそらく、簡単に摘発できて、点数を稼ぎやすいからだろう。
 勘のいい方ならもうお気づきだろう。この占有離脱物横領罪、警察の取り締まりの変化によって、認知件数が大きく変わるのだ。ボロい自転車に乗っている少年を警官が呼び止め、「その自転車、どうしたの?」と訊ねる。その回数が増えれば、それに比例して認知件数も増えるのである。
 前田先生はこう言う。

> 現在の犯罪数の多さは、やはり窃盗罪と占有離脱物横領罪(図13)を中心としており、これに前述の強盗や恐喝を加えると、最近の少年犯罪の激増は、財産犯が核となっているともいえる。(112ページ)

 でも、その「中心」である窃盗罪と占有離脱物横領罪が、ほとんどが微罪であるうえ、認知件数が実数の変化以外の要因で大きく上下するものなので、説得力がない。
 他の多くの犯罪も、実数と認知件数に開きがあるものが多い。
 たとえば傷害や暴行。昔は子供同士が喧嘩してケガしたって、いちいち警察に訴えたりはしないことが多かった。
 あるいは恐喝。これも強姦と同じく、被害を受けても黙っている人が多そうだ。
 覚醒剤取締法違反。これももちろん、実数は認知件数よりはるかに多いだろう。
 器物損壊罪。「自動車に傷をつけられた」とか「自転車のタイヤをパンクさせられた」などというのも器物損壊だが、小さな被害でいちいち訴え出る人は少ないと思われる。実はこの器物損壊の認知件数が近年、急増していて、それが窃盗を除く一般刑法犯の認知件数を押し上げている。
(犯罪白書(平成21年度版)より)



 これらはどれも、時代による被害者の意識の変化(「些細な被害でも訴えよう」と思う人が増える)や、警察の取り組みの変化(取り締まりを強化する、職務質問の回数を増やす)など、実数の変化以外の要因で認知件数が大きく上下するのだ。
 もちろん児童ポルノ法違反もそうだ。よく「検挙件数が昨年より××%増えた」とか発表されているが、単に取り締まりがきびしくなっただけなんじゃないのか? という気がする。まあ、実在の児童を虐待して作られている本物の児童ポルノについては、もっとじゃんじゃん取り締まっていただきたいが。

 唯一、信頼できる統計は殺人である。殺人は認知件数と実数の開きは小さいと考えられているからだ。
 無論、殺人犯が死体をうまく隠したので、失踪事件として処理され、殺人とは認知されない例もある。しかし、そんなに多くはないだろう。少なくとも、60年代後半以降の殺人の認知件数の大幅な減少を、「犯人が死体を隠すのがうまくなったから」とは言えそうにない。



(犯罪白書(平成21年度版)より)

 強盗罪の統計も、以前は信用できたんだが、最近は怪しくなってきた。というのも、これまで窃盗罪が適用されていたかっぱらい事件に、強盗罪が適用されるケースが増えてきたからだ。(その分、窃盗罪の認知件数は減少しているはずだが、窃盗罪は強盗罪よりずっと多いので、減少は目立たない)

 ちなみにこの『少年犯罪』という本、2000年に書かれたので、「最近の少年犯罪は急増している」というスタンスで論じられている。確かに上の強盗のグラフでも、2000年までを見たらそう見える。
 実は少年犯罪だけではなく、90年代末から2000年代初頭にかけて、日本国内のあらゆる犯罪が急増していた時期があるのだ。



(犯罪白書(平成21年度版)より)

 この時期にいったい何が起きていたのだろうか? 理由はよく分からない。不景気や、世紀末の世相不安の影響だろうか?
 こういうことを書くと「外国人が増えたせいで治安が悪くなった!」と思いこむ人も多いようなので、その間違いも訂正しておく。平成20年のデータでは、検挙された全刑法犯(33万9,752人)のうち、外国人は3.7%、うち来日外国人は2.1%(7,148人)である。日本国内の犯罪の大半は日本人がやっているのだ。
 何にせよ、殺人、強盗、傷害、詐欺、恐喝、横領、強姦、強制わいせつ、放火、住宅侵入、器物損壊については、平成15年ごろがピークで、現在は減少に向かっている。殺人に関しては、平成19年に、1199件という戦後最低の数字を記録している。

 統計というのは重要なデータではあるが、必ずしも鵜呑みにはできない。統計の数字が上下する原因はいろいろ考えられるのだ。そこまで裏読みをしないと騙されることになる。
  


Posted by 山本弘 at 17:17Comments(12)社会問題

2010年03月18日

「非実在青少年」規制:目に見える形で反論を提示する

「確かに。マンガ家にとっては死活問題ですよね」私はうなずいた。「『ドラえもん』、どうすんですかね。しずかちゃんの入浴シーンのある話、みんな欠番にするんですか?」
「修正してパンツ穿かせるとか?」
「『エスパー魔美』も発禁ですよね」
「それは悲しい! 悲しすぎる」
 笑い事ではない。手塚治虫、石ノ森章太郎、永井豪、竹宮惠子といった巨匠の有名な作品でも、少年や少女の全裸のシーンやセクシャルなシーンなんていくらでもあるのだ。それらがすべて違法ということになったら、マンガ界は壊滅的な打撃を受ける。表現規制を唱えている人たちは、そうした事実を認識していないとしか思えない。これだけマンガが日本の文化に深く浸透しているというのに、いまだに「たかがマンガ」と軽んじているのだろうか。
「でも、こわいですよね。日本の文化を揺るがす大問題のはずなのに、マスコミでもほとんど取り上げられないじゃないですか。一部の議員の扇動であっさり通過しちゃいそうで、やばいですよ」
「『マンガなんて自分には関係ない』と思ってる人が多いんですよ」とアオさん。「まず、一般人とマニアの意識のギャップを埋めなきゃだめですね」
――山本弘『詩羽のいる街』第4話より

 昨日、mixi日記に「目に見える形で反論を提示する」という文章を書いたら、けっこう評判が良くて、何人もの方に転載していただいた。
 だから少し書き直して、こちらのブログにも転載することにした。トラックバック、転載はご自由に。

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 しつこくこの関連の話題を書かせてもらう。
 規制賛成派の意見を見ていて思ったのは、彼らは「表現の自由なんて踏みにじってかまわない」と思っているらしいことだ。

 だって「自由」は目に見えないから。

「自由」は空気みたいなものだ。そこらじゅうに存在しているのに、漠然としていて、目に見えない。人はそれに支えられて生きているにもかかわらず、普段、そんなものの存在を意識していない。だから「ちょっとぐらい減っても生きていけるでしょ?」と勘違いする人間もいる。
 空気と同じく、「自由」も欠乏したら窒息するということが、彼らには理解できていない。

 だから「表現の自由」を錦の御旗として振りかざしても、その大切さが分からない人には、アピールしないんじゃないかと思うのである。
 彼らにはもっと目に見えるものを突きつけなくちゃだめだ。
 そこで、こんなアピールの方法を考えた。

 日本の少年マンガの中で、性的描写や暴力描写が頻出するようになったのは、1960年代末からである。その牽引役が永井豪氏であることは言うまでもない。もちろん他にもエロいマンガやバイオレンス・マンガを描いていたマンガ家は何人もいたのだが、最も有名で、当時の子供たちに最も影響力があったのは、この人だと思って間違いなかろう。

 主要作品   連載期間
『ハレンチ学園』1968~72
『あばしり一家』1969~73
『デビルマン』1972~73
『マジンガーZ』1972~74
『キューティーハニー』1973~74
『バイオレンスジャック』(週刊少年マガジン版)1973~74
『イヤハヤ南友』1974~76
『けっこう仮面』1974~78
『へんちんポコイダー』1976~77

 永井氏の人気の絶頂期が60年代末から70年代後半であったことが分かる。
 この時代を生きた人なら、『ハレンチ学園』が巻き起こした一大センセーションをご記憶のはずである。これらの作品のどれも、未成年の全裸、セクハラ、下品なギャグ、暴力描写、残酷描写などがてんこ盛りだった。『けっこう仮面』なんか全裸で「おっぴろげジャンプ」をやるのだ。正直、今の少年マンガのエロ(『To LOVEる』とか)なんて、永井豪作品に比べれば生ぬるいぐらいである。もちろん当時、PTAなどに「有害だ」とさんざん叩かれた。
 規制推進派によれば、こうした作品は「青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」ということになろう。つまり永井豪作品のような不健全なマンガが増えることによって、青少年の性犯罪、自殺、殺人などが増加していたはずである。
 実際はどうだったか。青少年によるレイプ、自殺、殺人の推移を見てみよう。

強姦被害者数
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-youjyoRape.htm#G-youjyoR1-2

 60年代後半から急降下している。

各年齢層10万人当たりの若者自殺率
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Jisatu.htm

 1965年からほぼ横ばい。

未成年の殺人犯検挙人数
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm

 60年代後半から、すごい勢いで急降下!

 無論、大勢のレイプ犯の中には、永井豪作品に刺激されて犯行に走った者が何人かいた可能性は否定できない。だが、それは実証できない。
 たとえ何人かそういう奴がいたとしても、この時代の急激な犯罪率低下の波に飲みこまれ、データからは見えなくなっている。
 3番目のグラフから分かるように、日本で少年による殺人が最も多かったのは、戦後の混乱期を除けば、1961年である。マンガは『鉄腕アトム』や『鉄人28号』の時代。少年や少女の読むマンガにエロい描写や残酷描写などまったくなかった。エロゲやエロアニメどころか、TVゲームやTVアニメというものすら無かった時代である。

 さらに、規制推進派の主張からすると、青少年向けマンガの表現規制が日本よりはるかにきびしいアメリカやイギリスやカナダや韓国に比べ、日本の犯罪率は高いはずである。
 現実はこうだ。

人口1000人当たりのレイプの件数
http://www.nationmaster.com/graph/cri_rap_percap-crime-rapes-per-capita
 日本は65ヶ国中54位。韓国16位、イギリス13位、アメリカ9位、カナダ5位。

人口1000人当たりの殺人
http://www.nationmaster.com/graph/cri_mur_percap-crime-murders-per-capita
 日本は62ヶ国中60位。イギリス46位、カナダ44位、韓国38位、アメリカ24位。

人口1000人当たりの若者による殺人
http://www.nationmaster.com/graph/cri_mur_com_by_you_per_cap-murders-committed-youths-per-capita
 日本は57ヵ国中57位! イギリス52位、カナダ&韓国39位(同率)アメリカ14位。

 少ねー! 日本の犯罪、少ねー!
(ちなみにこの統計には、中国や北朝鮮、アフリカの多くの国が入っていない。それらを入れれば、たぶん日本の順位はもっと下がる)
 これは世界に誇るべきだ。日本はこれだけエロマンガやエロゲーが氾濫しているにもかかわらず、世界の中でも、とてつもなく犯罪の少ない国なんである。

 さらにアメリカのデータを見てみよう。
 アメコミ・ファンならご存知だろうが、アメリカでは1949年ごろから、精神科医フレドリック・ワーサム博士が、コミックスが青少年に与える害を説きはじめた。当時のコミックスには、残酷なシーンやセクシャルなシーン(斧で切断された首、目をナイフでえぐられようとしている女性、ムチで打たれている女性、きわどい衣裳で踊る女性、下着姿で縛られた女性などなど)が多かったのだ。こうしたコミックスは青少年を堕落させ、犯罪に走らせると考えられた。
 全米で激しい反コミックス運動が起きた。出版社やニューススタンドには「俗悪なコミックスを売るな」という抗議が殺到。一部の地方では、大量のコミックスが学校の校庭などに集められて燃やされた。
 1954年、合衆国議会の少年非行対策小委員会は「コミックブックと非行」と題するレポートを発表、青少年に悪影響を与える可能性のある表現を規制するよう、コミックス出版界に勧告した。
 これを受け、全米コミック雑誌協会は「あらゆるコミュニケーション・メディアの中でもっとも堅苦しい」と彼ら自身によって評されたコミックス・コードを制定した。1954年8月26日のことである。
 その内容は次のようなものだった。

Wikipedia「コミックス倫理規定委員会」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E5%80%AB%E7%90%86%E8%A6%8F%E5%AE%9A%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A

「犯罪者を魅力的に描いたり、模倣する願望を抱かせるような地位を占めさせるような表現を行うべきではない」
「いかなる場合においても、善が悪を打ち負かし、犯罪者はその罪を罰せられるべきである」
「残忍な拷問、過激かつ不必要なナイフや銃による決闘、肉体的苦痛、残虐かつ不気味な犯罪の場面は排除しなければならない」
「いかなるコミック雑誌も、そのタイトルに『horror』や『terror』といった言葉を使用してはならない」
「あらゆる、恐怖、過剰な流血、残虐あるいは不気味な犯罪、堕落、肉欲、サディズム、マゾヒズムの場面は許可すべきではない」
「あらゆる戦慄を催させたり、不快であったり、不気味なイラストは排除されるものとする」
「歩く死者、拷問、吸血鬼および吸血行為、食屍鬼、カニバリズム、人狼化を扱った場面、または連想させる手法は禁止する」
「冒涜的、猥褻、卑猥、下品、または望ましくない意味を帯びた言葉やシンボルは禁止する」
「いかなる姿勢においても全裸は禁止とする。また猥褻であったり過剰な露出も禁止する」
「劣情を催させる挑発的なイラストや、挑発的な姿勢は容認しない」
「不倫な性的関係はほのめかされても描写されてもならない。暴力的なラブシーンや同様に変態性欲の描写も容認してはならない」
「誘惑や強姦は描写されてもほのめかされてもならない」

 などなど、まさにがんじがらめの規制。今の日本のマンガ雑誌、軒並みアウトですな。(笑)

 暴力表現や性的な表現にきびしい規制が設けられた結果、コミックス界全体から活力が失われた。ニューススタンドがコミックスを置かなくなったこともあり、読者の多くがコミックスを買わなくなった。
 コミックス・コード制定前、コミックス誌は650タイトルもあり、毎月1億5000万部も発行されていたのだが、ほんの数年で半減してしまった。多くの出版社がコミックスから撤退した。フィクション・ハウス社やベター社など、倒産した出版社もいくつもある。
 その結果、アメリカの犯罪は減っただろうか?
 これを見ていただきたい。アメリカの指標犯罪(凶悪犯罪や窃盗犯)の件数をグラフにしたものだ。




 まさに一目瞭然! コミックス・コードが施行された54年以降、アメリカの犯罪は減るどころか、急カーブを描いて上昇しており、1980年には3倍にもなっている!
 Wikipediaの解説にもあるように、80年代頃からコミックス・コードを破る作品(『ウォッチメン』や『バットマン/キリング・ジョーク』など)が次々に出てきて、現在ではほとんどコードは形骸化している。

 ちなみにこのアメリカの指標犯罪のグラフは、前田雅英『少年犯罪』(東京大学出版会)という本から引用したものである。
 そしてこの前田雅英氏こそ、今回の「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正案を出した東京都青少年問題協議会の専門部会長なのである。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/KONDAN/2010/01/40k1e101.htm
 どうなってるんだろうか。前田氏は自分の本に載せたグラフの意味を理解していないのか。
 つまり、マンガの表現と青少年の犯罪の間には、規制推進派が主張するような正の相関関係ではなく、負の相関関係(表現が過激になれば犯罪が減る)があるのだ。
 無論、相関関係があるからといって因果関係があるとは断言できない。相関関係はあっても因果関係のない事例はいくらでもある。
 だが、少なくとも、相関関係が存在しないところに因果関係を求めるのは無茶だということは、子供でも分かるだろう。
 それに、もしかしたら本当に因果関係があるのかもしれない。海外では「ポルノが性犯罪を抑制している」という研究があることもつけ加えておく。

Porn: Good for us?
http://www.the-scientist.com/article/display/57169/

 規制推進派の人たちはこうしたことを知らないのだろうか?
 そんなことはない。彼らは知っている。第28期東京都青少年問題協議会議事録(第10回専門部会)には、こんなくだりがある。

http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/09_28ki_menu.html

>○吉川委員 (中略)特に、答申案の46ページに、そうした図書が自由に流通していることによって、子どもたちがこのような性交をしても構わないという認識を青少年が持って、健全な性的判断能力が大きくゆがめられることになると言い切っていますが、ここについて、その根拠はどこかと言われたら、それあくまで我々としては、たぶんそうだろうという認識であるとしか言えなくて、私自身、別に過激な漫画、子どもポルノについて容認する立場では全くないのですが、こうした指摘に対しての見解案としては、少しピントがずれていると言われても仕方がないのかなと危惧しております。

「たぶんそうだろう」というのが根拠なのだそうだ。

>○吉川委員 私としては、性犯罪の減少も目的の一つであると言ってしまって、ただ、そうした創作物が性犯罪の発生と密接な因果関係があるかどうかを、必ずしも統計を示してまで立証する必要はなくて、逆に、関係がないという根拠もないわけなので、だから、統計的なデータがないから犯罪との因果関係がないとは別に言い切れないと突っぱねたらいいと思います。

 立証する必要はないし、データがなくても「突っぱねたらいい」のだそうだ。
 ふざけるな。
 お分かりだろう。彼らは自分たちの主張を支持する根拠がないことを知っている。にもかかわらず、規制を主張するのだ。これはもう、「データなんかどうでもいい。俺たちは規制したいからするんだ」と自白しているようなものである。

 まとめよう。

【規制によるメリット】
・表現を規制すれば青少年への悪影響が少なくなって犯罪が減る。(ただし証明されていない。データは正反対の相関を示している)

【規制によるデメリット】
・表現を規制すれば逆に犯罪が増える可能性がある。(因果関係は証明されていないが、相関関係はある)
・出版業界、アニメ業界、ゲーム業界が打撃を受け、多大な経済的損失が生じる可能性が高い。
・冤罪事件や言論弾圧に悪用される危険がある。

 グラフを提示するとともに、「このメリットとデメリットを比較してください。あなたなら規制に賛成しますか?」と問いかけてみるというのはどうだろうか。
「表現の自由」という抽象的な概念に頼らなくても、これぐらい具体的に、目に見える形で提示すれば、理解してくれる人は増えると思うのだが。

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「なあなあ、日本ってすっごく治安いいんだって? 街中でホールドアップされたりしないって本当? タクシーに仕切り板がないってのも? 道端にコインの詰まった自動販売機が置いてあっても、誰にも壊されないって?」
「ええ」
「すげえなあ。夢みたい」アリッサは信じられない様子で、何度も頭を振った。「地球上にそんな国、あるんだなあ」
――山本弘『妖魔夜行/戦慄のミレニアム』より
  


Posted by 山本弘 at 18:40Comments(67)社会問題

2010年03月17日

「非実在青少年」規制:反対集会に行ってきた

(頭がおかしいとは言った。でも、「悪い」なんて言ってない)
(え……?)
(他人と違うこと、変わったことを考えるのは、おかしいことだけど、悪いことじゃない。そうだろ? 頭がおかしくなった奴が悪いことをすれば、それは悪いことだ。でも、悪いことをしなければ悪くない。サユルはコバルトに対して、ちょっと「いやらしい」ことを考えた。それは確かにおかしい。でも、何も悪いことをしてないじゃないか。そんな簡単なことが何で分からない?)
(いやらしいことを考えるだけで悪いことなんだよ)
(あきれた! びっくりだ! カロハ・ジャジャはそんな風に考えるのか!?)コバルトは頭をぶるぶると振った。(それこそ頭がおかしい!)
――山本弘『ダイノコンチネント 滅亡の星、来たる』より

 3月15日、東京都議会議事堂で開かれた「東京都による青少年健全育成条例改正案と「非実在青少年」を考える」という集会に参加してきた。
 それにしても「非実在青少年」とは、何ともキャッチーなフレーズを提唱していただいたものよ。これまで関心の薄かった層まで、いっぺんに食いついてきたもんなあ。
 まだ「非実在青少年」問題についてよく知らない方のために解説。まずは、以下のリンクを参照していただきたい。

漫画・アニメの「非実在青少年」も対象に 東京都の青少年育成条例改正案
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/09/news103.html

東京都青少年保護条例改正案全文の転載
http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-cbc1.html

「非実在青少年」とは、マンガやアニメやゲームに登場する少年少女のこと。そうした実在しない青少年であっても、18歳未満の者の性的表現を規制しようというのである。
 しかし、マンガやアニメやゲームのキャラクターの場合、少女のように見えるけど設定年齢が数百才(神様とか異星人とかエルフとか)という場合はザラにある。その場合、「18歳未満」をどう定義するのかと思ったら……。

>年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの

 なのだそうだ。
「年齢又は」となっていることに注意。設定上は300歳であっても、見かけが18歳未満である場合は「非実在青少年」と呼ぶ……と定義したわけである。
 無論、18歳未満に見えるかどうかを誰が判定するのか分からない。
 たとえば『らき☆すた』のこなたは高校3年で誕生日を迎えたから、設定上は18歳のはずである。しかし、『らき☆すた』のエロ同人誌(もちろん、たくさんあるのだが)を見て、あの絵柄だけから、キャラクターが何歳に見えるかなんて、どうやって判断するというのか?
『とある魔術の禁書目録』の小萌先生は?
『ひだまりスケッチ』は?
『まなびストレート』は?(僕は最初、みんな小学生だと思ってたよ(笑))
 しかも視覚だけじゃなく「音声」も含まれていることに注意。これも「及び」ではなく「又は」だから、姿は別にして声だけが18歳未満に聞こえる場合も該当することになってしまう。
 どうすんだよ、金田朋子。「歩く非実在青少年」だよ(笑)。

 これだけでも、かなりバカっぽい案――マンガとかアニメとかいうものを何も知らない人間が考えたものであることが分かる。
 僕も最初、この改正案について知った時には、「何それ? ネタ?」と疑ったもんである。冗談としか思えなかったのだ。しかし、冗談でもパロディでもなさそうで、それどころか成立する可能性が高そうだと知り、危機感が一挙に高まった。

 ちなみに、うちの13歳の娘に、この条例改正案について話すと、最初は「ばっかでー!」と大笑い。そうだよな。中学生でもバカだって分かるよな。
 でも、それが成立しそうだと言うと、顔色を変えて、

「『ヘタリア』は!? 『ヘタリア』はどうなるの!?」

 いや、本家『ヘタリア』はだいじょうぶ。でも、コミケに氾濫する膨大な数の18禁同人誌はどうなるか分からん。

 この条例改正案がどのように問題か。要点をまとめたサイトがこちら。

弁護士・山口貴士氏のブログ
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2010/03/post-b89f.html

東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト
http://mitb.bufsiz.jp/

たけくまメモ
精華大学による「東京都青少年健全育成条例改正案」に対する意見書
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-d9eb.html#more

 ちなみに僕の場合、『魔境のシャナナ』の原作を描いている。シャナナは15歳、チイコは12歳。立派に「非実在青少年」である(笑)。しかもエロいシーンが山ほど。小説家で、なおかつ大阪に住んでいても、十分に影響を受ける。


 3月15日、午後2時。東京都議会議事堂2F第二会議室。

 ごらんのように、定員100名の会場に2倍以上の人(おそらく250~300人ぐらい)が詰めかけ、まさに立錐の余地もない状態。
 それでも混乱がまったくなく、みんなおとなしく整然と会議室に入っていったのに感心した。みんなコミケで慣れてるからね(笑)。
 女性参加者が「思ったより男性が多いね」と言っていたのが印象的。「非実在青少年」というから、BLだけが規制対象のようにイメージしていたのかもしれない。そんなことないよ。これは男女関係なく大問題なんだから。
 内容については、こちらのニュースと速報が詳しいので、お読みいただきたい。(手抜きでごめん)

「文化が滅びる」――都条例「非実在青少年」にちばてつやさん、永井豪さんら危機感
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1003/15/news074.html

非実在青少年規制反対集会速報
http://blog.livedoor.jp/nob_kodera/archives/2487793.html

 何といっても、ちばてつや、竹宮惠子、里中満智子、永井豪といった大物が、この問題のために立ち上がってくれたことが心強い。
 竹宮惠子さん――今の若いファンは『地球へ…』ぐらいしか知らんのかも? でも若い頃に読んだ『風と木の詩』には大感動したもんでありますよ。BLものの元祖とも言うべき、名作にして傑作。でも、少年の全裸シーンやベッドシーン(男同士の)が何度もあるので、まず確実に今度の「非実在青少年」条例にひっかかる。

 エロい要素はないけど、『私を月まで連れてって!』も好きだったなあ。宇宙飛行士ダン(26歳)とエスパー少女ニナ(9歳)の恋を描くSFコメディ。最初はニナにつきまとわれるのを嫌がっていたダンだけど、途中からすっかりラブラブになって、ニナのことを「恋人です」と公言したり、ディープキスしたり、いっしょのベッドで寝たりするんだよ。今で言うなら「ニナは俺の嫁」状態。
 2005年に完全版が出たんで買ったけど、今読んでもけっこう萌え萌え。ニナ、かわいいよニナ。

 しかし、この時代(70年代末から80年代前半)は、ロリコンという概念をここまであっけらかんと描けたんだよなあ。

 そして永井豪。『ハレンチ学園』『けっこう仮面』『イヤハヤ南友』『キューティーハニー』などなど、少女のオッパイやパンツや全裸が氾濫する、まさにハレンチな作品をたくさん描いてきた人だ。もちろん当時から有害図書とみなされていて、PTAなどからさんざん攻撃を受けてきたもんだけど。
 でも、本人も言っているように、『ハレンチ学園』があったからこそ『マジンガーZ』も生まれたわけなんだよね。
 集会でいちばん印象的だったのは、明治大学の森川嘉一郎准教授のスライドショーによる説明。

「一般人(規制推進派の議員も含む)にとって、アニメ・マンガというと、『ポケモン』『ドラえもん』『トトロ』」
「彼らは“良いマンガ”と“悪いマンガ”を分けられると思いこんでいる」

 つまり一般人の頭の中では、“良いマンガ”が良い影響を与えて健全な国民を生み、“悪いマンガ”が悪い影響を与えて不健全な国民を生むという図式がある。だから“悪いマンガ”だけを取り除けば良い影響だけが残って、日本のマンガはより発展する……と信じている、というのである。なるほど。
 森川准教授は、文化庁メディア芸術祭受賞作(つまりお上が「良いマンガ」と認めた作品)を描いたマンガ家を何人か例に挙げ、彼らが同人誌で『エヴァンゲリオン』のエロパロを描いていたり、エロマンガを描いたことがあると指摘する。

 ここでスクリーンに映ったのが『シベール』。

 思わず「うわ、懐かし!」と声に出しちゃいましたよ。もはや伝説と化したロリコン同人誌。ネットから拾ってきた画像かと思いきや、中身もスキャンしたっぽい……もしかして、森川准教授の私物ですか!?
 で、その『シベール』に参加していたのが、第34回日本漫画家協会賞大賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞の三冠を獲得した、あのお方であるわけだ。
 そうだよね! 吾妻ひでおは僕らの世代のカリスマだったんだよ。この人の描く美少女マンガ(エロいのもけっこう多かった)はむさぼり読んだもんである。その影響はとてつもなく大きい。永井豪がいなかったら今のロボット・アニメがなかったのと同じように、吾妻ひでおがいなかったら、ロリコン・マンガ、美少女マンガというジャンルも、今ほど興隆していなかったと思う。
『やけくそ天使』なくして『失踪日記』はありえなかった。同様に、『風と木の詩』なくして『地球へ…』はなかったし、『ハレンチ学園』がなかったら『マジンガーZ』もなかった。
 神様・手塚治虫だって、エロいマンガや残酷なマンガをいっぱい描いている。現代の人気マンガ家の中にも、アマチュア時代に同人誌でエロパロを描いていたという人は多い。
 ベストセラー作家を頂点とする、マンガ界という大ピラミッド。その底辺に存在する膨大な量のエロマンガ。だが、それを取り除いたらピラミッド全体が瓦解する……と森川准教授は警告するのである。“悪いマンガ”だけ取り除けると思うのは幻想だ、と。
 まったくその通りだと思う。

 そもそも、そういうシーンがあることが、本当に“悪い”のか。

 たとえば僕の場合、「若い頃、『サーラの冒険』3巻のデルの輪姦シーンに衝撃を受けた」というファンが大勢いる。(厳密にはそういうシーンをストレートに書いたわけじゃなく、父親の口から、過去にこういうことがあった……と語らせただけなんだけど)
 でも、不健全だからって、そのくだりをカットしたら、『サーラの冒険』は今よりも健全で良い作品になったのか……ってことなんである。

 なるわけねーだろ。

 不健全でも描かなくてはならないこともある。『風と木の詩』からヌードとベッドシーンを削除したら、良い作品になるのか?

 何よりも恐ろしいのは、日本の歴史の流れを変えかねないこの条例案に関するニュースが、新聞でもテレビでもほとんど流れないということ。記事が載っても、扱いはごく小さい。だから一般人の多くはこのことを知らない。
 たとえ知っていても、この問題を甘く見ている人が多くいる。

「違反しても即座に逮捕されるわけじゃないんでしょ?」

 この条例の危険性は逮捕されることにあるのではない。たとえ罰則がなくても、東京都から「条例違反」「有害図書」と判定されるだけで、出版社にとって大きなダメージとなるのだ。
 東京には出版社の多くが集中している。当然、有害図書扱いされることを恐れて、自主規制に入る出版社が増えるであろうことも、十分に予想される。そうなれば、マンガ家・作家・ゲーム製作者の多くが多大な影響をこうむる。
 他にも、都内の各種施設が、条例違反になることを恐れ、イベント会場を貸さなくなることも考えられる。
 つまり、コミケが終わる。

「俺はオタクじゃないから関係ないし」
「困るのはアキバのキモオタだけだろ」

 そう思う人には「ニーメラーで検索」と言いたい。

 一方、マンガ・ファン、アニメ・ファンの間では危機感は高い。先のITメディアのニュースはmixiに転載されたのだが、それに対して2700件以上の日記が書かれている。タイトルと最初の数行だけざっと読んでみたが、そのほとんど(99%以上)が規制に反対の意見だった。
「リアル『図書館戦争』」というフレーズ使っている人も多い。言うまでもないが、現実が『図書館戦争』を模倣しているのではなく、『図書館戦争』が現実を模倣しているのである。「良識」ある人々による表現規制が暴走したパラレルワールドの日本が舞台で、業界の人間にしてみればものすごく切実な問題を扱っている。
 他にも『アウターゾーン』の「禁書」というエピソードを連想した人も多いようだ。

 マンガやアニメは現実逃避のように思われがちだが、『図書館戦争』や『アウターゾーン』を知っている人の方が、この問題の危険性に敏感なんじゃないだろうか。むしろ「マンガやアニメを規制すれば世の中は良くなる」と思っている人の方が、現実と空想の区別がついていないように思える。
 
  


Posted by 山本弘 at 21:23Comments(14)社会問題

2010年03月02日

『ニセ科学を10倍楽しむ本』

 このような子供向けのニセ科学解説本が発売中です。



 以前出した『超能力番組を10倍楽しむ本』の姉妹編です。前作は超能力番組のインチキを暴く楽しみを紹介したけど、今回はニセ科学をネタに楽しんでしまいます。
 上の画像をクリックして拡大すれば、どんなネタを扱っているか分かると思います。
 ニセ科学に騙されないためにはニセ科学のことをよく知らなくてはいけない。「そんな怪しげなものに近づいちゃいけない」と警告するんじゃなく、むしろを積極的にニセ科学の話題を楽しむことで、ニセ科学についての理解を深めよう……というコンセプトです。
 前作と同じく、中学生の夕帆ちゃんという女の子が主役。彼女がパパからニセ科学についていろいろ教わっていくという構成です。
 大人が読んでも楽しめますが、子供の頃からメディア・リテラシーを身につけさせるためにも、ぜひお子さんに読ませていただきたい1冊です。

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【内容紹介】

第1章 水は字が読める?

 夕帆ちゃんの通う中学の先生が、「水は字が読める」「〈ありがとう〉と書いた紙を容器に貼るときれいな結晶ができる」なんて、おかしなことを言いだした。
 同じことを信じて子供に教えている先生は日本中におおぜいいるという。これは大問題だ! パパは学校に出かけていって、先生と話をする。

第2章 ゲームをやりすぎると「ゲーム脳」になる?

 田舎からやってきたおばあちゃんが、夕帆ちゃんがテレビゲームを1日1時間やっていると知って心配する。
「それは大変! ゲームのやりすぎよ! ゲーム脳になっちゃうわ!」
 学校の先生や親たちも信じているという「ゲーム脳」。それっていったいどういうもの? 本当にゲームが有害だという証拠はあるの?

第3章 有害食品、買ってはいけない?

 また輸入食品から基準値を超える残留農薬が発見されたというニュース。それを見て夕帆ちゃんのママはひどく心配する。
「こわいわねえ。基準値の2倍だなんて、すごく危険じゃない」
 本当に残留農薬や食品添加物ってそんなに危険なんだろうか。実は「危険だ」「危険だ」と騒ぐ声にだまされていないか?

第4章 血液型で性格がわかる?

 友達の青葉ちゃんが夕帆ちゃんの家に遊びに来た。
「AB型の人は二面性がある」
「B型って性格がひねくれてる」
 などと決めつける青葉ちゃん。
 今や日本人の多くが信じている血液型性格判断。でも、根拠はあるんだろうか。そもそも言い出したのはいったい誰?

第5章 動物や雲が地震を予知する?

 夕帆ちゃんの友達の勇馬くんの飼っている犬が、地震の前日になぜか騒いだという。
 動物が地震を予知するというのは本当だろうか? そして地震の前に発生すると言われる「地震雲」の正体は?

第6章 2012年、地球は滅亡する?

 2012年に地球が大災害に見舞われるという映画を観てきた夕帆ちゃんと勇馬くん。帰りに書店に寄ると、タイトルに「2012年」「アセンション」「フォトンベルト」などとついた本がいっぱい並んでいた。
 天文学者によれば、2012年に地球はフォトンベルトというものに突入するのだそうだ。それほんと?

第7章 アポロは月に行っていない?

 夕帆ちゃんの友達の流菜ちゃんが、インターネットで見つけた話をする。
「アポロが本当は月に行ってないって知ってた?」
 アポロ11号の月面着陸はアメリカのでっち上げで、その証拠もいっぱいあるというのだ。
 興味を持った夕帆ちゃんは、この問題について調べて、夏休みのレポートを書く。ウソをついているのはいったい誰?

第8章 こんなにあるぞ、ニセ科学

 世の中にはまだまだニセ科学がいっぱいある。マイナスイオン、ゲルマニウムブレスレット、フリーエネルギー、ホメオパシー、反相対論、911陰謀説、インテリジェント・デザイン論……だまされないようにしなくっちゃ!

エピローグ うたがう心を大切に



  


Posted by 山本弘 at 15:35Comments(12)PR