2010年01月23日

ライトノベルを応援します

 新春早々に買ったのが、有川浩『シアター!』(メディアワークス文庫)。これを読んで考えさせられた。
 小劇団シアターフラッグの主宰をやっている春川巧(脚本の才能はあるけど実務的なスキルは壊滅状態)が300万円の借金を抱えてしまい、劇団は解散の危機に陥る。泣きつかれた兄の司(芝居のことはさっぱり分からないけど実務の才能は天才的)が、300万円を肩代わりし、劇団の再建に乗り出す……というストーリー。
 いつものことながら、有川さんのリーダビリティはすごい。他の作家の小説だと、途中でひっかかったり、退屈に感じたりする部分が必ずあるのだが、この人の小説はすらすら読めてしまう。この『シアター!』も、無駄な部分が徹底的に削ぎ落とされ、最初から最後まで面白い場面、面白いやりとりの連続。テンションが落ちる間がないのだ。ラスト近くにはスリリングな展開もある。まさに一級のエンターテインメント。
 すらすら読めるからと言って、すらすら書けるというものではない。毎度のことながら、登場人物の思惑の交錯が見事である。Aという人物はBから見るとこうで、そのAとBの関係をCから見るとこうで、でもAがこういうことを言うからCはこうせざるを得なくて……といった複数の視点からの描きわけが実に上手いのだ。
 この小説の中に、こんなくだりがある。

 どんなジャンルであっても、客層を広げる可能性を持っているのは玄人好みの商品ではない。素人がカジュアルに楽しめる商品だ。カジュアルな商品こそそのジャンルの間口であって、それを軽んじる業界は廃れる。新規の客を弾くからだ。
 シアターフラッグだけではない。分かりやすいエンターテインメントを目指す劇団はどこもなかなか評価されない。カジュアルなエンタメで万単位の集客を誇る劇団もあるが、そこも未だにメインストリームからは無視されているという。一跳ねしたらもてはやされるという話だが、集客を万に乗せてまだ無視されるなら跳ねたと認めてもらえるラインは一体どこだ。
 プロパーに評価される作品が悪いというわけではない。それは業界で確かに必要なものだろう。しかし、それとは別に新しい客を連れてくる商品を冷遇するような業界は、決して社会のメインストリームにはなれない。分かりやすいものを軽視する風潮には、商業的に成立するために不可欠な一般客への侮蔑がある。
 自分の気に入った商品がバカにされるような業界に一体誰が金を落としたいものか。
 外から見たら苛立つほど転倒している価値観に自分の身内が振り回されているのは、毎度のことながら不愉快だった。

 有川さんは演劇の世界のこととして書いてるけど、これ、明らかに小説業界を念頭に置いてるよね。
 たとえばライトノベル。あれだけたくさん出ていて、シリーズで何百万部も売れているものがあって、傑作もたくさんあるというのに、ライトノベルだというだけで出版業界の中では評価されない。新聞や週刊誌でもめったに紹介されない。毎月、書評欄できちんとライトノベルを取り上げている雑誌は、『SFマガジン』ぐらいのもんじゃないだろうか。
 かわいい女の子のイラストがいっぱいついているのは悪いことなのか。読みやすいのは悪いことなのか。
 否、である。
 読書だって楽しい方がいいに決まってる。読みやすい方がいいに決まってる。
 確かに難解で読みにくい小説も必要だろう。僕もそれを否定する気は毛頭ない。
 だが、いきなりそんなものを読みたがる読者なんていないはずだ。分かりやすくて面白い娯楽作品から入って、小説の魅力に目覚め、その読者の一部がだんだん重厚なものや難解なものに移ってゆくものだろう。有川さんの言う通り、入口の存在を否定してはいかんと思うのだ。

 実は最近、僕が読んでいる小説の大半がラノベである(笑)。だって、面白いんだよ! 若く優れた才能が次々に現われるのを見るのは、実にエキサイティングだ。
 もちろん、スタージョンの法則というやつで、大半はクズなんだろうけど、傑作もたくさんある。特に新人賞に入選した作品となると、何百編というライバルとの競争を勝ち抜いてきたのだから、さすがにハズレがない。こういうものを評価しないというのはおかしい。
 出版業界が無視しようとも、僕はラノベを応援する!
 というわけで、僕が最近読んだ作品の中から、感心した作品をいくつか紹介したい。

・逢空万太『這いよれ!ニャル子さん』
(GA文庫)
 第1回GA文庫大賞 優秀賞


・川岸殴魚『やむなく覚醒!!邪神大沼』
(ガガガ文庫)
 第3回小学館ライトノベル大賞ガガガ文庫部門 審査員特別賞


 どちらも優れたコメディ。若い頃に筒井康隆氏や横田順彌氏のハチャメチャ小説を愛読した者としては、こういう路線にはまったく抵抗がない。と言うか大好き。シリアス展開に逃げずに、ひたすら大バカなギャグの連続で押し切るのがいい。
 僕も『ギャラクシー・トリッパー美葉』とか書いてたから分かるけど、ギャグを貫くって大変なんである。途中でしんどくなって、シリアスに逃げたくなったり、感動的な話にしたくなるのである。だって、泣かせるよりも笑わせる方が数段難しいから。『ジャンプ』のギャグマンガがシリアス路線にシフトしていくことが多いのも、きっとそうなんだろう。(『美葉』も3巻の最後はシリアスになっちゃったし)
 世間では何となく、コミカルなものはシリアスなものよりランクが下、と思われているみたいだけど。そんなことないよ。面白いコメディを書ける人間は才能があると思う。

・川原礫『アクセル・ワールド』
(電撃文庫)
 第15回電撃小説大賞 大賞


 シリアスなゲームバトルもの。現実世界とゲーム空間が地続きになっていて、意識が加速された空間内でのバトルが展開するという設定がわくわくする。「脳のクロック周波数」という説明は、んなアホな、と思いつつも感心した。こういう面白い嘘には喜んで騙されよう!
 もっとも、デブでいじめられっ子の少年がゲーム世界ではヒーローになり、さらには美少女にも惚れられるという願望充足的な設定に、ひっかかる人もいるかもしれない。主人公の片想いでも良かったんじゃないかって気がする。
 同じ作者の『ソードアート・オンライン』はこれから読む。

・橘公司『蒼穹のカルマ』
(富士見ファンタジア文庫)
 第20回ファンタジア長篇小説大賞 準入選


 いい意味で騙された作品。表紙とオビのコピーで、シリアスなバトルものかと思ったら、実はこれまた大バカ!
『スレイヤーズ!』と比較する声があるのはよく分かる。世界平和も正義も眼中になく、姪の学校の参観日に駆けつけるために、強敵を打ち倒し難関をぶち破ってゆくヒロインのパワフルさには脱帽した。

 他にも、紹介したい作品や、まだこれからチェックする作品がいろいろあるんだけど、今のところイチ押しはこれ。

・静月遠火『パララバ-Parallel lovers-』
(電撃文庫)
 第15回電撃小説大賞 金賞


 高校2年の遠野綾は、他校の生徒・村瀬一哉に恋していたが、ある日、一哉は急死してしまう。悲しむ綾の携帯電話に、死んだはずの一哉から電話がかかってくる。彼の世界では、死んだのは綾の方だというのだ……。
 表紙見返しには、こう書いてある。

 二人の行き着く真実とは!? 出会えぬ二人の運命は!? 携帯電話が繋ぐパラレル・ラブストーリー。切なさともどかしさが堪らない。

 これを読んだら、ファンタジー的な設定を用いたラブストーリーかな、と勘違いしそうである。騙されてはいけない。もちろんラブストーリーの要素もあるけど、主眼はそこじゃない。

 これはSFミステリなんである。それもかなり本格的な。

 一哉の世界における綾は、夜道で何者かに刺殺されていた。綾の世界における一哉も、事故死だと思われていたが、やはり誰かに殺されていた疑いが出てくる。殺人犯は同一人物なのか? その動機は?
 綾と一哉は、それぞれの愛する人の仇を討つため、事件を解明しようと決意する。二人は携帯電話で情報を交換し、ふたつのパラレルワールドの齟齬を比較することで、どこで時間が分岐したかを調べ、それを元に真相を探ってゆく……。
 ばらばらに見えた多くの情報が、すべて伏線となって真相へと収束してゆくのは見事。いくつかの謎の真相は途中で見当がつくし、ヒロインが犯人の見え見えの罠にひっかかってピンチに陥るのはちとマヌケだが、その後さらに二転三転してサスペンスが持続するのが面白い。「ああ、あれが伏線か!?」と膝を叩くことも何度か。

 あとがきを読んで納得した。作者は10代の頃に読んだ高畑京一郎『タイム・リープ』に強い影響を受けたのだそうだ。なるほど、設定はぜんぜん違うけど、この雰囲気は確かに『タイム・リープ』だ。一方はタイムスリップ、一方はパラレルワールドという設定を使い、少女の恋をからませたSFミステリだ。
 言うまでもなく、『タイム・リープ』は『時をかける少女』のオマージュ作品である。つまり『時かけ』→『タイム・リープ』→『パララバ』というミームの流れなのだ。
 しかし、『紫色のクオリア』といい、こんな面白いSFが眠ってるんだから、ラノベはやめられない。
  


Posted by 山本弘 at 18:42Comments(8)ライトノベル

2010年01月18日

【訃報】柴野拓美氏

 日本SF界の影の功労者と呼ぶべき柴野拓美(小隅黎)氏が、16日、肺炎のために亡くなられた。83歳。
 一昨年、自宅にインタビューにうかがった時には、もう目が悪くなっていたものの、喋り方ははっきりしていて、まだまだお元気のように見えたのだが。記憶もかなり確かで、貴重な逸話をたくさんうかがうことができた。
 この方がどれほど偉大な業績を残したか、昨年出した同人誌『僕らを育てたSFのすごい人 柴野拓美インタビュー』のまえがきから抜粋しよう。


 世の中にはすごい人がいる。
 たとえば手塚治虫や石ノ森章太郎なんていう人は、作品の点数だけ見ても目がくらむ。一生のうちによくぞこれだけの作品を、水準を維持して書き続けられたものだと、ため息が出る。
 SF界でも、たとえば小松左京とか筒井康隆とか星新一とかいった人たちは、膨大な数の作品を書いている。すべてが傑作ではないにしても、高い割合で傑作が含まれていることに驚く。まさに偉大。自分の書いてきた作品数と比べて、「この先、いくらあがいても、この人たちには絶対追いつけない」と、絶望に近い心境にかられる。
 作品以外でも、初期のSF界には偉大な業績を残した人がいる。
 それがこの柴野拓美氏だ。
 柴野氏は1926年、石川県生まれ。1957年、日本初のSF同人誌『宇宙塵』を主宰、その編集に携わった。驚くべきことにこの同人誌、57年5月の創刊号から72年12月の170号まで、途中で何回か抜けはあったものの、15年以上も、ほぼ毎月出ていたのである(現在では柴野氏は退かれ、発行ペースは落ちているものの、1~2年に一度は新しい号が出ている)。
 これだけでも信じられない話である。いったい今、月刊で同人誌を出せる人なんているだろうか?
 掲載作品も優れていた。小松左京、星新一、筒井康隆、平井和正、眉村卓、光瀬龍、豊田有恒、今日泊亜蘭、広瀬正、石原藤夫、半村良、山野浩一、横田順彌、梶尾真治、山田正紀、田中光二、夢枕獏……日本を代表するSF作家の多くが、アマチュア時代あるいは無名時代に、一度は『宇宙塵』に寄稿したことがあるのだ。『宇宙塵』に作品が掲載されたことがきっかけでプロデビューした人も何人もいる。他にも、野田昌宏、長谷邦夫、荒俣宏、辻真先、荒巻義雄、宮武一貴といったのちの有名人も、小説やエッセイや論文を寄稿している。
『宇宙塵』はプロへの登竜門であり、当時の日本のSFファンのサロンだった。柴野氏がいなかったら、『宇宙塵』が無かったら、日本SFの人材は今よりずっと貧しいものになっていただろう。
 柴野氏はまた、「小隅黎」というペンネームで、海外SFの翻訳も手がけている。ラリー・ニーヴン、ハル・クレメント、J・P・ホーガン、アンドレ・ノートン、E・E・スミス……その総数は50冊以上。他にもノンフィクション本の翻訳も何冊もある。
 古いアニメファンなら、「小隅黎」という名前に見覚えがあるのではないだろうか。『科学忍者隊ガッチャマン』『宇宙の騎士テッカマン』などのタツノコアニメで、SF考証を担当していたのも柴野氏なのである。
『エイトマン』の原作者である平井和正氏を『少年マガジン』に紹介したのも柴野氏である。また、筒井康隆、眉村卓、豊田有恒といった『宇宙塵』の作家たちは、『鉄腕アトム』『エイトマン』『スーパージェッター』などのSFアニメの脚本を書いていた。
 日本SF大会をはじめたのも柴野氏である。その中のディーラーズ・ルームでは、日本各地のSF同人サークルがテーブルを並べ、同人誌を売っていた(今も続いている)。
 その日本SF大会を模して開催されたのが、1972年から10回続いた日本漫画大会であり、その日本漫画大会に反発し、そこからディーラーズ・ルームだけを独立させるという発想で生まれたのが、75年から開催されたコミックマーケットである。ちなみに、コミックマーケットの生みの親の一人である故・米澤嘉博氏も、作品こそ発表していないが『宇宙塵』の同人であり、よくSF大会にも参加していた。生前、「コミケはSF大会から生まれた」と発言していたという。
 また日本SF大会では、70年代中頃から、ファンによるコスチュームショーが行われ、参加者がSF映画やアニメやファンタジー作品のコスチュームで会場内を歩き回るのも当たり前になっていた。それが日本におけるコスプレの起源である。
 あなたが今、コミケ会場でこれを読んでおられるのだとしたら、周囲を見回していただきたい。同人誌の即売、コスプレ、テレビアニメ、SF小説……柴野氏がいなかったら、これらはみんな存在しなかったか、まったく違った形になっていたかもしれないのだ。
 僕らが子供の頃に見たアニメやマンガ、若い頃に夢中になって読み漁ったSF小説、そして今も参加しているSF大会やコミケ……その多くに、柴野氏は間接的に関わっていたのだ。僕らが今ここにいるのは、柴野氏のおかげのようなものだ。
 SF界では知らぬ者のいない柴野氏だが、SF界を一歩離れると、知名度は低い。こんなすごい人なのに、世間に知られていないのが歯痒い。それがこの本を作ろうと考えたきっかけである。
 また、日本SFの創成期についても、知らない人が多いのではないかと思われる。特に50年代の空飛ぶ円盤ブームや、その中で生まれたUFO研究団体が『宇宙塵』誕生の母体であることは、広く認識されているとは言いがたい。
 バタフライ効果と言うべきか。もし1947年にケネス・アーノルドが空飛ぶ円盤を目撃しておらず、円盤ブームが起きなかったら、今の日本のSF・マンガ・アニメの状況は、ずいぶん違っていたはずである。
 僕らがなぜ今ここにいるのか。その意味を問い直すためにも、歴史を見直す必要があると思う。

* 文中では「空飛ぶ円盤」と書いたが、アーノルドが見た飛行物体は「円盤」ではなかったので、「UFO」と書いた方が良かったかもしれない。

 なお、『SFのすごい人』の中でも触れたのだが、『神は沈黙せず』に登場する超常現象研究家の大和田老人は、柴野氏をイメージして書いたことを明らかにしておく。大和田と同じく、いつもにこにこと笑顔を絶やさないが、曲がったことが嫌いで、怒ると怖い人だったそうである(僕は怒ったところは見たことはないが)。
 何にせよ、亡くなられる前にインタビューできたことは光栄だと思っている。
  
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Posted by 山本弘 at 15:01Comments(3)SF

2010年01月16日

C&Y地球最強姉妹キャンディ2

C&Y地球最強姉妹キャンディ2
夏休みは戦争へ行こう!
角川書店 1900円+税
2010年2月10日発売予定

 史上最高の超天才少女・知絵と、地上最強の冒険少女・夕姫。近未来を舞台に、2人が繰り広げる子供向けのノンストップ・アドベンチャー小説の第2弾。
 前作では怪盗相手の大冒険だったけど、今回はタイトル通り、知絵と夕姫が夏休みを利用して、戦争を続けている東南アジアの国に出かけます。
 橋本晋さんのカバーはこんな感じ。(クリックすると拡大します)



 いつものことながら、橋本さん、いい絵を描いてくださいます。『シュレディンガーのチョコパフェ』とかもそうだったけど、作中に登場するいろんな要素がちりばめられているんですな。
 ミサイルの板野サーカスと、ウサギ、サボテン、カッパ、クラゲ、ウシ、ハト、カニ(画面右上)、フラフープつけたメイドさんたちと黒い潜水艦とタイムボカン風ビークルとピンクの毛虫(画面中央)、ザリガニみたいな小型ロボとピンクの空飛ぶ車(画面上)など、かなり細かいところまでフォローされていて、作者としては感涙ものであります。読み終わった子供が、カバーイラストを見直して、いろんなものを発見する楽しみがありそうですね。
 どんな話かというと……これらが全部出てくる話です。いや、冗談抜きで。
 格闘戦とカーチェイスにはじまって、空中戦、潜水艦戦、ジャングル戦、市街戦、ミサイル、ロボット兵器、空襲、地雷などなど、1冊の中で戦争のあらゆるパターンを網羅しています。出てこないのはゲリラと核兵器ぐらいかな?
 前作ではあまり見せ場のなかった〈メロンジュース〉も、今回はすっかり主役メカ。知絵の「この船がなぜ強襲揚陸艦と呼ばれてるか、その理由を教えてあげるわ」というセリフはお気に入りです。
 もちろん、アクションとギャグだけじゃなく、戦争のシリアスな側面も描いております。お子様にぜひどうぞ。
 あと、前作でも「怪盗カイザー・アラジン」とか「ジョンスン島のゴモラーさま」というネタを入れてたんですが、今回はそれ以上に大量のネタを投入しています。分かる人だけ笑ってください。



 こちらは前作。

  
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Posted by 山本弘 at 17:53Comments(4)PR

2010年01月15日

『11月のギムナジウム』『ウは宇宙船のウ』

 娘に読ませたい本を探しているうちに、本棚からこんなのが出てきた。

萩尾望都『11月のギムナジウム』(小学館文庫)

 1976年、僕が20歳の時に買った本。収録されている9本の短編は、1970~71年に発表されたもの。
 僕はもちろん『11人いる!』『スターレッド』『精霊狩り』などのSFものも好きなんだけど、実は一番好きなのがこの短編集なんである。
 普通、短編集というと玉石混淆なものなんだけど、この本はどの作品もみんなレベルが高い。ハズレがないのだ。初めて読んだ当時、驚嘆して、「この人は天才だ!」と確信したもんである。

 たとえば「塔のある家」。古い家の塔に住む3人の妖精が、引っ越してきた少女の人生を見つめ続ける話。少女が成長し、幼なじみとの別れ、両親との死別、失恋などを経験し、最後に結婚して子供ができるまでを描ききる。
 たった32ページで!
 濃い。濃すぎる。何で32ページで長編なみのドラマが詰めこまれてんの?

「小夜の縫うゆかた」もいい。こっちは日本の平凡な中学生の少女が主人公。彼女が浴衣を縫いながら、過去のことをあれこれ回想するという内容なんだけど、その日常感覚がリアルで素晴らしい。たった16ページの中に、印象的なエピソードがいくつも詰めこまれていて、その上手さにため息が出る。
 特にストーリーは無いんだけど、これからヒロインやお兄さんやその友人たちがどんな話を繰り広げるのだろうかと想像すると、ここから過去と未来に向かってドラマが広がってゆくのを感じる。
 あと、些細な日常のしぐさを描くのが上手いんだよね。お母さんが「なんの、ほかにぜいたくしとるわけじゃなし」と言いながら布を巻く手つきがほれぼれする。

「雪の子」はエミールというキャラクターが印象的。
 どう印象的かを書くとネタバレになっちゃうんで書けないんだけど、自分の数奇な境遇を明かした後で、「そのことに少しの不満も持ってない」「これっぽっちもきゅうくつな想いなどしなかった」と言い切る姿にしびれた。
 運命と戦うキャラクターもいいけど、ここまで冷静に自分の運命を受け入れているキャラクターも、かえってかっこよく感じられる。

 いちばん衝撃的だったのが「かわいそうなママ」。
 母を亡くしたばかりの少年が、来客に母の思い出を語るという話なんだけど、無邪気な語り口からだんだん背景が見えてくる。ついに少年の口から真相が(さらりと)語られた瞬間、強烈なショックを覚えたもんである。
 十数年ぶりに読み返してみたけど、やっぱりすごい。よくぞこんなインモラルな話を、ここまで美しく描けたもんだ。まぎれもなく大傑作。
 こういう話を21~22才の頃に描いてたんだよねえ。やっぱりとてつもない天才だわ。

 ちなみに表題作は、僕はてっきり『トーマの心臓』の原型で、これを元にふくらませたんだと思ってたんだが、Wikipediaによれば、『トーマの心臓』の方を先に考えてたんだそうだ。へー、知らなかったよ。

 ちなみに、現在出ている95年版の『11月のギムナジウム』は、76年版とずいぶんラインナップが違い、「雪の子」も「小夜の縫うゆかた」も収録されていないらしい。ご注意。

(「小夜の縫うゆかた」は2008年に出た『萩尾望都パーフェクトコレクションセレクション』9巻に収録されているらしい)

 同時に発掘したのが、『ウは宇宙船のウ』(集英社漫画文庫・1978)。レイ・ブラッドベリの短編小説をマンガ化した作品集。
 これも30年以上前になるんだなあ。当時、連載されていた『週刊マーガレット』を立ち読みしていて、毎回、舌を巻いていたもんでありますよ。
 それにしてもこの頃のマンガって、新作がいきなり文庫サイズで出てたよねえ。何で普通のサイズで出さなかったんだろ。

 僕が感心したのは「ぼくの地下室においで」。日常生活に忍び寄る宇宙からの侵略を描いた話。原作を読んだ時はぜんぜんこわくなかったんだが、萩尾さんの手にかかると、一級のホラーに生まれ変わっていて驚いた。
 特にラスト1ページの「さあ……」というコマのこわいこと。これはマンガでしか使えないテクニックだよなあ。

 せつない怪獣もの「霧笛」、ラストで“死”の意味が反転する「びっくり箱」、悲しくも奇妙な結末が印象的な「宇宙船乗組員」など、どれも忘れがたいんだけど、いちばん好きなのは「みずうみ」。

「みずうみ……みずうみ……タリーを返せ」

 これはおそらく究極のロリコン小説だろう。だって「永遠に歳を取らない12歳の美少女に比べたら、現実の大人の女なんかどうでもいい」という話だもんね。
 しかもこのマンガ版では、萩尾さんの描くタリーの美しいこと! 少女マンガに登場した最強の美少女(誰も勝てない、という意味で)であると断言する。

 ちなみに97年に小学館文庫から再刊されていて、入手可能らしい。未読の方はぜひ。

  


Posted by 山本弘 at 18:04Comments(6)マンガ

2010年01月15日

『みつぎ・ふりーだむ!』冬コミ編

 今さらながら冬コミの話。
 普通に語っても面白くないので、『みづき・ふりーだむ!』の番外編として書くことにしました。一部、脚色や創作が混じっていることをご了承ください。


【冬休みの予定】

 クラブの部室にて。
先輩A「ねえ、みんな冬休みはどうするの?」

先輩B「俺は大学受験で忙しいなあ」
先輩C「私はスキーに行くよ」
先輩A「みづきちゃんは?」

みづき「パパといっしょに冬コミに行く予定です」
 全員の顔色が、さっと変わる。

先輩A「お願い! ヘタリアの本買ってきて!」
先輩B「俺は東方!」
先輩C「あたしはうみねこ!」
みづき「ええーっ!?」

【干草の山から】

 家で。
ひろし「何~っ!? ヘタリアとうみねこと東方の同人誌を買ってくるって約束した~!?」
みづき「あかんかった?」

 ひろし、コミケカタログを広げる。
ひろし「見ろ! 東方だけで何百ブースあると思てんねん!」
みづき「わっ、すごい!」

ひろし「数が多いだけやない。もっと大きな問題がある」
みづき「というと?」

ひろし「この中から、どうやって18禁やない本を探し出すかや……」
みづき「ああ……」

【目のつけどころ】

 家でカタログチェックをするひろしとみづき。みづきが読み上げるチェック箇所を、ひろしがカタログと見比べながらマップに記入してゆく。
みづき「みの21b」
ひろし「ええっと、みの21b……」

ひろし「って、『ニャル子さん』?」
みづき「うん。あれ面白かったし」

みづき「次はみの31a」
ひろし「31aっと……」

ひろし「『俺の妹』!?」
みづき「うん、面白かったし」

【羨ましい】

みづき「パパもママも、『同人誌なんかにお金使って』って、言わへんよね?」
まなみ「そらもう」

まなみ「あんたはぜいたくなこと何も言わへんやん。『服が欲しい』とか『旅行に行きたい』とか。
 お年玉だって毎年、そっくり残ってるやろ?」

まなみ「お金は好きなことに使うのが一番や。ええ使い道ができたやないの」
みづき「そうかー」

パパ「(しみじみと)……おまえはほんまにええ家に生まれたよな」
みづき「そう?」

【読書感想文】

ナレーション「冬休みの宿題のひとつは、海外作家の本を読んで感想文を書くことです」
 ゼナ・ヘンダースンの『ページをめくれば』を読むみづき。

みづき「ようやく終わったー。でも、もう1本書かなあかんねん」
ひろし「えっ、読書感想文、2本も書くの?」

みづき「1本は課題やけど、もう1冊、日本の作家が書いた本で、どうしてもみんなに紹介したいやつがあるから、感想文書くねん」
ひろし「へえ? 偉いなあ。どんな本」

みづき「『バカテス』」
ひろし「……どうしてもそれで感想文書きたいんやな?」

【なじみの駅】

ナレーション「12月29日、東京に到着。ビッグサイトに向かいます」
 ゆりかもめの新橋駅に来たひろしとみづき。みづきは「汐留」という表示に興奮している。
みづき「汐留やー、汐留さんやー♪」

 ゆりかもめ車内。
アナウンス「次は汐留~」
みづき「うわー、汐留さーん」
ひろし「あのー」

ひろし「実は今日、泊まるホテルも汐留なんやけど……」
みづき「ほんま!?」

みづき「(目を輝かせて)パパ、ありがとー!」
ひろし「いや、汐留でそんなに感謝されても……」

【他人の目】

 ビッグサイト入り口。
 人ごみの中を歩くみづきとひろし。みづきは荷物の入った4輪のバッグを押している。
ひろし「重くないか?」
みづき「(楽しそうに)へーき。押すの好きやから」

ひろし「無理すんなよ。しんどくなったらいつでも代わるぞ」
みづき「へーき」

ひろし「本当にパパが代わろうか?」
みづき「へーき」

ひろし「いや、お前にバッグを押させてると、パパが子供を虐待してるように見えるんやけど……」
みづき「へーき」

【軍資金】

テロップ「コミケ会場。『ヘタリア』スペースにて」
みづき「これとこれください」

 別のブース。
みづき「これとこれとこれください」

みづき「これとこれと……」
ひろし「おい」

ひろし「まだサークル3つめやのに、そのペースで金は足りるんか?」
みづき「はっ! もっとたくさん持って来るんやった!」

【セーブポイント】

 コミケ会場を歩く二人。
みづき「はあ~、さすがに足が疲れてきた~」
ひろし「ちょっと休憩しよう」

 喫茶店でジュースを飲みながら、買った同人誌を読む2人。

 同人誌を読む2人。

 店を出て歩き出す2人。
ひろし「どうや?」
みづき「うん、萌えでかなり回復した!」

【顰蹙】

 ホテルに帰るタクシーの車内。
運転手「お客さん、今日はコミケ?」
ひろし「はい」
みづき「はい」

運転手「よく前の晩からビッグサイトのまわりにたむろしてる連中がいるよね」
ひろし「(苦笑して)ああ、徹夜組はいくら言ってもなくなりませんね」

運転手「今朝も駐車場のところにゴキブリみたいにうじゃうじゃうごめいててさ」
ひろし「はあ」

運転手「石投げてやろうかと思ったけどね」
ひろし「ははは」

【世間の印象】

運転手「晴海でやってた頃は、近くの公園にああいう連中が泊まりこんでてさ」
ひろし「ああ、らしいですね」

運転手「夜中にあのへんを通りかかったら……」

運転手「茂みの中から、むさ苦しい格好した男がぬうっと出てきて」

運転手「車ではね飛ばしてやろうかと思ったけどね」
ひろし「はははは(と、ひきつった笑い)」

【一家言】

みづき「でも、そういうルールを破る人たちって、自分たちの行動がコミケの存続を危うくしてるって気がついてないんですかねえ」

みづき「真夜中に大勢で騒いだら、周辺の住民が不安に思うに決まってますよ。何かトラブルが起きたら、コミケが中止になるかもしれないんですよ」

みづき「本が欲しいのは分かるけど、コミケがなくなったら困るのは自分らやのに……それがどうして分からないんですかねえ」

みづき「コミケはお祭りである以前に表現の場であって……」
ひろし(こいつ、いつの間にこんな立派なことを言うように!?)

【想像を上回る】

テロップ「コミケ2日目」
 ぎっしりの群衆の中のみづきとひろし。
スタッフ「ここからは東6ホールに入れませーん。東5にお回りくださーい」

 東5ホール内。やはり大変な人。
スタッフ「東5から東6には抜けられませーん。いったん外にお回りくださーい」

 疲労の色を見せているひろし。
ひろし「いやー、覚悟はしてたつもりやったけど……」

ひろし「東方を甘く見てたな」
みづき「ほんまや」

【空耳アワー】

アナウンス「準備会からのお知らせです」

アナウンス「会場内の通路では立ち止まらないように……」
みづき「あ、あれ、『準備会からのお知らせ』って言うてたんやな」

ひろし「何やと思てたんや?」
みづき「『12階からのお知らせ』やと……」

みづき「てっきり12階に本部があるんやと思ってた」
ひろし「……『言いまつがい』に投稿していい?」

【トラップ】

 通路の自販機の前で立ち止まる2人。
みづき「へえ、自販機でストロベリーフローズンなんか売ってる」
ひろし「パパはラムネのフローズンがいいな」

 通路にしゃがみこんでいるひろし。それを女性スタッフが注意する。
スタッフ「ここは通路です。座りこまないでくださーい」

スタッフ「立って移動してください」
ひろし「(蒼い顔で)ご……ごめんなさい……」

ひろし「かき氷食べたら頭痛がして……」
みづき「ほんまなんです」
スタッフ「それは……」

【提案】

ナレーション「2日目の夜、汐留のホテルで」
 ホテルの部屋で、買ってきた同人誌に読みふけるひろしとみづき。

 読みふけるひろしとみづき。

ひろし「……なあ」

ひろし「大江戸線、乗りに行かへんか?」
みづき「行く!!」

【あこがれのツーショット】

 汐留駅の改札前で、ひろしに記念写真を撮ってもらうみづき。

みづき「うわー、汐留さーん! あこがれの汐留さんやー」
 地下鉄の改札の前ではしゃぎ回るみづき。

みづき「汐留さーん! 汐留さーん!」
 地下道をスキップしまくるみづき。

 ぜいぜいと息をしているみづき。
みづき「あ、あかん……コミケよりも体力使うわ、これ」
ひろし「エキサイトしすぎや、お前」

【大江戸線めぐり】

 都庁前駅のホーム。御影石に刻まれたように見える「都庁前」のプレートの前に立つひろしとみづき。
ひろし「へー、駅によって個性があるなあ」
みづき「都庁前さんの文字、えらい豪華や」

 六本木駅のホーム。黒い柱に金のプレートで「六本木」という表示。
みづき「六本木さんもリッチな雰囲気やね」

ひろし「でも、この黒地に金のライン、何かに似てるような……あっ」

ひろし「霊柩車か仏壇?」
みづき「それ言うたら、都庁前さんなんか墓石やで」

【計算問題】

ナレーション「3日目はパパのブースで売り子をしました」
 ブースに並んで座っているみづきとひろし。

客「これとこれとこれ、お願いします」
みづき「はい、600円と600円と700円ですね」

みづき「(あせって)ええっと、600×2で1200で、それに700円足して……えーと、えーと……」

みづき「1900円だと思います!」
ひろし「思いますって何やねん」

【発展問題】

ひろし「こういう場合は、600+700×2のセットで2000円やと覚えておけばいい」
みづき「おお、なるほど!」

客「この4冊、お願いします」
みづき「はい。600円が2冊と700円が2冊で、セット+600円だから……」

みづき「(さわやかな笑顔で)2600円になります!」

客「1万円でお釣りを」
 と、万札を差し出す。
みづき「(パニックに陥って)ええーっ!? 1万ひく2600って、8000、いや7000……」
ひろし「はい、7400円のお返しになります」

【スマイル0円】

みづき「はい、800円のお返しになります」

みづき「午後もがんばって回ってくださいね♪」
 と、笑顔で客を送り出す。

 …………

ひろし「あんな言い方、どこで覚えたん?」
みづき「ん? まんレポ」

【ごひいき】

テロップ「大晦日の午後8時半に帰宅。ママが録画しておいてくれた紅白歌合戦の前半部を3人で見ました」
 ミカンを食べながらテレビを見ている3人。

 テレビを見ている3人。

まなみ「へえ……」

まなみ「この人、上手いなあ」
みづき「うん、上手い」
ひろし「(力をこめて)やろ!? 水樹奈々サイコーやろ!?」

【バックダンサー】

 電話に出ているまなみ。
まなみ「えっ、ほんま!?」

まなみ「同じダンス教室やった××ちゃん、EXILEのバックで踊ってるって!」
みづき「えーっ!」

 テレビをかぶりつくようにして見るまなみとみづき。
みづき「どれ!? どの子!?」
まなみ「この子とちゃう!?」
みづき「よく見えへん! もっとアップにして!」
まなみ「バックダンサーも写せ、NHK!」

みづき「邪魔ー! EXILE邪魔ー!」
まなみ「どけー、EXILE!」
ひろし「邪魔って……」
  


Posted by 山本弘 at 17:16Comments(3)コミケ