2009年10月31日

うえお久光『紫色のクオリア』

●うえお久光『紫色のクオリア』(電撃文庫)

 京都SFフェスティバルで会った『本の雑誌』の編集さんが絶賛していたので、興味を抱いて読んでみた。
 いや、これは確かにすごい作品だ。

 語り手の女子中学生・波濤学(マナブ)は、同じクラスの毬井ゆかりと、「学校の廊下の曲がり角でぶつかった拍子にキスをしてしまう」という、ものすごくベタなきっかけで親しくなる。
 ゆかりは不思議な少女だった。彼女の紫色の目には、自分以外のすべての人間がロボットに見えるのだ。
 彼女にしか見えないロボットのデザインは、その人間の隠れた特徴を表わしたものであるらしい。「すっごいセンサー装備している」とか「すっごいローラーとバーニアを装備している」とか「すっごいドリルを持っている」とか。ゆかりの目に映る学は、スーパーロボット系で、すごい換装システムを持っていて、汎用性は最強なのだという。
 ゆかりには人間とロボットの区別がつかない。写真に写る人間でさえ、すべてロボットに見える。
 彼女はその能力で、警察に協力している。殺人現場の写真(彼女にはロボットが壊れているようにしか見えないのだろうが)を見てから容疑者の写真を見ると、「こんな壊し方ができるのはこの人」と指摘できるのだ。
 しかも、ただ幻覚でそう見えているだけではない。(ネタバレになるので詳述は避けるが)彼女が認識している世界では、実際に人間はロボットであるらしいのだ……。

 じゃあ、ゆかりがその能力を使って敵と戦う異能力バトルものなのかというと、それも違う。そんな雰囲気があったのは第1話だけで、2話からは量子力学と人間原理を応用したパラレルワールドものになってしまうのだ。
 これがものすごい。
 おそらくグレッグ・イーガンの『宇宙消失』あたりにインスパイアされたのだろう。古いSFファンなら、平井和正の「次元を駆ける恋」や、アルフレッド・ベスターの「マホメッドを殺した男たち」あたりを連想するかもしれない。(ちなみに、途中から出てくる秘密機関の名前が『ジョウント』で、そこから派遣されてきた女の子の名前がアリス・フォイル)
 しかし、話のスケールが桁違いだ。
 ゆかりから授けられた能力をフルに駆使して、彼女を死の運命から救おうとする学。その選択と行動が、平凡な女子中学生を、しだいに神のような超越的存在へと変貌させてゆく。
 ページをめくるたびに、大風呂敷が広がり、広がり、さらに広がる。「ええっ、まだ広げるの?」「ここまでやるの?」と驚きっぱなし。まさにセンス・オブ・ワンダー。
 まさか電撃文庫でイーガンばりの奇想SFが読めるとは!
 しかも、「こんな大風呂敷、どうやって畳む気なんだ」と思ってたら、ちゃんとライトノベル的なさわやかな結末に着地するんだからたまらない。
 来年の星雲賞日本長編部門有力候補だと思う。マジで。

  


Posted by 山本弘 at 18:00Comments(7)ライトノベル

2009年10月31日

平坂読『ラノベ部3』

●平坂読『ラノベ部3』(MF文庫)

 えー、3巻で完結!?
 いや、いつまでも終わらないシリーズもそれはそれで困るんだけど、もうちょっと続くもんだと思ってたから、ちょっと意外だった。お気に入りのシリーズだったのに。

 もともと『生徒会の一存』にハマってしまい、同じような「何も起きない話」を探していたら、これが見つかったのである。
 ある高校の「軽小説部」の活動を描いたコメディ。活動と言っても、部室でダベって、ラノベをめぐるバカ話をしたり(美咲の「……ってあるじゃない」シリーズは、いちいち納得できる)、たまにリレー小説を書いたり(文香パートの破壊力は強烈)といった程度。特に大きな事件が起きるわけでも、メインのストーリーがあるわけでもなく、いくつものエピソードが淡々と語られるだけなんだけど、これが実に笑えるのだ。
 世界観は『生徒会』よりもずっと現実寄り。登場人物がハーレム展開を否定したり、ラノベの中の不条理なお約束の数々にツッコミを入れたり、現実とラノベのギャップをギャグにしている。
 ちなみに『生徒会』では他社作品のタイトルは伏字になっているが、この『ラノベ部』にはそんな縛りはなくて、実在のラノベやアニメ作品のタイトルが(出版社に関係なく)頻出する。
 じゃあ現実的な話かというとそうでもなく、全体の雰囲気はちゃんと典型的なラノベになっているという不思議。

 読んでいて気持ちがいいのは、ラノベに対する作者の愛があふれていること。登場人物の口を借りて語られるラノベの魅力、ラノベ論、物語論は、どれも同じ作家として同意できるものばかりだ。
 3巻で特に感心したのは、『らき☆すた』に代表される日常系のマンガの魅力を分析したくだりである。

「いわゆる日常系と呼ばれる作品群で描かれる『どこにでもあるような平凡な日常』なんてものは、実はこの世界のどこにも存在しないんだと思う。むしろよくある物語の主人公のように、どれだけ頑張っても勝てないような強大な敵と戦ったり、どうにもならない不条理で理不尽な現実に必死に抗うことこそ、誰もが日常的にやっていることだと思う。物語の主人公と現実に生きるぼくたちの違いは、敗北し膝をついたまま終わることがあるかどうかでしかないんだよ」

 よく言ってくれた! その通り! 『らき☆すた』や『あずまんが大王』の世界こそ、現実には存在しないものなのだ。だからこそ僕らはそれに惹かれるのだ。
 しかもすごいのは、この『ラノベ部』という作品が、まさにその『らき☆すた』的な「日常系」の作品だという事実。登場人物に作品自体を「どこにも存在しない」と否定させるという、クレタ人のパラドックスみたいなアクロバットを平然とやっているのだ。

 キャラクターの中でも特に僕が好きなのが藤倉暦。
 読書好きで無口という、もろに長門な女の子なんだけど、実は百合妄想爆発少女で、同じ部の物部文香に片想いで、隠れ笑い上戸(他の部員が平然としている中、一人だけツボにハマって笑いをこらえてる)というギャップのおかしさ。でもって、高校生ラノベ作家。
 その暦が、今回、過去の自分の小説について、文香からあることを(まったく悪意ではなく)指摘されて号泣する。これは分かる。好きな子からこんなこと指摘されたら、それが的確であるだけにグサっとくる。
 その後、悲しみのどん底から這い上がってくる暦の独白。ここが最高にしびれる。

 自分は本当に未熟だ。
 作家としても、人間としても。
 これまで人とほとんどかかわらず、小説の世界にのめり込んで生きてきた自分は、同世代の女の子と比べても明らかに未成熟だ。
 だからこの先、今日みたいな恥ずかしい目に遭うことも何度もあるだろう。
(中略)
 幸いにして、自分は小説家だ。
 どんな恥ずかしい経験も、取り返しのつかない失敗も、悲しみも悩みも痛みも苦しみも、全部物語に変換して、あわよくば本にしてお金まで稼いでしまう術を持っているしたたかな錬金術師だ。

 がんばれーっ! がんばれーっ、暦! なんかもうフィクションのキャラクターだってこと忘れて、マジで応援しちゃうぞ。

 この3巻では、それまで水面下にひそんでいた部員の三角関係・四角関係が浮かび上がってきて、ついに波乱に発展するか……と思いきや、何となくうやむやになって、そのまま終わり。
 どう見ても打ち切りっぽいのだが、その尻切れトンボの終わり方もまた、作者の計算の内ではないかと思える。
 だって、文香たちの恋の行方に、ちゃんとしたストーリーを構成して、ちゃんとした結末をつけたら、それはもう『ラノベ部』ではないから。

 エピローグで、美咲はこう言う。

「だってさ、物語が終わったあとにだって、その世界の中で生きてる人たちの人生は続いてくわけじゃない。あたしさー、授業中とか夜寝れないときとか、たまに思うのよね。大河とか竜児って今どうしてんのかなーとか、祥子お姉さまは元気かなーとか、ルナとシオンは仲良くやってんのかなーとか、ウルクとリセリナはどんな感じでゴニョゴニョなのかなーとか……」

「出逢って、いろんな思い出を共有して、別れて、たまにあいつ何やってのんかなーって思い出したりして――それって、現実の世界と物語の世界で何が違うの?」

 その通りだ。
 フィクションの人物だと知っていても、シリーズが終わってもずっと、僕は暦のことが気になると思う。文香への想いはどうなったのか。今、彼女はどんな小説を書いているんだろうか、と。

  


Posted by 山本弘 at 17:51Comments(3)ライトノベル

2009年10月31日

『別冊映画秘宝 東宝特撮総進撃』

『別冊映画秘宝 東宝特撮総進撃』
洋泉社 1600円+税

『海軍爆撃隊』(1940)から『ゴジラ FINAL WARS』(2004)まで、怪獣映画、戦争映画、パニック映画、SF・ファンタジー映画など、東宝特撮のすべてを語り尽くす究極のムック。スチール多数。
 黒沢清、みうらじゅん、泉麻人、朱川湊人、切通理作、木原浩勝、とり・みき、金子修介、中野貴雄、河崎実、佐野史郎、福井晴敏、菊地秀行、土屋嘉男、川又千秋、アレックス・コックスら、豪華執筆陣。僕も『宇宙大戦争』『世界大戦争』『妖星ゴラス』の原稿を書かせていただきました。
 開田裕治氏の表紙イラストは入魂の力作。表紙が怪獣(ど真ん中がジェットジャガー!)、裏表紙がメカ。背景がゴラスで、画面下が『世界大戦争』のラストの溶岩(ですよね?)という凝りよう。
 マニアなら買いですよ、買い!

  

Posted by 山本弘 at 17:18Comments(0)PR