2009年07月24日

アポロ陰謀論とかいう以前に

 NASAのLRO(Lunar Reconnaissance Orbiter)がアポロの着陸地点の撮影に成功した。

http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/multimedia/lroimages/apollosites.html

 注目してほしいのは、アポロ15号の写真。これを時計回りに75度回転させてみた。


 それを月からの離陸時の映像と比較してみる。


 33秒のあたりに注目。上空から見下ろしたクレーターの配置が、今回LROが撮影した写真とぴったり一致しているのだ。当たり前だけど。
 もちろんアポロ陰謀論者はこんなことではひるむまい。「こんなものはCGでいくらでも作れる」と言い出すことだろう。(実際、そう言い出している奴もいる)
 実は決定的証拠となるのは、この38年前の動画の方である。
 特撮技術に詳しい人なら、これを1971年の技術で撮影するのは不可能であることは容易に納得していただけるだろう。今みたいなリアルなCGなどなく(せいぜいワイヤーフレーム)、デジタル合成もできなかった時代。当時最高の技術を駆使した『2001年宇宙の旅』でも、こんな視点移動はできなかった。
 1971年にこんな映像が捏造できたとしたら、それこそオーパーツというものである。

 アポロ11号の月着陸40周年となる21日には、こんなニュースもあった。
再び月に、そして火星へ=アポロ飛行士が記者会見-米
7月21日(火)9時47分配信 時事通信
 【ワシントン20日時事】アポロ11号による人類初の月面着陸から40年を迎えた20日、アポロ計画の宇宙飛行士7人が首都ワシントンの航空宇宙局(NASA)本部で記者会見し、「米国は月に戻り、そして火星を目指すべきだ」と訴えた。

 問題はこの記事についたコメントである。計141人がコメントしているのだが(すでに削除されたものもある)、40年前の月着陸が嘘だと思っている人間がやけに多い。ざっと数えてみたところ、約1/5がアポロ捏造説を信じているようだ。
 これだけではサンプルが偏りすぎていて、日本人の何%ぐらいが信じているのかは分からない。しかし、そうしたトンデモ説を信じている人間は、1000人に1人とか1万人に1人とかいう数字ではなく、けっこう多いだろうと推測できる。
 あきれるのは、彼らの知識の貧弱さだ。
 
アポロの乗組員による月面での作業中の映像で、手元から何かを「ドサッ」っと落とした映像があったが、無重力状態で物が「ドサッ」っと落ちることが有り得るだろうか?

 うわーっ、月面が無重力だと思ってる!

アポロの月面着陸って当時のソ連を牽制するための世紀のヤラセだったんじゃないの?
当時の飛行士の一人もそう証言したよね。病気だということで世間から抹殺されてしまったけどね。

 誰のこと?

 地球からはあんなにすごい基地から発射で月からはどうやって飛ぶんでしょうね?いくら重力が10分の1だとしても・・・・・・。
 また、月から発射の時に使った足が全くないみたいですし。
 
何だよ、「10分の1」って!? 何だよ、「足」って!?

確か息子のバズが暴露したはずだよね

 息子のバズって誰~っ!?

実際は月の引力もそれなりに強くて空気も少しあるし、風も吹く。
アポロ計画は月面探査と共に、月の先住者の実態を調べることが目的だった。

 こいつはアダムスキー信者か?

 他にも、陰謀論とは違うけど、こんな大ボケを書いている奴が。

 そういえば、前世紀末に「黒い魔王がどうのこうの」っていう何世紀も前の寝ぼけた予言を取り上げて、根も葉もない根拠を並べた本を書いたたわけがいた。それを本気にして夜寝付けなくなったBAKAも多かった。

「黒い魔王」なんて知りませんface02。「恐怖の大王」のことだとしたら「王」しか合ってない。

アポロが歯の神だということ、ほとんどの人が知らないだろう。
しかし、なんで宇宙船が歯の神なんだろう?

 うわあ、アポロが太陽神であることすら知らない奴が!
 どうやら「歯の聖女アポローニア」と混同しているらしい。知らなかったとしても、疑問を持ったなら「アポロ」で検索してみようとは思わなかったのか?

 アポロ陰謀論のバカバカしさについては、前に『人類の月面着陸はあったんだ論』(楽工社)という本の中で徹底的に論破した。僕は中学生レベルの知識でも分かるように平易に書いたつもりである。
 しかし、最近になって、どうもあの本は無駄だったんじゃないかという気がひしひしとしてきている。
 アポロ陰謀説を信じてしまうような人間には、あの本は理解できないのではないか。彼らには中学生どころか、小学生レベルの知識すらないんじゃないかと思うのだ。
 たとえば、今回、大阪大学の物理学者・菊池誠氏のブログで紹介されていたエピソード。(書いているのはSF作家の小林泰三氏)
今年うちの部署に配属になった新入社員2名(男1名、女1名)はアポロは捏造だと信じていました。

「どうして、そうだと思うの?」
「だって、おかしいじゃないですか。月に行ける宇宙船を作れるのに、たった1回で止めてしまうなんて」
「いや。月には6回も着陸しているから」
「ええええっ!!」

 まさに「ええええっ!!」である。6回着陸しているなんてことは常識だと思っていたのだが、常識ではなかったらしい。
 別の人はさらに衝撃的なことを書いている。
アポロが月に行っていないのを信じる人間は、私の周りにも4名(半信半疑を含めたら8名程)居たので特に驚きはしませんが、科学に一切興味の無い人間はもっとヒドいですよ、科学的リテラシー。

つい先日経済学者の田中秀臣さんがブログで、NHK朝の連ドラで主演をしていた遠野凪子さんが自身のブログに「月と太陽が同じ天体で、太陽が海で冷やされて、夜に月になって上がってくると思っていた」と書いているエントリーがある事を紹介されていて、「もしかしたら」と思って、私の周りの科学に全く興味の無い友人や知人に「太陽と月が同じ天体だって言ってる人がいるんだけど、おバカさん過ぎるよね?」と聞いたら、5人 「え、違うの?」という反応が返ってきてひっくり返りそうになりました。
しかも、その内4人は大卒で、某有名私立大学(W大の文学部)出身の男や某有名百貨店勤務の女もいたので、「ああ、ニセ科学批判もこのレベルの人間まで届かせるのは無理だな」と思ってしまいました(^_^;)

 うわあ……。
 ちなみに、文中に出てくる遠野凪子さんのブログというのはこれ。

「リズム感日記」
あのね…実はワタシ…太陽と月が同じ物だと思っていました。 20歳過ぎまで。 ウソ…2年位前まで(^^ゞ 海で見ていると、太陽って海にジューッて沈んでいくじゃない? そこで一度熱を冷まして上ってきたのが月だと思っていました。 でもね、ある時夕方頃に空を見上げたら…ナントッ!月と太陽が同時に出ているのを発見(。・д・)ノ!! 鳥肌が立ったよ…『エェッ?コレハ…異常気象(:_;)?』って(汗) 事実を確認すべく、恐る恐る妹に『…ねぇ…いよいよ地球が大変な事になったかも(涙)』って話してみたら『もぉさ…いい加減にしなよ(-.-;)』の一言。

 ちなみにその前日の日記によれば、遠野さんは「日本列島は海に浮いている」と思っていたのだそうだ。ひょっこりひょうたん島ですか。

 しかし、遠野さんばかりを笑えない。前にも「月をなめるな」というエピソードを紹介したことがあるが、どうも世の中には、アポロ計画がどうこうという以前に、月や太陽がどんなものかすら知らない人間が多いらしいのだ。
 おそらく、先日の皆既日食の際に、テレビで解説を見て、「へー、月と太陽って違うんだ」とか「日食って太陽を月が隠すことだったんだ」と初めて知った人間は多いのではないかと、僕はにらんでいる。
 実際、あの日食の日、関西テレビの生放送の番組で、画面に映った欠けた太陽を見て、出演者が「あれ、三日月ですか?」と発言したのを、僕は耳にしている。

 これは驚異である。いや、脅威と言うべきか。義務教育が行き届いているはずの日本人の中にも、小学生レベルの科学知識もない人間が、どうもかなり高い割合で存在しているらしいのだ。
 根本的にこの社会について考え直さないといけないのかもしれない。
  


Posted by 山本弘 at 17:01Comments(29)サイエンス

2009年07月24日

「リトルガールふたたび」

『小説現代』8月号に僕の短篇が載った。「百年後の世界」というテーマで注文を受け、執筆したもの。

 タイトルは「リトルガールふたたび」

 古いSFファンならご存知だろうが、ブライアン・W・オールディスの「リトル・ボーイ再び」へのオマージュである。
「リトル・ボーイ再び」は1966年の作品。21世紀、原子力時代到来100周年を記念して、ショービジネス会社が広島にもう一度原爆を落とすというイベントを企画、日本人の反対を押し切って実行される……というコメディだ。
 日本では『SFマガジン』1970年2月号に掲載され、日本人読者の総スカンをくらった。広島と長崎の悲劇をギャグのネタにするとは何事か……と。当時、豊田有恒氏が激怒して、仕返しにプリンス・オブ・ウェールズをもういっぺん沈めるという「プリンス・オブ・ウェールズ再び」という作品を書いたりした。
 しかし僕は、「リトル・ボーイ再び」は書き方が不注意だっただけで、コンセプト自体は間違っていなかったと思うのだ。

「百年後の世界」というテーマをもらった時に最初に考えたのは、テクノロジーの進歩とか世界情勢の変化とかを題材にしても面白くない、ということだ。最も大きく変化するのは、人間の考え方だ。
 たとえば40年前の1969年頃、安保闘争なんてもんがあった。日本各地で学生がヘルメットをかぶりゲバ棒を持って、機動隊と乱闘を演じていた。今の若い連中には、日本にそんな時代があったなんて想像できないのではないか。「何でそんなもののために体を張って戦ってたの? バカじゃねーの?」と。
(僕自身、その頃はまだ子供だったのだが、なぜ上の世代がそんなことをやってるのか、さっぱり理解できなかった)
 あるいは60年代の映画やテレビドラマを見ると、登場人物がやたらにタバコを吸っているのが気になる。『怪奇大作戦』なんて、今見るとけっこうすごい煙の量で、ちょっと異様な感じがする。また彼らは「気ちがい」「めくら」といった言葉を平然と口にする。「セクハラ」や「ストーカー」という概念を知らない。
 実は僕らが今抱いている反戦、反核の思想でさえ、戦後ずっと続いてきたものではない。1960年代前半には、テレビでもマンガでも、旧日本軍兵士をヒーローにした作品がたくさんあった(小松左京原作の『宇宙人ピピ』の中に、当時の戦争ものブームを皮肉るエピソードがあったぐらいだ)。当時、原子力はまだ夢の新エネルギーだった。やはりテレビやマンガのSF作品の中では、原子力や核兵器が実に安直に使用されていた(バルタン星人に対して、市街地で核ミサイルが使用されたことを思い出してほしい)。今の作品では考えられないことである。
 日本人の核に対するタブーは、終戦直後はあまり強くなく、むしろ60年代以降に強くなったのだと思う。

 当然、逆もまた真だろう。40年前の日本人が今の日本を見たら、異様に思えるのではないか。社会情勢の変化、テクノロジーの進歩にも驚くだろうが、人々の考え方や常識があまりにも変化していることにとまどうのではないか。
 同様に、40年後の日本人の考え方や常識は、今の僕らからは想像もつかないような、おかしなものになっているはずなのだ。

 人間の考え方は時代によって変わる。今は非常識なことでも、数十年すれば当たり前になる。僕らから見ればそれは異常だが、その時代の人間にとっては常識なのだ。
 オールディスはそれを描こうとした。核に対する意識でさえ絶対不変なものではなく、21世紀になったらガラリと変わっているかもしれない、と考えたのだ。
 惜しむらくは彼に、日本人の側の視点が欠如していたことである。それで日本人を怒らせた。

「リトルガールふたたび」は、数十年後の日本が、とてつもなくバカな経緯で核武装するようになるという話。 変にリアリティがあると問題になりそうだから、逆に「そんなこと絶対あるわけがない!」と思えるシチュエーションを想定した。
 題材が題材だけに、各方面を怒らせないよう、ものすごく気をつかって書いた。その気になればギャグはいくらでも暴走させられたんだけど、「ここから先を書いたらまずい」と自粛した箇所がいくつもある。
 もしかしたら編集部に書き直しを要求されるかも……と予想していたのだが、ゲラを見てみると、ストーリーやテーマについては完全にスルーで、ちょっと拍子抜け。ただ、文章について「こうした方がいい」という細かい修正意見がいっぱい付いていて、これは大変にありがたかった。さすが歴史ある小説誌だと感心。

 ただ、雑誌に載ったものをあらためて読み返してみると……うーん、自分で思ってたほど面白くないな(^^;)。5段階評価で3ぐらいか。



【蛇足】
 ここから先は本当に蛇足である。賢明な読者なら自明のことだろうから、こんな説明なんぞ必要はないと思う。しかし中には、作中で書かれていることを僕が本気で信じていると誤解して文句をつけてくる人がいるかもしれないので、先回りして解説しておくことにする。

・この作品中で語られていることはすべて、独裁国家のプロパガンダである。
・教師が語っている歴史は、真実ではない。資料の断片を組み合わせ、事実を大幅に曲解して、国家にとって都合のいい歴史観を捏造している。
・教師が陰謀論を批判したり、「低IQ化スパイラル」の害を説いているのは、自分たちが教えられているのが真実の歴史だと子供たちに思わせるためのテクニックである。
・ブライアンW症候群なるものは(現実でも作中でも)存在しない。
・最後に登場する「閣下」について。当然、僕は別の姓を考えていたのだが、それではあまりにも元ネタが露骨すぎるので変更した。単なる作者のいたずらなので、深い意味はないし、理解できなくても支障はない。由来に気がついた人だけ笑っていただきたい。
  
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Posted by 山本弘 at 15:15Comments(0)SF

2009年07月24日

『サマーウォーズ』(ネタバレなし)

 細田守監督の新作『サマーウォーズ』の試写に行ってきた。

公式サイト

 設定を読んで、「なんか『ぼくらのウォーゲーム!』ぽい?」と思ったんだけど、実際に見てみたら……。

 びっくりするほど『ぼくらのウォーゲーム!』でした!(笑)

「ええっ、こんなとこまで!?」と驚くほどよく似てる。これはもう、細田監督自身の手による『ぼくらのウォーゲーム!』リメイクと考えていいと思う。
 知らない人は気にせずに楽しめるし、逆に僕みたいに『ぼくらのウォーゲーム!』にどっぷりはまった人間なら、「うわー、来た来た来たーっ!」「やっぱりそう来るよなーっ!」と盛り上がること間違いなし。

 まあ、明らかに「それは無理だろ」「そんなことありえないだろ」というツッコミどころもいくつかあるんだけど、話が面白いのと、演出の上手さで許せてしまう。中盤にある長い横パンのカットなど、さすが「レイアウトの鬼」だ、と嘆息。
『ぼくらのウォーゲーム!』の「衛星携帯ですよ!」みたいな、「そう来るか!」という仕掛けもいろいろ。特にポスターに大きく描かれている漁船が、何のために運ばれてきたかを知った時には爆笑した。
 ラストバトルも「さんざん盛り上げてきて決着はそれかよ!」「あれ伏線かよ!?」と大笑い。

 やっぱりいいのは、『ぼくらのウォーゲーム!』と同じく、日常がネットを通して地球の危機と直結してるという感覚なんだよね。 先端テクノロジーが可能にした「お茶の間ハルマゲドン」。
 現実世界の舞台は、冒頭を除くと、ほぼ長野の田舎の旧家に限定されている。世界を救うのが科学者や戦闘のプロなんかじゃなく、ただのおじさんやおばさんや少年少女たちだというのがいい。

 試写会は業界関係者で満席で、追加でイスを出さないと座れないほど。
 終了後、角川の編集者3人と、谷川流、乙一を交えて食事。
 乙一くんとは初対面。「『GOTH』や『ZOO』が好きです」と言うと、「『ジェライラの鎧』が好きでした」とか言われて、こちらも大感激。僕が最初に書いたソード・ワールド小説だよ。
  


Posted by 山本弘 at 13:57Comments(4)SF

2009年07月18日

いよいよ「男の娘」が市民権を獲得か?

【7月22日。数字が間違っていたのを一部訂正】

 秋に発売される『アイドルマスター ディアリースターズ』の新キャラクター・秋月涼。
 以前から、プロフィールの体重が妙に重いとか、秋月律子の「従妹」ではなく「いとこ」という表記になっていたことから、ニコ動などで性別疑惑がささやかれていたのだが……。

 それが疑惑じゃなく本当だったことが判明!


 ネタじゃなくてマジだったのか!
 何がすごいって、この公式動画がアップされた7月11日の前日まで、ニコ動でのゲームの予約数は142件だったのに、

 142 → 302 → 539 → 677 → 754 → 799

 と、毎日ものすごい勢いで予約数が伸びたという事実。 7月17日現在、877人で、まだ増えそうな勢いである。
 すごい宣伝効果だ。「男の娘」好きがこんなに多かったとは。否定的な声がまったく聞かれないというのも驚き。バンダイナムコとしては大きな賭けだっただろうが、それが見事に当たったのである。
 ちなみに、877人のうちの1人は僕である(笑)。この動画見たとたん、速攻で予約しちゃいましたよ。

 カムアウトするが、僕も昔から好きだったんだよ、「男の娘」。(もちろん美少女も、だけど)
『サーラの冒険』のサーラも、女の子みたいな顔の少年という設定で、何度も女装シーンが出てくる。特に最終巻では完全に女の子ぶりが板についてて、書いててすごく楽しかったもんである。『サーラの冒険』の一番の萌えキャラは、デルでもフェニックスでもなくサーラなんだということを、この際、作者としては強くアピールしておきたい。
 綾崎ハーマイオニーとか、『みなみけ』のマコちゃんとかもそうだけど、いよいよ「男の娘」が世間に受け入れられるようになってきたのか。 思えば、『バーコードファイター』の桜ちゃんは時代を進みすぎてたなあ。
  

Posted by 山本弘 at 19:37Comments(6)ニコニコ動画

2009年07月18日

二人の偉大な超常現象研究家の死

 もうご存知の方も多いだろうが、7月3日、と学会の創設時からのメンバーである志水一夫氏が亡くなられた。享年55歳。

 ガンが発見されて入院されたのが5月下旬。僕は6月5日、トンデモ大賞の前日に、病院に見舞いに訪れた。
 その時、志水氏はベッドに横たわってはいたものの、意識も喋り方もとてもしっかりしておられた。
「すいませんねえ。『トランスフォーマー・ザ・ムービー』のビデオ、借りっぱなしになっちゃってまして」
 と言われたので、ちょっとびっくり。15年ぐらい前に貸したまま戻ってこないんで、てっきり忘れられているものと思っていた。
「いえいえ、そんなの気にしなくていいですから。早く良くなってください」
 などと会話したのを覚えている。
 翌日のトンデモ本大賞の楽屋では、「志水さん、元気そうだったよ」「あれならすぐに退院できるんじゃないかな」と、みんなに報告したものだ。

 それから1ヶ月も経たないうちの、突然の死である。
 先日の中里融司さんもそうだけど、人間って本当にあっけなく死んでしまうものだ。

 志水さんの最大の功績というと、やはり 『UFOの嘘』(データハウス・1990)だろうか。
 UFO番組やUFO本なんてどうせ嘘っぱちだろう……と思っていても、それを実際に検証した人はほとんどいなかった。志水氏は、矢追純一氏をはじめとする自称「UFO研究家」たちのいいかげんさや、UFO番組のデタラメさを暴露した。
 翌年に出た『大予言の嘘』(データハウス・1991)でも、予言や占いというものがいかに根拠がなく、当たらないものであるかを検証してみせた。
 だが、その一方で志水氏は、霊や超能力の存在を信じる、いわゆるビリーバーであった。
 ある人から、「あなたは超常現象の存在を信じるのか?」と訊ねられ、こう答えていた。
「『信じるのか』という質問はおかしい。私は空気が存在するのと同じように、超常現象が存在することを知っています。『あなたは空気の存在を信じるのか?』などと質問する人はいないでしょう?」
 それほどのビリーバーであるのに、志水氏は通俗的なオカルト情報を批判し続けた。矛盾しているように思われるかもしれないが、本物の超常現象研究家・UFO研究家には、こうした懐疑的な人が少なくないのである。すでに亡くなられた高梨純一氏などもそうで、UFOの存在を信じているにもかかわらず、UFO写真のトリックを暴き、MJ-12文書の嘘を暴き、矢追純一UFOスペシャルのデタラメさを非難していた。
 僕も皆神龍太郎氏も超常現象の存在を信じてはいないが、それでも志水氏とは良き友人であり続けた。
 ビリーバーと懐疑主義者は相反する概念ではない。両者は歩み寄れるし、一人の中で両立することも可能だ――それを志水氏は自らの人生で示してみせた。

 偶然だが、同じ日にアメリカのUFO研究家ジョン・キールも亡くなっていた。
 キールの『モスマンの黙示』(国書刊行会)を初めて読んだ時は、興奮したものである。有名なモスマン事件を扱ったものなのだが、そこいらのUFO本とはまるで違う。モスマンを安易に宇宙生物にしたりしないのだ。
 UFOは異星人の宇宙船なんかじゃない。そんなのは一部の研究家やマスコミが宣伝している概念にすぎない。UFOとは、何かもっと高度で、理解不能で、異様なものなのだ……というのがキールのスタンスだった。
『モスマンの黙示』の中では、事件を調査するキールの周囲に、次々と不気味な現象が頻発する。異星人説なんかでは説明のつかない不思議なシンクロニシティ。その語り口の上手さの絶妙なこと。そんじょそこらのホラー小説よりもぞくぞくくるし、エキサイティングだ。まあ、キールの創作も多く混じってるんだろうが、嘘でもこんなに面白けりゃ許せてしまう。
 僕の『神は沈黙せず』も、かなりキール的世界観の影響を受けている。
 この一冊でキールのファンになり、『ジャドウ』とか『失われた惑星文明』とか『UFO超地球人説』とかを古本屋で探して読みふけったものだ。
 なお、『モスマンの黙示』は2002年に『プロフェシー』という題で映画化され、その日本公開に合わせて『プロフェシー』という題でソニー・マガジンズから新訳が出ている。おすすめである。

 キールの死が奇しくも志水氏と同じ日だと知った時には、その奇妙な偶然の一致に、「いかにもキールらしい」と思ったものである。
  
タグ :超常現象


Posted by 山本弘 at 19:09Comments(5)