2012年05月11日

福島産の野菜による被曝量はどれぐらい?(反響編)

 前回の「福島産の野菜による被曝量はどれぐらい?」に対する反響が大きかったので、まとめてコメントさせていただきます。
 案の定、科学的リテラシーに欠けている人や、何としてでも自分の中の不安を正当化したい人が多いようです。

>トトさん

>従来の放射性廃棄物の基準はセシウムで100ベクレル/kg。それを超えると、一般のゴミ処理場などに廃棄することは許されない.
>100ベクレルの食べ物って放射性廃棄物では?事故前はドラム缶に閉じ込めてましたよね。


 簡単に言えば、事故前の放射性廃棄物の基準がとてつもなくきびしかった、ということなんです。
 放射性廃棄物の場合、口に入るものではありませんから、外部被曝が問題になります。セシウム137の場合、1mの距離に100万ベクレルの小線源があると、ガンマ線によって1日に0.0019ミリシ-ベルトの外部被曝を受けるとされています。

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/13.html

 100ベクレルだとその1万分の1、1mの距離に1日いて0.00000019ミリシ-ベルト(0.00019マイクロシーベルト)です。
 つまり100ベクレルのセシウム137をドラム缶に詰める意味なんかまったくないんです。おそらくこれは、実効線量係数の高いプルトニウム239などが風で飛び散って吸入される危険を想定した基準値でしょう。当然、こういう基準値というのは、人体に害が出はじめる量よりもかなり低く設定されています。
 何度も言いますが、納豆やフライドポテトには1kgあたり200ベクレルの放射性物質が含まれてるんですよ? あなたは「納豆やフライドポテトもドラム缶に入れて密閉すべきだ」と主張されるのですか?

>わざわざ、毒が入った食べ物を僕は食べません。

 だったら納豆もフライドポテトも絶対に食べないでくださいね! とろろ昆布なんか言語道断ですよ。
 と言うか、安全な食べ物を「毒」と呼ぶのは、福島でがんばって農業をやっている方々に対する侮辱だということに気がついてください。

>jujurouさん

>では何故あなたは福島に住もうとしないのか?
>住み続けても被爆量は「致死量」に届かないですよ。


 はあ? 何で僕が家族を連れて福島に引っ越さなくちゃならないんですか? そんな必然性、どこにあるんですか?
 あなたがどこにお住まいか知りませんが、たとえば「何故あなたは滋賀県に住もうとしないのか?」とか「何故あなたは鹿児島に住もうとしないのか?」とか訊ねられたら、どう答えますか?
「引っ越す理由がないから」としか言いようがないでしょ?

>平賀さん

>経口摂取するもののうち、野菜以外はすべて0ベクレル、
>野菜のうち、福島産の野菜以外はすべて0ベクレル、
>と仮定した場合は正しい推論だと思います。


 僕が「被曝量が数マイクロシーベルト増えたところで、それは個人差の範囲内ということである」「年間数百マイクロシーベルト程度の増加なら、まず心配することはないのだ」と書いたのを読み落とされましたね?
 と言うか、後半部分を読まずにコメント書かれたのが丸分かりですよ。

>田所真知子さん

>あなた、そんなに、厳密にベクレルと、シーベルト換算して、線量をだすなら、もう一歩厳密に、自然界に太古から普通に存在し、生物がダイジェストできる放射線と、自然界に存在しない放射線との違いも計算にいれましょうよ。

 まったく意味不明です。「生物がダイジェストできる」などという言い方も初耳ですが、「自然界に存在しない放射線」なんてものはありませんよ。アルファ線もベータ線もガンマ線も自然界に存在しています。

>自然界に存在しない原子は、生物の体内にはいったら、ほとんど、排泄できないから、少量でも危険だってこと、おおくの実験で証明されていることしりませんか?

 はい、ダウト。そんな実験はありません。そもそもセシウムは「自然界に存在しない原子」じゃありません。天然のセシウム(セシウム133)は1860年に鉱泉の水から発見されています。そしてセシウム137はセシウム133と化学的性質はほとんど同じです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0
>なお、観測されている「濃縮」は環境中と細胞内での電解質濃度の差に由来するものであり、Kに対して際だってCsを濃縮する様な生物種は観測されていない。代謝に伴って常に生体内のアルカリ金属、アルカリ土類金属は細胞を出入りしており、重金属の場合のような蓄積に起因する「濃縮」は生じないとされる。

「生物学的半減期」というものがあります。体内に入った元素が排出されて半分になる期間のことで、セシウムの場合、約70日とされています。つまりセシウムが体内に入っても、排出されて70日ごとに半分になっていくんです。

>もし、あなたの計算がただしかったら、チェルノブイリ、スリーマイルアイランド、だけじゃなく、なんで、原発従業員は浴びた線量を計算しなくては、いけないのですか?世界中の原発は、従業員が放射線をあびることを前提としてなりたっているのだから、かれらの健康状態をみれば、どれだけ安全か一目瞭然じゃないですか?

 何をおっしゃりたいのか、まったく意味が分かりません。放射線を浴びすぎたら危険だから線量を常に計測しておくことの、いったい何がおかしいのですか?

>いい論文みつけました。
>これをみるとベクレル、シーベルト換算なんて、関係なく、閾値なしで、ガンが発生していますね。
>これは、放射線研究に権威あるジャーナルで、これに採用される論文は、厳格な検査を通っているはずです。デマじゃありませんよ。念のため。
>http://www.rrjournal.org/doi/pdf/10.1667/RR2629.1
>http://www.rerf.or.jp/news/pdf/lss14.pdf


 あのー……。
 失礼ですが、あなた、この論文、ちゃんと読まれました?
 これ、広島・長崎で大量に被曝した方の追跡調査結果なんですけど。被曝量が0.2グレイとか1グレイとかいうレベルの話ですよ。
 ご存じないようなので言っておきますが、グレイ(Gy)というのは物体に吸収される放射線の量で、シーベルトというのは、放射線ごとに定められた放射線荷重係数という数字をグレイに掛けたものです。ベータ線やガンマ線では放射線荷重係数は1なので、グレイ=シーベルトです。
 つまり1グレイはおよそ1シーベルト=1000ミリシーベルトです。
「ベクレル、シーベルト換算なんて、関係なく」というのではなく、この論文ではシーベルトの代わりにグレイが使われてるだけなんですよ。

 念のために言っておきますと、僕がいつも使っている放射線関係のデータは、主として原子力資料情報室(CNIC)という反原発系のサイトから引用しています。

原子力資料情報室(CNIC)
http://www.cnic.jp/

 リンク先を見たら、反原発だって一発で分かるはずなんですが。田所真知子さんはこういうサイトに書いてあることも信じないのでしょうか。
 反原発系のサイトに書いてあるデータを信じずに、いったい何を信じるんですか?

>太田潤さん

>放射性物質が体内に蓄積されることを計算していませんよね。
>1日食べれば、130マイクロシーベルト。2日食べれば、260マイクロシーベルト。10日食べれば1300マイクロシーベルト。そして一年食べれば、47450マイクロシーベルトになります。
>安全だと証明する記事ならば、こうした計算を入れないといけないと思うのですが?


 あの文章をどう読めば、こんなものすごい誤読が生じるんでしょうか?(笑) 1年間食べ続けても130マイクロシーベルトだと書いたんですが。
 こういうそそっかしい人がデマに騙されちゃうのかな。

 他にも、ツイッターでこんなことをつぶやいていた人が。

http://b.hatena.ne.jp/araigumanooyaji/20120429#bookmark-91798302
>内部被曝と外部被曝の区別がついていない上、カリウムとセシウムを同列で論じるとは・・・一人で食ってろ

 これだけ新聞やテレビでシーベルトシーベルトと騒がれてるのに、いまだにシーベルトの意味が分かってない人のようです。シーベルトというのは放射線が人体に与える影響を示す単位で、外部被曝の1シーベルトも内部被曝の1シーベルトも同じなんですけど。
 もちろん実効線量係数を定める際には、セシウムとカリウムの性質の違いも考慮されています。つまりセシウムによる1マイクロシーベルトの被曝とカリウムによる1マイクロシーベルトの被曝は同じです。

>らっつ&すたーさん

>PCBのような分解できないので体内に蓄積できる物質とは違い、重金属と同じように体外に自然排出される部分というのは無いのでしょうか?
> 排泄や新陳代謝という行為で体外に排出がある程度されるのであれば、飲食で仮に摂取したとしても永久に体内被曝をするわけでは無いと思うのですが、この部分についての話がネット等で調べてもあまり出てきません。

「生物学的半減期」で検索してみてください。

>あの・・・さん

>危険性は、定性と定量の話に分けて考える必要がある、ってどこかの本に書いてあった気がしたんですがあれは山本さんの本では無いですか?
>「たとえば喫茶店の砂糖壷に毒を入れる狂人がいる可能性はゼロではないが、全国の飲食店の砂糖壷を全部検査しようと主張する人はいない。定性と定量の区別がついているからだ。」
> みたいな話だったような。
>…偽記憶でしょうか?

 喫茶店の砂糖壺の話は偽記憶ですね。僕はそんなの書いた覚えはありません。他の方の本では?
 ただ、砂糖ではなく塩分については、『ニセ科学を10倍楽しむ本』の中でこう書いています。

>パパ「そう。もし本当に一升びん1本、つまり1800ccものしょうゆを飲んだ人がいたら、病気になるどころか、死んでしまった可能性が高い。コップ一杯でも危険だ。死ななくても、ものすごく苦しい思いをするだろう。だから絶対にまねしちゃいけない」
>夕帆「しないよ、そんなバカなこと(笑)」
>ママ「でも、知らなかった。ふだん、なにげなく使ってるけど、おしゅうゆって実は危険なものなのね」
>パパ「だからと言って、『しゅうゆは危険だから買ってはいけない』なんて言う人はいないだろ? たしかに塩分のとりすぎは有害だけど、料理にしょうゆをスプーン一杯入れたり、おさしみにちょっとつけるぐらいなら、ぜんぜん害はないんだよ。

 放射線の場合、塩と違って少量なら人体に良いということはないのですが(僕はホルミシス仮説を信じてませんので)、「少量なら安全」ということは確実に言えます。
 問題は放射性元素が含まれているかどうかではなく、それがどれぐらいの量か、ということです。日常生活で食べ物から摂取するカリウム40や炭素14による被曝量を少し上回る程度なら、まったく気にする必要はありません。

  

2012年04月29日

僕の原発に対するスタンス

 デマの話の続き。
 最近、よく目にするのが「山本弘は原発推進派だ」というデマである。
 どうやら、前に「福島産の農産物をじゃんじゃん食べよう!」と書いたのが、そうした誤解を招いたらしい。中には僕を「御用学者」と呼んでいる人もいる(笑)。
 冗談じゃない。僕は昔から反原発派である。
 それを証明しよう。まずは『妖魔夜行 戦慄のミレニアム(下)』(角川スニーカー文庫)の第10章から。なお、これを書いたのは2000年なので、ヨーロッパの情勢は現在では変わっている。

「何ということだ……」大統領はまた頭を抱えた。「我々はせっせと原発を作って、彼らが人類を滅ぼすための手助けをしていたのか……」
 現在、世界で使われている商業用一次エネルギーのうち、原子力が占める割合はわずか七パーセント。つまり、少し省エネを実行しさえすれば、世界は原子力なしでもやっていける。化石燃料には資源枯渇や環境汚染の問題もあるが、何十年もかけてゆっくりとソフトエネルギーに転換することは可能だ。
 にもかかわらず、大国が原発を競って建設したのは、核兵器開発とのからみや、電力業界の思惑があったからだ。それに気づいたヨーロッパ諸国は、脱原発に向かって動き出している。九九年一二月に稼動したフランスのシヴォー原発二号炉を最後に、ヨーロッパでは新たな原発の建設計画はない。それでもなお、世界には四〇〇基以上の原発が稼動しており、危険な高レベル放射性廃棄物を休みなく生産している。
 ちなみに、一〇〇万キロワットの原発一基が一年間で生み出す核分裂生成物は、広島に落ちた原爆がまき散らした量の一三〇〇倍に相当する。


 次に2007年の『「環境問題のウソ」のウソ』(楽工社)のエピローグより。

 たとえば僕は原発をこれ以上増やすのには反対である。しかし、「原発をなくすのが正しいことだ」とは言わない。なぜなら、自分の考えが漠然とした不安にすぎず、客観的なデータに基づくものではないと分かっているからだ。
 僕が恐れているのは深刻な原発事故が起きることである。狭い日本で大規模な放射能汚染が発生したら、どれぐらいの範囲が汚染されるか、どれほどの被害が出るか、予想できない。
 無論、原発推進派は「事故なんて起きません。安全対策は完璧です」と言うだろう。もちろんそれは分かっている。本当に安全対策が完璧なら、心配することはない。
 しかし、人間は時として、とてつもなく愚かなことをする。
 たとえば1986年のチェルノブイリ原発事故は、低出力運転の実験中に起きた。この実験中、緊急炉心冷却装置を含むすべての安全装置をカットした状態で、制御棒をすべて引き抜くという、とても信じられない危険な行為が行なわれた。そのせいで原子炉は制御できなくなって爆発した。
 死者2名を出した1999年のJCO東海村ウラン加工施設臨界事故では、正規のマニュアルを無視した手順で作業が行なわれていたのが事故の原因だった。「ウランを大量に集めると自然に連鎖反応が起きる」という原子力についての初歩的知識が、作業員に徹底されていなかったのだ。
 2004年、美浜原発3号機の蒸気漏れ事故では、4人が死亡、7人が重軽傷を負った。事故を起こした配管は、1991年に寿命が切れていたにもかかわらず交換されていなかった。設置時には厚さが10ミリあったが、内部を通る冷却水によって磨耗し、事故当時はわずか1.4ミリにまで薄くなっていた。
 どれも信じられない話である。小説で書いたら「そんなバカなことはありえない」「リアリティがない」と言われるに違いない。でも、これが現実なのだ。
 じゃあ、日本で近い将来、重大な原発事故が起きる可能性はどれぐらいか?
 そんなの分からない。「かなり小さい確率だけどゼロじゃない」としか言いようがない。「原発に勤める職員が信じられないほどバカなミスをやる確率」なんて、誰に計算できるというのか。
 分からない、という点が、僕はこわい。だから少しでも確率を減らしたくて、原発を増やすのに反対している。


 この頃はまだ「漠然とした不安」にすぎず、「これ以上増やすのには反対」という消極的な反原発論だったのだが、危惧していた「重大な原発事故」が起きてしまった後はこう変わる。2011年11月刊行のASIOS『検証 大震災の予言・陰謀論』(文芸社)の巻末座談会である。

山本弘 誤解されないように言っておくと、僕は以前から原発反対派なんですよ。原発はこれ以上増やさない方がいいと思ってたし、福島第一原発の事故が起きてからは特にそう思うようになりました。事故が発生した場合の影響の大きさを考えると、やっぱり原発はやめた方がいい。ただ、今すぐすべて廃止してしまうのは無理がある。電力が足りなくなることで、かえって多くの人が危険にさらされるかもしれない。代替エネルギーを確保しつつ、10年以上かけて、少しずつ廃止していくべきだろうと思うんです。
 ただ、原発が嫌いであっても、「微量の放射線でも危険だ」という極論には与したくない。嘘で不安を煽るのは明らかに間違ってるし、被災者の差別にもつながるから。


 他にも、僕は小説の中でしばしば原子力を否定的に扱ったり、放射線の危険を題材にしたりしている。『妖魔夜行 魔獣めざめる』の中で空母エンタープライズの原子炉が日本近海でメルトダウンを起こしかけたり、中編「審判の日」で原発が爆発したり、『MM9』で放射能怪獣グロウバットを出したり、『地球移動作戦』で登場人物が急性放射線障害で死んだり、『去年はいい年になるだろう』でエクスキューショナーが2万8000発の核ミサイルを撃ちまくったりしたのも、僕の核嫌い、原発嫌いの心情の影響である。
 こうした明白な証明がある以上、「山本弘は原発推進派だ」という根拠のないデマは、二度と言わないでいただきたい。

  

2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(4)

 もちろん、こうしたデマの中には、悪意による捏造も多いだろう。「山本弘はと学会の利益を独占している」とか「トンデモ本大賞の壇上で『新しい歴史教科書』を罵った」なんてのは、明らかに故意に創作されたデマだ。
 その一方、書いた本人も「山本弘はこんなことを書いていた」「あの本にはこう書いてあった」と本気で信じている例も多いようだ。偽記憶症候群(False Memory Syndrome)というやつである。
 偽記憶症候群については、すでに本で何度も取り上げている。これは精神病による妄想とはまったく違う。偽記憶は健康な人間にもしょっちゅう起きていることなのだ。
 あらたに書くのは面倒なんで(笑)、『百鬼夜翔』シリーズの一編、「茜色の空の記憶」から引用させてもらう。

 千絵は微笑んだ。「暗示なんてだいそれたもんじゃない。些細なきっかけで記憶なんて簡単に変わってしまうものなのよ。見たものの大きさ、色、美しさ、時間、場所……何もかもね。人間は常に自分の記憶を書き換えながら生きていると言ってもいいわね」
「でもそれって、日常生活の中のちょっとした思い違いってやつでしょ? もっと強烈な体験だったら、それこそ記憶に強く焼きついて変化しないんじゃないですか?」
「それがそうでもないのよ。一九八六年にスペースシャトルのチャレンジャー号が事故を起こした時、ある心理学者がこんな実験をやったの。事故の翌日、学生たちに『どのように事故のニュースを知りましたか?』というアンケートを出して、その答えを回収したの。それから二年半後、その学者は同じ学生たちに同じ質問をした。するとどうだったと思う? 最初のアンケートの結果と同じものはひとつもなくて、三分の一以上がとても不正確だったの。
 ある学生は、最初のアンケートでは『授業中に何人かの学生が入ってきて、事故について話しはじめた』と書いていたのに、二年半後に同じ質問をされると、『寮の自分の部屋でルームメイトといっしょにテレビを見ていたらニュース速報が流れた』と書いたの。本人は二年半前に自分が書いたアンケートを見せられて、とても驚いたそうよ。確かに自分の筆跡なのに、そんな記憶がまったくない、自分が覚えているのはルームメイトとテレビを見ていたことだって」

 ちなみに、このチャレンジャー号事故についてのエピソードは、E・F・ロフタス&K・ケッチャム『抑圧された記憶の神話』(誠信書房)から引用した。心理学者であるロフタスはこう言っている。

「記憶は手を触れることのできる固形物というよりも、雲や蒸気のように、脳の中を漂うものである」

 この見解には同意せざるを得ない。僕自身、何度か偽記憶を経験しているからだ。昔見たテレビ番組の中に、確かにあったと思っていたシーンが、再放送で見たら無かったのには驚いた。
 だから、「あの本には確かこう書いてあった」と思っても、うかつにその記憶を信じてはいけないのである。
 たとえば「この作品のタイトルが知りたい!@SF板」というスレッドで、こんなのを見つけたことがある。

・日本人作家の短編集。それほど古くはないはず。ハードカバーかもしれません
・以下の三つのような話が載っていたと思います
・実験で「この宇宙は偶然出来たもので、すぐに消える」と知って焦っている男の話
・犯人を捕まえた刑事が、心の中で「殺してやろうか」と思う話
・世界が崩壊してしまったが、少年と出会った少女が希望を見出す話

 えー、1番目のは「闇が落ちる前に、もう一度」、3番目のは「審判の日」だと思うんだけど、2番目のは何ですか(笑)。そんなの、書いた覚えないぞ。
 1番目と3番目があるからまだ分かるけど、2番目だけ見せられても絶対に分からない。作者でさえ。
 これなど、間違ってはいるものの、まったく悪意は感じられない。純粋な記憶違いなのだ。しかも何十年も前の本ならともかく、『審判の日』が出たのは2004年、この発言は2009年なので、5年前の記憶なのである。たった5年で、人の記憶はここまで改竄されてしまうものなのだ。

 当然、こうした記憶の改竄は僕の作品にだけ起きるものではない。他の人の作品に関してもしょっちゅう起きている。
 僕はmixiの『SF(Science Fiction)』というコミュに入っている。その中には「こんな本知りませんか??」というトピがある。その名の通り、よく思い出せない作品について質問するというものだ。僕もちょくちょく回答している。
 それを読んでいると、人間の記憶というのは実にいいかげんで、本人に悪意がなくても、簡単に歪曲や捏造を生み出してしまうことがよく分かる。ジャック・ウィリアムスンの『ヒューマノイド』の舞台が「未来のソビエト連邦」になってる人とか、ロイド・ビッグル・Jr.の「記念碑」をなぜか「ラングリ興亡史」というタイトルで記憶している人とか。
 同じような趣旨の『図書館探偵☆LD』というコミュにも入っているのだが、こっちも面白い。質問者の曖昧な記憶を元に、「この人が言っているのはどの作品のことなんだろう?」と頭をひねるのが、クイズみたいで楽しい。

 だから、記憶が違っていること自体は、ちっとも悪いことではない。それは誰にでもあることなのだから。
 しかし、その間違った記憶を元に誰かを批判するのは悪いことである。
 なぜなら、それは表面上、悪意による中傷とまったく区別がつかないからだ。

 批判を書くなとは言わない。僕の作品が嫌いなら、いくらでも批判していただいてけっこう。言論の自由というものである。
 しかし、その前にソースを確認するぐらいの手間はかけていただきたい。本当に僕の本にそんなことが書いてあるのかを。
 それはあなたの脳が捏造した偽記憶ではないのか。
 これは、山本弘批判を書こうと思っているあなたのためを思って言っている。間違ったことを書いて笑いものになるのは、僕ではなくあなたの方なのだから。

  
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2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(3)

 mixiでも何度かあった。たとえば、『トンデモ本の世界』の中に「菜食主義より肉食のほうが栄養バランス的に合理的」と書かれている、と言っていた人がいた。やはり、そんなことはどこにも書かれていないのだが。
 メールでもたまに来る。たとえば3年前に来たメールは、僕の本のどれかに「重い物体は軽い物体よりも引力が強く働くので早く落ちる」と書いてあったと主張していて、それについて質問してきた。僕がそんな非科学的なことを書くわけがないのだが。
 多いのはやはり2ちゃんねるである。原文を正しく引用しているものはいいのだが、誰かが記憶に基づいて「山本弘はこう書いていた」「こう言っていた」と書いた場合、かなり高い確率で間違っているのである。そんなこと書いてなかったり、あるいは、近いことは書いているが意味がぜんぜん違ってたり。

 たとえば、僕が「『妖魔夜行』やその他の小説では旧日本軍が南京で酷いことをした、朝鮮人の従軍慰安婦に対してひどいことをした、などといった捏造話をしつこく記載している」と批判していた奴がいる。
 僕は『神は沈黙せず』で南京大虐殺についてかなりページを割いたが、『妖魔夜行』では取り上げていない。唯一、「魔獣めざめる」で、ちらっと「南京大虐殺」という単語が出てくるだけだ。そもそも、「魔獣めざめる」の主要な題材は昭和20年3月10日の東京大空襲──アメリカ軍による日本人大虐殺なのである。空襲で愛する人を殺された妖怪が現代によみがえり、アメリカに復讐しようとする話なのだ。
 従軍慰安婦に至っては、『妖魔夜行』でも他の小説でも、一度も取り上げたことがない。「しつこく記載している」と言うのなら、どの本の何ページなのか言っていただきたいものだ。

 また、これは僕だけではなく時雨沢恵一氏を貶めるデマなのだが、こんなのがあった。

時雨沢恵一はギャラクシー・トリッパー美葉をパクってキノの旅を書いたんだぞ
弘が時雨沢を締めたらしぐれ沢がビビって謝ったので弘は太っ腹なところを見せて受け入れた
トンデモだ!ちがう、これはSFだ!とかいう本より


 僕が『キノの旅』と『美葉』の関係について触れているのは、『トンデモ本? 違う、SFだ! RETURNS』(これが正しいタイトル。書名からして間違いまくってる(笑))の178~180ページ、「パクリはどこまで許される?――あの名作の元ネタはこれだ!」という項の終わり近くの一部である。正しく引用しよう。

 最後に、個人的に大変に感激したエピソードを紹介したい。
 時雨沢恵一『キノの旅』(電撃文庫・〇〇年)という小説がある。主人公のキノが、喋るモトラド(バイク)のエルメスと世界を旅して、様々な国を訪れるという寓話的な作品。けっこう人気があり、アニメにもなった。
 この小説を読んだ時、「なんだか『美葉』みたいな話だな」と感じた。『ギャラクシー・トリッパー美葉』(角川スニーカー文庫・九二年)は僕の小説。ヒロインが喋る巡航ミサイルのルーくんにまたがって宇宙を放浪し、いろんな変な異星人の住む惑星を訪れるというコメディだ。もっとも、『キノの旅』との類似は偶然の一致だろうと思っていた。
 だもんで、二〇〇五年の秋に初めて時雨沢氏とお会いした時に、「『サイバーナイト』とか大好きでした」と言われて仰天したもんである。
「『美葉』も読んでました。だからエルメスが喋るのはルーくんの影響なんです」
 そ、そうだったのかーっ!? エルメスの元ネタはルーくんか! まさか本当にそうだったとは思わなかったよ。
 もちろん、これはパクリなんかではない。読み比べてみれば分かるが、『キノの旅』は『美葉』とモチーフが似ているだけで、まったく違う作品である。それどころか、僕は自分の作品の影響を受けた若い作家がデビューし、素晴らしい作品を書いてくれたことを誇りに思う。作家として、こんなに嬉しいことはない。
 さらに言うなら、『美葉』だって僕の独創ではない。主人公のキャラクターは吾妻ひでお『スクラップ学園』(153ページ参照)に大きな影響を受けているし、地球人が宇宙を放浪して変な異星人と出会うというモチーフは、ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』(41ページ参照)がヒントだ。

 僕ははっきり「もちろん、これはパクリなんかではない」と言っているのだが、なぜこれがパクリだということにされるのだろうか? もちろん僕が時雨沢氏を締めたとか、時雨沢氏が謝罪したなんて事実もない(パクリじゃないんだから当然である)。
 だから今度から、「時雨沢は山本からパクった」とか言う奴がいたら、遠慮なしに「バカ」と言ってやってほしい。「そんなことどこにも書いてねーよ、てめーの妄想だろ、バカ」と。

 ちなみにこの「パクリはどこまで許される?」という文章の冒頭で、僕は「2ちゃんねるは役に立たん!」「ほとんどの発言者が記憶と思いこみと悪意だけで書き殴っているために、ガセネタ、間違い、捏造があまりにも多いのである」と書いている。特に筒井康隆氏のパクリ疑惑に関しては、そのすべてが、ネタ元とされる作品より筒井氏の執筆時期の方が先だった(唯一の例外は、本人が盗用を認めて謝罪・封印した短編「邪学法廷」だが、逆に、筒井氏を批判する2ちゃんねらーは誰もそれを読んでいないようだった)。
 その文章がまた2ちゃんねるで歪曲され、新たなパクリ冤罪事件が生まれているのだから、まったく処置なしである。
 改めて言う。2ちゃんねるは役に立たん!

  
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2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(2)

 プロになってからもいろんなデマを流されたり、本に間違ったことを書かれたりした。
 たとえば『と学会白書vol.1』(イーハトーヴ出版・1997)に、超常現象研究家の故・大田原治男氏が寄稿された「と学会に反論する」という文章である。

 と学会では、非常に高度な問題を扱った場合は、間違いが多いと言われている。と学会会長の山本弘氏は、夢で予知するなどとはトンデモない事であると、以前トンデモ本に載せたことがある。(後略)

 当時出版されていた『トンデモ本の世界』『トンデモ本の逆襲』『トンデモ超常現象99の真相』、さらに自分の小説まで読み直してみたが、僕は「夢で予知するなどとはトンデモない事である」とも、それに近いことも書いていなかった。大田原氏は僕が言ってもいないことに対して反論していたのである。
 この時は「そそっかしい人がいるなあ」という印象だった。だが、その後も続々と同じようなことを言う人が現われた。

 (前略)彼らが「トンデモ学会」という会を発足させた最初の動機は、彼らの著書によれば、「真面目な本が売れないのに精神世界の本がバカ受けに売れている。だから彼らも精神世界の範疇の本を書く」というのである。未知なる分野に対して、それを究明するために著述するのではなく、金儲けのために著述するというのである。
――楓月悠元『全宇宙の真実 来るべき時に向かって』(たま出版・1998)

 そんな「動機」はどの本にも書かれていない。

 山本氏が以前に書いた『トンデモ超常現象99の真相』(P103~104)の中で、飛鳥説によるヤハウェの公転軌道を、地球と全く同じ軌道として、だからこそ「ケプラーの法則」から見ておかしいと記載しているが、あのままでいいのか?(後略)
――飛鳥昭雄『飛鳥昭雄ロマン・サイエンスの世界』(雷韻出版・2000年)

『トンデモ超常現象99の真相』の該当ページには「ケプラーの法則」なんて言葉は出てこない。

 当然、ネット上にもこういう人間はよくいる。たとえば、検索していて偶然に見つけてしまったのが、『神は沈黙せず』のデタラメなレビュー。書かれたのは2007年らしいが、僕が気づいたのは最近である。

またストーリーの構造から言えば、結局主人公の最終到達点は「神がいようがいまいが自分には関係ない」となるのだけれど、これって中盤で主人公が批判している宗教家の考えと同じだと思うんだよね。主人公はこの宗教家に対して激しく神が実在する証拠を要求する。宗教家は終いには「神が本当に実在するかどうかは我々の宗教にとって重要ではない」と言い出す。主人公はこれを聞いて「宗教にとって神こそが何よりも重要のはずなのに、それがどうでもいいとは何事か」と唖然とする。(この辺うる覚えなのであしからず)。

中盤で出てくる宗教家も、主人公の最終到達点もどちらも「神はいてもいなくてもいい」だ。両者が同じことを言っているのに山本は気づいていないのかもしれない。山本は宗教を超常現象やオカルトという側面からしか見ていないからこういうことになる。

宗教の本質はその時代時代の社会規範や経験則の集大成であり、現代の法律や科学が担っている部分にある。オカルト的要素は味付けに過ぎないわけで、その意味で「神の実在性」もさして重要なことではないわけだ。まあ宗教家にストレートにこれを言うと激怒するが、彼らの言うことをまとめれば結局そういうこと(「神は宗教にとって本質ではない」)にならざるを得ない。言い方を変えれば、社会規範と経験則の集合体を「神」と擬人化しているのだから、大事なのは集合体の方であって、擬人化された偶像ではない。大切なのは集合体である「教え」の方であって、偶像の方は実在していようがいまいがかまわないわけだ。

ところが山本の代弁者たる主人公には、宗教家が神の実在性を”どうでもいい”などということは常軌を逸した暴言としか解釈できない。山本弘は疑似科学批判が本業(?)だから宗教をオカルト的な側面からしかみれないのは仕方ないのかもしれないが、その偏狭さが小説家としての能力にも足かせをはめてしまっている。


 はい、『神は沈黙せず』を読んだ方なら、どこがおかしいかお分かりですね。
「神が本当に実在するかどうかは我々の宗教にとって重要ではない」などと主張する宗教家なんて、この小説には出てこない!
 当然、主人公が「宗教にとって神こそが何よりも重要のはずなのに、それがどうでもいいとは何事か」とか「常軌を逸した暴言」などと思うくだりもない。そもそも主人公が宗教家に対して「激しく神が実在する証拠を要求する」場面などない。7章で主人公がオカルト信者や宗教関係者に問いかけた質問は、「神が実在するなら、どうして悪がはびこるのでしょう?」というものである。神が実在する証拠など要求していないのだ。

 ちゃんと間違いを指摘してくださっている方もいた。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080924/1222297593

 まあ、僕も小説のストーリーを誤って記憶していることはよくある。しかし、長々と書かれた『神は沈黙せず』批判の主要な論拠が、小説の中に存在しないというのは、あまりにひどいんじゃないだろうか。「この辺うる覚えなのであしからず」と書くぐらいなら、該当箇所を確認するぐらいの手間をなぜかけない?

  

2012年04月23日

山本弘をめぐるデマ(1)

 以前、こういう文章を書いたことがある。

山本弘をめぐるデマ
http://homepage3.nifty.com/hirorin/dema.htm

 これを書いたのは2004年のことで、この時点でもうずいぶんいろんなデマが流れていた。その後も様々なデマが流れた。多すぎて全部は書ききれないほどだ。

 僕が自分に関するデマに最初に遭遇したのは、1980年代なかばのアマチュア時代にまで遡る。
 僕は1977年に「スタンピード!」で『奇想天外』誌のSF新人賞で佳作になった。本来ならそれをきっかけに本格的にプロ作家としてデビューすべきだったのだが、できなかった。
 作品が認められ、「これでプロになれる」と有頂天になった反面、「次はもっといい作品を書かなければ」という強迫観念にとらわれ、ぜんぜん小説が書けなくなってしまったのである。原稿用紙を一枚書いては気に入らなくては破り、また一枚書いては破りという繰り返しで、ぜんぜん前に進めない。
『奇想天外』にはその後、確か1本だけ短編を送ったと記憶している。自分でもひどい出来だと分かっていて、当然、ボツを食らった。
 その後約10年間、僕は同人誌に年に1~2回、短編を発表する程度だった。同人誌ならさほどプレッシャーがきつくなく、書くことができたのだ。それでも執筆ペースはひどく遅かったが。
 この間、商業誌に何か原稿を送ったのは、80年代の前半、正確に何年だったかは忘れたが、『SFマガジン』の新人賞に応募して落選したことがある程度だ(ちなみに、その時に書いた話を大幅に改稿したのが、『アイの物語』に収録された「ブラックホール・ダイバー」である)。他には、『ファンロード』によく投稿してたのと、『SFマガジン』の読者投稿ページ「リーダーズ・ストーリイ」にショートショートを何度か送ったぐらい(ちなみに2回載った)。
 そうそう、『アニメック』が『ガンダム』論を募集した時に、ニュータイプをラマルキズム的新人類と位置づける架空理論「あなたもニュータイプになれる……かな?」を書いて送ったら入選したっけな(1980年12月号)。
 だが、当然、そんなものはプロになるための活動ではない。あくまでアマチュア活動である。
 この時期、僕はプロになるための活動をほとんど何もしていなかった。モラトリアムというやつである。
 1988年、『ラプラスの魔』(角川スニーカー文庫)で、ようやくデビューを果たせた。思えば長い回り道だった。

 後になって知ったのだが、80年代のSFファンダムでは「山本弘が雑誌に作品を発表できないのは、不穏当な発言をしたのでSF界から干されたからだ」というデマが流れていたのだ。
 初めて耳にした時はびっくりした。教えてくれたのは同じ同人誌『星群』に所属していた年長のSFファンである。その人は完全にそのデマを信じていた。「いや、そんなことないですけど」と否定したら、「いや、君は知らないだろうけどね……」と、わけ知り顔で説明しようとされたのには参った。
 干されてる本人が干されてることを知らないなんてことがあるか!
 そもそも、作品を送ってないのに、どうやって干されるっていうの? そんなの論理的に不可能だろう。
 他にも何人もの人から同じ話を聞かされた。関西だけではなく、関東のファンダムでも広がっていたようだ。みんなそのデマを信じていた。中には「複数の人から聞いた」という理由で信憑性を覚えている人もいた。複数の人が言ったから正確というわけでもないだろうに。
 そして当然のことながら、その中の誰も、「不穏当な発言」とは何なのか、僕がどこでそんな発言をしたのか、どこから流れてきた話なのかを言えなかった。(今なら「ソースキボンヌ」とか言うところだ)
 SFファンだからといって、思考が論理的というわけではないのである。

 まあ、当時から僕はそういうキャラとして定着していたんだろう。『星群』の合評会(会誌が出た後、必ず作品を批評する会が開かれた)で、みんなが慣れ合いで当たり障りのない感想を述べ合っている中、僕だけが他の人の作品をずけずけと批判したりしていたからだ。一度、あまりにひどい作品があったので、「何でこんなレベルの低い作品を掲載したんですか!?」と、編集長に食ってかかったこともある。
 今から思えば、そもそも同人誌に載るアマチュアの作品がそんなに傑作ぞろいのわけがないのだから、大人げない態度だったとは思うが。
 誰が最初にデマを流したのかは、もちろん確かめるすべはない。誰かが「山本ってああいうことを言うからSF界から干されたんじゃねーの」と冗談で言い出し、それがいつのまにか事実として定着したんじゃないか……という気がする。

 ちなみに『奇想天外』の新人賞でいっしょに佳作になった一人が新井素子さんである。授賞式で初めてお会いした時はまだ高校2年生で初々しく、「この子があんなすごい小説書くのか!」と驚いたものだ。
 その後、足踏みしている僕を尻目に、新井さんは『いつか猫になる日まで』『星へ行く船』『ひとめあなたに…』『グリーン・レクイエム』『二分割幽霊綺譚』などの傑作を次々に発表、たちまち人気作家となる。当時のSF界ではアイドル視されていて、ゼネプロが吾妻ひでおデザインの新井素子メタルフィギュアを出したこともあるほど(僕も買ったけど、どこかに行っちゃった。残念)。若い読者からは「素子姫」と呼ばれていて、『ファンロード』が「素子姫特集」を組んだこともある。
 僕も新井さんの作品の大ファンで、『…絶句』あたりまではほぼ全作品を読んでいた。中でも、地球最後の日々の人間模様を描いた『ひとめあなたに…』は、今でも個人的に新井さんの最高傑作だと思っている。復刻されているので、ぜひお読みいただきたい。チャイニーズスープ!

 もっとも、僕はずっと京都に住んでいて、ぜんぜん新井さんにお会いする機会などなく、遠くから片思いしているだけたった。だもんで、結婚されたと聞いた時にはショックだった……。
 てなことを書いて『ファンロード』に投稿したら、それが後で「山本弘は新井素子に告白してフラれた」というデマに発展していた(笑)。してねーよ! 授賞式の時以来、10年以上、顔を合わせてもいないから。

  

2012年03月29日

同一人物だったらしい

 前回の記事の続き。
 そう言えば1年前にもjinkinisu888というバカがいたな、というのを思い出した。

大惨事に便乗するクズども・その1
http://hirorin.otaden.jp/e162054.html

 すっかり忘れてたんだけど、あれからあいつ、何をやってるんだろう?……と、ふと思い立って検索してみた。
 そしたら……。

知人のSF作家の山本弘さんから、メールが届きました。 .
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1359139723

知人のSF作家の山本弘さんから、メールが届きました。.
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1459555439

この前発売されたSFマガジンに、作家の山本弘と新井素子の対談が載ってた。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1161638231

 うわあ、あいつ、あの後もこんなデマばらまいてやがったのか!
 それにしても『SFマガジン』にそんな対談記事なんか載ってないってのは、調べりゃすぐバレることなのにな。

 僕だけじゃなく、林真理子さんに関するひどいデマもあった。僕と林真理子さんは不倫してるんだそうだ(笑)。畑健二郎さんと同じで、お会いしたこともないですが。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1457877434

 すぐにバレる稚拙な手口。僕を「知人」「友人」と称する嘘。それに異常な反韓……どうも、renai_ginkouとjinkinisu888は同一人物らしい。
 何でrenai_ginkouが僕の名を出したのか疑問だったんだけど、jinkinisu888と同一人物なら納得できる。「在日韓国人四世」を装ったメールを送ってきて僕をひっかけようとしたのが暴露された、その逆恨みだろう。

 ところで、renai_ginkouについて「炎上マーケティングだ」と言ってる人が多いんだけど、僕は疑問に思う。
 だって、広告の入ったツイッターならともかく、Yahoo!知恵袋でデマばらまいたり、在日を装ったメールを僕に送ってきたって、一文にもならないでしょ? こいつは「単なるバカ」とストレートに解釈するのが妥当だと思うのである。
 もちろん、バカだからと言って許せるわけではない。いちばん腹が立ったのはこのくだり。

>娘はおもちゃや服をたくさん持っていき、被災地の子供たちに見せびらかすのを楽しみにしています!

>娘も、震災孤児たちの前で母親に甘えるところを見せつけたい!と言ってましたしね!^^;

 僕の悪口を言うのはまだ我慢できたが、娘まで侮辱するのは許し難い。
 真剣に名誉棄損で告訴を考えるべきかな。

【追記】
 調べてみたら、去年の4月、「山本弘」と名乗る人物が、マンガ家の水無月すうさんの掲示板を荒らし、在日認定したという事件があったらしい。これも同一人物っぽいなあ……。

  
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2012年03月21日

またデマ流されました

 読者の方から、Yahoo!知恵袋にこんなことを書いている奴がいると教えていただいた。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1483589969
漫画家の畑健二郎さんのツイッターに
「焼肉屋の宣伝はやめてください!」と意見を述べたところ・・・。
なんと「ハヤテのごとく!」のファンから大バッシングを受け、こっちのツイッターが炎上してしまい、
アカウントが凍結してしまいました!!「恋する宝石」
そのおかげでブログ「仲村みうのヌードはいかがでしょう」の方もやむなく休む羽目になりました・・・・。
やはり有名人にとって、触れてはいけないこととかってあるのですか???

補足

友人のSF作家の山本弘先生から、激励のメールをもらいました!!

「日本には言論の自由があるのだから、あなたの言ってることに問題はないと思います。
畑君は僕も知っていますが、ちょっと血の気の多い人物だと思いますよ。
在日がどうかまではわかりませんが・・・。(笑)
目が極端に釣りあがってるのは、気になっていましたが・・・どうなんでしょうね・・・・」


 大嘘です!
 僕は畑健二郎さんとお会いしたことすらありません。「畑君」なんて言うわけがない。
 もちろん、renai_ginkouなる人物は知らないし、こんなメールを送ったこともありません。
 調べみたらこいつ、自分のツイッターでも、「SF作家の山本弘さん!励ましのメールありがとうございました!」などと書いてやがった!

http://twitter.com/#!/renai_ginkou

 この事件、僕もよく知らなかったんだけど、畑氏が『ハヤテのごとく!』の中で焼肉を出したら、たったそれだけでこいつが在日認定して、食ってかかったらしい。バカだね。

ネット右翼がサンデー漫画家に突撃し炎上する騒ぎに
http://news.livedoor.com/article/detail/6372981/

 そう言えば前にも、Yahoo!知恵袋で、僕からメールを貰ったという嘘を書いてる奴がいたっけな。
 バカのうえに嘘つきってのは、もうどうしようもないな。人として終わってるよ。
 みなさん、こういう嘘つきには騙されないようにしてください。

  
タグ :デマ

2011年07月27日

スタンフォード大の科学者が地球空洞説を支持!

 ……というデマが流れている。

 時系列を逆にたどってみよう。まずはこちらの7月23日のリアルライブの記事。

地球内部にある『もう一つの地球』 再燃する『地球空洞説』
http://npn.co.jp/article/detail/60091094/
 それでは、21世紀となった現在、この説が忘れ去られてしまったのかというと、実はそうでもない。未だにこの説を研究し続けている科学者も多くいる。アメリカはスタンフォード大の物理学者によると、宇宙を創造したと言われる『ビッグバン理論』より考えられる仮説的な宇宙の数を計算した結果、惑星にはその内部にもう一つの大地、パラレルワールドを内包する可能性が高いというのだ。勿論それは、我々の住む地球にも当てはまる。

 かねてより、UFOは地下世界の住人の乗り物で、極地方に開いたワームホールより出入りしているのだ、という説があった。今回の理論は、それを裏付けているようで興味深い。
 パラレルワールドと地球空洞説は何の関係もありません!(笑)
 そもそもパラレルワールドってどういうものか分かってないだろ、この記事書いた奴。
 注目すべきは「スタンフォード大の物理学者」というだけで、名前が書かれていないこと。これだけでかなり怪しい記事だと分かる。新聞記事などからの直接の引用なら、名前が載っていないとおかしい。おそらくどこかのサイトからの孫引きだなと見当がつく。
 さかのぼって調べてみると、7月17日のカラパイアの記事が見つかった。

地球内部に隠されたパラレルワールド、もうひとつの地球が存在する可能性(米研究者)
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52026001.html
 米スタンフォード大学の物理学者によると、ビッグバンの結果として形成された仮説的な宇宙の数を計算した結果、惑星には内部に隠されたパラレルワールドが存在する可能性が高いという。それは我々の地球も例外ではなく、地球の内部には、もうひとつの隠された別の地球がある可能性があるというのだ。

 この記事からリンクされていたサイトがここ。

THE TRUTH BEHIND THE SCENES
http://thetruthbehindthescenes.wordpress.com/2011/06/07/parallel-world-hidden-inside-earth/

 めちゃくちゃ怪しいサイトだな、おい!(笑)
 問題の記事の最初の部分を読んでみると、
 It seems that scientists find more and more evidence to prove the existence of parallel worlds. Physicists at Stanford University managed to calculate the hypothetical number of universes that were formed as a result of the Big Bang. According to them, the Big Bang created 101016 universes. It is quite possible, though, that they may exist inside one another, including our planet. Therefore, there is probably another Earth hidden inside planet Earth.

 つまりスタンフォード大の科学者が宇宙の数は10の1016乗個ぐらいだと計算したのを、この記事を書いた奴が、「だったら地球の内部に宇宙があってもおかしくない」と曲解して、地球空洞説を紹介する記事の枕に使った。それをカラパイアの記者が訳す際、スタンフォード大の科学者が地球空洞説を支持しているかのように誤訳したのだ。(リアルライブの方は、カラパイアからの孫引きかもしれない)
 さらに元記事を検索してみたら、

Physicists Calculate Number of Universes in the Multiverse
http://www.physorg.com/news174921612.html

 科学者の名前はAndrei Linde と Vitaly Vanchurin。どうやって計算したのか、読んでも今ひとつよく分からないけど、たぶん宇宙のすべての粒子の取り得る状態の数を求めたんじゃないかと思う。
 案の定、本来のニュースには地球空洞説のことなんかまったく出てこない。「THE TRUTH BEHIND THE SCENES」の記事を書いた奴がつけ加えただけだ。

 あと、パラレルワールドがたった「10の1016乗個」ってえらく少ないなと思っていたら、これも間違いだった。「10の(10の16乗)乗個」以上、最大で「10の(10の(10の7乗)乗)乗個」らしい。
「10の1016乗」だと、1の後に0が1016個並ぶ。それに対して「10の(10の16乗)乗」だと、1の後に0が1京個並ぶ。「10の(10の(10の7乗)乗)乗」はさらに大きい。10の(1の後に0が1000万個並んだ数)乗である。「桁違い」なんてもんじゃない。

 それにしても、この前のエレーニン彗星の件もそうだが、こういう海外のトンデモ系サイトに載ってるヨタ話をさらに誤訳して、信憑性があるかのように広める奴って、どうにかならんもんか。
 個人ならともかく、ニュースサイトだぞ?

  

2011年07月20日

鼻血効果

 1954年4月14日から15日にかけて、アメリカのシアトルの警察署が、「自動車がたった今傷つけられた」という市民からの電話による通報を200件以上も受け取った。
 合計で3000台もの車が傷つけられていた。傷はもっぱらフロントガラスに集中しており、ぎざぎざの小さな傷が無数に付いていた。
 シアトルの市長は、この被害は警察の理解を超えていると考え、ワシントンの政府長官に訴え、長官はアイゼンハワー大統領に報告した。事件は地方紙でも報じられた。
 人々の間に流れていたうわさによれば、この傷は3月1日にビキニ諸島で行なわれた核実験の影響だとされていた。核爆発で空中に巻き上げられた放射能を帯びた土砂やサンゴの破片が降ってきて、車を傷つけているというのだ。多くの市民が車を傷つけられるのを恐れ、フロントガラスを新聞紙など覆ったり、車をガレージの中に入れたままにした。
 ワシントン大学環境調査研究所が調査に乗り出し、6月10日にその結果を発表した。問題の傷の数は、自動車の使用年数に正確に比例しており、古い車ほど傷が多かった。すなわち、つい最近になって付いたものではなく、何年も前から少しずつ付いていたのだ。専門家の報告によれば、アスファルトの細かい破片が巻き上げられ、走っている車にぶつかってできたものだという。
 多くの車が何年もの間、フロントガラスにたくさんの傷をつけたまま走り回っていた。その年の3月まで、誰もそれを気にしていなかった。
 ところがビキニの核実験の直後、誰かが自分の車のフロントガラスに傷を発見し、それを隣人に伝えた。この発見はたちまち口コミで広まり、多くの市民が自分の車のフロントガラスを調べるようになり、そこに傷を発見した。そして、それが最近になって核実験でできた傷だと思いこんで、パニックが起きたのだ。
――ジャン=ノエル・カプフェレ『うわさ もっとも古いメディア』(法政大学出版局)より要約

 こんな話を思い出したのは、3.11の後、日本で似たような例が頻発しているからである。
 たとえば、関東地方で子供が鼻血を出すようになったのは放射線被曝のせいだというデマが流れている。

 子供って鼻血を出すもんだよ!

 僕なんか子供の頃、何回鼻血出したか分かんないよ。学校でも授業中に鼻血出す奴、よくいたし。珍しくもない。
 もちろん、3.11以降に鼻血を出す子供が増えたという統計もない。
 確かに何シーベルトという単位の大量被曝なら、下血や下痢という症状が出るが、低線量被曝で鼻血が出るなんてありえない。たとえば5マイクロシーベルト/時ぐらいの線量の地域でさえ、100日間での累積線量は12ミリシーベルトぐらいにしかならないわけで、まだ人体に影響なんか出るわけがないのだ。仮に影響が出るとしたら、何年も先だ。
 放射線科医の方も明確に否定しておられる。バセドウ氏病の治療のために大量のヨウ素131を投与することはあるが、患者に鼻血が出るなんて症状は見られないという。

http://togetter.com/li/149186

 こちらは血液内科医の方による解説。やはり低線量被曝と鼻血の関連を明確に否定。

http://togetter.com/li/150517

 車のフロントガラスの傷と同じで、これまで子供が鼻血を出してもぜんぜん気にしていなかったお母さん方が、原発事故の後、「放射能のせいでは!?」と心配するようになったのだろう。

 6月24日にはアラスカでマグニチュード7.2という大きな地震があった。
 この地震の記事について書かれたmixi日記をざっと見たのだが、騒ぎ立てている人が何人もいてあきれた。「世界規模での地殻変動が起こっていることは明白」とか「地殻変動激しいな」とか「ニュージーランドの地震も含めると、太平洋全体で揺れているようです」とか……。

 マグニチュード7以上の地震は全世界で毎年平均18回起きてます。

気象庁/地震について
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq7.html

 もちろんこれは極秘情報なんかではない。世界のどこかで大地震が起きれば新聞でも報じられる。僕らはそれをしょっちゅう目にしているはずなのだ。
 試しに理科年表に載っている2001~2010年の間に世界で起きた大地震の中から、死者が出たものを抜き出してみよう。いずれも日本の新聞やテレビで報じられたはずである。あなたはいくつ覚えておられるだろうか?

2001.1.13 エルサルバドル M7.8 死者852人
2001.1.26 インド M8.0 死者20023人
2001.6.23 ペルー M8.2 死者132人
2002.3.25 アフガニスタン M6.2 死者1000人
2003.5.21 アルジェリア M6.9 死者2266人
2003.12.26 イラン M6.8 死者43200人
2004.12.26 インドネシア M8.8 死者283100人以上
2005.3.28 インドネシア M8.4 死者1303人
2005.10.8 パキスタン M7.7 死者86000人以上
2006.5.26 インドネシア M6.2 死者5749人
2007.4.1 ソロモン諸島 M7.9 死者52人
2007.8.15 ペルー M7.9 死者514人以上
2007.9.12 インドネシア M8.5 死者25人
2008.5.12 中国 M8.1 死者69227人
2009.9.29 サモア諸島 M8.1 死者192人以上
2009.9.30 インドネシア M7.1 死者1117人以上
2010.1.12 ハイチ M7.3 死者222570人
2010.2.27 チリ M8.5 死者521人以上
2010.4.13 中国 M7.0 死者2220人以上

 恥ずかしながら、僕は5つしか覚えていなかった。我ながら情けない記憶力である。
 しかも、これは死者が出た地震だけである。死者が出なかった大地震はこの何十倍もある。大地震の多くは人口過疎地帯で起きるので(地球の面積の大半は海洋と砂漠と草原と山岳地帯とジャングルなのだ)、被害はほとんどなく、記事の扱いも小さい。だからこれまで、みんな注目してこなかっただけだ。
 東日本大震災が起きたことで、地球の他の地域で起きる大地震のニュースも注目されるようになり、「地震が増えている」と錯覚する人が出てきているのだ。

 地震の前兆現象を見たという報告もいろいろある。
 僕がいちばん笑ったのは、「地震の前日の夕焼けが赤かった」というものである。

 夕焼けは赤いよ!

 他にも地震の前兆現象としては、「地震雲」とか「赤い月」とかもよく言われている。
『ニセ科学を10倍楽しむ本』や『謎解き超常現象』でも書いたが、地震雲と呼ばれるものの多くは、単なる飛行機雲である。普段から空を見ていれば、何日かに一度かは必ず目にできるものだ。
 ところが、普段、あまり空を見ない人が、たまたま飛行機雲を見てしまうと、「異常な雲だ!」と思ってしまうらしい。
 赤い月もそう。僕は夕方に仕事場から家に帰るので、毎月一度ぐらい、東から上ってくる満月を目にする。そもそも地平線近くの満月は(夕日が赤く見えるのと同じ原理で)赤っぽく見えるものなのだが、たまに血のような赤い色に染まることもある。中国から流れてくる黄砂などの、大気中の塵が増えることによるものらしい。
 これまで10回以上は真っ赤な月を見ているが、直後に大きな地震が起きたことなど一度もない。
 他にも、阪神淡路大震災の時には、やはり前兆現象として、「カラスが群れをなして飛んでいるのを見た」という報告もある。

 カラスって毎日、夕方になったら群れをなして山に帰っていくよ!

 僕はそんな光景、もう何十回も見てるけど、これも普段、カラスになんか興味のない人がたまたま目撃したら、不気味に見えるのかもしれない。

 こういう、「普段からよくあることなのに、無知や観察力不足のために、最近になって急増したと錯覚する現象」を総称して、「鼻血効果」と名づけてはどうかと思うのである。