2017年06月17日

山本弘のSF秘密基地LIVE「世界の怪獣総進撃!」

Live Wire 17.5.26(金) なんば紅鶴|山本弘のSF秘密基地LIVE#69

山本弘のSF秘密基地LIVE#69
世界の怪獣総進撃!

 怪獣は日本だけの文化じゃない!
 キング・コングほど有名ではないけども、海外にも昔からたくさんの巨大怪獣映画があったのです。ゴルゴ、レプティリカス、イーマ、リドサウルス、グワンジ、ジョー・ヤング、タランチュラ、ドラゴドン、ビヒモス、カルティキ、ウラン、クロノス、トリフィド、モノリス・モンスター……銀幕を彩ったバラエティあふれる怪獣たち。幼稚さに失笑してしまう作品もある一方で、今見ても興奮する作品もいろいろ。
 怪獣愛あふれる『MM9』シリーズ(創元SF文庫)の作者であるSF作家の山本弘が、海外特撮怪獣映画の魅力を存分に語ります。

[出演] 山本弘

[日時] 2017年6月23日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F)南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 1500円  
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

 ご予約はこちらへ。

http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=118374337

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 すみません、いろいろあって告知が遅れました。
 いつもは月末の金曜日なんですが、今月は23日の金曜日です。お間違えなく。

 確かに東宝怪獣映画も『ガメラ』シリーズも好きなんですが、海外の怪獣映画も好きなんですよ。『怪獣ゴルゴ』なんて伊福部マーチが流れないことに違和感があるような(笑)、実に本格的な大怪獣映画ですし。オブライエンの『黒い蠍』は『ガメラ大怪獣空中決戦』を思わせるところがあるし、『猿人ジョー・ヤング』なんて見せ場だらけの楽しい映画だし。
 さらに近年は、これまで幻だった日本未公開のB級映画がいろいろ日本語版ソフトが出るようになって、マニアとしては嬉しい限り。『人類危機一髪!巨大怪鳥の爪』や『世界終末の序曲』『巨大カニ怪獣の襲撃』『地の果てから来た怪物』あたりの、買ったことを後悔するトホホな作品が多い一方、『モノリスの怪物』のように低予算だけど意外に楽しめる作品があったりします。あと怪獣映画じゃないけど、『縮みゆく人間』『ドクター・サイクロプス』などの縮小人間ものも、クラシックな特撮技術が楽しめますね。

 というわけで、怪獣と特撮をたっぷり語る2時間、お楽しみください。


  
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Posted by 山本弘 at 19:17Comments(1)特撮PR映画怪獣

2017年05月19日

あなたの知らないマイナー特撮の世界RETURNS

Live Wire 17.5.26(金) なんば紅鶴|山本弘のSF秘密基地LIVE#68
あなたの知らないマイナー特撮の世界RETURNS

 2年前にやった「あなたの知らないマイナー特撮の世界」の続編。これまであまり特撮ファンから注目されてこなかった、怪獣も宇宙人も出てこない特撮映画──特に1930~50年代のクラシックなホラー映画、戦争映画、カタストロフ映画などの中から、今見ても素晴らしい特撮シーンを発掘し、再評価しようという企画です。
 大爆発!
 大地震!
 大火災!
 大洪水!
 そして海戦や空中戦!
 CGもデジタル合成もなかった時代、当時の特撮マンが努力と創意工夫によって創り上げた迫力ある映像、「特撮のオーパーツ」とも言うべき驚異の映像マジックの数々を、たっぷり堪能しましょう。

[出演] 山本弘

[日時] 2017年5月26日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F)南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 1500円  
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

 ご予約はこちらへ。
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 かなり前から『雨ぞ降る』(1939)の地震と洪水のシーンがすごいとか、『世界大洪水』(1933)のニューヨーク壊滅シーンがすごいとか言い続けてきたんですが、今回はその集大成。


 おもに戦前~1950年代あたりの、とっくに著作権が切れた映画の中から、今見てもすごいと思える特撮を探し出し、楽しもうという企画です。いやー、探してみたら知らなかった映画が次から次に見つかるんですよ。
 よほどの特撮マニアの方でも、「こんなすごい映画があったのか!?」と驚かれるであろう作品もいろいろ。お楽しみに!

  
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Posted by 山本弘 at 22:24Comments(1)特撮PR映画

2016年11月18日

『この世界の片隅に』

>「ああ、そうだ。理屈じゃ分かるんだよ。人の死を悼むべきだっていうのは。でも、無理だ。人は数字には感情移入できないものなんだ。“二七四〇”なんて数字にはな──たとえそれが人の命の数であっても。
> 大和に限ったことじゃない。東京大空襲で一〇万人が死んだとか、広島と長崎に落とされた原爆で二〇万人以上が死んだとか、ホロコーストで六〇〇万人以上のユダヤ人が死んだとか、僕らは知識としては知ってる。確かにものすごい数字だ。惨劇だ。でも、いくら大きくても、数字じゃ人の心は動かされない。人が衝撃を受けたり恐怖したり涙を流したりするのは、大量虐殺やそのデータに対してじゃない。『アンネの日記』や『はだしのゲン』や『火垂るの墓』のような、個人のミニマムな視点の物語だ」

(中略)

>「お前はノンフィクションを何よりも重視すべきだと思ってる。もちろん事実を多くの人に正しく伝えることは大切だ。でも、それだけじゃだめなんだ。事実の羅列だけじゃ、人の心は動かせない。そうだろ? 戦争の悲惨さを理解するには、史実が語っている衝撃の大きさを、胸に感情として刻みこむことが大切なんじゃないか? 犠牲者数とかのデータとしてじゃなく、感情として。
 それにはドラマが必要なんだ。心を揺さぶるドラマがな」
──『BISビブリオバトル部 幽霊なんて怖くない』より

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「反戦作品は『戦争反対!』と大声で叫ぶべきじゃない」というのが僕の持論である。
 なぜなら、戦争体験をリアルに描くだけで、十分に「反戦」になるはずだからだ。それ以上のメッセージは蛇足だ。

 戦争というと、僕らは空中戦、海戦、戦車戦などの派手な場面を思い浮かべてしまう。しかし、実際の戦争では、戦場で兵士が戦っている時間はごくわずかだ。ほとんどの時間、戦う以外のことをやっていた。塹壕を掘ったり、飯を食ったり、野戦病院で治療を受けたり、次の命令が来るのを待つ間、戦友と無駄話をしたり……。
 また、太平洋戦争の場合、戦没者の半数以上は、戦闘ではなく、飢餓や病気で死んでいたと言われている。
 そしてもちろん、戦場の兵士よりも、後方にいた非戦闘員の方がはるかに多い。彼らもまた「戦争体験者」なのだ。

 僕はリアルじゃない戦争映画──娯楽のための戦争映画はあっていいと思っている。『青島要塞爆撃命令』とか大好きだし。 もちろん『ガルパン』とかも。
 でも、そうした派手な娯楽映画のイメージで戦争を理解するのは間違いだ。武器を手に敵と戦うことは、「戦争」という巨大な現象のごくごく一部にすぎないのだから。
「戦争体験者」のほとんどが、実際に武器を手に戦った人ではなく、ごく普通の一般人なのだから。

 僕のもうひとつの持論は、
「どんなに栄養のある料理でも、不味ければ誰も食べない」
 というものだ。

 娯楽性とテーマ性(この場合は「戦争」)は、相反するものではない。それどころか、多くの人に知ってほしいシリアスなテーマが秘められている作品こそ、面白いものでなくてはならないと思う。
 作り手がどんな重いメッセージをこめていても、その作品自体が面白くなかったら意味がない。つまらなくて誰も観ないのでは、メッセージは伝わらない──当たり前のことだけど。

『この世界の片隅に』が素晴らしいのは、「面白い」ということだ。

 昭和19年、軍港の町・呉に嫁いできた18歳の女性・すずさん。絵を描くのが趣味。いつもぼーっとしていて、ドジで、危なっかしい。でも陽気で働き者。戦争の影響でしだいに生活が苦しくなっていく中で、けなげに生き続ける。
 もちろん悲惨なシーン、泣かせるシーンはあるんだけど、感動の押し売りをしてこない。笑いもあるし、ほんわかと暖かくなるシーンもある。
 この物語には、歴史上の著名な人物なんて、1人も出てこない。すずさんはただの主婦にすぎず、歴史の流れに流されてゆくだけ。英雄でも悪人でもない、どこにでもいる善良な女性の人生が、ユーモアを交えて、淡々と描かれてゆく。
 特にいいのは、軍艦の絵を描いていたら、間諜(スパイ)と間違えられて憲兵に吊し上げられるというくだり。他の作品ならシリアスな場面になるはずなのに、それをギャグにしてしまうのには恐れ入った。
 戦時中にも、ごく普通の日常は続いていた。そこには苦労もあったけれど、愛があり、笑いがあり、ささやかな幸せがあった。
 その日常が、少しずつ、少しずつ歪んでゆく。
 特に後半、運命の日──昭和20年8月6日に向けて時間が進んでゆくあたりは、もう観ながら苦しくて苦しくてしかたがなかった。

 この作品の特徴は、あくまでこの時代を生きたすずさんの視点から描かれていること。この手の作品にありがちな反戦キャラクター──後世の人間の視点から、当時の日本を批判する奴がいないこと。
 だってそんなメッセージ、必要ないから。
 何の罪もない人間のささやかな幸せが壊されることの残酷さ。それを描くだけで、十分すぎるほど強烈なメッセージだから。

 監督の片渕須直氏は、あの残酷描写満載のバイオレンス・アニメ『BLACK LAGOON』を作った人。でも、この作品では、残酷描写を封印している。
 主要登場人物の何人かは死ぬのだが(誰が死ぬかはネタバレになるので書かない)、どれも間接的に、あるいは伝聞で描かれているだけ。死の瞬間を見せない。
 そういう意味では、子連れでも安心して見に行ける映画である。
 言ってみれば、誰でも入りやすいように、間口が広く作られている。

 だが、直接描写されていなくても、十分すぎるほど残酷だ。
 たとえば原爆投下のシーン。その破壊力をストレートに描かない。呉の人たちが最初、遠くの閃光にだけ気がついて、「雷?」とかのんきなことを言っている、その怖さ。その瞬間、すでに広島では何千という人が死んでいるというのに。
 あと、映画の終わり近く、生き残ってすずさんと再会したある人物が、自分の腕を見せるシーン。作中では何の説明もないし、すずさんも意味を理解していないのだけど、観客としては何が起きたか分かってしまうわけで、衝撃で思わず胸が詰まった。
 
 大阪のテアトル梅田で鑑賞。朝一番で行ったんだけど、開館前からすでに劇場の前には行列が。僕が入った時点では空席が10席ぐらいしかなく、それもすぐに埋まって、立ち見が出ていた。観客は年配の人が多い印象だった。
 EDクレジットの最後にずらりと並ぶ3374人の名前。パイロットフィルム製作のための費用を集めるクラウドファンディングに協力した人たちだ。僕もその一人。片渕須直氏が新しい映画を作ると知り、きっと傑作に違いないと確信して協力させていただいた。それは十分すぎるほど報われた。
 スクリーンで自分の名前を探したけど、多すぎて見つけられなかった(笑)。後でパンフレット見たらちゃんと載ってました。

 上映終了後、自然に客席から拍手が起きた。僕も拍手していた。後でツイッターで見ると、他にも拍手の起きた劇場はいくつもあったらしい。
 これは拍手に値する作品だから。

 なるべく予備知識なしに、白紙で観たかったので、原作を読むのは封印してたんだけど、映画館から出て即座に隣のジュンク堂書店に行き、原作全3巻を買った。
 映画のストーリーがきわめて原作に忠実であることが分かった。ただ、リンさんがらみのエピソードがごっそり省略されていたのが残念。まあ、上映時間の関係でしかたがないんだけど(今でさえ129分あるから、これ以上長くできない)。
 そのへんは原作を読んで補完すべきだろう。メモ帳の一部が四角く切り取られてたのはそういう意味だったのか。なるほど。

追記:
 町山智浩氏による解説。ネタバレを避けつつ、注目すべきポイントを的確に指摘している。

町山智浩 『この世界の片隅に』徹底解説
http://miyearnzzlabo.com/archives/40487

 この解説読むまで、「悲しくてやりきれない」という歌にこういう背景があったことをすっかり忘れてた。いろいろ意味深だなあ。
  


Posted by 山本弘 at 20:22Comments(20)アニメ映画最近観た映画・DVD

2016年10月12日

映画『聲の形』

 公開直後に観てきました。

 これは声を大にして言いたい。「この作品は純粋にアニメ映画として評価してほしい」と。
 変な色眼鏡で観ないでほしいし、ましてや観もしないで悪評立てないでほしい。

 とにかく出来がいいんだよ!
『けいおん!』『たまこまーけっと』『中二病でも恋がしたい!』『響け! ユーフォニアム 』などを手がけてきた山田尚子の、現時点での最高到達点と呼びたい作品。
 全編、人と人の心理的距離を、画面上の距離で表現するという手法が駆使されていて感心する。観てて今この二人がどれぐらい心理的に近づいているか、あるいは離れているかが、サブリミナル的に観客に理解されるようになっているのだ。
 だから、その距離を無視して強引に接近してくる植野や永束の不快感が、ストレートな不快表現を用いることなく印象づけられる。特に、将也の自転車の荷台に乗ってくる植野! 顔も声もかわいいのに、すっごく不快なの!
 永束の場合も、悪い奴ではないんだけど、他人との正しい距離が理解できないせいでみんなから嫌われてるんだというのが、やはり説明なしでもよく分かる。つーか、こいつ、昔の自分を見るようですごく痛いんですけど(笑)。
 将也と結絃の傘越しの会話(この時点では、結絃は将也のことを許していない)とかも、傘が「心の壁」を表現している。
 あと、二人の人物が向かい合って話しているシーンでも、心がつながっていないと、一人称視点で相手の首から下しか描かない。相手の顔をまともに見ていないわけである。わざわざキャラクターの表情を描くまでもなく、心理が伝わるのだ。
 原作でも、将也が他人を拒絶している状態を、相手の顔の上に×を描いて表現していたけど、この映画でも同様に、キャラクターの心理を、台詞による説明や表情でストレートに描くんじゃなく、演出(特にレイアウト)で表現してるんである。
 なぜかというと、もちろん、主要キャラクターである硝子が言葉が不自由だから、台詞に頼ることなく心情を表現することに重点を置いているからだろう。
 個人的にすごく印象に残ったのは、硝子がベッドの上で足をばたばたさせるシーン。足しか描いてないのに、彼女の心理が伝わってきて、すごくかわいくて笑っちゃうの! 何この高等テクニック(笑)。

 他にも、「さすが京アニ」と感心するカットが多数。最初の方の、将也がただ歩くシーンの短いカットでも、「うわっ、すげっ」と驚いたし。
 何度も出てくる水中シーンなんかも、『Free!』のノウハウの蓄積を感じさせた。
 リアルな設定の作品だが、おそらく実写化したってこれほど面白くはなるまい。アニメならではの快感である。

 あと、硝子役の早見沙織さんの演技にも拍手を送りたい。難しい役なのに、よくぞこなした。かなり練習したんだろうなあ。

 無論、100点満点とは言わない。全体に話が偶然に頼りすぎているのが気になる。知っている人間と街でばったり出会うことが多いのだ。
 特に後半、将也が入院するくだり(ネタバレになるので理由は書かない)は、かなり展開に無理があって、このへんはもっと自然な展開はなかったのかなあと思ったりもする。
 でも、その後のクライマックス、学園祭のシーンが、やっぱり快感なんである。

「いじめ」や「身障者差別」を扱った物語だが、そうした限られた側面だけを見ないでほしい。どうか物語全体を見てほしい。
 小学校時代、いじめを受けていた少女と、その家族。いじめの加害者側から被害者側に転落した少年と、その家族。今もいじめを受けている者。かつて自分がやったいじめを反省していない者。いじめの自覚がない者。そんな過去があったことを知らない者……それぞれの視点で描かれる。
 どの視点が正しいか、ということはない。原作者も監督も、安直な結論を出してはいない。将也が結論めいたことを口にしたら、あっさり否定されたりする。
 現実に存在する問題に、安直な結論を出してはいけないからだ。

 個人的には、悪役である植野が罰せられていないことに、逆にリアリティを覚えた。
 彼女が何らかの罰を受けていたら、勧善懲悪の物語にはなってはいただろうが、リアルな話にはならなかっただろうから。

  


2016年10月07日

そろそろ『シン・ゴジラ』の感想を書く

 もうかなりの人が観ただろうから、ネタバレを恐れずに『シン・ゴジラ』の感想を書いてもいいかと思う。
 もっとも、主なところはすでに多くの人が指摘しているのだが……。

 まず、過去作品へのオマージュ。
『ゴジラ』(84)をはじめ、『日本の一番長い日』や『エヴァンゲリオン』、『ナウシカ』の巨神兵などとの類似については、すでに多くの人が語っているけど、意外に『ゴジラ対ヘドラ』の名を挙げる人が少ないように思った。
 だって、第一形態、第二形態、第三形態……と姿を変えて上陸してくるって、明らかにヘドラがヒントでしょ?
 だから、ゴジラがさらに進化して飛行能力を有するようになるかも……という説明で、戦慄したんである。「今度のゴジラ、飛ぶの!?」と。
 だって、蒲田くんからの劇的な変態を見せられたら、もう一段階の変態ぐらいはアリだと思っちゃうよ。まあ、大半の観客はそこまで行くとは思ってなかっただろうけど、『ゴジラ対ヘドラ』を知ってる人間にとっては、ゴジラが飛ぶというのは、冗談抜きで、十分にありえることに思えたのだ。特撮ファンだけに通じるミスディレクションかも。
 まあ、さすがに空を飛ばれたら、もう手の打ちようが何もなくなっちゃうからね。

 あと、攻撃を受けるたびにそれに反応して強くなる怪獣というと、『ウルトラマン』のザラガスが有名だけど、僕はむしろ『ウルトラマンマックス』のイフを連想した。あの「何をやっても無駄」「世界はもう終わりかもしれない」という絶望感は、『シン・ゴジラ』に通じるものがあると思う。

 僕が感心したのは、これまでの怪獣映画のどれよりも、自衛隊の兵器が正しく運用されていたこと。
 僕も『MM9-invasion-』を書いた時に、東京のど真ん中にいきなり宇宙怪獣が出現したら、自衛隊はどう対応するかを考えた。まず戦車は出せなかった。あの短時間で地上部隊は展開できないから。だから航空戦力中心。
 この映画でも、最初にゴジラに立ち向かうのはアパッチ。30ミリチェーンガンとかヘルファイア対戦車ミサイルとか70ミリロケット弾だとかを撃ちまくる。
 これまでの怪獣映画って、戦車や自衛艦が怪獣に近づきすぎてやられるシーンがよくあって、「そんなに近づいちゃだめだろ」っていつもツッコんでた。この映画ではゴジラの尻尾に叩き落とされないよう(この時点ではまだ、ビームを吐くことは分かっていない)、ヘリは十分に距離を置いて攻撃していて、「ああ、そうそう、これが正しいんだよね」とうなずいてた。
 個人的にすごく嬉しかったのは、二度目の上陸の時に登場したMLRS(多連装ロケットシステム)! 『MM9-invasion-』でも怪獣にとどめを刺すために出したけど、たぶん今の陸自の兵器の中で最強。怪獣の動きが鈍ったところで、遠距離からM31を撃ちこむというのは、まったく正しい運用だ。
 まあ、それでも倒せないのがゴジラなんだけど。

 もうひとつ、僕がこれまでの怪獣映画で、ずっと不満に感じてた点がある。
 それは人間ドラマの部分が、怪獣の大暴れするシーン(以下、便宜上、「怪獣ドラマ」と呼称する)と関係ないことが多いということ。

『地球最大の決戦』のサルノ王女暗殺計画とか。
『宇宙大怪獣ドゴラ』の宝石強盗団とか。
 それ怪獣の話と関係ないだろ! というストーリーがよくあったわけですよ。
『ガメラ対バルゴン』のニューギニアのくだりとかも、無意味に長いよね。

 怪獣ものじゃないけど、『日本沈没』(2006)の、これから死を覚悟の任務に向かおうとする草彅剛と柴咲コウのラブシーンも、むちゃくちゃ長かった。もう観てていらいらして、「お前、さっさと死んでこい!」と言いたくなるぐらい(笑)。
 だって『日本沈没』で観客が見たいのはスペクタクルでしょ? ラブシーンが見たいなら他の映画でもいくらでもあるじゃない。なんで『日本沈没』でそんなところに尺取らなくちゃいけないの。自分たちが何の映画を作ってるのか分かってないの?

 しかも日本の映画だからこれぐらいで済んでるんであって、海外の昔の怪獣映画はもっとひどい。『原始怪獣ドラゴドン』なんて、尺の大半が単なる西部劇だ(笑)。

 最初から最後までずっと怪獣を暴れさせ続けるのは、予算がかかりすぎるし、観客もダレる。だから、「人間ドラマ」で尺を埋める。そこまではいい
 でも、その埋め方がまずいと、怪獣ドラマと人間ドラマが乖離してしまう。
 とは言っても、怪獣が現われたら普通、一般人は逃げちゃうからね。「怪獣ドラマ」と「人間ドラマ」は両立させるのが難しい。
『クローバーフィールド』や『グエムル』では、怪獣がいる場所に愛する人が取り残されていて、それを助けるために一般人が怪獣に接近するという構成になっていた。でも、そんな手は何度も使えない。

『MM9』では、「怪獣対策を練るチーム」という設定にして、登場人物たちが怪獣とからむ必然性を作った。
 読んだ方ならお分かりだろうけど、『MM9』の中での気特対の日常描写は、ほんとに必要最小限。たとえば、さくらがプライベートで何やってるかなんて、まったく描かれていない。これ以上削ったらスカスカになるというところまで削ってある。
 何でかというと理由は簡単。怪獣ものの主役は怪獣だから。怪獣と関係のない日常描写は、『MM9』の本質からはずれる。 だからなるべく描かない。
 怪獣ものにおける「人間ドラマ」というのは、あくまでフレーバー、料理で言うなら隠し味のスパイスでなくてはいけない。それがなかったらつまらないけど、ありすぎると邪魔になる。

 たとえば『MM9-invasion-』のヒメと一騎のラブコメ展開にしても、ちゃんと分析していただければ、すべて、スカイツリーと雷門でのバトル、皇居でのリターンマッチを盛り上げるためのお膳立てであることが分かるはず。怪獣もののメインはあくまで怪獣の大暴れのシーンであって、「人間ドラマ」はそれに奉仕するためにあるんである。
 もちろん僕は怪獣映画に「人間ドラマ」は不要だとは思っていない。料理を美味しくするためのスパイスは必要だから。
 でも、塩を入れるべき料理に砂糖を入れるような、「スパイスの入れ間違い」は勘弁してほしい。
 あと、スパイスを料理の本命の食材だと思いこむのも勘弁してほしい。

 そのへんを誤解したのがドラマ版の『MM9』。スパイスが美味しいからといって、スパイスだけで料理を作ろうとした。そりゃあ美味しくなるわけがないよ。

『シン・ゴジラ』のいいところは、ゴジラの大暴れとその対策だけに絞りこんだこと。
「映画には人間ドラマがなくてはならない」というのは錯覚だ。いや、人間ドラマがある映画ももちろんあっていいけど、そんなもん無くていい映画もある。
 男女の愛とか、親子の愛とか、犯罪とか、社会批判とか、そんなものはこの映画に要らない。無駄な尺を取るだけだ。主役はゴジラ。それ以外の要素、つまり「人間ドラマ」はフレーバー。そう割り切って作られている。
 樋口真嗣監督は、『日本沈没』や『MM9』だけでなく、『ローレライ』や『進撃の巨人』など、同じ失敗を繰り返してきた人だ(上からの要望を断れない人だと言われてる)。今回の成功は、やはり脚本と総監督を手がけた庵野秀明氏の功績だろうと思う。

 だから「この映画には人間ドラマがない」という批判に対しては、こう開き直るべきだと思う。

「それがどうしたの? だってげんに怪獣映画として面白いでしょ?」

 あと、もうひとつ。切実なお願い。これは『シン・ゴジラ』に限ったことじゃないけど、作品に余計な意味を読み取らないでほしい。製作者が意図していなかったり、あるいはわざわざ排除した要素を、勝手につけ加えないでほしい。

シンゴジラで民衆がコールをするシーンは「ゴジラを倒せ」か「ゴジラを守れ」かどっちなのか!その真相は意外にも?
http://togetter.com/li/1033468

 ↑これなんかまさにそれ。
 庵野総監督はこの映画を、右にも左にも偏向しないように配慮して作っている。露骨なイデオロギーなんか入れたら作品がつまらなくなると分かっているからだ。
 なのに、何でわざわざ偏向した意味をつけ加えなきゃいかんのだ。
 つーか、怪獣映画をそんな観方して面白いの?
 素直に「怪獣ドラマ」を楽しめ。頼むから。
 
  


Posted by 山本弘 at 21:42Comments(17)特撮映画最近観た映画・DVD

2015年12月27日

『ガールズ&パンツァー劇場版』

[ストーリー]
 華道や茶道と並ぶ女子のたしなみとして、昔から「戦車道」が普及している世界。
 西住みほの率いる大洗女子学園戦車道チームは、全国大会で優勝。それを記念して、大洗市内では大規模なエキシビジョン・マッチが開催されていた。
 そんな時、一度は撤回されたはずの大洗女子学園廃校の話が再浮上。みほたち戦車道チームも愛する学園艦を追われ、山の上の廃校で共同生活を送ることに。
 文科省との交渉の末、大学選抜チームに勝利すれば、今度こそ廃校が撤回されることになる。大学選抜チームを率いるのは、西住流と並び称される島田流戦車道の家元の娘、天才少女・島田愛里寿。
 大洗女子学園のピンチに、聖グロリアーナ、サンダース、アンツィオ、プラウダ、黒森峰など、かつてのライバル校のチームも集結、30輌対30輌の大規模殲滅戦が開始される!

 もう3回観た。正月には4回目に行こうかと思っている。 まだ『スター・ウォーズ』行ってないのに。
 実はテレビ版はそんなにハマってたわけじゃない。DVDも買ってないし、アンツィオ校の話もまだ観てないぐらい。
 でも、この劇場版はハマった!
 思わずBGM集、買っちゃいましたよ。各校のテーマが入ってるの。「ジョニーが凱旋するとき」とか「パンツァー・リート」とか。あと、ボコの歌も(笑)。
 特にエキシビジョンでプラウダ高校の戦車が登場するシーンで流れる「カチューシャ」は、やっぱり燃える。

 でね、これは絶対、劇場で観るべき!
 戦車のエンジン音、キャタピラ音、砲撃、爆発と、その音響効果は劇場でないと堪能できない。東京の立川シネマシティでは、最高の音響設備で「センシャラウンド ファイナル」による「極上爆音上映」というのをやってるんだそうで、これは東京に行く機会があったらぜひ行ってみたい。(冬コミの期間中は無理かも。人が多いだろうから)
 特に丘の上のシーンのあの大爆発は、普通の映画館(梅田ブルク)の音響でもビビったぐらいだから、さぞすごいだろうと思う。

 とにかく戦闘シーンがいい。血沸き肉躍る。
 前半の大洗での大市街戦も、テレビ版の総決算という感じで面白かったんだけど、後半の大学選抜チームとの殲滅戦がその何倍もすごい!
 単に撃ち合うだけじゃなく、頭脳戦が面白い。特にクライマックスの廃遊園地でのバトルは、奇抜なアイデアをものすごい密度で詰めこんでいて、楽しいったらない。ジェットコースターそう使うかとか、バイキングそう使うかとか。

 大勢のキャラクターにみんなきちんと見せ場を作ってるのもいい。
 劇場版で初登場の知波単学園は、前半では圧倒的な弱さを見せつける(笑)。とにかく突撃して散るのが伝統。もちろん、旧日本陸軍を皮肉った自虐ギャグなんだけど、後半、彼女たちがそれまでの戦い方をあらためてトリッキーな戦法を使いはじめてからは、見違えたように大活躍して大学チームを翻弄する。
 他にも印象的なのは、やはり初登場の継続高校。フィンランド軍の自走砲BT-42が、フィンランド民謡「サッキヤルヴェンポルッカ」をBGMに、軽快なフットワークで駆けまわる。この曲を戦闘シーンに流すってのは意表突かれました。
 模型店では今、BT-42がよく売れてるんだそうだ。分かるなあ。この映画観たら買いたくなるわ。今回、いちばんかっこいい戦車だもの。
 あとアンツィオ学園の思いがけない活躍も楽しいし、カチューシャの「撤退するわよ!」というシーンはちょっと泣かせる。

 そうして奮戦する大洗チームをものすごい勢いで屠ってゆく天才少女・愛里寿が、これまたかっこいい。
 クライマックスはその愛里寿と西住姉妹の壮絶なバトル。このへんはもう台詞すらほとんどなくて、3台の戦車が縦横無尽に走り回り、撃ちまくる。熱くなるしかない展開。

 戦闘のない中盤のシーンも、本来ならダレ場のはずなんだけど、ここも大洗のそれぞれのキャラクターの日常をこまめに描いていて、退屈しない。

 小ネタもいろいろ。「ミフネ作戦」というのは『1941』のことだろうし、選抜チームの隠し玉のアレにしても、『プラモ狂四郎』の対シミュレーションゲーマー編のオマージュじゃないかと思える。
 ほんとに細かいことなんだけど、神社のシーンで、怒ってるカチューシャの後ろでノンナが手を合わせてるのが、個人的にすごくおかしかった。戦車で境内に踏みこみはするけど、いちおう礼儀は欠かしてない(笑)。
 ノンナといえば、ノンナ(上坂すみれ)とクラーラ(ジェーニャ)のロシア語の会話はファンサービスだよね。それにしても、「ロシア語ぺらぺらでソ連戦車マニアの日本人声優」と「日本語ぺらぺらで父親がスペツナズ中佐のロシア人声優」がいるんだから、日本のアニメ界は人材豊富だ(笑)。

 アニメファンだけじゃなく、一般の映画ファンにもおすすめしたい。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』にしびれた人なら、この映画にもしびれると思う。 冬休みにはぜひ。
 ちなみに、映画の冒頭に、設定とテレビ版のストーリーの解説があるので、初見の人でも支障はないと思う。分からない点は「特殊なカーボン」だと思っておけばいいから(笑)。

 というわけで、ガルパンはいいぞ!
  


Posted by 山本弘 at 17:42Comments(18)アニメ映画

2015年12月12日

LiveWire「死霊のクリスマス ~ホラーとゲームを語る夜 」

山本弘のSF秘密基地LIVE#53

死霊のクリスマス ~ホラーとゲームを語る夜

 今月は新作『怪奇探偵リジー&クリスタル』(角川書店)およびASIOS『「新」怪奇現象41の真相』(彩図社)出版にちなみ、怪奇特集です。作家・ゲームデザイナーの友野詳氏をゲストに迎え、若い頃から親しんできたマンガ、小説、映画、テレビドラマなどのホラー作品の魅力や、それらを創作にどう反映させているかといった裏話を語り合います。妖怪の話もいっぱい。『妖魔夜行』『クトゥルフの呼び声』『ゴーストハンター』などのホラー・ゲームの話題もいろいろ。妖怪の好きな方、ゲームの好きな方、クリスマスは怖い話で盛り上がりましょう!

[出演] 山本弘 友野詳

[日時] 2015年12月25日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F)南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] ¥1,500
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

チケットのご予約はコチラ↓
http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=96140959
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 久しぶりに友野くんにゲストに来ていただくことになりました。知る人ぞ知るホラーマニアで、聞いたこともないようなゾンビ映画を山ほど観まくっている男です。
 先日、グループSNEの忘年会で会った時に、トークのだいたいの方向性でも決めておこうと思って、「みんなが食いつく話題って何だろう? 『事件記者コルチャック』あたり?」「いや、『コルチャック』はマイナーでしょ」とか、いろいろ話したんですが、結論は出ませんでした。どんな話が受けるのか予想がつかない。『コルチャック』がマイナーだったら『悪魔の手ざわり』とか『真夜中の恐怖』とかはどうなるんだと(笑)。
『悪魔の手ざわり』はまだマニアの間では名が知られてるんですけど、『狼女の香り』とかになると、SNEの内輪でも「何それ?」とか言われたりします。いや、好きなんですけどね、どれも。
 とりあえず、先日亡くなられた水木しげる先生の話を枕に、好きなホラーマンガとか、ドラマや映画やゲームの話題を語ってゆくつもりです。お楽しみに!
  
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Posted by 山本弘 at 18:23Comments(3)オカルト特撮PR映画ゲーム

2015年10月12日

イベント「あの日テレビで見たB級SF&ホラー映画の世界」

山本弘のSF秘密基地LIVE#51
 あの日テレビで見たB級SF&ホラー映画の世界

 かつてテレビで数多くのB級映画が放映されていた時代がありました。
『火星人地球大襲撃』『恐怖の怪奇惑星』『蝿男の恐怖』『SF巨大生物の島』『妖婆・死棺の呪い』『原始怪人対未来怪人』『冷凍凶獣の惨殺』などなど、タイトルからしてわくわくさせる日本未公開作品の数々。あるいは『宇宙水爆戦』『顔のない悪魔』『タランチュラの襲撃』『人類SOS』『バーバレラ』といった50~60年代のSF映画……ビデオソフトというものがまだ普及していなかった時代のB級映画ファンは、深夜のブラウン管に食い入るように観たものです。
 今や失われてしまった「地上波B級映画」の文化。そのブームの真っ只中で育ったSF作家の山本弘が、テレビで観た名作・怪作の数々を熱く語ります。

[出演] 山本弘

[日時] 2015年10月30日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F)南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 前売り¥1,500- 当日¥2,000-
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

チケットのご予約はコチラ↓
http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=94123738

もしくは紅鶴・白鯨へメールで
namba_hakugei999@yahoo.co.jp
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 もう4年以上続けてきたトークショー。そろそろネタ切れかと思ってたら、こんなネタがありました。
 僕の世代だと、50~60年代のSF&ホラー映画って、劇場ではほとんど観たことなくて、テレビの放映で初めて観たものがほとんどなんですよね。『禁断の惑星』『月世界征服』『宇宙水爆戦』『宇宙戦争』『宇宙征服』『人類SOS』『蝿男の恐怖』あたりは有名だから、子供だった僕でもタイトルだけは知っていて、放映されると知るとテレビに齧りついて観たもんです。当時は家庭用ビデオなんかないですから、見逃すわけにいかない。
『バーバレラ』は親といっしょに観て、ちょっと気まずかったり(笑)。
 あと、今でこそ知ってるけど、当時は資料本なんかほとんどなくて、ぜんぜん聞いたこともない日本未公開作品がたくさんあったんですよ。『恐怖の怪奇惑星』『幻の惑星』『原始怪人対未来怪人』『冷凍凶獣の惨殺』『高熱怪物の恐怖』『戦慄!プルトニウム人間』あたりは、関西では深夜にいきなり放映されたんだけど、新聞のテレビ欄の下の方に載ったタイトルぐらいしか分からない。こんなタイトルならきっとSFものだろうな……と、見当をつけて観るわけです。結果は、当たりだったりはずれだったり(笑)。
 あと、この邦題ですね。『冷凍凶獣の惨殺』『妖怪巨大女』なんて、何だかさっぱり分かんないけど観なくちゃいけない気にさせられる(笑)。『恐怖の怪奇惑星』『原始怪人対未来怪人』『火星人地球大襲撃』あたりもタイトルに惹かれて観たけど、思いがけず面白い作品で、「こんなのがあったんだ!?」と興奮したものです。
 その逆に、地味なタイトルでびっくりすることも。『不思議な村』なんて、実物を見るまで、ゼナ・ヘンダースンの〈ピープル〉シリーズのドラマ化だなんて予想もしてませんでした。『顔のない悪魔』なんて、タイトルからすると殺人鬼の出てくるサスペンスかと思ったら、まさかあんなモンスターの出てくる映画だとは夢にも思わず(笑)。いや、喜んじゃいましたけどね。
『妖婆・死棺の呪い』は、「ソ連でこんな面白い映画が作られてたのか!?」と、目からウロコでした。むしろ、何であんなのが地上波で(確か土曜洋画劇場だったはず)放送されたのかが不思議です。

 でもまあ、そういうB級作品を山ほど観て育ったおかげで、今の僕があるんだろうなと思うんです。

 で、現代はというと、幻だった作品もほとんどソフト化されて、いい時代にはなったと思うんですが、反面、地上波で放映される映画は(ジブリアニメ以外は)最近の作品ばっかりになってしまって、昔の、それもB級作品なんてやらなくなった。だから過去のことを知る機会が少なくなって、新しいマニアが育たないんじゃないかと危惧しています。
 今回はそういう話をしようと思っています。「実はレプティリカスは空を飛べるんだぞ!」とか「『宇宙戦争』に出てくる全翼機はYB-49」とかいう話題に食いつく方、お待ちしてます。
  


Posted by 山本弘 at 15:08Comments(4)SF特撮PR映画

2011年10月22日

『電人ザボーガー』と『キャプテン・アメリカ』

 長いことブログを放り出していて申し訳ない。今月は前半が死ぬほど忙しかったのである。
 昨日、ちょっと時間に余裕ができたので、梅田でレトロなヒーロー映画を2本続けて見てきた。

『電人ザボーガー』は観客を選ぶ映画だなあ。僕はけっこう楽しんだけど、「何だ、これは!?」と怒る人も多そう。
 まあ、僕も意図的なギャグ(それもしょーもないやつ)が随所に入ってるのが、ちょっと嫌だった。「大男による辱め」とか「オナラでロケット噴射」とか。笑えるんじゃなく、逆に引いてしまう。ギャグが出てくるたびに現実に引き戻される感じがして、映画に没頭できないのである。
 単に監督がしょーもないギャグが好きな人なのか、それとも「真剣にやってるんじゃありませんよ。ふざけてますよ」というサインを発してるのか。後者だとしたら余計なお世話である。『ザボーガー』ってだけで最初からマジじゃないのは分かってますから(笑)。 つーか、『ザボーガー』はそのまんまやるだけで笑えるから!
 ギャグなんか入れなくても、むしろ徹底して大真面目にやった方が、心の底から笑えたと思うんだがなあ。『Gガンダム』とか『プリンセス・ナイン』みたいに。

 でも、いい場面がいろいろあるんだよ。
 アバンの後で主題歌とともに展開されるOPのアクションが、ダサいのに猛烈にかっこいいの。ダサかっこいい。「飛竜っ三っ段っ蹴りっ!」という掛け声にすごく力が入ってる。
 最終決戦に向かうためにマシーンストロングザボーガーが疾走するシーンで、子門真人版の主題歌が流れたのにも大感激。
 クライマックス、ザボーガーとブラックホークが人型→バイク→人型とめまぐるしく変形しながら戦うカットなんか、ちょ~かっこいい。
 ウォシャウスキーの『スピードレーサー』(マッハGOGOGO)とかがOKな人なら、この映画もOKのはず。
 それだけに「ギャグは要らんかったなあ」と思えるのである。

 EDでは旧作のダイジェスト映像が流れるんだけど、「ニコニコ団の恥ずかしいピンクのユニフォーム」「ブル・ガンダーのものすごく目立つ弱点」「巨大ロボの体を垂直に駆け上がるザボーガー」などのシーンが、ちゃんと原典通りだったのには、あきれるやら感心するやら。
 しかし、ブル・ガンダーとかは旧作のまんまなのに、ジャンボメカがああなるとは思ってもみなかったなあ……などと『MM9』書いた人間が言っちゃいかんか(^^;)。

『キャプテン・アメリカ』も良かった。元々、第二次世界大戦中(アメリカが参戦する前の1940年)に生まれた国粋主義的ヒーローなんだけど、その胡散臭い出自を逆手に取って、いい話に仕上げている。
 まず、キャプテン・アメリカになる前のスティーブ・ロジャースがじっくり描かれている。肉体はひ弱だけど、心優しく、正義感は人一倍の純粋な青年。「ナチを殺したいか」と問われ、「本当は人殺しなんかしたくない」と答える。その善良さこそが、超人兵士としての資質なのだと語られる。
 また、超人兵士となった直後のスティーブは、前線で戦ったりなんかしなくて、戦時国債を買うキャンペーンのキャラクターとして利用される。舞台の上でヒトラーをノックアウトしてみせたり、映画に出演したり。
 分かる人なら分かるけど、「ヒトラーをノックアウト」という絵は、1940年の『キャプテン・アメリカ』創刊号の表紙なんである。つまりこの映画では、1940年代のコミックスは、戦意高揚のために創られたフィクションとして位置づけられているのだ。
 あの派手な青いコスチュームも、元は舞台の上で着ていたもの。キャプテン・アメリカは最初、架空のキャラクターにすぎなかったわけだ。
 しかし、前線を慰問に訪れたスティーブは、戦争の現実を目にし、さらに親友が敵に囚われたことを知って、架空のキャラクターであることに嫌気が差し、本物の戦場に身を投じることを決意する。
 しかも戦う相手はナチそのものではなく、レッド・スカル率いるヒドラだ(レッド・スカルは途中でヒトラーと袂を分かつ)。ドイツ人全体を悪者にしないための配慮だろう。
 このあたりの、観客に嫌悪感を抱かせないための気配りの数々、本当に上手い。

 当然、スーパー・ヒーロー映画だから、派手なアクション・シーンもぎっしり。
 ヒドラは現代科学をも上回る超テクノロジー兵器を有している。あのハワード・スターク(トニー・スターク=アイアンマンの父親)に「どうやって動いてるのか分からない」と言わしめるほど。そのハワードも、すでに反重力装置を開発してたりするんである。この映画版では、もしかしてS.H.I.E.L.Dの空中母艦とかもハワードの技術を使ってるとかいう設定なのかな?
 しかし、ニューヨーク万博で新発明をプレゼンするハワードの言動が、息子そっくりなのには笑った。
 笑ったといえば、レッド・スカルが逃亡する際に使ったメカにも爆笑した。トリープフリューゲルだよ! すごいよ! 映像作品にトリープフリューゲルが出たのって、これが初めてじゃないか? この映画のリアリティ・レベルにぴったり合ってて、良い選択だ。
 クライマックスに登場する巨大全翼機も素敵。ホルテンのHo229やH VIIIあたりをごちゃ混ぜにした感じの、これまた「分かってる」デザインなんである。 珍兵器好きの人間には感涙もの。

『電人ザボーガー』は笑って許せる人にしかおすすめできないけど、『キャプテン・アメリカ』は万人におすすめできる。
  


Posted by 山本弘 at 20:21Comments(12)映画

2010年12月26日

『キック・アス』サイコー!

 12月18日、恒例の『映画秘宝』の2010年ベストテンの原稿締切が迫ってたもんで、テアトル梅田で観てきた。

『キック・アス』公式サイト
http://kick-ass.jp/index.html

 土曜日の11:55からの回だったんだけど、なんと満席で、立ち見が出てた。今どき客が立ち見する映画館があるとは思わなかったよ。
 ストーリーはというと――

 アメコミオタクの高校生(もちろん童貞)のデイヴは、「なぜ現実世界には悪と戦うヒーローがいないのか?」と疑問を抱き、自分がヒーローになろうと決意する。
 eベイで買った緑色のスーツを身につけ、「キック・アス」という名前を考え、夜の街のパトロールを開始するデイヴ。だが、ブルース・ウェインのように体を鍛えていない悲しさ、最初に遭遇した自動車泥棒に逆襲され、重傷を負う。
 それでも懲りないデイヴ。退院するや活動を再開。一般市民を襲っていたチンピラを撃退することに成功する。その活躍がYouTubeにアップされ、たちまちキック・アスは有名人に。
 調子に乗って、同じクラスの女の子を困らせている男をこらしめに行ったキック・アス。だが、そこはギャングのアジトだった。
 彼のピンチに颯爽と現われ、ギャングどもを皆殺しにしたのは、仮面の少女ヒット・ガール。彼女は父であるビッグ・ダディに特訓を受けた、本物のクライム・ファイターだった……。

 予告編だけ観て、ダメなヒーローを描いたぬるいコメディを想像したら大間違いである。これが実に燃える映画なのだ。
 最初のうちは本当にかっこ悪いキック・アス。何の力もないくせにスーパーヒーローに憧れるなんてアホもいいとこなんだけど、ボロボロになっても立ち上がる姿が、だんだんかっこよくなってくるのだ。最後はちゃんとヒット・ガールを助けて大活躍。
 あと、やっぱりヒット・ガールが無性にかっこいい。 11歳の女の子がコスチュームを身にまとい、銃をばりばりぶっ放し、ナイフで突き刺し、ナギナタみたいな武器で敵の脚を切断し……と、華麗なアクションを披露し、悪人たちを虐殺しまくるんである。

 何これ!? 僕のための映画!?

 いやー、楽しいなあ。ツボにはまりまくったよ。
 ヒット・ガールと父親のビッグ・ダディとの親子関係が、狂ってるけど楽しい。防弾ベストが受ける衝撃を体験させるために娘を撃つビッグ・ダディ。ヒット・ガールの方は、誕生日のプレゼントにバタフライ・ナイフを父親にねだる。ネットで新兵器を購入(売ってるのかよ、あんなもん)するシーンなんて、ほのぼのしててたまらない。
 何と言っても、全編にアメコミへの愛があふれているのがいい。ビッグ・ダディとヒット・ガールのデザインが、バットマンとロビンをイメージしているのは言うまでもないけど、ラスト・カットでは「そうそう! 『スパイダーマン』ならこう!」と嬉しくなってしまった。
 笑えるシーンもいろいろあるんだけど、中でも傑作だったのは、クライマックスでヒット・ガールが敵の大ボスの根拠地に乗りこむ時にかかるBGM。ここでこの曲かよ!

 同じ日に劇場版『仮面ライダー』も観たんだけど、そっちはどうでもいい(笑)。スーパーヒーローを愛する者なら、『ライダー』を蹴ってでも『キック・アス』を観るべし。燃えること間違いない。
  


Posted by 山本弘 at 19:41Comments(7)映画