2015年02月24日

新刊『14歳からのリスク学』

『14歳からのリスク学』


楽工社 1500円+税
発売中

プロローグ ロボットが人間の安全を守るには
 ロボット工学三原則の難点/「正しくこわがれ」の原典/幽霊はいなくても幽霊はこわい/間違ったこわがり方をやめよう/

第1章 1966年の大虐殺
 ──迷信・宗教を信じるリスク
 科学の時代によみがえった迷信/危険で無意味な風習「女性器切除」/金曜日に冷蔵庫の扉が開けられない/神社にお参りするのは合理的/など

第2章 こんにゃく入りカップゼリーの不名誉
 ──新しいものを警戒する心理
 8000万人に1人が死ぬから法規制?/餅の方がはるかに危険だった!/それでも餅が規制されない理由/など

第3章 韓国産ラーメンを食べるとがんになる?
 ──こわい名前の化学物質、その正体は
 この危険物質は何?/見出しだけしか読まない人たち/日本のかつお節は韓国では基準値違反?/大さじ2杯の塩で死ぬ/など

第4章 中国産食品、買ってはいけない?
 ──危険を大げさに煽る人々
 『買ってはいけない』ふたたび/酒の危険はどうでもいい?/恐怖を煽る週刊誌/中国食品を追放するとかえって危険?/野菜の浅漬けの危険性/など

第5章 暴走“ロリ男”は増えてない
 ──アニメやゲームに対する偏見
 前代未聞のマヌケな誘拐事件/今や男が女児向けアニメを観る時代/それでも規制しようとする人たち/誰を何から守りたいのか?/など

第6章 1000年に一度の大災害
 ──「めったに起きない」という錯覚
 「防波堤は壊してはどうか」/「1000年に1度」は宝くじの5等と同じ/小さな小惑星の方が恐ろしい/スーパーフレアの脅威/など

第7章 福島の野菜をじゃんじゃん食べよう !
 ──小さすぎるリスクを恐れる必要はない
 「山本弘は御用学者」?/プルトニウムは飲んでも安全?/人間は自然の状態でも被曝している/野菜を食べてがんを予防しよう/など

第8章 原発はこわい? こわくない?
 ──リスクの計算が困難であること
 「信じられないほどバカなミス」が原発事故を招いた/20秒立っているだけで死ぬ/原発も地球温暖化も危険/など

エピローグ あなたが戦うべき「見えない敵」
 「シューマイの皮がない」と青ざめる母/本当に子供のことを考えてる?/喫煙してもいい場合──妻の選択/など

あとがき リスクに対する正しい感覚を持とう

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 新刊です。
 本当は2012年ぐらいに出す予定だったんですが、他の仕事が忙しかったもので、僕の原稿が遅れに遅れ、今年の発売になってしまいました。
 人の感じている「不安」や「恐怖」の大きさは、実際の「危険」の大きさとは比例していない。小さすぎる危険を過剰に恐れたり、大きな危険を軽視したりする。迷信を信じたり、アニメやゲームの害を声高に唱えたり、聞き慣れない名前の化学物質や微量の放射性物質を恐れたりする一方、日常的に存在していて毎年多くの人の生命を奪っている危険に無頓着だったり、将来起こるかもしれない大きな災害に関心がなかったり……。
 この本はそうした、「人の感じている不安の大きさ」と「実際の危険の大きさ」の落差を検証し、リスクに関する考え方を見直してみようというものです。
 目次を見ると分かるように、一部はこのブログに載せた文章をベースにしています。ただし、大幅に書き直して、新しいデータをいろいろ入れています。統計もふんだんに盛りこんでいます。
 もっとも、難しい内容ではありません。なるべく多くの人に読んでいただけるよう、できるだけ平易に書きました。

 このタイトルは編集さんがつけたものです。似たようなタイトルの本はすでにあって、明らかに便乗なんですけどね(苦笑)。でも、提案されたタイトルを聞いたとたん、「あっ、確かにぴったりだ」と思ったので了承しました。
 実際、中学生でも理解できるはずですし、もちろん、大人が読んでも分かりやすい内容だと思います。
 あなたの頭の中にある「不安」「恐怖」が、本当に「危険」と釣り合っているのか、この本を読んで考えてみてください。



  


2013年07月09日

「SFのネタは科学ニュースから探そう!」報告

 遅くなりましたが、先月のSF&トンデモNIGHT#23「SFのネタは科学ニュースから探そう!」の報告を。
 今回は『日経サイエンス』の記事の中から、SFファンとして注目すべきニュース、SFのネタになりそうなニュースを探して紹介するというものでした。実はここんとこ、トークのネタが尽きてきていて、苦し紛れの企画だったりするんですが(笑)、「今回は客の入りが少ないだろうな」と覚悟してたら、意外に多くてびっくり。受けも良かったんですよ。
 過去3年分の『日経サイエンス』を持って行ったんだけど、けっこうはしょったつもりなのに、結局、半分も紹介できませんでした。『サイエンス』には面白い記事がまだまだ多いし、もちろん『サイエンス』以外の科学本もたくさんあるんで、この企画、シリーズ化できそうです。
 当日、取り上げた記事はこういうもの。重要性・話題性ではなく、「どれだけ面白いか」「SFのネタになるか」が基準。東日本大震災や原発事故関連、PM2・5、iPS細胞のニュースなんかは、みんな知ってるだろうからはずしました。

【2012年4月号】
・身体の錯覚を自由に操る科学者
・犯罪予報システム
【2012年6月号】
・宇宙100兆年の未来
・失われた大陸ララミディアの恐竜
【2012年7月号】
・平面国の量子重力
・息を止められる限界
【2012年8月号】
・特集 太陽異変
・恐怖の記憶を消す薬
【2012年9月号】
・年輪に記録された謎の放射線バースト
・特集 ヒッグス粒子
・極超新星
・パンデミックとバイオテロ
【2012年10月号】
・押し返すクッション
・特集 マイクロバイオーム 細菌に満ちた私
・南極メルトダウン
・ウソから出た大発見
・月探査レース「Xプライズ」
【2012年11月号】
・塗って作る電池
・特集 コズミックストーム
・脳丸ごとシミュレータ
【2012年12月号】
・睡眠者の殺人 意識と無意識の境界を問う
・脳で動かすパワースーツ
・100万年かければわかること
【2013年1月号】
・超長期のデータ保存媒体
・余剰次元を探る
【2013年2月号】
・特集 サイコパスの秘密
・温暖化で寒くなる冬
・雷雲からガンマ線
・もうジャンクとは呼ばせない
【2013年3月号】
・ダイヤモンドの惑星
・DNAを必要としない生命体
・血糖で動くペースメーカー
・政治家に見る反科学主義
【2013年4月号】
・「お酒で超電導」から室温超電導へ
【2013年5月号】
・隕石の衝撃 スペースガードの現在
・ナイーブな食物網
【2013年6月号】
・よみがえったウジ療法
・特集 天才脳の秘密
・覆る活性酸素悪玉説
・ロボット蜂は飛ぶ
・人類の起源 崩れる祖先像
【2013年7月号】
・今秋、天の川銀河中心に注目
・放射性物質でマグロを追跡
・Qビズム 量子力学の新解釈
・バイオニック義肢
・燃料コストの真実

 タイトルを見るだけでわくわくするけど、記事の内容もエキサイティング。

「自由に『幽体離脱』を作り出せる科学者がいて、被験者の意識をバービー人形の中に閉じこめられたと思わせることにも成功したんだよ!」
「今、太陽の黒点活動に重大な異変が起きているんだよ!」
「奈良時代に地球は謎の高エネルギー放射線バーストに見舞われたんだよ!」
「人間の体には細胞の数の10倍もの微生物が住み着いていて、その存在が脳の活動にも影響を与えているんだよ!」
「量子暗号の理論は、超常現象に興味のある科学者が唱えた『超光速通信機』の論文から生まれたんだよ!」
「2023年にはスーパーコンピュータのメモリがエクサフロップスに達して、脳を丸ごとシミュレートすることが可能になるんだよ!」
「データを3億年も保存できる記録媒体が完成したんだよ!」
「雷雲の中では反物質が生まれていて、強烈なガンマ線を発しているんだよ!」
「宇宙には地層がダイヤモンドでできた惑星があるんだよ!」
「DNAじゃなくXNAでできた人工生命体を創ろうとする研究があるんだよ!」
「恐竜を滅ぼした小惑星は、メキシコのチクシュルーブに落ちたやつじゃなく、インド沖に落ちたやつかもしれないんだよ!」
「頭に電極をつけるだけで、マッチ棒パズルの正答率が上がるんだよ!」
「ウジ虫を傷口にたからせる療法が再び注目を集めてるんだよ!」
「今年の秋、銀河中心の巨大ブラックホールに、地球の質量の2倍もあるガス雲が衝突するんだよ!」

 などなど、「な、何だってーっ!?」と叫びたくなる話ばかり。もちろん研究の中には、まだ正しいかどうか分からないものも多いんですが、SFのネタとしては使えそう。
 司会の井田さんもツッコんでたけど、意識をバービー人形の中に閉じこめるとか、犯罪の発生を事前に予測するって、フィリップ・K・ディックの世界ですよね。単語に対する反応速度を計ることでサイコパスかどうかを判定するというのも、まるでフォークト‐カンプフ検査だし。
 あと、ダイヤモンドの惑星というと、トム・ゴドウィンの「発明の母」だし、認知的脱抑制という概念はレイモンド・F・ジョーンズの「騒音レベル」そのもの。SF作家の空想に現実に追いついてきてると感じます。
 僕が『サイエンス』を読むのは、SFのネタを拾う意味もあるけど、こういう最新のニュースを常に仕入れておかないと、いつ何がひっくり返るか分からない怖さがあるから。「ジャンクDNA」なんてネタはもう使えない。活性酸素が老化を促進するという説が覆ったというのもショック。老化を防ごうと抗酸化ビタミンとかを大量に摂取したら、逆に癌で死ぬ確率が増えるんだそうです。
 あー、確か『サイバーナイト2』で、細胞内のフリーラジカルを除去して老化を遅らせるって説明、書いた気がするぞ(笑)。

 データを3億年保存できる記憶媒体というのも、目からウロコでした。やっぱり『サイバーナイト』で、超古代文明の残したメッセージがどうやって現代まで残ってることにするかで(紙や電子的記録は1万年も残らない)、さんざん悩んだ末に、超微細加工技術で硬い物質の表面に文字を彫るという手を思いついたんだけど、記事を読むと……なるほど、そういう手があったか!

『サイバーナイト』といえば銀河中心の巨大ブラックホール。20年以上前に書いた頃は、まだ質量がよく分かってなくて、太陽質量の300万倍に設定したはずなんだけど、今は430万倍ということになってるらしいです。
 それに今まさに、ガス雲が衝突しようとしている! いや、厳密に言うと銀河中心から2万6000光年ぐらい離れてるんで、2万6000年前に起きた衝突をこれから観測するわけなんですけどね。

 それにしても「幽体離脱」、体験してみたいですね。ビデオカメラとヘッドマウントディスプレイ、それに棒が2本があれば簡単にできるらしいんで、科学博物館とかで実演やってくれませんかね。

(方法の解説はこちら)↓

http://ameblo.jp/mitsulow/entry-11145594921.html
  
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Posted by 山本弘 at 16:55Comments(1)サイエンス

2012年11月09日

「地震雲」について考える(後)

 誤解しないでいただきたいのだが、僕は地震の前兆現象そのものを全否定したいとは思わない。地震についてはまだ分からないことが多すぎる。地震の直前に発生するイオンや電磁波や低周波が、雲の生成に影響を与える可能性だって、ゼロではないだろう。
 しかし、それはあくまで可能性であって、科学的に証明されたわけではない。
 そして今のところ、「地震雲」は科学とはほど遠いところにある。というのも、「地震雲」を信じている人の多くは、地震や雲について無知なのだ。

 googleで画像検索してみると分かるが、「地震雲」としてネット上にアップされている雲の多くが、明らかにただの飛行機雲波状雲放射状雲だ。
 僕は子供の頃、よく飛行機雲を眺めていた。最初は細かった飛行機雲が、時間が経つにつれて横に広がり、広い帯になるのを見てきた。前にも書いたが、今は伊丹の近くに住んでいるので、飛行機雲は頻繁に見られる。
 ところが、世の中には飛行機雲を見たことがない、あるいは見た経験が少ない人がいる。そうした人がたまに飛行機雲を見ると、「おかしな雲だ!」「地震雲ではないか」と思ってしまうらしい。

「でも、地震雲が観察されて数日以内に地震が起きたという例が多いんじゃない?」

 あなたはそう言うかもしれない。しかし、それはよく考えてみると、不思議でも何でもないのだ。
 日本各地には大勢の地震雲ウォッチャーがいて、ほとんど毎日、「地震雲」(厳密に言えば、撮影者が「地震雲ではないか」と思った雲)の写真を撮ってネットにアップしている。
 そして日本国内では、M8以上の地震が年平均0.2回、M7.0~7.9の地震が3回、M6.0~6.9の地震が17回、M5.0~5.9の地震が140回、M4.0~4.9の地震が約900回、M3.0~ 3.9の地震が約3,800回も発生している。

http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq7.html#9

 M5以上の地震に限定しても年160回。1日平均0.44回である。つまり「地震雲」が撮影されたかどうかに関係なく、ある日から数日以内に日本のどこかでM5以上の地震が発生する確率は、かなり高いのだ。
 地域を「東北」とか「関東」とかに限定すると、確率は数分の一になる。仮に北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州の8つの地域に分割し、それぞれの地域の確率がおおざっぱに日本全体の1/8だとしても、年平均20回、1日で0.055回。10日間なら0.55回。やはり半分ぐらいの確率で地震が起こることになる。
 こういうたとえで言うと分かりやすいだろうか。

「このクラスで授業中にチョークが折れたら、10日以内にクラスの誰かが病気で欠席するだろう」

 この予言が当たる確率がかなり高いことは、誰でも分かるだろう。授業中にチョークが折れることも、誰かが病気で欠席することも、しょっちゅうあるからだ。だからといって、「チョークが折れること」と「誰かが病気で欠席すること」の間に、何か因果関係があるわけではない。
 東日本大震災のような大きな地震の前に撮影された「地震雲」があるのも、やはり不思議なことではない。「地震雲」の写真は一年中、ほぼ毎日のように、日本のどこかで撮影されている。大地震がいつ起ころうと、その何日か前にその地域で撮影された「地震雲」が必ずあるはずなのだ。大地震が起きてから、「これが地震の●日前に撮影された地震雲です」と出してくることができるのである
 しかし、その逆──地震が起きる前に「地震雲」から大地震の発生を予言することは、かなり難しい。大きな地震ほど起きる確率が小さくなるからだ。前述の矢田氏のように、地震雲研究の専門家でも、大きな地震の予言ははずすことが多い。
 たとえば今年の6月25日には、北陸地震雲予知研究観測所・所長の上出孝之氏が「6月25日から7日以内に関東でM7以上震度6-7の地震が起きる」と発表したことが、日刊ゲンダイで報じられた。もちろん、そんな地震など起きなかった。

http://matome.naver.jp/odai/2134088505332049701

 上田氏は東日本大震災を予知していたと言われている。「3月1日より10日以内に東北地方に大きな地震が起こる」と警告して的中させたというのだ。しかし、規模に関しては、「あんなに大きな地震になるとは思いませんでした」と言っている。M9の地震を予言していたわけではないのだ。
 先の教室のチョークのたとえで言うなら、

「チョークが折れたのを見て、『10日以内にクラスの誰かが病気で欠席するだろう』と予言したら、病欠どころか事故で急死する子供が出てびっくりした」

 といったところだろうか。
 地震雲研究家以外の「地震雲警報」となると、さらにあてにならない。

【地震雲】東京の空がヤバイ!!!!! ヤベーのが来るぞ ━━━━!!!
http://blog.livedoor.jp/rbkyn844/archives/5521590.html

 これは今年の5月21日に起きた騒ぎである。
 えーと、すいません、どのへんがヤバイんでしょう? ありきたりの巻雲にしか見えませんが。

 10月13日には、やはり関東地方の広い範囲で、「地震雲が出た」と騒がれた。

地震雲ヤベー!
http://www.negisoku.com/archives/54212076.html
【速報】東京から千葉にかけて秋のいわし雲が綺麗 Twitterでは「地震雲」と話題
http://itaishinja.com/archives/3581964.html

 いやー、実にきれいないわし雲だわ(笑)。
 もちろん、冷静に「秋によくある雲だよ」「普通の雲にしか見えない」「こんなんしょっちゅう見てたわ」「すっかり秋ですな~」とツッコんでる人も多いのだが、「やべぇ」「気持ち悪い」「こんなのみたことないけど」と真剣に怖がってる奴もいて、頭が痛くなる。
 日本の秋の風物詩を見たことがないとは、お前らはいったい日本で何年生きてきたんだと。

 10月29日には衛星写真が騒がれた。

今日の気象衛星写真がやばすぎると話題に「時は・・・きた!」
http://togetter.com/li/398290

 前線ではよくこういう空を直線状に二分する雲が見られるんだが。僕は何回も見てるぞ。
 ちなみに29日の気圧配置はこんな感じ。

低気圧と前線抜け弱い冬型へ。来月にかけゆっくり気温低下(121029)
http://blog.livedoor.jp/kasayan77/archives/19480416.html

 このように、「地震雲警報」は頻繁に発生している。そして、頻繁にはずれている。当たったものだけが注目されているため、信憑性があるかのように思われているのだ。
 他にも、こういう現象もある。

 これは僕が今年の1月22日の午後3時、大阪で撮影したもの。昼間の空の天頂近くに虹が出ている。
 これは「環天頂アーク」という現象で、太陽の高度が32度以下の時、太陽から上方46度の位置に出現するらしい。珍しい現象だが、やはり地震とは関係がない。

 赤い月を見て「不吉だ」とか「地震の前触れじゃないか」と騒ぐ人もいる。
 僕は毎晩、午後7時頃に仕事場から帰宅するので、帰り道、東の空によく昇ってきたばかりの月を見る。血のように赤い月は、年に1回ぐらいは必ず見ている。その直後に大きな地震が起きたことは一度もない。
 赤い月を見て不安に思うのは、普段から月を見ることの少ない人だと思う。

 最後に、「地震雲」の存在を信じている方にお願いしたい。
 まず、普通の雲について学んでください。雲には放射状雲、波状雲、房状雲、蜂の巣状雲、乳房雲、尾流雲、アーチ雲、K-H波雲、消滅飛行機雲など、いろんな美しいバリエーションがあることを知ってください。また、普通の虹の他にも、彩雲、反薄明光線、ハロ、環天頂アーク、環水平アーク、タンジェントアークなど、様々な光学現象があることも知ってください。


 そして何より、普段からもっと空を見てください。そうすれば、飛行機雲や巻雲やいわし雲がちっとも珍しくないことも、赤い月がしばしば見られることも分かるはずです。
 地震雲を信じるなとは言いません。しかし、それならせめて、普通の雲とは解釈できない、明らかに異常な雲だけに注目してください。飛行機雲やいわし雲を見て「こんな雲見たことがない」などと騒ぐのは、とても恥ずかしいことです。
  
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Posted by 山本弘 at 16:22Comments(11)サイエンス

2012年11月06日

「地震雲」について考える(前)

 先月の話になるが、『週刊現代』(2012年11月3日号)にこんな記事が載った。

>本誌は警告する 不気味な地震雲も出始めた
>そろそろやってくるM7クラスの首都直下型地震
http://www.bitway.ne.jp/kodansha/wgendai/sannet/article/121022/top_04_01.html

 ……あのー、『週刊現代』さん?
 貴誌は2005年にも、地震雲などを根拠に、「関東にもうすぐ大地震が起こる!」とさんざん騒いだんですが、もうお忘れですか?


・2005年4月7日号
 福岡沖地震が警告!!「東京&名古屋」
 次にくる巨大地震

・2005年4月30日号
 南関東大地震「GWが危ない!」

・2005年6月18日号
 5・25に“予兆雲”が発生
 地震雲を追い続けてきた本誌だから書ける
 関東・東海大地震「6・18までが危険日」

・2005年7月9日号
 迫り来る東京大地震!「7月の危険日」

・2005年8月13日号
 首都“縦断ベルト地帯”が最も危険
 この夏「巨大地震」が東京を襲う!
 恐怖!「平成の関東大震災」へのカウントダウン

・2005年9月3日号
 9・11衆院選を目前に無気味な前兆現象を確認
「巨大地震が“選挙”に起こる!」

・2005年9月17日号
 雲から動植物の変化、ラジオのノイズまで前兆現象を網羅
 巨大地震「9月のXデー」

・2005年11月5日号
 東海大地震か超台風の襲来か!?
 10・30 火星大接近で「地球大異変!」

・2005年12月3日号
 南海トラフが誘発する「恐怖のM8」のシステム
「12月大地震」に備えよ

・2006年2月18日号
 豪雪が「2月大地震」を呼ぶ! 東京・仙台

 ほとんど毎月、「地震雲が出た」とか「もうじき大地震が来る」って言ってましたよねえ?
 大はずれに終わったこれらの記事は、無かったことにしてるんですか?

 今回の記事の中では、大気イオン地震予測研究所(e-PISCO)の矢田直之氏が、10月9日に中央自動車道の土岐(岐阜県)あたりで撮影されたという「地震雲」の写真について、こんなことを述べている。

>(前略)確実なことは言えませんが、私の経験に照らすと、岐阜、愛知付近でM(マグニチュード)7クラスの直下型地震が発生する危険があります。
>震源が深ければ震度5ですみますが、万が一浅ければ、M7でも震度6強の地震が愛知・岐阜エリアを襲う可能性があるのです。

> 通常、地震雲が観測されてから数週間以内に地震が発生する可能性が高い。実際、10月16日にも岐阜では珍しい地震が起きた。M2.9の小さな地震でしたが。愛知・岐阜エリアでは10月いっぱい、十分な注意が必要です」


 岐阜では地震は珍しいのだろうか? 調べてみたら、今年の8月、愛知や岐阜を震源とする有感地震(M1.9~3.4)が11回も観測されているのだが。

http://www.jma-net.go.jp/gifu/gaikyo/632_08.html

 だいたい、矢田氏は岐阜の地震を警戒しているのに、記事のタイトルが「そろそろやってくるM7クラスの首都直下型地震」というのも変な話である。

 矢田氏が10月9日に岐阜で撮影された雲が「地震雲」だと信じた理由は、阪神淡路大震災の8日前に神戸で撮影されたという「地震雲」に似ていたからである。


>「言うまでもありませんが、この地震雲が観測された8日後、阪神淡路大震災が発生しました。あの時は野島断層が動いたと言われていますが、雲の位置は震源地の真上に相当する。まさに震源地からまっすぐ立ち昇るように伸びている。

 矢田氏をはじめ、「地震雲」の存在を信じる人々はみな、この雲が「震源地からまっすぐ立ち昇るように伸びている」と言う。
 しかし、ちょっと待っていただきたい。この雲は本当に垂直なのか? 撮影者の頭上から地平線方向へと水平に伸びている飛行機雲ではないのか?
 こんな指摘をしている人もいる。


http://sky.geocities.jp/takotako_m8/tarumi.htm
>どちらの写真が先に撮られたのかは、別として・・・そう、明らかに雲は移動しているのである!これは何を意味しているのか!!??
>そう、少なくとも地下の断層・1点から、噴出しているのではない。1点から噴出しているのだから、垂直に立ち上るのであって、であれば、強風によって上端は移動するにしても、下端は同じ場所に固定されるはずである。 噴出口が移動しているとしたら、もっと幅広い扇状に広がるはずである。どうみても、地震雲と考えると不自然だ。

http://mmasamurai.blog100.fc2.com/blog-entry-793.html
>写真を見れば分かる通り,この時刻は完全に日没後であり,明石海峡大橋も淡路島も黒くシルエットになっている.しかし,くだんの雲は下端とされる部分まで陽が当たっており,美しく輝いている.このため,雲が垂直になっているのではなく,奥に向かって水平にたなびいていると考えた方が無理がない.

 まことにもっともである。
 もしこの雲が本当に明石海峡大橋の上に出ているのなら、雲の下端は橋の高さ(298.3m)よりほんの少し高いだけ、ということになる。それなら橋と同様、真っ暗に写っていなくてはならない。
 この写真は神戸の垂水港から明石海峡大橋の方向を撮影したものだという。明石海峡大橋は垂水港から見て南西にある。
 すると、雲は明石海峡の西側にあることになる。しかし、阪神淡路大震災の震源地は明石海峡の東である。つまり、どう考えても、この雲は「震源地の真上」にはないのだ。
 地上は真っ暗なのに雲にはまだ陽が当たっているということは、この雲はかなりの高空、おそらく高度10km以上にあると推測される。とすると、手前に写っている明石海峡大橋との位置関係から見て、この雲は明石海峡大橋より何十kmも向こうにないとおかしい。
 ということは、雲の西の端(画面では下端)が存在するのは四国の香川県の沖合の上空である。

(写真をクリックすると拡大します)

 この雲が飛行機雲だと考え、グーグルマップ上で垂水港から明石海峡大橋へ線を引き、それをさらに延長してみると、東の端が大阪国際空港(伊丹空港)の位置に到達することが分かる。西側に延長すると、四国の松山空港、九州の長崎空港・熊本空港・大分空港などが位置している。
 当時の時刻表は分からないが、現在でも午後5時台に何本もの旅客機がこの航路を飛んでおり、1995年当時もそのはずである。

伊丹空港フライト情報
http://osaka-airport.co.jp/timetable/

 実は我が家も伊丹空港の近くにあり、何日かに一度は、きれいな飛行機雲が見られる。
 明石海峡の上を毎日5時台に旅客機が飛んでいるのだから、垂水港から見て明石海峡大橋の上に、何日かに一度、西南西へと伸びる飛行機雲が必ず出ているはずだ。つまり阪神淡路大震災の8日前に飛行機雲が撮影されていても、何の不思議もないことになる。

 矢田氏は言う。

> 飛行機雲だと反論する人もいますが、絶対に違う。飛行機雲が高度1万mくらいのはるか上空でつくられるのに対し、地震雲は5000mくらいの高度から伸びていくのです。

 この説明は三重におかしい。
 第一に、飛行機雲は高度5000mぐらいからできるとされている。
 第二に、1枚の写真から、雲の高度が5000mだなんて、どうやって分かるのだろうか? まず神戸で撮影された写真の「地震雲」が、高度5000mであることを証明してもらわねば困る。
 第三に、この雲の高度が5000mだとすると、明石海峡大橋より何十キロも向こうの香川県沖にあることになり、逆に地震雲ではないことになってしまうのだ。

 もちろん岐阜で10月中に大きな地震は起こらず、矢田氏の予言ははずれた。
 10月9日に撮影されたという「地震雲」は、やはりただの飛行機雲だったのだろう。
  
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Posted by 山本弘 at 14:14Comments(19)サイエンス

2012年04月29日

福島産の野菜による被曝量はどれぐらい?

 それならなぜ、僕は「福島の野菜をじゃんじゃん食べよう」と書いたのか? 理由は簡単である。

1.福島の野菜は安全である。
2.福島の野菜を買うのを避けることは、被災地の人たちを苦しめることである。被災地の野菜を買うことは支援につながる。

 まず、1から説明しよう。
 この4月から、野菜に含まれるセシウム137の基準値は、それまでの1kgあたり500ベクレルから、1kgあたり100ベクレルにきびしくなった。僕はこの「1kgあたり100ベクレル」という基準はナンセンスで、500ベクレルで十分だと思っている。その理由はこれから述べる。

 まず、基準値ぎりぎりの野菜を食べ続けた場合の被曝量を計算してみよう。
 これだけニュースで報じられているのに、いまだにベクレル→シーベルトの換算ができない人が多い。「そんな難しいことは分からない」と、考えるのを放棄しているのだろうか。
 そんなことはない。単純な掛け算だから、この機会に覚えてほしい。放射性元素ごとに算出された「実効線量係数」という数値を、ベクレルに掛けるだけである。

ベクレル×実効線量係数(ミリシーベルト/ベクレル)=ミリシーベルト

 ほら、小学校高学年でもできるでしょ、こんな計算?
 現在、日本人の野菜の平均摂取量は、1日あたり280.9gだそうである。

http://www.5aday.net/data/intake/index.html

 セシウム137を経口摂取した場合の実効線量係数は、0.000013(ミリシーベルト/ベクレル)である。つまり1ベクレル摂取すると、0.000013ミリシーベルト(0.013マイクロシーベルト)被曝する。

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/13.html

 仮に1kgあたり100ベクレルの野菜を一日に280.9g、1年間食べ続けたとすると、

 100×0.2809×365=10300

 で、約1万ベクレルを摂取することになる。これによる被曝量は

 10300×0.013=130

 130マイクロシーベルト、つまり0.13ミリシーベルトである。1年中ずっと食べ続けても、1ミリシーベルトに達しないのだ。(幼児の場合の実効線量係数は大人よりやや高いが、幼児は野菜を食べる量も少ないので、被曝量も少ない)

 しかもこれは、規制値ぎりぎりの野菜を1年中食べ続けるという、現実にはとうていありえない仮定を元にしている。スーパーに行けば日本全国の野菜、さらには海外からの輸入野菜も並んでいる。たまたま手にした野菜が福島産である確率は数十分の一にすぎない。また、福島産の野菜の放射線量がすべて基準値ぎりぎりということもありえない。そのほとんどは、基準値の何分の一、何十分の一という量のはずである。
 そう考えると、福島産の野菜によって被曝する量は、130マイクロシーベルトよりずっと少なく、せいぜい年間数マイクロシーベルト程度の量であると推測できる。その被曝の影響など、まったく考える必要はない。

「でも、もしかしたら検査をすりぬけて、基準値より高い野菜が市場に出回ってしまうこともあるのでは?」

 そう危惧する人もおられるかもしれない。心配ご無用。
 まず、基準値を大幅に上回る野菜が収穫されること自体が少ないことだし、さらにそれが検査をすり抜けて出荷され、あなたの口に入る確率はきわめて小さい。
 たとえそうした基準値オーバーの野菜を食べても、一回ぐらいなら何の影響もない。
 1回の食事で口にする野菜は100g前後だろう。仮にそれが基準値の10倍、1kgあたり1000ベクレルのセシウム137を含んでいたとすると、体内に入る量は100ベクレル。
 その被曝量は、わずか1.3マイクロシーベルト。

「それでも不安だ! 1ベクレルの放射性物質も口に入れたくない!」

 そうヒステリックにわめく方もおられるかもしれない。だが、それは不可能なのだ。放射性物質は自然界にも存在していて、僕らは常にそれを食べているのだから。
 たとえばカリウム40という放射性元素がある。これは天然カリウムの中に0.0117 %の割合で存在している。そしてカリウムは生物にとっての必須元素であるため、カリウム40はほとんどすべての食品に含まれている。
 カリウム1gには30.4ベクレルのカリウム40が含まれている。つまり食品中に含まれるカリウムの量が分かれば、そこからカリウム40による被曝量も導ける。

栄養素別食品一覧/カリウム
http://www.eiyoukeisan.com/calorie/nut_list/kalium.html

 このリストは食品100gあたりのカリウムの量をmg単位で表わしたもの。たとえば、とろろ昆布1kgには、48000mg(48g)のカリウムが含まれていることになる。だからこの表の数字に0.304を掛ければ、1kgあたりのベクレルが換算できる。
 特にカリウム40の多い食品をいくつか挙げよう。

ほうれん草(生) 210ベクレル
するめ 330ベクレル
ビーフジャーキー 230ベクレル
こんぶ(乾) 1600ベクレル
わかめ(素干し) 1600ベクレル
とろろ昆布 1500ベクレル
だいず(乾) 580ベクレル
あずき(乾) 460ベクレル
納豆 200ベクレル
煮干し 360ベクレル
ピスタチオ 290ベクレル
干ししいたけ(乾) 640ベクレル
マッシュポテト(乾) 360ベクレル
フライドポテト 200ベクレル
脱脂粉乳(粉)  550ベクレル

 他にもたくさんの食品に1kgあたり100ベクレル以上のカリウム40が含まれている。生きている限り、これを避けることはできない。
 ちなみに、カリウム40を経口摂取した場合の実効線量係数は、セシウム137の約半分。つまり「カリウム40の200ベクレルは、セシウム137の100ベクレルに相当する」と考えてよい。
 もっと分かりやすく言えば、1kgあたり100ベクレルのセシウム137を含む野菜を食べた場合の被曝量は、同じ重量の納豆やフライドポテトを食べた場合の被曝量と、ほぼ同じなのである。
 4月9日、千葉県白井市で、露地栽培された原木シイタケから、基準値を超える1kgあたり740ベクレルの放射性セシウムが検出された。
 仮にこのシイタケを100g食べて、74ベクレルのセシウム137が体内に入ったとすると、それによる被曝量は0.96マイクロシーベルト。とろろ昆布を100g食べたのと同じぐらいである。(とろろ昆布には1kgあたり1500ベクレルのカリウム40が含まれている)

 だから僕は、「1kgあたり100ベクレル」という新基準をナンセンスだと思っている。この被曝量をカリウム40に当てはめたら、納豆もフライドポテトもするめも煮干しも食べてはいけないことになってしまうのだ。(1kgあたり500ベクレルという基準でも、とろろ昆布はオーバーしてしまうのだが)
 実におかしな話である。この基準を定めた人は、「人工の放射能は自然の放射能よりはるかに危険」とでも思っているのだろうか。

「カリウムを摂取すると被曝するのか。だったらカリウムの入った食品は避けた方がいい」

 そう誤解される方がおられるかもしれないので、事前に警告しておく。それは大変に危険な考えである。カリウムは健康にとって重要なのだ。

http://vitamine.jp/minera/kari.html

 人体は常にカリウムを排出しているが、同時に食物からカリウムを摂取しているため、体内のカリウムの量はほぼ一定に保たれている。カリウムが足りなくなると、低カリウム血症になり、脱力感、無表情、無関心、無気力、うとうと状態、筋力低下、食欲不振、吐き気、いらだち、非合理的行動、重度では筋肉麻痺、横隔膜の不動と血圧低下由来の呼吸不全といった症状が出る。

http://vitamine.jp/minera/kari03.html

 つまりカリウムを毎日摂取することによって健康が保たれているのだ。地球上の生物は、カリウムを利用する体に進化してきた。カリウムなしで人間は生きられない。
 成人の体内には、およそ4000ベクレルのカリウム40が常に存在している。これによって、生殖腺に対して年間180マイクロシーベルト、骨に対して年間140マイクロシーベルト被曝していると言われている。
 当然、人によってカリウムの摂取量は違うから、被曝量にも何パーセントかの個人差があるはずである。普段からほうれん草や納豆や昆布やわかめをたくさん食べている人は、平均的な人より被曝量は何マイクロシーベルトか多いだろう。
 だから被曝量が数マイクロシーベルト増えたところで、それは個人差の範囲内ということである。そんなもので何か影響が出るわけがない。
 カリウム40以外にも、自然界には炭素14という放射性元素もある。炭素は生命を構成する基本元素なので、炭素14もあらゆる食品中に存在する。
 たとえば、でんぷん1kgの中には440gの炭素が含まれている。炭素1gあたり0.23ベクレルの炭素14が含まれているから、でんぷん1kgには約100ベクレルの炭素14が含まれていることになる。
 ちなみに、大気圏内核実験が行なわれていた1960年代には、その影響で炭素14の比率も高くなり、一時期、核実験開始前の約2倍、炭素1gあたり0.45ベクレルに達したそうである。こわいね、核実験。
 成人の体内には約16kgの炭素があるので、約3700ベクレルの炭素14が常に存在していることになる。
 炭素14の実効線量係数はセシウム137の20分の1以下なので、影響も小さい。それでも骨格組織に年間24マイクロシーベルト、生殖腺組織に年間50マイクロシーベルト被曝しているという。

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/3.html

 これが人間の自然の状態なのだ。 

 それでもなお、「1マイクロシーベルトでも被曝量が増えるのは不安だ」という人には、こんなデータも紹介しておこう。日本の県別自然放射線量である。

http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/991115ken.htm

 見ての通り、もともと県によって放射線量には差がある。全国平均は年間990マイクロシーベルトだが、岐阜県では1190マイクロシーベルト、神奈川県では810マイクロシーベルトと、最大と最小で380マイクロシーベルトもの開きがある。
 先に、セシウム137が1kgあたり100ベクレル含まれる野菜を1年間食べ続けると130マイクロシーベルト被曝すると書いたが、これがどれぐらいの被曝量の増加かというと、京都(1030マイクロシーベルト)から隣の滋賀(1160マイクロシーベルト)に引っ越すぐらいなのである。
「滋賀に引っ越したら年間被曝量が130マイクロシーベルトも増加する! こわい!」と思う京都人はあまりいないと思う。

 どれぐらいの被曝量から危険になるかは一概には言えないが、年間数百マイクロシーベルト程度の増加なら、まず心配することはないのだ。
 繰り返すが、基準値ギリギリの野菜を一年間食べ続けても、被曝量は130マイクロシーベルトである。
 だから福島産の野菜を怖がる必要はない。
  


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2011年10月30日

ラジウムだってこわいんだ

 少し前、東京都世田谷区弦巻の民家の床下から、ラジウムの瓶が発見されたというニュースが流れた。
 最初、近くの路上で異常に高い放射線値が検出された際、多くの専門家は「原発から飛散したものではない」と直感したらしい。いくらホットスポットとかいっても、空から降ってきたものが狭い地域でそんなに高濃度に濃縮されるわけがないからだ。
 実際、調べてみたら、ラジウムの入った古い瓶(夜光塗料らしい)が見つかった。
 また、世田谷区八幡山のスーパーの敷地でも、最大で毎時170マイクロシーベルトという線量が計測され、これも何か放射性物質が埋まっているのだろうと推測されている。
 ところで、このニュースについて書かれたmixi日記をざっと見てみると、おかしなことを書いている人が多いことに気がついた。
 まず、陰謀論を唱えている人たち。
「嘘つけー」「情報操作の為に”誰か”が意図的に行った事の様に思うのは私だけ?」「そんなもんが床下に埋まってるわけがない!」「果してそんなに都合よくラジウムなんて物質が出てくるだろうかね?」「誰かが筋書きを書いたものかも?」「茶番劇とはまさにこういうのを言う」「瓶とか政府が置いたんじゃないの?」「こんなの政府側やマスコミ側のやらせとしか思えないんだけど」「これ信じろといわれても信じれないだろ」「でっちあげすぐるだろ」「また政府と東電が捏造」「これを信用しろと?」「ホットスポットの大半はこんなやり方で捏造されたのかもね」「どう考えてもウソかマッチポンプ全開ですね」「自作自演なんじゃないか(笑)」「んな訳ねぇ~だろ」……などなど。
 僕が650件の日記を調べた限りでは、うち28件、約4%が、ラジウム発見のニュースを嘘だと決めつけたり、嘘ではないかと疑っているものだった。
 その意図については、政府やマスコミによる隠蔽工作(本当は原発から洩れた放射能なのに、ラジウムだと嘘を言っている)だと思ってる人が多かったが、反原発派の自作自演(放射能の危険を煽るためにわざとラジウムをばらまいている)と解釈してる人も何人かいた。
 どっちしても、「そんなわけねーだろ!」と全力でツッコミたくなってしまうが。
 ツイッターでも、同様のことをほざいている人が何人もいるようだ。

“世田谷のラジウムは東電の陰謀!”なまとめ
http://togetter.com/li/200257

 他にも、多かったのがこういうパターンの意見。

・ラジウムなんかがそこらにあるわけがない。

 数十年前まで、ラジウムは時計の文字盤などに塗る夜光塗料として広く使われていた。僕の家にも、子供の頃、暗い所で文字盤が光る時計があったが、あれもラジウムだったのだろうと思う。
 おそらく、使われなくなった夜光塗料が、日本のあちこちに放置されているのではないだろうか。今までは、わざわざ街の中で放射線を計測しようという人がいなかったため、問題にならなかったのだろう。

・これはテロだ!

 何者かが無差別殺人の目的でラジウムを置いたのだという、これも一種の陰謀説。気が長いうえに効果の薄いテロだなあ。

・ラジウムはアルファ線を出すが、アルファ線は紙一枚で止められるはずだから検知できるはずがない。だからラジウムではありえない。

 科学知識が中途半端にあると、こういう誤解をする。
 確かにラジウム226はアルファ崩壊だが、それが最終的に鉛206となって安定するまでの間に、おもに次のような崩壊系列をたどるのである。

(⇒はアルファ崩壊 →はベータ崩壊)
ラジウム226(半減期1600年)⇒ラドン222(半減期3.8日)⇒ポロニウム218(半減期3.1分)⇒鉛214(半減期27分)→ビスマス214(半減期20分)→ポロニウム214(半減期160マイクロ秒)⇒鉛210(半減期22年)→ビスマス210(半減期5日)→ポロニウム210(半減期140日)⇒鉛206

 このように、ラジウムから生まれる放射性同位元素は、アルファ崩壊もしているしベータ崩壊もしている。もちろんガンマ線も出している。アルファ線は瓶で遮られても、それらは洩れ出してくるのだ。また、瓶にひびが入っていたり、蓋がゆるんでいたりしたら、ラドンがガスとなって洩れていた可能性もある。

・この家に50年も住んでいた女性が死んでいないというとは、放射線が安全であることが立証されたことになる。

 いや、年に30ミリシーベルトぐらいの被曝量だと、1年間にがんで死ぬ確率が0.1%増えるかどうかってところなんですが。 (771さんの指摘を受けて訂正いたしました)
 つーか、たった1例をサンプルとして論じられてもなあ。
 もしこの人ががんで亡くなってたら(高齢者だから、放射線に関係なく、がんで死ぬ可能性は高いのだが)「放射線は危険だ」ってことになるんですか?

 僕がいちばん気になったのは、こういう意見である。

・原発から出た放射能じゃないと分かってほっとした。

 いやいやいやwwwwww
 ほっとするなよ。「原発から出たセシウムなら危険だけどラジウムなら安全」なんてことはないから!
 よく誤解している人がいるが、シーベルトというのは放射線の絶対的な量の単位ではなく、人体に与える影響を表わす単位である。たとえば「毎時100マイクロシーベルト」と言ったら、それがセシウムから出たものだろうがラジウムから出たものだろうが、はたまたプルトニウムから出たものだろうが、人体に及ぼす影響は同じなのだ。
 ラジウムの場合、危険なのは外部被曝ではなく内部被曝である。そこで、内部被曝の影響がどれぐらいなのか、他の物質と比較してみよう。
 よくニュースで「ベクレル」という単位が出てくるが、これは放射性元素が1秒間にどれだけ崩壊するかを示すものである。しかし、放射線の種類と強さ、その物質が体内にどれぐらい蓄積するかによって、同じベクレルでも生体に与える影響(シーベルト)はまったく違う。
 その違いを表わしたのが「実効線量係数」という数値である。ベクレルに実効線量係数を掛けるとシーベルトが求められる。これはとても簡単な計算なので、覚えておいた方がいい。
 放射性元素に関するデータは、原子力資料情報室というサイト(ちなみに反原発系のサイトである)のものが分かりやすくまとまっているので、いつも参考にさせていただいている。

原子力資料情報室/放射能ミニ知識
http://www.cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/1.html

 さて、実効線量係数そのままだと、直感的に分かりにくいので、仮に100万ベクレルを摂取したとして、いろいろな放射性元素の内部被曝の影響を比較してみた。(なお、100万ベクレルというのは、よほど高濃度の汚染地域でないと摂取しない量であることをお断りしておく)

●炭素14
吸入摂取 0.0065ミリシーベルト
経口摂取 0.58ミリシーベルト

●カリウム40
吸入摂取 3.0ミリシーベルト
経口摂取 6.2ミリシーベルト

●セシウム134
吸入摂取 9.6ミリシーベルト
経口摂取 19ミリシーベルト

●セシウム137
吸入摂取 6.7ミリシーベルト
経口摂取 13ミリシーベルト

●ラドン222
吸入摂取 6.5ミリシーベルト
(気体なので経口摂取はない)

●ラジウム226
吸入摂取 2200ミリシーベルト
経口摂取 280ミリシーベルト

●プルトニウム238(不溶性の酸化物の場合)
吸入摂取 11000ミリシーベルト
経口摂取 8.8ミリシーベルト

●プルトニウム239(不溶性の酸化物の場合)
吸入摂取 8300ミリシーベルト
経口摂取 9.0ミリシーベルト

(いずれも100万ベクレル摂取した場合の被曝量)

 ご覧の通りだ。同じ100万ベクレルでも、ラジウムによる被曝量は、セシウムより桁違いに高い!
 プルトニウムと比較すると、吸入摂取ではプルトニウムの被曝量の方が大きいが、経口摂取ではラジウムの方がずっと大きい。プルトニウムが生体に必要のない元素であるのに対し、ラジウムはマグネシウムやカルシウムと同じアルカリ土類元素なので、間違って生体に吸収されてしまうかららしい。
 セシウムなどと比べて影響が大きいのは、アルファ線を出すからである。先にも書いたように、アルファ線は紙一枚で防げるから、外部から当たっても皮膚の表面で止まってしまう。ところが体内に入ると内側から被曝するから危険なのである。
 ラドン222もアルファ崩壊だが、これは気体なので、吸いこんでも肺からすぐに出ていってしまうので、影響は小さいらしい。ラジウムやプルトニウムは、細かい粉末を吸いこむと、それが肺の内側に付着するから、そこで放射線を出し続ける。
 ものすごく大雑把に要約すると、ラジウムはプルトニウムと同じぐらい危険な物質と言えるだろう。
 実際、ラジウムのせいで、これまでに多くの人が犠牲になっている。昔、アメリカでは、時計などに夜光塗料を塗るダイヤルペインターと呼ばれる職業の女性がいた。彼女たちの中には、筆の先を尖らすために舐める者がいた。そのため、塗料に含まれるラジウムが体内に入り、主として骨に蓄積して、多くの人ががんで亡くなった。

ATOMICA/夜光塗料による放射線がんの発生
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-03-01-10

 また、近年の日本では、トルマリンだのゲルマニウムだのマイナス・イオンだのがブームになったが、アメリカでも1920年代、ラジウムのブームがあった。ラジウムの放射線によって健康になると信じられ、ラジウム水やラジウム内服薬、ラジウム歯磨き、ラジウムチョコレート、ラジウムサポーター、はてはラジウム座薬なんてものまで売られていたという。
 今から思えば、何とも恐ろしい話だが、これもやはり死者が出ているそうな。

六城ラヂウムBlog
http://www.rokujo-radium.com/blog/index.php?entry=entry080519-110033
http://www.rokujo-radium.com/blog/index.php?entry=entry110929-004530

 だからセシウムやプルトニウムをこわがる人たちが、ラジウムをあまりこわがらないというのが、僕には不思議なのである。純粋に人体に及ぼす危険性だけ考えたなら、「民家の床下からラジウムが発見された」というニュースを聞いたら、「民家の床下からプルトニウムが発見された」というのと同じぐらいこわがらないとおかしいのだ。ましてや、セシウムよりはるかにこわがるべきではないのか。
 どうもこういう感覚の根底にあるのは、「人工のものは危険、自然のものは安全」という神話なんじゃないかという気がする。ラジウムやラドンは天然に存在する元素で、昔からラジウム温泉やラドン温泉として親しまれている。だから人間が作ったプルトニウムより害が少ないと思われているのかもしれない。
 言うまでもないが、危険性を論じるのに、「人工か自然か」なんて関係ない。問題は毒性の強さと量である。

 不安を煽らないように言っておくと、ラジウムも大量に体内に入れない限り、まず害はない。夜光塗料を塗った時計が家の中にあっても、何の心配もない。(夜光塗料を削って食べるとかいうバカなことをしない限りは)
 実際、ラジウム健康グッズは今の日本でも普通に売られている。迷惑がかかるかもしれないのにリンクは避けるが、興味がおありの方は「ラジウムシート」「ラジウムボール」などといった言葉で検索してみてほしい。実にたくさんのラジウム商品が見つかるはずだ。
 もちろんこれらは、かつてのラジウム健康グッズと違い、体内に入れるものではない。外から放射線を浴びるだけだし、被曝量も少ない。(もっとも、健康にいいかどうかはきわめて怪しい。少なくとも僕はおすすめしない)
 たとえば、毎時7.5マイクロシーベルトのラジウムシートというのが売られているのだが、このシートの上で1日8時間寝ても、被曝量は年間20ミリシーベルトぐらいにしかならない。ラジウムの瓶の上で寝起きしていた世田谷の女性の場合、年間30ミリシーベルトほど被曝していたとされているから、市販のラジウム健康グッズより少し多い程度なのだ。
 世界には自然放射線が10ミリシーベルトぐらいある地域がいくつもあるが、その地域の住民にがんの増加は認められていない。だから、その2~3倍ぐらい浴びたところで、そう簡単に死にはしない。

 ただ、注意しなくてはいけないのは、「がんの増加は認められない」というのは、「がんが増加していない」と同義ではないということだ。
 日本国内でも、都道府県によってがんによる死亡率は何%も異なる。同じ県内でも、年ごとに何%も上下する。
 つまり、仮に年間20~30ミリシーベルトの放射線のせいで0.1%ぐらい死亡率が増加したとしても、それは統計では立証できない。その程度の増加は、統計のゆらぎの中にまぎれてしまうのだ。
 低線量被曝の影響がよく分からなくて、議論の的になっているのは、そのためなのだ。統計から被曝の影響を見出すことはできない。だから「これぐらいの被曝量ならこれぐらいリスクが上がるはず」という理論的な類推しかできないのだ。
 つまり「確かなことは分からない」としか言いようがないのである。

 これを聞いて「影響があるかどうか分からないのはこわい」と思うか、「なんだ、統計に出ないほど小さな害しかないのか」と思うかは、あなたの自由である。
 僕としては、0.1%程度のリスクの増加を恐れるより、他にもいくつもある、がんのリスクを増加させる要因(喫煙、飲酒、肥満、運動不足、野菜不足、塩分の取りすぎなど)を警戒する方が、はるかに合理的で有益だと思うのだが。
  


Posted by 山本弘 at 19:18Comments(37)サイエンス

2011年10月02日

「光より速いニュートリノ」をめぐる誤解・3

  実際に来た質問や、来ることが予想される質問に、まとめてお答えします。

「ニュートリノは本当に超光速粒子だと思いますか?」

 だったら面白いなあ、とは思いますが、実際にはまあ無理じゃないかな~と(笑)。

「どうやってニュートリノが光より速いと分かったのですか? 光とニュートリノを競走させたのですか?」

 今回のOPERA実験では、ニュートリノはイタリアのグランサッソからスイスのCERNまで、730kmも地中を貫通して飛ばしています(ニュートリノはきわめて透過力の大きい粒子で、地球など楽々と通り抜けます)。同じ距離を光を直線で飛ばそうとしたら、730kmのトンネルを掘らなくてはいけませんが、そんなことは不可能です。
 実際は2点間の正確な距離をGPSで求めて、光が2点間を進む時間を計算したのだそうです。 ニュートリノがその距離を飛ぶのに要した時間が、それよりもほんのちょっと速かったということらしいです。
 具体的に言うと、光速で飛んできた場合より、60.7±6.9(統計誤差)±7.4(系統誤差)ナノ秒早かったそうです。(1ナノ秒は10億分の1秒です)
 これはニュートリノが光より10万分の2.5ほど速い(光速の1.000025倍)ことを意味します。

「1回や2回の測定では誤差ということもあるのでは?」

 3年間の1万5000回の反応を分析して得られたデータだそうです。

「GPSの測定ミスなのでは?」

 世界各国から頭のいい物理学者が大勢集まってやっている実験なので、そうした単純な原因によるミスならすぐに見つかっているはずです。

「ミスだとしたら原因は何?」

 分かりません。
 ネット上ではミスの原因をあれこれ推測している人がいるようですが、素人がすぐに思いつくような原因なら、とっくに専門家も気がついているはずです。つまり、ミスがあるとしたら、科学者にも容易には分からないし、ましてや素人には想像もつかないような原因であるはずです。
 だから僕は原因の推理はしないことにしています。それは科学者にまかせるべきでしょう。

「科学者は今回の発表をどう受け止めているの?」

 おおむね懐疑的なようです。
 ただ、早くも、ニュートリノが光より速い理由を説明する理論を発表している科学者も、何人もいるそうです。
 たとえば、ニュートリノはこの4次元時空の外側の5次元空間をショートカットしてくるんだ、という理論もあるそうです。
 SF作家としては思わず「超空間航法かよ!?」とツッコミを入れてしまいましたけどね(笑)。

「タキオンが光速に近づくとエネルギーが大きくなるというのが分かりません」

 この公式をもう一度見てください。

 仮に静止質量をiと置いて計算してみると、

v=cの時 m=∞
v=2cの時 m=0.577
v=3cの時 m=0.353
v=4cの時 m=0.258
v=5cの時 m=0.204
v=∞の時 m=0

 というように、速度が上がるほど質量(エネルギー)が小さくなることが分かります。タキオンはブレーキをかけようとするとかえって加速してしまうのです。
 逆にタキオンを減速させて光速に近づけようとしたらエネルギーが必要です。

「超新星からのニュートリノが4年早く届いているはずだというけど、16万光年で4年ぐらいの誤差は当たり前じゃないのか?」

 超新星1987Aの爆発に最初に気づいたのは、南米チリのラスカンパナス天文台に勤めていたイアン・シェルトンです。2月24日に大マゼラン星雲の写真を撮ったところ、前日の写真にはない星が出現していることに気がついたのです。
 そのニュースが流れてから、超新星爆発ならニュートリノが出ているはずだというので調べられたところ、23日7時35分35秒に、岐阜県のカミオカンデが11個のニュートリノの反応をとらえていることが判明したのです。
 つまり、超新星からのニュートリノは、爆発の光とほぼ同時に地球に届いていたことになります。
(実際は星の中心核で起きた爆発の衝撃波が表面まで及ぶのに何時間もかかるのに対し、ニュートリノはほぼ光速で恒星内部をすり抜けてくるので、ニュートリノが飛び出してきて何時間かしてから明るくなりはじめたはずです)
 もしニュートリノが光より10万分の2.5も速いのなら、爆発の光が届く何年も前に地球に届いていたはずです。

「もしニュートリノが超光速なら、タイムマシンはできますか?」

 人間が乗ってタイムトラベルする機械を想像しておられるなら、それは無理です。
 人間は普通の物質でできている以上、光速を超えられないし、過去には戻れません。

「ワープ航法はできますか?」

 上と同じ理由で無理でしょう。

「じゃあ、超光速粒子なんてあっても役に立たないの?」

 いいえ、もしタキオンというものがあるなら、それを送ることで過去にメッセージを伝えることぐらいなら、もしかしたらできるかもしれません。
 大事故や大災害に関する情報を過去に送って、惨事を回避することもできるでしょう。
 まあ、現代の科学ではまだとうてい無理ですけどね。

「SFのネタになりませんか?」

 とっくになってます。
 理論物理学者でもあるSF作家グレゴリー・ベンフォードが1980年に書いた『タイムスケープ』(早川書房)です。環境汚染によって滅亡の危機に瀕している未来世界(といっても1998年なんですが……)の科学者が、タキオンによる警告メッセージを1963年に送って、歴史を変えるというストーリーです。

『タイムスケープ』解説
http://www.asahi-net.or.jp/~li7m-oon/doc/kaisetu/timescape.htm

 ちなみに僕の『地球移動作戦』でも、タキオンを使った警報システム「シビュラ計画」というのが出てきます。
『地球移動作戦』の中では「ピアノ・ドライブ」というものが実用化していることになっています。これは「結城効果」という架空の原理によって、速度無限大よりわずかに速いタキオンを発生させるというもので、それを宇宙船の推進に使っています。エネルギーも推進剤も消費せずに加速が可能という、永久機関のような代物ですが、実はエネルギー保存則も運動量保存則もちゃんと満たしてます。

「過去に情報を送ったらパラドックスが起きませんか?」

 はい、起きます。いわゆる「親殺しのパラドックス」というやつで、「タイムマシンで過去に戻って、自分を生む前の親を殺したらどうなるか」というものです。
 実際に過去に行かなくても、通信を送るだけでパラドックスは起きます。たとえば、あなたが結婚する前の自分の親に「結婚をやめろ。絶対に不幸になる」というメッセージを送り、親がその指示に従ったらどうなるでしょう?
 あなたは生まれてこなくなります。でも、生まれなかったはずのあなたが過去にメッセージを送ったことになる。矛盾ですよね?
「だから時間をさかのぼるのは不可能なのだ」というのが、科学界の主流の考えです。当然、タキオンなんてものは存在しないのだ……という結論になります。
 その一方、未来からのメッセージを受け取ったとたん、時間の流れが分岐して、歴史の異なる別の世界(パラレル・ワールド)が生まれるという考え方もあります。SFではこちらの考えがよく使われます。
  


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2011年10月02日

「光より速いニュートリノ」をめぐる誤解・2

 先日の記事の反響がやけに大きくて驚いている。
 同時に、超光速という概念について、実に多くの人が誤解していることにも驚いた。僕の周囲にいる、科学に詳しそうな人たちでさえ、基本的なことを間違えている例があった。
 この機会にそうした誤解をまとめて正したい。

 前回は時間に追われて書いてしまったので、説明不足のところがあった。そこで今回は図解入りで分かりやすく説明することにした。
 まずはこの図。(クリックすると拡大します)



 粒子の運動を表わした図である。見ての通り、縦軸が時間、横軸が空間。
 青と紫の線は、粒子の軌跡を表わしている。粒子はこの図の左から右へと飛んでいる。
 この図では、粒子の速度は角度で表わされる。角度が垂直だと移動していないことになる。つまり速度はゼロ。速度が上がるにつれて線は傾く。
 この図では光速は45度である。つまり45度以上傾いている軌跡は超光速ということになる。

 この図に描かれたタキオン(紫の軌跡)は、光よりも少し速い。しかし、時間を逆行しているわけではない。ちゃんと過去から未来に向かって進んでいることがお分かりになるだろう。
 
 普通の粒子は光速に達することはない。つまり軌跡は45度にならない。
 タキオンも光速まで遅くなることはできない。つまり、やはり軌跡は45度にならない。
 上の図では粒子は左から右に飛んでいるので、線は右に傾いているが、当然、左に向かって飛ぶこともできる。その場合、軌跡は垂直線より左に傾く。
 一方、タキオンでは軌跡は水平線より下に傾くことができる。
 普通の粒子とタキオン、その速度の範囲はこのようになる。(左側と下側の空白部分は、話が面倒になるので省略している)



 タキオンが過去に戻るというのは、こういうことである。



 さっきも説明したように、この図では、水平の軌跡は速度無限大を表わしている。タキオンはそれよりさらに傾ける。速度無限大より速くなれるのだ。
 その結果、出発した時刻よりも過去に戻れることになる。
 速度は距離/時間。この場合、時間がマイナスになっているのだから、速度がマイナスになったわけである。

 ここまで分かっていただいたところで、

よくある誤解1
「タキオンの質量は虚数である」

 これはなまじ特殊相対論を知っている人がよくやる間違いである。
 特殊相対論の有名なこの公式を見ていただきたい。

 m0は粒子の静止質量(静止した状態での質量)、mは運動している粒子の質量、vは粒子の速度、cは光速である。
 vが大きくなってcに近づくにつれ、分母が小さくなり、質量mは大きくなってゆく。粒子を加速するために投入されたエネルギーが、質量に変わると考えればよい。
 v=cでは分母が0になるので、mは無限大になる。
 粒子の速度を光速にするには無限大のエネルギーが必要だが、そんなことは不可能。だから質量を持った粒子が光速に達することはできない。
 ただしタキオンは(もし存在するなら)生まれた時から超光速であり、決して光速にはならないので、「光速の壁」は問題にはならない。

 ここでvがcより大きくなると、分母が虚数になる。たとえばv=2cなら分母はルート-3になってしまう。
 これで「超光速粒子の質量は虚数だ」と思いこんでしまう人が多い。
 そうではない。
 タキオンの場合、静止質量m0が虚数だと仮定するのである。そうすると分子と分母の虚数が打ち消され、mは実数になる。
「虚数の静止質量って何だ!?」と言われそうだが、そもそもタキオンは静止しないのだから、タキオンの静止質量なんてものは観測できない。あくまで方程式の上で「静止質量は虚数」と置いているだけで、そんなものが実在しているわけではないから、考える必要などない。

よくある誤解2
「ニュートリノには質量があることが分かっている。超光速粒子には質量はないはずだから、ニュートリノは超光速ではない」

 これは誤解1と同じ。タキオンは(もしあるとしたら)実数の質量を持っているはずだ。だから質量のあるニュートリノがタキオンであってもおかしくはない。

よくある誤解3
「速度無限大を超えられるはずがない。無限大より大きいものなどあるはずがないからだ」

「光速の壁」と違い、「速度無限大」というのは絶対的なものではない。光速はどんな立場から測定しても一定だが、「速度無限大」は立場によって異なるのだ。
 これは特殊相対性理論から導かれる「同時の相対性」を考えれば分かる。

 これは地球(青い軌跡)から光に近い速さで宇宙船が遠ざかっているところ(緑の軌跡)を表わした図である。(時間の遅れについては、面倒になるのでこの図では省略している)
 地球も秒速30kmで太陽の周囲を公転しているが、光速(秒速30万km)に比べれば十分に遅いので、ここでは分かりやすく、静止しているとみなすことにする。
 水平に描かれた線が同時刻面。本当は面なのだが、ここではそれを横から見て、黄色い線で表わしている。
 地球から見た同時刻面は、ご覧の通り水平である。地球にいる人の立場からは、地球で現在が時刻Cである時、宇宙船の現在も時刻cであるように見える。(この「見える」というのは比喩表現で、実際に見えるわけではない。念のため)

 ところが、光に近い速度で地球から遠ざかっている宇宙船から見ると、同時刻面はこんな風に傾いている。

 宇宙船内の時刻がcである時、それと同時なのは、地球のCではなくBなのである。
 地球と宇宙船の中では、「同時」が異なるのだ。「同時」というのは、観測者によってばらばらなのである。
 つまり絶対的な「同時」などというものは存在しない。

 粒子の速度無限大というのは、粒子が発射と「同時」にターゲットに命中することを意味する。
 ところがその「同時」というのは、ある観測者からは発射した後でターゲットに命中したように見え、別の観測者からは発射する前にターゲットに命中したように見える。(繰り返すが「見える」というのは比喩表現である)
 これが「光速の壁」と違うところである。

 この「同時の相対性」を応用すれば、光より少し速いだけのタキオンでも、過去に情報を送ることが可能である。

 地球から光速に近い速度で遠ざかっている宇宙船に向かって、タキオンで通信を送る。宇宙船はそれをただちに地球に送り返す。
 すると、通信を送信した時点Bより前のAの時点に、信号が戻ってくることになる。
 よく見ていただきたい。地球側が送信するタキオンの軌跡の傾きは、水平(同時刻面)より小さい。つまり地球から見てタキオンは未来に向かって飛んでいる。
 一方、宇宙から送り返すタキオンの傾きも、同時刻面より小さい。つまり宇宙船から見たタキオンも未来に向かって飛んでいる。
 どちらも未来に向かってタキオンを飛ばしたはずなのに、タキオンは過去に到着するのだ。

 ここで述べたことは僕が考えたのではなく、何十年も前から物理学者の間で議論されていたことである。
 僕が初めて知ったのは高校時代、都筑卓司『タイムマシンの話』(講談社ブルーバックス)で読んだ。初版は昭和46年。何年か前に新装版で復刻したので入手可能なはずである。


 
  


Posted by 山本弘 at 14:18Comments(9)サイエンス

2011年09月24日

「光より速いニュートリノ」をめぐる誤解

 今日は別のことを書くつもりだったんだけど、面白いニュースが飛びこんできたので、そちらを優先したい。
 ニュートリノが実は光より速かったというのである。

 最初に言っておくと、今回のこの発見、間違いである可能性が高い。
 報道されているように、もしニュートリノが光より0・0025%も速いと、小柴昌俊教授のノーベル賞受賞のきっかけになった超新星1987Aの観測と矛盾してしまうのだ。
 超新星1987Aは大マゼラン星雲の中にあり、地球からの距離は推定16万光年。爆発の光が地球に届くのに16万年かかる。ニュートリノが光より0・0025%速いと、それより4年早く地球に届く。つまりニュートリノは1983年に地球に届いていることになり、1987年に観測できるわけがない。
 これについては、今回の実験で使われたニュートリノに比べて超新星からのニュートリノのエネルギーがきわめて高く、光速とほとんど変わらないという可能性もある(超光速粒子は光速に近いほど、つまり速度が遅いほどエネルギーが大きい)。このへんは詳しい情報が入らないと何とも言えない。
 科学の世界では間違った発見なんて山ほどある。今回のニュースもそうしたもののひとつかもしれない。浮かれると後でがっかりするかもしれないので、冷静に続報を待ちたいと思う。
(日本でもT2Kで追試してくれないか……と思ったんだけど、J-PARCがまだ震災から完全に復旧してないかも)

 ちなみに、僕は驚きはしているが、それほど意外とは思っていない。
 というのも、ニュートリノが実はタキオン(超光速粒子)かもしれないという説は、十数年前からあったからである。
 当時、僕はそれを聞いて、さっそく小説の中に取り入れた。『ミラー・エイジ』(角川書店・1998)の最終章である。お持ちの方はぜひこの機会に読み返していただきたい。

 ところで、世間ではこのニュースを誤解している人が大勢いる。
 特に読売新聞が「根底崩れた?相対論」などという間違った見出しを堂々とつけたんだから、なおさらである。おかげで早くも「やはり相対性理論は間違っていた!」と浮かれるトンデモさんがあちこちに現われている(笑)。

根底崩れた?相対論…光より速いニュートリノ
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110923-OYT1T00374.htm?from=popin
> 現代物理学の基礎であるアインシュタインの特殊相対性理論では、宇宙で最も速いのは光だとしている。今回の結果は同理論と矛盾しており、観測結果が事実なら物理学を根底から揺るがす可能性がある。

 誰だか知らないが、この記事を書いたやつは、特殊相対性理論のことを何も分かっていない。相対論は「宇宙で最も速いのは光」などと言っていないのだ。
 物理学の世界でタキオンの概念を最初に提唱したのは、アメリカの物理学者ジェラルド・ファインバーグ。1967年のことである。
 ファインバーグは相対論を否定してなどいない。相対論の枠組みの中で光より早い粒子が存在する可能性を示したのだ。
 相対論によれば、物質のエネルギーは光速に近づくほど大きくなり(これは粒子加速器の実験で検証されている)、物質を光速まで加速するのには無限のエネルギーが必要であることが示されている。物質を加速させて光速を超えることは不可能である。
 つまり、絶対に超えられない「光速の壁」が存在するのだ。
 しかし、粒子が最初から光速より速ければ、「光速の壁」を超える必要はなく、相対論に矛盾することはない……というのがファインバーグの主張だった。

 産経新聞もいいかげんなことを書いている。

光速超えるニュートリノ 「タイムマシン可能に」 専門家ら驚き「検証を」
http://sankei.jp.msn.com/science/news/110924/scn11092400300000-n1.htm

> 名古屋大などの国際研究グループが23日発表した、ニュートリノが光よりも速いという実験結果。光よりも速い物体が存在することになれば、アインシュタインの相対性理論で実現不可能とされた“タイムマシン”も可能になるかもしれない。これまでの物理学の常識を超えた結果に、専門家からは驚きとともに、徹底した検証を求める声があがっている。

>「現代の理論物理がよって立つアインシュタインの理論を覆す大変な結果だ。本当ならタイムマシンも可能になる」と東大の村山斉・数物連携宇宙研究機構長は驚きを隠さない。

 本当に村山斉という人がこんなことを言ったのかどうか疑問だ。記者がインタビューしたものの、回答の意味がよく分からなくて、いいかげんな要約をしたのではないかという気がひしひしとする。
 タキオンでタイムマシンはできません!
 なぜなら、すでに述べたように、タキオンは生まれた時から超光速なのだ。通常の物質(人間の体も含む)は光速を超えられない。つまり人間は過去には行けない。
 その後の文章がさらにひどい。無茶苦茶だ。

>アインシュタインの特殊相対性理論によると、質量のある物体の速度が光の速度に近づくと、その物体の時間の進み方は遅くなり、光速に達すると時間は止まってしまう。
> 光速で動く物体が時間が止まった状態だとすると、それよりも速いニュートリノは時間をさかのぼっているのかもしれない。すると、過去へのタイムトラベルも現実味を帯び、時間の概念すら変更を余儀なくされる可能性もある。

 ああ、ああ、ああ、素人がよくやる誤解だ。でも、大新聞がこんな大間違いを堂々と書くなよ!(涙)
 仮にニュートリノが光より0.0025%速いとしても、すでに述べたように、光よりほんの少し速く到着するというだけ。つまり到着時刻は出発時刻より後なのだから、時間をさかのぼってなどいない!
 ほんの少し考えりゃ分かりそうなもんなのにな。

 時間をさかのぼるには、ニュートリノの速度をさらに速くして、無限大より速くしなければならない。
「無限大より速いって何だ?」と混乱される方もおられるかもしれないが、要するに速度がマイナスになるということである。
 速度無限大なら、粒子は発射と同時に到着する。さらに速くなれば、発射された時刻より前に到着する。つまり時間をさかのぼる。
 速度は移動距離÷移動時間。出発した時刻より前に戻るなら、移動時間はマイナスなので、速度もマイナスになる。
 難しくなるので説明ははしょるが、相対論では「光速の壁」というものはあるが「速度無限大の壁」というものは存在しない。光速は超えられないが、速度無限大は超えられるのである。

 もし速度がマイナスのタキオンというものがあるなら、それで過去に信号を送れる。『地球移動作戦』に出てきたシビュラ計画のように、大事故や災害に関する情報を過去に送って、惨事を回避することも可能になるかもしれない。
 しかし、光速より少し速いだけでは速度は依然としてプラスであり、過去には戻れない。
 ましてタイムマシンなんて無理なのだ。
  


Posted by 山本弘 at 11:21Comments(81)サイエンス

2011年04月05日

放射線をめぐる誤解・その2

【誤解】
 放射性元素は半減期が長いものほど危険。
 プルトニウムは半減期がとても長いので超危険。

【事実】
 単純にそうとは言い切れません。
 ヨウ素131は崩壊して8日ごとに半分になっていきますので、80日で1/1000、160日で1/100万になってしまいます。
 一方、セシウム137の半減期は30.07年です。80日では0.5%、160日では1%しか減りません。
 しかし、よく考えてみてください。放射線というのは元素が崩壊する際に出るものなのです。
 ヨウ素131が160日間でほとんどすべて崩壊するのに対し、セシウム137が1%しか崩壊しないということは、同じ160日間で比較すると、ヨウ素131が放つ放射線の総量はセシウム137の100倍だということなのです。
 よく報道に出てくる「ベクレル」というのは、放射能の単位で、1秒間に何個の原子核が崩壊するかを意味します。たとえば「水1リットルあたり130ベクレル」というと、1リットルの水の中で1秒間に130個の原子核が崩壊していることを意味します。
 仮にヨウ素131とセシウム137を同じ量だけ水に混ぜたとすると、当然、ヨウ素131の入った水の方が、ベクレルははるかに高くなります。原子の数が同じであるなら、ヨウ素131の方がはるかに危険と言えます。
 プルトニウム239の場合、半減期は2万4110年です。人の一生を100年としても、その間に全体の0.29%しか崩壊しません。160日間ではわずか0.0013%です。同じ原子数のヨウ素131とプルトニウム239を比較すると、ヨウ素131の放射能(ベクレル)の方がはるかに高いということになります。
 使用済み核燃料の中に含まれているプルトニウムの半減期と、その1kgあたりの放射能強度(単位は兆ベクレル)は、次のようになっています。

           半減期   放射能強度
プルトニウム238 87.7年    630
プルトニウム239 2万4100年  2.4
プルトニウム240 6560年    83
プルトニウム241 14.4年    3800
プルトニウム242 37万3000年 0.15
http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/23.htmlを基に作成

 同じ量でも、半減期が短いものほど放射能が強いことがよく分かります。
 プルトニウム241が一番危険? いえ、そうとも言えないのです。プルトニウム241のみがベータ線を出し、他の4つはアルファ線を出します。アルファ線はベータ線の20倍もの害を人体に及ぼします。
 量が同じであるなら、おそらく最も危険なのはプルトニウム238でしょう。

 しかし、放射性物質の影響を考える際に重要なのは、物質の量ではなく、放射能量(ベクレル)です。
 ベクレルが同じであれば、プルトニウム239はプルトニウム238よりやや危険と言えます。なぜなら、プルトニウム238の放射線は87.7年で半減するのに対し、プルトニウム239の放射線は、人間の生涯のうちにほとんど減らないからです。
 しかし、プルトニウム239、プルトニウム240、プルトニウム242に関しては、いずれも半減期が人の一生よりかなり長いので、半減期と危険度はあまり関係がないと言っていいでしょう。強いて言うなら、どれも同じぐらい危険です。
 よくプルトニウム239が危険とされているのは、使用済み核燃料に含まれるプルトニウムの中で最も割合が多いからです。

           重量比(%)
プルトニウム238 1.8
プルトニウム239 59.3
プルトニウム240 24.0
プルトニウム241 11.1
プルトニウム242 1.8

 プルトニウムの場合、経口摂取した場合より吸入した場合の方が危険です。消化器に入ってもすぐに排出されますが、肺に入ると、肺の中に長い間とどまって強いアルファ線を出し続けるからです。たとえば1万ベクレルのプルトニウム239の不溶性酸化物の場合、経口摂取した場合の被曝量は0.090ミリシーベルトにすぎませんが、吸入すると83ミリシーベルトにもなります。
 放射性物質の体内被曝を考える際には、その物質の半減期だけではなく、それが体に吸収される量や、体外に排出されるのにかかる時間(生物学的半減期と呼ばれます)も考慮しなくてはならないのです。

「プルトニウムは微量でも危険」というのは事実です。同じベクレルで比較すれば、ヨウ素131よりはるかに危険です。
 しかし、その「微量」というのは、あくまで重量や原子の数ではなくベクレルで見た場合です。また、「半減期が長い方が危険」とも言い切れません。

【誤解】
 CTスキャンやX線撮影の影響を、経口摂取による影響と同列に論じるのはごまかしだ。同じシーベルトでも、放射性物質が体内に入ることによって起きる体内被曝の影響は、体外被曝よりはるかに大きい。
 現在の水や野菜の規制値は、体外被曝しか考慮されていない。規制値以下でも危険だ。

【事実】
 よく誤解されていますが、「シーベルト」というのは放射線の絶対量ではなく、放射線が人体に及ぼす影響を示す数値なのです。
 そのためには、ちょっとややこしいですが、「吸収線量」「等価線量」「実効線量」という言葉の違いを頭に入れてください。東大病院の放射線治療チームの解説が参考になります。

team nakagawa
「全身被ばく」と「局所被ばく」
http://tnakagawa.exblog.jp/15130037/

 よく言われている「胃のX線撮影が4ミリシーベルト」といった数字は、単にX線の強さを表わしたものではなく、体内に浸透したX線が組織や器官に与える影響を計算に入れた数字(実効線量)なのです。
 たとえば体から1mの距離に1万ベクレルのヨウ素131があると、ガンマ線によって1日に0.000014ミリシーベルト被曝します。(ベータ線はほとんど皮膚の表面で止められます)
 ところが同じ1万ベクレルのヨウ素131でも、経口摂取した場合、0.22ミリシーベルト被曝します。こちらは1日あたりや1時間あたりの数字ではありません。摂取した1万ベクレルのヨウ素131が、放射能が減衰するか体外に排出されるかするまでに受ける、被曝量の総量(実効線量)を意味します。
 なぜ経口摂取の方が危険かというと、ベータ線が体内で出続けるからです。外側から浴びたなら皮膚の表面で止められるものが、大きなダメージを与えるわけです。

 経口摂取による実効線量は、元素によっても異なります。

1万ベクレルを経口摂取した場合の実効線量
 ヨウ素131     0.22ミリシーベルト
 セシウム134    0.19ミリシーベルト
 ストロンチウム90 0.28ミリシーベルト
 ラジウム226    2.8ミリシーベルト
 ウラン238     0.076ミリシーベルト
 プルトニウム239  0.090ミリシーベルト

 放射能量(ベクレル)が同じでも、実効線量(シーベルト)が異なるのは、放射線の種類や強度、体内に吸収される量や体外に排出されるスピードが、物質によってみんな異なるからです。
 当然、水や食品の規制値は、こうした元素ごとに、経口摂取による体内被曝の量(実効線量)を元に決められています。「体内被曝が考慮されていない」というのは、ひどい誤解なのです。
 たとえば水に含まれるヨウ素131の規制値は、1リットルあたり300ベクレルです。さっきも書いたように1万ベクレルのヨウ素131を経口摂取すると被曝量は0.22ミリシーベルトになりますから、300ベクレルなら0.0066ミリシーベルトです。
 この数値の水を毎日3リットル飲み続けたとしても、1日の被曝量は0.02ミリシーベルトで、1年間で7.2ミリシーベルトにしかなりません。
  


Posted by 山本弘 at 11:39Comments(14)サイエンス