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2009年08月13日

トンデモ・ドラマ『ムーン・パニック』

 いろいろ書かなきゃいけないことがたくさんあるんだけど、コミケ前の上に早川書房の仕事が詰まってるもんで、一件だけ。
 また月をめぐる話である。

 8月11・12日の深夜、NHKで、カナダとドイツの合作ドラマ『ムーン・パニック』が放映された。(4月にもBShiで放映されたらしいが、僕は見ていなかった)
 NHKの公式ページによれば、
科学者たちの予想にもとづいたスリルに満ちたストーリー、リアリティあふれる合成映像。「ムーン・パニック」は、いつ起こるかもしれない人類の危機を壮大なスケールで描いていく科学シミュレーション・ドラマだ。

 しかし、実際に見てみたら、とてつもないトンデモ・ドラマだった。
 以下、ストーリー部分をで表示する。やむをえずネタバレしている箇所もあるが、批評目的なのでご了承いただきたい。

・天文学者が1万年に一度という珍しい大流星雨の到来を予測する。
 歴史上に記録が残っていないものを、どうやって予測したのだろうか?

・流星雨の夜、多くの人が夜空を見上げていると、月の近くに太陽光を反射する星が現われる。それは直径19kmもある天体だった。
 そんな大きさで、しかも太陽光を反射して輝いているなら、地球に接近する何週間も前に天文学者かアマチュア天文家が発見しているはずである。

・天体は月に衝突する。
 画面上では、明らかに流星雨と違う方向からぶつかってきている。ということは流星といっしょに来たわけではないらしい。流星雨の夜に起きたのは偶然か?

・飛び散った破片はその夜のうちに世界のあちこちに落下する。
 38万kmを数時間で飛んでくるってことは、秒速何十キロで飛び散ったのか。

・地球に落下した破片が発見され、高い密度を持つ褐色矮星のかけらだと判明する。主人公の天文学者アレックス・キトナー博士の説明によれば、褐色矮星とは「死んだ星の遺物」「燃え尽きた星が収縮して圧縮された状態になってる」のだそうだ。
 褐色矮星は「燃え尽きた星」なんかじゃない。木星よりも大きいが太陽よりかなり小さいため、核融合反応が起こらず、恒星になれなかった星である。密度もそんなに高くない。脚本家は明らかに白色矮星と混同している。

・月にめりこんだ褐色矮星のかけらの質量は、地球の約2倍と判明する。
 待て待て、地球の約2倍ってことは、月の160倍!? そんなもんが衝突したら、月は粉々になるんじゃないか!?
 ちなみにキトナー博士は「(月の)質量が地球の6分の1」とも言っている。それは表面重力であって、質量ではない。月の質量は地球の1/81である。脚本家は月の質量さえ調べなかったらしい。

・衝突によって月の軌道が変化し、地球の周囲を楕円軌道を描いて回りはじめる。
 おーい、月の方が重くなったのに、まだ月が地球の周囲を回ってるんかよ(笑)。
 現在、月と地球の質量比は1:81なので、その共通重心は、地球と月を直線で結び、距離(38万4400km)を81:1で分割した地点にある。それは地球の中心から4700km。つまり地表から1700kmの深さにある。この点を中心として、月と地球は公転している。回転の中心が地球内部にあるから、「月は地球の周囲を回っている」と表現しても差し支えないわけである。
 しかし、質量比が2:1になったらそうはいかない。共通重心は地球から約26万kmの地点になる。その点を中心として、月と地球は向かい合って公転することになる。

・月の接近で電磁場に乱れが生じ、各地で謎の放電現象が起きる。ヨーロッパでは人間や車が宙に浮かび、列車がレールから離れて空を飛ぶ。
 何で金属でもないものが電磁力で宙に浮くのかは、作中でもツッコまれている(笑)。すべての物質は電磁エネルギーでできているから……とキトナー博士は説明する。まあ、水が反磁性体なのを利用して生きたカエルを磁力で宙に浮かべるという実験はあることはあるけど、10~20テスラという超強力な磁場が必要。人間を浮かせるのはかなり無理。
 しかも、このエネルギーは塵や蟻のような小さなものにはほとんど作用しないという設定らしい。だったら、いちばん大きな「大地」に作用しないのはなぜだろう。地面が揺れている様子はなく、木は立っているし、建物も崩れないのだ。

・海では巨大な貨物船が宙に舞い上がる。
 でも周囲の海水はまったく持ち上がりません(笑)。だから何でだよ。

・月の軌道は地球の引力に引かれてしだいに変化し、らせん軌道を描いて39日後に地球に衝突すると判明する。
 もういいかげんにして! ありえませんから、そんな運動。

 あと、気になるのは潮汐力の影響がまったく描かれていないことだ。月の質量が160倍になったということは、潮汐力もいきなり160倍になったということである。世界中をものすごい高潮が襲わなきゃ変なんだが。 (オーストラリア沖に破片が落ちたために津波が起きる場面はあるのだが)

・地球滅亡の危機を回避するため、キトナー博士はある計画を提案をする。彼はNASAで、電磁場を使って無重力状態を作り出す研究(ええっ!?)をやってたんだそうで、それを応用しようというのだ。
 おりしもEUとロシアの共同による有人月探査計画が進められていた。それを利用し、月面に4人の飛行士とある装置を送りこむ。
 装置は小型の原子力発電機で、そこから月面に開いた亀裂の奥めがけてミサイルを発射する。ミサイルには軌道エレベーター建設用に開発された「スチールカーボンナノワイヤー」がつながっている。
 ワイヤーを通して、月の地底にめりこんだ褐色矮星のかけらに電流を送りこむと、何だかよく分からない原理(ほんと、リピートして説明を聞き直してもよく分からない(^^;))で、月と褐色矮星のかけらの間に磁気による反発作用が生じ、褐色矮星のかけらが月からはじき出される。これによって月が元の軌道に戻るというのだ。

 なんか単一磁極(N極だけ、S極だけの磁石)が存在すると思いこんでるんじゃないかって気がするが、もっと問題なのは、褐色矮星のかけらの方がはじき出されて、月が軌道に残るという説明だ。
 褐色矮星のかけらの方が月より約160倍重いのである。両者の間に反発作用が生じたら、激しく吹っ飛ばされるのはどう考えても月の方だ。
 この脚本家は作用-反作用の法則も知らないらしい。
 しかし、僕は地球を一個動かすのにもずいぶん苦労したんだが(笑)、小さな装置一個で地球の二倍もの質量のある天体を安直に動かされてはたまらない。

・装置を月面で組み立てるのには専門家が必要、というので、宇宙飛行士の訓練など受けたことのないキトナー博士が、他の3人とともに、カザフスタンから発射された宇宙船で月に行く。
 宇宙服を着て月面で作業しているキトナー博士は、苦しそうに言う。
「重力が大きいから体がかなり重い」

 うわー、そうだよ! 月の質量が大きくなってるんだから、表面重力も大きくなってるんだ!
 重力は質量に比例し、中心からの距離の2乗に反比例する。地球の2倍の質量で、半径が地球の3.67分の1ってことは……。
 表面重力は27G!
 宇宙服を着たキトナー博士の体重は、軽く3トンを超えているはず。よく立てたな、キトナー博士。つーか、それ以前に宇宙船が着陸できないだろ、この重力じゃ。

 よく考えてみると、この話、月の質量が増えることにストーリー状の必然性が何ひとつないのだ。人間や車が浮き上がるのは電磁エネルギーとやらのせいで、月の引力のせいなんかじゃないんだから。
 何でこんな変な設定にしたのか?
 思うに、最初は「月の引力が強くなって、人間が宙に浮いたりしたら面白いんじゃね?」とかいうノーテンキな発想だったんじゃないだろうか。その線で脚本を書き、CGや特撮シーンを製作していたら、途中でそれが科学的にありえないと分かり、急遽「電磁エネルギー」に変更したんじゃないかと思う。そうとでも考えないと、この設定の混乱は説明がつかないのだ。

 登場人物の行動もおかしい。キトナー博士は、世界中で電磁場の異変が起きていることを知っていながら、2人の我が子をヘリコプターに乗せてワシントンに呼び寄せようとするのだ。
 彼は会議の席で大統領に「乗り物に乗るのはやめて屋内にいるように」と国民に呼びかけるよう進言する。その会議が終わった後でようやく、実家に電話をかけて、ワシントンに来ないように言おうとするのだ。時すでに遅く、電磁場の異常のために電話は通じなくなっていた。
 まず我が子の安全を考えろよ、と子供を持つ父親としては思ってしまう。

 人間がふわふわ宙に浮くシーンも頭痛いが、いちばん頭が痛かったのが、事態を説明するためにホワイトハウスに呼ばれた女性天文学者が、まずケプラーの第三法則について大統領に説明しようとしたら、大統領が「私は科学のことは詳しくない」と説明をさえぎるシーン。
 科学に詳しくないのは、あんたら番組のスタッフだよ! 高校生レベルの物理も知らないし、月についての基本的なデータも調べずに番組作ってるじゃないか!
 謝れ! ケプラーさんに謝れ!

 これが『ドクター・フー』みたいなコミカルな番組だったら、どんな荒唐無稽なことが起きても許せる。実際、僕は『ドクター・フー』の大ファンである。
 あるいはせめて「SFドラマ」と銘打ってくれたら、「出来の悪いSFドラマだな」と笑って済ますこともできた。
 しかし、『ムーン・パニック』は違う。この番組を、NHKは「科学者たちの予想にもとづいた」「いつ起こるかもしれない」「科学シミュレーション・ドラマ」と称しているのだ。科学的に間違いだらけのこの番組が、科学的でリアリティがあるかのように偽って宣伝しているのである。
 これはさすがに許せない。天下のNHKが……というか、マスメディアがやっていいことではない。

 ちなみに、ネットでこの番組の感想を検索してみたら、科学的におかしいことに気がつかずに見ている人もいる反面、ちゃんと的確なツッコミを入れている人もいて、ちょっと安心。視聴者がみんな騙されているわけではないようだ。

  

Posted by 山本弘 at 13:22Comments(3)TrackBack(0)サイエンス

2009年08月03日

地球には月が8個

 月に関するトンデモない誤解がいろいろ集まりつつあるが、また新しいネタを見つけた。
 2009年8月3日の産経新聞朝刊、「from Editor」というコラムで、科学部編集委員の中村哲也氏がこんなエピソードを紹介している。
 数年前、日本天文学会の取材でこんな話を聞いた。
「月は8個あるんですよね」
 研究者に真顔で質問したのは、学校の先生だという。
 月の満ち欠けの説明で、地球の周囲に8つの月を描いたイラストがよく使われる。それを見て「月は8個」と思い込んだまま大人になり、教員資格を得て教壇に立っている―ということのようだ。勘違いはだれにでもあることだが、これほど大胆なのは珍しい。教師になるまで間違いに気付く機会がなかったことに、愕然とさせられる。

 月が8個!? それはすごい勘違いだ。しかも学校の先生が。
 この分だと、この手のエピソード、まだまだ世間にありそうだな。

  
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Posted by 山本弘 at 16:25Comments(9)TrackBack(1)サイエンス

2009年07月24日

アポロ陰謀論とかいう以前に

 NASAのLRO(Lunar Reconnaissance Orbiter)がアポロの着陸地点の撮影に成功した。

http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/multimedia/lroimages/apollosites.html

 注目してほしいのは、アポロ15号の写真。これを時計回りに75度回転させてみた。


 それを月からの離陸時の映像と比較してみる。


 33秒のあたりに注目。上空から見下ろしたクレーターの配置が、今回LROが撮影した写真とぴったり一致しているのだ。当たり前だけど。
 もちろんアポロ陰謀論者はこんなことではひるむまい。「こんなものはCGでいくらでも作れる」と言い出すことだろう。(実際、そう言い出している奴もいる)
 実は決定的証拠となるのは、この38年前の動画の方である。
 特撮技術に詳しい人なら、これを1971年の技術で撮影するのは不可能であることは容易に納得していただけるだろう。今みたいなリアルなCGなどなく(せいぜいワイヤーフレーム)、デジタル合成もできなかった時代。当時最高の技術を駆使した『2001年宇宙の旅』でも、こんな視点移動はできなかった。
 1971年にこんな映像が捏造できたとしたら、それこそオーパーツというものである。

 アポロ11号の月着陸40周年となる21日には、こんなニュースもあった。
再び月に、そして火星へ=アポロ飛行士が記者会見-米
7月21日(火)9時47分配信 時事通信
 【ワシントン20日時事】アポロ11号による人類初の月面着陸から40年を迎えた20日、アポロ計画の宇宙飛行士7人が首都ワシントンの航空宇宙局(NASA)本部で記者会見し、「米国は月に戻り、そして火星を目指すべきだ」と訴えた。

 問題はこの記事についたコメントである。計141人がコメントしているのだが(すでに削除されたものもある)、40年前の月着陸が嘘だと思っている人間がやけに多い。ざっと数えてみたところ、約1/5がアポロ捏造説を信じているようだ。
 これだけではサンプルが偏りすぎていて、日本人の何%ぐらいが信じているのかは分からない。しかし、そうしたトンデモ説を信じている人間は、1000人に1人とか1万人に1人とかいう数字ではなく、けっこう多いだろうと推測できる。
 あきれるのは、彼らの知識の貧弱さだ。
 
アポロの乗組員による月面での作業中の映像で、手元から何かを「ドサッ」っと落とした映像があったが、無重力状態で物が「ドサッ」っと落ちることが有り得るだろうか?

 うわーっ、月面が無重力だと思ってる!

アポロの月面着陸って当時のソ連を牽制するための世紀のヤラセだったんじゃないの?
当時の飛行士の一人もそう証言したよね。病気だということで世間から抹殺されてしまったけどね。

 誰のこと?

 地球からはあんなにすごい基地から発射で月からはどうやって飛ぶんでしょうね?いくら重力が10分の1だとしても・・・・・・。
 また、月から発射の時に使った足が全くないみたいですし。
 
何だよ、「10分の1」って!? 何だよ、「足」って!?

確か息子のバズが暴露したはずだよね

 息子のバズって誰~っ!?

実際は月の引力もそれなりに強くて空気も少しあるし、風も吹く。
アポロ計画は月面探査と共に、月の先住者の実態を調べることが目的だった。

 こいつはアダムスキー信者か?

 他にも、陰謀論とは違うけど、こんな大ボケを書いている奴が。

 そういえば、前世紀末に「黒い魔王がどうのこうの」っていう何世紀も前の寝ぼけた予言を取り上げて、根も葉もない根拠を並べた本を書いたたわけがいた。それを本気にして夜寝付けなくなったBAKAも多かった。

「黒い魔王」なんて知りませんface02。「恐怖の大王」のことだとしたら「王」しか合ってない。

アポロが歯の神だということ、ほとんどの人が知らないだろう。
しかし、なんで宇宙船が歯の神なんだろう?

 うわあ、アポロが太陽神であることすら知らない奴が!
 どうやら「歯の聖女アポローニア」と混同しているらしい。知らなかったとしても、疑問を持ったなら「アポロ」で検索してみようとは思わなかったのか?

 アポロ陰謀論のバカバカしさについては、前に『人類の月面着陸はあったんだ論』(楽工社)という本の中で徹底的に論破した。僕は中学生レベルの知識でも分かるように平易に書いたつもりである。
 しかし、最近になって、どうもあの本は無駄だったんじゃないかという気がひしひしとしてきている。
 アポロ陰謀説を信じてしまうような人間には、あの本は理解できないのではないか。彼らには中学生どころか、小学生レベルの知識すらないんじゃないかと思うのだ。
 たとえば、今回、大阪大学の物理学者・菊池誠氏のブログで紹介されていたエピソード。(書いているのはSF作家の小林泰三氏)
今年うちの部署に配属になった新入社員2名(男1名、女1名)はアポロは捏造だと信じていました。

「どうして、そうだと思うの?」
「だって、おかしいじゃないですか。月に行ける宇宙船を作れるのに、たった1回で止めてしまうなんて」
「いや。月には6回も着陸しているから」
「ええええっ!!」

 まさに「ええええっ!!」である。6回着陸しているなんてことは常識だと思っていたのだが、常識ではなかったらしい。
 別の人はさらに衝撃的なことを書いている。
アポロが月に行っていないのを信じる人間は、私の周りにも4名(半信半疑を含めたら8名程)居たので特に驚きはしませんが、科学に一切興味の無い人間はもっとヒドいですよ、科学的リテラシー。

つい先日経済学者の田中秀臣さんがブログで、NHK朝の連ドラで主演をしていた遠野凪子さんが自身のブログに「月と太陽が同じ天体で、太陽が海で冷やされて、夜に月になって上がってくると思っていた」と書いているエントリーがある事を紹介されていて、「もしかしたら」と思って、私の周りの科学に全く興味の無い友人や知人に「太陽と月が同じ天体だって言ってる人がいるんだけど、おバカさん過ぎるよね?」と聞いたら、5人 「え、違うの?」という反応が返ってきてひっくり返りそうになりました。
しかも、その内4人は大卒で、某有名私立大学(W大の文学部)出身の男や某有名百貨店勤務の女もいたので、「ああ、ニセ科学批判もこのレベルの人間まで届かせるのは無理だな」と思ってしまいました(^_^;)

 うわあ……。
 ちなみに、文中に出てくる遠野凪子さんのブログというのはこれ。

「リズム感日記」
あのね…実はワタシ…太陽と月が同じ物だと思っていました。 20歳過ぎまで。 ウソ…2年位前まで(^^ゞ 海で見ていると、太陽って海にジューッて沈んでいくじゃない? そこで一度熱を冷まして上ってきたのが月だと思っていました。 でもね、ある時夕方頃に空を見上げたら…ナントッ!月と太陽が同時に出ているのを発見(。・д・)ノ!! 鳥肌が立ったよ…『エェッ?コレハ…異常気象(:_;)?』って(汗) 事実を確認すべく、恐る恐る妹に『…ねぇ…いよいよ地球が大変な事になったかも(涙)』って話してみたら『もぉさ…いい加減にしなよ(-.-;)』の一言。

 ちなみにその前日の日記によれば、遠野さんは「日本列島は海に浮いている」と思っていたのだそうだ。ひょっこりひょうたん島ですか。

 しかし、遠野さんばかりを笑えない。前にも「月をなめるな」というエピソードを紹介したことがあるが、どうも世の中には、アポロ計画がどうこうという以前に、月や太陽がどんなものかすら知らない人間が多いらしいのだ。
 おそらく、先日の皆既日食の際に、テレビで解説を見て、「へー、月と太陽って違うんだ」とか「日食って太陽を月が隠すことだったんだ」と初めて知った人間は多いのではないかと、僕はにらんでいる。
 実際、あの日食の日、関西テレビの生放送の番組で、画面に映った欠けた太陽を見て、出演者が「あれ、三日月ですか?」と発言したのを、僕は耳にしている。

 これは驚異である。いや、脅威と言うべきか。義務教育が行き届いているはずの日本人の中にも、小学生レベルの科学知識もない人間が、どうもかなり高い割合で存在しているらしいのだ。
 根本的にこの社会について考え直さないといけないのかもしれない。

  

Posted by 山本弘 at 17:01Comments(21)TrackBack(0)サイエンス

2009年04月06日

「月をなめるな」

 もう9年も前の話である。
 以前から一部で有名な話だったらしいんだけど、僕は知ったのはつい最近である。2000年頃と言ったら、まだ接続が遅かったせいで、インターネットはほとんどやっていなかったのだ。

「間歇日記」
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ray_fyk/diary/dr0010_3.htm#001026

『その日の試験は“グループディスカッション”でした。
採用希望者が何人か集まって、与えられたテーマについて議論する。
審査官は黙ってその様子をチェックする、という試験です。
私が部屋に入ると、そこには一人の審査官と、7人の大学生がいました。
最初に全員の自己紹介。いわゆる“名門大学”の学生も何人か混じっていたのを覚えています。
自己紹介が終わると、審査官は一枚の紙を全員に配りました。そこに記されていたのは以下のリストです。

・酸素ボンベ(40kg×8)
・飲料水(30L×8)
・パラシュート
・4平方メートルの白い布
・ビスケット
・粉ミルク
・非常用信号弾
・宇宙食
・ライター
・45口径の拳銃
・方位磁石
・無線機(受信のみ)
・救急用医療セット

なんだこりゃ、と私が顔をあげると、審査官は宣言しました。
「あなた方8人が乗っていた宇宙船が故障し、月面に不時着することになりました。
着陸の際の衝撃で宇宙船は大破。あなた方にお渡ししたのは、中から持ち出すことができた品物のリストです。救助隊とのランデブー地点まで180km、あなた方はその距離を自らの足で進まなければなりません。現在の状況下でリストの品物に優先順位をつけてください。質問は一切受け付けません」』

 これ、以前から新人研修や就職試験でよく出る問題だったらしい。(知り合いにも「やった」という人がいる)
 細かいことを言えば、これはずいぶんアバウトな問題である。「質問は一切受け付けません」というのは、ちと困る。この宇宙服はヘルメットをかぶったまま水を飲んだり宇宙食を食べたりできる仕様になっているのか、通信機はどれぐらいの重さで周波帯は何ヘルツなのか、そもそもここは月のニアサイドなのかファーサイドなのか、今は月の昼なのか夜なのか……といった条件が分からないと、必要かどうか判断できないものが多いのだ。天文学や宇宙開発に詳しい人ほど悩むかもしれない。
 しかし、この場合、大学生たちの反応は予想の斜め上を行っていた。

『まさか就職活動中に月面で遭難することになろうとは。
予想外の展開に、私はわくわくする心を抑えられませんでした。
まず、これらの品物は宇宙空間仕様になっているのかを考えねばなるまい。そうでなかったら、ライター、拳銃は使い物にならない。おそらく信号弾もだめだろう。そしてさらに重要な点として、装着している宇宙服は、外部から食料を供給することが可能なのかという問題がある。月面で顔をむきだしにしたらどうなるかなんて考えたくもない。

といったことを私が一人で考えていると、他のメンバーが手をあげて自分の主張を始めました。
……その内容は、驚くべきものでした。
「パラシュートはあったほうがいいでしょう。崖があったら降りられない」
「この白い布ですけど、ライターで燃やせば救助隊への目印になりますよね」
「酸素ボンベは重すぎて持ち運べない。海にもぐる必要はないだろうし、おいていきましょう」
「水も最小限でいいんじゃないですか? 足りなくなったら途中でくめばいい」

途中まではジョークに違いないと思いながら聞いていましたが、誰もにこりともしません。
どうやら彼等は本気のようです。
やがて私の番がまわってきたとき、すでに私は冷静さを失っていたのでしょう。
「月をなめるな」
それが私の第一声でした。
その後、えんえんと月面について語り、そのままタイムアップ。
当然のように不合格でしたとも。ええ』


 今ならこのリストに「GPS機能つき携帯電話」を入れてもいいかもしれない。「これは持って行きましょう。地球と電話で話せるし、GPSで現在位置も分かるし」とか言い出す奴が絶対いると思う。
 日本の大学生だけではない。アメリカでも似たような「月の哲学者」という話がある。

http://www.dianahsieh.com/blog/2003_08_10_weekly.html#106055564229502302

(試訳。英語は苦手なので、間違いがあるかもしれませんが、ご容赦)
 6~7年前のこと、僕はマディソンウィスコンシン大学(科学/工業系の良い学校です)の哲学のクラスにいました。TA(教育助手)はデカルトについて説明していました。彼は物事は必ずしも思った通りになるわけではないということを説明しようとして、こう言いました。地球でペンを放せばいつでも下に落ちる。しかし、月では漂い出してしまう、と。
 僕の顎はがくっと落ちました。「何で!」と口走りました。部屋を見回すと、僕の友人のマークと、もう一人の学生だけが、TAの言葉に混乱していました。他の17人の学生は、「何か問題でも?」という顔で僕を見ていました。
「だって、月でペンを落としても下に落ちますよ、すごくゆっくりだけど」と僕は抗議しました。
「いや、違うよ」TAは穏やかに説明しました。「だって地球の重力から遠く離れているからね」
 考えろ、考えろ、そうだ!「アポロの宇宙飛行士が月面を歩いているのを見たことがあるでしょう?」僕は言い返しました。「なぜ彼らは漂って行かなかったんですか?」「それは重いブーツを履いてたからさ」完全に筋が通っているかのように、彼は答えました。(思い出してください。彼は多くの論理学のクラスを受け持つ哲学のTAなのです)
 僕はあきらめました。僕たちは完全に別々の世界に住んでいて、自分たちとは異なる言語を理解できないのだと。部屋を出る時、友人のマークは激怒していました。「何てこった! あの連中はどうやってあそこまで愚かになれるんだ!」
 僕は理解しようとしました。「マーク、彼らも一時はこうしたことを知っていたんだよ。でも、彼らの基本的な世界観の一部じゃないので、忘れてしまったのさ。ほとんどの人々がたぶん同じ誤解をしてるよ」僕たちは寮の部屋に戻ってくると、僕の論点を証明するために、キャンパス用の電話帳から名前をランダムに選択し、約30人に電話をして、こんな質問をしました。

1. あなたは月面でペンを持って立っています。それを放したらどうなりますか? a)遠くまで漂ってゆく。b)その場に浮かんでいる。c)地面に落ちる。

 約47パーセントがこの質問に正解しました。間違っていた人に対して、僕たちは追加の質問をしました。

2. あなたはアポロの宇宙飛行士が月を歩き回っているフィルムを見たでしょう。彼らはなぜ漂い出さなかったのですか?

 これを聴くと、約20パーセントの人は最初の質問の答えを変えました! しかし、最も驚くべきなのは、彼らの約半分が自信たっぷりにこう答えたことです。「彼らは重いブーツを履いてたんだ」


「いくら何でもこんなのはネタだろ?」と思われる人も多いかもしれない。僕はそうは思わない。科学に興味のない一般人の、天文学や物理学に関する知識の欠如については、実例をいっぱい見てきたからだ。
 スペースシャトルや宇宙ステーションの中が無重力なのは「地球の引力が届かないほど遠いからだ」と思っている人。
 小惑星帯には見渡すかぎり無数の岩のかけらが漂っていると思っている人。
 彗星の尾は進行方向と反対方向にたなびくと思っている人。
 彗星と流星の区別がついていない人。
 夏が暑いのは、地球が太陽に近づくからだと思っている人……。
 僕はそういう誤解をさんざん見てきた。
 ちょうど今、フィリップ・プレイト『イケナイ宇宙学』(楽工社)という本が出ている。素人が誤解しがちな天文学の常識を解説した本なのだが、これによると、欧米では「月の裏側はいつも暗い」と思っている人や、「夜空でいちばん明るい星は北極星」だとか「空が青いのは海の色を反射しているからだ」とかと思っている人も多いらしい。


 当然のことながら、「宇宙で写真を撮ったら必ず星が写る」と思っている人も多い。そういう人たちがアポロの月面写真に星が写っていないのを見て、「捏造だ!」と言い出すわけである。(『イケナイ宇宙学』の中でも、ひとつの章がアポロ陰謀説への論破に当てられている)

 つい先日も、アポロ陰謀説の信者とまではいかなくても、疑問を抱いている人に出会ったばかり。某有名小説誌の編集者である。
「アポロで撮られた写真が嘘だっていう話、あれはどうなんですかねえ? 影の向きがバラバラなのは、ライトがいくつもあるからだっていうのは」
 と訊ねられたので、遠近法や地面の凹凸によって影の向きが平行にならないこともあるのだと説明し、
「だいたい、光源がいくつもあったら、影もいくつもできなきゃおかしいでしょ」
 と言うと、
「ああ、言われてみればそうですねえ」
 と、おおげさに感心していた。
 光源が複数あったら影も複数できる……という当たり前のことでも、言われるまで気がつかない人がいるのである。
 ちなみに、その人がアポロ捏造説に初めて接したのは、例のビートたけしの番組だそうだ。

 これが陰謀説信者となると、さらにひどい。今、mixiの「人類は月に行っていない!?」というコミュに入っているのだが、陰謀説信者の知識の欠如ときたら、まさに絶望的。
 ほんの一例を示すと、アポロの月着陸船の写真を貼りつけて、「NASAが発表したこんなちゃちな宇宙船で、月面に降りたり、月面から地球に向けて飛び立ったり、地球に着陸したりできるかな」などという人がいるのだ。この人はアポロの飛行士たちが月着陸船に乗って地球まで戻ってきて、地球に「着陸」したと思っているのだ!
 中学生程度の計算もできない連中も何人もいる。きちんと計算を示してやっても、「数字なんか信じられない」「直感で十分」と開き直られるので、まったく手がつけられない。
 彼らは天文学や物理学や宇宙開発について完璧なまでに無知であり、自分で計算もできないのに、アポロの映像に科学的な間違いを指摘できると思い上がっている。

 無知そのものはしかたがない。僕もそうだが、一人の人間は世の中のことの一万分の一も知らないものだ。分からないことは調べればいい。それでも分からないことは、判断を保留しておけばいい。
 必要なのは謙虚さだと思う。「専門家ではない無知な自分には理解できないことが多いのだ」と思うこと。専門家ではない人間の言葉は疑ってかかること。それがトンデモ説にひっかからない秘訣だろう。

  
タグ :宇宙

Posted by 山本弘 at 18:18Comments(10)TrackBack(4)サイエンス

2008年10月03日

「……に見える」という罠

 今日は気分を変えて、こんなページを紹介しよう。
 何の予備知識もなしに見ていただきたい。

北岡明佳の錯視のページ










 これは見た人間はおそらく全員、最初は「アニメーションだ」と思ったはずである。僕もそう思った。
 しかし、これは静止画なのだ。
 ウソだと思うなら、1匹の「蛇」だけじっと観察してみればいい。実は回転なんかしていないことが分かる。
 なぜこう見えるのかという原理の説明はあるのだが、不思議なのは、説明されてもなお、回転しているようにしか見えないということだ。

 こうした錯視・錯覚の例は日常生活でもある。
 たとえば月の大きさ。地平線近くにある月は、天頂近くにある月より大きく見える。誰が見てもそう見えるのだ。
 じゃあ、地平線近くの月は天頂の月よりも近くにあるのか……というと、そんなことはぜんぜんない。地球からの距離は変わらない。(厳密に言うと、天頂にある時の方が地球の半径分だけ接近するので、6000kmほど近い)

 よく超能力者を擁護する人が使うフレーズに、「私がこの目で見たから確かです」とか「トリックなんかありませんでした」というものがある。
 そういう人はトリックを100%見破れるとでも思っているのだろうか。僕もテレビでマジシャンの演技をよく見るが、1回見ただけではトリックが見破れないものがほとんどである。何度もビデオで見直して、ようやくタネが分かってくる。
 人間の目なんか信用してはいけない。目は実に簡単にあざむかれる。

 9.11陰謀論者のお得意の論法は、ツインタワーが倒壊する映像が「爆破解体に見える」というものである。「爆破解体に見えるから爆破解体だ」というのだ。
 しかし、実際の爆破解体では、建物の倒壊がはじまる直前に、建物全体に仕掛けられた爆薬がいっせいに爆発するのが見える。ツインタワーではそんなものは見えない。
 そもそも、ビルを爆破解体するには、ただ爆弾を置けばいいというものではない。確実に破壊するには、柱に穴を開けて爆薬を詰めこむ作業が必要だ。しかも大きなビルの場合、爆薬の総量は何百kgにもなる。大勢の人が出入りしているビルに、こっそり仕掛けるなんて不可能なのだ。
 だいたい、何でそんな手間をかけて爆破解体しなくちゃならんのか。旅客機を突っこませるだけで十分ではないか。
 つまり理屈からするとそんなことはありえないのだが、陰謀論者は「爆破解体に見える」という理由で固執し続ける。

 アポロ陰謀説もそうだ。
「本物の月面のように見えない」
「スタジオで撮影したように見える」
「飛行士をワイヤーで吊ってるように見える」
「スローモーションのように見える」
 見える、見える、見える……根拠はもっぱら素人の主観である。
 僕などは高校時代、アポロ15号で月面車が月面を走行する様を初めて見て、車輪が巻き上げる砂塵が正確な放物線を描いて落下すること(真空中でしかありえないことだ)に感動したものだが。
「影の向きがおかしい。光源がいくつもある証拠だ」
 などという者もいる。光源がいくつもあったら影もいくつもできるだろうが。だいたい、あんな広いスタジオだか砂漠だかを一様に照らさせる単一光源って何だ。そんなもんないぞ、太陽以外には。

(先回りして言っておくと、「じゃあこれはどう説明するんだ」という類の質問はお断りする。9.11陰謀説については奥菜秀次『陰謀論の罠』を、アポロ陰謀説については『人類の月面着陸はあったんだ論』をお読みいただきたい。あなたの疑問はすでに説明済みだから)

 今回の神舟7号疑惑も、構造は9.11陰謀説やアポロ陰謀説とまったく同じである。
「泡に見える」
「水中で撮影したように見える」
「吊っているように見える」
 根拠はこれだけである。
 すでに説明したように、旗の挙動を見る限り、水中で撮影したものでないことは明白である。松浦氏も指摘しているが、動画の最初の00:07あたりで、飛行士が旗を振った拍子に、旗がくるりと軸に巻きつく場面がある。水中ならこんな動きはありえない。旗の材質が何か分からないが、あんな薄くて面積の大きいものなら水の抵抗を受けるから、常に軸にひっぱられるようにしか動かないはずである。
 水中ではないのだから、泡もありえない。
 にももかわらず、依然として陰謀論者は「泡に見える」「水中で撮影したように見える」と言い続ける。
 間違いでも百万回言ったら正しくなるとでも思っているのか。

 もし「××に見えるから××だ」という論理が許されるなら、地平線近くの月は地球に近いことになる。北岡氏の「蛇の錯視」はアニメーションということになる。マジシャンはみんな魔法で物体を浮かしたりウサギを出していることになる。
 主観に頼って判断するのは危険だ。重視すべきは正しい知識と正しい論理なのである。

追記:
 さらに先回りして言っておくと、以下の類のコメントは禁止させていただく。投稿されても削除する

・前の2つのエントリですでに説明済みのことを「説明しろ」「コメントしろ」という要求。(説明済みのことに説明を要求するのはトンデモさんの特徴である)
・松浦氏のブログにある説明を読まずに書いたことが明白なコメント。
・「エキサイトしすぎ」「落ち着け」「ニコニコや2ちゃんねるに本気で腹を立てなくてもwww」などというコメント。あなたにとってはどうでもいい問題かもしれないが、僕ら科学を愛する者たちにとっては、疑似科学や陰謀論が広まるのは重大問題なのだ。
・問題の本質から目をそらし、「バカ」発言の是非にこだわるコメント。
・それでも「泡に見える」「水中撮影に見える」と主張する頑固なコメント。
・神舟問題とは関係ない中国への批判。どこかよそでやってくれ。

  

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2008年10月02日

続・「神舟7号の宇宙遊泳もなかったろう論」

 昨日の記事の続き。
 松浦晋也さんのブログで、捏造派に対する反論がまとめて掲載されている。

10月1日正午までに提出された疑問と回答
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2008/10/101-c816.html


「宇宙飛行士の姿勢」「旗の動き」「ロケットの振動」といった疑問について、松浦晋也氏、ROCKY江藤氏、寺薗淳也氏ら、宇宙開発に詳しい人たちが詳細に解説している。
 唯一、謎なのは「泡」と称されているデブリ状物体の正体だが、これは特定するのは難しいだろう。船内で宇宙服に着いた水滴が凍ったものなのかもしれないし、食事をした時に出たクズとか、飛行士のフケとか(笑)、いろんな可能性が考えられる。船外活動を開始する前、船内では何時間もいろんな活動をやってきたのだから、宇宙服にゴミが何ひとつ付着していないと考える方が不自然だろう。
 たとえば、どこかに観光に行って撮影したビデオの中に、服から何か小さなものが剥がれ落ちた瞬間が写っていたとする。「あの落ちたものの正体は何でしょう?」と言われても困る。そんなもの特定不可能である。
 コメントの中で野尻抱介氏がムチの例を出して説明しているように、飛行士のちょっとした動きが大きな初速を生み出してしまうことはありうると思う。たとえばホコリやフケのような軽いものは、地球上では空気抵抗のためにすぐに減速してふわふわと漂うが、真空の宇宙では最初に打ち出された速度のまま一直線に飛び去ってしまう。
 ただひとつ確かなのは、「泡」ではないということだ。なぜなら、旗の動きから見て明らかに水中での撮影ではありえないからだ。水中ではないのだから、泡ではありえない。
 いまだに「泡」説にしがみついている人間は、そんな単純なことさえ理解できていない。あるいは慣性の法則や空気抵抗という概念が理解できないので、あの旗の挙動が無重力の真空中の動きであることが理解できないのか。

 松浦氏のブログのコメントでは、北上という人物がしつこくつきまとって異議を唱え続けている。松浦氏が可能なかぎり誠実に答えてるのに「逃げすぎ」って何だ。分からないことについていいかげんな回答を書いたら、それこそ誠実じゃないだろう。
 アポロ疑惑や9.11疑惑の時もそうだったけど、こういうのって必ず、どんなに証拠を挙げようが論理的に説明しようが、絶対に納得しない人間がいるんだよねえ。僕はそういう人間を何人も見てきた。
 そういう人たちはおそらく、自分が珍説に騙されていたオバカさんだったことを認めたくないのだろう。そうじゃない。本当に賢い人間は、騙されていたことに気づいたら即座に意見を撤回するものだ。ちょっとプライドは傷つくだろうが、そんなのはすぐに癒える。むしろ間違った説にしがみ続けるほど、傷口は深くなる。

 いちばん笑ったのは、「真幸」という人のこんな発言である。

>本当の宇宙を知らない馬鹿と言う松浦さんは宇宙に行ったことがあるんですか?

 だったらお前は宇宙に行ったことがあるのか!?(笑) この理屈だと、中国に行ってない人間は中国について発言できないし、プールで水中撮影したしたことのない人間が「水中撮影だ」と主張することもできないってことになっちゃうんだが。

>説明責任があると言うのならば、何故少数のニコニコ動画の閲覧者をあげつらってまるで馬鹿が大多数存在するかのような発言をなさるのですか?

「大多数」かどうかは分からないが、げんにそういう人間が多くいることは、松浦氏のブログのコメントで証明されているのだが。
 ちなみに、元の動画の再生数はすでに9万回以上、神舟7号関連の動画全体では15万回を超えていて、決して「少数」とは言えないと思う。
(ちなみにup主は「想像以上の多くのデータを収集する事が出来、管理人様には大変感謝しております。皆様のお陰でうp主の当初の目的はほぼ達成する事が出来ました」などと、釣りだったかのように読めることを書いている。本当に最初から釣りだったなら、捏造発言をしていた連中はいい面の皮だ)

 前回のエントリーに寄せられたコメントについても、コメントしておこう。
 多いのは、「プロが素人を『バカ』と罵るのはけしからん」(大意)という意見である。
 しかし、「宇宙で星が写らないのはおかしい」とか「光源どこだよ」などという、ものすごく初歩的な恥ずかしい間違いを、大勢の人の目に触れるところに堂々と書きこみ、それを根拠に他人を非難したり、プロに食ってかかったりする人間を、いったい何と呼べばいいのだ?
 もうひとつ、プロが素人を「バカ」と呼んではいかんというなら、素人がプロ(中国の宇宙開発関係者)を「捏造だ」と罵るのは許されるのか?
「バカ」というのは単なる悪口である。しかも、この場合は正しい指摘である(笑)。しかし、捏造ではないものを「捏造だ」と言うのは、明白な誹謗中傷である。
 たとえば、オリンピックで優勝した選手に、根拠もなしに「八百長だ」とか「ドーピングしたに違いない」という言葉を浴びせたらどうなるか。日本人同士なら、名誉毀損で訴訟沙汰になってもおかしくない。
 まさか「中国人に対しては何を言ってもいい(たとえ事実に反することであっても)」なんて思ってるんじゃないよね?

 誤解を受けないように言っておく。僕は中国という国が嫌いである。個々の中国人には無辜の人や善人も多いと思うが、中国政府や社会体制には絶望している。
 同時に、日本という国を誇りに思っている。世界の平均から見ると、犯罪が少なく、識字率が高く、平均寿命が長く、紛争もなく、食糧はたっぷりあり、ストリートチルドレンもいない、実に優秀な国である。

 だからこそ、日本の評判を落とす愚かな日本人たちに腹が立つ。

 今度の「神舟疑惑」、捏造派は自分では愛国者のつもりで、中国を罵って楽しんでいるのだろう。だが実は、「日本人には科学知識も観察力もない奴がこんなにも多い」ということを世界にアピールしているのだ。
 こんな説がさらに広まったら、日本の恥だ。嫌日中国人にとって、日本叩きの格好のターゲットだろう。自分たちの発言が利敵行為であることに、捏造派は気がついていない。
 そんなこともひっくるめて、僕は彼らを「バカ」と呼ぶのである。

  

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2008年10月01日

今度は「神舟7号の宇宙遊泳もなかったろう論」

 アポロ陰謀論が最近下火になってきたかと思ったら、今度は神舟7号の船外活動の映像がでっち上げだと主張する連中がうじゃうじゃ湧いて出ている。

中国の「神舟7号」の船外活動の映像の中に・・・泡が?

 この映像の1:05秒のところで右の飛行士のヘルメットから、1:38のところでハッチから、泡が出ているのが見える。これは水中で撮影した映像だ……というのである。

 いやいやちょっと待てお前ら、最初の方の旗振ってるところちゃんと見ろよ。この旗、何の抵抗もなしにぶらぶら揺れてるぞ。
 水中で旗振って、こんな動きになるか? それこそ水の抵抗がないとおかしいだろ?
「泡」と言われているものも、泡にしては速すぎるし、斜めに直進してる。正体は分からないけど、何かの拍子で船体から剥がれたデブリじゃないかしらん。
 だいたいアポロ疑惑にしてもそうだけど、捏造の証拠が映ってたらNGにするだろ、普通は?

 まあ、中国はオリンピックでああいうことをやった前科があるから疑われるのもしかたないけど、コメントしてる連中のレベルが低すぎ。 中国人のバカさを嘲笑ってるつもりかもしれんけど、逆に自分たちの科学知識の無さをさらけ出されてるんだよねー。

(注意:引用したコメントの中には、すでに消えているものもある)

00:21「旗のうごきが無重力と思えないうごきしてるwww」

 無重力の旗の動きって、見たことあるのお前?
 つーか、明らかに柔らかい素材だし、ピアノ線で吊ってる様子もないのに「上」に向かって立ってるのは、無重力としか思えないんだが。

00:22「注目:これからこの飛行士はスラスターや腕の力ではなく足によって体の位置を入れ替えます」

 いやいやいや、明らかに左手でつかまって、腕の力で全身を動かしてますが?

00:33「なんで体が自然落下してんの?」

 してません。

00:38「注目:太陽に向く気がないソーラーパネル」

 ソーラーパネルが太陽の位置に合わせて可動すると思ってんのか。

00:42「地球の大きさ変わりすぎ。どんな軌道だよ…」

 ぜんぜん変わってません。

01:03「今旗下に落下しなかったか?w」

 してません。

01:00「どっから光あててるんだよ…」
01:48「光源どこだよw太陽の反対ならもっと暗いだろw」

 画面の上にでっかく写ってる地球が見えんのか? (笑)
 ちょっと計算してみた。この宇宙遊泳は高度343kmの円軌道で行なわれたという。この高度での地球の視直径は143度。月の視直径が約0.5度だから、見かけの大きさは満月の約290倍。見かけの面積は8万倍以上。おまけに地球のアルベド(反射能)は月の4倍以上あるから……まあとにかく、めちゃくちゃ明るいわけである。
 太陽はというと、この画面の「下」、宇宙船の裏側にある。つまりこの映像は宇宙船の影の部分であり、太陽は当たっていない。すべて地球光に照らされているのだ。太陽が点光源に近いのに対し、地球は視野の大半を占めるほど広い面光源だから、コントラストが明瞭ではないわけである。
「宇宙で撮った映像ならコントラストがはっきりしているはず」と思うのは、天文学の知識のない奴だ。

01:37「もっと真空なら浮かぶはずだろ」

 意味不明。

02:17「胸のストラップが水の抵抗を受けた動きしてるw」

 いやいや、これどう見たってホースとかにぶつかって動いてるだろ?

02:21「っていうか、地球が動かなすぎるwwww」
02:31「地球が全く自転してない件について(神船は静止衛星ではない)」

 画面下のスライダ、左右に動かして早送りしてみろよ。ちゃんと回転してるのが分かるから。

00:17「星は…いずこに…?」
00:26「星は?」
00:37「何で星が一つもないんだろうね^^」
01:07「つーか何で背景真っ黒なんだ?」
01:17「他の星って全然映らないものなのか?」
01:45「星って、うつってないね」
02:00「マジで星どこよ?」
02:43「というか…宇宙空間に星が見えないのはなぜだ」

 ああ、やっぱりそこから説明しなきゃいかんのか?(笑)

 あのね、小学生のきみたちに、おじさんがわかりやすく教えてあげるよ。
 晴れた夜にビデオカメラを持って外に出て、空を写してごらん。夜空はどんな風に写る?
 そう、真っ暗だね。
 星はすごく暗いものなんだよ。金星みたいにマイナス何等級という明るい星でないと、普通のカメラにはなかなか写らないの。星空を撮影しようとしたら、高感度のビデオカメラでないとだめなの。
 あと、カメラには「適正露出」というものがあってね、被写体がはっきり見えるように、カメラに入る光の量を調節しなくちゃいけないの。光の量が少なすぎると真っ暗になるし、多すぎると真っ白になっちゃうの。
 この映像の場合、宇宙飛行士の姿をはっきり見せたいわけだから、露出は飛行士に合わせてあるわけだね。ということは、星は暗すぎて写らない。もし星が見えるほど光の量が多かったら、宇宙飛行士もバックの地球も真っ白になっちゃうね。
 そもそもどうしてみんな、「宇宙では星が写るはず」と思ってるのかな?
 それはSF映画やSFアニメを見て、宇宙のシーンで星が写ってるのが当たり前だから、そう思いこんでるんじゃないのかな?
 でもね、あれはフィクション、ウソなんだよ。
 現実とフィクションの区別はつけなきゃいけないね。本当は、地球みたいな明るい光源が視野の中にあると、星なんか見えないの。
 ウソだと思ったら、スペースシャトルとか国際宇宙ステーションとかの船外映像を見てごらん。どれも星なんか写ってないから。
 それとも、あれもみんな「ねつぞう」だって言うのかな?


(普通の口調に戻す)
 それにしてもあきれた。
 まあ「泡」については確かにそう見えないでもないんだが、「地球が自転していない」などと、明らかに写っているものが見えていなかったり、「地球の大きさが変わってる」とか「旗が落下してる」とか、存在しないものまで見えてしまうのは、どういうことなのか。もはや「観察力の欠如」では済まされない。
「捏造だ」と信じて見る人間には、無いものまで見えてしまうのか。

 宇宙遊泳だけじゃなく、打ち上げまで捏造だという説もある。

あの有人宇宙船「神舟7号」の打ち上げシーンをうpしてみた Part.1

 まあ確かに、1:04からのカットがかなりミニチュアっぽく見えるのは否めないんだけど(笑)、でも炎の出方はリアルだよね。
 だいたい、現代の技術で捏造しようとしたら、それこそミニチュアじゃなくCG使うだろ。これまでさんざんロケット打ち上げてるんだから、その映像を流用したっていいんだし。

 船外カメラが揺れてないのが変だと言ってる連中が多いんだけど、打ち上げ時に画面が揺れてない映像は他にもある。

 これは民間のロケットの打ち上げ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm766916

 こっちは内之浦から打ち上げられたJAXA/ISASのM-V-6号機の実写映像。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm924038

 神舟7号の場合と同じく、カメラがまったく揺れていないのが分かる。「カメラが揺れるはず」というのは、やはり無知な人間の思いこみにすぎない。

 こんなことを言っている連中もいる。

http://s03.megalodon.jp/2008-0930-0624-03/alsoku.blog47.fc2.com/blog-entry-257.html

>背景の地球が自転してないwwwwwww

 だからスライダー動かしてみろってば。

>なんで真空の宇宙で旗がはためくの?

 手で持ってからに決まってるじゃん!
 あんたは真空中なら旗を手で持って動かしてもはためかないと思ってんのか?

>旗がはためくのは太陽風とかあって宇宙でもはためくことはある
>アメリカの時のとかも太陽風だとか説明されてる

 ねーよ!(笑) 太陽風がそんなに強いわけねーだろ。「風」ったって、真空と大差ないよ。
 思いつきで聞きかじりの科学用語使うな。

>まぁアポロも実際には月に行ってないんだし、
>メンツのためなんだろ

 やっぱりいたーっ、アポロ陰謀論者!(笑)

>明暗のコントラストが弱すぎる。
>製作者はキューブリックの2001を
>10万回見直して来い。

 お前こそ、国際宇宙ステーションとかスペースシャトルの実写映像を10万回見直して来い。
『2001年』のディスカバリー号のコントラストがはっきりしてるのは、地球から遠く離れていて光源が太陽しかないからで、地球の近くだと地球光の照り返しがあるんだよ。

 まだまだ続くんだけど、正直、疲れたんで全部読む気力ない。

 こちらは松浦晋也さんのブログ。

 松浦晋也のL/D:このっ、バカ共が!

 松浦さんはまともなことを書いているのだが、コメントがひどすぎる。「バカ」とか「太平洋戦争」という単語に脊髄反射で反応してるとしか思えない。
 ニコニコ動画のコメントについては、「みんなネタで書いてるんじゃないか」という意見もあったが、こうして見るとやはり真剣に信じてる奴が多いようだ。松浦さんが腹を立てるのも無理はない。

 あのね、小学生のきみたち、松浦さんという人は、宇宙開発についての本を何冊も書いている、いわばプロなんだよ。
 宇宙開発の知識については、きみたちの何百倍もくわしいんだよ。
 そんな人に向かって、何をえらそうに文句言ってんの?
 ド素人の自分の方が松浦さんよりかしこいと思ってる?
 悪いけど、「バカ」と言われてもしかたないね。


 この騒ぎが中国人に知られないことを祈る。知られたら、「日本人の科学レベル低すぎwwww」「だからいまだに有人宇宙船打ち上げられねーんだよ」とか笑われるに決まってるから。

  

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2008年09月13日

8月19日(火)フェブラリーのアレに触れる

 翌日はつくばのKEK(高エネルギー加速器研究機構)の見学。
 最初に訪れた見学者用の展示室で、いきなり興奮した。

「エアロゲルだーっ!」



 解説しよう。これはシリカを原料にした乾燥ゲルで、体積の90%以上が空気という代物。だから異常に軽い。ほぼ無色なうえに、屈折率が空気に近いので、そこにあるにもかかわらずうっかりすると見過ごしてしまうという、何とも奇妙な物質だ。
 これはチェレンコフ放射を利用して、放射線の検知素子として使われている。
 僕がこの物質の存在を知ったのは、20年ぐらい前の『サイエンス』の記事。さっそく『時の果てのフェブラリー』に登場させた。超知性体の操る多面体UFOが、エアロゲルで構成され、内部のモノポールによって磁場を操り、低重力の中で浮かんでいるという設定である。
 でも、現物を見たのはこれが初めて。しかも手で触れる。
 軽い! 軽いよ!
 実際の密度は分からないけど、感覚的には発泡スチロールより軽く感じた。
 展示してあったのは破砕したかけらみたいだったので、「すみません、これ、おみやげにもらっていいですか?」と思いきって申し出たら、OKしてもらえた。何で僕がこんなにエアロゲルにエキサイトしてるのか分からなかったみたいだけど。
 でも、もろいのが欠点なんだよね。カメラのバッグに入れて持ち帰ったんだけど、大阪に帰るまでにかなり粉々になってて、小さなかけらしか残ってませんでした。残念。
 これ、透明なケースにでも入れて、おみやげとして売ってくれないかな。さすがに使用済みの放射化したやつはまずいだろうけど。壊れたやつとか捨てちゃうのもったいないよ。

 他にも印象的だったのは、電子と陽電子をぶつけて素粒子の対称性の破れを探るBelle実験施設――と言うより、厳密にはその裏側のコンピュータ・ルームに感動しました。
 ケーブルがまるでジャングル!
 これはツタだよツタ!

 部屋中、びっしりとケーブルがはびこっていて、間違って抜いちゃったら元通りにちゃんと接続し直せるんだろうかと不安になる。

 もちろん加速器などの施設も見学。
 旧式のコッククロフト・ウォルトン型高電圧発生装置が、評判通り、『鉄腕アトム』に出てきそうな美しさ。周囲の壁がすべて金属で覆われているのもかっちょいい。

 最後に解説と質疑応答のコーナーがあった。
 現在、計画が検討中なのが、ILC(International Linear Collider)。各国共同のプロジェクトで、全長30kmのトンネルを掘って、その中に500GeVのでかい直線加速器を建設しようというもの。まだ日本に建設するかどうかは決まっていないが、建設されるとしたら、これまたネタに使えそう。

 ツアー参加者の一人が、「昔、『銀河英雄伝説』でX線レーザーというものが出てきたのですが、それがどんなものかようやく分かりました」と言っていたのが印象的。
 KEKの人たちにしてみれば、自分たちのやっていることをもっと世間に知ってもらいたいのだろうけど、SF作家としてはやっぱり、「小説の中に使えるか」を優先して考えちゃうんだよね。

 ところで、なにせ広い施設だから、中には食堂もあればコンビニもあれば書店もある。
 見学の合間の休みに時間に、ふらりと書店に入ってみた。やっぱり物理学関係の本が多いなあ……と思ってたら、トンデモ本を発見!

http://www.amazon.co.jp/dp/4434120182/

 内容的にはよくある、素人が「相対性理論に間違いを発見した!」と主張する本。前に別の書店で見かけていたのだが、「この本はKEKでゲットすることに意義がある!」と思って、話のタネに買ってきた。
 しかし、現代物理学の最先端の場所でこんなの売ってたって、買う人間いるのかね?
 ちなみに、やはりKEK内のコンビニに入った人の話によると、江本勝の『水は音楽を聴いている』も売っていたそうである。 うわあ。

  
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2008年09月13日

8月18日(月)ビーム砲の内側を見学


 コミケの翌日は東海村にあるJ-PARC見学ツアーに参加。
 J-PARCとは、

Japan
Proton
Accelerator
Reserch
Complex

 の略。とにかくものすごくでかい陽子加速器があるのだ。
 まず330mのリニアック(直線加速器)。
 次に円周350mの3GeVシンクロトロン。
 最後は円周1.6kmの50GeVシンクロトロン(内側に甲子園球場が5個入る広さ)。
 この3段で陽子を加速するわけだ。
 現在、建設中のニュートリノ実験施設も見せてもらった。光速近くまで加速した陽子を、グラファイトの棒にぶつけてニュートリノを発生させるのだ。
 特に印象的だったのは、25mの地下にあるビームの通り道、ディケイボリューム。建設中でエレベーターが付いてなかったりするもんで、コンクリートむきだしの階段を5~6階分ぐらい上り下りしなくちゃならず、さすがに足がへばったが、その価値はあった。
 案内してくださった多田先生は「ビーム砲の砲口」と称してたけど、まさにそんな感じ。波動砲の内側を思わせる、金属と冷却パイプで覆われた長いトンネルが、地中を94メートルも一直線に貫いているのだ。完成したら、ここを毎秒1000兆個のニュートリノ・ビームが飛んでゆくわけである。目には見えないけど。
 僕らは砲口の方から入ったんだけど、奥(ニュートリノの発生装置)に向かうにつれてトンネルが小さくなってゆくもんで、『ドラえもん』のガリバー・トンネルのようでもある。
 ビーム砲の前にはグラファイトでできたビームダンプと呼ばれる遮蔽体があり、ニュートリノ以外の粒子はここで止められる。
 ニュートリノ・ビームが飛んでゆく先にあるのは、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町にあるスーパーカミオカンデ。
 ニュートリノは透過性がきわめて高いので、地中を295km貫通するぐらいはたやすい。それをスーパーカミオカンデで捕らえようという壮大な実験なのだ。
 ビームのさらに先は日本海を貫いて韓国にまで達してるんだそうで、韓国では日本の実験に便乗したニュートリノ実験を計画しているとか(笑)。

 他にも、中性子を利用した物質・生命科学実験施設なども見学。
 ずらりと並ぶコイルやら、でかいクレーンやら、よく分からない銀ピカのメカやら、液体窒素のタンクやら、とにかくかっこいいものばかり。いやあ、いいなあ。来て良かったなあ。
 小説の参考になりそうなネタもいろいろ。多田先生に「『MM9』の続編でここ壊してもいいですか?」と言うと、「どうぞどうぞ」という返事。
 海が間近にあるから、怪獣が上陸するのに絶好のロケーションである。陽子加速器はもちろん、大量にある液体窒素とか液体ヘリウムなんかも、話の中で使えそう。

 一方、小説のネタにならないのが、多田先生ご自身。
 金髪で、いつも迷彩服を着て、腰の周りに工具をじゃらじゃらぶら提げてる、インパクトのある人。これでも理学博士で「素粒子物理学研究所 物理第三研究系 ニュートリノグループ」の偉い人なんである。施設の設計なんかもやってるそうな。普段はつくばの方に住んでるんだけど、週末にはつくばエキスプレスで秋葉原に繰り出すのだ。
 こんなキャラ、小説に出したって、「こんな科学者がいるわけない」「リアリティがない」って言われるよ!
「事実は小説より奇なり」と言うが、小説における「リアル」とは何なのかと、深く考えさせられましたわ。

  
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