2016年11月22日

と学会がやっていたことは「弱い者いじめ」だったのか?・4

 僕はもう、と学会を辞めている。
 http://hirorin.otaden.jp/e312496.html

 理由はいろいろあるが、ひとつの理由は「つまらなくなった」ということだ。
 トンデモ本が少なくなったわけではない。今も多くのトンデモ本が出版され続けている。ただ、新しいものが少なくなってきた。
 日本トンデモ本大賞の候補作は、毎年、僕が選んでいたのだが、ノミネート作のリストを見ても、バラエティが豊富だったのは『人類の月面着陸は無かったろう論』が受賞した2005年の第14回あたりがピークだった。

http://kokorohaitsumo15sai.la.coocan.jp/tondemotop.htm

 以後は、『富を「引き寄せる」科学的法則』のような1世紀も前のトンデモ本や、『新・知ってはいけない!?』のように前に出た本の続編、『秘伝ノストラダムス・コード』のような時代遅れのノストラダムス本、『超不都合な科学的真実』『小説911』『本当かデマか 3・11[人工地震説の根拠]衝撃検証』のように著者本人が唱えているのではなく世間にあふれている陰謀説を寄せ集めた本など、独創的なものが明らかに減ってきている。2012年の第21回、2013年の第22回などは、と学会の会員に呼びかけてもトンデモ本が集まらず、かなり苦しんだ。大川隆法、苫米地英人、中丸薫らの本が何度もノミネートされているのも、ノミネート作が揃わないための苦肉の策だった。
 おそらく僕らは、乱獲によってトンデモ資源を枯渇させたんじゃないかと思う。トンデモってもっと奥が深いかと思っていたら、意外に浅かったんだなと。
 1950年代に書かれたガードナーの『奇妙な論理』を読めばわかるように、現代のトンデモ説の多くは昔から存在しているものか、その焼き直しにすぎない。だからこれから出るトンデモ本の多くも、すでにある説の焼き直しにすぎないんじゃないだろうか。
 だからと学会をはじめた頃と比べて、トンデモ本への関心はひどく薄れている。

 もっとも僕はまったく関心をなくしたわけじゃない。ニセ科学やデマ関連のウォッチングはASIOSの本で続けている。と学会の本と違って、積極的に笑いを取りに行くことは控えるようになったが、それでも多くの人に読んでほしいから、「面白い」と感じさせる文章にする努力は怠っていない。
 世の中には、放置しておくのは危険なニセ情報がまだまだたくさんあるからだ。
 ほんの一例を挙げるなら、「阪神淡路大震災の時に強姦が多発した」というのは悪質なデマで、信じる人が増えたら危険だから、データを挙げて否定している。

http://hirorin.otaden.jp/e427750.html

 ネットの普及により、デマの拡散速度も飛躍的に速くなった。特に、見ず知らずの多くの人を傷つけたり、新たな災厄のタネになるかもしれないデマに対しては、見つけしだい大急ぎで否定する必要がある。だからこのブログでもデマの否定を頻繁にやっている。
本人に直接言うなり手紙やメールを出すなり」などと、のんびりしたことを言っていては手遅れになるかもしれないから。

  


2016年11月22日

と学会がやっていたことは「弱い者いじめ」だったのか?・3

 そもそも『トンデモ本の世界』が出版された1995年はどんな年だったか思い出してほしい。
 そう、地下鉄サリン事件のあった年だ。
 あの事件がどれほど日本を騒がせたか、ご記憶の方は多いはずだ。オウム真理教はオカルトや超能力、フリーメーソン陰謀説や、様々なニセ科学にハマっていた。それらは、マスメディアが無視していたか、あるいは逆に持ち上げていたものだった。(『超能力番組を10倍楽しむ本』でも書いたが、90年代前半まで、超能力を肯定的に扱う番組は実に多かったのだ)
 1995年のあの日まで、ほとんどの日本人はオカルトや超能力や陰謀論やニセ科学にさほど関心がなかったか、あっても「たいしたことじゃない」と侮っていたと思う。
 そこにあの事件が起きた。
 多くの人が存在に気がつかなかった、あるいは何もしないで見過ごしていたものが、気がついたら恐ろしい怪物に成長していた。
「あれはいったい何なんだ!?」と狼狽し、説明を求めていた人たちに、僕らがタイミングよく「トンデモ」という概念を提示した。だから『トンデモの世界』はベストセラーになったのだと思う。
 もちろん、オウム事件に便乗したわけじゃなく、出版予定は前から決まっていて、地下鉄サリン事件がたまたまそれに重なっただけなんだけど。

 これは『トンデモノストラダムスの世界』で書いたけど、僕は五島勉氏が『ノストラダムスの大予言』という本を書かなかったら、オウム事件は起こらなかったと思っている。
 無論、『ノストラダムスの大予言』を読んだ時点で、オウムの台頭を予想するのは誰にも無理だったろう。でも後知恵で見て、因果関係があるのは否定できない。
 言い換えれば、今はまだたいしたことがないように見えるトンデモ説でも、将来、怪物に成長する可能性があるということだ。
 今も日本には、多数のトンデモ説が乱れ飛んでいる。そのどれかが新たなオウム事件の萌芽になるのか、今の段階ではまったく予想できない。でも、常に誰かが目を光らせていなければいけないんじゃないだろうか?

 実際、僕も予想できなかったことがいくつもある。
 たとえば『トンデモ本の世界R』(2001)で、石橋輝勝『武器としての電波の悪用を糾弾する!』という本を紹介した。自分は世界を支配する組織から電波攻撃を受けていると主張する、典型的な関係妄想の本だった。だが、自費出版されたマイナーな本であり、大きな影響力などないと思っていた。
 まさか著者が2003年に民主党推薦で千葉県八街市議会議員選挙に立候補して当選したり、「テクノロジー犯罪被害ネットワーク」なんてものを結成したりするなんて、まったく予想していなかった。

 あるいは『トンデモ本1999』で取り上げた谷口裕司『宇宙からお母さんへのメッセージ』という本。著者は育児文化研究所という団体を主催しており、全国に10万人以上の会員がいるという。この本は、おなかの中の赤ちゃん、それどころかまだ妊娠さえしていない赤ちゃんがテレパシーで語りかけてくるという本だ。地球にはすでに大勢の宇宙人が来ていて、人類を指導しているとも書かれていた。
 僕は育児文化研究所という団体がUFOカルト化していることに漠然と不安は抱いた。
 だが、この時点で、すでに誤った指導のせいで犠牲者が出ていたなんて思いもしなかった。

http://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/MEMBERS/TANPA/H12/000403.htm

『トンデモ本の世界R』(2001)では、谷口祐司氏の別の著書『緊急!マリア様からのメッセージ』を取り上げ、「しかし、笑ってばかりもいられない。この育児文化研究所をめぐって、実は悲惨な事件が起きていたことが明らかになったのだ」(89ページ)と書いて、事件に触れている。
 読み返していただければ、この文章の前後で、僕の文体ががらっと変わっていることに気づかれると思う。『緊急!マリア様からのメッセージ』は笑えるトンデモ本だが、両親が谷口氏の誤った指導を信じために赤ん坊が死んだという事実は、笑ってはいけないと思った。
 しかし、谷口氏の著書を「笑ってはいけない」とも言いたくなかった。むしろ、谷口氏の著書を読んだ人たちが、これがトンデモ本であることに気づかず、笑いもせずに信じこんでしまったことが、悲劇を招いたのだと思う。
 こんなのは笑い飛ばすべきだった!
 もっと早くみんながトンデモさに気がついて笑い飛ばしていれば、悲劇は阻止できたんじゃないだろうか。

 あるいは『トンデモ本の世界W』(2009)で取り上げた『胎内記憶』。胎内の赤ちゃんが母親のへそから外を見ているなどと主張するとびきりのトンデモ本だが、著者の池川明氏が当時よりさらに有名になって、各地で講演会を開いているばかりか、親学推進協会の特別委員や誕生学協会のサポーターをやっているという事実に、育児文化研究所の事件を連想し、軽く戦慄している。
 池川氏一人が信じているだけでなく、いい年した大人、しかも高い地位にある人たちまでもが大勢、「赤ちゃんが母親のへそから外を見ている」などという話を本気にしているらしいのだ。これは十分すぎるほど恐ろしいことではないだろうか?

 正直に言うと、僕もいつも笑っているわけではない。話があまりにもシリアスすぎて、矛先が鈍ることは何度もあった。
 たとえば『トンデモ本の世界U』(2007)で、小出エリーナ『アメリカのマインドコントロール・テクノロジーの進化』を紹介した時のこと。CIAの電波攻撃「マイクロウェーブ・ハラスメント」を受けている(と思いこんでいる)人たちについて、僕はこう書いた。


 どうやら苦しい体験をしている著者たちを支えているのは、自分と同じ体験をしている人が大勢いるという連帯感と安心感、そして巨大な悪と戦っているという怒りと使命感のようである。
(中略)
 だが、僕にはそれこそ「個人の一時的な解消でしかない」ようにしか見えない。ミもフタもないことを言わせてもらえば、「早く病院に行きなさい」と言いたい。現代では統合失調症に効く薬がいくつもある。それらで治癒できるか、症状が改善される可能性は高い。
 だが、マイハラ被害者同士の連帯は、適切な治療から彼らを遠ざけているように思われる。仲間の話を聴くことは、自分の体験が幻覚や妄想ではないと確信させてくれるし、中には「体内にインプラントを埋めこまれるから病院に行ってはいけない」とアドバイスする者もいるからだ。
 だから僕は、最初は笑って読んでいたものの、だんだん笑えなくなってきた。心の病気だからしかたがないとはいえ、治療を受ければ助かるかもしれない人が、自ら救いを拒否して苦しみ続ける姿は、胸が痛む。

 これは僕の嘘偽りない本音である。
 罪もない赤ん坊が愚かな指導のせいで死ぬなんてことはあってはいけない。
 病気に苦しんでいる人には、ぜひ良くなってほしい。
 そのためには、明らかに間違っていることに対して、誰かが「間違っている」と声を上げないといけないと思う。
本人に直接言うなり手紙やメールを出すなり」なんて甘っちょろいことを言っている間に、誰かが死ぬかもしれないのだ。

 最初の『トンデモ本の世界』を出した頃から、僕は『トンデモノストラダムスの世界』という本を必ず1998年に出そうと心に決めていて、ずっと資料の収集を続けていた。
 今の若い人にはピンとこないかもしれないけど、1990年代の日本人の中には、ノストラダムスの予言を信じこみ、「1999年に人類は滅亡する」と思っていた人間がかなり多かったのだ。彼らが1999年になったら、不安になってパニックを起こし、犯罪に走ったり自殺したりするかも……という懸念は、決して杞憂ではなく、当時としてはリアルな危機感があった。
 だから僕は、そうした事態を予防するために、1998年に『トンデモノストラダムスの世界』を出そうと決意した。
 その際、ベストセラーである五島勉『ノストラダムスの大予言』だけに絞りはしなかった。当時すでに氾濫していた大量のノストラダムス本(正確に言えば、ノストラダムスの詩から勝手に未来に起きることを予言する本)をかたっぱしから読んで笑い飛ばした。
 当然、中には五島氏ほど売れていない人、abさんの言う「弱い者」もいた。だが僕は、売れているかどうかで区別しなかった。
 起きるかもしれないパニックを防ぐために、ノストラダムス本はどれもデタラメで、著者たちの主張は信用できるものではないことをはっきり示す必要があったからだ。こんなのは笑い飛ばすべきものなのだと。
 幸い、『トンデモノストラダムスの世界』はよく売れた。1999年7月が近づくにつれ、大手のメディアも危機感を覚えたらしく、メジャーな雑誌や新聞でもノストラダムスの予言を否定する記事が増えた。テレビでもやはりノストラダムス批判の番組が増え、僕もいくつか出演した。マスメディアのウォッチングを続けながら、「ノストラダムスの予言なんて信じちゃいけない」というムードが世間に形成されてゆくのを、確かに感じていた。
 そうして1999年7月は何事もなく過ぎ去った。
 パラレルワールドのことなんか分からない。でも、もし僕が『トンデモノストラダムス本の世界』を書かなかったら──abさんが言うように、「本人に直接言うなり手紙やメールを出すなり」で済ませ、広く世間に警告しようとしなかったらどうなっていたか……それはいつも考える。
 少なくとも僕は、災厄を防ぐために、自分がやるべきことをやったと、今でも誇りを持って言える。
  


2016年11月22日

と学会がやっていたことは「弱い者いじめ」だったのか?・2

 じゃあなぜ、単に間違いを指摘するだけでなく、笑い飛ばす必要があるのか?
 理由は簡単、その方がアピールするからだ。
 前にも書いたが、「どんなに栄養のある料理でも、不味ければ誰も食べない」というのが僕のポリシーである。
 ニセ科学やオカルトを批判している人は、と学会以前からいた。だが、大真面目な主張が多く、大衆にアピールしなかった。内容がいくら正しくても、読んで面白いものではなかったからだ。
 生涯をオカルトやニセ科学との戦いに捧げたアメリカのジャーナリスト、H・L・メンケンは、こんな言葉を残している。

「抱腹絶倒一回は三段論法千回に勝る」

 これは真理だと思う。
 数ヶ月前にもそんな体験をしたばかりだ。ある人が僕に「江戸しぐさ」について訊ねた。その人は「江戸しぐさ」がネットで話題になっていることや、問題のある内容であるらしいことは知っていたが、具体的に何が問題なのかはよく知らない様子だった。
 そこで僕は「江戸しぐさ」信者の主張の中で最も笑える箇所──「江戸っ子大虐殺」について説明した。その人は大笑いして、即座に「江戸しぐさ」は信じてはいけないものだと納得してくれた。
 これが「抱腹絶倒一回は三段論法千回に勝る」である。
 もちろん事実を論理的に説明して批判するのも大事だ。だが、「そんなの信じちゃだめだよ」とアピールするには、笑い飛ばすのが早道なのだ。実際、原田実氏はそうやっている。事実関係をきちんと調べたうえで、「江戸っ子大虐殺」のような笑える部分を指摘するのも忘れない。

 と学会の先輩とも言うべきマーチン・ガードナーの『奇妙な論理』(ハヤカワ文庫)にしても、バージェン・エヴァンズ『ナンセンスの博物誌』(大和書房)にしても、事実の羅列だけでなく、笑える部分にスポットを当てたり、随所に皮肉やウィットを混ぜたりして、読者を楽しませる工夫をしている。
 たとえば『ナンセンスの博物誌』は人種偏見に対する批判に多くのページを割いているのだが、その中で紹介されるレイシストたちの発言と、それに対するエヴァンズのツッコミがいちいち笑える。

(前略)ウェイン大学社会学科のA・M・リー教授が一九四三年のディトロイト人種暴動を調査した時、一人の証人は、映画館の灯がついて黒人の横にすわっていたことがわかった途端に気分が悪くなったと述べた。その男の説明では黒人は「常に悪臭を放つ」のだそうだが、彼の嗅覚は暗闇ではきかないものらしい。

 いかがだろう? こういう手法の方が、大真面目に「人種差別は良くない」と説くより効果的だと思わないか?

 もうひとつ、abさんが無視している(故意になのか、本当に気がついていないのかは不明だが)明白な事実がある。
 それは「トンデモの多くは危険」ということだ。
 たとえば、超能力、オカルト、UFO、予言などは、カルト宗教と親和性が高い。「うちの教団に入って修行すれば超能力が身につきます」とか「ノストラダムスはうちの教祖様のことを予言していた」とか「まもなく世界が滅亡するが、UFOに乗った異星人が私たちを助けに来てくださる」などと宣伝している団体は、いったいいくつあるか、多すぎて見当もつかない。
 そうした話に興味を持ち、真剣に耳を傾けていたら、いつのまにかカルト教団に入信していた……ということも、十分にある。
 ニセ科学も昔からよく詐欺の温床になっている。永久機関が本当にできると信じて出資し、金をどぶに捨てた人は大勢いる。トルマリン、タキオン、マイナスイオンなどのありもしない効果を信じて、どれだけの消費者が金を浪費したか。
 もちろんユダヤ陰謀論などは、特定の民族への憎悪を煽るヘイトスピーチだから、ストレートに危険である。
 だからこうした話題を笑って楽しむのはいいけど、真剣に聴かない方がいい。懐疑的に、笑いながら聴くのが一番である。

 abさんはこうも書いている。


単に書き手の無知や間違いを指摘したいだけなら、本人に直接言うなり手紙やメールを出すなりすれば済む事。

 abさんが本気でこんなことを信じておられるのだとしたら、「人がいい」「現実を見ていない」としか言いようがない。
 僕が『トンデモ本の世界』の、それも最初に紹介した矢追純一『ナチスがUFOを造っていた』の項で、こう書いていたのをお忘れなのだろうか。


 ベテランUFO研究家の高梨純一氏は、矢追スペシャルが放送されるたびに、内容の間違いを指摘した手紙をマスコミ各社に送りつけているという。その熱心さには頭が下がるが、効果があるようにはみえない。(後略)

 そう、どんなに間違いを指摘されても、矢追氏はデタラメな番組を作ることをやめはしなかった。
 矢追氏だけではない。『トンデモ本の世界』の「清家新一」「コンノケンイチ」などの項を読み直してほしい。彼らが批判に対して耳を傾けなかったことがお分かりだろう。僕も一度、清家新一氏に手紙を出し、間違いを指摘したことがあるが、無視された。小石泉氏に送った手紙は受け取り拒否されて戻ってきた。
 副島隆彦『人類の月面着陸は無かったろう論』という本もそうだ。僕は『人類の月面着陸はあったんだ論』の中で詳しく取り上げたし、他にも副島氏の説の間違いを指摘している人は大勢いた。だが、副島氏はそれらの膨大な反論をすべて無視した。
『人類の月面着陸は無かったろう論』の中にはこう書かれている。


 だからここではっきり書いておく。もし私の主張が明白に間違いで、アポロ11号の飛行士たちが月面に着陸していたことの明白な証拠が出てきたら、その時は私は筆を折る。もう二度と本を書いて出版することをしない。これだけの深い決意で私は本書を書いた。本当の人生の一本勝負である。(295ページ)

 しかし、副島氏は2016年現在、まだ本を出し続けている。してみると、いまだに自分の主張が間違いだとは認めていないのだろう。

 トンデモ本シリーズではないが、『“環境問題のウソ”のウソ』という本を書いたことがある。ベストセラーになった武田邦彦『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』の間違いを暴いた本である。武田氏が本に載せたグラフは捏造だった。本に書いてあるデータの多くも間違っているか、論理的におかしいものばかりだった。
 また武田氏は、1984年元旦の朝日新聞に「世界の平均気温が上昇すると南極や北極の氷が溶けて海水面が上昇する」という文章が載っていると主張し、「誤報」だと非難していた。だが実際にはそんな文章は存在しなかった。武田氏は僕とのメールのやり取りの中で、自分の間違いを認め、「ともかく修正の努力はします」と書いた。しかし、それから3ヶ月後に出た第10刷でも、依然として初版と同じく、「記事には『北極の氷が溶けて海水面が上がる』と書いてある」などというありもしないことが書かれていた。


 あすかあきお氏など、著書の中で批判した古関智也氏に対して訴訟を起こした。(でもって見事に敗訴)

http://www2.plala.or.jp/daisinjitu/
http://www2.plala.or.jp/daisinjitu/judg/index.html

 僕の知る限り、トンデモ本の著者で、間違いを指摘されて素直にそれを認め、自説を撤回した者は一人もいない。なぜなら──

①デタラメと知っていて商売で書いている。
②本人も完全に信じこんでいる。

 このどちらかだからだ。abさんが言うような、「本人に直接言うなり手紙やメールを出す」という行為は、無視されるだけ。まったく無駄なのである。
 もっときつい言葉で言わせてもらうなら、「本人に直接言うなり手紙やメールを出す」というのは、「間違った考えが世間に広まるのを知っていて、何もしないで見過ごす」のと同義語だ。
 著者だけに言うのではなく、もっと多くの人に、「これはおかしい」「信じちゃいけないぞ」と訴えなければいけないのだ。

 また、トンデモ説の中には、すでに害になっているものも多い。
 たとえば「東日本大震災は「ちきゅう」の起こした人工地震だ」という説は、「ちきゅう」で働いている真面目な研究者たちを「大量殺戮者だ」と言っているわけで、おぞましい誹謗中傷である。アポロ陰謀説だって、苦難を乗り越えて月着陸を達成した宇宙飛行士や、それを支えたNASAの人たちに対する中傷だ。また、「相対性理論は間違っている」という説は、素人でも気がつく間違いに科学者たちが気づいてないと主張している。つまり世界中の物理学者をマヌケだと中傷しているのだ。
 また『水からの伝言』や「江戸しぐさ」のように、教育の世界にまで食いこみ、子供たちに間違った知識を植えつけているものもある。最近では「胎内記憶」なども学校関係者の中に信奉者を広めており、不気味だ。
 abさんはこういう説に対しても、「本人に直接言うなり手紙やメールを出す」でいいと思っているのだろうか? 無辜の人に対する誹謗中傷が行なわれていても、学校で間違ったことが教えられていても、見て見ぬふりをするのが正しいと主張するのだろうか?

 また、僕は「言論弾圧をしてはいけない」と一貫して訴え続けている。たとえば『トンデモ本の世界』のあとがきではこう書いた。


 彼らの思想は間違いだらけだし、しばしば危険な内容を含んでいる。だが、決して彼らを弾圧すべきではない。弾圧は両刃の剣である。歴史を見ればわかるように、間違った思想が弾圧されるような時代では、正しい思想もまた弾圧されるのだ。言い換えれば、奇人たちがおおっぴらに活動できるということは、現代の日本がいかに自由な国であるかという証拠なのだ。

『トンデモ本の逆襲』(1996)のあとがきでは、

 トンデモ本が氾濫している状況に腹を立てる人もいる。だが、こうした本をやみくもに排斥しようとする態度は間違っている。弾圧などしてはならない。明白な実害のある場合を除いては、言論の自由は断固として保証されなければならない。
 無論、トンデモ本を批判する自由、好きな読み方で楽しむ自由もまた、保証されなければならない。それでこそ公平であり、真の言論の自曲である。

 あるいは『トンデモ本の世界T』(2004)のあとがき。

 僕は長いこと、トンデモ本の紹介を行なってきた。トンデモ本の著者の中には、ひどく間違ったことや不快なことを書く者が少なくない。しかし、僕は「彼らを世の中から排除しろ」とか「言論を規制しろ」とは言わない。たとえ自分にとって不快であっても、同じ世界に生きる以上、その存在は許容し合わないといけないと信じるからだ。「理解できない」「不快だ」というだけの理由で他人を排除し合っていたら、世界は滅びてしまう。
 例外は、人を殺したり、金を騙し取ったり、危険なデマをまき散らすなど、実際に他人に害を与えた場合である。そうした者が処罰されるのは当然だ。そうでないかぎり、彼らの言論の自由は保証されなければならない。
 もちろん、僕らが彼らを批判するのも言論の自由だし、たとえ彼らが僕らのことを不快に思ったとしても、それは許容してもらわねば困るのである。「俺は何を言ってもいいが、お前らが俺を批判するのは許さない」というのは公平ではない。
 本を書くという行為を軽く見てはいけない。僕はこうして文章を書きながらも、「間違ったことを書いて笑われるかも」という恐怖と常に背中合わせである(実際、マヌケなミスをやって笑われたことは何度もある)。冒頭の「僕はロリコンである」という文章にしてもそうで、笑われる覚悟をしたうえで、信念を持って書いている。批判されたり笑われたりするリスクを背負う覚悟のない者は、そもそも本を書くべきではない。

「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」という言葉は、まことに正しいと思う。何か間違ったことを書いておいて、撃ち返されたら「撃たれた撃たれた」と騒ぐのは情けない。
  


2014年12月11日

「僕らは何故、電子の歌声に魅了されるのか?」報告

 遅くなりましたが、11月30日にやったイベントの報告。

 まず最初は、司会の大須賀さんによる、人工的に人間の声を作ろうとしてきた人々の歴史の解説。ベーコンあたりまで遡るんだけど、18世紀にケンペレンが作った音声合成機(これ、今ならニコニコ技術部の人が作りそう)やら、ボコーダーの誕生やら、1960年代に作られた「デイジー、デイジー」と歌うマシン(もちろん『2001年宇宙の旅』の元ネタ)やら、80年代の声の出るエロゲやら、面白い話題がいろいろ。こういう試みが初音ミクの誕生につながるわけだ。
 この話聴けただけで、「来て良かった」と思えた。

 特別ゲストのotomaniaさんの話も面白かった。あの名作「VOCALOID2 初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた」は、『初音ミク』が発売されて4日目の2007年9月4日にニコ動にアップされてるんだけど、歌自体は9月2日にもう完成していたのだとか。早い! なのに今聴いてもまったく色褪せない完成度。



 トークしながら、即興でぱぱぱと『初音ミク』を操作して歌わせたりもしてくださいました。なるほど、こうやって作るのかと感心。
 ちなみに、あの悪名高い『アッコにおまかせ』事件では、実はotomaniaさんもTBSから出演の依頼があったんだけど、寸前で向こうの方からキャンセルしてきたんだとか。ああ、たぶんTBSのディレクターが求めていたものと合わなかったんだろうな……。
 頭の固い人間に受け入れられなかったのも無理はない。当時は、まさかボカロ曲がオリコン上位に入るのが当たり前の時代がこんなに早く来るなんて、僕だって夢にも思わなかったよ。それどころか、今や小林幸子が「千本桜」歌うんだもの。
 ミクが登場して、まだたった7年だよ!?

 僕はというと、『ミク』発売当初からニコ動で追いかけていた。
 リアルタイムで僕が楽しんだのは、こういうのとか、



 こういうのとか、



 こういうのとか、



 きわめつけ、こういうのも。みんながコメントで盛り上がってるのが楽しい。



 これらはすべて、2007年9月30日までにアップされた動画なのだ。「『初音ミク』はこんなにもいろんな遊びができる」というのが、あっという間に知れ渡ったわけである。
 他にも「恋スルVOC@LOID」が9月13日、「みくみくにしてあげる♪」が9月20日と、すでにオリジナルの名曲がいくつも生まれているし、3Dモデルを作って動かしている人もいた。発売されてたった1か月で、その後のムーブメントの基本はかなり出揃っていた感がある。
 やはり、ニコ動の人気が盛り上がった時期とちょうど重なったというのが、『ミク』のヒットの要因だろう。

 ちなみに(前にも書いた気がするけど)、僕が最も衝撃を受けたのが、その年の12月18日にアップされたこれだった。



 僕はこの曲を聞いて、感動のあまり、ぼろぼろマジ泣きしてしまったんである。普段、人間の歌で泣いたりしないのに。 今もこの曲を聴くたびに、パブロフの犬のごとく、目頭が熱くなる。
 それまで、まだ僕はミクを甘く見ていた。「面白いソフトウェア」「声の出るシンセサイザー」という程度の認識だった。だが、「金の聖夜霜雪に朽ちて」を聴いて思い知らされた。
 機械の歌は時として、人間以上に情動を動かす力があるのだと。

 他にも、『地球移動作戦』のヒントになったこれとか、



 やはり『プロジェクトぴあの』に大きな影響を与えた「サイハテ」とかの話もいろいろ。 もちろんotomaniaさんたちからも、面白い話をいっぱいうかがえた。

 有意義なイベントだったと思う。
  


Posted by 山本弘 at 11:42Comments(1)サブカル

2010年05月28日

NHKが「オトコの娘」特集!

 録画しておいた今週の『MAG・ネット』をようやく観たのである。
 なんと今週は「オトコの娘」特集! 何ですとぉ!?

http://www.nhk.or.jp/magnet/program.html

 いや、さすがにビックリしたわ。NHKで特集組むとはな。
 しかもこれが濃い!

 冒頭の小野大輔の台詞からして、

「MAG・ネット開園だよ。わぁい」

 うわあああ、これはごくごく一部の人にしか通じねえ!(笑)分からない人は「開園だよ わぁい」で検索してみてほしい。

 まず紹介されるのは『バカテス』の秀吉。ちゃんとあのプールと銭湯の回でした。

 トークのコーナーでは、桃井はるこが『はいからさんが通る!』の蘭丸にまでさかのぼるかと思えば、吉本たいまつ(オタク文化史研究者)が『ブロッケン・ブラッド』や『プラナス・ガール』などの女装男子が出てくるマンガを紹介したり、福田淳(読売新聞記者)が『はぴねす!』の渡良瀬準にゃんの魅力について熱く語ったり……視聴者の大半は早くもここらへんで脱落するんじゃないかと心配になるんですが(笑)。

 他にも、準にゃんを筆頭に、『乙女はお姉さまに恋してる』の宮小路瑞穂、綾崎ハーマイオニー、『恋する乙女と守護の盾』の山田妙子、『もやしもん』の結城蛍が次々に紹介される。
 えーと、『おとボク』と『恋盾』って、元は18禁ゲームなんじゃ? いいのかNHK。

 今年創刊された日本初の(そりゃそうだろ)オトコの娘専門マガジン『わぁい!』の紹介。
 編集者は『オンナノコになりたい!』や『女装少年コレクション』を出した人。オトコの娘専門誌を出すのは10年越しの念願だったとか。
 番組中では言ってなかったけど、この創刊号には付録で「ブルマ風のなにか」が付いてるんだそうだ……ブルマじゃないから恥ずかしくないもん?

http://blog.livedoor.jp/geek/archives/51017202.html

 いよいよ本物の女装男子登場。ニコ動で女装で生放送をしているノトフさん。
 感想?
 うん、やっぱりオトコの娘は2次元の方がいいよね(笑)。

 しかし、番組スタッフの暴走はまだ止まらない。次は「オトコの娘になろう!講座」。番組のADに化粧&女装させてしまうのだ。
 しかも、それを撮っているスタッフもみんな女装! すごい光景である。「これはひどい」と冷静にナレーションする小野大輔。やっぱり「お前だけに恥ずかしい想いはさせない。俺たちもみんなやるから!」とか言って口説き落としたんですかね。
 繰り返しますけど、NHKですからね、この番組。

 いったん特集を離れ、ニュースのコーナーで紹介されたのは、「ネットで有名な警察官」関根秀樹さん。ブラジリアン柔術の世界大会で優勝した人で、ものすごいマッチョな肉体で話題になったのだが、ここで入る小野大輔のナレーションが、「あんかけチャーハン」「歪みねぇな」。
 いやだから、一部の人しか分かんないって!

 茨城県下妻市のHPのイメージキャラクター、シモンちゃん。
 蝶(オオムラサキ)をモチーフにしてるんだけど、背中から生えた羽根の模様がオスのオオムラサキだというので、ネットでは「シモンちゃんオトコの娘疑惑」がささやかれているとか。市では「性別については特に決まっていません」と説明している。
 いや、こんなにかわいい子が女の子のはずがないと思います(笑)。

http://www.city.shimotsuma.lg.jp/shimon_chan/index.html

 最後は「両声類」の人たちを紹介。
 両声類とは、男なのに男と女の両方の声を出せる人のことである。たとえば番組に出演した「りゃく」さんの歌はこんな感じ。

 1人2役でデュエットしたり、「えーりん」が途中で男声から女声にスムーズに移行したり、いろいろとすごすぎ。
 他にも、赤羽のGさん、アルティメット・ハイさん、百花繚乱さんら、ニコニコ動画で活躍している女声の歌い手が登場。みなさん、特殊な発声法を練習で身につけたそうな。言われなきゃ男だとは気がつかない。

 番組中でも言っていたけど、オトコの娘という趣味は同性愛とはまた違うのである。僕もオトコの娘は好きだけど、3次元で抱き締めたいとは思わない。オトコの娘に求めているのは、「本物の女の子以上の女の子らしさ」だ。
 女装の人や両声類の人たちにしてもそうで、むしろ女の子が好きで、イメージの中で理想の女の子を追求した末に、「自分で演じる」という境地に到達したんじゃないかと思える。脳内の女の子を実体化する手段が、女装であり女声なんじゃないかと。

 ちなみにオトコの娘マガジン『わぁい!』は初版5万部をほぼ完売して、現在、増刷中だとか。いよいよ時代が来たなー。
 思えば『サーラ』は早すぎたね(笑)。(オトコの娘とヤンデレのカップルだもんな)

【追記】
 見そこねた人には、BShiで再放送があります。

 5月28日(金)24:20~
 6月2日(水)17:00~
  


Posted by 山本弘 at 14:36Comments(0)サブカル

2010年05月07日

『アニソンバカ一代』

 先日、著者の方からいただいた本が面白かったので推薦したい。

キムラケイサク著『アニソンバカ一代』(K&Bパブリッシャーズ)


 アニメソング・特撮ソングを紹介する本である。
 これまでもこの手の本はいろいろあった。しかし、データを羅列しただけの無味乾燥なものだったり、ありきたりのことしか書いてなかったりで、あまり面白いとは思えないものが多かった。ライターが「お仕事でしかたなく作ってる」という印象が漂うのだ。
 この本は違う。何百曲というアニソン・特ソンを熱く語りまくる。著者の本気がビシバシ伝わってくるのだ。
 たとえば選曲のセンス。ほとんどの歌は1/2ページ、または1/4ページのスペースで紹介されているのだが、1ページまるごと使ってクローズアップされている歌もいくつかある。それらをざっと並べてみると、このチョイスがただ者ではないことが分かる。

「カモン!アステカイザー」「ぼくらのバロム1」「誰がために」「地獄のズバット」「ビデオ戦士レザリオン」「スターダストボーイズ」「宇宙魔神ダイケンゴー」「飛べ!グロイザーX」「星雲仮面マシンマン」「ウルトラマンレオ」「究極超人あ~るのうた」「超常スマッシュ!ギンガイザー」「風の未来へ」(『伝説の勇者ダ・ガーン』OP)「戦え!レッドタイガー」「いけいけぼくらのガンバスター」「ゴーショーグン発進せよ」「青春の旅立ち」(『スターウルフ』OP)「バトルフィーバーJ」「宇宙刑事ギャバン」「ゲッターロボ!」「宝島」……

 いや、分かるよ! どれも名曲だよ! 僕もカラオケでよく歌うよ! 『レオ』の歌はウルトラシリーズの中で最高だと思ってるよ! 『レッドタイガー』なんて番組自体はアレだったけど、主題歌の「強い鉄拳、乱れ飛ぶ~」のところが無性にかっこいいんだよ! 『宝島』はOPもEDも神だよ!
 しかし、作品の社会的知名度などまるで眼中にないこのセレクトはどうだ。ほんとに好きで本を作ってるのがよく分かるではないか。
 もちろん『ヤマト』『999』『ガンダム』『タッチ』などのメジャーな(アニメファンでなくても知っている)作品の歌もちゃんとフォローされているのだが、宮崎駿作品の歌は「風の谷のナウシカ」のみ。『トトロ』も『もののけ姫』も『ポニョ』もない。このいさぎよさ! 『スーパーヅガン』とか『料理少年Kタロー』とか『ナースウィッチ小麦ちゃん』とかの歌まで入ってるのに。
 その「ナウシカ」も、「安田の独特の……というか微妙すぎる歌唱力」と評され、「オリジナルに囚われず自由に歌うもよし、安田の歌い方を真似るもよし」と、微妙な書き方がされている。いや、安田成美の歌い方を真似るのは、かえって難しいと思うんですが(笑)。
 他にも、『地球へ…』の歌が最近のテレビ版の方じゃなくダ・カーポの方だったり、『キャッツアイ』の歌が「デリンジャー」の方だったり、随所に著者のこだわりが感じられる。
(もっとも、『ゴジラ対ヘドラ』の歌はやっぱり「ヘドラをやっつけろ」じゃなく「かえせ!太陽を」の方だろ、と思うんだが)

 歌は1年365日に当てはめて配置されている。大半はキャラクターや出演者や歌手の誕生日や命日なんだけど、「地獄のズバット」が2月2日だったり、「特警ウインスペクター」が5月1日だったり、ここでも細かいところにこだわっている。
 どの項目も、番組や歌に関するトリビアや、著者の感想がびっしり。決して脱線することなく、基本的な事項をきちんと押さえてあるのが好印象。ギンガイザーのことを「謎の何だかわからないゴチャゴチャした固まり」(的確!)と書く一方、ニコ動でギャグのネタにされている『チャージマン研』を「歌はカッコイイのになぁ」とフォローするなど、配慮も行き届いている。
 配慮と言えば、巻末の索引が、番組名、曲名、アーティスト名で検索できるようになっているのが便利だ。

 ざっと読んだが、誤植はちょくちょくあるものの(そりゃ、この分量なら、ゲラチェックは地獄だろう)、大きなツッコミどころはほとんどない。細かいことを言ったら、「『レザリオン』が面白いのはむしろ前半だろ! ジャーク帝国が出てくるまでだろ!」と思ったし、個人的に最高のアニソンだと思う『ようこそようこ』の挿入歌「Singing Queen」と、『エアマスター』のOP「烈の瞬」も入れてほしかったとも思うが……まあ、そんなこと言い出したらキリがないしね。
 他にも、萌えvs燃えの100曲対決とか、串田アキラ、小林亜星、山本正之へのインタビューなど。まことに労作である。

 先日、著者の方と話をする機会があったのだが、読者から「アニソンの本だというから買ったのに、僕の知っている歌が一曲も載っていない」という抗議が来たとか。いやまあ、そういう人向けの本じゃないですから……。
  
タグ :アニソン


Posted by 山本弘 at 11:33Comments(8)サブカル

2008年09月23日

伊藤剛氏のブログについて

 今、このブログがちょっと話題になっているのだが。

伊藤剛のトカトントニズム
BSマンガ夜話『よつばと!』の回にゲスト出演するはずでした。
http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20080918/1221673863

>それが、またぞろこういう目に会うと、なんだ状況は変わってないじゃないかという気にもなります。岡田氏の意向が最優先されたうえ、NHKの担当者・弓削氏は、なんと「と学会」のバッヂをつけてぼくの前に現れていたのですから。

>「と学会」といえば、他人のことは細かくあげつらい、笑い者にする一方、身内には甘い集団として知られています(ブログから「盗作」した唐沢俊一をかばいながら、他方で論敵である武田邦彦氏の引用の仕方を鋭く糾弾する山本弘会長のダブルスタンダードぶりを例に上げておきましょうか)。また「と学会」のそうした体質が、先の名誉毀損とはっきり同じ種類のものであることは、言を待たないでしょう。もちろん、岡田氏も唐沢も「と学会」の主要メンバーです。

>これでは、ぼくの目の前ではいい事を言っても、陰では岡田氏たちと「伊藤のやつ、こんなことを言ってましたぜ。困った男ですね」などと笑いあってるのではないかと疑っても仕方のないところだと思います。

 伊藤氏は事実誤認をしているらしく、さらにそれを鵜呑みにしている人がいるようなので、と学会会長として正式にコメントしておく。

 第一に、岡田斗司夫氏はすでにと学会会員ではない。

 今年の年会費を納入しておらず、さらに再三の督促にも返答がなかったため、今年の5月21日で正式に退会処分になった。
 そもそも岡田氏はもう何年も例会に出ておらず、メーリングリストでの発言もなく、完全な幽霊会員状態だった。
 と学会は依然として120人以上の会員がいて、微増傾向にあるが、長くやっているうちに飽きてきて辞めてしまう人が何人かいるのはしかたあるまい。岡田氏もその一人なのである。

 第二に、「弓削」なる人物は、と学会会員ではない。

 その人物が着けていたという「と学会バッヂ」は、トンデモ本大賞の会場で配られているもので、会員でなくても大勢が持っている。ちなみに弓削氏が今年のトンデモ大賞に来ていたことは確認している(僕は会場で呼び止められてあいさつされ、名刺をもらったが、それ以降、何の連絡ももらっていない)。
 そもそも、と学会の会員は、普段からバッヂを着けて歩いたりはしない(笑)。当たり前である。イベントでは着けることもあるが、日常生活で、特にビジネスの際に着けて歩くのは、さすがにみっともない。
 弓削氏はただのと学会ファンの一人にすぎないと断言できる。
 岡田氏とNHKと伊藤氏の間に何があったのかはよく知らないし、深く追求もしたくない。岡田氏やNHKを擁護するつもりもない。だが、この点だけは強調しておきたい。
 この事件の当事者は、今やと学会に飽きてしまった「元・と学会員」の岡田氏と、イベントに来たことがあるだけの「一と学会ファン」の弓削氏である。

 すなわち、この事件は、と学会とは一切関係ない。

 冗談半分とはいえ「と学会の陰謀」みたいな説を臭わせるのは、大変に心外である。


  
タグ :と学会


Posted by 山本弘 at 17:20Comments(15)サブカル

2008年09月13日

8月17日(日)コミケの収穫

 夏コミにサークル参加。新刊は『さよなら絶望先生』のパロディ本。間に合わなかった『チャリス・イン・ハザード』最終巻の代わりに作ったんだけど、急ごしらえの割には自分でも笑える楽しい本になったと思う。
 締切までに入稿したにもかかわらず、いきなり印刷会社に断られた(「発注書に予約番号が書いていなかった」という、わけ分からん理由!)時には、本当に「絶望した!」と叫びたくなったもんだが、飛びこみの仕事を引き受けてくれた親切な印刷会社があったので助かった。捨てる神あれば拾う神あり。嬉しいなあ。
 150部刷って100部ほど売れたから、まあまあかな。
『チャリス』の在庫は冬コミで買った人が多かったからか、あまり売れなかった。来年は持ちこみ数を絞ろう。

 今回は面倒なので西展示棟しか回らなかった。妻に頼まれたピンクハウス系、アクセサリー系、ペット系、医療系以外では、掘り出し物はこんな感じ。

●桑田次郎版の『バットマン』の資料本。これ、復刻困難だし、貴重だわ。

●僕らの世代では懐かしい、名イラストレーター・柳柊二のイラストを集めた本。『ボーイズライフ』版の『地底世界ペルシダー』のイラストとか、今見るとすごく色っぽい。 もっと大きなサイズで見たい絵や、カラーで見たい絵も多いので、商業出版してくれないかしらん。

●『少年マガジン』のグラビア記事を集めた本。 これまた、「未来の鑑識ロボット」とか「飛行突撃車」とか「おいばね式パラシュート」(これ覚えてる!)とか、レトロでバカっぽいけど楽しいイラストが満載。巨大な生首が宇宙に浮かんでいる「生きている星」というイラストは、思わず「伝承族だー!」とはしゃいじゃいました。

●サバイバルゲームの基礎知識を分かりやすく教えてくれるマンガ。ルールやマナーの問題にかなりページを割いていて、体験者ならではの問題提起も。

●『涼宮ハルヒの憂鬱』の英語版DVDの研究本。英語の台詞と日本版との対訳、英語版声優へのインタビューなど。

「That's classified」(禁則事項です)
「What is a glasses fetish?」(眼鏡属性って何?)

 といった具合。鶴屋さんの「めがっさ」「にょろ」は、英語では「megas」「nyoro」だそうな。
「God knows...」も英語版の声優さんがちゃんと英語で歌ってる。直リンは避けるけど、 ニコ動にもそのシーンだけ抜粋した映像がアップされてるから、興味のある人は検索してみて。

 他には、いつも行っている風俗系の同人誌。僕はソープとかイメクラとかにはいっぺんも行ったことがないんだけど、風俗嬢の作る同人誌はどれも面白いもんで、コミケでは欠かさず買っている。『詩羽のいる街』の中でも、その一部を参考にさせていただいた。感謝。
  
タグ :コミケ


Posted by 山本弘 at 20:02Comments(0)サブカル