2009年10月31日

平坂読『ラノベ部3』

●平坂読『ラノベ部3』(MF文庫)

 えー、3巻で完結!?
 いや、いつまでも終わらないシリーズもそれはそれで困るんだけど、もうちょっと続くもんだと思ってたから、ちょっと意外だった。お気に入りのシリーズだったのに。

 もともと『生徒会の一存』にハマってしまい、同じような「何も起きない話」を探していたら、これが見つかったのである。
 ある高校の「軽小説部」の活動を描いたコメディ。活動と言っても、部室でダベって、ラノベをめぐるバカ話をしたり(美咲の「……ってあるじゃない」シリーズは、いちいち納得できる)、たまにリレー小説を書いたり(文香パートの破壊力は強烈)といった程度。特に大きな事件が起きるわけでも、メインのストーリーがあるわけでもなく、いくつものエピソードが淡々と語られるだけなんだけど、これが実に笑えるのだ。
 世界観は『生徒会』よりもずっと現実寄り。登場人物がハーレム展開を否定したり、ラノベの中の不条理なお約束の数々にツッコミを入れたり、現実とラノベのギャップをギャグにしている。
 ちなみに『生徒会』では他社作品のタイトルは伏字になっているが、この『ラノベ部』にはそんな縛りはなくて、実在のラノベやアニメ作品のタイトルが(出版社に関係なく)頻出する。
 じゃあ現実的な話かというとそうでもなく、全体の雰囲気はちゃんと典型的なラノベになっているという不思議。

 読んでいて気持ちがいいのは、ラノベに対する作者の愛があふれていること。登場人物の口を借りて語られるラノベの魅力、ラノベ論、物語論は、どれも同じ作家として同意できるものばかりだ。
 3巻で特に感心したのは、『らき☆すた』に代表される日常系のマンガの魅力を分析したくだりである。

「いわゆる日常系と呼ばれる作品群で描かれる『どこにでもあるような平凡な日常』なんてものは、実はこの世界のどこにも存在しないんだと思う。むしろよくある物語の主人公のように、どれだけ頑張っても勝てないような強大な敵と戦ったり、どうにもならない不条理で理不尽な現実に必死に抗うことこそ、誰もが日常的にやっていることだと思う。物語の主人公と現実に生きるぼくたちの違いは、敗北し膝をついたまま終わることがあるかどうかでしかないんだよ」

 よく言ってくれた! その通り! 『らき☆すた』や『あずまんが大王』の世界こそ、現実には存在しないものなのだ。だからこそ僕らはそれに惹かれるのだ。
 しかもすごいのは、この『ラノベ部』という作品が、まさにその『らき☆すた』的な「日常系」の作品だという事実。登場人物に作品自体を「どこにも存在しない」と否定させるという、クレタ人のパラドックスみたいなアクロバットを平然とやっているのだ。

 キャラクターの中でも特に僕が好きなのが藤倉暦。
 読書好きで無口という、もろに長門な女の子なんだけど、実は百合妄想爆発少女で、同じ部の物部文香に片想いで、隠れ笑い上戸(他の部員が平然としている中、一人だけツボにハマって笑いをこらえてる)というギャップのおかしさ。でもって、高校生ラノベ作家。
 その暦が、今回、過去の自分の小説について、文香からあることを(まったく悪意ではなく)指摘されて号泣する。これは分かる。好きな子からこんなこと指摘されたら、それが的確であるだけにグサっとくる。
 その後、悲しみのどん底から這い上がってくる暦の独白。ここが最高にしびれる。

 自分は本当に未熟だ。
 作家としても、人間としても。
 これまで人とほとんどかかわらず、小説の世界にのめり込んで生きてきた自分は、同世代の女の子と比べても明らかに未成熟だ。
 だからこの先、今日みたいな恥ずかしい目に遭うことも何度もあるだろう。
(中略)
 幸いにして、自分は小説家だ。
 どんな恥ずかしい経験も、取り返しのつかない失敗も、悲しみも悩みも痛みも苦しみも、全部物語に変換して、あわよくば本にしてお金まで稼いでしまう術を持っているしたたかな錬金術師だ。

 がんばれーっ! がんばれーっ、暦! なんかもうフィクションのキャラクターだってこと忘れて、マジで応援しちゃうぞ。

 この3巻では、それまで水面下にひそんでいた部員の三角関係・四角関係が浮かび上がってきて、ついに波乱に発展するか……と思いきや、何となくうやむやになって、そのまま終わり。
 どう見ても打ち切りっぽいのだが、その尻切れトンボの終わり方もまた、作者の計算の内ではないかと思える。
 だって、文香たちの恋の行方に、ちゃんとしたストーリーを構成して、ちゃんとした結末をつけたら、それはもう『ラノベ部』ではないから。

 エピローグで、美咲はこう言う。

「だってさ、物語が終わったあとにだって、その世界の中で生きてる人たちの人生は続いてくわけじゃない。あたしさー、授業中とか夜寝れないときとか、たまに思うのよね。大河とか竜児って今どうしてんのかなーとか、祥子お姉さまは元気かなーとか、ルナとシオンは仲良くやってんのかなーとか、ウルクとリセリナはどんな感じでゴニョゴニョなのかなーとか……」

「出逢って、いろんな思い出を共有して、別れて、たまにあいつ何やってのんかなーって思い出したりして――それって、現実の世界と物語の世界で何が違うの?」

 その通りだ。
 フィクションの人物だと知っていても、シリーズが終わってもずっと、僕は暦のことが気になると思う。文香への想いはどうなったのか。今、彼女はどんな小説を書いているんだろうか、と。

  


Posted by 山本弘 at 17:51Comments(3)ライトノベル

2009年02月07日

『マップス・シェアードワールド2―天翔ける船―』

 うわ、気がついたら1月はぜんぜん、このブログ書いてなかった! 娘の入試やら仕事やらでごたごたしてて、つい忘れてました。ごめんなさい。
 これが今年最初の記事になります。

『マップス・シェアードワールド2―天翔る船―』

 GA文庫 680円+税
http://www.amazon.co.jp/dp/479735271X/
 2月15日発売。
 長谷川裕一『マップス』の世界を舞台にしたシェアードワールド作品集です。 オビに「オレにも書かせろ!」とあるように、本当に『マップス』が好きな作家が集まりました。

【小説】
 山本弘「勇者のいない星」
 西野かつみ「オノゴロ星奇譚」
 友野詳「たった一つの冴えないやり方」
 葛西伸哉「星になり損ねた男」
 新城カズマ「生者の船」
 笹本祐一「四枚目の星図」

【マンガ】
 あろひろし「アマニさん」

【カバーイラスト・本文扉イラスト】
 長谷川裕一

【口絵イラスト】
 あらいずみるい
 環望

 僕の短篇「勇者のいない星」は、ゲンが主役。原作の銀河統一会議の直後、地球上での数日間の出来事という設定です。主要キャラクター総登場で、燃えるバトルが展開します。力いっぱい書かせていただきましたよ、ええ。
 西野かつみ「オノゴロ星奇譚」 は、辺境の原始惑星を舞台にした、エッチっぽいお話。
 友野詳「たった一つの冴えないやり方」 は、伝承族が主役(!)の泣ける系の物語。タイトルの由来になったティプトリーの短篇をうまくアレンジしてます。
 葛西伸哉「星になり損ねた男」 は、なんと重装甲機アーマードダイオンが主役! テビレ・アミメの話に出てきたあいつです。 タイトル通り、スターになり損ねて、ドサ回りやってるんですよ、あいつが。
 新城カズマ「生者の船」 は、短篇なのにステープルドン並みの壮大なタイム・スケールの年代記。途中まで「どこが『マップス』なんだろう?」と冷や冷やしました(笑)。
 笹本祐一「四枚目の星図」 は、原作終了後のゲンとリプミラの冒険談。別の長谷川作品ともリンクしています。
 あろひろし「アマニさん」 は、アマニ・オーダックが主役のギャグマンガ。

 どれが一番面白いかは、あなたの目でお確かめください。
  
タグ :マンガSF


Posted by 山本弘 at 18:16Comments(0)ライトノベル

2008年07月09日

桜庭一樹「受賞後第一作」?

『荒野』

>『私の男』で直木賞を受賞した桜庭さんの、受賞後第一作の登場です。

 と宣伝されているのだが、これ、どう見てもファミ通文庫で出てた『荒野の恋』だよね?
 と思って調べてみたら、やっぱりそうだった。

著者インタビュー「恋愛という荒野にたたずむ少女」

 ファミ通文庫で中断していたシリーズを新たに書き足して完結させるというのは、別にかまわないというか、むしろ大歓迎なんだけど、以前に発表されたことのある作品を「受賞後第一作」と宣伝するのはおかしいだろ、と思うのである。
 しかもこれが1件だけじゃなく、「桜庭一樹 荒野 受賞後第一作」で検索すると400件以上ヒットするのだ。 どうも文藝春秋社の宣伝方針らしい。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』とか『GOSICK』とか『竹田君の恋人』とかを文庫で読んでる者としては、なんだか桜庭さんのライトノベル時代の過去が否定されているような気がして、釈然としない。
  それで思い出した。僕が『神は沈黙せず』を出した時に、ネットなどで「と学会の山本弘がついに小説を書いた」と言われたことを(笑)。それまで書いてきた『妖魔夜行』や『サーラの冒険』や『ラプラスの魔』や『パラケルススの魔剣』や『サイバーナイト』や『ギャラクシー・トリッパー美葉』や『時の果てのフェブラリー』は小説じゃないんですかいと小一時間ほど(以下略)。
 ラノベはまともな出版物じゃないとみなされてますか、もしかして?

 最近ようやくラノベが注目されるようになってきて、『産経新聞』の書評欄で(月1回だけど)ラノベが紹介されるようになった。しかし、まだ多くの雑誌・新聞の書評欄では存在を無視されている。 ろくに読みもせずに蔑視する者もいる。
 確かにラノベの中にはくだらないのも多い。それは事実だ。でも、それはスタージョンの法則だからしかたがないのだ。他のジャンルの本だって90パーセントはクズだろう。注目すべきは10パーセントの方ではないのか。
 ちなみに、僕が今いちばん好きなのは野村美月の『文学少女』シリーズ。有川浩、桜庭一樹に続いてブレイクするのはこの人だと確信している。

 当たり前の話だが、ラノベも非ラノベも、駄作もあれば凡作もあれば傑作もある。ラノベだというだけの理由で非ラノベより出来が悪いと思われては困るのだ。
 僕などは逆に、非ラノベで評判の高い作品を読んでみたら、「これラノベならよくある話だよね」とか「この系統ならラノベでもっと面白いのあるよ」とがっくりきたことが何度もある。
『さよなら絶望先生』に出てくる、ただ人が死ぬだけの話を読んで「こんな悲しい話、読んだことないわ!」と感動して泣いてしまう読者のように、ラノベの存在を知らないために、ラノベではよくある作品を「画期的な作品だ!」と思いこんで驚く読者も、けっこういるんじゃないかという気がする。

 ちなみに、僕はここ数年、ラノベを書いていないが、嫌になったからでも、儲からないからでもない。単に機会がないというだけのことだ。
 僕はラノベが好きだ。機会があればまた書きたいと思っている。
  


Posted by 山本弘 at 13:39Comments(0)ライトノベル