2010年01月23日
ライトノベルを応援します
新春早々に買ったのが、有川浩『シアター!』(メディアワークス文庫)。これを読んで考えさせられた。
小劇団シアターフラッグの主宰をやっている春川巧(脚本の才能はあるけど実務的なスキルは壊滅状態)が300万円の借金を抱えてしまい、劇団は解散の危機に陥る。泣きつかれた兄の司(芝居のことはさっぱり分からないけど実務の才能は天才的)が、300万円を肩代わりし、劇団の再建に乗り出す……というストーリー。
いつものことながら、有川さんのリーダビリティはすごい。他の作家の小説だと、途中でひっかかったり、退屈に感じたりする部分が必ずあるのだが、この人の小説はすらすら読めてしまう。この『シアター!』も、無駄な部分が徹底的に削ぎ落とされ、最初から最後まで面白い場面、面白いやりとりの連続。テンションが落ちる間がないのだ。ラスト近くにはスリリングな展開もある。まさに一級のエンターテインメント。
すらすら読めるからと言って、すらすら書けるというものではない。毎度のことながら、登場人物の思惑の交錯が見事である。Aという人物はBから見るとこうで、そのAとBの関係をCから見るとこうで、でもAがこういうことを言うからCはこうせざるを得なくて……といった複数の視点からの描きわけが実に上手いのだ。
この小説の中に、こんなくだりがある。
どんなジャンルであっても、客層を広げる可能性を持っているのは玄人好みの商品ではない。素人がカジュアルに楽しめる商品だ。カジュアルな商品こそそのジャンルの間口であって、それを軽んじる業界は廃れる。新規の客を弾くからだ。
シアターフラッグだけではない。分かりやすいエンターテインメントを目指す劇団はどこもなかなか評価されない。カジュアルなエンタメで万単位の集客を誇る劇団もあるが、そこも未だにメインストリームからは無視されているという。一跳ねしたらもてはやされるという話だが、集客を万に乗せてまだ無視されるなら跳ねたと認めてもらえるラインは一体どこだ。
プロパーに評価される作品が悪いというわけではない。それは業界で確かに必要なものだろう。しかし、それとは別に新しい客を連れてくる商品を冷遇するような業界は、決して社会のメインストリームにはなれない。分かりやすいものを軽視する風潮には、商業的に成立するために不可欠な一般客への侮蔑がある。
自分の気に入った商品がバカにされるような業界に一体誰が金を落としたいものか。
外から見たら苛立つほど転倒している価値観に自分の身内が振り回されているのは、毎度のことながら不愉快だった。
有川さんは演劇の世界のこととして書いてるけど、これ、明らかに小説業界を念頭に置いてるよね。
たとえばライトノベル。あれだけたくさん出ていて、シリーズで何百万部も売れているものがあって、傑作もたくさんあるというのに、ライトノベルだというだけで出版業界の中では評価されない。新聞や週刊誌でもめったに紹介されない。毎月、書評欄できちんとライトノベルを取り上げている雑誌は、『SFマガジン』ぐらいのもんじゃないだろうか。
かわいい女の子のイラストがいっぱいついているのは悪いことなのか。読みやすいのは悪いことなのか。
否、である。
読書だって楽しい方がいいに決まってる。読みやすい方がいいに決まってる。
確かに難解で読みにくい小説も必要だろう。僕もそれを否定する気は毛頭ない。
だが、いきなりそんなものを読みたがる読者なんていないはずだ。分かりやすくて面白い娯楽作品から入って、小説の魅力に目覚め、その読者の一部がだんだん重厚なものや難解なものに移ってゆくものだろう。有川さんの言う通り、入口の存在を否定してはいかんと思うのだ。
実は最近、僕が読んでいる小説の大半がラノベである(笑)。だって、面白いんだよ! 若く優れた才能が次々に現われるのを見るのは、実にエキサイティングだ。
もちろん、スタージョンの法則というやつで、大半はクズなんだろうけど、傑作もたくさんある。特に新人賞に入選した作品となると、何百編というライバルとの競争を勝ち抜いてきたのだから、さすがにハズレがない。こういうものを評価しないというのはおかしい。
出版業界が無視しようとも、僕はラノベを応援する!
というわけで、僕が最近読んだ作品の中から、感心した作品をいくつか紹介したい。
・逢空万太『這いよれ!ニャル子さん』
(GA文庫)
第1回GA文庫大賞 優秀賞
・川岸殴魚『やむなく覚醒!!邪神大沼』
(ガガガ文庫)
第3回小学館ライトノベル大賞ガガガ文庫部門 審査員特別賞
どちらも優れたコメディ。若い頃に筒井康隆氏や横田順彌氏のハチャメチャ小説を愛読した者としては、こういう路線にはまったく抵抗がない。と言うか大好き。シリアス展開に逃げずに、ひたすら大バカなギャグの連続で押し切るのがいい。
僕も『ギャラクシー・トリッパー美葉』とか書いてたから分かるけど、ギャグを貫くって大変なんである。途中でしんどくなって、シリアスに逃げたくなったり、感動的な話にしたくなるのである。だって、泣かせるよりも笑わせる方が数段難しいから。『ジャンプ』のギャグマンガがシリアス路線にシフトしていくことが多いのも、きっとそうなんだろう。(『美葉』も3巻の最後はシリアスになっちゃったし)
世間では何となく、コミカルなものはシリアスなものよりランクが下、と思われているみたいだけど。そんなことないよ。面白いコメディを書ける人間は才能があると思う。
・川原礫『アクセル・ワールド』
(電撃文庫)
第15回電撃小説大賞 大賞
シリアスなゲームバトルもの。現実世界とゲーム空間が地続きになっていて、意識が加速された空間内でのバトルが展開するという設定がわくわくする。「脳のクロック周波数」という説明は、んなアホな、と思いつつも感心した。こういう面白い嘘には喜んで騙されよう!
もっとも、デブでいじめられっ子の少年がゲーム世界ではヒーローになり、さらには美少女にも惚れられるという願望充足的な設定に、ひっかかる人もいるかもしれない。主人公の片想いでも良かったんじゃないかって気がする。
同じ作者の『ソードアート・オンライン』はこれから読む。
・橘公司『蒼穹のカルマ』
(富士見ファンタジア文庫)
第20回ファンタジア長篇小説大賞 準入選
いい意味で騙された作品。表紙とオビのコピーで、シリアスなバトルものかと思ったら、実はこれまた大バカ!
『スレイヤーズ!』と比較する声があるのはよく分かる。世界平和も正義も眼中になく、姪の学校の参観日に駆けつけるために、強敵を打ち倒し難関をぶち破ってゆくヒロインのパワフルさには脱帽した。
他にも、紹介したい作品や、まだこれからチェックする作品がいろいろあるんだけど、今のところイチ押しはこれ。
・静月遠火『パララバ-Parallel lovers-』
(電撃文庫)
第15回電撃小説大賞 金賞
高校2年の遠野綾は、他校の生徒・村瀬一哉に恋していたが、ある日、一哉は急死してしまう。悲しむ綾の携帯電話に、死んだはずの一哉から電話がかかってくる。彼の世界では、死んだのは綾の方だというのだ……。
表紙見返しには、こう書いてある。
二人の行き着く真実とは!? 出会えぬ二人の運命は!? 携帯電話が繋ぐパラレル・ラブストーリー。切なさともどかしさが堪らない。
これを読んだら、ファンタジー的な設定を用いたラブストーリーかな、と勘違いしそうである。騙されてはいけない。もちろんラブストーリーの要素もあるけど、主眼はそこじゃない。
これはSFミステリなんである。それもかなり本格的な。
一哉の世界における綾は、夜道で何者かに刺殺されていた。綾の世界における一哉も、事故死だと思われていたが、やはり誰かに殺されていた疑いが出てくる。殺人犯は同一人物なのか? その動機は?
綾と一哉は、それぞれの愛する人の仇を討つため、事件を解明しようと決意する。二人は携帯電話で情報を交換し、ふたつのパラレルワールドの齟齬を比較することで、どこで時間が分岐したかを調べ、それを元に真相を探ってゆく……。
ばらばらに見えた多くの情報が、すべて伏線となって真相へと収束してゆくのは見事。いくつかの謎の真相は途中で見当がつくし、ヒロインが犯人の見え見えの罠にひっかかってピンチに陥るのはちとマヌケだが、その後さらに二転三転してサスペンスが持続するのが面白い。「ああ、あれが伏線か!?」と膝を叩くことも何度か。
あとがきを読んで納得した。作者は10代の頃に読んだ高畑京一郎『タイム・リープ』に強い影響を受けたのだそうだ。なるほど、設定はぜんぜん違うけど、この雰囲気は確かに『タイム・リープ』だ。一方はタイムスリップ、一方はパラレルワールドという設定を使い、少女の恋をからませたSFミステリだ。
言うまでもなく、『タイム・リープ』は『時をかける少女』のオマージュ作品である。つまり『時かけ』→『タイム・リープ』→『パララバ』というミームの流れなのだ。
しかし、『紫色のクオリア』といい、こんな面白いSFが眠ってるんだから、ラノベはやめられない。
小劇団シアターフラッグの主宰をやっている春川巧(脚本の才能はあるけど実務的なスキルは壊滅状態)が300万円の借金を抱えてしまい、劇団は解散の危機に陥る。泣きつかれた兄の司(芝居のことはさっぱり分からないけど実務の才能は天才的)が、300万円を肩代わりし、劇団の再建に乗り出す……というストーリー。
いつものことながら、有川さんのリーダビリティはすごい。他の作家の小説だと、途中でひっかかったり、退屈に感じたりする部分が必ずあるのだが、この人の小説はすらすら読めてしまう。この『シアター!』も、無駄な部分が徹底的に削ぎ落とされ、最初から最後まで面白い場面、面白いやりとりの連続。テンションが落ちる間がないのだ。ラスト近くにはスリリングな展開もある。まさに一級のエンターテインメント。
すらすら読めるからと言って、すらすら書けるというものではない。毎度のことながら、登場人物の思惑の交錯が見事である。Aという人物はBから見るとこうで、そのAとBの関係をCから見るとこうで、でもAがこういうことを言うからCはこうせざるを得なくて……といった複数の視点からの描きわけが実に上手いのだ。
この小説の中に、こんなくだりがある。
どんなジャンルであっても、客層を広げる可能性を持っているのは玄人好みの商品ではない。素人がカジュアルに楽しめる商品だ。カジュアルな商品こそそのジャンルの間口であって、それを軽んじる業界は廃れる。新規の客を弾くからだ。
シアターフラッグだけではない。分かりやすいエンターテインメントを目指す劇団はどこもなかなか評価されない。カジュアルなエンタメで万単位の集客を誇る劇団もあるが、そこも未だにメインストリームからは無視されているという。一跳ねしたらもてはやされるという話だが、集客を万に乗せてまだ無視されるなら跳ねたと認めてもらえるラインは一体どこだ。
プロパーに評価される作品が悪いというわけではない。それは業界で確かに必要なものだろう。しかし、それとは別に新しい客を連れてくる商品を冷遇するような業界は、決して社会のメインストリームにはなれない。分かりやすいものを軽視する風潮には、商業的に成立するために不可欠な一般客への侮蔑がある。
自分の気に入った商品がバカにされるような業界に一体誰が金を落としたいものか。
外から見たら苛立つほど転倒している価値観に自分の身内が振り回されているのは、毎度のことながら不愉快だった。
有川さんは演劇の世界のこととして書いてるけど、これ、明らかに小説業界を念頭に置いてるよね。
たとえばライトノベル。あれだけたくさん出ていて、シリーズで何百万部も売れているものがあって、傑作もたくさんあるというのに、ライトノベルだというだけで出版業界の中では評価されない。新聞や週刊誌でもめったに紹介されない。毎月、書評欄できちんとライトノベルを取り上げている雑誌は、『SFマガジン』ぐらいのもんじゃないだろうか。
かわいい女の子のイラストがいっぱいついているのは悪いことなのか。読みやすいのは悪いことなのか。
否、である。
読書だって楽しい方がいいに決まってる。読みやすい方がいいに決まってる。
確かに難解で読みにくい小説も必要だろう。僕もそれを否定する気は毛頭ない。
だが、いきなりそんなものを読みたがる読者なんていないはずだ。分かりやすくて面白い娯楽作品から入って、小説の魅力に目覚め、その読者の一部がだんだん重厚なものや難解なものに移ってゆくものだろう。有川さんの言う通り、入口の存在を否定してはいかんと思うのだ。
実は最近、僕が読んでいる小説の大半がラノベである(笑)。だって、面白いんだよ! 若く優れた才能が次々に現われるのを見るのは、実にエキサイティングだ。
もちろん、スタージョンの法則というやつで、大半はクズなんだろうけど、傑作もたくさんある。特に新人賞に入選した作品となると、何百編というライバルとの競争を勝ち抜いてきたのだから、さすがにハズレがない。こういうものを評価しないというのはおかしい。
出版業界が無視しようとも、僕はラノベを応援する!
というわけで、僕が最近読んだ作品の中から、感心した作品をいくつか紹介したい。
・逢空万太『這いよれ!ニャル子さん』
(GA文庫)
第1回GA文庫大賞 優秀賞
・川岸殴魚『やむなく覚醒!!邪神大沼』
(ガガガ文庫)
第3回小学館ライトノベル大賞ガガガ文庫部門 審査員特別賞
どちらも優れたコメディ。若い頃に筒井康隆氏や横田順彌氏のハチャメチャ小説を愛読した者としては、こういう路線にはまったく抵抗がない。と言うか大好き。シリアス展開に逃げずに、ひたすら大バカなギャグの連続で押し切るのがいい。
僕も『ギャラクシー・トリッパー美葉』とか書いてたから分かるけど、ギャグを貫くって大変なんである。途中でしんどくなって、シリアスに逃げたくなったり、感動的な話にしたくなるのである。だって、泣かせるよりも笑わせる方が数段難しいから。『ジャンプ』のギャグマンガがシリアス路線にシフトしていくことが多いのも、きっとそうなんだろう。(『美葉』も3巻の最後はシリアスになっちゃったし)
世間では何となく、コミカルなものはシリアスなものよりランクが下、と思われているみたいだけど。そんなことないよ。面白いコメディを書ける人間は才能があると思う。
・川原礫『アクセル・ワールド』
(電撃文庫)
第15回電撃小説大賞 大賞
シリアスなゲームバトルもの。現実世界とゲーム空間が地続きになっていて、意識が加速された空間内でのバトルが展開するという設定がわくわくする。「脳のクロック周波数」という説明は、んなアホな、と思いつつも感心した。こういう面白い嘘には喜んで騙されよう!
もっとも、デブでいじめられっ子の少年がゲーム世界ではヒーローになり、さらには美少女にも惚れられるという願望充足的な設定に、ひっかかる人もいるかもしれない。主人公の片想いでも良かったんじゃないかって気がする。
同じ作者の『ソードアート・オンライン』はこれから読む。
・橘公司『蒼穹のカルマ』
(富士見ファンタジア文庫)
第20回ファンタジア長篇小説大賞 準入選
いい意味で騙された作品。表紙とオビのコピーで、シリアスなバトルものかと思ったら、実はこれまた大バカ!
『スレイヤーズ!』と比較する声があるのはよく分かる。世界平和も正義も眼中になく、姪の学校の参観日に駆けつけるために、強敵を打ち倒し難関をぶち破ってゆくヒロインのパワフルさには脱帽した。
他にも、紹介したい作品や、まだこれからチェックする作品がいろいろあるんだけど、今のところイチ押しはこれ。
・静月遠火『パララバ-Parallel lovers-』
(電撃文庫)
第15回電撃小説大賞 金賞
高校2年の遠野綾は、他校の生徒・村瀬一哉に恋していたが、ある日、一哉は急死してしまう。悲しむ綾の携帯電話に、死んだはずの一哉から電話がかかってくる。彼の世界では、死んだのは綾の方だというのだ……。
表紙見返しには、こう書いてある。
二人の行き着く真実とは!? 出会えぬ二人の運命は!? 携帯電話が繋ぐパラレル・ラブストーリー。切なさともどかしさが堪らない。
これを読んだら、ファンタジー的な設定を用いたラブストーリーかな、と勘違いしそうである。騙されてはいけない。もちろんラブストーリーの要素もあるけど、主眼はそこじゃない。
これはSFミステリなんである。それもかなり本格的な。
一哉の世界における綾は、夜道で何者かに刺殺されていた。綾の世界における一哉も、事故死だと思われていたが、やはり誰かに殺されていた疑いが出てくる。殺人犯は同一人物なのか? その動機は?
綾と一哉は、それぞれの愛する人の仇を討つため、事件を解明しようと決意する。二人は携帯電話で情報を交換し、ふたつのパラレルワールドの齟齬を比較することで、どこで時間が分岐したかを調べ、それを元に真相を探ってゆく……。
ばらばらに見えた多くの情報が、すべて伏線となって真相へと収束してゆくのは見事。いくつかの謎の真相は途中で見当がつくし、ヒロインが犯人の見え見えの罠にひっかかってピンチに陥るのはちとマヌケだが、その後さらに二転三転してサスペンスが持続するのが面白い。「ああ、あれが伏線か!?」と膝を叩くことも何度か。
あとがきを読んで納得した。作者は10代の頃に読んだ高畑京一郎『タイム・リープ』に強い影響を受けたのだそうだ。なるほど、設定はぜんぜん違うけど、この雰囲気は確かに『タイム・リープ』だ。一方はタイムスリップ、一方はパラレルワールドという設定を使い、少女の恋をからませたSFミステリだ。
言うまでもなく、『タイム・リープ』は『時をかける少女』のオマージュ作品である。つまり『時かけ』→『タイム・リープ』→『パララバ』というミームの流れなのだ。
しかし、『紫色のクオリア』といい、こんな面白いSFが眠ってるんだから、ラノベはやめられない。
タグ :ライトノベル
2009年10月31日
うえお久光『紫色のクオリア』
●うえお久光『紫色のクオリア』(電撃文庫)
京都SFフェスティバルで会った『本の雑誌』の編集さんが絶賛していたので、興味を抱いて読んでみた。
いや、これは確かにすごい作品だ。
語り手の女子中学生・波濤学(マナブ)は、同じクラスの毬井ゆかりと、「学校の廊下の曲がり角でぶつかった拍子にキスをしてしまう」という、ものすごくベタなきっかけで親しくなる。
ゆかりは不思議な少女だった。彼女の紫色の目には、自分以外のすべての人間がロボットに見えるのだ。
彼女にしか見えないロボットのデザインは、その人間の隠れた特徴を表わしたものであるらしい。「すっごいセンサー装備している」とか「すっごいローラーとバーニアを装備している」とか「すっごいドリルを持っている」とか。ゆかりの目に映る学は、スーパーロボット系で、すごい換装システムを持っていて、汎用性は最強なのだという。
ゆかりには人間とロボットの区別がつかない。写真に写る人間でさえ、すべてロボットに見える。
彼女はその能力で、警察に協力している。殺人現場の写真(彼女にはロボットが壊れているようにしか見えないのだろうが)を見てから容疑者の写真を見ると、「こんな壊し方ができるのはこの人」と指摘できるのだ。
しかも、ただ幻覚でそう見えているだけではない。(ネタバレになるので詳述は避けるが)彼女が認識している世界では、実際に人間はロボットであるらしいのだ……。
じゃあ、ゆかりがその能力を使って敵と戦う異能力バトルものなのかというと、それも違う。そんな雰囲気があったのは第1話だけで、2話からは量子力学と人間原理を応用したパラレルワールドものになってしまうのだ。
これがものすごい。
おそらくグレッグ・イーガンの『宇宙消失』あたりにインスパイアされたのだろう。古いSFファンなら、平井和正の「次元を駆ける恋」や、アルフレッド・ベスターの「マホメッドを殺した男たち」あたりを連想するかもしれない。(ちなみに、途中から出てくる秘密機関の名前が『ジョウント』で、そこから派遣されてきた女の子の名前がアリス・フォイル)
しかし、話のスケールが桁違いだ。
ゆかりから授けられた能力をフルに駆使して、彼女を死の運命から救おうとする学。その選択と行動が、平凡な女子中学生を、しだいに神のような超越的存在へと変貌させてゆく。
ページをめくるたびに、大風呂敷が広がり、広がり、さらに広がる。「ええっ、まだ広げるの?」「ここまでやるの?」と驚きっぱなし。まさにセンス・オブ・ワンダー。
まさか電撃文庫でイーガンばりの奇想SFが読めるとは!
しかも、「こんな大風呂敷、どうやって畳む気なんだ」と思ってたら、ちゃんとライトノベル的なさわやかな結末に着地するんだからたまらない。
来年の星雲賞日本長編部門有力候補だと思う。マジで。
京都SFフェスティバルで会った『本の雑誌』の編集さんが絶賛していたので、興味を抱いて読んでみた。
いや、これは確かにすごい作品だ。
語り手の女子中学生・波濤学(マナブ)は、同じクラスの毬井ゆかりと、「学校の廊下の曲がり角でぶつかった拍子にキスをしてしまう」という、ものすごくベタなきっかけで親しくなる。
ゆかりは不思議な少女だった。彼女の紫色の目には、自分以外のすべての人間がロボットに見えるのだ。
彼女にしか見えないロボットのデザインは、その人間の隠れた特徴を表わしたものであるらしい。「すっごいセンサー装備している」とか「すっごいローラーとバーニアを装備している」とか「すっごいドリルを持っている」とか。ゆかりの目に映る学は、スーパーロボット系で、すごい換装システムを持っていて、汎用性は最強なのだという。
ゆかりには人間とロボットの区別がつかない。写真に写る人間でさえ、すべてロボットに見える。
彼女はその能力で、警察に協力している。殺人現場の写真(彼女にはロボットが壊れているようにしか見えないのだろうが)を見てから容疑者の写真を見ると、「こんな壊し方ができるのはこの人」と指摘できるのだ。
しかも、ただ幻覚でそう見えているだけではない。(ネタバレになるので詳述は避けるが)彼女が認識している世界では、実際に人間はロボットであるらしいのだ……。
じゃあ、ゆかりがその能力を使って敵と戦う異能力バトルものなのかというと、それも違う。そんな雰囲気があったのは第1話だけで、2話からは量子力学と人間原理を応用したパラレルワールドものになってしまうのだ。
これがものすごい。
おそらくグレッグ・イーガンの『宇宙消失』あたりにインスパイアされたのだろう。古いSFファンなら、平井和正の「次元を駆ける恋」や、アルフレッド・ベスターの「マホメッドを殺した男たち」あたりを連想するかもしれない。(ちなみに、途中から出てくる秘密機関の名前が『ジョウント』で、そこから派遣されてきた女の子の名前がアリス・フォイル)
しかし、話のスケールが桁違いだ。
ゆかりから授けられた能力をフルに駆使して、彼女を死の運命から救おうとする学。その選択と行動が、平凡な女子中学生を、しだいに神のような超越的存在へと変貌させてゆく。
ページをめくるたびに、大風呂敷が広がり、広がり、さらに広がる。「ええっ、まだ広げるの?」「ここまでやるの?」と驚きっぱなし。まさにセンス・オブ・ワンダー。
まさか電撃文庫でイーガンばりの奇想SFが読めるとは!
しかも、「こんな大風呂敷、どうやって畳む気なんだ」と思ってたら、ちゃんとライトノベル的なさわやかな結末に着地するんだからたまらない。
来年の星雲賞日本長編部門有力候補だと思う。マジで。
2009年10月31日
平坂読『ラノベ部3』
●平坂読『ラノベ部3』(MF文庫)
えー、3巻で完結!?
いや、いつまでも終わらないシリーズもそれはそれで困るんだけど、もうちょっと続くもんだと思ってたから、ちょっと意外だった。お気に入りのシリーズだったのに。
もともと『生徒会の一存』にハマってしまい、同じような「何も起きない話」を探していたら、これが見つかったのである。
ある高校の「軽小説部」の活動を描いたコメディ。活動と言っても、部室でダベって、ラノベをめぐるバカ話をしたり(美咲の「……ってあるじゃない」シリーズは、いちいち納得できる)、たまにリレー小説を書いたり(文香パートの破壊力は強烈)といった程度。特に大きな事件が起きるわけでも、メインのストーリーがあるわけでもなく、いくつものエピソードが淡々と語られるだけなんだけど、これが実に笑えるのだ。
世界観は『生徒会』よりもずっと現実寄り。登場人物がハーレム展開を否定したり、ラノベの中の不条理なお約束の数々にツッコミを入れたり、現実とラノベのギャップをギャグにしている。
ちなみに『生徒会』では他社作品のタイトルは伏字になっているが、この『ラノベ部』にはそんな縛りはなくて、実在のラノベやアニメ作品のタイトルが(出版社に関係なく)頻出する。
じゃあ現実的な話かというとそうでもなく、全体の雰囲気はちゃんと典型的なラノベになっているという不思議。
読んでいて気持ちがいいのは、ラノベに対する作者の愛があふれていること。登場人物の口を借りて語られるラノベの魅力、ラノベ論、物語論は、どれも同じ作家として同意できるものばかりだ。
3巻で特に感心したのは、『らき☆すた』に代表される日常系のマンガの魅力を分析したくだりである。
よく言ってくれた! その通り! 『らき☆すた』や『あずまんが大王』の世界こそ、現実には存在しないものなのだ。だからこそ僕らはそれに惹かれるのだ。
しかもすごいのは、この『ラノベ部』という作品が、まさにその『らき☆すた』的な「日常系」の作品だという事実。登場人物に作品自体を「どこにも存在しない」と否定させるという、クレタ人のパラドックスみたいなアクロバットを平然とやっているのだ。
キャラクターの中でも特に僕が好きなのが藤倉暦。
読書好きで無口という、もろに長門な女の子なんだけど、実は百合妄想爆発少女で、同じ部の物部文香に片想いで、隠れ笑い上戸(他の部員が平然としている中、一人だけツボにハマって笑いをこらえてる)というギャップのおかしさ。でもって、高校生ラノベ作家。
その暦が、今回、過去の自分の小説について、文香からあることを(まったく悪意ではなく)指摘されて号泣する。これは分かる。好きな子からこんなこと指摘されたら、それが的確であるだけにグサっとくる。
その後、悲しみのどん底から這い上がってくる暦の独白。ここが最高にしびれる。
がんばれーっ! がんばれーっ、暦! なんかもうフィクションのキャラクターだってこと忘れて、マジで応援しちゃうぞ。
この3巻では、それまで水面下にひそんでいた部員の三角関係・四角関係が浮かび上がってきて、ついに波乱に発展するか……と思いきや、何となくうやむやになって、そのまま終わり。
どう見ても打ち切りっぽいのだが、その尻切れトンボの終わり方もまた、作者の計算の内ではないかと思える。
だって、文香たちの恋の行方に、ちゃんとしたストーリーを構成して、ちゃんとした結末をつけたら、それはもう『ラノベ部』ではないから。
エピローグで、美咲はこう言う。
その通りだ。
フィクションの人物だと知っていても、シリーズが終わってもずっと、僕は暦のことが気になると思う。文香への想いはどうなったのか。今、彼女はどんな小説を書いているんだろうか、と。
えー、3巻で完結!?
いや、いつまでも終わらないシリーズもそれはそれで困るんだけど、もうちょっと続くもんだと思ってたから、ちょっと意外だった。お気に入りのシリーズだったのに。
もともと『生徒会の一存』にハマってしまい、同じような「何も起きない話」を探していたら、これが見つかったのである。
ある高校の「軽小説部」の活動を描いたコメディ。活動と言っても、部室でダベって、ラノベをめぐるバカ話をしたり(美咲の「……ってあるじゃない」シリーズは、いちいち納得できる)、たまにリレー小説を書いたり(文香パートの破壊力は強烈)といった程度。特に大きな事件が起きるわけでも、メインのストーリーがあるわけでもなく、いくつものエピソードが淡々と語られるだけなんだけど、これが実に笑えるのだ。
世界観は『生徒会』よりもずっと現実寄り。登場人物がハーレム展開を否定したり、ラノベの中の不条理なお約束の数々にツッコミを入れたり、現実とラノベのギャップをギャグにしている。
ちなみに『生徒会』では他社作品のタイトルは伏字になっているが、この『ラノベ部』にはそんな縛りはなくて、実在のラノベやアニメ作品のタイトルが(出版社に関係なく)頻出する。
じゃあ現実的な話かというとそうでもなく、全体の雰囲気はちゃんと典型的なラノベになっているという不思議。
読んでいて気持ちがいいのは、ラノベに対する作者の愛があふれていること。登場人物の口を借りて語られるラノベの魅力、ラノベ論、物語論は、どれも同じ作家として同意できるものばかりだ。
3巻で特に感心したのは、『らき☆すた』に代表される日常系のマンガの魅力を分析したくだりである。
「いわゆる日常系と呼ばれる作品群で描かれる『どこにでもあるような平凡な日常』なんてものは、実はこの世界のどこにも存在しないんだと思う。むしろよくある物語の主人公のように、どれだけ頑張っても勝てないような強大な敵と戦ったり、どうにもならない不条理で理不尽な現実に必死に抗うことこそ、誰もが日常的にやっていることだと思う。物語の主人公と現実に生きるぼくたちの違いは、敗北し膝をついたまま終わることがあるかどうかでしかないんだよ」
よく言ってくれた! その通り! 『らき☆すた』や『あずまんが大王』の世界こそ、現実には存在しないものなのだ。だからこそ僕らはそれに惹かれるのだ。
しかもすごいのは、この『ラノベ部』という作品が、まさにその『らき☆すた』的な「日常系」の作品だという事実。登場人物に作品自体を「どこにも存在しない」と否定させるという、クレタ人のパラドックスみたいなアクロバットを平然とやっているのだ。
キャラクターの中でも特に僕が好きなのが藤倉暦。
読書好きで無口という、もろに長門な女の子なんだけど、実は百合妄想爆発少女で、同じ部の物部文香に片想いで、隠れ笑い上戸(他の部員が平然としている中、一人だけツボにハマって笑いをこらえてる)というギャップのおかしさ。でもって、高校生ラノベ作家。
その暦が、今回、過去の自分の小説について、文香からあることを(まったく悪意ではなく)指摘されて号泣する。これは分かる。好きな子からこんなこと指摘されたら、それが的確であるだけにグサっとくる。
その後、悲しみのどん底から這い上がってくる暦の独白。ここが最高にしびれる。
自分は本当に未熟だ。
作家としても、人間としても。
これまで人とほとんどかかわらず、小説の世界にのめり込んで生きてきた自分は、同世代の女の子と比べても明らかに未成熟だ。
だからこの先、今日みたいな恥ずかしい目に遭うことも何度もあるだろう。
(中略)
幸いにして、自分は小説家だ。
どんな恥ずかしい経験も、取り返しのつかない失敗も、悲しみも悩みも痛みも苦しみも、全部物語に変換して、あわよくば本にしてお金まで稼いでしまう術を持っているしたたかな錬金術師だ。
がんばれーっ! がんばれーっ、暦! なんかもうフィクションのキャラクターだってこと忘れて、マジで応援しちゃうぞ。
この3巻では、それまで水面下にひそんでいた部員の三角関係・四角関係が浮かび上がってきて、ついに波乱に発展するか……と思いきや、何となくうやむやになって、そのまま終わり。
どう見ても打ち切りっぽいのだが、その尻切れトンボの終わり方もまた、作者の計算の内ではないかと思える。
だって、文香たちの恋の行方に、ちゃんとしたストーリーを構成して、ちゃんとした結末をつけたら、それはもう『ラノベ部』ではないから。
エピローグで、美咲はこう言う。
「だってさ、物語が終わったあとにだって、その世界の中で生きてる人たちの人生は続いてくわけじゃない。あたしさー、授業中とか夜寝れないときとか、たまに思うのよね。大河とか竜児って今どうしてんのかなーとか、祥子お姉さまは元気かなーとか、ルナとシオンは仲良くやってんのかなーとか、ウルクとリセリナはどんな感じでゴニョゴニョなのかなーとか……」
「出逢って、いろんな思い出を共有して、別れて、たまにあいつ何やってのんかなーって思い出したりして――それって、現実の世界と物語の世界で何が違うの?」
その通りだ。
フィクションの人物だと知っていても、シリーズが終わってもずっと、僕は暦のことが気になると思う。文香への想いはどうなったのか。今、彼女はどんな小説を書いているんだろうか、と。
タグ :ライトノベル
2009年02月07日
『マップス・シェアードワールド2―天翔ける船―』
うわ、気がついたら1月はぜんぜん、このブログ書いてなかった! 娘の入試やら仕事やらでごたごたしてて、つい忘れてました。ごめんなさい。
これが今年最初の記事になります。
『マップス・シェアードワールド2―天翔る船―』
GA文庫 680円+税
http://www.amazon.co.jp/dp/479735271X/
2月15日発売。
長谷川裕一『マップス』の世界を舞台にしたシェアードワールド作品集です。 オビに「オレにも書かせろ!」とあるように、本当に『マップス』が好きな作家が集まりました。
【小説】
山本弘「勇者のいない星」
西野かつみ「オノゴロ星奇譚」
友野詳「たった一つの冴えないやり方」
葛西伸哉「星になり損ねた男」
新城カズマ「生者の船」
笹本祐一「四枚目の星図」
【マンガ】
あろひろし「アマニさん」
【カバーイラスト・本文扉イラスト】
長谷川裕一
【口絵イラスト】
あらいずみるい
環望
僕の短篇「勇者のいない星」は、ゲンが主役。原作の銀河統一会議の直後、地球上での数日間の出来事という設定です。主要キャラクター総登場で、燃えるバトルが展開します。力いっぱい書かせていただきましたよ、ええ。
西野かつみ「オノゴロ星奇譚」 は、辺境の原始惑星を舞台にした、エッチっぽいお話。
友野詳「たった一つの冴えないやり方」 は、伝承族が主役(!)の泣ける系の物語。タイトルの由来になったティプトリーの短篇をうまくアレンジしてます。
葛西伸哉「星になり損ねた男」 は、なんと重装甲機アーマードダイオンが主役! テビレ・アミメの話に出てきたあいつです。 タイトル通り、スターになり損ねて、ドサ回りやってるんですよ、あいつが。
新城カズマ「生者の船」 は、短篇なのにステープルドン並みの壮大なタイム・スケールの年代記。途中まで「どこが『マップス』なんだろう?」と冷や冷やしました(笑)。
笹本祐一「四枚目の星図」 は、原作終了後のゲンとリプミラの冒険談。別の長谷川作品ともリンクしています。
あろひろし「アマニさん」 は、アマニ・オーダックが主役のギャグマンガ。
どれが一番面白いかは、あなたの目でお確かめください。
これが今年最初の記事になります。
『マップス・シェアードワールド2―天翔る船―』

GA文庫 680円+税
http://www.amazon.co.jp/dp/479735271X/
2月15日発売。
長谷川裕一『マップス』の世界を舞台にしたシェアードワールド作品集です。 オビに「オレにも書かせろ!」とあるように、本当に『マップス』が好きな作家が集まりました。
【小説】
山本弘「勇者のいない星」
西野かつみ「オノゴロ星奇譚」
友野詳「たった一つの冴えないやり方」
葛西伸哉「星になり損ねた男」
新城カズマ「生者の船」
笹本祐一「四枚目の星図」
【マンガ】
あろひろし「アマニさん」
【カバーイラスト・本文扉イラスト】
長谷川裕一
【口絵イラスト】
あらいずみるい
環望
僕の短篇「勇者のいない星」は、ゲンが主役。原作の銀河統一会議の直後、地球上での数日間の出来事という設定です。主要キャラクター総登場で、燃えるバトルが展開します。力いっぱい書かせていただきましたよ、ええ。
西野かつみ「オノゴロ星奇譚」 は、辺境の原始惑星を舞台にした、エッチっぽいお話。
友野詳「たった一つの冴えないやり方」 は、伝承族が主役(!)の泣ける系の物語。タイトルの由来になったティプトリーの短篇をうまくアレンジしてます。
葛西伸哉「星になり損ねた男」 は、なんと重装甲機アーマードダイオンが主役! テビレ・アミメの話に出てきたあいつです。 タイトル通り、スターになり損ねて、ドサ回りやってるんですよ、あいつが。
新城カズマ「生者の船」 は、短篇なのにステープルドン並みの壮大なタイム・スケールの年代記。途中まで「どこが『マップス』なんだろう?」と冷や冷やしました(笑)。
笹本祐一「四枚目の星図」 は、原作終了後のゲンとリプミラの冒険談。別の長谷川作品ともリンクしています。
あろひろし「アマニさん」 は、アマニ・オーダックが主役のギャグマンガ。
どれが一番面白いかは、あなたの目でお確かめください。
2008年07月09日
桜庭一樹「受賞後第一作」?
『荒野』
>『私の男』で直木賞を受賞した桜庭さんの、受賞後第一作の登場です。
と宣伝されているのだが、これ、どう見てもファミ通文庫で出てた『荒野の恋』だよね?
と思って調べてみたら、やっぱりそうだった。
著者インタビュー「恋愛という荒野にたたずむ少女」
ファミ通文庫で中断していたシリーズを新たに書き足して完結させるというのは、別にかまわないというか、むしろ大歓迎なんだけど、以前に発表されたことのある作品を「受賞後第一作」と宣伝するのはおかしいだろ、と思うのである。
しかもこれが1件だけじゃなく、「桜庭一樹 荒野 受賞後第一作」で検索すると400件以上ヒットするのだ。 どうも文藝春秋社の宣伝方針らしい。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』とか『GOSICK』とか『竹田君の恋人』とかを文庫で読んでる者としては、なんだか桜庭さんのライトノベル時代の過去が否定されているような気がして、釈然としない。
それで思い出した。僕が『神は沈黙せず』を出した時に、ネットなどで「と学会の山本弘がついに小説を書いた」と言われたことを(笑)。それまで書いてきた『妖魔夜行』や『サーラの冒険』や『ラプラスの魔』や『パラケルススの魔剣』や『サイバーナイト』や『ギャラクシー・トリッパー美葉』や『時の果てのフェブラリー』は小説じゃないんですかいと小一時間ほど(以下略)。
ラノベはまともな出版物じゃないとみなされてますか、もしかして?
最近ようやくラノベが注目されるようになってきて、『産経新聞』の書評欄で(月1回だけど)ラノベが紹介されるようになった。しかし、まだ多くの雑誌・新聞の書評欄では存在を無視されている。 ろくに読みもせずに蔑視する者もいる。
確かにラノベの中にはくだらないのも多い。それは事実だ。でも、それはスタージョンの法則だからしかたがないのだ。他のジャンルの本だって90パーセントはクズだろう。注目すべきは10パーセントの方ではないのか。
ちなみに、僕が今いちばん好きなのは野村美月の『文学少女』シリーズ。有川浩、桜庭一樹に続いてブレイクするのはこの人だと確信している。
当たり前の話だが、ラノベも非ラノベも、駄作もあれば凡作もあれば傑作もある。ラノベだというだけの理由で非ラノベより出来が悪いと思われては困るのだ。
僕などは逆に、非ラノベで評判の高い作品を読んでみたら、「これラノベならよくある話だよね」とか「この系統ならラノベでもっと面白いのあるよ」とがっくりきたことが何度もある。
『さよなら絶望先生』に出てくる、ただ人が死ぬだけの話を読んで「こんな悲しい話、読んだことないわ!」と感動して泣いてしまう読者のように、ラノベの存在を知らないために、ラノベではよくある作品を「画期的な作品だ!」と思いこんで驚く読者も、けっこういるんじゃないかという気がする。
ちなみに、僕はここ数年、ラノベを書いていないが、嫌になったからでも、儲からないからでもない。単に機会がないというだけのことだ。
僕はラノベが好きだ。機会があればまた書きたいと思っている。
>『私の男』で直木賞を受賞した桜庭さんの、受賞後第一作の登場です。
と宣伝されているのだが、これ、どう見てもファミ通文庫で出てた『荒野の恋』だよね?
と思って調べてみたら、やっぱりそうだった。
著者インタビュー「恋愛という荒野にたたずむ少女」
ファミ通文庫で中断していたシリーズを新たに書き足して完結させるというのは、別にかまわないというか、むしろ大歓迎なんだけど、以前に発表されたことのある作品を「受賞後第一作」と宣伝するのはおかしいだろ、と思うのである。
しかもこれが1件だけじゃなく、「桜庭一樹 荒野 受賞後第一作」で検索すると400件以上ヒットするのだ。 どうも文藝春秋社の宣伝方針らしい。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』とか『GOSICK』とか『竹田君の恋人』とかを文庫で読んでる者としては、なんだか桜庭さんのライトノベル時代の過去が否定されているような気がして、釈然としない。
それで思い出した。僕が『神は沈黙せず』を出した時に、ネットなどで「と学会の山本弘がついに小説を書いた」と言われたことを(笑)。それまで書いてきた『妖魔夜行』や『サーラの冒険』や『ラプラスの魔』や『パラケルススの魔剣』や『サイバーナイト』や『ギャラクシー・トリッパー美葉』や『時の果てのフェブラリー』は小説じゃないんですかいと小一時間ほど(以下略)。
ラノベはまともな出版物じゃないとみなされてますか、もしかして?
最近ようやくラノベが注目されるようになってきて、『産経新聞』の書評欄で(月1回だけど)ラノベが紹介されるようになった。しかし、まだ多くの雑誌・新聞の書評欄では存在を無視されている。 ろくに読みもせずに蔑視する者もいる。
確かにラノベの中にはくだらないのも多い。それは事実だ。でも、それはスタージョンの法則だからしかたがないのだ。他のジャンルの本だって90パーセントはクズだろう。注目すべきは10パーセントの方ではないのか。
ちなみに、僕が今いちばん好きなのは野村美月の『文学少女』シリーズ。有川浩、桜庭一樹に続いてブレイクするのはこの人だと確信している。
当たり前の話だが、ラノベも非ラノベも、駄作もあれば凡作もあれば傑作もある。ラノベだというだけの理由で非ラノベより出来が悪いと思われては困るのだ。
僕などは逆に、非ラノベで評判の高い作品を読んでみたら、「これラノベならよくある話だよね」とか「この系統ならラノベでもっと面白いのあるよ」とがっくりきたことが何度もある。
『さよなら絶望先生』に出てくる、ただ人が死ぬだけの話を読んで「こんな悲しい話、読んだことないわ!」と感動して泣いてしまう読者のように、ラノベの存在を知らないために、ラノベではよくある作品を「画期的な作品だ!」と思いこんで驚く読者も、けっこういるんじゃないかという気がする。
ちなみに、僕はここ数年、ラノベを書いていないが、嫌になったからでも、儲からないからでもない。単に機会がないというだけのことだ。
僕はラノベが好きだ。機会があればまた書きたいと思っている。
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