2017年12月14日

伊藤ヒロ×山本弘トークLive「僕らはエロい小説が書きたい!」

山本弘のSF秘密基地LIVE 東京出張編#6
伊藤ヒロ×山本弘トークLive「僕らはエロい小説が書きたい!」




『魔法少女禁止法』『女騎士さん、ジャスコ行こうよ』『無限廻廊』などの伊藤ヒロと、
『MM9』『僕の光輝く世界』『プロジェクトぴあの』などの山本弘。
毎回、変な設定の小説を力いっぱい書く二人の作家が、創作について語り合う二時間。
今回は山本弘の最新作『プラスチックの恋人』など、エロ関係の話題も多め!
18歳未満の方にはお勧めしません!


[出演] 山本弘、伊藤ヒロ

[日時] 2017年12月22日(金) 開場・19:00 開始・19:30 (約2時間を予定)

[会場] Live Wire HIGH VOLTAGE CAFE
     東京都新宿区新宿5丁目12-1 新宿氷業ビル3F (1F割烹「いちりん」右階段上がる) (Googleマップ)
    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6~8出口から徒歩5分
    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
 
[料金] 1500円 (当日券500円up)

お申し込み、お問い合わせはこちらへ。
http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=124761813
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 今月は新宿でトークライブを開催します。
 ゲストは伊藤ヒロさん。僕の方からお願いしました。以前、『魔法少女禁止法』を読んで「すげえ!」と感動したもんで。
 今月の僕の新刊『プラスチックの恋人』は、思い切りエロい話です。これまで「山本弘のSF秘密基地LIVE 」ではエロネタは封印してたんですが、いろいろ言いたいことがたまってて、一度、誰かと思いっきりエロい話をしたかったんですよね。若かった頃、ヌイた作品は何だったかとか(笑)、そういう話。
 伊藤さんはこれまで、何度もエロい小説を書かれている方なので、創作をめぐっていろいろエロい話が展開されると思います。お楽しみに。できれば18歳以上の方、推奨です!  


Posted by 山本弘 at 19:02Comments(0)ライトノベル

2014年10月25日

ライトノベルをめぐる仮説いろいろ

 最近、togetterで取り上げられた話題を中心に。

●最近の男性向けラノベに女性主人公が少ない理由
http://togetter.com/li/728375

 コメント欄ではこんな意見がある。

>男性と女性はなんだかんだいって思考回路が大きく異る。ので文章で全部想像しないといけないラノベでは女性心理を完全にシュミレート出来る能力が必要になる

 いや、その仮説だと、過去に『スレイヤーズ!』『ARIEL』『ヤマモト・ヨーコ』などなど、男性作者が書いた女性が主人公の作品がヒットした理由が説明つかないよね?
 あと、女性でないと女性の心理が描けないというのであれば、同じ理屈で、「宇宙飛行した経験がないと宇宙飛行士の心理は描けない」とか「人を殺した経験がないと殺人者の心理は描けない」とか「美少女にモテまくった経験がないとハーレムものの主人公の心理は描けない」ということになってしまうんだけど、誰もそんなことは言わないはずだ。
 無論、ここ数年のライトノベルに限って言えば、「非常識なヒロインに振り回される男性の語り手」というパターンが多いのは確かだ。その理由? 単純だよ。

『涼宮ハルヒの憂鬱』が大ヒットしたから。

 あれがスタンダードになって、後続の作家が影響を受け、同じようなパターンの作品を書くことが多くなった。さらにそれがジャンルの中の多くを占めるようになり、「ライトノベルとはこういうもの」という誤った固定観念が一部に生まれてしまった。
 まあ、僕も『プロジェクトぴあの』でやったけど、突拍子もない言動をするヒロインを描くのに、ストレートに描写するより、別に語り手を配置して、その視点からワンクッション置いて語る方が、何かと描きやすいのは確かだ。 ヒロインの内面をあえて描かないことで、「こいつ、何考えてんだ?」という驚きを表現できるのである。
 でも、それはあくまで執筆上の手法のひとつにすぎないんであって、普遍的な法則でも、遵守すべき規則でも、ヒットするための条件でもない。
 僕も『ギャラクシー・トリッパー美葉』とか『神は沈黙せず』とか『アイの物語』に収録された作品群とか、女性主人公の一人称の作品を何本も描いている。それが不自然なことだとは思わない。
 だからライトノベル作家が普通に女の子を主人公にしたり、女の子の視点から物語を語りたければ、そうすればいいだけのことだ。自分の頭の中に勝手に規則を作って縛られる必要なんかない。

●【チート?】俺TUEEEじゃない異世界モノ作品【ラノベ】
http://togetter.com/li/727172

>異世界物ラノベというと、とかくチート能力とか俺TUEEEとかが目に付きますが、そういう主人公でない作品って無いかな?から始まりました。
>平凡で普通な主人公がちゃんと頑張る話ってないかなあ。

『サーラの冒険』は?(笑)

 そもそも僕が何で『サーラ』を書いたかというと、当時の異世界ファンタジーというと、主人公がすごい力を持ってたり、王族の血を引いてたり、世界の命運を背負ってたり、巨大な悪と戦ってたりといった話が多くて、それに反発を覚えたからなんだよね。
 特殊能力を持っていなくても、剣が強くなくても、高貴な血でなくてもいい。悪の大魔王と戦ってなくてもいい。ごく普通の少年が精いっぱいがんばって、ちょっとした冒険をする。そんな話があってもいいんじゃないか……と思ったんである。
 で、当たったよ。つーか、僕の小説で、発行部数で『サーラ』を超えるものが未だにないんだよ(笑)。
 誤解を招かないように言っておくけど、僕は「チート能力とか俺TUEEEとか」系の話を否定しない。作者がそういう話を書きたいなら、いくらでも書けばいい。

 要はそれが面白いか面白くないかだ。

 面白いか面白くないかは、当たるか当たらないかは、ジャンルや話のパターンで決まるわけじゃない。個々の作品の出来不出来による。おそらく「俺TUEEE」系の話でも、つまらない話はいっぱいあると思う。 『サーラ』みたいな話でも、下手な作家が書いたら退屈な作品になっていたはずだ。

●ラノベ新人賞で「まるでシリーズ第一巻の様な投稿作品」が過半数を占めているという悩み
http://togetter.com/li/716859

 これも前の話と同じで、既成のライトノベルをいろいろ読んだ結果、「ライトノベルというのはこういうもの」という固定観念にとらわれてるんだろうな。
 シリーズものを書きたいと思う気持ちは分かる。でも、そのためには、まず新人賞を受賞してデビューしなくてはならず、そのためには応募作はきちんと完結していなくてはならない……という基本的なことが理解できてないというのは、やっぱりダメだと思う。

 ダメなのは、「ライトノベルとはこういうものだから、こう書かなくてはいけないんだ」とか「今はこういうパターンの話が受けてるんだから、こういう話を書こう」という考え方だ。
 自分が本気でその話を面白いと思って書くのと、「他の人がこう書いてるから」とか「こう書けば受けるだろう」とかいう考えで書くのは、似てるようでぜんぜん違う。
 分かりやすく言うと、『スター・ウォーズ』が大ヒットしてるからと言って、『惑星大戦争』や『宇宙の七人』や『スタークラッシュ』を作っても当たるとは限らないよ、ということ(笑)。
 いや、個人的には好きなんだけどね、『スタークラッシュ』。あれは映画としてはダメダメだけど、監督が自分の好きなものを自由に作ってるのが分かるから。結果的に当たらなかったけど、好感は持てる。

結論:
 枠にとらわれるな。当たるかどうかなんて気にするな。
 何が当たるかなんて、どうせ誰にも分からない。作家にできるのは、当たる確率を上げるために、少しでもいい作品を書くこと、それしかない。
 どんな作品でもいい。とにかく自分の好きなもの、自分が面白いと思うものを全力で書け。
  


Posted by 山本弘 at 16:32Comments(17)ライトノベル作家の日常

2014年09月18日

『ラプラスの魔』(完全版)

山本弘著 安田均原案
〈ゴーストハンター〉『ラプラスの魔』【完全版】
富士見書房 1600円+税
9月20日発売


>伝説のRPGノベル復活。最強のパーティーが世界を救う!

>片田舎の町の外れに立つ、幽霊屋敷で起きた惨劇の真相を追い、屋敷を訪れた女性記者モーガンが見たモノは!? 偶然に集結した最強のゴーストハンターチームが、恐るべき異世界と魔物、そして魔人ラプラスに挑む!

 1988年に出版された僕の処女長編が復刊しました。当時発売された同名のパソコンRPG(原作・安田均)のノヴェライズで、大筋ではゲームの展開をなぞってますが、細部に僕のオリジナルのアイデアがいろいろ詰めこまれています。前半は幽霊屋敷を舞台にしたホラーですが、後半は異世界SFになって、アクション・シーンがてんこ盛りです。
 久しぶりにゲラで読み返したんですけど、ぜんぜん古くなってませんね。『神は沈黙せず』なんか、今読み返すともうすっかり時代遅れになってるんですが(苦笑)、こちらは1920年代という過去が舞台なんで、時代の変化の影響をぜんぜん受けていません。今読んでも十分すぎるほど面白いと、自信を持って言っておきます。
 時代の変化というと、この頃はまだクトゥルフ神話がマイナーだったってことぐらいですかねえ。今やすっかり有名になって、「SAN値」なんて言葉がアニメの主題歌に使われるような時代ですが。

 2002年にもいっぺん復刊してるんですけど、前と同じじゃいかんだろというので、おまけとして、番外編の短編「死のゲーム」を収録しました。もともと『ラプラスの魔』の第一章として書いたけれどカットした部分を、独立したホラー短編として書き直したもので、雑誌『LOGOUT』に一度載ったきりで、どこにも収録されたことのない作品です。
 あと、11月には第2作の『パラケルススの魔剣』も復刊予定。こちらはおまけとして、描き下ろしの新作短編がつきます。お楽しみに!
  
タグ :PRホラーSF


Posted by 山本弘 at 18:41Comments(11)ライトノベル

2014年02月04日

日下一郎『“世界最後の魔境"群馬県から来た少女』


>「群馬県から来た少女」コヨトルが、物語の主人公・羽柴(はしば)グンの通う東京の学園に転校してきた。
>その目的は、世間に「田舎だ」「秘境だ」と言われ続けている群馬県による世界支配だという。誰もが絶対無理だと思うのだが、コヨトルは故郷群馬のために決心を変えず、群馬によるさまざまな世界支配計画を開始し、次々に騒動を巻き起こしていく。
>やがて舞台は群馬県へと移り、かつて世界を破滅させたという邪神「群馬王」の復活をめぐる大バトルが勃発してしまう……!

>群馬県協力のもと、群馬県の「あるあるネタ」をこれでもかと盛り込んだご当地ライトノベルが誕生!
>※この物語における「群馬県」については、インターネット等において言われる「ものすごい田舎。田舎を通り越して秘境」というイメージを誇張したものであることをあらかじめお断りしておきます。群馬県の人、怒らないで!

 PHPスマッシュ文庫というと、『うちのメイドは不定形』『ウルトラマン妹』『未完少女ラヴクラフト』『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』などなどの変な発想のラノベ(いちおう上記作品全部読んでますが)をいろいろ出しているレーベル。しかし、これはまた変な……というか、スマッシュ文庫以外じゃ通りそうにない企画である。
 最近、アニメで町興しというのはよく聞くけど、ラノベで群馬をPR? うーむ、効果はあるんだろうか。
 疑問に思いつつも読んでみた。この作者の前作『妹戦記デバイシス』がけっこう面白かったし。
 読んでみたら大当たりだった。

 とにかく全編、ギャグがぎっしり! ノリ的には川岸殴魚『邪神大沼』シリーズ(ガガガ文庫)に近いけど、『大沼』が脱力系ギャグなのに対し、こっちは徹底的にハイテンション! 最初から最後までダレる間もなく、猛スピードでナンセンスなドタバタが展開するんである。
 アニメやマンガやラノベの定石をおちょくりまくり、むちゃくちゃな展開に作者自らツッコミを入れたり、はたまた開き直ったり。そのうえ隙あらば挿入されるアニメやマンガなどのパロディ。ギャグの入ってないページがほとんどないぐらい。何度も何度もしつこくくり返されるギャグ(特に関谷先生がコヨトルを尋問する方法)が、一回ごとに変化してゆくという構成の妙。
 かんじんの群馬ネタだが、群馬の名所(どこも印象が薄い)、群馬の名産(どれもいまいちショボい)、群馬ゆかりの歴史上の有名人(国定忠治以外は知名度低い。高山彦九郎は名前だけなら京都人に知られてるけど、「京阪三条のところで土下座してるおっさん」という程度の認識だよなあ)などなどをありったけ詰めこんでいる。しかもそれらがどれもちゃんとギャグとして機能しているのだ。
 これが群馬県が正式に協力してるってんだからすごい。ほんと、器広いな、群馬県庁。
 だから読んでると自然に群馬に詳しくなってきちゃうんである。見事な群馬PR。役に立つかどうかは分からんけど。たぶん観光になんか行かないし(笑)。
 さらにそのうえ、群馬と中央アメリカ古代文明の意外なつながり(もちろん創作だけど)を明らかにする伝奇ノベルでもあるという贅沢さ。
 ギャグもののラノベは数多いが、ここまでギャグ密度の高い作品はなかなかない。だってギャグ書くのって疲れるから。だいたい作者が途中で力尽きて、シリアス展開に走ったりするから。
 しかし、この作者はシリアスに逃げない。最後の最後で、ほんのちょっとシリアスっぽくなるだけで、あとは全編(あとがきに至るまで)ありったけのギャグを詰めこんでいる。

 これは死ぬ。

 こんな書き方してたら作者死ぬ。
 もっとこういう作品を読んでみたい気もするが、これは量産できないだろうなあ。奇跡のような一冊である。

 さて、AMAZONの評価を見てみると……あれ? 評価低いぞ? 何でだ?
 レビューを読んでみると。

>ハチャメチャな展開はいいと思います。
>ですが、登場するキャラクターがすべて同じ口調で、同じような行動しかしないのが
>私的にはどうにも残念でなりません。
>終盤は同じことの繰り返しで、まさに作業と化しています。

>途中からテンプレを用意して、ところどころ変えただけのようなストーリーが4回続きます。
>ギャグのネタもイマイチ古く残念な仕上がりです。
>ストーリー、キャラクター設定がめちゃくちゃとしか言い表せない。

>でもストーリーは、滅茶苦茶。
>特に後半はネタが無いのか、場所を群馬県内で4か所移動しただけで、ほぼ同じストーリーの繰り返し。

 ぎゃあーっ!!!!!
 こいつら「くり返しギャグ」という概念を理解してねえ!

 ああ、そうか、僕がこの作品を楽しめたのは、これまでいろんなギャグ作品に接してきたからか。
「くり返しギャグ」「定番ギャグ」というものがあるということを知らない人間には、毎回同じシチュエーションがくり返されるのが手抜きに見えちゃうのか。(「お父っつぁん、お粥ができたわよ」や「まさかの時のスペイン宗教裁判」はもちろん、『タケちゃんマン』とか『仮面ノリダー』とかもすでに知らない世代なんだろうなあ)
「ストーリー、キャラクター設定がめちゃくちゃ」って、それはギャグなんだから当たり前だろって思うんだけど、小説をストーリーやキャラクターでしか読まない人間にはそれが分からないのか。
 吉本新喜劇とかに対して「同じストーリーの繰り返し」と文句つけたり、『タケちゃんマン』『仮面ノリダー』に対して「ストーリーがめちゃくちゃ」なんて文句つける人間はいないはずなんだが、なぜ小説だとストーリー性を重視しなくてはいけないと思うんだろう? 不思議だ。
 筒井康隆氏の初期作品の数々や、横田順彌氏の『宇宙ゴミ大戦争』や、かんべむさし氏の「決戦・日本シリーズ」などが大好きだった僕としては、こういうタイプの作品を普通の小説の基準で評価する読み方には納得いかないなあ。ギャグにはギャグの読み方ってものがあるんだよ。
  


Posted by 山本弘 at 16:34Comments(2)ライトノベル

2013年06月16日

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』最終巻

 6月8日、トンデモ本大賞からの帰りに購入、その日のうちに読了。

  いちおうネタバレは避ける方針だけど、勘のいい方なら容易に察してしまうかもしれないので、できれば未読の方はご遠慮いただきたい。












 いやー、すごかった!

 やっちゃったよ!(性的な意味でなく)

 いや、予想はしてた。前巻がああだったから、こういう展開になるんじゃないか、なれば面白いな、とは思ってた。
 その反面、「いくらなんでもそこまで書く勇気はないんじゃないの?」とか「宙ぶらりんで放り出してお茶濁すんじゃないの?」という疑念も捨て切れなかった。
 ハーレム状態にけりをつけるということは、言うまでもなく、主人公に選ばれなかった女の子たちが傷つくということだ。それは読者は望まないし、作者も書きたくないんじゃないだろうか。
 これは古典的な問題だ。その昔、あだち充『みゆき』の最終回で、賛否両論が巻き起こったのを思い出す。僕の知り合いにも、「あの終わり方は許せない!」と怒っている奴がいた。
 二者択一の結末でさえこうなのだ。『俺妹』みたいに五者択一(数えようによっては六者か七者かも)の場合、結末に満足しないファンの方が多いと予想される。
 まして作者は、熱狂的なファンから脅迫された過去がある。同じようなことが起きるかもしれないと予感して、明確な結論を出すことに不安や迷いを覚えていたとしても不思議じゃない。

 ところが。

 作者はこっちの予想を上回るど真ん中の剛速球を投げてきた。

 最高の見せ場は、何といっても、本のちょうど真ん中。見開きで発せられる、たった2文字の台詞。
 僕がその瞬間、覚えた感情は「痛快」。そして「感無量」。
 この2文字を言わせるために、この物語はあったんだな。
 しばらく本を伏せて、この2文字の余韻にひたってましたよ、ええ。

 しかもそこで終わりじゃなくて、後半の展開がさらに悶絶もの。京介たちの会話に何度噴き出したことか。こーの、バカップルがーっ!(笑)
 あやせのヤンデレ、黒猫の厨二病も例によって全開で、最後の最後まで笑わせてくれる。ラブコメの「ラブ」だけじゃなく「コメディ」の部分を大事にしてくれているのが嬉しい。

 でも、笑えるだけじゃない。
 京介に選ばれなかった女の子たちが、順に退場してゆく。そのくだりがもう、泣ける泣ける。
 彼女たちは傷つき、怒り、泣き叫ぶ。ハーレムを終わらせるということがどれほど残酷なことなのかを、作者はしっかり描いてみせる。

 特に盛り上がるのはクライマックスの「最終決戦」。
 これも予想してた展開とはいえ、本当に「修羅場」と化した。ああ、ここまで書いちゃうんだ。彼女にこんなひどいこと言わせるんだ。そして京介にこんな残酷なこと言わせるんだ。
 彼女のファンなら胸かきむしられること必至。
 でも、ここまで徹底的にやらなきゃ決着がつかないのも確か。
 さらにその後、京介が「この物語のラスボス」に対して啖呵切るのが、最高にかっこいい。

 ネットでこの結末への不満をぶちまけている連中の発言も読んだけど、はっきり分かるのは、彼らのほとんどが実際にはこの最終巻を読んでないということだ。ネットにアップされた乱暴な要約や2ページの抜粋だけ読んで腹を立て、あるいは嘲笑している。
 なぜそれが分かるかというと、作者は予想される反論や批判に対して、先回りして答えを書いているからだ。京介の口からはっきり「キモイ」と認めさせているのに、「キモイ」と批判するのは無意味だろう。
 そう、この話はキモイ。でも、かっこいい。
(ま、倫理的なこと言い出したら、中学生の女の子がエロゲやってる時点ですでにアウトなんだけどね(笑))

 もちろん、欠点を挙げ出したらきりがない。今回も「何でそれを録音してたんだよ黒猫!?」とか、笑いながらもツッコんじゃったし。他にも、上手く使われなかった伏線とか、途中から設定を変えたらしい部分もあり、作者が最後までどういう結末にもっていくか迷っていたのがうかがえる。読者に対してアンフェアな部分(京介の一人称で本当のことを言ってない)や、キャラクターの心理が不自然な部分もある。
 でも、それらを認めたうえでなお、僕はこの最終巻を評価する。

 作者は逃げなかった。
 物語を終わらせるために、愛すべきヒロインたちを傷つけることを決意した。京介といっしょに物語に向き合い、安易な結末や非現実的な結末をすべて否定し、最良の落としどころを模索した末に、ぎりぎりの妥協点にたどりついた。
 その真摯さと勇気に、僕は感動した。

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の最終巻は、おそらくライトノベル界の伝説として語り継がれることになるだろう。

 しかし、ここまでやられたら、同じような作品を書いてる他の作者はつらいだろうなあ。同じことをやっても二番煎じになるだけだし、これ以下の結末を書いたら「『俺妹』に比べたらぬるい」と言われるだろうし。
  


Posted by 山本弘 at 17:43Comments(15)ライトノベル

2012年10月28日

ライトノベルについていろいろと(後)

 次は「ライトノベルの源流を探る」。
 先に挙げたラノベの表面的なフォーマット──「表紙が女の子でカラー口絵があって本文イラストがある文庫本」の元祖が、創元推理文庫の『火星シリーズ』だというのは、みんな笑うけど、でもそうでしょ?

 創元がこうしたスタイルで当てたもんで、対抗して早川が創刊したのがハヤカワSF文庫。今は違うけど、昔のハヤカワSF文庫はみんなカラー口絵があって本文イラストがあった。表紙も女性キャラが描かれていることが多かった。ジェイムズ・H・シュミッツの『悪鬼の種族』なんて表紙買いしちゃったし。

 ムーアの『大宇宙の魔女』も、あの表紙じゃなかったら手に取らなかっただろう。

 他にも『砂の惑星』の石森章太郎、『ジェイムスン教授』シリーズの藤子不二雄、『テクニカラー・タイムマシン』のモンキー・パンチなど、当時の人気マンガ家を起用していた。

 だから高千穂遙氏がソノラマ文庫の『クラッシャー・ジョウ』のイラストレーターとして安彦良和氏を指名したのも、そうしたことがヒントになってたんじゃないかと思うんである。

 イラストじゃなくて内容に目を向けるなら、大森望氏の主張する「ライトノベルの源流は平井和正『超革命的中学生集団』」という説には賛成。確かにあれより過去には遡れない。『超革中』は従来の児童小説とは完全に一線を画した画期的な作品だったと思う。

 ちなみに、これも知らない人が多いようだけど、『超革中』は2003年に『超人騎士団リーパーズ』とタイトルを変えて、青い鳥文庫fシリーズから新版が出ている。

 他にも、辻真先『キリコ&薩次』のシリーズはいかに先進的だったかとか、新井素子『いつか猫になる日まで』(壮大な宇宙戦争とヒロインの恋が同時進行で描かれる)は今でいうセカイ系のはしりなのかとか、笹本祐一『妖精作戦』がのちのSF作家たちにどれほど大きな影響を与えたか……といった話も熱く語った。
 これらの作品も今、復刊されてるんで読めます。久しぶりに読んだ『仮題・中学殺人事件』は、トリックが分かっててもやっぱり面白かった。
 ちなみに有川浩『レインツリーの国』は『妖精作戦』へのオマージュ。だから創元SF文庫版『妖精作戦』の1巻は有川さんが解説を書いている


 その後は、90年代から現代までのいろんなライトノベルを紹介。有名な作品を今さら取り上げるのも芸がないので、知名度じゃなく、あくまで僕の思い入れを基準にセレクトした。
 90年代の作品では、『バーンストーマー』『星虫』『宇宙豪快ダイザッパー』『風の白猿神』『電脳天使』『タイム・リープ』『ロケットガール』『ブラックロッド』など……『風の白猿神』は今でもちょくちょく語り草になってますな。
 21世紀に入ってからでは、『紫色のクオリア』『ヴィークルエンド』『パララバ』『アンチマジカル』『邪神大沼』『“菜々子さん”の戯曲』『超妹大戦シスマゲドン』『千の剣の舞う空に』『消閑の挑戦者』『声で魅せてよベイビー』などなど。
 中でもどうしても取り上げたかったのは、桜庭一樹さんの『竹田くんの恋人』。純粋に作品として見ると、明らかに失敗作なんだけど、クライマックス、ゲームの世界からやってきた女の子が、ついに探し当てた自分のプレイヤーに告白するくだりが、もうボロボロ泣けちゃって……個人的に忘れがたい作品である。
 あと三雲岳斗氏による『絶対可憐チルドレン』のノヴェライズは、原作ファンには絶対おすすめ。スケールが大きいうえに、原作の設定を緻密に織りこんでいて、ファン・サービスもたっぷり。『チルドレン』の劇場版作るんだったらこういう話にすべき!
 他にも、タイトルを見ただけで笑っちゃう作品とか、設定がトンデモない作品もいろいろ紹介。『名門校の女子生徒会長がアブドゥル=アルハザードのネクロノミコンを読んだら』『魔王が家賃を払ってくれない』『ウルトラマン妹』『うちのメイドは不定形』『パンツブレイカー』『奥の細道オブ・ザ・デッド』『寄生彼女サナ』『五年二組の吸血鬼』などなど……トンデモない設定でもつまらないかというと、決してそんなことはない。問題はその設定をうまく使いこなしているかどうか。特に『うちのメイドは不定形』はおすすめ。
 あっ、もちろん『ココロコネクト』『這いよれ!ニャル子さん』『ベン・トー』『文学少女』『俺の妹がこんなに可愛い』などのメジャーな作品もいろいろ取り上げましたよ。
『俺の妹』は次が最終巻だけど、どう決着つけるのかなあ。さすがに桐乃エンドだけはないだろうと思ってたんだけど、最新刊の最後のページの桐乃の宣言で分からなくなった。ありうるのか、桐乃エンド!? もうドキドキですよ。

 結論としては、

 ライトノベルには「遠慮」がない。

 普通、「半径2メートル以内のパンツを消す能力」なんて、思いついても小説に書こうとは思わない(笑)。それを書いちゃうのがライトノベルだ。アイデアだけじゃない。「こんな変なキャラクターを出したらバカにされるんじゃないか」とか「こんな荒唐無稽な設定を受け入れてもらうには、日常に密着したリアルな部分をみっちり書かないといけないんじゃないか」とか「こんなに会話ばっかりでストーリーが進まない小説なんて許されるのか」といった遠慮をしないのである。
 そうした自由奔放さこそ、ライトノベルの魅力だし、一方で、ライトノベルを生理的に受け付けない人がいる原因でもあるのではないかと思う。
 ライトノベルは長所と欠点が表裏一体なのだ。
  


Posted by 山本弘 at 16:38Comments(17)ライトノベル

2012年10月28日

ライトノベルについていろいろと(前)

 先日のLiveWireの企画「語りつくすぞ!ライトノベル」の報告をかねて。
 何年か前に某出版社からライトノベルについて解説する原稿を書いてくれと頼まれたけど、お断りしたことがある。「僕はそんなに詳しくない。今、発行されているライトノベルの1/10も読んでませんから」「もっとたくさん読んでいる人に頼んでください」と。
 今回、この企画をやるために調べてみて分かったのは、2011年にはライトノベルがなんと968冊も出てたという事実。

http://d.hatena.ne.jp/yuki_tomo624/20120122/1327244524

 うん、やっぱり1/10も読むのは無理(笑)。97冊読もうとしたら月に8冊だもの。他の本読んでる時間がない。というか、かなりのライトノベル好きでも、年に100冊以上読むという人はあまりいないんじゃないかと思う。
 だから今回は、本当に自分が知っている範囲の話に限定して進めることにした。

 まずは「ライトノベル畑からデビューした作家」の紹介。ライトノベル系の新人賞でデビューしたり、あるいはデビュー後しばらくライトノベルを書いていた人が、一般文芸に移ってくる例が多い。冲方丁、桜庭一樹、有川浩、乙一、小川一水、野尻抱介、橋本紡、長谷敏司……最近の注目は『ビブリア古書堂の事件手帖』の三上延氏。2002年にデビュー以来、電撃文庫で30冊近く書いていた。

 やっぱりね、栞子さん萌えるよね!(笑)
 会場でも言ったんだけど、年配のミステリ作家が『ビブリア古書堂』と同じ題材で小説を書いたとしても、栞子さんはあんな魅力的なキャラにはならなかったと思う。『ビブリア古書堂』はライトノベルの方法論をうまく取り入れたのが、ヒットの要因のひとつ(あくまでひとつだけど)ではないだろうか。

 次に「児童小説とライトノベルの境界が曖昧になってきている」という話。
 2004年頃、当時小学生の娘に読ませる本を本屋で探していて、『妖界ナビ・ルナ』の表紙を見つけた時には、「えっ? 最近は児童書でもこんな絵ありなの?」と驚いたもんである。

 ところが今や、フォア文庫も青い鳥文庫も、さらには角川のつばさ文庫も、アニメチックなキャラクター、ラノベ風の表紙のものが当たり前になってきている。

 会場で意外だったのが、『涼宮ハルヒの憂鬱』や『キノの旅』や『生徒会の一存』が角川つばさ文庫から児童書として出てることを知らない人が多かったこと。

 読んでるんですよ、小学生の女の子が『生徒会』を! 公式サイトに載った感想に「中学校か高校生になったら、生徒会に入りたいと思いました」と書いてあって、「いや、あんな生徒会ないから!」と思わずツッコんでしまいましたよ(笑)。
 つまりこれ、小中学生のうちからラノベを読ませて、ラノベ界にひきずりこもうという角川の戦略なんである。
 この戦略、正しいよ! 先日、ニュースで、中学生にいちばん人気がある作家は山田悠介だというのを知って暗澹たる気分になったもんで(笑)、よけいにそう思う。『リアル鬼ごっこ』読ませるぐらいなら、『ハルヒ』や『キノ』を読ませた方が、はるかに教育上よろしい。

 次は「ライトノベルの定義」の話。これ、意外に考え出すとややこしい。ライトノベルと言っても、SFもファンタジーもホラーもミステリも恋愛小説もあり、ドシリアスな作品からハチャメチャなギャグ作品まで、あらゆるものが揃っていて、ひと言でくくれないのである。
 まあ、「ライトノベル・レーベルから発売されているものがライトノベル」というトートロジーみたいな定義は、つい納得したくなるし、「表紙が女の子でカラー口絵があって本文イラストがある文庫本」というイメージも、だいたい合ってるとは思う。
 でも、そうなると、『化物語』はライトノベルじゃないのか、という問題が発生してしまう。あれを「ライトノベルじゃない」と言い切るのは、何かおかしい気がする。
 あと、桜庭一樹さんの『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が富士見ミステリー文庫から出てた時はライトノベルで、後で角川から出たのはライトノベルじゃないのか、とか。(ちなみに僕は富士見ミステリー文庫で読んだ)

 有川さんの『図書館戦争』も、先に挙げた定義からは完全にはずれてるんだけど、ノリはライトノベルなんだよなあ……。
 というわけで、厳密に定義できません、ライトノベル。読者が「これはライトノベルだ」と思ったものがライトノベルなんだろう、たぶん。
  


Posted by 山本弘 at 15:42Comments(15)ライトノベル

2011年07月27日

『僕の妹は漢字が読める』の感想がひどい件

 かじいたかし『僕の妹は漢字が読める』(HJ文庫)というライトノベルが話題になっている。
 日本人の国語力が衰退し、漢字を読める者がほとんどいなくなっている23世紀の日本。そこで生まれ育った少年が主人公のコメディだ。
 まず最初に言っておくと、僕はこの作品を評価しない。
 5点満点で2点ぐらい。
 なぜかというと、せっかくの面白い設定をぜんぜん使いこなしていないからである。
 まず、主人公の生きている23世紀の日本の描写。アニメやラノベ的な感性が当たり前になっているという設定なんだけど、そこの描写が甘い。「二次元総理」というネタには笑ったけど、笑えるのはそこぐらい。
 こういうのは、もっといろんなディテールをぶちこんで、この世界のおかしさをたっぷり見せれば、はるかに笑える作品になっていたはずだ。だが、作者はそこまで深く考えなかったようだ。そのへんがSFを読みなれた人間には、ものすごく歯がゆい。
 たとえば主人公が「童貞」という昔の言葉を知らないというシーンがある。じゃあ、この世界では「童貞」はどう呼ばれているのだろうか。いや、そもそもこの世界では、童貞という概念は現在の我々のそれとはまったく異質なものになっているのではないか。たとえば、2次元の方が3次元より重視されている世界では、むしろ肉体を持った女性との性交渉が異端とされているのではないか。そのせいで人口は減少に向かっているのでは……と、いくらでも想像は広がるはず。
 また、妹が「童貞」という言葉の意味を質問されて恥ずかしがるというのも、よく分からない。この世界でも童貞は恥ずかしいことなのか? 彼女は漢字が読めるというだけで、この世界で生まれ育ったんだから、感性は基本的に23世紀人のそれのはずなんだが。
 あと、主人公が精巧なロボットを見て「これは凄い」と感心したりするのも変。2世紀経ったらそんなものは当たり前だろう。
 しかも、この時代になってもまだ本は紙でできていて、主人公が尊敬する作家に見せてもらう原稿も、紙にプリントアウトしたものなのである。ないない、それはない。「30世紀にちゃぶ台」並みにありえない。
 主人公が21世紀のエロゲのポスターを見て「宗教画だ」、美少女フィギュアを見て「マリア像だ」と勘違いするというのも、明らかに作品の世界観に反している。むしろ宗教画を見てエロゲのポスターだと勘違いするべきではないのか。
 まあ、ギャグ作品で細かいところまでつじつまを合わせろとは言わないが、主人公の考え方が作品の設定と矛盾しているのは、さすがにいただけない。
 この作品を「ラノベ批判だ」と早とちりしている者もいる。そんなことはない。僕の目には、むしろ作者はラノベの定石に忠実すぎて、そこから飛躍できていないと感じる。
 後半、21世紀にタイムスリップしてきた主人公が高校に通うようになるのだが、その展開に無理がありすぎるうえ、必然性がまったくない。漢字の読み書きができないので苦労するのを見せたいなら、学校でなくても、日常生活で十分だろう。どうも「ラノベの主人公は学校に通うもの」という定石に縛られているだけのように見えるのだ。
 主人公と妹の関係も、さすがに見飽きた。新味がない。

 つーか、この設定だけくれ! 僕に書かせろ!
 頭からすべて書き直して、面白い作品にしてやるから!

 ……とまあ、いろいろ書いてきたけど、僕はべつにこの作品に腹は立たない。シオドア・スタージョンが言うように、どんなジャンルでも90%はクズなのだ。ハズレに当たるたびに、いちいち腹立ててなんかいられない。
 僕が腹が立ったのは、むしろこの作品を批判している連中の方である。

http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51641055.html

>地の文が酷いw
>ラノベってこんなレベルばっかりなの?

>設定以上に文章がひどい
>これでプロの作家を名乗れるんだから、ラノベはマジキチ

 ……あのさあ。
 君ら、一ページ目に書かれている設定、ちゃんと読んだ?
 これは漢字の読み書きができない主人公が書いたハチャメチャな文章を、現代の読者に向けて「意訳」したっていう設定なんだよ。それで文章が上手かったら、逆におかしいだろう。
「我輩」の一人称のパートを読めば分かるように、作者はちゃんとした日本語を書ける人なのだ。わざと下手な文章にしているのである。

>このものがたりちゅうにつかわれている『じゅうこうだ』のひとことをとりあげてもいみがとくていできない。
>ぜんごぶんのつながりで、そのいみをはんだんするしかなく、にじゅうさんせいきせかいではあるいみどくしょのちからはこうじょうしているのだろう。

 もちろん「重厚だ」というのも原文では「ずっしりん」とか書いてあったのを意訳したということなんだろう。それぐらい分からんのか。

>隙のない美貌の妹を持つ兄が何でこんなB級顔なんだよ

 義理の妹だって、ちゃんと説明されてるだろ!?

> こんなのが許せられる時代って・・・・

 うん、確かに「許される」という言葉もまともに書けない奴がいる時代って悲しいよね(笑)。

>それとも俺が知らないだけで、こういう良い意味で阿保なラノベって多いの?

 無理して慣れない漢字使うことないぞ。阿呆はカタカナで書け。
 もしかしたらスラングのつもりで使ったのかもしれないが、阿保(あぼ)という姓の人は実在するので、こういう使い方をしてはいかんと思う。

>ラノベやケータイ小説なんかが面白いとか言ってる馬鹿が増えれば、いずれ日本はこんなアホみたいな世界になるぞって、警笛を鳴らしてるわけだ

 鳴らすのは「警鐘」な。警笛鳴らしてどうする。

>発想は良かった、のだと思う。過去形。
>「現代文学」とやらが、日常会話とかけ離れている時点でもはや「韻文」なのだろうか、これはまさに「読めません」だ。文学ならばそれでいいのだろう。読めないが。

 お前の文章の方が読めません(笑)。日本語が崩壊している。そもそも「韻文」の意味を分かってるのかも疑問。

>なんかブラッドベリの「華氏411」思い出した。

 有名なタイトルを間違えるな。

>この程度のやつと筒井康孝を比べるなよ

 筒井康隆氏を引き合いに出すなら、名前ぐらいちゃんと書け。失礼だ。

>何がどうすごいかすげえ気になるけど長すぎて読む気分になれない・・・

 ギャグだよな!? ギャグだと言ってくれ!
 かと思えば、変な深読みしている連中もいる。

>もしかしてこれって漢字教育廃止した某半島国家を揶揄してるんじゃないのか・・・?

>というより、どう考えても元ネタはハングルと漢字が読めない韓国人をネタをしているとしか思えん。

 いや、そんな意図、ないない(笑)。

>「自分は文筆業である。
> 漢字を繰り、
> 言葉を紡ぐ者である。」
>という自負に溢れた文章書きが放つ、
>独特の自己(と同類)への陶酔を伴った
>自慰作品であると感じた。

>ケータイ小説とかラノベを皮肉ってるように思わせて、実は村上春樹を始めとした現在の純文学を皮肉ってるんじゃないか

 だからそんな高尚な意図ねえって!
 君ら、赤いパンツが「重税に苦しむ日本国民の心情を表現している」と言った、作中のオオダイラ先生と同じ間違い犯してるよ!

>これラノベを暗に否定(危惧?)してるわけだよね。
>普段からラノベ通読してる人達はこれ読んでどう思うんだろう…

 どうも思いません。ジャンルの定石を皮肉った自虐ネタなんて、ラノベには珍しくないよ。
 これで「すごい」と騒ぐのは、ラノベにどんな作品があるかを知らない人間ではなかろうか。

>ラノベは文学じゃない
>絵の書けない漫画家の逃げ道

 はいはい、ラノベを読んだことのない奴の典型的な偏見ね(笑)。
 ついでに言うと、絵は「書けない」じゃなくて「描けない」って書くんだよ。「描」は小学校で習う漢字だと思うけど?

>こんな引き込まれない導入は始めてだが、ラノベってみんなこうなのか?
>普通の小説は最初の半ページでガッツリ掴んでくれるぞ?

 普通の小説でも半ページでがっつりつかんでくるものなんて、そうそうないんだが。お前はいったい何冊ぐらい小説を読んだうえで言ってるのかと、小一時間ほど(以下略)。

>イラストが致命的にダメだ。もうその時点で読む気せぇへん

 イラストで否定!

>内容に主義・主張があればこんなどこかで見たようなタイトルにはなるまい。

 タイトルすら否定!
「僕の妹」というフレーズが入っているだけで、便乗作品だと思いこんでいるらしい。

>他人の作ったものを踏み台にするような作品はちょっと

 パロディとかオマージュとか全否定!?
 いや、参った。あきれた。
 頭の悪いラノベを笑っているつもりかもしれないが、実はそのラノベの設定や作者の意図を理解する読解力さえない(難解な文学作品ならともかく、ラノベだよ?)。
 作者の文章を笑っているつもりかもしれないが、実は自分もまともな日本語が書けない。
 さらには、中身すら読まず、タイトルやイラストの印象で評価する。
「普通の小説」と比べてラノベをバカにしてるけど、実は決定的に読書量が少ないことが露呈しているではないか。おそらく普段、ラノベすら読まず、マンガばっかり読んでるんじゃないかしらん。
 これでは2世紀ぐらい経ったら、本当にこの作品のような世界になってしまうんじゃないだろうか。心配だ。
  


Posted by 山本弘 at 14:00Comments(58)ライトノベル

2010年01月23日

ライトノベルを応援します

 新春早々に買ったのが、有川浩『シアター!』(メディアワークス文庫)。これを読んで考えさせられた。
 小劇団シアターフラッグの主宰をやっている春川巧(脚本の才能はあるけど実務的なスキルは壊滅状態)が300万円の借金を抱えてしまい、劇団は解散の危機に陥る。泣きつかれた兄の司(芝居のことはさっぱり分からないけど実務の才能は天才的)が、300万円を肩代わりし、劇団の再建に乗り出す……というストーリー。
 いつものことながら、有川さんのリーダビリティはすごい。他の作家の小説だと、途中でひっかかったり、退屈に感じたりする部分が必ずあるのだが、この人の小説はすらすら読めてしまう。この『シアター!』も、無駄な部分が徹底的に削ぎ落とされ、最初から最後まで面白い場面、面白いやりとりの連続。テンションが落ちる間がないのだ。ラスト近くにはスリリングな展開もある。まさに一級のエンターテインメント。
 すらすら読めるからと言って、すらすら書けるというものではない。毎度のことながら、登場人物の思惑の交錯が見事である。Aという人物はBから見るとこうで、そのAとBの関係をCから見るとこうで、でもAがこういうことを言うからCはこうせざるを得なくて……といった複数の視点からの描きわけが実に上手いのだ。
 この小説の中に、こんなくだりがある。

 どんなジャンルであっても、客層を広げる可能性を持っているのは玄人好みの商品ではない。素人がカジュアルに楽しめる商品だ。カジュアルな商品こそそのジャンルの間口であって、それを軽んじる業界は廃れる。新規の客を弾くからだ。
 シアターフラッグだけではない。分かりやすいエンターテインメントを目指す劇団はどこもなかなか評価されない。カジュアルなエンタメで万単位の集客を誇る劇団もあるが、そこも未だにメインストリームからは無視されているという。一跳ねしたらもてはやされるという話だが、集客を万に乗せてまだ無視されるなら跳ねたと認めてもらえるラインは一体どこだ。
 プロパーに評価される作品が悪いというわけではない。それは業界で確かに必要なものだろう。しかし、それとは別に新しい客を連れてくる商品を冷遇するような業界は、決して社会のメインストリームにはなれない。分かりやすいものを軽視する風潮には、商業的に成立するために不可欠な一般客への侮蔑がある。
 自分の気に入った商品がバカにされるような業界に一体誰が金を落としたいものか。
 外から見たら苛立つほど転倒している価値観に自分の身内が振り回されているのは、毎度のことながら不愉快だった。

 有川さんは演劇の世界のこととして書いてるけど、これ、明らかに小説業界を念頭に置いてるよね。
 たとえばライトノベル。あれだけたくさん出ていて、シリーズで何百万部も売れているものがあって、傑作もたくさんあるというのに、ライトノベルだというだけで出版業界の中では評価されない。新聞や週刊誌でもめったに紹介されない。毎月、書評欄できちんとライトノベルを取り上げている雑誌は、『SFマガジン』ぐらいのもんじゃないだろうか。
 かわいい女の子のイラストがいっぱいついているのは悪いことなのか。読みやすいのは悪いことなのか。
 否、である。
 読書だって楽しい方がいいに決まってる。読みやすい方がいいに決まってる。
 確かに難解で読みにくい小説も必要だろう。僕もそれを否定する気は毛頭ない。
 だが、いきなりそんなものを読みたがる読者なんていないはずだ。分かりやすくて面白い娯楽作品から入って、小説の魅力に目覚め、その読者の一部がだんだん重厚なものや難解なものに移ってゆくものだろう。有川さんの言う通り、入口の存在を否定してはいかんと思うのだ。

 実は最近、僕が読んでいる小説の大半がラノベである(笑)。だって、面白いんだよ! 若く優れた才能が次々に現われるのを見るのは、実にエキサイティングだ。
 もちろん、スタージョンの法則というやつで、大半はクズなんだろうけど、傑作もたくさんある。特に新人賞に入選した作品となると、何百編というライバルとの競争を勝ち抜いてきたのだから、さすがにハズレがない。こういうものを評価しないというのはおかしい。
 出版業界が無視しようとも、僕はラノベを応援する!
 というわけで、僕が最近読んだ作品の中から、感心した作品をいくつか紹介したい。

・逢空万太『這いよれ!ニャル子さん』
(GA文庫)
 第1回GA文庫大賞 優秀賞


・川岸殴魚『やむなく覚醒!!邪神大沼』
(ガガガ文庫)
 第3回小学館ライトノベル大賞ガガガ文庫部門 審査員特別賞


 どちらも優れたコメディ。若い頃に筒井康隆氏や横田順彌氏のハチャメチャ小説を愛読した者としては、こういう路線にはまったく抵抗がない。と言うか大好き。シリアス展開に逃げずに、ひたすら大バカなギャグの連続で押し切るのがいい。
 僕も『ギャラクシー・トリッパー美葉』とか書いてたから分かるけど、ギャグを貫くって大変なんである。途中でしんどくなって、シリアスに逃げたくなったり、感動的な話にしたくなるのである。だって、泣かせるよりも笑わせる方が数段難しいから。『ジャンプ』のギャグマンガがシリアス路線にシフトしていくことが多いのも、きっとそうなんだろう。(『美葉』も3巻の最後はシリアスになっちゃったし)
 世間では何となく、コミカルなものはシリアスなものよりランクが下、と思われているみたいだけど。そんなことないよ。面白いコメディを書ける人間は才能があると思う。

・川原礫『アクセル・ワールド』
(電撃文庫)
 第15回電撃小説大賞 大賞


 シリアスなゲームバトルもの。現実世界とゲーム空間が地続きになっていて、意識が加速された空間内でのバトルが展開するという設定がわくわくする。「脳のクロック周波数」という説明は、んなアホな、と思いつつも感心した。こういう面白い嘘には喜んで騙されよう!
 もっとも、デブでいじめられっ子の少年がゲーム世界ではヒーローになり、さらには美少女にも惚れられるという願望充足的な設定に、ひっかかる人もいるかもしれない。主人公の片想いでも良かったんじゃないかって気がする。
 同じ作者の『ソードアート・オンライン』はこれから読む。

・橘公司『蒼穹のカルマ』
(富士見ファンタジア文庫)
 第20回ファンタジア長篇小説大賞 準入選


 いい意味で騙された作品。表紙とオビのコピーで、シリアスなバトルものかと思ったら、実はこれまた大バカ!
『スレイヤーズ!』と比較する声があるのはよく分かる。世界平和も正義も眼中になく、姪の学校の参観日に駆けつけるために、強敵を打ち倒し難関をぶち破ってゆくヒロインのパワフルさには脱帽した。

 他にも、紹介したい作品や、まだこれからチェックする作品がいろいろあるんだけど、今のところイチ押しはこれ。

・静月遠火『パララバ-Parallel lovers-』
(電撃文庫)
 第15回電撃小説大賞 金賞


 高校2年の遠野綾は、他校の生徒・村瀬一哉に恋していたが、ある日、一哉は急死してしまう。悲しむ綾の携帯電話に、死んだはずの一哉から電話がかかってくる。彼の世界では、死んだのは綾の方だというのだ……。
 表紙見返しには、こう書いてある。

 二人の行き着く真実とは!? 出会えぬ二人の運命は!? 携帯電話が繋ぐパラレル・ラブストーリー。切なさともどかしさが堪らない。

 これを読んだら、ファンタジー的な設定を用いたラブストーリーかな、と勘違いしそうである。騙されてはいけない。もちろんラブストーリーの要素もあるけど、主眼はそこじゃない。

 これはSFミステリなんである。それもかなり本格的な。

 一哉の世界における綾は、夜道で何者かに刺殺されていた。綾の世界における一哉も、事故死だと思われていたが、やはり誰かに殺されていた疑いが出てくる。殺人犯は同一人物なのか? その動機は?
 綾と一哉は、それぞれの愛する人の仇を討つため、事件を解明しようと決意する。二人は携帯電話で情報を交換し、ふたつのパラレルワールドの齟齬を比較することで、どこで時間が分岐したかを調べ、それを元に真相を探ってゆく……。
 ばらばらに見えた多くの情報が、すべて伏線となって真相へと収束してゆくのは見事。いくつかの謎の真相は途中で見当がつくし、ヒロインが犯人の見え見えの罠にひっかかってピンチに陥るのはちとマヌケだが、その後さらに二転三転してサスペンスが持続するのが面白い。「ああ、あれが伏線か!?」と膝を叩くことも何度か。

 あとがきを読んで納得した。作者は10代の頃に読んだ高畑京一郎『タイム・リープ』に強い影響を受けたのだそうだ。なるほど、設定はぜんぜん違うけど、この雰囲気は確かに『タイム・リープ』だ。一方はタイムスリップ、一方はパラレルワールドという設定を使い、少女の恋をからませたSFミステリだ。
 言うまでもなく、『タイム・リープ』は『時をかける少女』のオマージュ作品である。つまり『時かけ』→『タイム・リープ』→『パララバ』というミームの流れなのだ。
 しかし、『紫色のクオリア』といい、こんな面白いSFが眠ってるんだから、ラノベはやめられない。
  


Posted by 山本弘 at 18:42Comments(8)ライトノベル

2009年10月31日

うえお久光『紫色のクオリア』

●うえお久光『紫色のクオリア』(電撃文庫)

 京都SFフェスティバルで会った『本の雑誌』の編集さんが絶賛していたので、興味を抱いて読んでみた。
 いや、これは確かにすごい作品だ。

 語り手の女子中学生・波濤学(マナブ)は、同じクラスの毬井ゆかりと、「学校の廊下の曲がり角でぶつかった拍子にキスをしてしまう」という、ものすごくベタなきっかけで親しくなる。
 ゆかりは不思議な少女だった。彼女の紫色の目には、自分以外のすべての人間がロボットに見えるのだ。
 彼女にしか見えないロボットのデザインは、その人間の隠れた特徴を表わしたものであるらしい。「すっごいセンサー装備している」とか「すっごいローラーとバーニアを装備している」とか「すっごいドリルを持っている」とか。ゆかりの目に映る学は、スーパーロボット系で、すごい換装システムを持っていて、汎用性は最強なのだという。
 ゆかりには人間とロボットの区別がつかない。写真に写る人間でさえ、すべてロボットに見える。
 彼女はその能力で、警察に協力している。殺人現場の写真(彼女にはロボットが壊れているようにしか見えないのだろうが)を見てから容疑者の写真を見ると、「こんな壊し方ができるのはこの人」と指摘できるのだ。
 しかも、ただ幻覚でそう見えているだけではない。(ネタバレになるので詳述は避けるが)彼女が認識している世界では、実際に人間はロボットであるらしいのだ……。

 じゃあ、ゆかりがその能力を使って敵と戦う異能力バトルものなのかというと、それも違う。そんな雰囲気があったのは第1話だけで、2話からは量子力学と人間原理を応用したパラレルワールドものになってしまうのだ。
 これがものすごい。
 おそらくグレッグ・イーガンの『宇宙消失』あたりにインスパイアされたのだろう。古いSFファンなら、平井和正の「次元を駆ける恋」や、アルフレッド・ベスターの「マホメッドを殺した男たち」あたりを連想するかもしれない。(ちなみに、途中から出てくる秘密機関の名前が『ジョウント』で、そこから派遣されてきた女の子の名前がアリス・フォイル)
 しかし、話のスケールが桁違いだ。
 ゆかりから授けられた能力をフルに駆使して、彼女を死の運命から救おうとする学。その選択と行動が、平凡な女子中学生を、しだいに神のような超越的存在へと変貌させてゆく。
 ページをめくるたびに、大風呂敷が広がり、広がり、さらに広がる。「ええっ、まだ広げるの?」「ここまでやるの?」と驚きっぱなし。まさにセンス・オブ・ワンダー。
 まさか電撃文庫でイーガンばりの奇想SFが読めるとは!
 しかも、「こんな大風呂敷、どうやって畳む気なんだ」と思ってたら、ちゃんとライトノベル的なさわやかな結末に着地するんだからたまらない。
 来年の星雲賞日本長編部門有力候補だと思う。マジで。

  


Posted by 山本弘 at 18:00Comments(7)ライトノベル