2013年04月03日

中野と神田で古本買いまくり(後編)

●R・リンドナー『宇宙を駆ける男』(金沢文庫・1974)
 前に図書館で借りて読んだんだけど、ぜひ手に入れたくて30年以上探していた。ようやく入手できて感激。
 精神分析医が自分の扱った患者のことを描いたノンフィクションなんだけど、何と言っても表題である「宇宙を駆ける男」がエキサイティング。自分が未来の宇宙のヒーローだと思いこんでいるカーク・アレン(仮名)。現在に暮らしていながら、自由に未来世界に生きている自分にもなれる。
 彼がすごいところは、自分が未来世界で見聞きしたことを膨大な量の記録にまとめていること。タイプ原稿による1万2000枚の「伝記」。100ページ以上の人名、地名、用語の事典。82枚の綿密な極彩色の地図。161枚の建築物見取り図と立面図。18ページの星座系の説明書。カーク・アレンの支配する王国の歴史が200ページ。さらに膨大な量の論文……とにかく、とてつもなく壮大な妄想体系を構築してしまっているのである。
 リンドナーは表面上、アレンの妄想につき合いながら、些細なミスを指摘することで、妄想を崩してゆく。ついに妄想から覚めるに至る過程も面白いんだけど、はたして治療されることがアレンにとって幸せだったのかどうか。

●高梨純一『空飛ぶ円盤騒ぎの発端』(高文社・1974)
『UFOはもう来ない』のヒロイン・木縞千里の祖父、UFO研究家・木縞一利。そのモデルが、この高梨純一氏である。 作中でも書いたけど、UFOの存在を信じながらも、インチキ情報や珍説を徹底的に論破するというすごい人だった。
 この人の著書はコンプリートを目指している。『空飛ぶ円盤実在の証拠』『世界のUFO写真集』『UFO日本侵略』は持ってるんだけど、他にもまだ『空飛ぶ円盤の跳梁』(高文社)という本があるらしい。
 これはタイトル通り、アーノルド事件に端を発する初期のUFO騒ぎについて解説した本。

●セドリック・アリンガム『続・空飛ぶ円盤実見記』(高文社・1956)
「あれ? アリンガムの本ってもう一冊あったの?」と疑問に思って買ってみたら、中身は前に買った『火星からの空飛ぶ円盤』(高文社・1973)と同じでした(笑)。
 要するに、アダムスキーの『空飛ぶ円盤実見記』が当たったもんで、最初はそれの続編みたいなタイトルで売って、後でタイトルを変えて再版してたんだ。

●『季刊映画宝庫 SF少年の夢』(芳賀書店・1978)
『スター・ウォーズ』日本公開の直前に発売された、古今東西のSF映画をまとめた本。僕らの時代の特撮ファンのバイブル。まだ見ぬ作品の数々に、胸がときめいたっけねえ。
 もちろん、当時買ったのをまだ持ってるんだけど、読みすぎてボロボロになっちゃったもんで、新たに美本を手に入れた。
 冒頭の長い座談会(石上三登志・手塚治虫・森卓也・大空翠・北島明弘)や、筈見有弘「幻の日本SF映画『空気の無くなる日』を追って」などの記事も面白いんだけど、巻末の石上三登志「テレビでこんなにSF映画を見た」というリストが圧巻。
 60~70年代にテレビで放映された日本未公開映画やTVムービー93作品を紹介。石上さん、『大蜥蜴の怪』とか『女宇宙怪人OX』とか『戦慄!プルトニウム人間』とか『人喰いネズミの島』とか見まくってんだよなあ! もちろん家庭用ビデオなんて普及してない頃だ。この熱意には頭が下がる。『恐怖のワニ人間』に、「頭の上に“こっち”向きのワニがのっかっているというのは、よくよく考えると、ちょとおかしいんだけどねえ」とツッコミを入れるのも忘れない。
 石上三登志さん、僕らの偉大な先輩でした。

●たかや健二『ぼくの藤子スタジオ日記』(ネオ・ユートピア・2011)
 これは古本じゃなく、藤子不二雄ファン・サークルから出た同人誌。藤子プロのアシスタントだった作者が、当時の思い出話をマンガにしたもの。『スター・ウォーズ』の日本での公開前、社員旅行でハワイに行ってみんなで見てきたとか、アシスタントの仕事が終わるとすぐ『コロコロ』編集部に行って『プラコン大作』を描いてたとか、当時を知る人間なら楽しい話ばかり。
 何と言っても、ザンダクロス誕生の裏話が興味深い。
「いよいよ明日か! 明日にはついに主人公の巨大ロボットが誰よりも早く見られる!!」
 と期待していたら、藤本先生に、
「たかや君、デザインしておいて!」
 と丸投げされたのだそうだ(笑)。でもって、一晩かかって必死に考えたのがザンダクロス。いちおう百式の名もちらっと出てきて、影響を受けていることはほのめかしてる。
 他にも、某マンガ家がテレビで「藤本先生はアイデアだけで、絵はアシスタントが描いてるんだよ!」と言ったことに対し、
「だんじてそんな事はないのだ!! コマ割り、下描き、時には背景の下描きまでするぞ!」
「もちろんキャラクターの顔はどんな時でも自分でペンを入れていたのだ!!」
 と反論している。貴重な証言である。
  


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2013年04月03日

中野と神田で古本買いまくり(前編)

 中野ブロードウェイは十数年ぶりに行った。
 ここはやばい。ビルの半分ぐらいが「まんだらけ」だ。前に来た時はまだごく一部だったのに、今ではものすごく侵食して、全体がオタクビルと化している。古本、おもちゃ、ビデオ、ゲーム、コスチュームと、ありとあらゆるものが揃っている。
 予定の時間よりずっと早く、昼前から行って、見て回った。予想通り、合計2万円ぐらい本買っちゃったよ。ギャラ上回ってるから、今回は赤字(笑)。
 実はその前日も、神田の古書店街を回って本を買っちゃったもんで、けっこうすごい額になってるんだよね。
 そこで今回、神田と中野で見つけた本をざっと紹介したい。これでも全部じゃない。

●マレイ・ラインスター『タイム・トンネル/②タイムスリップ!』(ハヤカワSFシリーズ・1967)
 TVシリーズ『タイム・トンネル』のノヴェライズだが、ストーリーはオリジナル。
 トニーとダグが無事に現在に帰還した後、タイム・トンネルの軍事利用が進められる。過去の世界に核ミサイルを転送し、敵国に向かって発射、目標に到達したところで現在に戻して爆発させるのだ。そのテストのため、南極に向かってミサイルを発射する実験が行なわれるが、タイム・トンネルの実在を信じない軍人が余計なことをしたせいで、ミサイルは1847年のメキシコに落下してしまう。時はメキシコ戦争の最中。トニーたちはミサイルを回収するため、当時のアメリカ軍人に変装して過去に向かう。
 ラインスターが好きな僕だけど、さすがにこれは駄目でした。ラインスターお得意の疑似科学的屁理屈が炸裂してないってのも問題だけど、話が根本的におかしい。タイム・トンネルは時間だけじゃなく空間も超越できるんだから、わざわざミサイル撃たなくても、現在の敵国に直接、爆弾を転送すればいいんじゃないだろうか?

●ロバート・M・ウィリアムズ『宇宙連邦捜査官』(QTブックス・1968)
 遠い未来。主人公であるPGI(宇宙連邦捜査局)の捜査官ジョン・ハルディンが、「『人間』売ります!」という奇妙な広告を掲げる骨董屋を発見する……。
 という冒頭部分に惹かれて買ったら、これがひどい話だった。『リアル鬼ごっこ』ぐらいひどい(笑)。作者は明らかに、先のことを考えず、行き当たりばったりに書いてる。あちこち矛盾だらけ。
 たとえばハルディンには一種の予知能力があって、危機が近づくと心の声が警告してくれるという設定なんだけど、これがぜんぜん役に立たない(笑)。ハルディンは何度も敵に捕まったりピンチに陥るのだ。心の声の正体も解明されないまま。
 また宇宙には「気まぐれ力」という謎の力がある、という説明も何度も入るんだけど、それがどういうものなのか分からないし、最後までストーリーに関係してこない。単に思いつきで入れただけだろ。
 ちなみに原題が『The Chaos Fighters』なんで、Chaosを「気まぐれ」と訳してるんじゃないかという気がする。
 さらに、「『人間』売ります!」の『人間』が、本のタイトルだと知った時には、もうハラホロヒレハレでした(笑)。『人間』という本を売ってただけかよ!(いちおう、読むと超能力が使えるようになるという、すごい本らしいんだけどね)。
 何でこんな駄作、わざわざ訳したんだよ……と思ったけど、しょうがないかあ。QTブックスだからなあ。

●田辺聖子『お聖どん・アドベンチャー』(徳間書店・1977)
 若い頃に読んだ作品だけど、再読のために購入。
 小説が政府によって統制され、自由に書けなくなった時代。職を失った田辺聖子は、やはり金に困っている小松左京や筒井康隆とともに世界を回り、北極海の鯨牧場、月行き観光宇宙船の搭乗員、イーデス・ハンソンの派出婦(夫)協会などで働くが、どれも長続きせず……というSFコメディ連作。他にも、野坂昭如、五木寛之、藤本義一、戸川昌子、川上宗薫、眉村卓ら、当時の人気作家が多数、実名で登場し、落ちぶれた姿をさらす。
 田辺聖子さんがこんな小説を書いてたなんて、ほとんどの人は知らないんじゃないだろうか。けっこう面白い。全体に筒井タッチなうえ、筒井さんがレギュラーで出演してるもんで、筒井康隆ファンの僕としては、すごく楽しんで読んだ。
 特に秀逸なのが、インチキ新興宗教「あひる教」を旗揚げして荒稼ぎする「あひるのあんたはん」。 田辺・小松・筒井の一行が、神社の賽銭を盗むほどの赤貧状態から、教祖様になってたちまち大成功し贅沢三昧、さらに壮大なオチにいたるまで、たった33ページで駆け抜けるドライブ感がすごい。

>「はじめに、あんたはん、苦労があるなあ、いうたらみんな当たる」
> 小松サンが教えてくれた。
>「そうか、わかった」
>「苦労してるけど、それを誰もみとめてないなあ、辛いとこや、というたら、百人が百人、そうですそうですという」

 バーナム効果だ!

●辻真先『変身番長サクラ』(ソノラマ文庫・1977)
    『宇宙番長ムサシ』(ソノラマ文庫・1977)
    『SF番長ゴロー』(ソノラマ文庫・1978)
 若い頃、友達から借りて読んだシリーズ。再読したくなって買った。
 株式学園の番町、ハチのムサシこと蜂須賀五郎は、自分が女の子になってしまったことに気づく。しかも、ひそかに思いを寄せていたクラスメートの美少女・近衛桜子に。
 なぜそんなことになったのか、記憶が欠落している。謎を探っているうちに、いきなり刺客に襲われたり、誘拐されたり、事件が続発。やがて株式学園の裏にある巨大な陰謀が明らかになってくる……。
 学園、性転換、戦う美少女、そして超能力バトルと、今のライトノベルの定番を先取りしていたようなストーリー。今でこそ珍しくないけど、女の子が強いのは辻作品の特徴だ。もちろん、桜子の体になった五郎が風呂に入るドキドキのシーンもあり(笑)。
 2巻では別の惑星にテレポートして冒険を繰り広げ、3巻ではタイムスリップして徳川家康を助ける。自由奔放に風呂敷を広げまくったマンガチックな展開。キャラクターもみんな個性的で、旧来のジュヴナイルとは一線を画している。辻氏の先進性を再認識した。

●辻真先『SFドラマ殺人事件』(ソノラマ文庫・1979)
 可能キリコと牧薩次のコンビが活躍するシリーズの第4作。これも若い頃に読んだのを再読したくなって買った。
 SFヒーロードラマ『超人テルル』の撮影中、奇怪な事件が続発。直前まで東京にいた人物が北海道で事故死するという、テレポーテーションとしか思えない移動。ロボットに殺されたとしか思えない殺人事件。そして宇宙船のセット内での密室殺人。
 さらに不思議なことに、キリコの兄・克郎の勤める新聞社に、何者かから事件を小説化した原稿が送られてくる。その内容は、この『SFドラマ殺人事件』そのものだった……。
 このシリーズ、1作目の『仮題・中学殺人事件』からずっとメタ・ミステリだったんだけど、この『SFドラマ殺人事件』も、この本自体が作中に出てくる原稿であるというメビウスの帯のような構造。フレドリック・ブラウンの「ユーディの原理」を思い出した。
 他にもこのシリーズ、アニメ界を舞台にした『TVアニメ殺人事件』、自主制作SF映画に殺人がからむ『宇宙戦艦富嶽殺人事件』なんてのもある。この時代にこうしたサブカル・ネタを扱っていたのだ。やっぱり進んでるなあ。

 他にも辻作品では、『小説 佐武と市捕物控』がものすごく面白かったと記憶してるんだけど、これがまだ見つからない。春夏秋冬の4つの事件が微妙に関係し合って、最後に日本史に残る大事件につながるという、見事な時代ミステリ。復刻してほしい。

●小隅黎『超人間プラスX』(金の星社・1978)
 1969年に出た本の再版。以前、柴野拓美さんにインタビューした際、読んでいなかったので恐縮してしまった。その後、ずっと気になっていたのだが、ようやく見つけたので購入。
 テレパシー、透視、サイコキネシス、テレポートなど、それぞれに異なる超能力を持つ5人の少年少女。彼らは単独では力を発揮できず、5人が揃った時にようやく完全な超人となる……という設定は、明らかにスタージョンの『人間以上』にインスパイアされたものだろうけど、超能力の悪用を企む秘密組織に子供たちが狙われたり、サスペンスあふれる展開。
 でも、単なる超能力活劇じゃない。最後の方には人類の進化を見守っている宇宙存在が出てきたり、新人類の倫理が問われたり、かなり本格的なSFを志向してる。超能力の秘密を守るために主人公が悪人一味を皆殺しにするという、ショッキングなシーンも。
 ただ、同様のテーマでは、平井和正・桑田次郎の『エリート』があるわけで、あれに比べるとおとなしい感じがしてしまう。
 あと、本筋と関係ないけど、携帯電話のなかった時代は大変だったんだなあと痛感した(笑)。キャラクターたちが連絡を取り合うのに、すごく手間取るんだよ。大阪から東京に電話をかけるのに、長距離電話料金を気にするというのも、今となっては懐かしい描写だ。

●キプリング『おおかみ少年』(金の星社・1977)
 言うまでもなく『ジャングル・ブック』なんだけど、表紙が武部本一郎。
「やった! 掘り出し物だ!」
 と思って買ったら、中のイラストは別の人でした(笑)。ひっかかった。
 たぶん、前に出た本の、表紙だけ変えた再版だろう。
                            (つづく)
  
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2013年03月07日

『〈ウィアード・テールズ〉戦前翻訳傑作選 怪樹の腕』

会津信吾・藤元直樹編
『〈ウィアード・テールズ〉戦前翻訳傑作選 怪樹の腕』(東京創元社)

 アメリカの有名な怪奇小説誌〈ウィアード・テールズ〉に掲載された作品が、実は戦前の日本でもたくさん訳されていた。〈新青年〉〈少年少女譚海〉〈文藝倶楽部〉などに掲載されたそれらの作品を丹念に探し出し、一冊に集めた貴重な短編集。
 当然、その多くは無名の作家。日本で知られているのは、オーガスト・ダーレス、フランク・ベルナップ・ロング、ラルフ・ミルン・ファーリーぐらいだろうか。いやー、あたしゃフランク・ベルナップ・ロングのいかがわしさが大好きなんで(笑)、目次でロングとファーリーの名を見て衝動買いしちゃったんだけどね。
 原作の紹介ではなく、あくまで戦前の日本でどのように紹介されたかが主眼。だから明らかな誤植とか差別表現とかもそのまま再録されている。翻訳が複数ある場合、「より逸脱の程度の激しい方、すなわちゲテモノ度の高い方」を選んだという徹底ぶり。
 翻案ものも多い。海外の作家の作品を書き直し、主人公を日本人に変えたり、舞台を日本に置き換えたりしたうえ、原作者名を隠して、日本人の作品であるかのように見せかけて発表したのだ。本書に収録されている22編の短編のうち、8編が翻案である。
 いや、「翻案」と言えば聞こえはいいけど、要は「パクリ」だよね(笑)。当時の日本では、こういうことがごく当たり前に行なわれていたのだ。もちろん原作者に金なんか払っていないはず。
 翻案ではなく、原作者名を表記している作品でも、訳者が勝手に内容を変更することがよくあったらしい。登場人物の性別を変えたり、台詞を変えたり、大事な部分を省略したり、逆につけ加えたり。
 各作品の末尾には、編者による解説が付いていて、原作とどのように違うかも解説されている。たとえばエリ・コルターの「白手の黒奴」は、完訳すると125枚ほどの中編なのだが、4分の1の長さに縮められているそうだ。ロングの「漂流者の手記」では、モンスターの正体に関する重要な描写が欠落している。シーウェル・ピースリー・ライトの「博士を拾ふ」に至っては、ラストがぜんぜん違う話になっている。
 当然、無理も生じる。スチュワート・ヴァン・ダー・ビーアの「足枷の花嫁」は、原作は白人の黄色人種に対する差別意識がベースにあるのに、翻案で登場人物を日本人に変えたため、日本人が「蒙古人種の血」に恐怖するという、変な話になってしまっている。
 編者の解説によると、〈新青年〉の場合、原稿は基本的に訳者の持ちこみなので、編集部に採用してもらおうと、訳者が内容を面白くしなければならなかったのだという。また〈少年少女譚海〉は翻訳ものを載せない方針だったので、翻訳でも創作のように装わなくてはならなかったのだとか。

 何しろほとんどが80年以上前の作品(最も新しい作品で1939年作)なので、さすがに古めかしい。怪異の正体が吸血鬼だったとか、ミイラだったとか、霊の呪いだったとか、直球でひねりのないホラーが目立つ。
 一方、個人的に楽しめたのは、マッド・サイエンティストの出てくるB級SF群。現代では書けない話が多い。明らかに科学的に間違っていたり、あまりにも発想がアホらしかったり。 ゲテモノ好きとしては、そのB級っぽさが逆にたまらない。

 モーティマー・リヴィタン「第三の拇指紋」は、犯罪者になる人間は生まれつき決まっているという理論を元に、指紋から犯罪者になる人物を見分ける方法を発見した教授の話。後半の展開が面白い。
 エリ・コルターの「白手の黒奴」は、白人になることを目論む黒人が、天才外科医を雇って、全身に白い皮膚を移植するという話。もちろん人種差別思想が根底にあるんだけど、逆に差別思想を嘲笑っているようにも読めるところが興味深い。
 H・トムソン・リッチの「片手片足の無い骸骨」は、奇怪な症状をもたらす病原菌を用いて残酷な復讐を企む学者の話。グロい発想にぞくぞくする。
 ロメオ・プール「蟹人(かにおとこ)」も怪作。邦題でネタバレしちゃってるけど、新しい治療法の実験台になった男が、エビ(ロブスター)に変身してゆくというバカ・ホラー。エビなのになぜか題が「蟹人」。映画『恐怖のワニ人間』を連想したら、ちゃんと解説でも触れられていた。狼や蛇やワニならともかく、エビだとギャグになっちゃうよなあ。
 パウル・S・パワーズ「洞窟の妖魔」とR・G・マクレディ「怪樹の腕」はどちらも、隠遁しているマッド・サイエンティストがモンスターを飼育しているという話。どちらの科学者も美しい娘がいる。当時はこういうパターンの話、多かったんだろうな。
 きわめつけはラルフ・ミルン・ファーリーの「成層圏の秘密」。タイトルからドイルの「大空の恐怖」みたいな話かと予想したら、ぜんぜん違っていた。地球滅亡の危機を描いた小説は多いが、こんな発想は空前絶後だろう。よくこんなドアホウなアイデアで小説書こうと思ったな! いや、僕は喜んじゃったけどね。
 あと、編者の解説で、1937年頃に「ドイツのエンジン停止光線」という都市伝説があった、ということを知ったのも収穫。そうか、作られることなく終わったウィリス・H・オブライエンの『War Eagles』って、そのへんから発想してたのか。

 真面目なホラー小説マニアにはおすすめできない。ゲテモノ好きにはおすすめ。
  
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Posted by 山本弘 at 18:19Comments(1)最近読んだ本

2013年02月23日

東郷隆『定吉七番の復活』

 1980年代、大阪商工議所秘密会所の殺人丁稚・定吉七番は、スイスのユングフラウで秘密結社NATTOの重要人物を追跡中、氷河に落ちて氷漬けになった。
 時は流れて現代。仮死状態から解凍された定吉は、時代の変化にとまどいながらも商工会議所に復帰。NATTOの残党の陰謀を追って新潟に向かう。
 一方、NATTOの最高評議員である新潟出身の政治家・田長マキコは、ドイツ人マッド・サイエンティストを雇い、新たな計画を進めていた。それは死んだと思われていた父・岳永を復活させることだった……。

 定吉七番が帰ってきた!
 本屋で見つけて嬉しくて、即、買った。『小説現代』に連載されてたのは知ってたけど、まとめて一気に読みたくて、単行本になるまで待ってたのだ。好きだったんだよね、このシリーズ。
 いやー、堪能しました。時代はあの頃とすっかり変わったけど、軽妙でスピーディな語り口の中に、風刺とパロディを山ほど詰めこんだ「定吉ワールド」は健在、四半世紀のブランクなどまるで感じさせない。
 いつものことながら、ものすごく荒唐無稽な話なのに、随所にいろんな薀蓄が挿入されていて、変なリアリティを醸し出している。「新潟トルクメニスタン友好の架け橋村」なんていう変なテーマパーク、さすがに作者の創作だろうと思ったら、どうやら「柏崎トルコ文化村」というのがモデルらしい。

 定吉以外のキャラクターもみんな個性的。今回は特に、無敵のスイス娘・ハイディが豪快すぎる。
 最後の方は、いろんなキャラクターが入り乱れ、「残りこれだけのページ数で決着つくの?」「もしかして次巻に続くとか?」と心配になったのだが、アクションとギャグを盛りこみ、ちゃんと話を収めてしまったのには感心した。(ちょっと駆け足だったけど)
 しかし、何でナチ+『ハイジ』なのかと思ったら、最後にあの映画のパロディをやらせるためだったとは。笑った笑った。

 旧作のファンなら必読。旧作を知らない人も、この機会におすすめしておく。

  
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Posted by 山本弘 at 18:52Comments(13)最近読んだ本

2012年03月08日

東野圭吾『歪笑小説』


東野圭吾『歪笑小説』(集英社文庫)

 いやー、東野さん、ここまで書いちゃっていいんですか(笑)。

 以前から「超長編小説殺人事件」「超税金対策殺人事件」など、小説の世界を題材にした短編をいろいろ書いてきた東野さん、今回の本も小説界を舞台にしたユーモア短編集。主人公は毎回変わるけど、登場人物は共通している。
 これはあれだ。唐沢なをきの『マンガ極道』! あれの小説版と思えば間違いない。あそこまで毒は強くないけど、小説界の内情をデフォルメしてネタにしてるもんで、読みながら笑えるやら冷や汗が出るやら。

 とりわけ「小説誌」という話がヤバい。小説誌の編集部を見学に来た中学生が、編集者に鋭いツッコミを入れまくる話。おそらく一般読者は知らないであろう小説誌の内幕をずいぶんバラしちゃってる。僕も小説誌に連載してるから、読みながら顔がひきつっちゃいました。いや、確かにその通りなんだよ! その通りなんだけどね! すいません!
 しかもこれ、『小説すばる』に載ったんだよなあ。いいのか、これ。原稿を渡された編集者の顔もひきつったと思うが。

「職業、小説家」という話もいい。娘が新人作家と結婚すると言い出したもので、不安になる父親の話。小説界のことを何も知らない父親の視点から、小説家というのがいかに危うい職業であるかが描かれる。
 あー、これも本当にその通りだよ。第三者の目から冷静に見たら、小説家ってこうなんだよなあ。僕の妻の父、よく娘の結婚を承諾してくれたと思うよ(笑)。

「夢の映像化」は、自作が初めてドラマ化されることになった作家が、最初は喜んでいたものの、大幅に改変されて原作とかけ離れたものにされてしまうという話。これも僕にとっては他人事じゃありませんでした(笑)。

 他にも、初めて書いた小説が文学賞の候補になったサラリーマンの葛藤を描く「最終候補」、新たな文学賞をめぐるドタバタ「文学賞設立」、売れない作家を何とか売ろうとする編集者の作戦が空回りする「戦略」など、どれもいかにも実際にありそうなというか、似たようなことは現実にあるよね、という話ばかり。 笑って読みながらも、同業者として胸がちくちく。あー、いたたたた。
 小説が好きな人なら面白いと思う。小説家に対する夢が壊れるかもしれんけど(笑)。
  


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2012年02月26日

野尻抱介『南極点のピアピア動画』(ハヤカワ文庫)



 ボーカロイド「小隅レイ」と動画投稿サイト「ピアピア動画」の登場するSF連作集。『SFマガジン』に発表された3編に、書き下ろしの「星間文明とピアピア動画」を加えた4編。ちなみに表紙イラストはKEI氏。
 株式会社ドワンゴの代表取締役の川上量生氏があとがきを書いてるんだけど、オビにも引用されている

>そもそも野尻さんがちゃんとしたSF作家だったというのは驚きだった。

 というくだりに笑った。まあ、ニコ動の「先生何やってんすかシリーズ」の尻Pしか知らない人は、そういう印象持つんだろうなあ。

 野尻さんのSFの魅力は、ひとつの発明・発見から、大風呂敷がどんどん広がってゆくところ。いまどき珍しい、すごくピュアなサイエンス・フィクションなんである。
 最初の3作のうちで僕が好きなのは、「コンビニエンスなピアピア動画」。まさか「ファミマ入店音シリーズ」がハードSFになるなんて思いもよりませんでしたわ。
 書き下ろしの「星間文明とピアピア動画」も抱腹絶倒の傑作。喫茶店で読みながら、何回噴き出したことか。7000万年以上前に地球に飛来した星間文明からの使者「あーやきゅあ」が、ボーカロイド「小隅レイ」をモデルにして実体化。彼女をいかに国家や警察の手から守り抜くか……という発端部が、何でこんな話になっちゃうのか(笑)。
 いや、登場人物たちの判断とか、展開する作戦とかは、いちいち理屈には合ってるんですけどね。確かに、予想される妨害を排除して、星間文明とのファーストコンタクトを成功させるには、そうするのが一番だろうと。
 でも、そこから繰り広げられる光景のシュールでバカバカしいことときたら! 宇宙からもたらされたたったひとつのオーバーテクノロジーのせいで、世界がものすごい勢いで変容していく様が、もう楽しくてしょうがない。 「弾幕の中に『お前らの愛で見えねえ』コメントが混じっております」とか、いかにもありそうで笑っちゃう。
 この状況、僕らにとってはユートピアなんだけど、エイリアンに対して疑心暗鬼な側からしたら、恐ろしい侵略だろうなあ。はじまっちゃったら止めようがないもんなあ。
「SFとは筋が通ったバカ話である」というのが持論の僕ににとって、まさにど真ん中ストライクな話でありました。
 
 しかし「ザラブ星から来てみました」っていったいどんな歌なんだ(笑)。
  


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2011年12月26日

『突然、僕は殺人犯にされた』


スマイリー・キクチ『突然、僕は殺人犯にされた』(竹書房)

 ネット上で殺人犯の汚名を着せられた、お笑いタレントのスマイリー・キクチこと菊池聡。その10年に及ぶ苦闘の記録である。
 僕もネット上で中傷されたことがあるが、菊池氏の受けた苦しみは僕のそれとは比べものにならない。はるかに重く、恐ろしい。
 1999年、菊池氏は所属事務所のHPの掲示板に誹謗中傷が載っていることを知らされる。

「事実無根を証明しろ、強姦の共犯者、スマイリー鬼畜、氏ね」
「ネタにしたんだろ??犯罪者に人権はない、人殺しは即刻死刑せよ」
「レイプした過去を思い出せ、白状して楽になれよ」

 1988年、東京都足立区で起きた女子高生暴行殺害事件。その犯人の一人が菊池氏だというデマが2ちゃんねるに書きこまれ、それを信じた者たちが掲示板を荒らしに来たのだ。
 菊池氏にはまったく身に覚えがない。足立区出身で犯人と同世代という以外、事件とは何の接点もないのだ。
 ホームページで噂を否定するが、今度は「貴様が犯人じゃないという証拠をだせ」と書きこまれる。たまりかねて2ちゃんねるに削除を要請するが、「事実無根を証明しなければ削除に応じません」と断られる。
 ひどい話である。殺人をやってないって、どうやって証明すりゃあいいの? しかもネット上で、言葉だけで? そんなの無理だぞ。
 こういうことを言う奴は、自分が同じ立場に立たされたら、という想像ができないのだろうな。
 さらには、「ライヴで事件をネタにしているのを見た」とか、「『ボキャブラ天国』で殺人事件をネタにした」などと、ありもしないことが2ちゃんねるに次々と書きこまれ、それをまた信じて憤る者が大勢現われる。
 何の証拠もないのに、2ちゃんねるに書いてあるというだけで「事実だ」と信じてしまう愚かしさ。そして恐ろしさ。
 
 一時下火になっていた噂が、2006年、再燃する。出演した番組のスタッフに「殺人事件の犯人をテレビに出すな」という抗議の電話がかかってくるようになったのだ。それも一本や二本ではない。
 2008年、菊池氏はブログを開設するが、ここにも中傷のコメントが殺到する。
 再燃した理由は、テレビにもよく登場する、「元警視庁刑事」を名乗る人物(あの人だな)が、2005年に出版した本にあった。その中で足立区の事件が扱われ、「犯人の一人は出所後、お笑いコンビを組み、芸能界にデビューしたという」と書かれていたのだ。おそらくネット上で流れていた噂を書いただけなのだろうが、「元警視庁刑事」という肩書きの人物が書いたことで、一挙に信憑性を増したのだ。
(本書の中では、この「元警視庁刑事」の正体も、警察関係者の口から説明されている。もちろん中傷にならない範囲でだが)

 最初のうち、警察の腰は重い。菊池氏は窮状を訴えるが理解してもらえず、何度も門前払いを食わされる。しかし、親身になってくれるOという警部補と知り合えたことで、一挙に事態が進展する。O警部補は足立区の事件の記録を調べ、被疑者にもその仲間にも「菊池」という人物がいないことも証明してくれた。
 警察の手によってアドレスをたどられ、次々に摘発される犯人たち。合計18人(これでも氷山の一角だろう)。その正体が明らかになってゆくくだりが、驚きと戦慄の連続。
 僕はこういうことをやるのは何となく若者のようなイメージがあったのだが、意外にも上は46歳から下は17歳までと幅広く、住んでいる地域も性別もバラバラ。大手企業に勤めている者や、年頃の娘がいる父親もいたという。
 その全員が菊池氏と個人的な面識がなかった。ネット上の根拠のない噂だけを元に、菊池氏に対する憎悪を燃え上がらせていたのだ。
 Nという男は、0警部補には「二度としません」と反省したような態度を見せておきながら、その日のうちに「ヤロー警察に被害届け出したな」「犯罪犯しといてお回りに通報入れるなんてどこまでクズなんだ」などと2ちゃんねるに書きこみ、捜査関係者を絶句させる。
「チンカス社会のゴミ菊池」などと、下品きわまる罵倒の言葉をブログに書き並べていた人物は、なんと23歳の女性、それも妊婦だった。
 外資系の自動車会社のドメインから書きこんでいたのは、その会社のセキュリティ部門の責任者だった。ドメインに企業名が出ることに気がつかず、職場のパソコンで仕事中に書きこんでいたのだ。これでセキュリティ責任者……。
 あきれた。人間はここまでバカになれるものなのか。

 愚かなのは犯人たちだけではない。警察官や弁護士や検事が、インターネットについてあまりにも疎いことにも驚かされる。読んでいて、あまりの無知と危機意識のなさに唖然となり、歯がゆくなる。
 たとえば菊池氏が2008年に警視庁のハイテク犯罪対策総合センターに相談すると、「削除依頼をしてはいかがですか」と言われる。削除依頼は9年も前にやったのだが。
 あげくに「あなたが犯人だなんて誰も信じてませんよ。どうせ遊びでやってるんじゃないですか」などとお気楽なことを言う。大勢の人間から殺人者呼ばわりされ、「氏ね」などと書かれることがどれほどの恐怖か、理解できないらしい。遊びなら中傷や脅迫を書いても許されると思っているのか。
 ある警察官は、「殺されたら捜査しますよ」と言う。菊池氏が誰かに殺されるまで事件にならないから捜査できないというのだ。

>「その時は一一〇番に電話してください」
>「部屋にいて突然、変な奴が襲ってきたら、そいつに警察に電話するので待ってください、って言うんですか」
>「そうです」

 シュールな会話である。コントとしか思えないのだけど、菊池氏にとっては笑い事ではない。
 ある弁護士は、中傷が書きこまれた画面をプリントアウトしたものを見せられ、「このダブルダブル……て何?」と訊く。URLというものを知らなかったのだ。
 ある刑事は、「Yahoo!知恵袋」のプリントアウトを見せられ、「これは『2ちゃんねる』ですか?」と訊ねる。「Yahoo!」という文字が出ているのに。
 いちばんすごいのはIという検事の対応。被害届けや告訴状に目を通しもせず、菊池氏がインターネットをやらなければいいとか、足立区出身と公表したのが問題だとか、まるで被害者である菊池氏の方に非があったかのようにのたまう。
 あげくに、こんなすごいことを言う。

>「あの~、菊池さんは、インターネットをやらなければ問題は起きないと思います」
> この言葉を聞き、I検事にカマをかけた。
>「そうですか、じゃあ捕まった全員の名前と生年月日と会社と、ブログに送ってきたコメントは書き込んでもいいんですか?」
>「あっ、う~ん、『2ちゃんねる』はダメです、まぁ、ブログなら」
> このI検事の言葉を聞いたY事務官が、両目と口を大きく開けあわてて振り返った。

 ブログなら犯人の個人情報を載せてもいいと思っているのだ。どこまで非常識なのか。
 さらには、犯人の一人が謝罪したいと言っているので「菊池さんの電話番号を伝えて連絡させます」などと言い出す。犯人に被害者の連絡先を教えようとする検事! こわっ!
 ここまで無能な検事が実在するというのは、驚きを通り越して絶望的な気分になる。

 事件は新聞でも報道されるが、著者に言わせれば事実誤認だらけの「しっちゃっかめっちゃか」な記事で、その誤報がまたテレビ番組や別の新聞によって拡大してゆく。ネット同様、テレビや新聞もうかつに信用できない。

 本書を読んで特に痛感したことが二つ。
 ひとつは、犯人たちのあまりの非常識と無知。2ちゃんねるに書かれた情報を裏を取らずに信じこむのもどうかしているが、ネットではどんな中傷や脅迫を書いても許される、匿名だから捕まらないと無邪気に信じていたらしい。ネットに脅迫を書きこんだ人物が逮捕されたというニュースは、しょっちゅう流れているというのに。
 もうひとつは警察や司法の体制の不備。インターネットという新しい文明の利器への対応が、ひどく遅れている。ネット上での中傷や脅迫が、紙の怪文書や脅迫状と同じもの(影響力はそれ以上だろうが)であることを認識できておらず、「インターネットを見なければいい」などとのんきなことを言う警察官や弁護士がいる。被害者自身が見なくても、被害は拡大するというのに。
 菊池氏の事件はいちおうの解決は見るものの、満足のいく結果とはとうてい言いがたい。金持ちなら民事訴訟に持ちこんで犯人たちから賠償金も取れるのだろうが、弁護士費用も払えない者にはそれもできず、泣き寝入りに近い状態である。
 こんなことが許されてはならない。
 ネット上での中傷や脅迫は立派な犯罪だという事実を、もっと世間に浸透させる必要があるだろう。「言論の自由」の中には、「無実の人間を恐怖に陥れていい自由」は含まれない。

 ちなみにアマゾンで調べてみたら、レビュアーの中にこんなことを書いている奴がいて唖然となった。

>色々調べてみて思ったのだがこの事件に関しては炎上のきっかけとなる書籍もあり事件の関係上、書き込みをした者=悪で書き込みをされた者=善という単純な二項対立でとらえて議論することはかなり無理がある上この事件でネット社会における日本人の精神の脆弱性云々などという話は偏見や恣意性に基づく飛躍甚だしく論外であるとさえ思われる。実際のところ書き込みをした者は社会的に問題があるような方々ではなくごくごく普通の主婦であったり女子高生であったり会社員であったりしたようでそういったごく普通の方々がむきになって書き込みをする原因となった書物や筆者のテレビでのおよそネタを通り越した凶暴な発言などに思いをはせ、その問題の所在について考える必要があるのかもしれない。

 犯人を擁護するなあ! ごくごく普通の主婦や女子高生や会社員ならやってもいいってわけがあるか、バカ者が!
  


Posted by 山本弘 at 18:59Comments(35)最近読んだ本

2011年12月26日

『最終兵器の夢』


 H・ブルース・フランクリン『最終兵器の夢』(岩波書店)

 副題は〈「平和のための戦争」とアメリカSFの想像力〉。アメリカの核兵器開発や戦争の歴史と、戦争SFの歴史を並行して語り、それらが互いにどのような影響を及ぼしあってきたかを論じた本。
 クラシックSFファンとしては、古い未訳作品のストーリーがたくさん紹介されているのが嬉しい。戦前の作品で既訳なのは、ウェルズ『宇宙戦争』『解放された世界』、マート・トウェーン『アーサー王宮廷のヤンキー』(タイムスリップ+架空戦記の元祖)、ジャック・ロンドン「比類なき侵略」ぐらい。意外なのは、フルトンの潜水艦の話が出てくるのにヴェルヌの『海底二万里』が出てこないこと。まあ、あれ戦争ものじゃないしね。
 ギャレット・P・サーヴィスの『エディソンの火星征服』(勝手に書かれた『宇宙戦争』の続編。主人公はトーマス・エディソン)は、前に野田昌宏さんの本でも紹介されてたっけ。
 本物のトーマス・エディソンの言動もいろいろ紹介されているのだが、ドクター中松ばりの大ボラを吹きまくってるのがおかしい。

 本書によれば、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、強大な敵(黒人、中国人、日本人、ドイツ人)が圧倒的な力でアメリカを侵略し、それを天才科学者の発明した新兵器(細菌、飛行船、ミサイル、放射能など)で撃退するという架空未来戦記がたくさん書かれていたという。前述の『エディソンの火星征服』も、その流れの中の一本なのだ。
 マンハッタン計画以前、それどころかウラニウムの連鎖反応が発見される以前から、核兵器を登場させていた作品もいくつもあった。
 その中には、強大な破壊力を持つ新兵器が登場すれば戦争は根絶される、と論じたものも多かった。反面、カール・W・スポー『最終戦争』(1932)のように、大国同士の兵器開発競争がエスカレートした末に文明が崩壊するというストーリーもあったのだが。
 著者はこうしたSF作品の予言の正確さよりも、むしろその後の現実の歴史がSFとどう違っていたかに注意を向ける。アメリカの領土は、太平洋戦争の初期を除けば、他国に軍事侵略されることはなかった。核兵器の発明は戦争を根絶しはしなかった。
 ハインラインの「不満足な解決」(1941)では、アメリカはドイツに対して放射能を使った大量殺戮兵器を使用する前、三度もベルリン市民にその威力を警告し、降伏と都市からの退避を呼びかける。だが、現実の広島ではそんなことは行なわれなかった。

 広島以後、今度は核戦争の脅威を描いたSFがどっと登場する。前半と対照的に、ここでは紹介される作品の多くが既訳である。スタージョン「雷と薔薇」「記念物」、ハミルトン「審判の日」、ムーア「ロト」「ロトの娘」、ワイリー「偶発」、ブラッドベリ「百万年ピクニック」「優しく雨ぞ降りしきる」、ライバー「セールスマンの厄日」、メリル「ママだけが知っている」、クロート「爆圧」などなど……読んだことのある話ばかりが続々と出てきて、前半とは逆の意味で面白かった。
 ウィル・ジェンキンズ(マレイ・ライスター)の『アメリカ殺害事件』は、まあ訳されないのも無理はないな、と思う。あらすじを読む限りでは、いかにもダメそうな話だ。

 惜しむらくは本書が全訳ではないこと。特に80年代のスターウォーズ計画を扱った第4部が省略されているのが、何とももったいない。絶対、面白い話がいっぱいあるはずなのに。
  


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2011年12月26日

『冷たい方程式』

トム・ゴドウィン他『冷たい方程式』(ハヤカワ文庫)

 SFアンソロジー。以前にもハヤカワ文庫で同じタイトルのアンソロジーが出ていたが、今回は前のものとは二編しか重複していない。
 オビには「初心者に最適なSF入門書」とあるが、まさにその通りで、ユーモア、サスペンス、パロディ、ほのぼのした話や泣ける話など、様々なパターンが集められていて、これ一冊でSFというジャンルの幅広さが分かる仕組み。
 印象に残った作品をいくつか。

●トム・ゴドウィン「冷たい方程式」

 辺境の惑星に血清を届けるために発進したEDS(緊急発進艇)。その倉庫には、兄に会いたくて軽い気持ちで密航した若い娘が潜んでいた。だが、EDSにはぎりぎりの燃料しか搭載されていない。彼女の体重の分だけ質量が増加すれば、減速の燃料が足りなくなって墜落してしまうのだ……。

 海外のSF界では「五大名作短編」のひとつに数えられている不朽の名作(他の四本は、アシモフ「夜来たる」、ブラッドベリ「雷のような音」、クラーク「星」、キイス「アルジャーノンに花束を」)。日本のSF界にも大きな影響を与え、多くのパロディや類似作品が書かれて、「方程式もの」というジャンルを生み出した。
 前に『トンデモ本? 違う、SFだ!』でも書いたけど、ゴドウィンはほとんどこの一作でしか知られていない作家。訳者の解説によれば、本国では「ゴドウィンにあんな話が書けるはずがない」とやっかまれ(笑)、編集長のジョン・W・キャンベルの影響が大きかったとか、先行する元ネタがあったとか言われているとか。
 まあ、成立の経緯はどうであれ、「冷たい方程式」が名作であることは間違いないのだけど。

●C・L・コットレル「危険! 幼児逃亡中」

 ある街から市民が退避されられる。軍が追っているのは、政府の施設を脱走して街に潜入した八歳の少女ジル。彼女はとてつもない超能力を持つ危険な存在だったのだ。

『MM9』第二話「危険! 少女逃亡中」の元ネタになった作品。好きなんだよなー、この話。全編にあふれる緊張感がたまらない。
 こういう話では子供は被害者として描かれるものだが、この作品では逆に、強大な力を持ちながら自制のきかない無邪気な子供の恐ろしさが描かれる。
『MM9』と読み比べていただければ、類似点と相違点がよく分かると思う。キングの『ファイアスターター』の元ネタではないかとも言われているとか。なるほど。

●ロバート・シェクリイ「徘徊許可証」

 犯罪のない平和な惑星ニュー・デラウェア。二百年ぶりに地球との通信が復活し、新たに地球帝国に組み入れられることになった。しかし、地球の文化には犯罪が不可欠と言われている。漁師のトムは、市長から《徘徊許可証》を与えられて犯罪者に任命され、窃盗と殺人を行なうよう命じられる。

 シェクリイお得意の、価値観のひっくり返った世界を舞台にしたコメディ。他にも「生贄降臨」「怪物」とかがこのパターンの話だ。
 ああ、でもシェクリイには他にも傑作短編が山ほどあるんだよ! 「危険の報酬」は今読んでもちっとも古くない話だし、「幽霊第五惑星」「救命艇の反乱」「ラクシアの鍵」などの〈AAAエース惑星浄化サービス〉シリーズも面白い。他にも「天職」「悪魔たち」「千日手」「ポテンシャル」「思考の香り」……。
 ああっ、シェクリイのオリジナル短編集、作りたい! 僕に選者やらせて!
 
●ジョン・クリストファー「ランデブー」

 妻の急死で悲しみに沈んでいた私は、休暇旅行の帰りの船上で、シンシアという老女と知り合う。シンシアは自分が飛行機に決して乗らない理由を打ち明ける。

 途中まで読んで、前に読んだ話だったのを思い出した。このオチはよく覚えてる。呪いという題材はホラーだが、このひねくれた発想はまさにSF。
 単なるオチ話になりかねないところを、主人公の心情を重ね合わせることで、ちょっといい話に仕上げている。

●アイザック・アシモフ「信念」

 大学教授のトゥーミィは、ある夢を見たのがきっかけで、空中浮揚の能力に目覚める。この能力を研究してもらおうと科学者に手紙を送るが、誰も信じてくれない。彼は戦術を変えることにした。

 科学者に超常現象の存在をいかに認めさせるか、という話。ストーリーはたいしたことはないんだけど、ハインラインやヴァン・ヴォクトならともかく、がちがちの懐疑論者だったアシモフがこういうものを書くというのがおかしい。
 訳者の解説によれば、作中に登場する頭の固い主流派科学者のモデルは、ライナス・ポーリングだとのこと。へー。

●クリフォード・D・シマック「ハウ=2」

 ゴードン・ナイトは、ハウ=2セット社から組立式のロボット犬を通販で買った。だが、届いたのはまだ発売されていない新型ロボット。アルバートと名乗るそのロボットは、ナイトに奉仕するため、あり合わせの材料を使って次々に新しいロボットを作る。だが、それがハウ=2社にバレてしまい、裁判沙汰に発展する。

 確かに前に読んだ話なのに、筋をすっかり忘れていた。若い頃に読んだ時は、結末の意味がよく分かってなかったんじゃないかという気がする。これ、よく考えると、ハッピーエンドじゃないんだよなあ。
 どうでもいいけど、アルバートを美少女ロボットに変えたら、このまんまラノベになるんじゃないかと思ってしまった(笑)。
  


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2011年12月26日

『万里の長城は月から見えるの?』

 今年が終わる前に、ここ一か月のほどの間に読んだ面白い本をまとめてご紹介したいと思います。

武田雅哉『万里の長城は月から見えるの?』(講談社)

「万里の長城は月から見える唯一の人工物である」
 もちろん間違いである。万里の長城は全長は長くても、幅は10メートルほどしかない。それを38万キロ離れた月から見るのは、幅1ミリの糸を38キロ離れたところから見るのと同じだ。見えるわけがない。
 本書は、明らかに誤ったこのトリビア(ガセビア)が、いつ頃からあり、どのように拡散したかを検証した本。デマや都市伝説の虚構を暴いた本はよくあるが、ただひとつのガセビアにこだわって掘り下げたという点でユニークである。
 このガセビアにはいくつものバリエーションがある。月面に立った宇宙飛行士の証言(言ったのはアームストロングだとかオルドリンだとかサーナンだと言われている)だとするものもあるが、実際は18世紀の文献にすでに見られるという。月だけではなく火星からでも見えるとする説もある。
 月ではなく「宇宙から」とするバージョンもある。しかし、高度400キロの軌道上から見下ろしたとしても、40メートル向こうの幅1ミリの糸を見るようなもので、まず視認は不可能である。ただ、太陽が低い角度にあって、長城が大地に長い影を落としている状態なら、その影が見えるのではないかという主張もある。(もっとも、実際に見た飛行士はまだいないらしい)
 特に広まったのは中国である。アメリカの宇宙飛行士が宇宙から万里の長城を見たとする逸話が、国語の教科書に載ったこともある。中国人にとって、万里の長城が宇宙からでも見えるというのは、大きな誇りだったのだ。
 だもんで、2003年、神舟5号で宇宙を飛んだ楊利偉飛行士が、テレビ番組で「長城は見えませんでした」と発言すると、大センセーションが起きた。教科書の記述を削除すべきかどうかで議論が巻き起こったという。本書にはその騒動も詳しく紹介されている。

 しかし、中国人だけを笑うわけにはいかない。日本の書籍やテレビ番組でも、「万里の長城は宇宙から見える」という話が紹介された例がいくつもある。もちろん欧米でもだ。有名なリプレーの『信じようと信じまいと!』にも出てくる。
 笑ったのは、19世紀なかば頃のヨーロッパには、「万里の長城など存在しない」という説があったということ。そんな巨大建造物など作り話だというのだ。今のように気軽に中国観光に行ける時代ではなかったから、実在を疑う者がいたらしい。G・N・ライト卿という人物がわざわざ、この「万里の長城はなかったろう論」を批判する文章を書いているほど。いつの時代、どこの国にも、副島氏のような人物がいたということか。

 著者はあとがきで、この本を「シロートの手慰みの仕事」と謙遜しているが、そんなことはない。巻末の参考資料一覧を見れば、著者が実に膨大な資料を調べまくったのが分かる。この熱意には頭が下がる。
 だって、『スター・トレック ヴォイジャー』からの引用まであるんだよ!(117話「蘇るジェインウェイ家の秘密」で、ジェインウェイ艦長とニーリックスの会話の中に、「(万里の長城は)21世紀までは、地球の軌道上から肉眼で見える、唯一の、人の手による構造物でした」というくだりがあるのだ)
 また、火星について触れたくだりで、ウェルズの『宇宙戦争』、バローズの『火星のプリンセス』あたりは当然としても、ハミルトンの「ベムがいっぱい」にまで言及されているのには、ちょっと感動した。しかも参考資料リストを見ると、この人、今では入手困難なハヤカワSFシリーズ版の『フェッセンデンの宇宙』で読んでるのだ。SFファンなんだろうか。
 著者の名前は記憶になかったんだけど、著者略歴を見て思い出した。あの『翔べ!大清帝国』(リブロポート)の人か! あれも面白かったなあ。
  


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