2016年04月15日

退院しました

 今月はイベントの告知が遅くなって申し訳ありません。
 実は今月の3日から入院してたんですよね。退院したのはつい昨日です。
 数年前から身体がふらつき、時には道で転んだりしました。それも何度も。特に階段の上り下りが怖くて、手すりを持ちながら、びくびくして上るようになってました。
 また、もの忘れが多くなって、特に会話中や執筆中などに、人名などの固有名詞が出てこないことがよくあったんです。
 転びやすいのは事故に直結しますし、記憶に障害が出るのは作家にとって致命的です。そこで病院に行って、MRIなどで検査をしてもらいました。
 結果は「正常圧水頭症」の疑いが濃いとのこと。脳内の髄液の量が通常より多くなり、脳を圧迫する病気です。放置しておくと認知症に似た症状を呈します。

水頭症と正常圧水頭症
「認知症だから」とあきらめるその前に・・・治療で改善できる認知症iNPH
(誤解を招かないよう、必ずリンク先をお読みいただくようお願いします)

 先月、検査のために短期間、入院しました。脳内の髄液は脊髄を通って腰まで流れているので、試しに背中に針を刺し、脊髄から髄液を抜いてみました。すると症状の改善が見られたので、正式に正常圧水頭症と診断されました。
 幸い、この病気は「治る認知症」と呼ばれています。簡単な手術で完治するからです。
 その方法はL-Pシャントと呼ばれるもので、脊髄にカテーテルを埋めこみ、髄液を常に腹腔内に少しずつ流すことで、圧力を一定に保ちます。
 圧力が下がりすぎるのも問題なので、小さな弁で圧力を調整できるようになっています。いったん埋めこんだ後は、調整には手術は必要なく、外部から磁石を使って操作するのだとか。すごいですね、現代の科学。

 今月3日から入院、5日に手術しました。腹と背中を少し切ったのですが、手術の直後は手術跡がかなり痛んで、上半身を起こすのにも苦労しました。
 咳をするたびに腹筋が刺されるように痛むのにも参りました。咳って実は腹筋を使ってたんだと初めて気づきました。
 しばらくは頭もぼうっとしていました(圧力が急に下がったからかもしれません)。やはり、咳をするたびに頭に響きました。
 幸い、どちらの症状も数日で急速に軽減していきました。
 12日も入院していましたが、退屈はしませんでした。もちろん病室で電話を使うのは厳禁ですが、スマホでツイッターはできました(今月3日から13日朝までのツイッターやmixiでの僕の発言は、みんな病室から発信したものです)。本もたっぷり持って行きましたし、もちろんテレビも観られました。ベッドの上で、ポメラで原稿も書きました。
 そうそう、モバマスもやってましたよ(笑)。おりしもシンデレラガール総選挙の真っ最中。もちろん結城晴に投票券を注ぎこみまくってました。晴、かっこいいよ、晴。
 あと、最近の病院食は味にも気を遣ってるんだそうで、まったく不味くはなかったですね。さすがに1週間も経つと妻の料理が恋しくなってきましたが。

 一昨日、抜糸。昨日、退院できることになりました。
 現在、まだ少し腹の痛みはありますが、普通に生活できるレベルです。頭もまだほんの少しだけ重い印象がありますが、それも少しずつ良くなっていて、今は意識しなければ気づかないほどです。
 あと、歩行がすごく楽になってます。歩く時の姿勢からして根本的に違ってるんです。前は猫背でよたよた歩いてたんですが、今は背筋をしゃんと伸ばしてまっすぐ歩くことが、意識せずに自然にできるようになっています。階段の上り下りも不安はまったくありません。本当に劇的な変化です。これだけでもかなり嬉しいです。
 僕と同じような症状の方、もしかしたら正常圧水頭症かもしれないので、一度病院で診てもらうといいですよ。治りますから。

 というわけで、今やまったく健康に問題ありません。ご心配なく。
 退院した昨日から、さっそく仕事場に復帰しています。バリバリ書いて、仕事の遅れを取り戻さなくてはいけませんから。
  
タグ :日常入院


Posted by 山本弘 at 22:07Comments(9)日常

2014年04月30日

【お知らせ】と学会、引退しました

 お知らせするのが遅くなり、申し訳ありません。
 4月11日金曜日、と学会会長の座を引退するとともに、と学会から脱退いたしました。

 べつに突然決断したわけではなく、何年も前から考えていたことです。宣言するタイミングを見計らっていました。
 詳しい事情は外部には話せませんが、一言で言えば「きつくなってきた」ということです。
 確かにものすごくエキサイティングで楽しい活動だったし、知らなかったことをいろいろ学ばせてもらったことに感謝しています。仲の良くなった会員の方も多いですし、これまでやってきたことを後悔はしていません。
 ただ、近年はただ楽しいだけじゃなく、嫌なことも多くなってきて、ストレスがたまってきてたんですね。
 もう20年以上やってきたんだし、べつに死ぬまで会長を続けなくちゃいけない義務もない。そう思い、辞めることにしました。
 引退宣言をするまではずいぶん悩んだんですが、その後は重荷を降ろして、すっきりした気分です。

 今後も疑似科学ウォッチャーとしての活動はASIOSなどで続けるつもりです。それ以外にもノンフィクション本は出していきます。
 ただ、肩書きから「と学会会長」ははずしますし、「トンデモ」と名のつく書籍はもう出しません。毎月、LiveWireでやっているトークイベント「山本弘のSF&トンデモNIGHT」も、5月から名称を変更しようと思っています。
 なお、 「トンデモ」という名称については、著作権は考案者である藤倉珊氏にあることを、特に明言しておきます。

 このブログの内容については、これまでと変わることはありません。むしろこれからは、と学会にいた頃は事情があって書けなかった話題も書くようになると思います。
  

Posted by 山本弘 at 17:41Comments(39)日常

2014年02月04日

三点リーダはなぜ必要なのか

 先日、マイミクさんのつぶやきで、なぜ文章を書くのに三点リーダ(…)なんて使わなくちゃいかんのか、中黒(・)使えばいいじゃないか、みたいなことが書かれていたので解説しておく。
 簡単に言えば、三点リーダと中黒は用途が根本的に違う。

リーダー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC_(%E8%A8%98%E5%8F%B7)

中黒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%BB%92

 さらに、見た目もぜんぜん違う。

「まさか……」

 小説の中とかでよく使われるこの表現。これを中黒で代用すると、

「まさか・・・・・・」

 これは横書きだからまだ中黒の間隔が詰まって見えてるけど、縦書きだとさらに間隔が開いてマヌケっぽくなる。
 そもそも2マスで済むものを、何でわざわざ6マスも使うんだよお前は、って話なんだよね。
 ちなみに三点リーダを打つには、「てん」と入力すればいいだけ。
「てん」と打つと変換候補がいっぱい出て面倒くさいと思うなら、「てんてん」で「……」と出るように登録しておけばいい。僕はそうしてる。
 小説を書くのなら、そんな風によく使う言葉を登録するのは当たり前なんだけどなあ? 登場人物の名前とか。『トンデモノストラダムス本の世界』を書いた時は、「のす」と打ったら「ノストラダムス」が出るようにしたよ。
 あと、僕は「せん」と打つと「――」、「のま」と打つと「々」が出るように登録してる。(後者は「どう」でも出るけど、やっぱり変換候補がいっぱい出て面倒なので)

 なぜマイミクさんがこんな話題を書いたかというと、最近、ツイッターでこの議論が盛り上がったかららしい。

http://togetter.com/li/622332

 なんか「どっちでもいい」「三点リーダだろうが中黒だろうが俺は気にしない」と言ってる人が多いんだけど……。
 あなたが気にしなくても、 新人賞の応募原稿の下読みをする編集者がそれを気にする人かどうか、という視点が、すっぽり欠落してませんか?
 なぜそんな無意味なリスクをわざわざ負うのか。どっちでもいいんだったら、危険が少ない三点リーダにした方がいいじゃないか。

 不思議なことに、三点リーダ以外ではあまりこういう意見を聞かない。「句読点なんかコンマとピリオドで代用すればいいじゃん」とか、「0(ゼロ)とO(オー)は見分けつかないから、オーはゼロで代用してもかまわないだろう」とか、そんな意見は聞いたことがない。
 推測するに、三点リーダというものの知名度が低いせいで、不当な扱いを受けてるんじゃないだろうか。
 繰り返すけど、「てん」と打てば出るからね?

 最大の問題は、「三点リーダを知らないと教養が疑われる」ってこと。
 だって、小説とか読んでたらしょっちゅう三点リーダ、目にするでしょ? つまり、作家志望の人間なら知ってなきゃおかしい。「三点リーダなんてものがあるなんて初めて知りました」と言ったら、「こいつ、普段から本読んでないな」と思われちゃうわけよ。
「三点リーダ不要論」を唱える人の心理には、三点リーダを知らないことを馬鹿にされたという体験のトラウマもあるように思う。でも、それは逆恨みってもんですよ。

 三点リーダを中黒で代用するメリットは何もない。逆に(少ないが)デメリットはある。
 だったらそんなことはしないのが合理的判断だ。

 他にも素人が文章を書く際によく無視する(or知らない)規則として、こんなのがある。

・段落の冒頭は1マス空ける。

 これは合理的な根拠がある。「段落の最初はここですよ」と示さないと、前の段落が行の最後まで続いていた場合、段落の区切りが分からなくなる。だから必要。
 ただ、ネットの文章では、段落を変えるごとに1行空けるものが多い。その場合、段落の区切りが分かるから、1マス空けは必要じゃないのかもしれない。実際、1マス空けをやってないものが多い。
 でも、モニターならまだしも、印刷物で段落ごとに1行空けをやられると、すかすかに見えちゃう。モニターならやってもいいけど、印刷物ではやらない方がいい。

・「!」や「?」の後は1マス空ける。

 これもけっこう知らない人が多いな。それこそ小説とか読んでたら気づくはずなんだけど。

「何その唐突な質問!? トラップか!? オレをブラコンと認めさせたいんだな!?」

「何その唐突な質問!?トラップか!?オレをブラコンと認めさせたいんだな!?」

 はい、どっちが読みやすいかは一目瞭然ですね。句点(。)で終わるのと違って記号で文が終わると、次の文との間に切れ目がなくて見にくい。だから1マス空ける。

 こうした規則の中には、確かに無意味なものもある。「擬音語はカタカナ、擬態語はひらがな」なんて、誰が考えたのか知らないけど無意味な規則で、こんなもんは従う必要はない。

擬音語はカタカナ、擬態語はひらがな?
http://togetter.com/li/613399

 でも、規則の中にはちゃんとした根拠のあるものもある。それは守った方がいい。


【余談】
 三点リーダについて検索してたら、こんなのがヒットした。

赤い糸切れちゃうよ・・・。上巻 (萌え萌え文庫)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4990569407/

 うわー、タイトルに三点リーダ使ってねえ!
 エヌオーワンセブンの萌え萌え文庫ってなんだよ。そんな出版社、聞いたこともねーよ。
 しかも紹介文がひどいひどい。

>ライトノベル新レーベル萌え萌え文庫第一弾。 荒削りでも将来性のあるオリジナリティーのある作品、ちょっと癖のある、とんがった作品をコンセプトに創刊した萌え萌え文庫。
>そんなコンセプトに負けないぶっ飛んだ作品です。

 コンセプトに「負けない」の? 「ふさわしい」じゃなく?

>もう旅行行くのやめようかと何度も挫けそうになるが、再度やる気を出して友達を誘おうとするが、相手にされず約束を破られ自暴自棄。

「が」がダブってるよ!

>今までに見た事も無い作風で物語が進みます。 登場人物のツッコミ、ボケに嵌まれば、腹を抱えて笑い、ページを捲る手が止まります。

 ページをめくる手止まるんかよ!?(笑) だめじゃん、それ。

>この作品の為にライトノベルと言うジャンルが、ますます不可解になる奇書となるでしょう。

 お前の説明からしてすでに不可解だよ(笑)。せめて「奇書と言えるでしょう」と書けよ。
 なるほど、日本語を分かってない編集者が編集やってんのか。だから中黒代用を許してるわけね。
  
タグ :小説文章


Posted by 山本弘 at 17:09Comments(17)日常

2013年09月19日

物書きやってるとこういうことってちょくちょくあるのよ

 評論家の宇野常寛氏が新聞記者にインタビュー原稿を捏造されたという。

http://twilog.org/wakusei2nd/date-130828

>先日、インタビューしてもらったのだが、あがって来た原稿を見てビックリ。当日僕がまったく話していないことが「創作」されて載っている部分があった。

> 曰く「まとめるにあたってどうしても必要な部分をご著書を参考にこちらのほうでつくらせていただきました」……ってオイ、それ、僕のインタビューじゃなくてお前が考えた「宇野に言わせたいこと」じゃん!!!!!!!

>最初は発言校正で直そうと思ったけれど、記者がねつ造した部分がそれなりの分量あるのと、全体の構成にかかわる部分だったので断念した。記者の質問も当日のものとは変わっていて、全体的に直さないと無理だ、と判断した。これは部分修正では対応出来ない。

 あるあるある。
 僕もこういうこと、経験してる。それも何度も。
 もちろん、掲載するスペースの関係があるから、インタビューの内容はすべて活字にはできない。大幅に要約しなくてはいけないわけで、べつにそれはかまわない。
 ところが、記者やライターの中には、単なる要約を逸脱して、勝手にインタビュー相手の発言を捏造しちゃう奴がいるのだ。

 たとえば、『神は沈黙せず』の発売直後、某誌のインタビューを受けた時。
 確か1時間半は喋ったと思うけど、その女性ライターはとてもよく『神は沈黙せず』を読みこんでいて、高く評価してくれていた。
 ところが、上がってきたゲラを見てびっくり。僕が言うはずのないことを、言ったことになってる!
 そりゃあ、長いインタビューの中で何を言ったかなんて正確に覚えてはいないけど、何を言うはずがないかってことは分かる。僕がまったく意図してないことを、作品の意図として語っちゃってるのだ。
 たぶんこのライター、『神は沈黙せず』を読んで、「作者はきっとこういうことが言いたかったんだろうな」と想像して、それを書いちゃったんだろう。
 何のためのインタビューなんだか。
 しょうがないから、行数に合わせて僕の発言になっている部分を全面的に書き直した。

 某ゲーム雑誌で、アマチュアの考えたゲーム企画の審査をやった時のこと。審査員の間で意見が分かれて喧々諤々の議論になったんだけど、まあそれはいい。
 上がってきた講評のゲラを見て驚いた。僕がまったく評価しなかった作品を、僕が褒めちぎったことになってる!
 この時は、ライターの書いた原稿を一字残らず書き直して突っ返した。だって、僕が言ってないことばかり書いてあるんだもの。
 ギャラとは別に原稿料を要求したかったぐらいだ。

 別の雑誌で座談会に出た時もひどかった。僕がある人物について言及したことになってるんだけど、僕はその人の名前すら知らなかったのだ。だから言及するはずがないのだ、絶対に。
 この時もゲラを書き直したんだけど、厄介なのは、座談会の発言というのは前後の他の人の発言にはさまっているわけで、書き直すと話の流れがつながらなくなることがあるのだ。さすがに他の人の発言まで手を加えるわけにはいかないから、話の流れがおかしくならないようにするにはどうすればいいか、かなり悩んだっけ。

 他にも、インタビューのゲラを書き直したことは何度かある。ちょっとした間違いなら修正指示を出せばいいだけだけど、まったく間違っていて全面的に書き直さなくちゃいけないのは、脱力するし、気が滅入る。
 何のために1時間以上インタビュー受けたんだ。これだったら自分で原稿書いた方が早いよ。
 だから、インタビューの依頼はなるべくメールでお願いしている。メールで質問文を送ってもらい、僕がそれに文章で答える形だ。これならさすがに捏造されることは少ない。

 もっとも、文章で書けば必ずしも安心ってわけでもなく、それでも捏造されちゃうこともある。
 数年前、ジュセリーノの地震予言の嘘を暴く記事を書いてくれと依頼され、喜んで引き受けた。
 ところがゲラを見て仰天。僕の文章がほぼ全面的に書き換えられている! 表現が書き直されているだけでなく、編集者が勝手に追加した文章が何行にもわたって僕の文章の間に挿入され、あたかもそれを僕が書いたかのようになっているのである。
 元の原稿と読み比べてみても何も問題はなく、なぜ書き換えなきゃいけなかったのか、さっぱり分からない。
 それで元より良くなってるならまだしも、「彼は「夢で未来を予知する」との触れ込みで、日本では2007年頃から彼の予言が書籍やテレビ番組で取り上げられるようになっている」などと、日本語としておかしくなってしまっているのだからたまらない。 (「彼は」と「彼の予言が」と主語が二重に存在する)
 平井和正氏の「『狼男だよ』改竄事件」を思い出して、「こんなこと、現代でもまだあるんだ!?」とびっくりしたもんである。そう言えば僕は、あの事件で「改竄」を「かいざん」と読むことを覚えたのだった。
 当然、抗議して、問題のある箇所をすべて指摘して直させ、元の原稿に近い形に戻してもらった。完全に元に戻させなかったのは、それではどこがどう悪かったか理解できず、こっちを単なるクレーマーだと思いこんで、また同じことを繰り返しかねないと思ったからである。
(つーか、他の著者はこういうことをされて黙ってるのかね?)

 ちなみに、原稿を勝手にこんなに変えられたことは、これが2度目。
 1度目はもう20年以上前、今はなき社会思想社から出したゲーム本で、勝手に漢字のほとんどが開かれてしまって、チャーリー・ゴードンが書いたかのような、ひらがなだらけの文章に変えられてしまったことがある。ゲラで直そうとしたけど、あまりにも多すぎてきりがなく、「全部元に戻せー!」と叫んで戻してもらった。
 今となっては笑い話だけど、あれもひどい話だったなあ。

 なぜこういうことが起きるのか? 想像すると、3つの可能性が思い浮かぶ。

1.頭が悪くて、相手が言ったことを理解できない。
2.「プロの作家より俺の方が文章が上手い」と思い上がっている。
3.インタビュー記事や他人の原稿を自分の作品だと勘違いしていて、「俺のものだから自由にいじっていい」と思っている。

 もちろん、記者や編集者がみんなこうではなく、ほとんどの方はちゃんと仕事をしてくださっている。ありがたいことである。
 ただ、中にはこういう困った人もいる、ということは知っておいて欲しい。
 
  


Posted by 山本弘 at 20:01Comments(10)日常

2012年01月14日

「簡素化」してはいけないこともある。

 長いことネットやってて、あんまり電気製品とかの悪口なんて書いたことがないんだけど、今回ばかりはあまりにひどくて腹が立ったので実名で書かせてもらう。

 パナソニックのブルーレイレコーダー
 DIGA DMR-BRT210

 仕事場で今使ってるデッキが調子が悪くなってきてたんで、そろそろ買い替え時かと思っていたら、店頭でこれを見かけた。10月に発売されたばかりの新しい機種で、しかも安かったので買ってみた。
 購入したのは去年の11月だけど、仕事が忙しかったのと、古いハードディスクの中にたまっていた大量の番組をDVDに落とすのに時間がかかったもんで、3日前、ようやく接続作業に取りかかれた。
 ところが、大きな問題にぶち当たった。

 地上波デジタルは何の問題もなく映る。
 ところが、ケーブルテレビが映らない。

 というのも、ケーブルテレビのデジタルセットトップボックスから接続する入力端子が見当たらないんである。3色ケーブルも、S映像端子も、i.LINK端子も。
 そんなはずはないと思って、説明書を読み直したり、配線を変えたり、あれこれ試してみたんだけど、どうしてもだめ。
「ええ? もしや、これってケーブルテレビが録画できないのでは……?」
 まさかそんなことがあるはずがない、僕の勘違いだろうとと思いつつも、パナソニックのカスタマーセンターに電話して問い合わせてみた。そしたら……

「はい、この機種には外部入力端子がございません」

 あっさり認めた!

「他のビデオ機器などからダビングすることはできない仕様になっております」
「じゃあ、ケーブルテレビは録画できないってことですか?」
「そういうことになりますね」

 いやいや、それおかしいでしょ。
 平成22年9月末の段階で、ケーブルテレビ加入者数は2533万世帯だそうだ。

http://www.soumu.go.jp/main_content/000095431.pdf

 同じ年の日本の総世帯数が5336万世帯だそうだから、今や日本の約半分の家がケーブルテレビに加入していることになる。 僕みたいに、地上波よりケーブルの番組の方をたくさん録画している人も多いだろう。
 それなのに、ケーブルの番組を録画できないレコーダーを作っちゃったってえの?

「なぜこんなおかしな設計になってるんですか?」
「機能を簡素化いたしました」
「いや、そんな大事な機能は省略しちゃだめでしょ! 今、日本にケーブルテレビを利用している人がどれだけたくさんいると思ってるんですか? その人たちはみんな置き去りですか?」
「上位機種には外部端子の付いているものもございます」
「じゃあ、なぜこの機種では省略しちゃったんですか?」
「機能を簡素化いたしました」
「だから、なぜこういう仕様になってるのか、それをお聞きしたいんですけど?」
「機能を簡素化いたしました」
「それはもう聞きました!」

 いくら問い詰めても、「機能を簡素化」と、テープレコーダーのように繰り返すのみ。 口調はていねいだけど、「こんな簡単なことも分からんのか」とバカにされているような気がして、不快になってくる。
 まあ、「絶対にケーブルテレビは見ない」という人のために、機能を省略して安くした機種を売るのはアリかもしれないけど、その場合は、「本機種にはケーブルテレビの番組を録画する機能はございませんが、その分、お安く提供いたしております」とか何とか、大きく謳うべきだろう。
 しかし、箱にも取扱説明書にも、「ケーブルテレビは録画できません」などと書かれていない。もちろん店頭の表示にもなかったし、店員からも何の説明もなかった。たぶん店員も知らなかったんじゃなかろうか。
 当たり前だけど、買う時に機械の背面の外部入力端子の有無なんて、いちいち確認しない。これまでケーブルテレビの番組は録画できて当たり前だと思ってたから、よもやそんなこともできないレコーダーが存在するなんて想像できるわけがない。
 事前に知ってたら買わなかったよ、こんなもん!

「ホームページでは説明しているはずですが」

 とカスタマーセンターの人は言うのだが、調べてみたら、案の定、そんな説明はどこにもなかった。

http://ctlg.panasonic.jp/product/info.do?pg=04&hb=DMR-BRT210

「カタログには記載されております」

 後で調べてみたら、これもウソだった。DIGAのカタログにはどこにも、この機種ではケーブルテレビが録画できないという説明がないのだ。
 もっとも、カタログ9ページの右下隅には、背面の写真が小さく載っていて、よく見れば外部入力端子がないことが分かるのだが……これを見て「ケーブルテレビが録画できない」と気づく人間がどれだけいるんだろうね?
 別の機種に交換してくれるのかと訊ねたが、「そのようなことはやっておりません」という。交換したいのなら買った電気店に行ってくれというのだ。
 結局、DIGAははずして古いデッキをつなぎ直した。貴重な時間を無駄にしちまったよ。

 しかたがないので、保証書とレシートとともに、購入したJoshinに持っていって返品を依頼する。 
 箱を開けたとたん、店員は「ああ、これですか」と、僕がまだ説明をしてもいないのに、すべて納得した様子。どうやら僕の前にも苦情を言ってきた人がいるらしい(そりゃそうだ)。
 最初は店員さんも渋ってたんだけど、「購入する際に『ケーブルテレビは録画できません』という説明が一切ありませんでした」と強調したら、向こうは非を認めて、返品を受け付けてくれた。
 さすがに金だけ取り返すのは気が引けるので、いったん現金で返してもらった後、その場で、今度はちゃんと外部入力端子のある機種(1万8000円ほど高い)を買うという条件で合意した。
 その点では、Joshinの誠実な対応に感謝している。

 もうパナソニックはこりごりなので、別のメーカーのレコーダーを……と思ったのだが、ここで新たな問題が発覚。
 これまで我が家では、コピーワンスの番組はDVD-RAMに落としてたんだけど、今、DVD-RAMが使える機種を売ってるのはパナソニックだけなんだと。
 つまり、録りためた大量のDVD-RAMを無駄にしないためには、今後もパナソニックのレコーダーを買わなくちゃいけないということなのだ。ちくしょー、悔しい!
 ということは、パナソニックがDVD-RAM対応機種の生産をやめたら、もうおしまいだ。
 これはベータの二の舞か!? いや、レーザーディスクも含めたら三の舞かもしれない。
 そう言えば我が家には、LDもずいぶんあるんだよな……。

 結局、DIGAの上位機種のDMR-BZT710というのを買ってきて、昨日のうちに接続も済ませた。
 今度はケーブルテレビの番組もちゃんと録画できることを確認。よしよし。
 が、ここでまたも問題発覚。

 接続したばかりで、まだ番組表が受信できていないので、しかたなく手作業で録画予約を入れていた。
 ところが、番組名を入れようとして愕然。

 中黒(・)が入力できない!

 記号一覧の中には、コンマとかピリオドとかアポストロフィーとか、使う機会の少なさそうな記号はあるのに、中黒がないんである。
 つまり「ドクター・フー」と入れようとしてもできなくて、「ドクター.フー」とかにしなくちゃいけないのだ。
 えええええーっ!? 何で!?
 とにかく記号自体がすごく種類が少ない。たとえば「+」「-」「=」はあるのに、「×」「÷」がなくて、代わりに「*」と「/」が入っているのだ。
 えー、つまり「×」は「*」で、「÷」は「/」で代用しろと(笑)。すごく技術屋的な発想だよなあ。こっちはプログラム書いてんじゃないんだから。番組名入れたいだけなんだから。
 まあ、「×」のつくタイトルなんて『HUNTER×HUNTER』ぐらいだから、支障がないっちゃないんだが。
 でも、中黒は要るよなあ、絶対! 使用頻度、ものすごく高いもんなあ。『ドクター・フー』もそうだけど、『スター・ウォーズ』とか『ジュラシック・パーク』とか『ハリー・ポッターと賢者の石』とか、中黒のあるタイトルなんていくらでもあるし。
 番組表から入力するにしても、連続ドラマなんかだとサブタイトルが入らない場合が多い。保存用にダビングしようとしたら、各話のサブタイトルは自分で入れなきゃいけないわけだし。

「中黒なんてピリオドで代用すりゃいいじゃん。いっそ省略して“機能を簡素化”しちまえ」

 と、この設計者は思っちゃったんだろうなあ。
 ユーザーの都合なんかぜんぜん考えちゃいないよなあ。

 このレコーダーの設計思想を見て、パナソニックへの不信が決定的になったよ


【追記と訂正】

 すみません! 中黒に関しては僕の早とちりでした! 中黒を入力する方法ありました。「記号」リストが表示されている状態で巻き戻しボタンを押すと別のページが出て、そこから中黒を入力できました。
 間違った情報を広めてパナソニックの名誉を棄損してしまったことを深くお詫びいたします。
(でも普通、使用頻度の高い記号は、真っ先に表示される仕様になってなきゃおかしいんだけどな……)
  

Posted by 山本弘 at 17:40Comments(71)日常

2010年08月12日

SF大会2日目:手塚治虫自筆絵コンテに驚愕

 2日目。本当は9時半からの「すごい科学で守ります!」が見たかったんだけど、妻が前日に歩きすぎてくたくたになってたもんで、やむなく10時過ぎにホテルを出る。

 大会が開かれている船堀駅に到着。会場に行く前に、改札前にあるコンビニで、ちょっとした買い物をする。
 驚いたことに、このコンビニではライトノベルが売られている。『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』『半分の月がのぼる空』『アクセル・ワールド』『狼と香辛料』『ロウきゅーぶ!』などなど、電撃系の人気作品がずらっと棚に並んでいるのだ。それもシリーズ全巻。
 ちょくちょく東京でコンビニに入るけど、こんなのを見たのは初めてである。もちろん関西でもない。このコンビニだけ特別なのか?

 最初の企画は「小さなお茶会」。テーブルを囲んで10人ほどのファンと歓談するというものである。
 集まったファンは、下は小学生の女の子から、上は僕より年配の人まで、バラエティに富んでいる。最近になって初めて山本弘の作品を読んだという人もいれば、『ウォーロック』の「どこでもT&T」から知ってるという人も。
 企画の主宰者は目が不自由なのだが、最近になって『アイの物語』を点字で読んだのだそうだ。目の不自由な人にまで読まれてるとは知らなかった。
『MM9』の裏話やら、『ウルトラQ』や『妖星ゴラス』の話をいろいろと。調子に乗って僕ばっかり喋ってしまい、参加者の方々が発言する機会があまりなかった。反省。次回はもうちょっとみんなの話も聞こう。
 ここで参加した年配の方から、昭和37年から40年の間に放送されたSFラジオドラマに関する資料をいただいた。石山透「宇宙から来た少年」、山中恒「緑のコタン」、福島正美「百万の太陽」など。
 これは貴重だ。当時のラジオドラマなんて、もう資料なんか残ってないだろうし。どうしよう。大変なもん貰っちゃったよ。

 13時30分からは「辻真先さんに聞く! SFアニメのよもやま話」の部屋を見に行く。
 僕らの世代のアニメファンにとって、辻真先さんはまさにビッグネームである。60年代後半から70年代にかけて、ありとあらゆるTVアニメの脚本を書きまくった人だ。「辻さんが脚本を書いていないアニメを探すほうが早い」と言われるほど。
 傑作も多かった。白黒版『サイボーグ009』の「太平洋の亡霊」や「復讐鬼」は重いテーマをはらんだ異色作だし、『コン・バトラーV』の第1話、キャラクターがテンポよく紹介されるくだりは、今でもマニアの語り草。
 当然、僕などは、ガルーダ編のラスト2話をリアルタイムで見ていて、大きな衝撃を受けたもんである。個人的には第4話「特訓!超電磁ヨーヨー」に舌を巻いた記憶がある。巨大ロボットの新兵器がヨーヨーでなくてはならない理由を、上手く説明してるんだわ。
 他にも、『デビルマン』『スペクトルマン』とかは言わずもがなだし、『恐竜戦隊コセイドン』の最初の1クール(コスモ秘帖編)も面白かったなあ。
 もっとも、いちばん思い入れがあるのは、『魔女っ子メグちゃん』の「恥かきべそかき大作戦」だったりするわけだが(笑)。
 そんな辻さんだから、話題は山ほどある。NHKのディレクターだった時代に手がけたSFドラマ『ふしぎな少年』をはじめ、『鉄腕アトム』や『コン・バトラーV』の裏話をいろいろと語る。
 中でも印象的だったのは『鉄腕アトム』の裏話。ある時、アトムが夢を見るという話を書いた辻氏、手塚治虫氏に脚本を見せるが、「ロボットの夢なんだから、もっと奇想天外に」と突っ返される。
 何度書き直しても、「もっと奇想天外に」と言われるもんで、「どういうのが奇想天外なんですか?」と訊ねると、手塚先生、その場でさらさらと絵コンテを描きはじめたのである。夢の中でアトムがターザンになって、アーアーアーと叫んでゾウを呼ぼうとするけど、それがサイレンになってしまってゾウではなく消防車がやってくる……というのを。
 その絵コンテを辻氏が大事に保管されていて、持参されたのだが、これが間近で見るとすごい代物。鉛筆描きなのだが、「あたり」も線の迷いもまったくなく、いきなり主線が描かれているのである。おまけにデッサンの乱れは少しもなく、一部のキャラクターには影がついているし、秒数まで打ってあって、このまま本当にコンテとして使えそうな完成度!(結局、使用されなかったそうだが)
 こんなものを人と話しながら、数分ですらすら描いちゃうってんだから信じられない。リアル新妻エイジだ! 衝撃のあまり、写真撮るの忘れたよ!(笑)
 いやあ、手塚治虫という人の天才ぶりを改めて思い知らされましたよ。

 その辻氏にも、「30分番組のシナリオを30分で書く」という伝説があるのだが、それは今回、辻氏自身の口から否定された。最高でも「時速30枚」(だったっけ?)が限界なのだそうである。それでもペラ(シナリオ用の200字詰め原稿用紙)を1時間に30枚書けるって、十分すぎるほど速いんだけど。もちろん、ワープロなんかない時代。すべて手書きである。
『エイトマン』の脚本は、たいてい一晩で書いていたそうな。半村良氏が書けなくて逃げ出したというエピソードも。

 感動したのは、それだけではない。ミステリ作家としての地位を確立した今でも、辻さんはTVアニメをよく見てるというのである。『BLACK LAGOON』や『東のエデン』や『狼と香辛料』について熱く語っちゃうのである! 「私が脚本を書くなら、あのシーンはこうしてた」とか「あそこは原作を上手くアレンジしてる」とか。もう78歳なのに!
 だいたい、『アトム』の絵コンテをはさんできたのが、『けいおん!』のクリアファイルだってんだから(笑)。

 70年代、キリコと薩次が活躍する辻氏のヤング向けミステリをむさぼるように読んだものだ。特に第一作の『仮題・中学殺人事件』なんか、冒頭で作者が読者に向かって「君が犯人だ」と宣言しちゃうんだから。これはもう読むしかないではないか!
 もちろん物語のメタ構造やトリックも秀逸だったし、『TVアニメ殺人事件』『SFドラマ殺人事件』『宇宙戦艦富嶽殺人事件』といったアニメや特撮番組を題材にした作品も、マニアとしては楽しかった。だが何と言っても、若者の目線で描かれているのが好感が持てた。大人目線で若者に説教するんじゃなく、むしろ大人社会の不条理や大人たちのエゴが批判されていた。「この人は大人だけど、僕たちの味方だ」という印象を受けたものだ。
 辻さんの話を聞いていて、その感覚が30年ぶりぐらいによみがえった。今でもこの人は僕たちの味方だ。

 同じ時間、妻は「ケータイ捜査官7を語る」の部屋にいたらしい。僕もいろいろ行きたい部屋があったんだけどねえ。

 この日の最後は、「勝手に『ねとすた』同窓会」を美月といっしょに見る。NHKの番組『ザ☆ネットスター!』を振り返るというもので、番組に出演した野尻抱介氏や桃井はるこさん、それに番組プロデューサーらが来ていた。
 でも、話の大半は、はやぶさの話題だったような……地球帰還の日はNHKに「なぜ生中継しない!?」という抗議の電話が殺到したのだそうだ。
 他にも、「NHKには一日中2ちゃんねるを監視する役目の人がいる」という、都市伝説めいた話も。会場から「羨ましい!」という声が上がる。そりゃあ、2ちゃんねる読んでて給料がもらえるんだからね。おいしい仕事だわ。

 会場にいた「はやぶささん」のコスプレが素晴らしかった。太陽電池パネルが折り畳みできるのにも感心したけど、背中のイオンエンジンが2基しか光ってなかったり、イトカワのぬいぐるみを抱いているのが芸コマ。(顔写真を掲載する許可を得てないので、背中しか見せられません。ご了承ください)
  
タグ :SF大会


Posted by 山本弘 at 17:40Comments(5)日常

2010年08月12日

SF大会1日目:マンガの中から美女出現

 SF大会1日目。
 美月は八九寺真宵のコスプレ。妻の労作である。さすがにあの巨大なリュックは再現しなかったけど、後ろから見ると、ぬいぐるみの足らしきものがリュックからはみ出していたり、設定に忠実であることが分かると思う。

 1日目の最初の企画は「追悼 柴野拓美」。豊田有恒氏、加納一郎氏、眉村卓氏、難波弘之氏らと同席。柴野氏の思い出を語る。
 考えてみれば、加納氏も豊田氏も、僕が小学校の頃に見てた『エイトマン』や『スーパージェッター』の脚本を書いていたのだ。このメンツの中じゃ、僕なんか若造もいいところである。
「柴野さんはバタフライ効果における蝶」
「柴野さんがいなかったら、僕らはみんな、ここにいなかった」
 という点を強調した。

 次におじゃましたのが「TVファンタスティック」。ここ数年、他の企画と時間がかぶって、なかなか見られなかった企画。
 いつも通り、池田憲章氏のトークが面白い。シービュー号の泡の出方とかを熱く語れる人はなかなかおらん。
 『去年はいい年になるだろう』にもご出演いただいた松岡秀治氏のおすすめは、『WHITE COLLAR 天才詐欺師は捜査官』と『プッシング・デイジー』。僕も『WHITE COLLAR』は見てたけど、あの第1話の冒頭の数分間は確かに上手い。「ルパン3世と銭形警部がコンビを組んで犯罪を捜査する話」という要約は、言い得て妙。
 池田氏の持論は、今のアメリカのTVプロデューサーは脚本家上がりの人が多く、脚本を重視するので、エピソードごとの演出家による個性というものが感じられない、というもの。それに対し、日本の特撮ドラマは演出家が重視されており、演出家によって画面に個性が出る。
 だから日本の特撮ドラマの方が毎回見ていてわくわくするんだ……と池田氏は言うのだけど、当然、「『だから日本の特撮ドラマはダメだ』と言うのかと思った」とツッコまれていた(笑)。
 僕も最近、日本の特撮ドラマの脚本には不満がいろいろあるもんで(苦笑)、池田氏のように演出重視・脚本軽視の考え方には同意できないなあ。まあ、脚本も演出も両方良ければ文句ないんだけど。

 毎年のことながら、SF大会は一度に十いくつもの企画が同時に走っていて、どれを見るか迷う。この時間も「非実在青少年パネル」「日本SFいろいろ史」「シンケンジャーに見るチーム構築論??」「スーツアクター/スーツアクトレス中の人座談会」など、見たい企画がいろいろあったんだけど……。

 16時35分から作家サイン会。
 毎回、サイン会をやると古い本を持ってくる人が必ずいるんだけど、今回はソード・ワールドRPGリプレイを持ってきてた人がいた。ありがたいことです。
 ちなみに美月は『ベン・トー』のファンなもので、アサウラ氏にサインをもらっていた。

 その後は「チェコのレトロSF映画を見よう!」を見に行く。
 1966年製作のSFコメディ『ジェシーを狙うのは誰だ?』を上映。当然、日本未公開。これが意外な拾いものだった。

http://takanodiary.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/sf-3027.html

 ある女性科学者が夢を健全にする薬品を発明する。悪夢に悩まされている人にこの薬を注射すると、夢の中から不健全な要素が消えて精神が安定し、生産性が向上する……とかいう怪しげな理屈。
 彼女の夫はジェシーというセクシーな美女が活躍するコミックスを読んでいて、夢の中にもジェシーが出てくる。夫が自分以外の女の夢を見ていることを知って嫉妬した女性科学者は、就寝中の夫に薬品を注射する。
 ところがその薬品には、夢を実体化する力があった。ジェシーと彼女を追う2人の悪漢が現実世界に現われて大騒ぎに……というストーリー。
 大笑いだったのが、薬のデモンストレーションのために、牛を実験台に使うシーン。思考を読み取る装置を眠っている牛の頭にセットすると、牛の見ている悪夢(ハエに悩まされている)がモニターに映し出されるのである。思考モニターというのはいろんな作品に出てくるが、牛の夢をモニターするなんて前代未聞だ。
 ジェシーはもともとコミックスのキャラクターなもんで、現実世界でも、喋るといちいち顔の横に台詞がフキダシで出るのがおかしい。他にも、「マンホールを見張っていろ」と命じられた警官が、その後もずっとマンホールの横に突っ立ってたり、繰り返しギャグがじわじわくる。ラストの展開もむちゃくちゃで、大笑いした。
 古い映画なんでテンポはややもたつくし、「ここはもっとギャグを盛りこめたのに」と思うシーンはあるが、1966年にこんな楽しい映画が社会主義政権下のチェコで作られていたと知っただけでも収穫だった。DVD化希望。

 展示ホールで手作りの3D映像を見る。
 赤と青のランプで影絵を作り、それを赤と青のセロハンを貼った眼鏡で見ると、影が立体的に浮き上がって見える……と、理屈だけ説明してもピンとこないかもしれないけど、実物を見ると感動する。
 ニコ動で、『けいおん!!』のOPを1コマずらして左右に並べ、立体映像にした人がいたけど、それと同じような感動を覚えた。ほんとに、ちょっとした発想の勝利だよねえ。

 同人誌を何冊か買う。
『ゴリラの理』(アメコミ向上委員会)は、アメコミに出てくるゴリラのキャラクターばかりを集めた同人誌。なぜゴリラ(笑)。でも、これがほんとによく調べてあるんだ。DCにおけるゴリラ・シティの設定の変遷とか、グロットとフラッシュの因縁とか、ウルトラヒューマナイトのオリジンとか、ものすごく詳しく解説されてるので感心する。ウルトラヒューマナイトって、アニメ版『ジャスティス・リーグ』のクリスマス編に出てきたキャラクターだけど、実はレックス・ルーサーより前からスーパーマンの宿敵だったんだねえ。知らなかった。
 他にも、コンゴリラ、レッドゴーストのスーパーエイプ、ムッシュ・マラー、モンキーマン、サイゴー、ブレイニエイプなどなど、ゴリラ・キャラクターがいっぱい。ジャスティス・リーグが「ゴリラ化弾」を撃ちこまれて(バットマン以外)みんなゴリラになってしまう『JLAPE』というクロスオーバーまであるのだ。「ゴリラ化弾」とか「ゴリラ化フィールド・ジェネレーター」とか、単語見るだけで笑っちゃう。
 どんだけゴリラ好きなのかね、アメリカ人。

 もうひとつ、同じところが出していた同人誌が『2001年から来た男』。
 1976年、マーヴル・コミックスが『2001年宇宙の旅』のコミカライズを出版する。ストーリーと作画は大御所ジャック・カービー。宇宙怪物が出てきたりロボットが出てきたり、映画とぜんぜん違う話になっている。
 マーヴルにはマシンマンというキャラクター(宇宙から来た大学生ではないよ)がいるのだけど、実はこのマシンマン、コミックス版『2001年宇宙の旅』の8~10巻に登場するキャラクターで、そこからスピンオフして『マシンマン』というシリーズが誕生したのだという。まさか『2001年』がマーヴル・ユニヴァースとつながってたとは。

 別の同人誌を立ち読みしてたら、僕の小説をけなしているレビューを見つける。僕のある短篇が「天皇制批判」だというのだ。
 アホか。
 僕が天皇制を否定したり、皇族の方々を批判しているくだりがどこにある? ちゃんと読めば、あれは「皇族を人間扱いしない非人道的な連中」への批判であることは明白なのに。天皇制批判とは180度逆なんだよ。
 同人誌とはいえ、こんなにも基本的読解力のない奴にレビューをやらせるってどういうことなんですかねえ?

 本日の最後の企画は「自主編集映画上映会」。要するにMADですね。
 面白いのも多かったんだけど、マイナーすぎて僕でさえ元ネタが分からないのも。ナチものとかロシアものとかのMADもつらいなあ。思想的にどうこうじゃなく、出オチだったり発想が安直だったりで笑えないのだ。最後の方のゲームネタは(前に見たことあるけど)面白かった。
 あと、18禁じゃないけどちょっとエロいネタがあって、娘といっしょに見てたもんでひやひやしちゃいました(笑)。

 ファミレスで食事してホテルに帰ったら10時回ってた。
  
タグ :SF大会


Posted by 山本弘 at 17:19Comments(4)日常

2010年08月12日

家族で東京旅行

 8月6日。SF大会の前泊で、家族3人で東京に行く。

 行きの新幹線の中でR・A・ハインラインの『ラモックス』(創元SF文庫)を読む。前から気になってた作品なんだけど、先日、たまたま古本屋で見つけたので買ったのである。
 うーん、微妙。
 なんか期待してたような話じゃない。
 少年が飼っていた巨大な宇宙生物ラモックスが、実はある惑星のプリンセスだったことが分かって大騒ぎに……という設定だけは知ってたんだけど、てっきりそこから宇宙規模の奇想天外な冒険が展開するんだと思ってたんだよね。
 ところが、話は地球から一歩も出ない。裁判とか政治的な駆け引きばかり出てきて、退屈ったらありゃしない。かんじんのラモックスの出番も少ないし、主人公との交流が細やかに描かれているわけでもない。発生するトラブルにしても、「そんなこと事前に話し合っとけ」とか「事情を詳しく説明すればいいじゃないか」とかツッコミたくなることばかり。そもそも言葉を喋れるラモックスが、腕がないという理由で知的生物として認められていないというのも変だし。
 だいたい、最後に主人公の前に立ちはだかる最大の障害が「頑固な母親」というのはダメだろ(笑)。
 ユーモアを狙ったらしい場面もあることはあるんだけど、ぜんぜん笑えなくて、「これは50年代のアメリカ人の感性だと面白いのかな?」と思ったりもする。でも、ユーモアSFでもシェクリイなんか今読んでも面白いしなあ。やっぱハインラインがユーモアに向いてないのかも。
『ラモックス』は思い入れのある日本人読者が多いらしいんだけど、それはこの完訳版の方じゃなく、福島正美氏の訳した児童向け版の方じゃないんだろうか。確かに冗長な部分をカットして子供向けに書き直したら面白くなりそうだ。

 ちなみに娘は新幹線の中で、誕生日プレゼントに買ってやった『ときめきメモリアルGS』をやっていた。面白いらしい。

 1日目は浅草観光して、ついでに建設中の東京スカイツリーを見てきた。『MM9-invasion-』のロケハンも兼ねている。以前にも300mを超えた頃に見に来たことがあるんだけど、この日はもう400mを超えていた。
 秋葉原では、土産物を大量に買ってしまった。とは言っても、僕のは『けいおん!』のTシャツぐらいのもの。ほとんどは妻と娘が選んだものである。『ヘタリア』のフィギュアとか。

 今回宿泊したのが秋葉原ワシントンホテル。3人部屋がないもんで、2部屋を予約し、3人で分かれて泊まった。僕は8階の部屋、妻と娘は4階の部屋。
 しかしこのホテル、とんでもなく不便な点がひとつあった。
 エレベーターで客室階に行くためには、部屋のカードキーが必要なのだ。エレベーター内にあるリーダーにカードキーをかざすことで、その部屋のある階に停まるようになっている。カードキーを使わずに客室階のボタンを押しても、「その階には停まりません」という声が流れ、エレベーターは動かないのだ。
 セキュリティのためなんだろうけど、僕は妻たちのいる4階に行けなくて困った。4階に行こうとしたら、4階の部屋のカードキーが必要なのだ。当然、妻たちも8階の僕の部屋には来られない。だからお互いの部屋に行くためには、両者がいちいちロビーまで下り、待ち合わせなくてはならないのである。面倒くせえ!
 このややこしいシステム、ミステリのトリックには使えるかもしれん(笑)。でも、家族なんだから、せめて同じ階の部屋にしてほしかった。無論、そんなシステムになってるなんて、事前の説明は何もなかった。団体の宿泊客が来た時なんかどうするんだろう。混乱しそうな気がするが。
 おまけに外装は豪華そうだけど、中身はごく普通のビジネスホテル。サービスの細やかさという点では、いつも利用しているドーミーイン秋葉原の方がいろいろな点で上。やっぱドーミーインの露天風呂の方がいいなあ(秋葉原のど真ん中に露天風呂があるなんて、知らない人が多いだろう)。あれに慣れると、客室内のバスルームって貧弱に見えちゃうんだわ。
 今回はSF大会の会場である船堀に行くのに、地下鉄の岩本町駅に近いのと、新装オープン記念で料金が安かったので選んだんだけど、次回からは使わない。いつも通りドーミーイン秋葉原にする。

 ホテルのテレビで『サマーウォーズ』を見る。なんか足りないと思ったら高校野球のくだりがカットされてたんだな。
  
タグ :東京


Posted by 山本弘 at 16:32Comments(4)日常

2009年09月27日

この夏のお仕事



 長いことこのブログを放り出していて申し訳ない。7月後半から9月にかけて、とてつもなく忙しかったのである。

 最大の難物は、トンデモ本シリーズの新作、『トンデモ本の世界W』(楽工社)の執筆である。
 ほんとは7月頃から取りかからなきゃいけなかったはずなのだ。でも、『SFマガジン』の連載『地球移動作戦』の単行本化のための加筆作業の仕事が降ってきたのである。9月頃からのんびりかかればいいかと思っていたら、「出版スケジュールの関係があるので8月10日までに上げてください」と言われてしまったのだ。
 二つの仕事がバッティング。僕の本職は小説家で、と学会の本はあくまで副業だと考えている。やはり小説の仕事を優先したい。だもんで、悪いけど楽工社の編集さんには泣いてもらった。ごめんなさい。
『地球移動作戦』は結局、締切を何日も遅らせて入稿。連載分に100枚以上書き足したうえ、細部にもいろんな書き直しを加えている。

 それが終わったら今度は夏コミ。初参加の娘を連れて3日間、東京へ。
 だもんで、ようやく取りかかった『トンデモ本の世界W』の原稿は、遅れを取り戻すために、連日、猛然と執筆。最後の方は1日2本のペースで上げなくちゃいけなかった。

 死んだ。

 さすがに1日2本はきつい。トンデモ本シリーズの原稿は、いちいち資料を調べなくちゃいけないものもあるから、小説よりもずっと手間がかかるのである。
 しかも今回、僕以外のメンバーの執筆量が少なかった。やはり志水さんと植木さんが抜けた穴は大きい。それを埋めるために、大半は僕が執筆するはめになったのだ。一部の原稿は、このブログに書いた文章を流用して手抜きしたんだけど、それでも多かった。
 僕の担当分の分量を計算してみた。全部で21本。合計197ページ。『トンデモ本』シリーズのフォーマットは22字×17行×2段だから、これを400字詰め原稿用紙に換算すると……。

 約360枚!

 その間に平行して、30枚の短編1本と90枚の中編1本を書いている。計480枚。長編1本分ぐらいある。これを20日間で書いたことになる。
 うわー、事前に分量を計算しなくて良かったわ(笑)。こんな分量だと知ってたら、最初からやる気なくしてるぞ。
 1日平均24枚ぐらいのペース。普段の僕は1日10枚前後がせいぜいだから、その2倍半ぐらいのペースで書いたことになる。
 仕事は執筆だけじゃない。合間には『地球移動作戦』の戻ってきたゲラのチェックもしなくちゃいけなかったのだ。これがまた400ページ以上あった。ゲラチェックは飛ばし読みというわけにはいかないから、全部に目を通すだけで半日はかかる。しかもそれを初校と再校で2回やった。
 疲れるわけだ。

 しかも、元はと言えば自分のスケジュール管理が甘かったのが原因だから、誰も責められない。

 一日中パソコンに向かっていると、ストレスがたまる。
 僕の場合、よく咽喉が渇くもんで、何かいつも飲んでないといけない。だもんで、原稿書きながら、麦茶やらウーロン茶やらコーヒーやらミルクティーやらコーラやらスポーツドリンクやら栄養ドリンクやらを飲みまくってた。
 さらに、ストレス発散のためにポテトチップスを1日2袋ぐらい食ったり、「いかん、シュークリーム分が不足してきた」と、コンビニにシュークリームを買いに走ったり、昼食を食ってる時間ももったいないので、コンビニで買ったサンドイッチやフランクフルトで済ませたり……。
 これは健康に悪い。むちゃくちゃ健康に悪い。たぶんこの20日間で余命がかなり縮んだ。

 ようやく原稿をすべてアップし終えた後は、ぐったりとなって、何日も仕事をする気になれなかった。書いたのは洋泉社の『東宝特撮大全』の原稿ぐらい(ちなみに僕の担当は『妖星ゴラス』『宇宙大戦争』『世界大戦争』の3本)。
 仕事しないで何をやってるかというと、ニコ動で『化物語』や『咲―Saki―』のMADを漁ったり、気分転換に『生徒会の一存』のパロディを書いたりする毎日(笑)。今は『アイドルマスター ディアリースターズ』にハマってます。ああ、涼ちん、健気でいいなあ。
 こんなにサボっていると、結局、月産ペースはほとんど変わらない。しんどい思いをするだけで、あんまり得はないんだよねえ。

 今度からはこんなペースで書かないようにしようと、心に誓う。締め切りに間に合うよう、原稿は早めに書きはじめます、はい。
  
タグ :仕事


Posted by 山本弘 at 14:58Comments(2)日常

2009年06月21日

作家が死ぬということ

 僕のマイミクで、ライトノベル・架空戦記・時代小説作家の中里融司さんが、18日朝、大腸ガンで亡くなられた。52歳。僕よりひとつ歳下である。

 コミケでお会いするぐらいの関係で、作品も数冊しか読んだことがないのだが、普段からmixi日記はよく読ませてもらっていた。 同じ職業だけに、日記の内容は共感することが多く、身近に感じていた。
 当然、病気で入院されたことは知っていたが、数日に一度、日記をアップしているぐらいだから、たいしたことはないのだろうと思っていた。
 いきなり亡くなるなんて思ってもいなかったから、ショックが大きい。

 最後の日記は6月11日。亡くなられる1週間前である。
 入院していたが一時期帰宅し、マンガ(『ヤングアニマル』連載の『砂漠の獅子』)のシナリオを書いて送信した……てなことが書いてある。
「シンケンジャーが面白い」てなことも。
 入院中も病床で原稿を書いていたり、ゲラチェックをやられていたようだ。最後まで作家だったのだなあ。

 最後の日記を読み直して、僕が何に一番ぐっときたかというと、送ったシナリオが「第7回」だということ。
 つまりこのマンガは、もう永遠に完結することはないのである。(マンガ家が独自に描き続けるかもしれないが、それはもう中里さんの「原作」ではあるまい)

 僕にとって、これは悪夢である。
 今、『地球移動作戦』の最終回の原稿をひいこら言いながら書いている。来月は『去年はいい年になるだろう』の最終回である。
 僕が今、急死したら、これらの作品はラスト目前で完結せずに終わってしまうことになる。
 それは嫌だ。ものすごく嫌だ。
 物語は、書きはじめたからには、きちんと終わらせなくてはならない。それは続きを読みたがっている読者に対する責任であるし、作家自身に対しての義務でもある。 ゴール直前で倒れるなんて耐えられない。
 きっと、病院のベッドで最後まで「原稿、原稿……」とうなっていることだろう。
 それはもう、化けて出たくなるぐらい悔しいに違いない。
 実際、『トリニティ・ブラッド』完結直前に亡くなった吉田直氏の例もあり、そういうことがないとは言えない。吉田さん、悔しかっただろうなあ。

 だからきっと、中里さんも無念だったに違いない。
 もっと書きたいものがいっぱいあっただろうに、彼の頭の中にはいろんな構想があっただろうに、それはもう誰にも知られることはないのである。

 だから僕は「安らかにお眠りください」とは言えない。
 同じ作家として、彼の心中を思うと、「安らかに」なんて言えるわけがない。
 安らかに死ねてたまるか。
 きっと連載やシリーズを抱えた作家はみんな、完結させられない無念、構想を具体化できなかった無念を胸に、死んでゆくのだと思う。
  
タグ :作家


Posted by 山本弘 at 12:16Comments(5)日常