2016年07月17日

星雲賞受賞の言葉

『多々良島ふたたび: ウルトラ怪獣アンソロジー』(早川書房)に収録された短編「多々良島ふたたび」が、同書に収録の田中啓文氏の「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」とともに、星雲賞日本短編部門を受賞しました。



 先週土曜日に鳥羽のSF大会会場まで行ってきて、星雲賞いただいてきました。
 その時の受賞の言葉。録音してたわけじゃなく、記憶で書いてますんで、間違ってたらご容赦。

--------------------------------
 最初に業務連絡を。実は今夜は、泊まっていけません。明日、プライベートな事情があるもので、今日は夕食が終わったらすぐに大阪に帰らなくてはいけないんです。ですから、僕に何かご用のある方は、早めに言っていただけるとありがたいです。
 あと、前回、『去年はいい年になるだろう』で星雲賞をいただいた時は、前の客席に妻と娘が来てたんですけど、今日は来てません。ですから今、写真を撮ってる方々、その写真を後でネットにアップしていただけるとありがたいです。妻と娘に「ほら、これが受賞風景だよ」と見せられますので(笑)。

 さて、このウルトラ怪獣アンソロジーという企画が来た時に、僕が最初に予想したのが、『SF作家はひねくれてる人が多い』ということです。たぶん、まともなウルトラマンは誰も書かないだろう。みんな変なウルトラマンを書いてくるに違いない。
 だったら逆に、原作に忠実なサイドストーリーを書いたら、目立つんじゃないか──そう計算して書いたら、見事に図に当たりまして、星雲賞をいただけることになりました。ありがとうございます。

 実は僕はもう何年も前から、出版社の人と会うごとに言ってたんですよね。「なぜ円谷プロに話をつけて、『ウルトラ』シリーズのアンソロジーを出さないのか」と。だって、僕らの世代の作家って、『ウルトラ』で育った人はたくさんいるわけですよ。「書かないか」って持ちかけたら、みんな乗ってくるはずなんですよね。
 でも、その構想がなかなか実現しないなあ……と思ってたら、それがようやく現実になった。だから喜んで書かせていただきました。

 ただね、考えてみたら、他にもいろんなアンソロジー作れるはずなんですよね。
 たとえば、今年は『ゴジラ』の新作が公開されますから、東宝の許可取って、いろんな作家に声かけて、『ゴジラ』アンソロジー作ったらいいんじゃないか。ゴジラ小説を書きたい人っていっぱいいると思うんですよ。僕も書きたいし。実は中学の頃からずっと、『ゴジラ対ヘドラ』のノヴェライズ書きたくてしかたないんですよ。
 あるいは東映に話つけて『仮面ライダー』のアンソロジー作るとか。あるいは特撮に限ったことじゃない。サンライズに話つけて『ガンダム』のアンソロジー企画するとか。書きたい作家、絶対いっぱいいるはずなんですよ。
 ここにいる出版社の方々、何でそういう企画を出さないんですか? 出してくださいよ。
 僕も『怪獣文藝の逆襲』とかに寄稿してますけど、まだまだ怪獣小説書きたい。また声がかかったら書かせていただきます。

 あっ、ちなみにですね、これはまだここだけの秘密にしておいてほしいんですけど、実は来年、●●●●さんの方で、『●●●』の小説を出させていただくことになってます。期待しててください。

 活字と映像って、べつべつのものじゃないと思うんですよね。僕ら現代の作家は、小さい頃からいろんな映像作品に接してきて、それに影響を受けて育ってきた。映像的な面白さというものを作品の中に取り入れてるんです。
 一方、活字から映像作品が受ける影響というものも、もちろんあるでしょう。活字と映像というのは、フィードバックを形成して進化してきたと思うんです。

 僕が怪獣ものを書くのは、自分を育ててくれた映像の世界へのご恩返しの意味もあります。これからもこうした小説はどんどん書いていきたいと思っています。
 どうもありがとうございました。
-----------------------------------

 終わってから気がついたんだけど、
「『ガルパン』のアンソロジー企画したら、書きたい作家はいっぱいいますよ!」
 とも言っておくべきだったかなと(笑)。
  


Posted by 山本弘 at 17:12Comments(0)SF特撮PR作家の日常

2016年07月17日

今月のLiveWireはお休みです

 すみません。毎月、最終金曜日にやっているLiveWireのトークイベント「山本弘のSF秘密基地LIVE」、今月はお休みです。
 何でかというと、僕がうっかりダブルブッキングしちゃったんです。
 7月29日に東京でこういうイベントをやる予定だったのを忘れてたんです。

第7回創元SF短編賞贈呈式+トークイベント「新人賞選考の舞台裏をセキララに語る」開催!
http://www.tsogen.co.jp/news/2016/06/16063018.html

 先月のLiveWireのイベント終了後、担当の方に「来月もこの続きをやりましょう」と言われて、「そうですね」と深く考えずにOKしちゃったんですね。告知が出た後で、日がかぶってることに気がつき、慌てて平謝り。LiveWireの方の告知は取り消していただきました。
 LiveWireの方、および毎月イベントを楽しみにしている方、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。

 ちなみに創元SF短編賞受賞作、石川宗生さんの「吉田同名」を収録したアンソロジー『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』は、すでに発売されています。選評はそちらをお読みください。面白いです。


  


Posted by 山本弘 at 16:48Comments(0)PR

2016年07月01日

60歳になっての雑感

 少し前、「ハヤカワ・SF・シリーズ総解説」の原稿を書く関係で、昔のSFを何冊か読み返した。

 そのうちの1冊がロバート・シェクリイの短編集『宇宙のかけら』。僕としては、収録作の中の「千日手」と「ポテンシャル」が気に入っていたから買ったのだが、今回、読み返していて、「炭鉱者の饗宴」という作品が妙に気になった。
 金星の砂漠地帯で金鉱を探す男の物語。1959年に書かれた話だから、金星は大気が呼吸可能、人間が生身で生きられる環境で、原住生物もいる。しかし主人公は乗ってきた地上車のタイヤがパンクしてしまい、途中から砂漠を徒歩で進まねばならなくなる。
 彼は携帯テレビ電話を持っていて、いつでも文明社会と連絡が取れる。しかも、この世界には瞬間移送システムもある。生物だけは送れないが、電話で注文すれば、水だろうと食料だろうと道具だろうと、すぐにロボットが届けてくれるのだ。
 金さえあれば。
 主人公は金鉱探しに財産のすべてを注ぎこみ、今は一文無しである。だから車のスペアタイヤも、食料も水も買えない。金鉱を見つけずに帰っても破滅が待つだけ。だから何としてでも金鉱を見つけなくてはならないのだ。地層の特徴からすると、この先には必ず金鉱があるはずだと信じて進み続ける。

 思ったのが、これってまさに現代社会そのものだな、ということ。
 携帯電話が普及しているのもそうだが、こちらから店に買いに行かなくても、欲しいものがあれば何でも届けてくれるというのが、まさに現代じゃないか。そう、何でも手に入るのだ!
 金さえあれば。
 ものはある。食料も余っている。でも、金がないので手に入らず、砂漠でもないのに野垂れ死にしてゆく人がいる。それが現代。

 僕の信念は「小説家とは金鉱掘りである」というものだ。
「ここに金鉱があるはずだ」という当たりをつけて探しに行く。ちょこっとだけ金は見つかるが、大当たりとはいかない。しかたなく、そのわずかな金で食いつなぐ。そして新しい金鉱を探す。今度こそすごい鉱脈を掘り当てて、大金持ちになってみせるという夢を抱いて……。
 でも、なかなか鉱脈は見つからない。

 さて、なぜ今回、「炭鉱者の饗宴」が気になったかというと──

 この前、60になったんですよ、60に!

 気が遠くなりそうな数字だよ、60。

 何よりショックだったのは、映画館に行ったら、シニア料金で入れたこと。普通料金より700円も安いの。
 でも安いからって嬉しい気がしない。シニア料金というものはずっと前から知っていたけど、自分がそれで映画を観るようになるなんて、遠い先のことだと思っていた。突然、「僕はもうシニアなんだ!」と実感して、感慨とかいう以前に、軽く絶望を覚えた。

 自分はSF作家として新米だと、ずっと感じていた。僕より上には小松さんと筒井さんとか星さんとか、すごいベテランがいっぱいいて、足元にも及ばないと思っていたから。
 ところが気がつくと、もう僕より上の人がかなり少なくなってきている。 僕もそろそろSF界の長老グループに入りかけているではないか。

「おお! だったらそろそろ、威張ってもいいんじゃないか?」

 と浮かれかけて、はたと気がついた。僕が小松さんや筒井さんとは決定的に違う点があるということに。
 長編処女作『ラプラスの魔』を発表したのは1988年。それから28年も作家を続けてきた。
 でも、28年間に一度も大きな鉱脈を掘り当ててない。いや、『MM9』は鉱脈かなと思ったことはあったんだけど(苦笑)。
 それでも、次こそは鉱脈に当たると信じて書き続けてきた。
 でも、当たらない。
 他人に恨みをぶつけることもできない。ヒットが出ないのは僕自身のせいなんだから。

 現状維持ならまだいい。近年は出版不況で、どこの出版社も本の初版部数を絞っている。毎年毎年じりじりと減ってきて、僕がデビューした当時の1/2とか1/3ぐらいになっている。
 つまり、同じペースで本を出し続けていても、収入が半分とか1/3とかになっているのだ。そりゃきついわけだ。

 同業者のツイッターとかを読んでいると、しばしば心配になる。あれ? この人、もうずいぶん長く本出してないけど、食べていけてるのかなと。
 そして思い出す。そういう人たちはたいてい、他に職業を持っている兼業作家か、夫婦共働きか、独身だということに。
 僕みたいに既婚者の専業作家は、実は少数派だ。

 家族を養うって、かなり重たいことなんである。
 うちは娘が一人だけど、学費やら何やらで、年に100万円以上は軽く吹っ飛ぶ。独身者に比べて、経済的に大きなハンデがあるのだ。娘が社会に出て、自分で稼ぎはじめるまで、まだ何年もかかる。
 だから僕は書き続けるしかない。 本を出さないと、妻や娘を養っていけない。でも、同じペースで書き続けていても、収入はじりじり減る一方。今度こそ一発当てたいとあせる。でも、やっぱり当たらない……。
 これはね、心理的につらい。
 つらくてもやめるわけにはいかないってことが、さらにつらい。
「炭鉱者の饗宴」の主人公の心境がすごくよく分かる。

 実は今年の4月から6月ぐらいにかけて、けっこう経済的にきつかった。
 どうにか所得税は確定申告で還付金が出たけど、市民税・府民税、国定資産税、国民年金、国民健康保険とかで、ごっそり取られた。娘の大学の学費もあった。そのうえ、病気になって入院したし、冷蔵庫が壊れて買い直さなくてはならなかった。何でそんなに出費が連続するんだ!

 自信を失い、夜中に思わず妻に弱音を吐いてしまった。もうだめかもしれない。今はまだどうにか食いつないでるけど、いずれ君らを路頭に迷わせるかもしれないと。

 そしたら──

 数日後、妻が札束の入った封筒を差し出したのである。貯めていたへそくりだという。

「はい、大事に使ってね」

 と笑顔で言う妻。
 僕はむちゃくちゃに感動してしまった。何だよ、お前! 山内一豊の妻か!?

 誕生日にはケーキを買ってくれた。今年は「60」というローソクのついたケーキだ。妻と娘が「ハッピーバースデー・ディア・パパ♪」とデュエットし、「60歳おめでとう!」と言ってくれた。


 涙が出そうだった。
 経済的に苦しくなってるからって何だ。僕のことを愛してくれている妻と娘がいるというだけで、十分すぎるほど幸せじゃないか。
 くじけかけてたのがバカみたいだった。この2人のために、もっともっとがんばらなくちゃと思った。

 そりゃあ、依然としてつらいですけどね。
 でも、もう後ろは向かないよ。



 カクヨムに投稿しはじめたのも、ちょっとでも知名度が上がることを何かやろうと思ったから。
 1人でも2人でもいいから、僕の本を買ってくれる人を増やしたい。この業界で生き残って、家族を養ってゆくために。
  
タグ :作家の日常


Posted by 山本弘 at 18:37Comments(18)SF作家の日常

2016年07月01日

「ハヤカワ・SF・シリーズ総解説」

〈SFマガジン〉8月号の特集は「ハヤカワ・SF・シリーズ総解説」。この前の『ハヤカワ文庫SF総解説 2000』から洩れていた作品、すなわちハヤカワ・SF・シリーズから出ていたけど早川から文庫化されていない本の解説である。

 僕もジャック・ウィリアムスン『ヒューマノイド』(『去年はいい年になるだろう』のヒントになった作品)、E・E・スミス《レンズマン》シリーズ、ロバート・シェクリイ『宇宙のかけら』『人類の罠』、マレイ・ラインスター『異次元の彼方から』、エリック・フランク・ラッセル『メカニストリア』、エドモンド・ハミルトン『フェッセンデンの宇宙』、久野四郎『夢判断』、早川書房編集部編《SFマガジン・ベスト》の解説を書かせていただいた。
 前回同様、人気作品は執筆者同士の争奪戦が激しかったらしい。ラインスターは本当は『宇宙震』を書きたかったんだけどなあ。他にも、ヘンリー・カットナー『ボロゴーヴはミムジイ』、ピエール・ブール『E=mc2』、メリル編『宇宙の妖怪たち』、コンクリン編『宇宙恐怖物語』なども、立候補していたのに取れませんでした。
 ちなみに『フェッセンデンの宇宙』が僕に回ってきたのは、やっぱり『神は沈黙せず』や『翼を持つ少女』を書いてるからってことらしい。ゆずはらとしゆき氏が『18時の音楽浴』の項を書いてるのも同じ理由かも。

 ちなみに早川書房が「ハヤカワ・SF・シリーズ発掘総選挙」「ハヤカワ文庫海外SFデジタル化総選挙」というのをやるのだそうで、今月号に告知が載っている。リクエストの多かった作品は復刊されるかもしれないとのこと。
 僕の場合、ハヤカワ・SF・シリーズならやっぱりラインスターの『宇宙震』とカットナーの『ボロゴーヴはミムジイ』。
 ハヤカワ文庫SFなら、ジェイムズ・H・シュミッツ『悪鬼の種族』とハリイ・ハリスン『テクニカラー・タイムマシン』を復刊して、ぜひ多くの人に読んでほしい。前者はもっと今風のイラストに変えて、後者はできればモンキー・パンチのイラストのままで!
 あと、アンダースンの『大魔王作戦』とかも、あの時代よりむしろ、ラノベを読みなれた今の若い読者に受けるんじゃないかと思うんだけど。

http://homepage3.nifty.com/hirorin/bibliobatllebu04.html

 まあ、個人的にハヤカワ文庫SFでいちばん好きなのはC・L・ムーア『暗黒神のくちづけ』なんだけど、これは多くの人に魅力を知ってほしい半面、自分だけのフェイバリットにしておきたいという想いもありまして……複雑です。
  
タグ :SF


Posted by 山本弘 at 18:04Comments(1)SFPR

2016年07月01日

「太陽を創った男」の思い出

 前回も書いたように、カクヨムに投稿をはじめている。

https://kakuyomu.jp/users/hirorin015/works

 30年以上前のアマチュア時代に書いた「砂の魔王」や「星の舟」、割と新しい「悪夢はまだ終わらない」まで、いろんな原稿をアップしてるけど、この中でいちばん古いのは、「太陽を創った男」。
 これにはいろんな思い出がこもっている。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881150667

 僕は高校3年の時、〈問題小説〉という雑誌の新人賞に応募した。 タイトルは「シルフィラ症候群」。宇宙から飛来したウイルスによって、女性が片っ端から美女に変身してゆくというホラー調の侵略SF。
 何でそんな話を考えたかというと、〈SFマガジン〉のバックナンバーで読んだジョン・ブラナーの「思考の谺」という中編にハマっていたんである。ストーリー自体はB級なんだけど、終始、ロンドンの一角を舞台にしていながら、背景に壮大な宇宙の広がりがあるという構成にしびれてしまった。そこで同じような話を書いてみたのだ。
 なぜ〈問題小説〉新人賞を狙ったかというと、審査員の一人が、僕が敬愛する筒井康隆氏だったからである。
 この作品は最終選考まで残り、筒井さんに推していただいたのだが、受賞には至らなかった。でも、自分の作品が初めて認められた、プロのSF作家という憧れの職業に近づけたという事実に、有頂天になった。

 そして1975年、神戸で開かれた日本SF大会「SHINCON」。

http://www.page.sannet.ne.jp/toshi_o/sonota/sfcon_chap3_1.htm


 その会場で初めて筒井さん本人にお会いでき、「シルフィラ症候群」を推していただいた礼を言った。すると筒井さんが言ってくださった。

「あれ、〈NULL〉に載せてみない?」

〈NULL〉はかつて筒井さんの一家が作っていた同人誌。いったんは休刊したのだが、70年代になって、有志の手により、「ネオ・ヌル」という同人サークルとして復活。〈NULL〉も復刊していた。当時、同人誌といえばまだガリ版刷りが当たり前だった時代に、活版や写植で印刷されており、紙質も高級で、すごくリッチな印象があった。
 僕は筒井さんの勧めで「ネオ・ヌル」に入会。そして〈NULL〉復刊6号に、「シルフィラ症候群」が掲載された。
 同人誌とはいえ、自分の作品が印刷物になって大勢の人に読まれるのは、生まれて初めての経験だった。ええもう、当時はかなり天狗になってましたよ(笑)。

 ちなみに、その「シルフィラ症候群」、先日、久しぶりに読み返してみたんだけど……うーん、これはひどい(笑)。稚拙なんてもんじゃない。今読むととんでもなくへた。まさに「若気の至り」。まあ、まだ18歳だったからしょうがないけど。

「ネオ・ヌル」には、すでにプロデビューしていた堀晃氏やかんべむさし氏だけでなく、多くのアマチュア作家が集まっていた。デビュー前の夢枕獏氏も、タイポグラフィック小説「カエルの死」を載せていて、これはすごく面白かった。
 この同人誌の最大のウリは、筒井さんによるショートショート選評。会員から送られてくる何百本ものショートショートを筒井さんがすべて読み、その中から優れたものだけを選んで〈NULL〉に載せていたのである。だからもう、みんな切磋琢磨して競い合っていた。すごい熱さだった。

 僕も2本のショートショートを書いた。そのうちの1本が筒井さんに評価され、〈NULL〉復刊7号に掲載された。
 それがこの「太陽を創った男」。書いたのは1976年。つまり僕が20歳の時。
 ちなみに、種々の事情により、〈NULL〉はこの号で再び休刊した。

 作中に出てくるブラックホールに関するうんちくは、当時の愛読書だった佐藤文隆・松田卓也『相対論的宇宙論』(講談社ブルーバックス・1974)を参考にした。ちなみに僕がこれを買ったのは、イラストが松本零士だったからという不純な動機だったりする(笑)。でも、すごく勉強になったエキサイティングな本だった。

『プロジェクトぴあの』の中に、周防義昭教授と会見したぴあのが、彼の著書『失われた宇宙論』について熱く語るシーンがある。

>「だって、オルバースのパラドックスとか定常宇宙論なら、他にもいろんな本に載ってますけど、ブランス‐ディッケの理論やアルベン‐クラインの物質‐反物質宇宙論について解説した本なんて、他になかったんですよ。ホイルのC場とかリットルトン‐ボンディの帯電宇宙論とかも、あの本で知りました。あと、何といっても、ミスナーのミックスマスター宇宙論! あれ、面白いですよね。宇宙が三軸不等の振動してるなんて、すごくユニークな発想で」
(中略)
>「私、あの本を読んで感じたんです。宇宙論学者って、この世でいちばん柔軟な考え方をする人たちなんだなって。だって、いつも宇宙のスケールで考えていて、エキサイティングな説を次々に提唱するじゃないですか。どれもこれもユニークで、間違ってたのがもったいないくらい」

 これは『相対論的宇宙論』がヒント。ぴあのの台詞はほとんど全部、当時『相対論的宇宙論』を読んだ僕の感想なのである。
 ちなみに、このシーンでのぴあのは20歳。僕が「太陽を創った男」を書いたのと同じ歳だ。

 その後、「太陽を創った男」は〈奇想天外〉誌1977年8月号に転載され、さらに「シルフィラ症候群」とともに 『ネオ・ヌルの時代PART3』(中公文庫・1985)というアンソロジーに収録された。
『ネオ・ヌルの時代』では、生まれて初めて印税というものも貰った。よく覚えていないが20万円ぐらいだっただろうか。僕はそれで生まれて初めてワープロを買った。それまでは原稿用紙に手書きしていたのだ。
〈NULL〉の休刊号には、筒井氏の総評も載っていた。筒井氏は常連投稿者の中から十数人を選んで賞を贈った。僕も特別賞を貰った。この文章は『ネオ・ヌルの時代PART3』にも再録されている。


〈真城・西・山本の三氏は、あとは書き馴れることによって充分プロになり得る人たちである〉

 もうね、この言葉にどんだけ勇気づけられたか!
 まあ、この後、処女長編『ラプラスの魔』を出すまでに、さらに11年かかるわけだけど。

 ちなみに〈NULL〉に投稿していたアマチュア作家の中には、のちに商業誌に作品が載った人も何人もいるが、最終的にプロとして生き残れたのは、僕と夢枕獏氏だけである。
 やっぱり、筒井さんに「充分プロになり得る」と言われたからこそ、夢をあきらめずにがんばってこれたんだと思う。
 そういう意味でも、「シルフィラ症候群」と「太陽を創った男」は、僕にとって人生の重要な節目となった作品なのである。

 なお、マイクロ・ブラックホールを使って太陽を創るというアイデアは、のちにPCエンジンのゲーム『サイバーナイト』(トンキンハウス/グループSNE)のシナリオに流用している。 小説版の『サイバーナイト』にも出てくる「トミマツ=サトウ型ブラックホール」という概念も、『相対論的宇宙論』で知った。

  


Posted by 山本弘 at 17:37Comments(3)SF作家の日常

2016年07月01日

そんなのはビブリオバトルじゃありません

 先日、「ビブリオバトル春のワークショップ」というイベントに行って、Bibliobattle of the Year2016優秀賞というものをいただいてきたのであります。

http://www.bibliobattle.jp/workshop2016
http://www.bibliobattle.jp/bibliobattle-of-the-year/2016/award

 場所は三重県伊勢市の皇學館大学 というところ。深い森の中にあって、「神社!?」と言いたくなるような佇まい。こんな大学があるんだなあ。

 さて、会場では日本各地で行われている様々なビブリオバトルの活動もいろいろと聞いた。かなり普及してきているようで、喜ばしい。
 でも、喜んでばかりもいられない。ビブリオバトル人口が増えるにつれ、問題点も出てきているようだ。
 会場では、『読書とコミュニケーション ビブリオバトル実践集』という本も買ってきた。



 ビブリオバトルの公式ルールというのは本当にきわめて単純なもので、難しいことなんか何もない。誰でもすぐできる。
 ……そのはずなんだけど、やっぱりこういう教師に指導するためのテキストが必要らしい。
 この本の第一章にはこうある。


> その一方で、ビブリオバトルを導入した学校の児童・生徒たちから、ビブリオバトル普及委員会に不満の声が寄せられることもあります。理由は明白で、不満の声が上がる事例は「教員が課題図書を決める」「発表のための下書き原稿を書かせる」「さらに添削する」「その原稿に従った発表の練習をさせる」「先生が優秀者を決める」「あるいはチャンプ本を決めない」などなど、ビブリオバトルと称して、「ビブリオバトルらしきもの」が行なわれているケースがほとんどなのです。

 そう、こういう問題点はよく耳にする。そして、それはビブリオバトル普及委員会の責任ではまったくない。だって、これってみんなルール違反だもの。

 たとえば「教員が課題図書を決める」。これがまずだめ。
 公式ルールの一行目にちゃんと書いてある。「発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる」と。 「他人が推薦したものでもかまわないが,必ず発表者自身が選ぶこと」という項もある。
 つまり発表者自身が面白いと思って選んだ本でないといけないのだ。教師が「この本を紹介しなさい」と決めるなんてもってのほか。
 だってビブリオバトルというのは、面白い本を紹介し合うものなんだから。自分が面白いと思わなかった本を他人に勧めるなんて、根本的に間違ってる。
 つーか、面白いと思わなかった本を「面白い」と言って他人に読ませようとするのは、はっきり言って「嘘つき」だから。そんなのを教育者が教えちゃだめでしょ。

「発表のための下書き原稿を書かせる」というのも絶対ダメ。
 ツイッターでビブリオバトル関連の発言を読んでいたら、教師から無理にビブリオバトルをやらされてるらしく、「明日までに1600字書かなくちゃいけない」みたいなことを嘆いている人がいて、ほんとに気の毒になる。

 それ、単なる読書感想文ですから!

 子供は読書感想文って嫌いでしょ? 僕も嫌いだったよ。あんなもんで子供は本好きになんかならないよ。
 それをなぜ生徒にやらせようとするの? ビブリオバトルは読書感想文とは違うんだよ!
 どうも生徒がちゃんと喋れるかどうか心配して、あらかじめ原稿を書かせるらしい。でも、それ、根本的に間違ってるよ。常識で考えて分かるでしょ? 本の感想でも何でもそうだけど、思ったことをただ喋るのと、それをわざわざ文字にするのと、どっちが大変か。わざわざハードル上げてどうすんだ。
 さらに言うと、「原則レジュメやプレゼン資料の配布等はせず,できるだけライブ感をもって発表する」というルールもある。そう、大切なのはライブ感。用意してきた原稿を読み上げるんじゃだめなんだよ。
 このルールなんかまさに、ビブリオバトルの「読書感想文」化を防止するためのもののはずなんだけど。
 まあ、どうしてもアドリブで話せないという人が、あらかじめ原稿作って練習するのはかまわないけど、それはあくまで自分の意思でやるべきこと。教師がそれを強制しちゃだめだよねえ。

 他にも公式ルールには、「チャンプ本は参加者全員の投票で民主的に決定され,教員や司会者,審査員といった少数権力者により決定されてはならない」という項もある。
 つまり「先生が優秀者を決める」なんてのは完璧にルール違反!
 なんで教育者たるものが、そんなひどいルール違反を堂々とやるわけ? おかしいでしょ? 大人ならルール守れよ。

 他にもよく耳にする話では、「バトル」という言葉に難色を示す人がいるらしい。子供に「バトル」をやらせるなんてけしからん。子供にはただ本の発表だけやらせればいい。チャンプ本なんか決めなくていいじゃないか……というのだ。
 だから、それもうビブリオバトルでも何でもありませんから!

 なぜこんなルール違反の「ビブリオバトルらしきもの」が横行するかというと、根本的にビブリオバトルの意義を取り違えてるんだと思う。
 どうも「プレゼンの腕を磨くためのもの」と誤解してる人が多いらしい。
 だから、学生に表面だけきちんとしたプレゼンをさせることにこだわって、下書き原稿を書かせたり、本人が好きでもない本を紹介させたりするんだろう。まったく本末転倒だ。

 喋り方が少しぐらい下手でも、本が面白ければ勝つこともあるのがビブリオバトル。
 逆に、プレゼンだけは上手くても、「明らかにこいつ、この本が好きじゃないな」と分かるようなのはダメなんだよ。


>「ならバトルである必要ないでしょ?」
>「本を紹介するのに、それが適した手法だからだ──これが単に、本の内容を発表して、それを聞くだけの会だったらどうだ? みんな、あんなに集まるか?」
> 想像してみました。確かにそんな退屈そうな会、参加したいと思う人は少ないでしょう。
>「“バトル”と名がつくから、普段は本に興味のない者も、期待して集まってくる。最後に投票しなくちゃいけないから、聴講参加者は身を入れて発表を聞く。発表参加者は自分の推薦する本をいかにアピールすればいいかと工夫する。だからどっちも真剣になる。最終的にチャンプ本が決まるが、それは結果にすぎない。本に関する情報を交換する。面白い本を互いに薦め合い、発見し合う――それがビブリオバトルの目的だ。

『翼を持つ少女』の中で僕はこう書いたんだけど、もしかしたら『翼を持つ少女』を読んでない教師が多いのかもね。
 というわけで、全国の教職員のみなさん、ビブリオバトルをはじめる前に、まず『BISビブリオバトル部』を読みましょう(笑)。Bibliobattle of the Year2016優秀賞ですよ!
  

2016年06月18日

ドラマ『重版出来!』最終回

火曜ドラマ 重版出来!
http://www.tbs.co.jp/juhan-shuttai/

 最近、めっきり地上波でドラマなんて観なくなってたんだけど、この番組だけは例外。毎週、欠かさず観てたし、録画もしてた。
 マンガと小説、ジャンルこそ違うけど、身につまされることが多かったから。

 人気出なくて打ち切り食らったこともあったし。
 いくら新作の企画を提出しても通らないこととか。
 後から出てきた新人にすごい勢いで追い抜かれていったことも何度もある。
 かと思えば、書店さんにプッシュしていただいて、サイン会開かせていただいたことも。
 だから登場人物たちの想いが痛いほど理解できる。

 世の中には「視聴率が裏番組に負けてた」とか言ってけなす奴がいるみたいだけど、そんなこと言ったら『宇宙戦艦ヤマト』だって裏の『ハイジ』に負けて打ち切られたんだし、『カリオストロの城』だって劇場公開時の成績はさんざんだったんだから。
 視聴率や観客動員数なんて、作品の良し悪しを計る指標にはならないんだよ。

 特に先日放送された最終話は、リアルタイムで視聴して、おおいに感動した。

#重版出来 最終回は三蔵山先生が魂の演説!エキストラ参加した漫画家も多数の大盛況【画像】
http://togetter.com/li/987572

 実は裏で努力していた五百旗頭さんのかっこ良さとか、中田伯のサイン会にアユちゃんが来るところとか、マンガ家になる夢を捨てて実家に帰った沼田が、三蔵山先生の受賞記念パーティに酒を搬入してくるところとかも良かったんだけど、やっぱり最高に盛り上がったのは三蔵山先生の受賞記念スピーチ!
 かっこ良すぎるよ、先生!
 第一話で「オワコン」と呼ばれ、落ちこんで引退も考えていた状態からの復活&再スタート宣言。熱い! 熱すぎる!
 観ながらぼろぼろ泣いちゃったよ、こんちくしょう!

 もちろんね、ドラマは現実じゃないことは分かってるんだよ。
 中田みたいに初連載でいきなり人気が爆発するなんてことは、現実になかなかない。
 三蔵山先生みたいに賞をもらえるマンガ家なんて、マンガ家全体のごくごく一部だよ。
 でも、現実にまったくないわけではない。
 夢みたいな話だけど、夢じゃない。ぎりぎり現実にある話。その微妙なバランス感覚、リアリティが見事なんである。

 特に中田の成功は、単に天性の才能ゆえじゃなく、連載を勝ち取るまでの、三蔵山先生の下でのアシスタント経験とか、心とのネームのやり取りの積み重ねとか、地味な部分がちゃんと描かれていたからこそ説得力がある。
 才能さえあれば人気が出るわけじゃないし、ベテランでも気を抜けば凋落してゆく。そんなシビアな世界。
 小説もマンガもね。

 だからこそ三蔵山先生のあの最後の大演説に心打たれちゃうんである。ああ、僕もがんばらなくちゃいけないなと。

 作家を続けてゆく勇気をもらいました。ありがとう。
  


Posted by 山本弘 at 19:27Comments(5)マンガテレビ番組

2016年06月18日

『幻解!超常ファイル』裏話

幻解!超常ファイル17「超能力捜査の謎&究極UFO解析バトル」
http://www4.nhk.or.jp/darkside/5/

 9日に放送したこの番組の裏側を少し。
 スタッフが仕事場に来られて、僕の出演シーンを撮影したのは5月23日なんですが、実は本編収録前、4月にスタッフの方と東京でお会いして、打ち合わせをやってます。
 向こうは僕の『超能力番組を10倍楽しむ本』を読んでおられて、あの本の内容をベースに番組を作れないかという話でした。
 ただ問題は、さすがに『FBI超能力捜査官』や『TVのチカラ』といった民放の番組名を具体的に出すことができないということ。
 どうやって番組名を出すことなく嘘を暴けるのか……と悩んだあげくに僕が提案したのが、『超能力番組を10倍楽しむ本』の中でやった実験──ある場所で選んだ10個のターゲットを、別の場所で探してみるというのを、番組内でやってみたら、というもの。
 いちおうあの実験は実際に自分でやってみたんだけど、はたして他の人が再現してうまくいくかどうかは自信がなかったんですよね。でも、スタッフがやってみたら、かなり劇的な結果になったと分かってひと安心。

 なぜ、あの手の番組の中では、デタラメな透視の結果を元にして行方不明者が見つかるのか?
 収録の際には、「あの手の番組内で見つかる行方不明者の多くは、仮名で、顔にもモザイクがかかっているから、はたして実在の人物なのか分からない」という話もしたんですが、そこはカットされました。
 収録前に、「他局の番組がインチキをやっていると番組内で断言するのはまずいんじゃないか」という話がNHKの局内で出ているという話は聞いてたんで、まあカットされるのは予想の範囲内でしたが。

 実際、『TVのチカラ』の中では、探偵の調査や一般からの情報によって行方不明者が見つかった例はあるけど、超能力者の透視が役立ったことは一度もない。
『FBI超能力捜査官』の場合、たとえば2007年の『FBI超能力捜査官 第12弾』で、「麒麟」の田村裕の行方不明の父親を見つけているけど、これもかなりのインチキ。
 マクモニーグルが透視した、田村の父親の居場所は、

・大阪のなんば駅の近く。
・近くに丸いビルと地下街がある。
・ピーチカラーの建物の3階。

 でも、実際に田村の父親が住んでいたのは、

・なんば駅から10km以上離れており
・近くに丸いビルも地下街もなく
・古い木造アパートの2階

 つまりマクモニーグルの透視は見事にはずれていたんだけど、番組中では、あたかも透視によって見つかったように編集されていたんですな。
 さらにスタッフは、ベージュ色の建物を、画面上で色を変えて「ピーチカラー」に見せかけただけではなく、「ピーチ色の建物ってあれじゃないですか?」「ああーっ! あれかねー」というわざとらしい芝居までやってみせていました。

 なお、田村の父親発見の回について詳しく知りたい方は、『と学会年鑑BROWN』を参照してください。
https://www.amazon.co.jp/dp/4903063283


『幻解!超常ファイル』では、具体的に『FBI超能力捜査官』という番組名こそ出さなかったものの、『USO超能力捜査ファイル』という架空の超常番組を再現。その映像が見事に『FBI超能力捜査官』そのまんま!
 ナレーターの声や喋り方まで似せてるうえに、「あれじゃないですか、あれ?」「あれか」「クリーム色」というわざとらしい会話(これ、明らかに田村の父親の回のパロディだ!)、最後にモザイクのかかった依頼者が父親に手紙を書くところまで完璧!
 いやー、『幻解!超常ファイル』のスタッフの凝りように感心しましたわ。

 後半はUFO映像の話。
 あのロシアのUFO、僕は藤木文彦さんの分析で終わっちゃってると思うんですけどね。藤木さんの指摘の通り、目撃者が指している方向がUFOと一致していないのがおかしいし、撮影者が言っているように手持ちの携帯電話で撮影していたなら、移動するUFOを追ってパンしないって変。
  


2016年06月06日

カクヨムに投稿をはじめました

 小説投稿サイト「カクヨム」に投稿をはじめました。

https://kakuyomu.jp/users/hirorin015/works

 以前から自分の小説の知名度の低さが気になってたんですよね。これまでに出したどの小説も、読んだ人はたいてい面白いと言ってくださるんですが、そもそも手に取ってもらえないのが問題。そこで、ちょっとした話題作りを考えました。
 書いたもののボツになった原稿、ずいぶん前に雑誌に載ったまま単行本に収録されていない原稿、同人誌で書いた原稿などを、これから仕事の合間にいろいろアップしていこうと思ってます。
 気が向けば新作なども。

 すでに多くの方に読んでいただき、高い評価をいただいています。反応がダイレクトに返ってくるのが、投稿サイトの醍醐味ですね。

 個人的にいちばん悩んでるのは、なんといっても〈地球最強姉妹キャンディ〉! この知名度の低さは何なんだと(笑)。今、第3作『宇宙人の宝を探せ!』を書いてて、前の2作には文庫化の話もあるんですが、このまま出版しても話題になりそうにない。 そこで、ちょっとでも多くの人に知っていただこうと、番外編の原稿を載せることにしました。
 第3作の原稿もここで発表しちゃおうかと思ってます。 児童小説を連載させてくれる媒体がないので。
 

  


Posted by 山本弘 at 17:57Comments(10)SFPR作家の日常

2016年06月06日

また『幻解!超常ファイル』に出ます。

 BSプレミアム6月9日(木)放送です。
--------------------------------------------
http://www4.nhk.or.jp/darkside/
午後9時00分~ 午後10時00分
幻解!超常ファイル17「超能力捜査の謎&究極UFO解析バトル」
アメリカ直撃取材!未解決事件を解き明かす超能力捜査はホンモノか?全米の警察が証言した衝撃の実態とは?▽究極の映像分析バトル!未解明UFOにプロ解析チームが挑む!

“光と闇”の栗山千明が超常現象の謎に迫る、シリーズ最新作!▽「ターゲットはここにいる!」未解決事件の犯人や行方不明者を“遠隔透視”で探る超能力捜査。本場アメリカを緊急取材!超能力者は本当に事件を解決しているのか?刑事たちの衝撃証言で意外なからくりが明らかに!▽これは隠しておきたかった!番組スタッフが解明できなかったUFO映像に、究極解析チームが挑む!ホンモノかニセモノか?前代未聞の映像分析バトル!

-----------------------------------------------
 今回、僕が出演するのは前半の「超能力捜査の謎」。
 テレビの超能力捜査番組がなぜ的中しているように見えるのかを検証するというものなんですが、スタッフの方は僕の著書『超能力番組を10倍楽しむ本』を参考にされていました。

 東京に行った時に、事前に打ち合わせしました。資料も提供したんですが、さすがに民放の番組名は具体的に出せないので、どう取り扱えばいいかと悩んでおられた様子。そこで僕が「こういう実験をやってみたら」と提案したところ、それが受け入れられて、やっていただけました。
 どんな実験かは観てのお楽しみに。正直、うまくいくかどうかあまり自信なかったんですが、結果はかなり劇的なものになりましたよ。