2014年07月11日

多重カギカッコや擬音をめぐる話

 あっ、僕も書こうと思ってたら、友野に先越されちゃった。

多重カギ括弧は20年以上前から存在していた~友野詳氏の回想録~
http://togetter.com/li/687745

 きっかけはこういうのだった。

ラノベでカギ括弧を重ねて使うのはズルなのか技法なのか
http://togetter.com/li/686586

 あのー、僕使ってますけど、何か?


 亜季は蓮也の方を振り返った。
「もしかして、蓮也くんも?」
「うん……」
「隙間に入れるの?」
「「「「「入れない!」」」」」
 環夜以外の五人がいっせいにツッコんだ。
――『妖魔夜行 闇への第一歩』

 この手法、複数の人間が同時に同じ言葉を発するのを表現するのに便利なので、僕もたまに使うことがある。
 友野詳によると、誰が発明したのかは分からないけど、〈コクーンワールド〉の頃から使っているという。もう20年以上前だ。

 他にも僕が主にライトノベルから借用した手法はいくつもある。
 たとえば、会話の途中で、「?」とか「!」とか「…………」とか、台詞を書かずに疑問符のみ、感嘆符のみ、あるいは三点リーダのみを書く手法。これ、非ラノベでも使うけど、やっぱりラノベでよく使われる印象がある。 ただ、どれぐらい前からあるのかは、僕もよく分からない。
 たとえば、いちいち“彼は息を呑んだ”とか書くより、「!」と書くだけで、息を呑んだことが的確に表現できる。また、そのキャラが言葉は発していないけど疑問を感じているのが表情に出ている、という場合は「?」。あるいは会話の途中でちょっとだけ沈黙した場合とかは「…………」が有効。


「うん。実は最初からずっともやもやしてるところがあるんだ。それも二箇所」
「二箇所?」
「ひとつは『七地蔵島殺人事件』というタイトルそのもの」
「?」
――『僕の光輝く世界』

「だって……だって……」
 亜季は顔をくしゃくしゃにして言った。
「あたし……友達、一人もいなかったんだもん!」
「…………」
――『妖魔夜行 闇への第一歩』

 他にも、これもたぶんラノベ起源じゃないかと思うんだけど(間違ってたらごめん)、場面転換でもないのに、ある行の前後を一行開けるという手法もある。

「待って! 行かないで! 帰らないで! お願い!」
 そう絶叫すると、彼女はふらふらと廊下に膝をつき、手をついた。額を床にこすりつけるようにして土下座し、心の中の想いを衝動的に絞り出す。

「あ、あたしとセックスしてください!!」

(うわーっ、何言ってんだ、あたしーっ!?)
 亜季は自分で自分の言葉に愕然となった。
――『妖魔夜行 闇への第一歩』

 この場合、「あ、あたしとセックスしてください!!」を目立たせたくて、前後を空白にしているわけである。
 ちなみに、僕がこれを最初に使ったのは、『詩羽のいる街』だった。第一話の語り手、陽生の台詞。


「あの……気になってたんだけど……」
「何?」
 僕はためらった。あまりにも常識はずれな考えだったからだ。だが、これまでの彼女の行動からすると、そう思えてならない。だから思いきって質問した。

「もしかして詩羽さん、お金持ってないの?」

「そうよ」彼女はあっさり認めた。「ようやく気がついた?」
「財布を忘れてきたとか、そういうんじゃなく?」
「うん。持ってない。ここ六年ばかり、紙幣にも硬貨にもまったく触ったことがない」
――『詩羽のいる街』

 これは「お金持ってないの?」をどうしても目立たせたくてやった。目立たせるなら、字をゴシック体にするとか傍点振るとかいう手法もあるんじゃないかと思われるかもしれないが、それをやると、その言葉が「強い」感じがしてしまう。話者が強い口調で言っているかのような印象になるのだ。
 ここは「もしかして詩羽さん、お金持ってないの?」という言葉が、さりげなく発せられたことを表現したかった。でも、読者に対しては目立たせたい。そこで迷った末、前後を一行空けることにした。
 そう決心したものの、かなり心理的抵抗があった。僕は古いタイプの作家なので、「一行空けるのは場面転換や時間経過を表現する場合か、手紙などの文面を挿入する場合」「必要もなしに改行して行数を稼ぐのはアンフェア」という固定観念から、なかなか脱却できなかったのだ。
 しかし、実際にやってみると、ここはこの手法を使ってやはり正解だったと思える。

 あと、そこだけ活字を大きくするという手法もある。ただ、これはギャグになっちゃうんで、あまりシリアスな作品では使いたくない。先の「あ、あたしとセックスしてください!!」も、笑える台詞ではあるんだけど、作品全体としてギャグではないので、迷った末、字を大きくするのは避けた。
 逆に、ギャグであれば字を大きくするのも厭わない。『ギャラクシー・トリッパー美葉』や『地球最強姉妹キャンディ』では何度も使ったな。
 ちなみに、活字を大きくすることを最初に思いついたのも誰かは不明だけど、僕が最初に見たのは1970年代、横田順彌さんの小説だったと思う。原稿枚数を稼ごうとして、登場人物が台詞を勝手に変なところで改行したり、字をどんどん大きくしてゆくという、メタなギャグが秀逸だった。

 擬音の多用というも、しばしば槍玉に挙げられる話題である。
 僕も戦闘シーンで擬音を多用したことがある。


 ピン、ポロロロン。ポロロン、ロン。
 突然、戦場にはまったく場ちがいな、のどかな音楽がひびいた。知絵はそれが携帯電話の着メロだと気がついた。頭がぼうっとしていたのだろう、思わず携帯電話を開き、受信ボタンを押してしまっていた。
「はい、竜崎です――ああ、ママ」
『元気にしてる?』七絵さんの声がした『あのね、今日はクフ王のピラミッドを見物したのよ。それから近くの町でショッピングしたんだけど、とってもいいじゅうたんを見つけちゃって』
 バリバリバリ!
 バンバン!
『あらあら、なんだかうるさいわねえ』
「え、ええ。夕姫がテレビでアクション映画見てるの」知絵はどうにか、平静をよそおった声を出せた。「夕姫ー、ちょっとボリューム小さくしてー」
 バリバリ!
 バリバリバリ!
 バンバンバン!
「ごめんなさい、聞こえてないみたい」
『あらまあ。そう言えば夕姫ちゃん、そういう映画が好きだったわねえ』
「ええそう。もう夢中になっちゃって……」
 バン! バン!
 バリバリバリバリ!
『でも、あんまり銃で殺し合いするような映画、こどもが見ちゃいけないわよ。教育上、良くありませんからね』
「ええ、気をつけるわ」

――『C&Y地球最強姉妹キャンディ 夏休みは戦争へ行こう』

 本物の戦場のど真ん中に、お母さんから電話がかかってくる。周囲では銃声がひっきりなしにしてるけど、そんなことを知らない電話の向こうのお母さんは、映画の効果音だと思いこむ……とまあ、そういうギャグなわけ。
 これは擬音を多用しなくちゃどうしようもない。つーか、読み直してみると、もっとたくさん使ったほうが良かったんじゃないかと思うぐらい。
『キャンディ』は子供向けであることを意識して、擬音も他の小説よりは多めに使ってる。これも場合によりけりで、普通の小説の、それもシリアスな戦闘シーンで、擬音を濫用しちゃいかんと思う。ちゃんと描写しなくちゃいけない。
 いや、いるんだよ。戦闘シーンを「バリバリバリ」とか「ギュンギュンギュン」とかだけで済ませちゃう人が。
 それは効果じゃなく、単なる手抜きだからね?

 あっ、もうひとつ気がついた。この「手抜きだからね?」というの。
 普通、疑問符って、発声者が何か疑問を抱いているシーンにしかつけちゃいけないことになってる。「何?」とか「まさか、そんなことが……?」とか。
 ところが最近の小説、特にラノベだと、疑問文じゃない文章にも疑問符をつけることがよくある。特に相手に確認を求めてる場合。だから僕も、気がついたらよく使ってる。


 亜紀子は一騎に顔を近づけ、にこやかな笑みで言った。
「獣姦はだめだぞ?」
――『MM9 ―invasion―』

 思い出してみると、最初にこういう使い方があるのを意識したのはマンガだ。新井理恵の『X ―ペケ―』で、よく疑問文じゃない台詞に疑問符がついてたよ。
 考えてみれば、そもそも日本語に感嘆符も疑問符もない。たぶん明治時代あたりの誰かが、便利だから使いはじめて、それが定着したんだろう。

最近のラノベってこんなに酷いのな……
http://sonicch.com/archives/28672619.html

 これ、実は釣りである。最初に出てくるのは、「最近のラノベ」ではなく、アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』(1956)の一シーン。つまり60年近くも前に使われた手法なのである。 これを「最近のラノベ」と思いこんでバカにする奴をバカにするというものなのだ。
 2番目の画像は、野﨑まど『独創短編シリーズ 野﨑まど劇場』(電撃文庫)に収録された作品。こういう実験的手法を駆使したギャグ作品集である。これはおおいに笑った。
 こういうタイポグラフィック・ノベルという形式も、昔からある。夢枕獏さんもデビュー当時、『カエルの死』というタイポグラフィ作品集を出していた。
 こういうの。

http://gold-fish-press.com/archives/4972

 もちろん筒井康隆氏の「上下左右」や「デマ」なども忘れてはなるまい。

 あと、僕らの世代で言うと、新井素子さんのデビュー作、『奇想天外』新人賞佳作の「あたしの中の……」(1977)に衝撃を受けた。若い女の子の会話体の一人称。先例がなかったわけではないけど(ご本人は小林信彦『オヨヨ島の冒険』の影響と言っておられる)、SFで見たのは初めてだ。「高校生の女の子がこんな文体でSF書いてる!」というのがショックだったんである。
 もちろん当時、古いSFファンの中には、あの文体に反発していた人もいた。たぶん他の新人賞で、頭の固い審査員だったら落とされてただろう。 新井さんを推したのは、『奇想天外』新人賞の審査員の一人、星新一氏である。まさに慧眼であろう。
 で、当時としては斬新だった「新井素子風文体」だけど、今はもう当たり前。いろんな人が使ってる。神坂一さんの『スレイヤーズ!』がそうだし、僕の『ギャラクシー・トリッパー美葉』もそう。

 もうひとつ、新井さんの作品で印象深いのは、長編『絶句……』(1983)。
 主人公である小説家・新井素子の一人称で書かれたSFなんだけど、途中で作者・新井素子が出てきて(ややこしいな)断りを入れるくだりがある。ここでどうしても三人称のシーンを入れなくてはいけないので、許してほしいと。
 同じ小説の中での一人称と三人称の混在というのは、当時としてはタブーで、決してやってはいけないこととされていた。しかし新井さんはそのタブーに挑戦したわけである。
 これもね、今はもうライトノベルで、みんなごく当たり前に使ってるんだよね。『生徒会の一存』とか『異能バトルは日常系の中で』とか。
 もしかしたら、今のライトノベルの読者が『絶句……』を読んだら、なぜ作者がわざわざ断りを入れるのか分からないのではないだろうか。

 要するに、小説家は昔からいろんな手法を開発したり、タブーを破ったりしてきたわけである。
 その中から、便利だとか優れているとか判断された手法が、他の作家に採用され、小説界に広まって、新たな「正しい日本語」となってゆく。
 だから、どこかの作家が何かタブー破りをやった場合、それがいいと思えばまねすればいいし、そう思わなければまねしなければいい。それだけのこと。

 あと、冒頭の鏡裕之氏の主張だけど、僕は全面否定しようとは思わない。小説を書きはじめたばかりのアマチュアで、まだ自分の文体が完成していない人に対しては、「多重カギ括弧のような手法を使うな」と言うのは正しいと思う。
 だって、筒井康隆さんも夢枕獏さんも横田順彌さんも、ちゃんと普通の文章が書けるうえで、ああいう実験的手法を使ってるんだもの。
 ピカソだって、最初からあんな絵を描いてたわけじゃない。初期の頃は「青の時代」とか「ばら色の時代」とか、普通の絵を描いていた。それに飽き足らなくなって実験的手法を開発したわけである。まともに絵が描けない人間がピカソのまねをしても、単にデタラメな絵になるだけだろう。
 小説も同じ。まだまともな文章も書けないのに、擬音を多用したり、「!」や「?」や「…………」を濫用したり、あるいは一人称と三人称を混在させたら、ひどい代物になる。実例はネット上に多数(笑)。
 ちゃんとした小説の文章が書けるようになるまで、こうした手法の使用は控えるべきだ。初心者のうちから安易にそういう手法に逃げたら、文章力が育たない。
  

Posted by 山本弘 at 18:57Comments(0)作家の日常

2014年07月11日

迷探偵が多すぎる

 6月27日の産経新聞を読んでたら「松本サリン事件から20年」という記事が載っていた。そうか、もう20年も前になるんだ。
 当時、犯人の疑いをかけられた河野義行氏の家には、嫌がらせの電話がひっきりなしにかかってきたという。

 あの事件で、僕はいまだに忘れられないことがある。
 ある晩遅く(確か12時ぐらいだった)、知り合いのX氏(イニシャル書いちゃうと誰だか特定されるので、あえてXにする)から電話がかかってきた。科学に詳しいという定評のある人物である。

「あの会社員(河野氏)が犯人です。間違いありません」

 何でも、河野氏が所有していたという薬品(当時、マスコミで報道されていた)を調べてみたら、それらを原料にサリンが作れることを発見したというのだ。それで河野氏が犯人に違いないと確信したのだそうだ。

「彼を釈放しちゃいけません。自由になったら、きっとまたやります」

 そう力説するX氏。
 いや、でも、仮にそれが事実だとして、僕にどうしろと?
 X氏は、河野氏が面白半分に毒ガスを作る異常性格者だと思っていたようだ。うーん、でも、そんなことを真夜中に僕に電話で長時間、力説するのも、決して常識的な行為とは言えないと思うのだが?
 きっと、薬品からサリンが作れることを発見して、舞い上がったちゃったんだろうなあ。真夜中にもかかわらず、誰かに伝えたくてたまらなくなったのだろう。さすがにパソコン通信の会議室とかに書きこむのはまずいから、オフレコで僕に話したということか。
 ちなみに、河野氏が所有していた農薬からはサリンは作れないとされており、「サリンができる」というのはX氏の勘違いであった可能性が高い。

 翌年、地下鉄サリン事件が起きて、松本サリン事件もオウム真理教のしわざだったことが判明した。河野氏は無実だったのだ。
 その後、某所で会った時に、X氏は僕が「オウムに狙われるかもしれない」と言い出した。当時、僕はオウムを批判する発言をしていたので、彼らの暗殺リストに載っていてもおかしくない、襲撃を警戒して自宅のセキュリティを強化すべきだ、と言うのだ。
 そんな大げさな、と笑い飛ばしたら、X氏は怒り出した。「私が真剣にあなたのことを心配してるというのに分からないのか!?」と。
 もちろん、僕が笑ったのは、1年前のX氏の推理が大ハズレだったことを思い出していたからなのだが。

 さて、松本サリン事件について検索していたら、何と西岡昌紀氏のブログがヒットした。1995年、「ナチ『ガス室』はなかった」という記事を書いて、『マルコ・ポーロ』廃刊のきっかけを作った人だ。当時、僕も『宝島30』誌上で、西岡氏の記事の間違い(信じられないような資料の誤読や、科学的間違いが何箇所もあった)を指摘したことがある。おかげで何年も、ネット上で西岡氏にからまれ続けた(笑)。
 その西岡氏によると、当時、朝日新聞のQという記者がこんなことを言っていたというのだ。

http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/7359880.html
>「松本と言ふ所は、日本海に近いでしょう。だから、日本海側から日本に侵入した北朝鮮の工作員が、先ずは潜伏する場所として、格好の町なんです。だから、北朝鮮の工作員が多いんです。それで、松本でもローラー作戦が有ったんです。私が思ふには、そのローラー作戦が行なはれた際に、松本に居る北朝鮮の工作員が、隠して居たサリンを処分したんだと思ひます。サリンは、加水分解するんです。だから、水と反応させるのが、一番いい処分の方法なんです。多分、それで、あの池にサリンを捨てたんですね。ところが、量が多すぎて、処分しきれず、あんな事件に成ってしまったんだと思ひます。」

 松本のどこが「日本海に近い」ねん!? 長野県のどまん中やろが! 日本地図見て喋れよ!
 さすがに新聞記者が日本の地理を知らないとは信じがたい。もちろん、たとえそんなことを言ったとしても、オフレコだろうから証拠なんか残っていまい。僕としては、西岡氏の記憶違いじゃないのかという気がひしひしとする。
 それに対する西岡氏の感想はというと、

>しかし、数年後、ふと、こんな考えが頭に浮かびました。

>「もし、オウム真理教が、北朝鮮と連携して居たとしたら、Qさんの言った事は、あながち外れて居なかったのではないか?・・・」

 いや、はずれてますから完璧に! どうしようもないぐらいに! 

 松本サリン事件については、マスコミの誤報ばかりが糾弾されている。しかし、河野さんの蒙った精神的被害の責任は、マスコミにだけあるのではないことも忘れてはいけない。当時、巷でも、自分の迷推理を披露する者は大勢いたのだ。
 そして、こうしたことは今でも起きている。いや、ネットが普及した分、誰かの思いついた迷推理が拡散するのも早い。

「“みんなが“結婚した方がいいんじゃないか」は空耳だったようです
http://togetter.com/li/683904

 塩村文夏都議へのヤジ問題。「自分が早く結婚したほうがいいんじゃないか」というのは間違いで、本当は「みんなが結婚したほうがいいんじゃないか」と言っていたんだよ! という説が2ちゃんねるに載り、それを保守速報が取り上げたことで拡散。「NHKによる捏造だ!」と盛り上がる。
 さらには「みんなが」というのは「みんなの党が」という意味だという超絶解釈まで登場。
 その後、ヤジを飛ばした鈴木章浩議員自身が「早く結婚したほうがいいんじゃないか」と言ったことを認めた。「みんなが」は空耳だったのだ。
 にもかかわらず、なおも「みんなが」説に固執する者が何人もいる。
 やっぱり、「真実」に気づいてしまった者は、舞い上がってしまうものらしい。その「真実」が本当に真実かどうか確認しようとせず、拡散したくなってしまうんだろう。

 当たり前の話だけど、現実世界には名探偵なんていない。
 ミステリの世界みたいに、複雑なトリックを駆使する犯罪者がいないってこともあるけど、やっぱりホームズみたいに聡明な人間はめったにいないってことなんだろう。
 で、本当に聡明な人間は、たいした根拠もなしに自分の推理を「これが真実だ!」と拡散したりはしない。実験や調査や統計で確かめられた事実しか述べないか、あるいは推理を披露する時でも、「間違っているかもしれないけど」と、慎重に提示する。
 つまりネット上で、「これが真実だ!」と自信たっぷりに言っている連中の大半は、名探偵じゃなく迷探偵なのだ。ミステリでは、とんちんかんな推理を述べて、捜査を混乱させる役割である。

 特に迷探偵が多く湧くのは陰謀論である。
 911陰謀説、アポロ陰謀説、神州7号陰謀説、「イルミナティ・カード」陰謀説、「ちきゅう」陰謀説……どれもそうだ。根本的に探偵に向かない人間が、まったく非論理的な推理を展開している。

 たとえば911陰謀説。陰謀論者によれば、ペンタゴンに突入したのはアメリカン航空77便のボーイング757型機ではなく巡航ミサイルなのだという。本物のアメリカン航空77便はどこかの飛行場にこっそり下ろされ、乗員乗客は殺害されて、死体をばらばらにされて焼かれ、それがペンタゴンに持ちこまれてばらまかれたのだという。

 何でやねん!

 ボーイング757型機やなくて巡航ミサイルが飛んできたんやったら、大勢の人間に目撃されてしまうやろ!?
 どこかの飛行場にこっそり下ろすなんてできひんやろ!? ボーイング757みたいな大きな旅客機が降りられる飛行場がいくつあるの? そこに墜落したはずの旅客機が着陸したら、大勢の人が目撃してしまうやろ?
 誰が乗員乗客を殺害したの? 「無辜の一般市民を殺害してばらばらにしろ」なんて命令を出されて、はいそうですかと全員が忠実に従うの?
 大勢の消防隊員や救急隊員が駆けつけてきてる現場で、こっそりバラバラ死体をばらまくなんてどうやってできるの?
 そんなことするぐらいやったら、素直に旅客機ぶつけた方が早くない?
 巡航ミサイルを使う理由、どこにもないよね?
 いや、そもそもアメリカ政府の自作自演の陰謀やとしたら、ペンタゴンを攻撃する理由ないよね? ニューヨークでテロ起こしたら十分なんとちゃうの?

 実際、ペンタゴンへの突入の瞬間を目撃した人は何十人もいるが、巡航ミサイルだったと言っている人間は一人もいない。たとえば目撃者の一人、USA Todayのマイク・ウォルターはこう証言している。

「窓の外を見ると飛行機が見えた、それはジェット機だった、アメリカン航空のジェットがやってくる。そして「何かがおかしい。すごい低空飛行だ」と思った。そして私は見た。まるで翼のついた巡航ミサイルのようだった。まっすぐ飛んで行ってペンタゴンに突入した」

 陰謀論者はウォルターの証言の中から「まるで翼のついた巡航ミサイルのようだった」という比喩表現を切り取って、ミサイルだった証拠だとしているのだ。
 だいたい常識で考えれば分かる。ペンタゴンの周囲には道路もあるし街もある。事件が起きたのは午前9時38分。車で偶然、通りかかる人も多いはずだ。突入の瞬間は大勢の人が目撃するに決まっている。一人でも「あれは巡航ミサイルだった」と証言したら、陰謀は瓦解するのである。
 そんなアホなこと、誰がやるか。

 他の陰謀論も同じである。
 たとえば「イルミナティ・カード」陰謀説。いったいどこの陰謀組織が、自分たちの計画している陰謀をあらかじめゲームにして発売するというのか? そんなことをする動機がないだろう。
 僕の知る限り、「イルミナティ・カード」陰謀説を唱えている者の中に、スティーヴ・ジャクスン・ゲームズについての正しい知識を持っている者は一人もいない。
「ちきゅう」陰謀説神州7号陰謀説もそう。初歩的な知識もない人間が迷推理を得意げに披露している。

 なぜ迷探偵がこんなにも多いのか?
 決まっている。名探偵気分を味わえるのが楽しいからだ。
 推理する事件は、大きければ大きいほどいい。特に911同時多発テロとか東日本大震災のような大きな事件なら、「俺は今まさに国際的な大陰謀を暴いている!」という高揚感を味わえる。自分が天才になったと思いこめる。 あいにくとそれは、まったく話にならない迷推理なのだが。
 そして彼らは、自分の迷推理が誰かに対する誹謗中傷であり、その人に迷惑をかけて苦しめるかもしれないとは想像もしない。

 中には迷推理すらせず、何の証拠なしに「犯人は○○だ!」と決めつける奴もいる。迷探偵ですらない奴をどう呼べばいいのか、僕には分からない。
  
タグ :デマ

Posted by 山本弘 at 18:28Comments(0)メディアリテラシー

2014年06月20日

陰謀論はメディアリテラシーと正反対

 これは有名な問題なので、ご存知の方も多いと思う。知らない方はぜひチャレンジしていただきたい。
 ここに4枚のカードがある。そのどれも、一方の面にアルファベットが、もう一方の面に数字が印刷されている。

  A  K  4  5

 さて、「母音のカードの裏は必ず偶数である」というルールがあるとする。そのルールが正しいかどうか確認するには、どのカードをめくってみればよいだろうか。なお、めくる枚数はなるべく少ない方がいい。


 先日、メディアリテラシーの欠如の例を二つほど目にした。

原子力規制委員会、報告書内の「ストロンチウム」に当て字を使い検索されないように工作した疑い
http://hamusoku.com/archives/8406764.html
【悲報】電力と原子力の「力」をカタカナの「カ」にして内部文書を検索回避
http://togetter.com/li/677945
「"原子力(りょく)"ではなく"原子カ(か)"で検索すると出てくるpdf資料が「検索避けの隠蔽工作か!?」と一部で話題。
http://togetter.com/li/677948

 原子力規制委員会の報告書の中に、「原子カ(げんしか)」とか「ス卜口ンチウム(すぼくちんちうむ)」という言葉が使われていた。これは検索よけの工作で、都合が悪い資料を隠蔽しようとしているのだ……と、一部の反原発がツイッターで騒ぎ立てたのである。

>原子力 で検索すると普通。
>原子カ(←カタカナのカ)
>で検索すると、専門的なPDFの資料がどっちゃり出てくるよ。

 僕はすぐに読んでみたのだが、べつに隠蔽が必要な文書なんかじゃない。だいたい、隠蔽したいのなら、そもそもネットに上げないんじゃないか?

http://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/tokutei_kanshi_wg/data/0010_06.pdf

 さらに僕は、念のために調べてみた。原子力と関係のない言葉で検索をかけてみたのだ。
「努カ(どか)」「カ士(かし)」「口ボット(くちぼっと)」「口ーン(くちーん)」「アー卜(あーぼく)」「ファース卜(ふぁーすぼく)」「卜イレ(ぼくいれ)」……そうしたら、出るわ出るわ、山のようにヒットした。
 他にも、「エ場(えば)」や「エ学(えがく)」もずいぶんヒットする。
 印刷された文書をOCRで取りこむ際、間違って「力(ちから)」が「カ(か)」、「ロ(ろ)」が「口(くち)」などと読まれてしまうことが多いらしい。また、元がPDF文書の場合、googleはそれを画像として取り入れたうえでOCRで読み取っているという。だからPDF文書に「原子力(げんしりょく)」という単語があると、googleはそれを「原子カ(げんしか)」と読んでしまうことがあるらしいのだ。

 リンク先でも指摘している人がいるけど、これは最初に出した「ウェイソンの4枚カード」の問題と同じである。
 正解は「A」と「5」なのだが、多くの人は間違って「A」と「4」と答える。
 ここで検証するルールは「母音のカードの裏は必ず偶数である」というもので、子音のカードの裏については何も述べられていない。「4」をめくってそれが子音であっても、ルールが破れていることにならない。もちろん母音であっても同じ。つまり「4」をめくることに意味はない。
 一方、「5」の裏が母音であれば、「母音のカードの裏は必ず偶数である」というルールは破れていることになる。つまりルールが守られているか検証するには、奇数である「5」を確認することが不可欠なのだ。
 人は何かの説を検証する際、その説が正しい証拠を探す傾向がある。実際には、間違っている証拠も探さなくてはならないのに。
「原子カ(げんしか)」とか「ス卜口ンチウム(すぼくちんちうむ)」で検索して「陰謀だ!」と騒いでいた人も同じ。陰謀説を補強する証拠ばかり探して、反証を探そうとはしなかったんである。

 他にも、こんな例がある。

水俣病:語り部の会会長宅に中傷電話「いつまで騒ぐのか」
http://mainichi.jp/select/news/20140610k0000m040018000c.html

 水俣病資料館「語り部の会」の会長の家に「そんなに金がほしいのか」などと中傷する電話がかかってきたというニュース。mixiではこれに対して陰謀論を唱えている人がいた。

>変態毎日新聞の自演工作か?差別と言う名の印象操作で馬鹿チョン保護キャンペーン臭プンプンするわ、もう証拠や証明出来ないようなこの手の記事は信用出来んわ、バカヒ新聞もな

 僕はすぐにこの「水俣病 中傷電話」で検索をかけてみた。そうしたら、毎日新聞だけでなく、熊本日日新聞、西日本新聞も報じていることが分かった。

http://kumanichi.com/news/local/main/20140610002.xhtml
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/kumamoto/article/93514

 このうち西日本新聞の発信は「2014年06月08日(最終更新 2014年06月08日 03時00分)」、毎日新聞は「6月09日 18時51分」となっている。どう見ても西日本新聞の方が早い。しかも毎日新聞の記事より詳しい。毎日新聞陰謀説は成り立たない。
 ネットを見ていると、こういう安直な陰謀説を唱えているそそっかしい奴をよく見かける。朝日新聞や毎日新聞のニュースを見ると、何の根拠もなしに「捏造だ」「信用できん」と決めつけるのだ。ちょっとググってみるだけで、他の新聞も報じていることがすぐ分かるというのに、そんな最低限の手間すらかけず、安直な陰謀論に走るのだ。

http://hirorin.otaden.jp/e307586.html

 もちろんマスコミの言うことを何でも鵜呑みにするのは危険だ。
 しかし、最低限の確認作業すらやらずに、「陰謀だ!」とか「捏造だ!」と決めつけるのは、メディアリテラシーとは正反対の愚かな行為である。マスコミには騙されていないけど、自分自身に騙されている。

 あと、「○○は捏造だったからこれも捏造に違いない!」という論法もよく見かけるけど、あれも頭悪いなあ。特に今の朝日新聞の記事を「捏造だ!」と決めつける奴が持ち出すのが、必ず1989年のサンゴ記事捏造事件だってのはどういうことなんだろう。25年も前に1カメラマンが起こした事件が、なぜ今の朝日新聞の記事が捏造である根拠になるのか、僕には理解不可能である。
 ある記事が捏造かどうかを判定するには、記事の内容をちゃんと調べなきゃだめなんだよ、当たり前だけどね。
  

Posted by 山本弘 at 19:24Comments(16)メディアリテラシー

2014年06月20日

フィクションにおける嘘はどこまで許される?(後編)

 ただし、フィクションならどんなデタラメでも許されるわけではない。
 慎重にならなくてはいけないのは、扱う対象が実在の人物や団体である場合だ。
「1人でも不快に思う人がいるなら、その言葉を使うのを控えるべきだと思うんです」というのは明らかに非現実的な極論だけど、なるべくなら誰も傷つけない方がいいに決まっている。

 僕の体験で言うと、『MM9』を書きはじめる前、「この話では絶対に自衛隊を悪者にしない」という誓いを自分に立てた。
 これは政治的信条とかとは何の関係もない。『MM9』の世界では怪獣は自然災害であるという設定なのだから、怪獣と戦う自衛隊を悪者にすることは、げんに自然災害の現場で救助活動をしている自衛隊の方々に対して失礼になると考えたのだ。
 これは『MM9』だからであって、他の物語だったら、ストーリーの都合上、自衛隊を悪役にする場合もあると思う。日本政府とかアメリカ政府とかCIAとかの陰謀も、必然性があるのなら、フィクションの中で描いてもいいだろう。
 また、作品を通して現実の何かを批判したい場合には、もちろん批判の対象を不快にすることをためらうべきじゃない。
 僕の作品の場合だと、たとえば「アリスへの決別」を読んだら、表現規制賛成派の人は不快に思うはずである。でも、彼らを批判するために書いた話なんだから、当然のことだ。
 逆に言えば、必然性がないのに実座する誰かを悪者にしちゃだめだ。

『美味しんぼ』がまずかったのは、フィクションではなく「福島の真実」と主張していたこと。そして、福島に関する悪評を立てて、げんに福島に住んでいる人たちを傷つける内容であったことだ。
 反原発を主張したり、政府や東電を批判するのはかまわない。言論の自由だ。しかし、福島の一般の人たちは被害者ではないか。震災の苦しみから立ち直ろうとしている無辜の市民を妨害するようなことをやっちゃだめだろ。

『美味しんぼ』とコンセプトが似ているマンガに、『MMR』がある。かたや新聞社の記者、かたやマンガ雑誌の編集者が主人公。実在の人物を作中に登場させてリアリティを出し、非科学的な理論を展開して読者を不安する手法も似ている。(スタートしたのは『美味しんぼ』の方が早いんだけど)
 しかし、『美味しんぼ』以上にデタラメな内容の『MMR』に対し、『美味しんぼ』のような激しいバッシングがあったという話は耳にしない。
 その理由のひとつは、前述のように、リアルっぽい作品ほど嘘を書いた場合の反発が大きいということ。『MMR』ぐらい荒唐無稽で間違いだらけだと、逆に「間違ってる」とツッコむのも空しくなる。
 もうひとつ、いくら悪く書いても、三百人委員会やレジデント・オブ・サンは抗議してこないということ(笑)。そういう組織や人物が実在しないと分かっているから、スタッフも安心して大嘘がつけるんだろう。

 繰り返すが、なるべくなら誰も傷つけない方がいいのだ。
 作家というのは常に、「これは誰か無辜の人を傷つけないだろうか」と悩みながら書くべきだと思う。

 それにからんで、SF界で有名な例に、「『豹頭の仮面』事件」がある。
 1979年、栗本薫〈グイン・サーガ〉シリーズの第1巻、『豹頭の仮面』が出版された。その中に「癩(らい)伯爵」という悪役が出てきた。癩病に冒され、全身が醜いできものに覆われ、膿を垂れ流し、悪臭を放っているという、すさまじいキャラクターだ。そのおぞましさ、嫌らしさ、邪悪さが、これでもかというぐらいねちっこく描かれていた。(もちろん、本物の癩病=ハンセン病は、そんな病気ではない)
 僕はリアルタイムで読みながら「これはまずいんじゃないか?」と心配したのだが、案の定、ハンセン病患者の団体から抗議を受けた。現在、出回っている『豹頭の仮面』は書き直されたバージョンで、癩伯爵は「黒伯爵」という名に変わっている。
〈グイン・サーガ〉の世界では、この世界にあるものと名前は同じでも、実際は違っているという設定である。たとえば「ウマ」という生物は、我々の世界の馬と同じものではなく、あくまで異世界の生物なのだそうだ。
 だから作者はおそらく、癩病も我々の世界の癩病ではなく、ファンタジー世界の架空の病気という認識で書いたのだろう。
 しかし、架空の病気なら、わざわざ「癩病」という現実に存在する病気の名をつける必然性はまったくなかったんじゃないだろうか? 架空世界の架空の病気に架空の名前をつける手間なんて、ごくわずかだ。
 しかもその患者をおぞましい悪役として描いたのだから、これはもうどう考えてもアウトだ。
 SFやファンタジーのような架空世界を描く場合でも、配慮は必要だ。

 故・栗本薫(中島梓)氏に関しては、もうひとつ、僕がいまだにどうしても許せないことがある。2002年にブログでやらかした、北朝鮮拉致被害者に対する問題発言だ。

>44歳で生存が認められた蓮池薫さん、大学が「復学を認めた」そうですけれども、いま日本に帰って44歳で大学生に戻っても、もう、蓮池さんには「あたりまえの日本の平凡な大学生」としての青春は戻ってこない、それは不当に奪われたのですが、そのかわりに蓮池さんは「拉致された人」としてのたぐいまれな悲劇的な運命を20年以上も生きてくることができたわけで、 それは「平凡に大学を卒業して平凡に就職して平凡なサラリーマン」になることにくらべてそんなに悲劇的なことでしょうか。

 これを読んだ瞬間、同じ作家として愕然となった。
 この人は現実に存在する拉致被害者を、小説の登場人物のように考えている!
 確かに小説の中であれば、「たぐいまれな悲劇的な運命」に翻弄されるキャラクターの人生は、「平凡なサラリーマン」のそれより魅力的だ。でも、拉致被害者の体験は小説ではない。現実なのだ。それが分かっていない。
 現実の拉致被害者の方の心境を想像してみれば、「そんなに悲劇的なことでしょうか」なんて残酷な言葉は出てこないはずだ。
『豹頭の仮面』事件も結局のところ、現実に存在するハンセン病患者の方に対する想像力の欠如が原因だったんじゃないかと思うのである。

 今、作家や編集者は、どこも差別問題に過敏である。「下手なことを書いて人権団体から抗議を受けないか」とびくびくしている。
 それは間違っている、と僕は思う。問題は誰かを傷つけるかどうかであって、抗議はその結果にすぎない。抗議さえ受けなけりゃいいってもんではない。
 注意すべきなのは「抗議を受けるかどうか」じゃなくて「人を傷つけるかどうか」だ。そこを絶対に間違えないように。
  

Posted by 山本弘 at 17:08Comments(19)作家の日常

2014年06月20日

フィクションにおける嘘はどこまで許される?(前編)

『美味しんぼ』問題に関連して。

 僕が今、ハマってるマンガに、森薫『乙嫁語り』がある。
 前から存在は知ってたけど、読んだことがなかった。少し前に、ある番組で紹介されていて興味を持ったもんで、本屋に行って買ってきた。


 とてつもないマンガだな、おい!
 服や絨毯などの細かい柄をすべて手描きしているのもすごいけど、僕が衝撃を受けたのは第一話で、ヒロインのアミルが馬を駆りながらウサギを射るシーン。驚異的なデッサン力、素晴らしい躍動感。これには恐れ入った。マンガの、それも絵だけで息を呑むなんて、いったい何年ぶりの体験だろうか。
 家に持ち帰ったら、妻も録画していた同じ番組を観ていて、
「何も言わんでも、あんたが買(こ)うてきてくれるんとちゃうかなー、と思てたわ」
 うむ、以心伝心!

 妻の感想は「すごく分かりやすい」「すらすら読める」。それは分かる。19世紀の中央アジアという、日本人になじみの薄い設定、それに絵の情報量の多さにもかかわらず、読んでいて「ここはどうなってるんだろう」と詰まるところがない。リーダビリティが高いのだ。
 たとえば士郎正宗とかもすごく絵は上手いんだけど、アクション・シーンでコマとコマの間が抜けてるもんで、何が起きてるか分からなくて悩むことがちょくちょくある。そういうところがない。
 最初、女性キャラの顔が似てるもんで、「これ描き分けられるのかなあ」「誰が誰か分からなくなって混乱しないか」と心配したんだけど、それもなかった。
 画力、プラス、分かりやすさ。これは驚異だ。
「これはプロの仕事やねえ。趣味でマンガ描いてる人間には真似できひんよ」と妻は言う。でも、そうなんだろうか。これって究極の趣味のマンガじゃないんだろうか。あの服の柄だけ見ても、好きでないと描けないと思うんだけど。

 ……とまあ、ここまではほのぼのした話題だったんだけど。

 ある人から、『乙嫁語り』には批判の声があると聞かされた。歴史に詳しい人たちの間では、あのマンガの評判は芳しくない、「歴史的に間違いだらけだ」というのだ。

 はあ?

 いや、あのマンガって、最初に「19世紀 中央アジア」ってナレーションされてるよね?
 僕はあのアバウトなナレーションで、作者が「歴史的に正確に描くつもりはありません」と宣言していると解釈したんだけどな。中央アジアったってむちゃくちゃ広いし、19世紀ったって100年もあるのだから。
「19世紀 中央アジア」というのは、正確な時代や場所を特定しない、つまりファンタジーですよという意思表示だと思うのだが、なぜそれを読み取ってあげないのだろうか。

 だいたい、「歴史的に間違いだらけ」なんてことを言い出したら、時代劇マンガやテレビ時代劇は全滅ではないか。江戸時代なのに既婚女性が誰もお歯黒つけてない時点で、みんなアウトだ。侍が髷を結ってない、それどころか現代の若者みたいな髪型してるキャラがぞろぞろ出てきて、現代人と同じ口調で話す。戦国時代の武将が乗っている馬がサラブレッドだったり。
 しかし、日本史の専門家が『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』や『遠山の金さん』や『一休さん』を非難してるという話は聞いたことがない。たぶん『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』とかも、歴史に詳しい人が見たら、間違ってるところは絶対にあると思う。でも、それに腹を立てる人はいない。
 テレビ番組やマンガだけじゃない。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」とかも、時代考証的にはまったくデタラメである。
 なのになぜ、『乙嫁語り』が非難の対象になるのだろうか?

 時代物に限ったことじゃない。
『ゼロ・グラビティ』はすごく面白いSF映画だったが、あの映画の科学的間違いを批判する声があると知って不思議に思った。
 もちろん『ゼロ・グラビティ』にも間違っている点はいくつもある。しかし、もっと大きな科学的間違いのあるSF映画なんてゴロゴロしてるのに、なぜよりにもよって『ゼロ・グラビティ』が批判の的になるのだ? 『アルマゲドン』なんかその100倍ぐらい批判されなきゃおかしいはずなのに。
 知り合いのお医者さんの話によると、手塚治虫の『ブラック・ジャック』は割と医者の間の評判がいいらしい。さすがにロボトミーを扱った時は抗議がきたけど、人間を鳥に改造したり、宇宙人の手術をしたりといった突拍子もない話は、医学的にありえなくても、お医者さん的にはOKらしいのだ。
 どうやら荒唐無稽な作品は許容されるが、リアル(に見える)作品ほど「許せない!」と腹を立てる人が出てくるらしい。
 テレビ時代劇の場合、あれはもう日本人にとってスタンダードになっちゃってて、今さら「間違ってる」などと批判するのは野暮である……という認識が浸透してるんだと思う。

 僕が好きなマンガ、徳光康之『濃爆おたく先生』(講談社)にこんなシーンがある。
 巨大人型兵器という設定の不合理性を列挙し、『ガンダム』を「SF失格」と主張するSFマニアの千巣負湾打(せんすおぶわんだ)。それに対して、主人公の暴尾亜空(あばおあくう)がこう反論する。

「なるほど、キサマの言うことは正しい。
 では、今の話と「一年戦争」の他のSF的不合理を改め、
 小説か漫画、アニメなりで作り直したとして、
 そこに、
 そこにワンダーはあるのかい。
(中略)
 いいかッ、キサマが語っているのはSF考証であって、
 SFそのものではない!
 そこにワンダーはかけらもない!
 極論すればSFとはワンダーであり、ワンダーとはおもしろいデタラメだ!
 その「1」のデタラメをデタラメでなくワンダーと感じさせるための「99」のSF考証が確かに必要だッ!
 だがッ、その逆では決してない!」


 僕はこの考えに同意する。というのも、僕自身が「面白いデタラメ」をコンセプトにした作品ばかり書いてるからだ。『時の果てのフェブラリー』も『神は沈黙せず』も『地球移動作戦』も『MM9』もみんなそう。
 もうじき単行本になる『プロジェクトぴあの』もそうだ。『地球移動作戦』の前日談で、ピアノ・ドライブの発明者、結城ぴあのの物語。アイドルにしてマッドサイエンティスト。ありえねーよ!(笑)でも面白いよ。
 今書いてる『BISビブリオバトル部』は、SFではなく現実寄りの話ではあるけど、それでも監修していただいている立命館大学の谷口忠大先生(ビブリオバトルの考案者)に「こんな頭のいい高校生いませんよ」と言われてしまった。分かってますから! フィクションですから!

 だいたいフィクションが学問的に完璧に正しくなくてはいけないっていうんなら、そもそもSFなんか書けない。「光より速い宇宙船」が出てくるだけでアウトだ。タイムマシンも巨大怪獣も超能力も日本沈没もみんな大嘘だ。
 もちろん作者は、その大嘘を、さもありえるかのように、もっともらしく語らなきゃいけない。そして読者の側も、嘘を嘘と知りつつ楽しむスキルを要求される。面白い嘘なら「騙されてあげよう」と思う。
 ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』とかも、あのラストの謎解きは明らかに科学的に間違っている。でも、それまでの物語が知的でエキサイティングだったから許せるのだ。「間違ってるけど、この結末は面白いからOKだ」と。
 優れた作品に対して、「科学的に間違ってるから許せない」とか「歴史的に間違ってるから許せない」とかケチをつける人は、フィクションを楽しむスキルに欠けてるんじゃないかと思うんである。科学考証とか歴史考証というのは、話をリアルに見せて面白くするための要素にすぎない。
『ゼロ・グラビティ』が面白かったのは、可能な限り科学的に正しく宇宙を描写することで、ヒロインの置かれた状況が絶望的なことを印象づけていたからだ。科学的に穴だらけの話だったら、安直な展開がいくらでもありえるわけだから、あれほどの緊張感は生まれなかっただろう。時代物の考証だって、正確に時代を再現することでリアリティが増して面白くなるのなら、いくらでもやればいいと思う。
 逆に言えば、作者が「事実じゃないけど、こっちの方が面白い」と考えたのなら、科学的・歴史的に間違ったことをやってもいいはずなのだ。
 フィクションにとって重要なのは、「面白いか面白くないか」だ。

 あっ、言うまでもないけど、「面白いデタラメ」でないとダメだからね? つまらないデタラメは、ただのデタラメ。つまらないデタラメを書いておいて「フィクションですから」と開き直られては困る。
  

Posted by 山本弘 at 16:34Comments(17)作家の日常

2014年06月20日

『NHK 幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー』

『NHK 幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー』


編著者 NHK「幻解!超常ファイル」制作班
発行 NHK出版
 2014年7月5日発行
 1100円+税

 NHKの同題の番組の書籍化です。僕も取材受けた一人なんで送られてきました。ノストラダムスについて話してます。
 ぶっちゃけ、もうギャラは貰っちゃってるので、売り上げが伸びても僕の懐に入る金が増えるわけじゃないんですが(笑)、面白い本なので宣伝させていただきます。
 民放の作るいいかげんなオカルト番組と違い、懐疑的なスタンスで作られています。こういう番組、もっとあっていいと思うんですけどね。

PART1 UFO&エイリアンの真実に迫る
▼File01 エイリアン・アブダクション~宇宙人に誘拐された人々~
▼File02 江戸時代に現れた謎の円盤と美女
▼File03 スペシャリストが教えるUFO映像の正しい見かた

PART2 神秘の未確認動物・UMAを追う
▼File01 ネス湖のネッシー研究最前線
▼File02 実在する? 謎の獣人ビッグフット
▼File03 日本の未確認生物ツチノコを探せ
 ネッシー、ツチノコだけじゃない まだまだほかにもいる未確認動物・UMA

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ①

PART3 超常現象&都市伝説の裏側を暴く
▼File01 超能力は存在するか
▼File02 ノストラダムスがうつし出す心の闇
 東京最恐ミステリー・スポット 平将門の首塚の真実
 魔のトンネル怪奇事件 ~都市伝説はこうして生まれる!

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ②

PART4 古代文明と遺産・オーパーツの謎を紐解く

▼File01 クリスタル・スカルに隠された秘密
▼File02 恐怖! ツタンカーメンの呪い
 モアイ像が歩いた!?

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ③

PART5 よみがえる伝説 世界の怪物&魔物
 ブルガリア発 “死者のよみがえり”から誕生した吸血鬼伝説
 アメリカ発 無実の人々が次々と処刑された魔女狩り伝説
 フランス発 女性、子どもを狙うジェヴォーダンの巨大獣 謎の野獣伝説
 不思議事件を次々と解き明かす 日本の妖怪博士・井上円了

 column 真実を見極めたいあなたへ 賢者からのメッセージ④
  

Posted by 山本弘 at 16:21Comments(3)PR最近読んだ本

2014年06月20日

「SFのネタは科学ニュースから探そう!#2」

Live Wire 14.5.30(金) なんば紅鶴|山本弘の秘密基地LIVE#35

SFのネタは科学ニュースから探そう!#2

 昨年6月の「SFのネタは科学ニュースから探そう!」の第2弾!今回もSF作家・山本弘が、最新の科学雑誌や科学本の中から、SFのアイデアに使えそうな、とびきりエキサイティングな話題を探し出し、楽しく紹介します。
 論文コピペを見つけ出すソフト。二重太陽系をめぐる惑星。人間はなぜ夢を見るのか。サブリミナル効果はどこまで真実か。タコのような軟体ロボット……などなど、取り上げる分野は様々。最新作『僕の光輝く世界』『プロジェクトぴあの』『BISビブリオバトル部』のネタ本も紹介。SFファン、科学ファンは必見!

[出演] 山本弘(SF作家)

[日時] 2014年6月27日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F / Tel. 06-6643-5159)南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 1500円
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

 前売り券のお求めはこちらへ。

http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=74845461
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 すみません、今月の前半はゲラチェックが重なったうえに体調崩して、なかなかブログの更新ができませんでした。
『BISビブリオバトル部』に出てくる本は、どれも僕のおすすめなんですが、今回は特に巨乳のサイエンス美女の明日香先輩のおすすめ本を中心に(笑)。
 いやほんと、『不確定性原理』も『風評破壊天使ラブキュリ』も『冥王星を殺したのは私です』も、ものすごく面白いんですから。
  

Posted by 山本弘 at 16:12Comments(0)PR

2014年05月29日

『MM9-invasion-』文庫化

MM9 ─invasion─
東京創元社 2014年5月30日発売


>地震、台風と同じく自然災害の一種として、怪獣災害が存在する現代。有数の怪獣大国である日本では、気象庁内に特異生物対策部が設置されている。7年前から眠ったままの、少女の姿をした怪獣ヒメを移送中のヘリが、突如飛来した青い火球と接触、墜落した。同じ頃、つくば市に暮らす高校生、一騎の頭の中で少女の声がした。彼女は宇宙怪獣の地球襲来を警告する。『MM9』第2部。著者あとがき=山本弘
東京創元社のサイトより)

 というわけで、『MM9―invasion―』が文庫になりました。表紙イラストはいつものように開田裕治さん。今回は怪獣5号ガラスネークの顔のドアップ。ロゴも含めて、何やら懐かしい感じの表紙になっております。
 東京創元社のサイトに行くと、プロローグと1章の途中まで立ち読みできるようになっております。内容をお知りになりたい方はどうぞ。
 今回はサービスの意味で、かなり長文のあとがきをつけました。東京スカイツリーをめぐる話は、このブログでも書きましたが、他にも幻に終わったテレビアニメ版の話とかを書いています。
 いやもうほんと、あのシナリオ、面白かったんだから!
  
タグ :PRMM9

Posted by 山本弘 at 20:53Comments(13)PR

2014年05月24日

編集部は原稿をチェックするものだ

 今月、日本推理作家協会の会員になった。
 前から入会はしたかったんだけど、そもそもミステリ書いてないしなあ……という負い目があって、なかなか言い出せなかった。実際にはミステリ作家ではない人も大勢入会してるんだけど、個人的なこだわりというやつである。
 今度、『僕の光輝く世界』を上梓したのをきっかけに、これで胸張って入会できると、知り合いの芦辺拓さんに頼んで、入会させていただいた。

 だもんで、21日(水)、東京・新橋の第一ホテルで開かれた協会の総会、および日本推理作家協会賞の受賞パーティに行ってきた。
 ちなみに今年の日本推理作家協会賞は、長編および連作短編集部門が恒川光太郎さんの『金色機械』(文芸春秋)、「評論その他の部門が清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』「(新潮社)と谷口基さんの『変格探偵小説入門』(岩波書店)。『金色機械』はSF的で面白そう。これから読みます。

 日本推理作家協会、何しろ初めてなもんで、誰が誰やらぜんぜん顔が分からない(笑)。もともと僕は相貌失認があって人の顔が覚えられないんである。編集さんも5回ぐらい会ってようやく顔が覚えられるぐらい。だもんで、こういうパーティではとても困る。できれば角川の新年パーティみたいに名札つけてほしいんだけど。
 当然、まわりのミステリ作家さんたちも、新参者である僕の顔なんか知るわけがない。パーティ会場で声をかけてくるのは、知り合いの編集さんばっかりである。
 第一ホテルだけあって、料理はすごく美味。パーティ代の元を取ろうと食いすぎで、腹いっぱいで苦しくなった(笑)。

 パーティ会場で会った、某大手出版社○○社の担当編集さんと話しているうち、『美味しんぼ』の話になった。
 その担当さんはかつてマンガの編集も手がけていたんだけど、「前回の『美味しんぼ』を読んで血の気が引きましたよ」「○○社ではあんなことはありえません」と力説する。原作が上がってきた時点で、問題が起きないよう、事実かどうか確認するのが普通だと。そりゃそうだよなあ。
 世間では、「雁屋哲のような巨匠に向かって、『先生、これは間違ってるんじゃないでしょうか』と言い出せなかったのでは」と言っている人もいるけど、それとこれとは別でしょ。いくら相手が大物でも、ちゃんとチェックしなくちゃ。何のための編集なのか。

 いい機会なので、編集や校正の人たちが、普通はどんなチェックをやってるかを説明しておこう。
 今、東京創元社の『Webミステリーズ!』で連載している『BISビブリオバトル部』。今、第4回までアップされている。 無料で読めるので、興味のある方はどうぞ。

http://www.webmysteries.jp/special/biblio-01.html

 第3回で、『もしも月がなかったら』という本のタイトルを出した時、僕は原稿で、うっかり著者名を「ニール・R・カミングス」と誤記していた。SF作家のレイ・カミングスの名が頭にあったからだろう。ゲラで校正者から、正しくは「カミンズ」だと指摘されたので訂正した。 他にも、作者名や書名の誤記を指摘されたことは何回もある。
 つまり校正者は、あの作中にたくさん出てくる本のタイトルと著者名を、正しいかどうかいちいち全部チェックしてるんである。頭が下がる。
 もちろん東京創元社だけじゃないし、指摘されるのは誤記や誤字だけではない。『僕の光輝く世界』では、編集者からトリックの穴を指摘されたんで、ゲラで修正してる。
 今でも印象に残っているのは、『神は沈黙せず』で南京大虐殺を取り上げた時のこと。微妙な問題だからというので、角川書店から、資料として用いた南京関連本をすべて提出するように命じられた。僕の作中の記述に間違いがないかチェックするためだ。ええ、送りましたとも、引用した本すべて、引用箇所に付箋つけて。
 その結果、僕が資料を書き写す際に人名の漢字を間違えていた箇所が発見されたものの、内容にはまったく間違いがないと確認されて、出版に至った。
 本を出すことができるのは、こんな風にちゃんとチェックしてくれる人たちがいるからこそだ。

 まあ、そういうチェックをやってても、たまにミスが活字になっちゃうこともある。そういうのは読者から指摘があれば、増刷分もしくは文庫版で書き直すようにしている。 実際、『神は沈黙せず』も、間違いを指摘された箇所は文庫で訂正している。
 参っちゃったのが、この前、『MM9』を読み返していて、ある箇所で大きなミスをやってるのに気がついたこと。もう文庫も出てて、この前、新たに増刷も出たってのに! 今まで、編集者はもちろん、読者からも指摘なかったなあ……。

『美味しんぼ』問題で不思議なのは、どうも『スピリッツ』編集部は、マンガの内容が正しいかどうか、事前にチェックしなかったらしいということ。
 福島県がこんなコメントを出している。

週刊ビッグコミックスピリッツ「美味しんぼ」に関する本県の対応について
http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/01010d/20140512.html

> 4月30日に出版社より本県に対して、「[5月19日発売号]において、漫画の誌面では掲載しきれなかった様々な意見を紹介する検証記事を掲載する」として、次の3点に関する取材又は文書回答を求める依頼があり、さらに、5月1日には[5月12日発売号]に掲載する「美味しんぼ」原稿の送付がありました。

> (出版社から取材依頼のあった事項)
>  ・「美味しんぼ」に掲載したものと同様の症状を訴えられる方を、他に知っているか。
>  ・鼻血や疲労感の症状に、放射線被曝(※依頼原文では「被爆」)の影響が、要因として考えられるかどうか。
>  ・「美味しんぼ」の内容についての意見

 つまりマンガの原稿が完成した後で、同様の症状を訴えている人がいるかどうかを、福島県に訊ねているのだ。
 順序、逆じゃん!
 普通、原作が上がってきた段階で、本当にこんなことがあるのかと、チェックするんじゃないの?
 先に紹介した○○社の編集さんは、その記事を見たとたん、すぐ日数を計算して、「たとえ福島県から間違いの指摘があったとしても、発売前に訂正するのは間に合わない」と結論したという。つまり、指摘されたって最初から直す気がなかったということだ。

「大阪で、受け入れたガレキを処理する焼却場の近くに住む住民1000人ほどを対象に、お母さんたちが調査したところ、放射線だけの影響と断定はできませんが、眼や呼吸器系の症状が出ています」「鼻血、眼、のどや皮膚などに、不快な症状を訴える人が約800人もあったのです」というくだりもそう。1000人中800人なんて、明らかに異常な数字だから、常識を持った人間なら、まず疑ってかかるはずだ。
 ところが、データを利用された「大阪おかんの会」は、「作者や小学館から事前に接触はなく、困惑している」とコメントしている。

美味しんぼ:被害調査の市民団体「事前に接触無く困惑」
http://mainichi.jp/select/news/20140516k0000e040227000c.html

 実際、「大阪おかんの会」のブログでも、「焼却場の近くに住む住民1000人ほどを対象に」などとは書かれていないので、松井英介氏か雁屋哲氏か、どちらかが嘘をついたことになる。
 しかし、『スピリッツ』編集部はまったく調べもせず、スルーした。

 おかしいよね?
 普通、編集部って、内容に間違いがないかどうか、事前にちゃんとチェックするよね?
 どうもこれはマンガ界全体の問題じゃなく、『スピリッツ』編集部だけの特殊な問題のようである。
  

Posted by 山本弘 at 19:32Comments(19)社会問題

2014年05月14日

続・鼻血効果

「鼻血効果」についてこのブログで書いたのは、もう3年も前のことである。

http://hirorin.otaden.jp/e197219.html

 この時は、「こんなデマが広まったらまずいな」という危機感があったのだが、まさか3年経ってこんな大騒ぎに発展するとは夢にも思わなかった。
『美味しんぼ』の鼻血問題については、すでにメディアでも詳しく報じられているし、ネットでもさんざん取り上げられている。簡単にまとめると、

1.そもそも福島で鼻血を出す人が増えているという統計的証拠がない。
2.低線量被曝で鼻血が出るという科学的根拠がない。

 という2点に集約されるだろう。
「いや、げんに原発事故の後で鼻血を出している人は大勢いるのだ!」と主張しても無意味である。1954年のシアトルでも「核実験の後でフロントガラスに傷がつく車が増えた」と言われていたのだから。
「増えている」というのなら、他県に比べてどれぐらい多いのかを、きちんと調査してから言うべきである。
 鼻血が出るメカニズムについて、今週号の『美味しんぼ』で、岐阜環境医学研究所所長の松井英介という人が、水の分子が放射線で切断されて、水酸基と水素ラジカルに分離して……という説明をし、山岡が「そうか、それで鼻の粘膜が破れて鼻血が出るんだ」と納得するという展開になっている。
 いやいや、ちょっと待て。、定量的な問題、つまりどれぐらいの量の放射線を浴びせれば血管が壊れて血が出るのかという点を、まったく無視してるぞ。
 低線量被曝で鼻血が出るのなら、放射線医療を受けている人にも鼻血が多発しているはずで、放射線の専門家が何十年も前に気がついているはずなのだが。

 ちなみに「岐阜環境医学研究所」という名称から、何やら科学機関のような印象を受けるが、実はこんなところ。

http://21.town-web.net/~zazendoh/index.html

 専門は「呼吸器疾患」「止煙相談」「漢方相談」だそうである。

 もうひとつ、今週号には許しがたいデマも書かれていた。同じく松井英介氏の発言。

「大阪で、受け入れたガレキを処理する焼却場の近くに住む住民1000人ほどを対象に、お母さんたちが調査したところ、放射線だけの影響と断定はできませんが、眼や呼吸器系の症状が出ています」
「鼻血、眼、のどや皮膚などに、不快な症状を訴える人が約800人もあったのです」


 はい、大阪に住んでいる人なら、即座に疑問を抱きますよね。「ガレキを処理する焼却場の近く」ってどこよ? と
 そもそも舞洲のゴミ処理工場ってこういうところである。

http://www.asahi.com/kansai/travel/kansaiisan/OSK201109290029.html
http://www.asahi-net.or.jp/~up5t-iisk/19osaka/02.html

 外観があまりにも奇妙なもので、テレビで何度も紹介されている。おそらく大阪に住む人の多くが、舞洲ゴミ処理工場が住宅地から離れた人工島の上にあることは知っていると思う。
 さらに、そこで燃やされたのは、福島ではなく岩手県のがれき

http://www.pref.osaka.lg.jp/shigenjunkan/haikibutukouikishori/index.html

 その燃やした後の灰の放射線量は、「不検出から21ベクレル/kg」。
 これがどれぐらいの量かというと、たとえば、うなぎの蒲焼に含まれる天然のカリウム40は90ベクレル/kg、まぐろの赤身は126ベクレル/kg。

http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09010404/01.gif
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09010404/02.gif

 セシウム137の実効線量係数がカリウム40の約2倍であることを考慮に入れても、21ベクレル/kgの灰を口に入れた場合の被曝量は、天然のうなぎの蒲焼やまぐろの赤身を食べた場合より少ない。もちろん、仮に処理工場から灰が飛散したとしても、何キロも離れた住宅地にいる人が吸いこむ量など、ものすごく少ない。
 これで健康被害が起きるわけない! 実際、大阪市も否定している。

http://www.pref.osaka.lg.jp/shigenjunkan/haikibutukouikishori/comic.html

 じゃあ、「お母さんたちが調査したところ」「不快な症状を訴える人が約800人」という話がどこから来たかというと、どうやらここらしい。

大阪おかんの会のブログ
http://ameblo.jp/osakaokan2012/entry-11498469658.html

 これのどこが「焼却場の近くに住む住民1000人ほどを対象に」だ!?
 大阪市内どころか、関西全域で806名じゃん! 兵庫とか京都とか滋賀や奈良の人、どう考えたって無関係だろ。
 その中で大阪市内からの報告は219件。大阪市の現在の人口は268万人だから、1000人中800人が不快な症状を訴えたのではなく、268万人中219人が不快な症状を訴えたということである。
 そりゃあ、人間なら1年に1回くらい、体調を崩したり不快な症状が出たりすることがあるよ。確率的に見れば、268万人いたら、毎日、その中の数千人は「不快な症状」を体験しているはずだ。
「大阪おかんの会」のブログの内容を改変したのが、松井英介氏なのか、原作者の雁屋哲氏なのかは分からない。何にしても、『スピリッツ』編集部はまったく裏を取らないまま掲載してしまったということである。
 どこまでずさんなんだ。

 もう一人、『美味しんぼ』に登場する前双葉町町長の井戸川克隆氏について。どんな人なのかと検索してみたら、こんなことを言ってるのを見つけた。 2013年7月16日の街頭演説だそうだ。(3分45秒あたりから)

https://www.youtube.com/watch?v=kNGH17igez8

>あのー、今日はもうひとつ、とんでもないことを喋らせていただきます。2011年津波のあった年の3月3日、3月3日に、地震津波のあることを日本政府は知ってました。知ってたんですよ。8日前に、地震津波の8日前に知ってました。しかし、それを止めたのは、政府と東京電力と東北電力と日本原電が発表を止めてしまったんです。こんなことって許されますか、みなさん。

 何と、政府は3月11日に地震が来ることを知っていたというのだ!
 はて、その話のソースはどこだ……と思って検索してみたら、こんなのが見つかった。2012年2月25日の記事である。

電力会社求め巨大津波警戒を修正 地震調査報告書で文科省
http://www.47news.jp/CN/201202/CN2012022501001655.html

> 東日本大震災の8日前、宮城―福島沖での巨大津波の危険を指摘する報告書を作成中だった政府の地震調査委員会事務局(文部科学省)が、東京電力など原発を持つ3社と非公式会合を開催、電力会社が巨大津波や地震への警戒を促す表現を変えるよう求め、事務局が「工夫する」と修正を受け入れていたことが、25日までの情報公開請求などで分かった。
> 報告書の修正案は昨年3月11日の震災の影響で公表されていない。調査委の委員を務める研究者らも知らされておらず「信じられない」などの声が出ている。電力会社との「擦り合わせ」とも取られかねず、文科省の姿勢が問われそうだ。

 どう見ても、政府が3月11日に地震が来ることを知っていたという内容ではない。いつ来るか分からない地震による津波の危険を指摘する報告書を作成中、電力会社から表現を変えるよう求められたために、修正したうえで発表しようとしていたら、震災が起きたもので発表できなくなった……ということだ。
 これが井戸川氏の頭の中では、「地震津波のあることを日本政府は知ってました」「政府と東京電力と東北電力と日本原電が発表を止めてしまった」ということになるらしい。

 僕はほんの数分、検索しただけで、こういうことが分かったというに、なぜ『スピリッツ』編集部は気づかなかったのだろうか? 不思議だ。
  
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Posted by 山本弘 at 17:40Comments(34)メディアリテラシー