2015年03月08日

クリプトムネジアの恐怖・3

 そこで先の筒井康隆氏の文章だ。実はあの文章には先がある。

> SFをはじめて書くきみが、やっと見つけたアイデア――そんなものは、とっくに、どこかのプロ作家が考えだし、書いてしまっているに、きまっているのだ。しかも、ずっとおもしろく、ずっとうまい文章で!
> よほど、ほかにない新しい、しかもすばらしいアイデアでないかぎり、アイデアひとつで勝負するのは、危険なのである。
──筒井康隆『SF教室』

 アイデアひとつで勝負してはいけない、と筒井氏は警告する。大事なのはアイデアではなく、そのアイデアから君がどんなテーマを語るかだと。(長文になるので、詳しくは『SF教室』を読んでほしい)
 中学時代の僕は、この言葉にものすごく感化された。

 筒井氏の言葉は、作家にとって絶望ではなく希望である。誰が最初にそのアイデアを思いついたかは重要ではない。極端な話、自分で思いついたアイデアでなくてもかまわない。他の人が考えたアイデアであっても、自分なりにそのテーマに真剣に取り組み、結果的に違う作品になればいいのだ。
 ウェルズの『タイムマシン』を思い出してみればいい。現代のSF作家の中にも、作中にタイムマシンを登場させる人は大勢いる。でも、それはウェルズの盗作じゃない。ストーリーが違っていれば別の作品だ。
 さらにタイムマシン自体も、ウェルズが世界で最初に思いついたのではない。1887年に、スペインの作家エンリケ・ガスパール・イ・リンバウが書いた『時間遡行者』という小説が最初だと言われている(ウェルズの『タイムマシン』は1895年の作)。
 実はウェルズはタイムマシンというアイデアを何度も書き直している。1888年、アマチュア時代に書かれた初期作品「時の探検家たち」は、田舎の村に引っ越してきた変人科学者がひそかに作っていたのが、実はタイムマシンだった……という話。タイムマシンというアイデアを提示しただけで終わってしまい、なんともつまらない。
「これではいかん。やはりタイムマシンというものを出すなら、遠い未来、それこそ地球の終わりまで行くような壮大な話にしなくてはいけない」
 おそらくウェルズはそう反省したのだろう。こうして書き上がったのが、僕らの知る『タイムマシン』だ。
 ウェルズがリンバウの作品を読んでいたのかどうかは分からない。何にせよ、今ではリンバウの名は忘れられ、『タイムマシン』といえばウェルズということになっている。それだけ『タイムマシン』は優れた作品だったということだ。

 僕はよく小説を料理にたとえる。アイデアというのは食材である。食材が同じであっても、それをどう調理するかで、ぜんぜん別の料理になる。
『地球移動作戦』の元ネタが『妖星ゴラス』だというのは公言してるけど、『神は沈黙せず』や『去年はいい年になるだろう』や『UFOはもう来ない』にしても、似たようなアイデアの話はすでにいくらでもある。
 アイデアを思いついても、それだけで勝負してはいけない。そのアイデアがすでに誰かに書かれているという前提で、自分ならどう調理するか、どんなテーマを語るか、どうすれば「自分の小説」になるかを考えるのが大切だ。
 それを僕は筒井康隆氏に教わった。

「走馬灯」や「ウラシマの帰還」の問題は、「午後の恐竜」や「遙かなるケンタウロス」とアイデアが同じという点じゃなく、先行作品を超えるものになっていないってことなんである。
 一方、久野四郎氏の「勇者の賞品」は違う。「遙かなるケンタウロス」とアイデアは同じであっても、描き方がまったく異なる。
 太陽系からさほど遠くないところに、自然に恵まれた地球型の美しい惑星がある。しかし、宇宙船がその星に近づくことは禁じられている。というのも、何世紀も前、その惑星を目指して出発した植民宇宙船があったからだ。光速よりもずっと遅いスピードで、今もその星に向かっている。乗員は冷凍睡眠の状態にあり、すでに超光速航法が実用化していて、多くの惑星に人類が進出していることを知らない。そこで未来の人々は、乗員に真実を知らせないことに決め、その惑星を手つかずのまま残し、彼らの賞品とすることにした……という話。
 しかもこの話はそこで終わらない。最後の方は、乗員に真実を隠すのは正しいことなのかどうか、というディスカッションに発展するのだ。これは「遙かなるケンタウロス」のアイデアを発展させた、まったく別の作品だ。
 今では忘れられた作品だけど、僕は好き。どこかで復刻してくれないものか。

 だから「午後の恐竜」も、何かいい調理法を思いついたら、ぜんぜん違う話になるんじゃないかな……と、何十年も前から考えてるんだけど、その調理法をまだ思いつかない。
  
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Posted by 山本弘 at 20:00Comments(0)SF作家の日常

2015年03月08日

クリプトムネジアの恐怖・2

 では、栗本氏は「午後の恐竜」を読んだことがなく、まったく偶然に同じアイデアを思いついたのだろうか?
 どうもそうではないらしい。
 というのも、「走馬灯」が収録された短編集『さらしなにっき』(ハヤカワ文庫・1994)で、作者自身がこんな解説を書いているのだ。

> こりゃまた短い。こんな短いものを書いていた時代っていうのもあったんだなあ。
> これはまた凄い発想ですね。**が最後に見る走馬灯! いったいどこからこういうアイディアを考えつくのかね、栗本は? 最近あまりこういうショートショートっぽい発想というのは思いつかないような気がするのだが。
> これも小松さんのショートショートを思わせるものもあるし、星新一さんっぽくもありますが、確かなんとなくこれに雰囲気の似た話、というよりもこれを思いついたきっかけになった話は、確か小松さん──あるいは豊田さんだったのかな──だと思うんだけど短篇で、鉄腕アトムが出てきて主人公に話しかけたと思ったらうしろにゴジラが──フィクションと現実がごっちゃになっちゃう、という話があったような気がします。あいまいな話で申し訳ないが。(後略)

 それは小松左京氏の「新趣向」ですね。豊田有恒氏の名前を出しているのは、豊田氏の短編「二次元のスタジオ」(豊田氏の虫プロ時代の体験談をフィクション化した話だが、オチは明らかに「新趣向」にインスパイアされている)の記憶がごっちゃになってるのかもしれない。
 つまり栗本氏は、「新趣向」を明らかに読んでいるのに、その記憶がかなり曖昧なのである。
 それどころか、栗本氏は自分の書いた作品の記憶すら曖昧だ。同じ短編集に収録された「ウラシマの帰還」(SFマガジン83年7月号)という短編の解説にはこうある。

> いまとなってはちと古めかしい感のある設定だな(笑)と思って読み進んでいたら、なるほどそれがオチだったのですね(笑)いやー忘れてるもんだ。
> まあ「ワープ航法」なんて概念そのものがいまや古めかしいっちゃ古めかしいですが、しかしおわりまで読むとなかなか哀切な話ではあります。確か栗本はこれによく似た話をもうひとつ書いた記憶がある。ええっと、何だったかなあ。「最後の方程式」をカンチガイしてるんだろうか。

 そう、栗本氏は11年前に自分がどんな話を書いたかすら覚えていない! まあ、あれほど多作な人だと、いちいち何を書いたかなんて記憶していられないのだろう。
 ちなみにこの「ウラシマの帰還」、亜光速宇宙船で130年間の恒星間飛行を成し遂げた宇宙飛行士が、地球に帰ってみると、彼らが出発した後でワープ航法が発見されていて、自分たちがやってきたことが無駄な努力だったことを知る……という話。これまたA・E・ヴァン・ヴォクトの「遙かなるケンタウロス」(SFマガジン60年7月号)や、久野四郎「勇者の賞品」(SFマガジン69年7月号)という先行作がある。栗本氏の世代のSFファンなら60年代に〈SFマガジン〉を読んでいたはずなので、「遙かなるケンタウロス」や「勇者の賞品」を目にしていてもおかしくはない。

 つまり栗本氏は偶然に「午後の恐竜」と同じアイデアを思いついたのではなく、「午後の恐竜」を読んでいて、それを忘れていたのではないだろうか? ただアイデアだけを漠然と覚えていて、自分が思いついたアイデアだと錯覚したのでは?
「最近あまりこういうショートショートっぽい発想というのは思いつかないような気がするのだが」というのも、自分の発想ではないことに薄々気がついていたようにも読める。

 こういう現象には精神医学の世界でちゃんと名前がある。潜在記憶=クリプトムネジア(Cryptomnesia)という。自分が読んだ本や耳にした音楽のことを忘れてしまうが、まったく頭の中から消えてしまったわけではなく、記憶の底に残っているのだ。後でその記憶がよみがえった時に、それがどこから来たのか分からない。自分の発想であるかのように勘違いしたりする。
 クリプトムネジアが注目を集めたのは、いわゆる「前世の記憶」に関してだ。
 1969年、ジェーン・エヴァンスという30歳の主婦が、6つもの前世を思い出したという例がある。そのうちのひとつは、ローマ時代の女性「リヴォニア」としての人生だった。その内容はきわめて歴史的に正確で、ただの主婦が想像で語れるようなものではなかった。
 しかし、じきにその理由が判明した。1947年に書かれた『生きている森』というローマ時代が舞台の小説のストーリーが、ジェーン・エヴァンスの語った「前世」とそっくりであることが判明したのだ。ジェーンの話の中に登場した人物の何人かは、小説の中の架空の人物だった。つまりジェーンはずっと前に『生きている森』を読んだが、それを忘れていた。だが、そのストーリーは記憶の底に残っていた。それがよみがえった時に、「前世の記憶」と思ってしまったのだ。
 他にも同様の例はいくつもある。「前世の記憶」なるものの多くは、その人が小説か何かで読んだストーリーを思い出し、自分が体験したことのように錯覚しているのだ。

 これは小説家にとって恐ろしいことである。読んだけど忘れてる小説、観たはずなのに忘れている映画やドラマなんて、いくらでもある。それらの潜在記憶が何かの拍子にひょいとよみがえった時に、自分が思いついたアイデアだと錯覚してしまうことはありえる。その気がなくても「盗作」をしてしまうかもしれないのだ。
 以前、『魔境のシャナナ』というマンガの原作を書いた。人気が出なくて打ち切りを食らったが(笑)、実はかなり先のエピソードまでプロットを書いていた。
 連載が終わって2年ぐらいしてからだろうか。そのプロットを読み返していて、突然、そのエピソードのうちのひとつが、『うしおととら』の時逆(ときさか)の話にそっくりだということに気がついた。
 やばい。連載が打ち切られなかったら、このエピソードが日の目を見ていて、誰かが類似に気がつき、「『うしとら』のパクリだ!」と騒がれていたかもしれない。

 こうしたことは、作家をやっていたら、嫌でも起こり得る。『うしおととら』の場合、まだストーリーを覚えていたから自分で気がついたけど、完全に潜在記憶と化していたら、気がつくこともできない。
 じゃあ、どうすればいい?
(つづく)
 
  
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Posted by 山本弘 at 19:17Comments(0)SF作家の日常

2015年03月08日

クリプトムネジアの恐怖・1

 今回は、大半の人にとっては「恐怖」じゃないかもしれないけど、作家にとっては恐怖の現象を紹介したい。それは「クリプトムネジア」。

 まず、これを読んでいただきたい。ネットで検索していて、偶然ヒットした、2013年のニュースである。

栗本薫の短編小説「走馬灯」がイタリアにて映画化
http://sfwj50.jp/news/2013/07/somato-kurimotokaoru-movie-italia.html

 この記事、不自然だとは思われないだろうか?
 日本のSF作家の作品が映像化されたというのに、なぜか、かんじんの「走馬灯」の内容についてまったく言及がないのだ。
 まあ、イタリア人が知らなかったのはしかたない。しかし、ストーリーを書いてしまうと、日本のSFファンならみんなピンとくるだろう。

「これってまるっきり、星新一の『午後の恐竜』じゃん」と。

 ちなみに「走馬灯」は『S-Fマガジン』1988年2月号掲載作品。当時、僕はリアルタイムで読んで、唖然となったもんである。 無論、アイデアが同じであっても、ストーリーが違っていれば別の作品だが、「走馬灯」はそのアイデアが提示された時点で終わってしまうので、「午後の恐竜」に何も新しいものをつけ加えていないのである。
 原稿を渡された編集者も困惑したんじゃないかと思う。いや、当時存命だった星新一氏はどう思っただろう?

 さすがに『SFマガジン』誌上で意識的に星新一のパクリをやるとは思えない。おそらく栗本氏は意識して盗作をやったのではないと思う。
 これには二つの解釈がある。ひとつは、栗本氏は「午後の恐竜を読んだことがなく、まったく偶然に同じアイデアを思いついたのだという考え。

 実はアマチュア時代、1980年代初頭だったと思うが、こんなことがあった。あるイベントの直後、数人のSFファンが駄弁っていた時、一人が「今度こういう話を書こうと思ってるんだ」と言って、自分の思いついたアイデアを披露したのである。
 まわりにいた、僕も含む全員が、「それ、星新一の『午後の恐竜』だよ」と指摘したら、そいつは「えっ、もう書かれてたの?」と驚いていた。
 つまり星新一氏でなくても思いつくアイデアだということだ。

 以前、小説講座をやっている人から聞いたんだけど、作家志望のアマチュアの人にショートショートを書かせたら、「主人公が実は虫だった」というオチを書いてくる人がやたらにいるのだそうだ。主人公の一人称による描写で話が進み、最後に実は主人公がゴキブリだったとか、蚊だったとか判明するのだ。
 思いついた人は「斬新なオチだ」と思ってるかもしれないけど、そんなのは誰でも思いつく程度のものなんである。

> SFをはじめて書くきみが、やっと見つけたアイデア――そんなものは、とっくに、どこかのプロ作家が考えだし、書いてしまっているに、きまっているのだ。しかも、ずっとおもしろく、ずっとうまい文章で!
──筒井康隆『SF教室』

 筒井康隆氏の『SF教室』は、僕が中学の時に学校の図書室で借りてむさぼるように読んだ、いわば僕にとってのSFのバイブルである。この本で得た知識は多い。
 長らく絶版で入手困難だったが、昨年、『筒井康隆コレクションⅠ 48億の妄想』(出版芸術社)に収録されたので、また読めるようになった。高い本だが、おすすめしておく。

 子供向けの本とはいえ、筒井氏の筆はまったく容赦なく、SFや創作について、あけすけに本音を書きまくってる。そのかっこよさ、今読んでもしびれる。
 特に秀逸だと思うのが、上記の「SFをはじめて書くきみが」なのである。
 身も蓋もない話だが、真理だと思う。

 特に僕らの世代には、上には星新一という巨人がいた。
 星さんがありとあらゆるオチを書いてしまっているから、何か思いついてもたいてい、「ああ、それ星さんのショートショートにあったよね」ということになっちゃうのだ。
 だからこそ、筒井さんの言葉が身に染みるのである。
(つづく)
  
タグ :創作SF


Posted by 山本弘 at 16:49Comments(0)SF作家の日常

2015年03月08日

新刊『1時間の物語』



日本児童文学者協会著
タイムストーリー1時間の物語
偕成社 1296円+税

 時間をモチーフにして物語作りをした、「タイムストーリー」シリーズの全5巻が刊行されました。
 今回もスタイリッシュな装幀で、シャープな作りの本になっています。
 入選した公募の、6編の作品も入っています。
 また執筆者は、大人の本の人気作家も入っていて、バラエティに富んでいます。
 時間を有効に使った、おもしろいストーリーが満載です。ぜひお読みになってください。
 昨年、刊行した『迷宮が丘』シリーズ全10巻(偕成社)も、好評発売中です。

 あわせて、どうぞよろしくお願いいたします。
http://blog.goo.ne.jp/junko_blog/e/365da68ec09d1e8d9d9b60480396442e

 1時間の物語の収録作品と作者名

「その先にあるもの」 まはら三桃
「ゲテモノハンター」 廣嶋玲子
「魔の水曜日」 宮下恵茉
「運命の一時間」 佐藤まどか
「ぼくは脱出できたのか?」 山本弘


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 児童小説のアンソロジーです。『5分間の物語』『1時間の物語』『1日の物語』『3日間の物語』『1週間の物語』の5冊のシリーズで、僕が書いたのはそのうちの「1時間」をテーマにした話。20枚ぐらいの短い話なんで、さらっと読めます。

「山本弘が『時間』をテーマに書くのなら、やっぱり時間SFか」と思われるかもしれませんが、今回は非SFです。テレビ界の裏側を題材にした、ちょっと皮肉な話。
 僕の小説にしてはおとなしめな印象があるかもしれません。実は最初はSF書いたんですよ。かなりショッキングな内容のやつで、タイトルは「悪夢はまだ終わらない」。でも、過激すぎてボツくらっちゃいまして(笑)、急遽、まったく別の話を書いたんです。
 まあ、最近起きたある事件を連想させる部分があるうえ、子供が読んだらトラウマになりそうな怖い話だったんで、ボツになるのはなかば覚悟のうえ。でも通ってくれたら嬉しいなと思って提出したんですけどね。ダメでした。
 お行儀のいい話ばかりじゃなく、たまには子供に残酷な話や不道徳な話を読ませてもいいと思うんだけど……と、小学生の頃から筒井康隆作品を普通に読んでた僕としては思ってしまうんですが。

 あ、ボツになった「悪夢はまだ終わらない」。自分では気に入ってる話なんで、ぜひどこか別の媒体に発表したいですね。 
 
  
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2015年03月08日

80年代ホビーマンガの素晴らしき世界#2

山本弘のSF秘密基地LIVE#44
80年代ホビーマンガの素晴らしき世界#2

 今回のテーマは、ゲームやプラモやマイコンを題材にした奇想天外なマンガの数々!
『ゲームセンターあらし』『プラモ狂四郎』などのメジャーな作品から、少しマイナーな『3D甲子園 プラコン大作』『ディオラマ大作戦』、さらには誰も覚えていないような超マイナーな作品まで、80年代の子供たちを熱狂させた、想像力あふれるマンガの数々を紹介し、その魅力を語ろうという企画です。
 今回もB級アイテム・コレクターの鋼鉄サンボ氏とともに、濃くて熱くて懐かしいオタク・トークを繰り広げます。お楽しみに!

[出演] 山本弘 鋼鉄サンボ

[日時] 2015年3月27日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴
(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F / Tel. 06-6643-5159)
南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 1500円
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

 ご予約はこちらへ。
http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=87417381
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 1月にやった「80年代ホビーマンガの素晴らしき世界」の第2弾です。前回は『ゲームセンターあらし』『マイコン電児ラン』『マイコンランデブー』などのビデオゲーム&マイコンマンガ、それに『プラモ狂四郎』を途中までやってたところで時間切れになっちゃったもんで、今回はプラモマンガを中心に紹介します。『狂四郎』も好きだったけど、『3D甲子園 プラコン大作』『ディオラマ大作戦』とかも面白いんで、ぜひ紹介したいです。

  


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2015年03月08日

イベント:「サブカル×宇宙」論

「サブカル×宇宙」論

 現代の天文学が明らかにしてきた宇宙の姿は、私たちの世界観にどのように影響しているのでしょうか。文化のさまざまな側面に、その影響があることは疑いようがありません。しかし、その現れ方は多種多様で、ひとくくりに語る事は不可能です。

 本イベントでは、特にサブカルに注目した時に、どのような形で宇宙がその姿を覗かせるのか、具体的な事例を取り上げながらゲストと共に論じていきます。特に80年代以降のアニメや漫画、ライトノベルなどのSF作品に注目します。

 その構造やパターンを明らかにすることで、太陽系外惑星における生命兆候探査など、今後の天文学におきるであろうエポックメイキングな発見が、私たちの文化にどのようなインパクトをもたらすのかについても、考えてみたいと思います。

登壇者
 福江 純
 山本 弘
 野尻 抱介

司会
 渡部 義弥

日時
 2015年3月19日(木) 19:00-22:00

会場
 King of Kings
 大阪府大阪市北区梅田1-3-1 大阪駅前第1ビル地下1階
 JR大阪駅徒歩5分・西梅田駅・北新地駅徒歩1分

定員
 30名

参加費
 4,000円(飲食費、飲み放題パーティーコース)

その他
 ビュッフェスタイルでの飲食を伴うイベントです。
 また、ニコニコ生放送によるネット中継を予定しています。

 ご予約、お問い合わせ、さらに詳しい情報はこちらまで
http://www.tenpla.net/osaka2015s/0319.shtml
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 今月はいつものLiveWireとは別に、こういうイベントをやります。SF作品をネタにして、宇宙や宇宙論を語ろうというものです。
 飲み放題のパーティ形式なんで、4000円は妥当なお値段だろうと思います。参加できなかった方のために、ニコ生の中継もあるそうなので、そちらもご覧ください。
 僕や野尻氏については今さら言わずもがなですが、大阪教育大学天文学研究室教授の福江純先生もSFファンで、『SFアニメを天文する』なんて本もあったりします。
 1988年に書かれた『降着円盤への招待』(講談社ブルーバックス)は、『サイバーナイト 漂流・銀河中心星域』を書く時にずいぶん参考にさせていただきました。もしかしたら『サイバーナイト』の話もできるかな?
  


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2015年02月24日

新刊『14歳からのリスク学』

『14歳からのリスク学』


楽工社 1500円+税
発売中

プロローグ ロボットが人間の安全を守るには
 ロボット工学三原則の難点/「正しくこわがれ」の原典/幽霊はいなくても幽霊はこわい/間違ったこわがり方をやめよう/

第1章 1966年の大虐殺
 ──迷信・宗教を信じるリスク
 科学の時代によみがえった迷信/危険で無意味な風習「女性器切除」/金曜日に冷蔵庫の扉が開けられない/神社にお参りするのは合理的/など

第2章 こんにゃく入りカップゼリーの不名誉
 ──新しいものを警戒する心理
 8000万人に1人が死ぬから法規制?/餅の方がはるかに危険だった!/それでも餅が規制されない理由/など

第3章 韓国産ラーメンを食べるとがんになる?
 ──こわい名前の化学物質、その正体は
 この危険物質は何?/見出しだけしか読まない人たち/日本のかつお節は韓国では基準値違反?/大さじ2杯の塩で死ぬ/など

第4章 中国産食品、買ってはいけない?
 ──危険を大げさに煽る人々
 『買ってはいけない』ふたたび/酒の危険はどうでもいい?/恐怖を煽る週刊誌/中国食品を追放するとかえって危険?/野菜の浅漬けの危険性/など

第5章 暴走“ロリ男”は増えてない
 ──アニメやゲームに対する偏見
 前代未聞のマヌケな誘拐事件/今や男が女児向けアニメを観る時代/それでも規制しようとする人たち/誰を何から守りたいのか?/など

第6章 1000年に一度の大災害
 ──「めったに起きない」という錯覚
 「防波堤は壊してはどうか」/「1000年に1度」は宝くじの5等と同じ/小さな小惑星の方が恐ろしい/スーパーフレアの脅威/など

第7章 福島の野菜をじゃんじゃん食べよう !
 ──小さすぎるリスクを恐れる必要はない
 「山本弘は御用学者」?/プルトニウムは飲んでも安全?/人間は自然の状態でも被曝している/野菜を食べてがんを予防しよう/など

第8章 原発はこわい? こわくない?
 ──リスクの計算が困難であること
 「信じられないほどバカなミス」が原発事故を招いた/20秒立っているだけで死ぬ/原発も地球温暖化も危険/など

エピローグ あなたが戦うべき「見えない敵」
 「シューマイの皮がない」と青ざめる母/本当に子供のことを考えてる?/喫煙してもいい場合──妻の選択/など

あとがき リスクに対する正しい感覚を持とう

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 新刊です。
 本当は2012年ぐらいに出す予定だったんですが、他の仕事が忙しかったもので、僕の原稿が遅れに遅れ、今年の発売になってしまいました。
 人の感じている「不安」や「恐怖」の大きさは、実際の「危険」の大きさとは比例していない。小さすぎる危険を過剰に恐れたり、大きな危険を軽視したりする。迷信を信じたり、アニメやゲームの害を声高に唱えたり、聞き慣れない名前の化学物質や微量の放射性物質を恐れたりする一方、日常的に存在していて毎年多くの人の生命を奪っている危険に無頓着だったり、将来起こるかもしれない大きな災害に関心がなかったり……。
 この本はそうした、「人の感じている不安の大きさ」と「実際の危険の大きさ」の落差を検証し、リスクに関する考え方を見直してみようというものです。
 目次を見ると分かるように、一部はこのブログに載せた文章をベースにしています。ただし、大幅に書き直して、新しいデータをいろいろ入れています。統計もふんだんに盛りこんでいます。
 もっとも、難しい内容ではありません。なるべく多くの人に読んでいただけるよう、できるだけ平易に書きました。

 このタイトルは編集さんがつけたものです。似たようなタイトルの本はすでにあって、明らかに便乗なんですけどね(苦笑)。でも、提案されたタイトルを聞いたとたん、「あっ、確かにぴったりだ」と思ったので了承しました。
 実際、中学生でも理解できるはずですし、もちろん、大人が読んでも分かりやすい内容だと思います。
 あなたの頭の中にある「不安」「恐怖」が、本当に「危険」と釣り合っているのか、この本を読んで考えてみてください。



  


2015年02月14日

「埋もれた海外SFを掘り起こせ!」

山本弘のSF秘密基地LIVE#43
埋もれた海外SFを掘り起こせ!

 ハヤカワSFシリーズ、ハヤカワ文庫SF、創元推理文庫、サンリオ文庫、QTブックス……SFファンの本棚を彩った60~80年代の海外SFの数々。しかし復刊されず、今では読めない作品もたくさんあります。
『航時軍団』『宇宙震』『人間の手がまだ触れない』『テクニカラー・タイムマシン』『悪鬼の種族』『宝石世界へ』『鞭打たれる星』『マイクロチップの魔術師』などなど、タイトルを見るだけでわくわくしてくる作品群。どんな話だったか知りたくありませんか?
 それらを歴史の闇から掘り起こし、スポットを当てようという企画。クラシックSFを深く愛するSF作家・山本弘が、愛をこめて熱く語りまくります!


[出演] 山本弘

[日時] 2015年2月27日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] なんば紅鶴
(大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F / Tel. 06-6643-5159)
南海なんば駅より南海通り東へ180m・駐車場有

[料金] 1500円
(店内でのご飲食には別途料金がかかります。入場時に別途ワンドリンクをご購入いただきますのでご了承ください)

ご予約はこちらへ。
http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=86454696 

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 LiveWireでは以前、〈SFマガジン〉に載った短編を創刊号から順番に紹介するという企画をやりましたが、今回はその単行本版。ディックとかクラークとかの有名な作家の作品は何度も復刻されて、今でも読むことのできるものが多いのですが、ちょっとマイナーな作家のものとなると、一度出たきり、絶版になっても再版されず、忘れられてしまうという例がとても多いんですね。
『翼を持つ少女』の中でちらっとストーリーを紹介した『悪鬼の種族』『大魔王作戦』『マイクロチップの魔術師』、やはり『翼を持つ少女』にタイトルだけ出てきた『航時軍団』『テクニカラー・タイムマシン』『時間帝国の崩壊』などなど、どれも痛快だったりエキサイトしたりしたんですが、今は入手困難。イアンド・バインダーの『ロボット市民』のように、ストーリーは古臭いけど、SFの歴史という視点から見ると興味深い作品もあります。
 今回はそうした「忘れられたSF」を一挙に紹介しようという企画です。その魅力、面白さを、時間の許す限り語りまくります。お楽しみに!
  
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2015年02月10日

後藤さんたちのことはどうでもいいんじゃないの、この人たち

 前回からのつづき。

 まず最初に、無用な誤解を招かないように、あらかじめ言っておきたいことがある。
〈Webミステリーズ!〉で連載中の『BISビブリオバトル部 幽霊なんて怖くない』の第4話(最終話)、〈戦争〉をテーマにしたビブリオバトルの場面に登場する6冊の本の中に、今回の事件を思わせるものがあるが、まったくの偶然である。この6冊を使うことは、連載開始当初、つまり半年近く前から決めていた。(3話の部長と武人の会話の中で伏線は張ってある)
「山本弘は事件に便乗した!」とか誤解されるのは心外なので、事前に釈明しておく。


 さて、人質殺害という最悪の結末になってしまったこの事件。殺される直前に二人が味わったであろう恐怖を想像すると、胸が痛くなる。
 世界にはたくさんの悪や不幸や不条理が存在する。祈るだけではどうにもならない。どうしようもなかったのかもしれない。それは分かっているが、やはりいたたまれない気持ちになる。
 せめてこの事件を忘れないようにしたいと思う。

 だが。

 二人の日本人を殺したテロリスト(「国」とは呼びたくない)にも腹が立つが、彼らの死を自分たちに都合よく利用しようとする連中がいるのにも腹が立つ。右も左も関係なく。

 まず、この事件にかこつけて安倍政権を批判する奴。

安倍外交が「イスラム国」のテロを誘発した
http://toyokeizai.net/articles/-/59008

田原総一朗「イスラム国に『絶好の機会』を与えてしまった安倍外交」
http://dot.asahi.com/wa/2015020400060.html

【後藤さん殺害映像】人道支援演説めぐり共産「2人への危険、認識あったのか」vs首相「テロリストに気配り必要ない」
http://news.livedoor.com/article/detail/9745621/

 いや、僕もね、安倍政権を全面支持してるわけじゃないよ。でも、この件で安倍首相を批判するっておかしいわ。
 だってテロは非人道的な行為、まさに悪である。世界から根絶しなくちゃいけない。それはイスラム諸国の意思でもある。そのために日本も金を出すのは当たり前だ。
 当然、テロリストの側としては嫌がるだろうが、それこそ「気配り必要ない」である。
 日本国内の犯罪に置き換えてみればいい。暴力団対策のために警察の予算をアップするのに、いちいち暴力団の顔色をうかがう必要があるか?
 なんか、この件で安部首相を叩いてる連中って、後藤さんたちのことはどうでもよくて、自分たちの主義主張を広めるのに利用したいだけのように思える。

 でも、同じことは産経新聞についても言えるのだ。

http://www.sankei.com/column/news/150207/clm1502070003-n1.html


 途中まではふんふんと思って読んでたけど、最後の最後でひっくり返った。

>命の危険にさらされた日本人を救えないような憲法なんて、もういらない。

 平和憲法を持たない国の人たちだって、テロリストに拉致されて身代金要求されたり殺されたりしてるんだけど?
 しかもその前に、「護憲信者のみなさんは、テロリストに「憲法を読んでね」とでも言うのだろうか」と自分で書いてるではないか。テロリストが日本の憲法なんて気にしてないことを認めてるんである。なぜこの矛盾に気づかん?
 そう、テロリストは日本の憲法なんか気にしない。憲法9条があろうとなかろうと、たぶん後藤さんたちは殺されていた。
 9条で平和を守れると盲信する左寄りの人たちにも困っちゃうけど、憲法を改正すれば日本人が安全になるというこの無邪気な思いこみって、何なんだろう。護憲論者の考えを裏返しただけで、同じものなんじゃないだろうか。
 つーか、この事件を憲法論議にすりかえるなと言いたい。

 他にも腹が立ったのは、こんなデマ。

田母神氏「後藤さんと母の姓が違う。どうなってるの?」
http://togetter.com/li/775783

 何か事件が起きるたびに「在日認定」されるのはいつものことだけど、かつて空自のトップだった人まで、ネットに流れるデマを真に受けてるのは問題だ。親子で姓が違うなんてよくあることなのに。
 だいたい「マスコミにも後藤健二さんの経歴なども調べて流して欲しいと思います」って何だよ。後藤さんの経歴なんてそれこそマスコミでさんざん報じられてるじゃないか。テレビも見ないし新聞も週刊誌も読まないのか。

 在日疑惑に対する反論はこう。

後藤さんを在日認定するバカ共へ【ネトウヨ完全論破編】
http://togetter.com/li/777473

 やっぱりこういうデマが流れる背景には、「こういう厄介な事件に日本が巻きこまれるのは嫌だ」→「拉致されたのが日本人じゃなければいいなあ」という願望があるんだろう。

 他にも、「後藤さんのまばたきはモールス信号」なんてデマも流れた。まばたきで「見捨てろ」「助けるな」と伝えていたというのだ。

悪質なデマの可能性が高い
「後藤さんのまばたきはモールス信号」
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4688

 こんなデマを流す人間、信じて拡散する人間の心理には、やはり「見捨てたい」「助けたくない」という願望があるんだろう。

テレ朝「報道ステーション」が「中東の日本人学校と日系企業の所在地一覧を放送した」というのはデマ
http://matome.naver.jp/odai/2142305692262526601

 テレ朝が嫌いなのは別にかまわないけど、事件に便乗してテレ朝を叩くデマを流す根性は本当に卑しい。

【ISIL】名古屋のモスクに脅迫電話「日本から出ていけ」 ⇒ 近くに韓国学校と在日民団本部があることが判明!!! あっ察し!!!
http://www.news-us.jp/article/413553154.html

 何が「あっ察し」だ!(怒)
 脅迫電話なんて日本全国どこからでもかけられるっていうのに、同じ区内に施設があるから犯人扱いなんて、デタラメもいいところである。
 善良なイスラム教徒の方々に対する差別だけでも気分が悪いのに、それをさらにネタにして在日コリアン差別。ほんとにもうどうしようもなく気分が悪い。

 他にも、例によってあのお方がやってくれました。

後藤さんたちは今何を思う? イスラム国、日本人人質事件の真相に迫る
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9156

> 後藤さんの霊は、1月31日に大川総裁が行ったイスラム国の最高指導者アブバクル・バグダディ氏の霊言について、イスラム国側の主張だけを発表するのは中立的ではない、私たちの言い分も言わせてほしいと主張。今回は、大川総裁が、スピリチュアル・エキスパート(チャネラー)に、後藤さん、湯川さんの霊を入れる形で霊言が行われた。

 さっそく後藤さんと湯川さんの霊を呼んだんだそうですよ!(怒)
 これまで幸福の科学のやってることは何度も笑ってきたけど、今回のはさすがに笑える限度超えてる。二人の死を宗教宣伝のために利用するとは。「てめえらの血は何色だ!」と言いたくなる。
 いくら「言論の自由」と言っても、こんな奴の言論の自由まで守らなくちゃいけないのかと思うと、ほんと、情けなくなってくる。

 亡くなった人たちに本気で同情なんかしてないんじゃないですかねえ、この人たち。
  
タグ :デマISIL


Posted by 山本弘 at 18:09Comments(34)事件メディアリテラシー

2015年02月10日

遠近法を知らない人たち

 もう十数年も前のこと。 妻が知り合いの作る『名探偵コナン』の同人誌にマンガを寄稿することになり、僕が手伝ったことがある。服部平次がメインの本である。

「平次は好きやけど、顔にトーン貼るのが大変や」

 そう妻が言ったもんで、「アシスタント、やったげようか? トーンぐらい貼れるで」と申し出たのがきっかけ。成り行きで背景も僕が描くことになった。

「ここ、ボウリング場のシーンやから、背景にレーン描いて」

 と妻に頼まれた。ボウリング場のレーンなら、直線を何本か引いてピンを描き加えるぐらいだから、たいして難しくないよな……と、気軽に原稿を受け取って、困惑した。
 線が引けない。
 妻が描いた絵は、コマの中に同じぐらいの大きさのキャラクターが数人、適当に配置されてるだけなんで、どういう線を引いても矛盾が出てしまうのだ。画面手前のキャラクターが小人になってしまうか、奥のキャラクターが宙に浮いてしまうか。

「ごめん。この絵、消失点、どこ?」

 と訊ねると、妻はきょとんとした様子で、

「消失点って何?」

 と問い返す。

「学校で美術の時間に習わへんかった? 遠近法とか、一点透視とか二点透視とか」
「うーん、習(なろ)たような気もするけど、忘れた」

 妻はそれまで、同人でマンガを描いた経験は何度もあったが、背景を描かないか、あるいは奥行きのある背景を描いたことがなかったので、遠近法を知らなくても支障がなかったらしいのである。
 僕はしかたなく、「まず画面上に消失点を決めて、そこに向かって集中線を引いて、人物をその線に合わせて配置して」と、美術の基礎を講義しなくちゃならなかった。

 実は妻と同じように、遠近法というものを知らない(習ったけど完全に忘れている)人間が、けっこう多いらしいのだ。

イスラム国の映像は合成!!という主張
http://togetter.com/li/772235

 影の方向が違うから不自然だ! 合成だ! と主張する人が何人も。

>イスラム国の日本人殺害予告 身代金要求ビデオの人質の影が左右違うのでクロマキー合成の可能性があります。

>イスラム国の動画見てると、人質2人の首の影の出方が違うな。場所特定されないように、別々に撮って背景も合成してんのかな。

>なんか違和感があると思ったら影の向きが不自然。光源が2つあるのかあるいは合成か

>右の人質の首の影は左寄りにできてるけども左の人質の首の影はがっつり右にできてますよね。太陽光の当たり方が二人で違うわけないんだから。合成映像っすわこれwwwwwイスラム国もっと上手に作れよ脅迫するくらいなら 笑


 この合成説、ネットでの噂だけでなく、テレビのワイドショーでも取り上げられたんだそうで、けっこう多くの人が合成説を信じてしまったようなのだ。
 遠近法というものを知っていれば、この影がおかしくも何ともないことはすぐに分かるはず。二人の影は実際には平行だけど、画面奥の消失点に向かって伸びているため、画面上では平行になっていないというだけだ。
 と言うか、日常生活でもこんな影、みんなしょっちゅう目にしてるはずなんだけど?

 これは街でたまたま見つけて撮った影。3本の柱(電柱と信号機と街灯)は垂直に立っていて、影も実際には平行なんだけど、画面上では平行になっていない。画面奥の消失点に向かって収束しているように見える。

 首の影も不自然じゃない。湯川さんと後藤さんはまったく同じ方向を向いているではなく、カメラの方を向いている。つまり顔の向きが平行ではなく、平行よりわずかに内側を向いている。そのことに気づけば、これが自然な影だと分かるはずだ。

「影の向きが左右逆になる事がどうして有り得るのか」と、「影の向きが合っているのだとしたらなぜ合成っぽく見えるのか」
http://togetter.com/li/772457

 リンク先にもあるけど、この影の向きの話は、アポロ疑惑の時にも言われていた。 月面の宇宙飛行士の影が平行でないのは、光源が複数あるからだというのだ。
 僕にとっては逆に不思議なことだが、「画面に映る影はすべて平行であるはず」と思いこんでいる人間が多いのだ。平行ではない影なんて、みんなしょっちゅう見ているはずなのに、認識されていないのである。

http://www.asios.org/apollo.html#q11

 偶然だが、今週(2月14日)のNHK『幻解!超常ファイル』はアポロ疑惑を取り上げる予定だとか。この影の話も出てくるので、ぜひご覧いただきたい。

http://www4.nhk.or.jp/darkside/x/2015-02-14/21/2037/

 ISILの動画については、「風で衣服のなびき方も左右違いますね」と書いてる者もいる。これもおかしい。クロマキー合成のためにスタジオの中でグリーンバックで撮っているなら、そもそも風は吹かないはずである。
 これもやっぱりアポロ疑惑の時に言われた「月面で星条旗がはためいている」「スタジオの中で撮られた証拠だ」という主張と同じ。何でスタジオの中にわざわざ風吹かすんだよ。
「衣服のなびき方も左右違いますね」と言っている者は、やはり日常生活で風の振る舞いをよく見ていないのだろう。二人の女性が風に吹かれたら、スカートがまったく同じようにめくれると思っているのか?

 朝日新聞もこんな誤報を載せた。

背景の砂漠に人物後付けか 人質映像を専門家解析 「イスラム国」事件
http://www.asahi.com/articles/DA3S11564875.html

 上のTogetterにも説明があるけど、これは圧縮率の違いではなく、画像のコントラストの境界を誤認したもののようだ。実際、覆面の男の眼の部分にもはっきりノイズが出ていて、これが合成の証拠だと言うなら眼だけ合成したの? というおかしなことになってしまう。

 そもそも、この合成説が根本的におかしいのは、合成なんかしなくてはならない必然性が何もないということである。
「自分達の居場所がばれないために決まってるだろ」って? だったら屋内で壁をバックに撮影すればいいだけでしょ?
 つーか、背景に何もない砂漠で撮ればいいだけだよね? この映像みたいに。
 このへんは9.11陰謀説と同じ。「ペンタゴンに突入したのは旅客機ではなく巡航ミサイルだ!」と主張する者たちは、陰謀の黒幕がなぜそんな手間のかかることをしなくてはならなかったのかを、まったく説明できていない。

20日の映像「合成の痕跡なし」科警研分析、撮影日は不明
http://www.sankei.com/world/news/150128/wor1501280020-n1.html

 科警研は合成ではないと断言した。まあ、それでも「分析しても分からないような高度な合成だ!」という主張は可能だろうが(その場合、ISILの動画だけではなく、最近、世界で撮影されたすべての動画を疑わなくてはならないことになる)、少なくとも「影の向きが違うから合成」という主張は完全に崩壊した。

 前にも本で書いたが、知り合いの編集者に、「アポロの写真で影の向きが違うのは複数の光源があるからだという話がありますけど」と言われたことがある。僕が上のようなことを説明し、

「だいたい、光源が複数あったら、影も複数できるでしょ?」

 と指摘したら、その編集さん、

「ああ、言われてみればそうですね」

 と、おおげさに感心していた。
 その人も決して無知ではなく、ちゃんとした教育は受けているはずである。にもかかわらず、「光源が複数あったら影も複数できる」という当たり前のことに気がついていなかったのだ。

【今回の教訓】
・学校教育などで得た知識と、その実際問題への応用との間には、大きなギャップがある。
・多くの人は日常生活でよく目にしているものを見落としている。
  
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Posted by 山本弘 at 14:57Comments(14)事件メディアリテラシー